ar66雑念 2001.12.09



質問者:
 お祈りをしていると知らぬ間に雑念が出てきます。

ありがとうございます:
 お祈り中に雑念が出ることは良いことなんです。心の底にた溜まったものを神さまが中から浮かび上がらせるんです、大きい光で浮かび上がらせて消しながら「これだけ消したよ」と万分の一だけ残して消してくれます。雑念がでた一万倍以上の思いを消してもらったと、喜ぶ確認のために浮かぶ出てきます。すごい得をしたでしょう!




永遠の今を生きる



質問者:
 前世の記憶を持って生まれてくるのは理由があってのことでしょうか?

ありがとうございます:
 この世でも、過去の記憶がいい人があるでしょう、記憶した分だけその縛りが大きいでしょう、全部忘れて何も知らない方が囚われがありません。例えば、小さいときに「いじわるされた」と覚えていたら、その人に対して大人になっても「いじわるされた」と残って、応対の仕方がおかしくなるでしょう。
 だから、この世も同じです、過去世も同じです。過去にあまり囚われないでプラスへ向いて生きられるんだったら、過去の記憶はそんなにマイナスにはなりません。過去の記憶は、プラスに生きるために必要なんです。いろんな苦労があったおかげで今、プラスへ向いて感謝が深くなるのであれば、それも役に立つから必要かもしれません。
 でも、それよりも、神さまからの大きいプラスを受け直す方が良いでしょう、新たに新たに神さまへ心を向けて、無限の無限のプラスを一瞬一瞬受け直す方が最高です。 そういう感謝になってきたらもう過去はいりません、過去世も一秒過去もいりません。全くない方が良いんです、全部記憶から抹殺して消してもらう方が良いんです。また、消えていくと思います。だから過去世が無いのが良いんです。高い番組ほど、過去世も輪廻転生も相手にしません。常に新たに新たに最高に輝いた最高の生き方になります。

質問者:
 「永遠の今」を生きるということですか?

ありがとうございます:
 「永遠の今」と言う言葉もいろんな解釈・意味があるんですが、永遠とは無限の年月という意味で・無限の年月を今の一点に絞り込むような受け方が良いです。今新たに出てくる宇宙という姿が・宙というのは時間です、無限の時間が今の一点に絞り込まれてそれが全部解るのが良いんです。新しい宇宙の中に新しい過去現在未来と全部そろった時間があります。そういう受け直しが「永遠の今を生きる」にあります。 だから、過去の残像ではありません、新しい中の過去現在未来を掴むんです。






大祓(おおはらい)



質問者:
 ・・・不明・・・「ありがとう・ありがとう」という気持ちになるんでしょうか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」は過去の全部を消してもらう働きです、新しい最高のものを受け直す働きだから、本当の「大祓」(おおはらい)です、「ありがとうございます ありがとうございます」一瞬一瞬の大きい大祓です。
 小さい肉体人間という立場で見ても「ありがとうございます」で自分を大祓してもらうんです、どんどん新しい自分に置き換えてもらいます。大きく見たら、宇宙全体が大祓です「ありがとうございます」で宇宙全体の大祓をします。すごいですね「ありがとうございます」という究極の宇宙の大神さまの働きです。






悟り


質問者:
 悟りというのは、自分が認識できる空間と一体になった状態だと思いますが、その状態は常に維持できるんでしょうか?

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」で一番奥へ心を入れていくと、無限億万分の一秒で・短い時間で宇宙全体をパッと感じます。それが一番新しい姿です、無限の無限の番組の中の最高番組みたいなものです。
 それをいつも受け続けようとすると、意識が全部に行き届きます。それも、古いものじゃなしに最高番組に意識が行き届くのが良いんです。だから、低い番組を見てもあまりたいしたことはありません、良いものを受け損なっただけです。できるだけ最高番組へ心を・意識を入れる生き方の方が良いでしょう。だから、時間をできるだけ絞り込んで短縮して「ありがとうございます」を言い続けることです。

質問者:
 悟った状態の時は、低い番組も高い番組も同時に見渡せるんですか?

ありがとうございます:
 最高番組だけを見続ける気持ちで良いんです、そういう気持ちでまた謙虚にもなって、一番下からも全ての番組を拝みあげて見続けるという気持ちにもなります。
 宇宙大の打ち上げ花火がボーンと揚るでしょう、やはり全体を見ている方が楽しいでしょう。でも、部分だけを見ていることもできます、ちょっとだけ線香花火を。どっちの方が楽しいかというと、線香花火だけを見ているより宇宙全体を眺める方が良いんです。






感謝と謙虚



質問者:
 謙虚さが足りない・謙虚さが無いと言うことは、まだ思いがたくさんあるということですか?

