カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.

r14神様が素通りしていく2002.2.23

☆最近光に慣れるために太陽を見る練習をしたり風を感じるようにしていますが、お祈りが深く深くなった時に先生の身体や先生の魂はどうなっているのですか?

ーありがとうございますー
お祈りの深い世界へ入ると一瞬一瞬神様の無限の無限の輝きをずーっと受け続けるので 自分というものがあれば飛ばされてしまうんです。ちょうど太陽が自分の中に飛び込んでくるような感じなんです。大きい太陽がドーン!と入ってきたら自分は飛ばされてしまいます。だから自分を消さないとダメです。肉体も魂も自分という形あるものを全部消してしまわないと一瞬一瞬受け直せないです。受けてもそれを掴んだらまた飛ばされてしまいます。だから一瞬一瞬を絶対に掴まないというのがいいです。神さまが素通りするだけです。自分が透明になってすべてが素通りしていくのを眺めているだけというのがいいかもしれないです。
すべての移り変わりを眺めて喜ぶだけというのがいいです。
太陽も風も神さまの本当の素晴らしい働きを感じさせてくれます。

 無限を掴むと掴みきれない

☆「掴む」という能力は何故与えられて、どう使えばいいんですか?

ーありがとうございますー
一瞬だけを掴めばいいんです。ありがとうございますと一瞬掴んでまた次に新しいものを一瞬掴んで、眺めるだけというのも何も見ていないんじゃなくて感じているし受けているから大きく広く一瞬だけ掴んでいるんです。眺めるという字は目に兆で、いっぱいのものを目に受け入れて掴んでいます。ただひとつ掴むとそれに囚われますが大きく広く掴むとすぐ離したくなる・・多すぎて掴みきれないんです。無限を掴むと掴みきれないからすぐ離してまた新しいものをと受けやすいです。

☆地球、太陽系、宇宙、そして無限の無限のさらに無限の広がりがあると思っても、すごいというくらいしか捉えられないです・・・。

ーありがとうございますー
そうです。だから今、目の前に見せてもらうものを通してそれはあくまでも小さい模型だと捉えるんです。それを推理力でどんどん大きく大きく推理して拡大するんです。そうすると大きいものを感じる心に変化してくるんです。だから推理力というのも大事です。それを皆ちゃんと持っているんです。

全部プラスに見えたほうがいい

☆人の最後の亡くなり方に様々違いがあるのはそれぞれの生き方の違いと関係するのですか?

ーありがとうございますー
これは全部一人ひとり何を選ぶかによって違うので、
かたちがマイナスでも本人にとっては大きいプラスかもしれないんです。だから長い目で眺めないと本当の意味はわからないんです。ひとりの人が幸せへのどういう最短コースを歩み続けているかというのは長い目で眺めると、それは全部プラスへプラスへといくのが判ってきます。この世で病気をして苦しんで、傍から見ると大変でもその人にとっては魂を磨く本心を引き出す大きい修行かもしれないですし、また大勢の人の身代わりに大きいマイナス背負って消し続ける大菩薩行かもしれないです。それでこの世の修行が早く終わってあの世へ行って早く卒業したということかもしれません。本当ならなら百年かかるのを十年で卒業したら大したものです。一人ひとりに合わせた神様の助けがずーっとあって幸せへの最短コースを歩み続けるように見守っているんです。後で振り返ったらよかったと思えることでもそのときの自分の立場で人のいろんな姿を見て勝手な判断をするのでは正しい判断は出来ないです。みんな違う道を歩んでいてどういう方向へ進んでいるかもわからないんですから全部プラスに見えたほうがいいです。

☆死に際にありがとうございますと穏やかに逝ったら感謝の世界へ行って、苦しんで苦悶の中で感謝もしないで逝ったら地獄へ・・ということはありますか?