ありがとうございます:
 思いとは関係なく、感謝が深くなったら謙虚さも深くなります 、感謝に比例するんです。ただ感謝の方を優先するだけで良いんです、思いはほおって置けばいいんです。思いとは無関係に感謝だけさせてもらって、謙虚さを与えてもらうんです。

質問者:
 思いが無くなると感謝が出てくると思っていたんですが、感謝は「ありがとうございます」という言葉によって、より積極的に出てくるんでしょうか?

ありがとうございます:
 思いに心を向けているときは、思いを先に掴んでしまうでしょう、それで感謝を忘れた状態になっているだけです、思いがあるからじゃないんです。思いがどれだけあってもそこへ心を向けなかったら、掴まないから無いのと同じになります。そして感謝して神さまの方へ・光の方へ心が向けば思いも関係ありません。
 空に雲が浮かんでいても、雲を掴んでいると雲に囚われてしまいますが、雲を抜けて太陽の方へ向いたら、雲はあってもないのと同じです。そういう感覚で良いと思います。感謝を先に優先させたら、思いのあるなしは関係ありません。

質問者:
 思いのない状態は「無」であって、思いのない状態で感謝をすれば「空」になるんですか?

ありがとうございます:
 
思いがあっても感謝すれば「空」になります。でも、思いが無くても感謝を忘れたらたいしたこと無いんです。






神さまがボランティア



質問者:
 空いた時間にはお祈りをすするのが良いんでしょうが、ボーっとしているといろんな思いが出てくるのでボランティアをしようと思います。

ありがとうございます:
 ボランティアをするとお祈りの必要性が強くなります。みんなを幸せにするために、神さまの大きい助け・光が必要になるでしょう。必要になったら、お祈りをしやすくしてもらうんです。やっぱり両方必要です、世界の情勢を一旦自分の中に取り込んで、世界を良くしようという立場に立ったら、大きい光が必要でしょう。そうしたらお祈り一筋でも良いんです。でも、そこまで全体を把握していないときは、身近なところから困った人を相手にでも良いんです。また、何かを与えるボランティアのいきかたでも良いんです。その中で、もっと幸せにしてあげたいという必要性が出てきます。
 いろんな場を通して、お祈りの大切さをみんなに伝えられたら、助けてもらうだけなら幸せは小さいです。だから、みんな助ける側に立ってもらう方が良いんです。

質問者:
 学校の(父兄会の)役員はボランティアと同じですか?

ありがとうございます:
 同じです。それをボランティアと考えたら良いんです。そこをお祈りの場にしてしまえば良いんです。お祈りを忘れたら困りますが、お祈りをしやすいようにそういう場を使わせてもらうのが一番理想的です。



質問者:
 私はボランティアが楽しいんですが、理解してくれない人もいます。

ありがとうございます:
 それはそれで良いんです。感謝できる人はまだ少ないでしょう、感謝できる人はボランティアできます。神さまがボランティアです(ボランティアしているのは神さまです)無償で与え尽くすばかりでしょう、その神さまのまねをするんでしょう、まね・お手伝いです。神さまの心と自分の心がつながります、その神さまの心を感じて・愛を感じて幸せになるでしょう、神さまの喜びが自分の喜びになって湧いてきます。与え尽くすのが神さまの本当の喜びです、だから、神さまの喜びをもらうんです。
 感謝もボランティアもない人は、本当の喜びの味がわかりません。気の毒といえば気の毒です。でも、ある時期は、感謝もボランティアも忘れて生きる時期があって良いんです。苦しくなるんですが、その苦しみを一旦味わっておいて、次に感謝とボランティアに戻ってきて、本当の神さまの喜びを頂くようになります。無限の法悦感という本当の喜びが湧いてくるようになって、「ああ、幸せ」というようになります。
極楽世界はボランティアの世界です、餓鬼道や地獄は求める心の世界です。お金儲けに走ったってたいしたことありません、求める心ですから。
 ボランティアに入ってその活動をしていたら意味が良くわかってきます、みんな食わず嫌いです。スイカを見ただけでは味わえません「あんな青いものは食べられない」と見ているだけでは解りません。食べたら「おいしいな」となるんですが。

質問者:
 ボランティアで募金活動をしていたとき、お金持ちほどけちだと思いました。なぜお金持ちほどけちなんでしょうか?

ありがとうございます:
 お金をたくさん貯め込むのは、それに比例して思いもため込みます。思いのたまった人は愛の心を隠されてしまうでしょう、ボランティア精神なんかでません、感謝もできません、それは自然です。逆に働いて働いて貧乏な人の方が思いを溜めていません、愛の心が輝いています、自分は食べないでもその分を人に施そうとします、無いところから出してきます。
 生徒さんもそうです、茶髪で「ちょっと」と見られている人の方が、学校であまり知識を詰め込んでいません、自由です。思いが溜まっていないと、愛深い本心が輝きます。そういう子はボランティアをさせてあげるとものすごく輝きます。いろんな事をたくさん体験させてあげると良いんです。






必要なだけに絞る



質問者:
 主人の給料だけでは生活ができないので、わたしもアルバイトをしています。これは贅沢でしょうか?

ありがとうございます:
 ものすごい贅沢です。神さまが本当に認めてくれる必要なものは、座って半畳・寝て一畳、これで家は十分です。服は洗い替えが少しあれば十分です。食べるものは質素なもので、三食食べずに二食で良いと言います。そのぐらいが理想的な必要なものです。「後は何にもいらない」と言います。そうすると後は神さまのお手伝いをして、幸せ一杯にしてもらうんです。宇宙全体が自分の家です、みんな命の兄弟です・動物も植物もみんな命の兄弟という感覚で実感できます。
 よけいな物をたくさん持ちすぎています。それが神さまの愛を感じにくくしています。贅沢でしょう、いま?
 私が小さいときに、必要なだけに絞り込む練習をさせてもらいました。何もない状態で、トタン張りの物置で六人家族で、一人一畳でした。着替えは六人で二枚を順番に回しました、それでもやっていけます。食べ物は二食質素なものが食べられればいい状態でした。
 最初は(神さまが)「仕事をしてはだめ」と(言うので)収入はゼロだから、畑の野菜のくずを拾って良いところを持って帰ったり、野草を摘んできて食べたり、川の魚を取りに行ったり、ただで手に入るものを何でも食べていました。それで十分なんです。そのうちちょっと内職をさせてくれたんですが、それでも六人家族で一生懸命に内職して月二千円ぐらいです。あの当時、六人家族の生活費は最低に二万円ぐらいは必要でした。生活保護を受けても二万円以上をもらいます、二千円といえばその十分の一だから少ないんです。今お給料はいくらもらっているんですか?生活保護を受ける十分の一でもやっていけるんです。
 今、生活保護をもらっている人は多いですが、もらったら損します。国の税金には人の思いがたくさんついているでしょう、それをかぶるんです。だから、生活保護を受けるような状態に置かれても、じっと耐えることが必要です。それに耐えることが神さまは必要としています。その方が早く大きい幸せを感じ取れます。
 生活保護を援助を受けてもらうと、思いがたくさん溜まってきます。税金を払うときはみんな喜んで払いません、不足の思いをたくさん出して払います。その不足の思いをたくさんもらうから、少ないと文句を言い出します。感謝しないんです。それで、幸せな運命になかなかなりにくいんです。


質問者:
 その六畳一間に何歳からですか?

ありがとうございます:
 小学校の三年生ぐらいからですか!それから、別なところで土地を借りてそこに自分たちで家を造るんです。六畳と四畳半を作ったんですが、六畳の方へ六人入って、四畳半を人に貸して・病気で困っている三人家族の人に貸してしまいました。狭いところに入っているんです。

質問者:
 いくつぐらいまでですか?

ありがとうございます:
 中学校ぐらいまでです。ちょっと建て増しして小さい部屋を作りました。楽しいですね、部屋は狭い方が良いんです。

質問者:
 小さい頃は貧乏で、その反動で何でも欲しくなり、無理をして家を買いました。

ありがとうございます:
 本当は必要なだけに絞り込んだ方が幸せなんです。家を建てるのにもできるだけ小さい方が良いんです、ましてや借金してまでしたらそんです。必要なだけが良いんです。仕事かで広い空間が必要ならそれも良いですが、必要なだけが良いんです。でも、虚栄心で大きいものを持ったら損します。徳をそれに使ってしまったら、心に思いが溜まるかもしれません、徳の光が少なくなるかもしれません。

質問者:
 「自分の人生は何のためにあるのかを追求しよう」と思われた後は、人生にどんな変化がありましたか?

ありがとうございます:
 目的を知るための目標が定まるでしょう、まず、お祈りが深まります。神さまを相手にしっかりとお祈りをするようになります、勉強にも拍車がかかります、いろんな勉強を幅広くしようと思います。そういう意味で良かったと思います。

質問者:
 それから悟りを選るまでの六年間に、特別変わったことはありませんでしたか?