ーありがとうございますー
それはないです。極端に言えば逆の場合もあります。この世でマイナスをいっぱい消し続けておいてあの世へ行って感謝に入っているかもしれないです。みんなに助けてもらって感謝できるようにしてもらってもまだ消さないとならないものをいっぱい持っていたら地獄へ降りるかもしれないです。でも全部プラスへなっていくんです。途中いろんな過程を通りますけどその過程が全部プラスにプラスになっていくんです。
絶対マイナスはないです。だからプラスに見える方がいいんです。感謝に向けてプラスを大きく発見するのがその時は幸せと言えるんですけど、その幸せを大きくするためにまたマイナスのほうへ向いて逆に思って、今度感謝に戻った時にまた大きい感謝が出来るという意味もありますからちょっと長く眺めたらプラスになるんです。

殺すのではなく卒業してもらう

☆宗教によっては蚊も殺さないものがあって、私たちは命をもらって食べていますが神様は殺生をどこまで赦してくれるのですか?

ーありがとうございますー
 無限の無限のチャンネルの番組が既に用意されているということは、一切殺さないという最高番組から殺し合いの番組まであるんです。番組ごとに全部違います。一切殺さないというのは神さまの大きい命を完全に生かしきるということです。神さまの命がどれだけ輝いているかによって番組が段階を追って違ってきます。神さまの命はみんなが幸せになる大調和の姿をとるという宇宙全体の大きい命です。
 例えばこの世でプラスとマイナス、殺生している生かしているという両方がありますが、それもどういうふうに見るかという見方によっていろんな見方が出来ます。小さい命が自分の命を大きい命に捧げているといったら殺生ではないです。逆に大きい命が小さい命を無理矢理奪ったというなら殺生に見えます。見方によって殺生にも見えるし逆に生かしあっている捧げあっているというふうに見えるんです。だからプラスに見える方がいいです。小さい命は大きいものに命を捧げてどんどん自分が大きい命に変化していく進歩向上しているという命の捧げ合いであれば別に殺生ではないです。
 もし蚊や蝿がいっぱい出て来てそれが無限に増えたら蚊や蝿の世界になってしまいます。人間がそこで生活して何か大きい神さまの心を実現するという世界ではないです。蚊や蝿ばっかりの世界もありますが、人間がこの世に現れてこの世を理想の世界に変えようという目的をもってきている限りは、蚊や蝿ばかり繁殖させたらダメなんでもっといいものをいっぱい調和させた姿で出してこないといけないです。だから蚊も蝿も必要だったら残してあげないといけないけど必要最低限でいいんです。一匹か二匹残ったら希少価値になって無限の価値があるかもしれないです。増えすぎたらちょっと困る可能性がありますから種族を絶えさせないでバランスをとらないといけないです。植物も何でも放っておいたら雑草ばかり増えてきます。山の木も苗木を植えて放っておいたら最初はわっと繁るんですがそのうち日陰が増えて細くなってみんな枯れて共倒れになってしまいます。間伐や枝打ちを何度もしないと日が当たらなくなって根も張らなくなります。全体が地滑りして山がダメになってしまう山が死んでしまいます。人間が全体を見て調和するようにしないと手を入れないといけないんんです。本当に必要なものを残すようにしていかないといけないです。種族を絶やすとこまでいくとダメですけど種族を護って調和させる為には間伐しても殺生ではないです。ちゃんと種族を護って生かして必要な大きい働きをしているんです。何が一番理想の姿かという目的がはっきり定まらないとダメです。
 はっきりと定まったらその目的に向かって進んだらいいんです。花壇を作っても雑草ばかりだとそこに美しい表現は生まれないです。自分の植えたい花をきちんと配置して雑草を抜かないとそこに美的表現は生まれません。ひとつの雑草だけ蔓延する番組はあってもいいし、そういう番組は既にあるから、その表現がいいと思う人はその番組を引っ張り出して雑草をどんどん蔓延さすんです。
 でももっと別な番組を引き出してそこにもっといい美的表現を現実化したいというならやり方は変ります。本当に神様の命を生かすというのは最高番組を現実化するのが正しいんです。低い番組よりもより高い番組を現実化する方が大きく命を生かしていることになります。より大きいものが生きるなら、場合によっては間引いてもいいし虫を殺しても構わないです。
 その時は殺すというのじゃなしに卒業してもらう、ふさわしい世界へ戻ってもらうんです。ただ一瞬一瞬の移り変わりの姿というのを執着して掴むから殺したように錯覚するんです。一瞬一瞬出て来てくれていると思えばいいです。今ここには用がないから元に戻ってて、顔を出さないでと言う程度がいいです。それだと必要な姿で一瞬一瞬だけ顔をだして現れてくれるというのがいいです。
 舞台でもいろんな俳優さんがいて役割に応じてスッスッと出て来ます。悪役が出て来るときもあって、でもストーリーどおりに進んで今はもう悪役はいらないとなると引っ込んでしまいます。いろんな役割の人が次々に出て来ます。この世もストーリーどおりに動いていって必要な役割の人がスッスッと出て来ます。
 だから虫を殺していると言わないで送り返したと、この世から還るときに殺生の国のマイナスを背負って消してみんなに負担をかけないようにお土産を残して還っていったと、よりよくするための働きだったと見ればいいんです。
 昔のように地球に大恐竜がいっぱい現れたら人間は生きられないです。何から何まで生かして残しておいたら大変なので時代時代でみんな移り変わっていいんです。普通は人為的なものをあまり加えなくても事前に数が調整されていくんです。鼠でも鼠算的に増えるかというとそうではなくて普通ある一定の数で止まります。人間もそうです人口がどこまでも増えるかというとそうじゃないです。食べ物の少ない時代にはそれに合うような人口に調節されています。すこし豊かになって食べ物がたくさんつくれるようになった時また人口が増えたりその辺も調整されてきているんです。