ありがとうございます:
 時間があったらお祈りしていました。中学校のころも内職をするから朝は早いんです、普通は四時頃から内職をします、学校へ行くまで内職をしていました。剣道の朝稽古にあわせるように行って、授業を受けて、お昼は食べずに水を飲むだけです。帰りにまた剣道をしてかえって、食べ物があったら少し食べてまた内職して、結構一生懸命に内職をしていました。その後時間があったらお祈りをしていました、睡眠時間は少なかったんです。試験の時は十二時か二時頃までいつも起きていました、勉強時間が欲しかったら睡眠時間を削って勉強していました。食べ物が少ないということはいい事みたいです、頭がさえて身がさえて。 それでもやはり、水だけでは体力が持ちません。 

質問者:
 内職はご両親ご兄弟も一緒に

ありがとうございます:  
 そうです、ただ起きる時間はみんな違います。

質問者:
 あまりお金にならない内職だけでなく、他に仕事をしようとは誰も思わなかったんですか?

ありがとうございます:
 それは、全然思いつきもしないでしょうね。声のかかってくるのはみんな安い内職ばかりです。
 私のところは電気がありませんでした、ランプ生活です。都会だから隣は電気がついています、うちは電気代を払えないから電気はありません。冬でも暖房できません、灯油なんか買えません、ストーブなんか無かったです。内職はできた仕事を持っていってももらえるお金はほんの少しです、それでも良い方で、すればするほど損するものもあります。チュウインガムの笛のようになっているのがあって、それを巻く仕事があって、それを預かってくるとき、中に包むものと包み紙とを秤で計ってくれます。それを包んで持っていくと「目方が少ない」と言われるんです。別に食べてないんですが、目方が少ない分の損害を補償するような形になって、内職したけど(お金を)もらえません。

質問者: 
 悪徳業者ではないんですか?

ありがとうございます
 そうではありません。乾燥して目方が減るとかいろいろあるんだと思うんですが、私は食べたことはありません。

質問者:
 そういうみすぼらしい生活の中で、いつも神さまを感じていたんですか?

ありがとうございます:
 最初は、人と違ったことをするのはのけ者にされたように思うんです、誰でも同じかもしれません。人と異なることをすることを恐れるという気持ちは、最初は誰でも持っています。小学生の最初のころはそうでした。幼稚園のころは背広を着てネクタイを締めて通っていました贅沢にしてもらっています。そういうのに慣れていると虚栄心があります、自分だけみすぼらしい服を着て恥ずかしいという気持ちは、最初はあるんです。それがだんだんとはぎ取られていきます。何から何までみんなと同じ事ができなくなります、そうなると人と比較することをやめてしまいます。比較しようが無くなります、人は人・自分は自分とスパッと切るようになってきます。人と比較してどうのこうのという考えが消えてしまいました。

質問者:
 ご両親も、そういう生活を感謝しながら生活していたんですか?

ありがとうございます:
 神さまから命令されたらどうしようもないです、逆らえません。最初は仕方なしに受けていたんでしょうね。親の立場特に母親の対場からしたら、子供に何も食べさせられないのが一番苦しいんです、自分が食べなくても子供の方へと普通は思います。子供の方もそれを感じます、自分が食べずに子供にくれていると思います。そうすると、子供の方も、自分が食べずに親の方へと思います。上手に「今お腹が大きいから」と逃げて回るんです。
 でも母親の方が無理をしていたんでしょうね、それで、栄養失調的にもなりやすかっただろうし、病気にもなりやすかったろうと思います。お金にもならないのに頼まれた仕事を一生懸命に働いているから、かなり無理があって食べずにがんばっているから、栄養失調から来るいろんな病気が出てきたようです。それも神さまの計画だったようです。
 母親が病気で困ったときは、子供にいろいろ家事手伝いをさせようとします、「何でもできる子に育てなければだめなんだ」と。だから「子供に全部させよ」と命令してきます。それを母親が(仕事が)早いものだから自分でさっさとするでしょう、そうしたら「だめだ」と怒ってきます。「いうことを聞かなかったら動けなくするぞ」と、そうしたら病気になって動けなくなります。
 そうすると子供の方は、母親を大事に思うから「代わりにしますから」という感じでするようになるんです。私も、小学三年の時はご飯たきが上手でした、薪で上手に炊けるんです。

質問者:
 その時は、お父さんは「拝み屋さん」をされていたんですか?

ありがとうございます:
 そうです、そういう奉仕活動は神さまごとだから逃げられません、させてもらっています。だから、出かけていってもお金は絶対に受け取りません、お供え物の残りなどはもらって帰ってくれました、それが子供のおやつに時々なります。でも、たくさんはもらって帰りませんでした、ミカン一個でももらったらみんなで分けて食べました。神さまの方が、その量まで加減してくれていたようです。
 だから、何でもありがたいという気持ちを、一生懸命に起こさせようとしてくれているんです。

質問者:
 お姉さんはいくつぐらい上ですか?

ありがとうございます:
 一つ上です。姉もかなり栄養失調的な状態になっていました。中学生の時に中耳炎から脳膜炎を併発してしまって、たぶん栄養失調からでしょうね。体力がなかったんです、ちょっとした中耳炎から炎症を起こして、お医者さんへ連れて行ったら「もうだめ」と言う、夏の暑いときでした。でも神さまは「手術はしてもらえ」と言いました。でもお医者さんは怖がってしないんです、「絶対死ぬから、こんなものはできない」といいます。そこで(医者の)友達を呼んで三人で立ち会いを置いて「絶対に死ぬから」と手術をしないと言います。
 あのころは、ノミと金槌で骨を割って取り出すんです、今みたいに進んでいないんです。一応手術して取り除いてくれないんです「絶対に死ぬから、入院させません」と言うんです、それを自宅へつれてかえって氷で冷やし続けるんです、そして「般若心経を唱えさせよ」というんです、それも全部じゃなくて「羯諦 羯諦。波羅羯諦。」こういわせよというんです、やっぱりそれが必要だったんです。それで不思議と治ったんです、お医者さんが「絶対死ぬ」と言ったのが治ってしまったんです。いろんないい体験をさせてくれます


質問者:
 下の二人の妹さんはだいぶ下なんですか?栄養失調的になられたんですか?

ありがとうございます:
 三つと五つ下ですか?栄養失調的というより、やっぱり妹の方はちょっと与えてもらうんです、下の子の方がどうしても甘やかされます。私だったら「お腹一杯」と逃げて回って食べずにおれるけれど、小さい子はそこまで行かないですね、あったら食べてしまいます。それで良いんです。

質問者:
 二十歳の時は家族一緒だったんですか一人だったんですか?

ありがとうございます:
 一緒です。だから、内職も近所のお手伝いもたくさんしています。頼まれたら何でもさせてもらいました。

質問者:
 二十歳からさらにお祈りを深められるわけですが、その時なぜ病人がきたんですか?お祈りしますよと言われたんですか?

ありがとうございます:
 不思議にお祈りをすると治ってしまうんです。頼んだらなおしてもらえるというのが勝手に広がるんです。

質問者:
 家にそのような人がしょっちゅう来るんでしょう?電話はなかったんでしょう?

ありがとうございます:
 電話はないです、後でちょっとはつきましたが。でも、ほとんど家にはいなかったです。ほとんどでていました、夜中にちょっと帰るぐらいでした、ほとんどでっぱなしでした。まず、朝昼晩働いていました。夜警の仕事があったら一晩そこで過ごしますし。プラスチック整形の仕事なんかや夜勤の仕事があります、そういうのだと家には帰っていません。

質問者:
 働きながら、数万人の人をなおしたというのは、家にたくさんの人が押しかけてきたのかと思ったんですが?

ありがとうございます:
 家に夜中に帰ってきても電話がかかってきます。夜中に家へ帰ってきても寝られません、そのほかに手紙がたくさん来たり。遠いところの人の手紙を読んでお祈りをすると、治ってしまうんです。会ったことは全然無いんです。あっちこっち出歩いて出会う人はたくさんいますから。

質問者:
 今も病気治しはなさっているんですか?

ありがとうございます:
 もう卒業しました。今は、治してくれと言ってくる人はいません。電話をして頼もうとしたらもう治ってしまうみたいです。
 病気なんて治そうとしない方が良いです、必要なんですから。必要なかったら消えるんです。消されたら病気になりたくてもなれないですから!大事なんです。

 必要なだけに絞り込んだら、生活が楽でしょう。お金がいらないです、できるだけ絞り込んだ方が余裕があって良いんです。電気も一つぐらいにして、低額最低限。食べ物はパンの耳を買いに行く。肉でもおいしい肉はだめです。小さいときに、栄養を補うという意味でタンパク源として、一番安かったのが豚の皮です。豚の皮は毛が固くて利用価値がないようです、ほとんどただみたいな値段で売ってくれました。それをカミソリで毛をそり落として、炊いたら膠質(にかわしつ)のタンパク源になります。贅沢をしないつもりならそういうものでも良いんです、栄養十分です。生活費が二万円あればいけます。
 パン屋さんとも、うちの斜め前がパン屋さんでした、売れ残ったパンはカビが生えてきます、そうしたら返品もきかないし売れないし、みんなに声をかけてくれます、十分の一ぐらいの値段でそれを分けてもらって、そういうときはご馳走です。カビだけ落として軽く焼くんです、それでおいしいんです、最高なんです。カビが生えたからと捨てたりしません。
 最低限の生活に慣れてくると後は何もいりません。私も欲しいものは何もなかったんです、自分から「あれ欲しい、これ欲しい」と言ったことは一回もありません。うちの子もそうだけど全然言ってくれません、変わり者です。靴に穴が開いて水が入ってくるようになって「買ってあげようか」と言っても、「いらない」と言って頑張っていました。そのうちに誰かから買ってもらうんですが、私は買っていません。
 うちは、暖房なんか全然していませんでした、冬でも暖房なしできています。最近です良い物が入ってきて、みんなが徳がありすぎるんでしょうね。これはすごく性能が良くて上等なんです、みんなのために神さまからのプレゼントなんでしょう、活かさないといけません。