調整

☆調整という意味では戦争もそうですか?

ーありがとうございますー
大きい意味ではそうかもしれません。人口の調整の為に戦争も起こり大自然の天変地異で大勢の人が死んだりします。

☆子供の少子化もそうですか?

ーありがとうございますー
国によっても違いますが全体にとったらそうかもしれないです。子供がどんどん増え続けるのがいいんじゃないです。
地球上の今の人口でも多すぎます。もっと理想的な星に変化するとしたらもっと少なくてもいいです。ただこの世はあの世から見ると修行の場所として最適な場所だからというので大勢生まれてきていますけど、この世の人が本当にお祈りをしっかりし始めてあの世の人も大きく助けてもらえるようになったらもっと人口が少なくなっても構わないです。大自然と調和しながら本当に理想的な姿を現します。わざわざ一度に大勢この世に現れて修行しなければならないということがなくなります。小さい教室に詰め込まれてぎゅーぎゅー押し込まれて勉強している感じです。勉強はあの世でもいっぱいあるからもっとゆったりした場所で必要な勉強をするようになったほうがいいです。だから別に少子化も何も心配しなくていいんです。心配する人は日本が少子化になったら外国に太刀打ちができなくなるとかしょうもない心配をしているんです。地球全体がひとつなら競争をしなくてもみんなが助け合うんですから外国に子供が生まれたらそれでいいんです。増えるところは増えるし減るところは減るし全体が助け合いになればそれでいいんです。

☆2年前に父を無くしましたがその時はありがとうございますも知らずにいました。死にゆくものの送り方について教えてください。

ーありがとうございますー
現実のいろんな姿を掴んでしまうと どんどん番組を下げていってマイナスが増えてくるんです。掴みを離したらどんどん番組が上ってプラスばっかりになっていきます。ありがとうございますは番組を あげていく 生き方ですべて神さまの現れというふうに、一瞬一瞬自分に必要な姿をとって神さまの助けがここに現れていると見るんです。今の自分を幸せにするために一瞬一瞬現れてくれているだけなんです。必要のない時は現れてこないです。神さまの助けは宇宙全体から出て来るみんな自分を幸せにするための助けなんです。小さく掴んでしまうとまた囚われるんです。自分の親だけというふうに見るとこれはなくなると困ります。ところが地球上の全部が自分の親と思ったら無限にいるような感じになるんです。一人抜けても他の人がそれをカバーして幸せを与えてくれるからみんな神さまの現れというふうに受けると少々出入りしてもいいんです。いつも幸せいっぱいにおいてもらうんです。一瞬だけ神さまが必要だから現れて幸せを与えてくれていると見ていくといいです。ありがとうございますとすべてに感謝していると必要な姿を与え続けてもらえるので幸せは絶対崩れないんです。

厄年

☆厄年というのは本当にありますか?