断食


ありがとうございます:
 食べ物が何もなくても良いんです。極端に、冬などに食べ物が何もないときがあります。ある時神さまから「無かったら、粘土を掘って食べろ」と言われました、粘土を食べたら生きられるらしいです、「本当になかったら、粘土を掘って食べろ」と言われました。粘土は栄養分が一杯らしいんです、石ころはいけないんですが粘土は食べられるんでしょうね。 「心配するな」と言われたら何でも食べられます、粘土を食べるぐらいだったら何でもおいしく食べられます。神さまの感覚と人間の感覚はだいぶずれるんです。だから、絶対に心配はしません。毎日食べ物がないよりは、一週間ぐらい食べ物が無くても「心地よい断食の期間を与えてもらった」というような感じです。

質問者:
 断食してもあまり痩せないタイプですか?

ありがとうございます:
 今は肥えているでしょう、一杯食べさせられているという感じです、三食昼寝付きです。断食しているときは52〜3キロでした、それでもそれ以下にはなりません、骨が太いから、筋肉もあるし、でも今よりだいぶほっそりしていました。面長のハンサムでした。
 それでも力持ちでした、片足のヒンズースクワットを1000回できました、普通は両足でしますが片足でできました。

質問者:
 断食のし過ぎで肺が正常に機能していないんですか?

ありがとうございます:
 それは、断食でではないんです。地球の未来を憂いてというか、いろんな人の思いをたくさん背負うんです、それでそういう病気の姿をとります。場合によっては、そういう思いを消さなければならないときは出てきます、でも病気ではないんです。身代わりの病気といえば病気かもしれませんが、それでも受けた思いはすぐに消えますから瞬間瞬間変化します。大変なときは長い時間続くんですけど、他の用事で何か必要なときはパッと消えます全然症状が出ません、瞬間に変わってしまいますから病気ではないと思います。病気ならずっと続きますがすぐパッと切り替わってしまいますから。ある時大変な症状になりある時パッと治ってしまいます、病気じゃないんです。

質問者:
 消すときには受けるんですか?

ありがとうございます:
 消す役目の時はそうです。消しやすい場合はそういう消すべきものを持ってくるんでしょうね。お祈りをしていない人のところへ持っていったら重荷で潰れますし、強い光を浴びたらめちゃめちゃになります、大変な思いをしてもそんなにたくさんは消せません。でも、お祈りをしている人のところへ持っていくのであれば、軽いものだったらすぐに消えますし、大きいものでもちょっと大変な思いをするぐらいでたくさん消せます。




感謝を忘れて

質問者:
 小冊子に「神さまが、妻や子供の姿をとって現れてきている」とあります。しかし現実ではつい荒い言葉で対応してしまいます。その後で「ありがとうございます」と言うんですがそれで良いんですか?

ありがとうございます:
 神さまがそういう姿で現れていると本当に思えたら「ありがとうございます」だけになるんですが、忘れたときに「神さまでない人」と見てしまうんです。そういうときは「ごめんなさい・ありがとうございます」でいいんです。

質問者:
 わたしは「ありがとうございます」を唱えていますが、家内は唱えていません。その家内が「ありがとうございます」をいろんな場面で多用するようになってきました。

ありがとうございます:
 一人「ありがとうございます」を言っていると周りの全部を神さまに助けてもらうんです、感謝の周波数に変えてもらえるし、必要だったら「ありがとうございます」が言えるように変えてきます。




質問者:
 感謝を忘れた人の意識が狂牛病を生み出し、このままでは鶏や豚にも出ると人に聞きました。人の意識によるものでしょうか?
 
ありがとうございます:
 いろんな意味合いがあるんです。一通りや二通りの意味じゃなしに、いろんな意味合いがあってみんなのためになっているんです。だから、おいしいから食べるぐらいなら食べなくても良いんです、それで食べる人が少なくなってもかまわないです。本当は肉食なんかはしない方が良いかもしれないし、野菜や草を食べた方が効率が良いでしょう、牛一頭を育てるのに飼料がたくさんいるでしょう、それを人が食べた方が良いんです。

質問者:
 1キロの肉を作るのに1000キロの野菜が必要です。(注ー1)

ありがとうございます:
 そんにいるんですか?大変じゃないですか!!1キロの肉のために1000キロも必要なのは大変です。1キロの肉と1000キロの野菜とどちらが栄養があるか?野菜1キロでも良いかもしれないですね1000倍になります。地球上の人口が1000倍になっても生きていけます。植物をもっと活用した方が良いんでしょうね

質問者:
 家畜に与えている穀物をそのまま人間に回したら、食糧問題は解決します。

ありがとうございます:
 食べ方を工夫すれば、上手に加工すればいいですね、今だったらそれができます。そうしたら、飢え死にする人が世界からいなくなります、そういう技術が今だったらあると思います。狂牛病もそうしたらいいものになります、マイナスへの道をストップをかけてくれています、無駄使いをしなくて済みます。
 だから、マイナスの働きはないんです、これはプラスへの働きです、良くなるようにしてくれています。

 普通は食べる心配をします、私も小さいときに食べるものがないでしょう、野菜がないときは草を採って食べました。薬草的な草を集めてお茶にして小さいときから使っています、いろんな種類の草を集めてきては煎じてお茶代わりに飲みます、それが野菜代わりになって野菜を全然摂らなくても大丈夫です。それで健康を保っていました。何でも使えるみたいです、種類が多い方が良いようです。ヨモギもスギナもハコベもオオバコもこの辺にたくさんあるでしょう、毒ではないものを全部使えばいいです、バランスがとれて栄養価満点です。みんなただです。

 注ー1
文中の「1000キロの野菜が必要」の本意は不明ですが、補足させて頂きます。
 1キロの肉を生産するのに必要な飼料を飼料効率と言い、牛肉の場合は肥育期間24ヶ月として10〜11キロ(10〜8%)というのが一般的です。ただし、飼料の定義として配合飼料・混合飼料を使った場合の値です。即ち、高タンパク高脂肪な穀物及び肉骨粉などの動物質飼料等を使用した場合です。
 また、牧草のみを飼料にした場合は、飼料効率が前者の8分の1程度になることから、飼料用作物(牧草)よりもさらに水分含有量の高い野菜では、「1000キロ」も妥当ではないとは言えない。
                    質疑及び応答の本意理解の参考になれば幸いです。・・・・・文責 風化者   




言葉の縛り

質問者:
 小さいときから甘えん坊で何をするにも遅いんです、大学を出た今でも就職をせず社会に適応できないでいます。こんな私でも世の中のためになれるんでしょうか?

ありがとうございます:
 言葉の使い方はとても大事です。親が「早くしなさいよ」と言うときは「遅い」と言っているんです。いつも「遅い・遅い」と言っているような感じになります。それが縛りとなってそれが叶ってきます、子供の方もそれを叶えようと「遅くしてあげよう」とします。「勉強しなさい・勉強しなさい」と言うでしょう、それは「勉強できていない」という言葉の縛りになります。そうしたら、「母親は、勉強を望んでいないのかな?」という感じに(子供は)なります、そうしたら勉強しない状態に自分を置きます。
 だから、ペースの遅い子には「もっとゆっくりしなさい」と言わなければいけない、「ゆっくりしなさい・ゆっくりしなさい」と言われたら早くします。逆みたいですが、「まだ余裕があるから、ゆっくりしなさい」と言うとペースが早くなってきます。 本当の言葉の使い方は、プラスに変えていくことです。

質問者:
 社会は効率優先で、私なんかは足手まといじゃないかとつい考えてしまいます。

ありがとうございます:
 それは逆に言葉を使った方が良いです、言葉通りに自分の運命を変えていけます。「自分は世の中に大きく役立つ自分なんだ」というふうに、「みんなが自分を待っているんだ」「一緒に働けるのを喜んでいる」というふうに「自分は何でもできる」というふうに、言い言葉を自分に投げかけたら良いんです。

質問者:
 登校拒否や引き籠もりの人はどういう役目があるんでしょうか?

ありがとうございます:
 周りに対して自分の主張があまりできない人が、周りの言葉を受け入れてしまうんです、ある一面では優しすぎるのかもしれません。だから、自分で積極的にプラスの言葉を使っていくと、人の言葉の縛りから抜けていきます、プラスの言葉の方が力があります。マイナスの言葉はプラスを持ってこないからマイナスが出てくるんです、光と闇の関係です、光がないから闇がスーッと出てきます、光を持ってきたら闇は退散して消えます。だから、マイナスにプラスの言葉を使い出したら、マイナスの言葉の縛りは全部消えていきます。マイナスの言葉には積極性はありません、プラスの言葉には積極性があります。
 人がプラスの言葉をかけてくれたら、それもありがたいんですが、自分の人生は自分で切り開く方が大事だから、自分がプラスの言葉をしっかり使えば良いんです。そうしたら、自分のプラスの言葉通りに全部変わっていきます、そうしたらもう怖い者知らずです。言葉の使い方がしっかり身に付けば良いんです、「言葉通りに全てなる」というのが法則です。

質問者:
 今社会に出ていないという状態も必要なんでしょうか?

ありがとうございます:
 嫌、今言葉の訓練の時期と思えば良いんです。プラスの言葉をしっかりと使いこなせるようになるための、言葉の訓練の時期というふうに見て、プラスの言葉をたくさん使う練習をすると、その言葉通りに自然に変化して、世の中にとけ込んで大きい働きのできる自分に変わります。だから、何にも心配しなくても良いんです。
とくに「ありがとうございます」を回数多く唱えるだけで、全ての分野で・全てに於いてプラスに変わります。「ありがとうございます」が一番積極的な言葉です。だから、自分のいる部屋中に「ありがとうございます」を貼っておくのも良いんですよ、「ありがとうございます」を投げかけてくれているから全部「ありがとうございます」をもらえるんです。それだけでも自分が変わるんです。それから、「ありがとうございます」をたくさん書いた本を読めばいいです。「ありがとうございます」ばかりを活字にしたらいいですね。テープはあるんですが本もあっても良いかもしれない、最初から終わりまで「ありがとうございます」だけで。




神さまのしている運動

質問者:
 どんな本を読んでも幸せになれない、それに気づき始めたんだと思います。そこに満を持して「ありがとうございます」が出てきたんだと思います。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」の運動がものすごい勢いで起こっているようです。神さまの湧き上がる運動です。すごいですね、人のする事じゃないですね、神さまのしている運動です。神さまのバックアップがなかったらたいしたことありません、神さまの方から無限の力を添えてきます。みんな中から変えられてしまいます、外からの教えではなく中から変えられてしまいます。

質問者:
 来年は、はがき道の坂田先生とか神渡先生とか十人近くの方がこちらに見えて、「ありがとうございます」の広報マンになって下さると思います。

ありがとうございます:
 すごい拡声器を持っていらっしゃる。地球一杯じゃなく宇宙一杯に伝わるでしょう!

質問者:
 お歳暮に「ありがとうございますシール」を下さいと言われました。

ありがとうございます:
 時期がこなかったらいくら努力して配ってもみんな捨てられてしまいます、今は自然に広まって喜んで受け入れてくれます、不思議ですね。だから、地球上の人の心もかなり謙虚になっているんです。神さまの助けを受け入れる時期になって、その必要性に合わせて神さまが大きく働きだしているんです、大きい力を添えだしたんです。

質問者: 
 「ありがとうございますシール」は目に見えないところに貼っても効果はありますか?

ありがとうございます:
 ありますよ、隠れシールです、奥深い働きをします。
最近は「ありがとうございます祭り」とかいうのが流行っています、岐阜のスーパーも「ありがとうございます祭り」をしたんです、二日間やって大盛況でした。従業員の人もみんな「ありがとうございます」を連発して二日間頑張ったんです。
 これからはもっと出てきます、いままでは「ありがとうございます」は単なるお礼の気持ちでした、まだ本当の神さまの力は出きっていないですね、これからです本当の力が出てくるのは。
 「ありがとうございますシール」は、空気も水も大地も、人の心も最高の状態に変わります。



質問者:
 60分間ひたすら「無限の無限のありがとうございます」を吹き込んだテープを聴いているんですが、ただ聞くだけでも良いんですか?

ありがとうございます:
 良いですよ、聞くことによって心で唱えています。心でしっかり掴んで確認いていますから、心で唱えていることになります。テープで声が「ありがとうございます」と出てくるでしょう、自分の心が聞くだけではなく周りが全部聞いているんです。周りが全部聞いて一緒に祈ってくれています。 車にも「ありがとうございます」と言葉を投げかけたら最高表現をとってくれます。





マイナスの役割
質問者:
 現在の戦争などにも役割があるんですか?

ありがとうございます:
 みんな思い通りに生きたいという心の傾向を、ストップをかけて感謝へ切り替える大きい働きをしてくれます。神さまの方への方向転換です。

質問者:
 テロも、思いから感謝への方向転換のための、象徴的な出来事ですか?

ありがとうございます:
 そうです、良くなるために必要なんです。どんな災害もそうです、もし自分がその当事者だったら大変です、それを考えるだけでも「ありがとうございます」です。また、自分の身代わりに災害にあった人たちに対しても「ごめんなさい・ご苦労さん・ありがとうございます」ですね、助けてもらっているんです。
 そういう姿が出てこなかったら気づかないです、気づきを与えてもらったこともありがたいですね。


カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.167