ーありがとうございますー
 マイナスに使うとマイナスの番組に入っていくんです。もしそれに嵌りこんだら厄年はやっぱり厄除けをしないとマイナスが来るとみんな掴んでしまいます。プラスに見たら神さまから役割を使命を与えられたと道が大きく開けるんです。新しい役割が降りて大きい働きをする節目なんです。だから厄年も二通りあります。大事業を起こして成功した人は厄年が出発点です。マイナスに思わないほうがいいです。プラスにプラスに思って感謝していたら本当の神さまからの役割が降りて来て大きく働けるようにしてもらうんです。ありがとうございますの中から生まれてきます。必要なことがスッと出て来ます。

みんないいように外れていく

☆ストーリーということで人生は前もって魂が決めてきたということはありますか?

ーありがとうございますー
今何を選ぶかでまた変化するので選ぶ番組が変ったら正反対にも変化します。一瞬一瞬選び続けて番組あわせをしてそれを現実化しているから本当に自由といったら自由自在なんです。過去に一回選んだからそれをずーッと見続けないと・・ではないです。いつでも今選んで新たな道を進めるんです。自由なんです。ひとつの番組に合わしていたらその番組は先の先まですべて決まっているからその通りに動くなら先は読めます。予知能力で予言できます。でもちょっと番組が変ったらもう当たらないです。そうとうズレてくるんです。特にありがとうございますと感謝しだしたら絶対当たらなくなります。大抵低い番組で予知してくれるからみんないいように外れていくんです。

唱えた回数

☆唱えた回数でレベルが上るというのは本当ですか?

ーありがとうございますー
回数で変る場合もあるし回数が関係なしに変る場合もあるしいろんな生き方があっていいのでそれは一通りじゃないです。同じありがとうございますを唱える生き方でも他に無限の生き方があっていいんです。みんな一人ひとり違うんです。年に一回ありがとうございますと言っただけで一年持つ人もあります。一回のありがとうございますで一年間幸せいっぱい続くんです。ありがとうございますのひと言の中にいろんな生き方が全部中にあっていろんな人の助けを受けられるんです。たくさん唱えてもいいし少なくてもいいんです。常に神さまの助けを受けているというのがいいです

今何を必要としているか

☆ありがとうございますの意味を知って言うのと何も知らずに言うコンビニのありがとうございますは同じですか?

ーありがとうございますー
 
ありがとうございますは同じですがその人にとって今何を必要としているかで必要なものを与え続けててもらえるんです。深い気付きが必要な人はそれが今必要だからありがとうございますで深い気付きを与えてもらえます。そこまで必要ない人もあります。ものをもらってありがとうございますの人はその段階で必要なものを与えてもらうんです。それは全部それでいいんです。必要になったら必ず変化します。必ず必要なものを与えてくれるというのが本当なんです。気付きが増えて大きい幸せを与えてもらう方が幸せかもしれませんけどそれも時期です。時期が来たらそうなっていきます。
 みんな幸せの道を歩んでいくのでどんどん幸せが大きくなるそういう時期はあります。一足飛びに最初に大きい幸せ掴んでまた下に落ちていく人もないとは言えませんけど、歩み方は自由自在なのであまり幸せすぎてもう一回下へ落ちて苦しみを味わってと思う人もあるかもしれないです。歩み方は自由自在にいろんな道があっていいんです。大きい目で眺めたら一回ありがとうございますで幸せになってもう一回下へ落ちて苦しんでというのもさらに大きい幸せを味わう為なんです。行ったり来たりしながら大きい幸せを掴んでいってます。螺旋階段を上るように光の当たる面と闇の面の両方を交互に昇りながらという感じで必ず上に昇っているというのがいいです。

何が出て来てもプラスにプラスに見る

☆前に座禅や瞑想をした時に目の前をドカドカ・・と化け物のようなものが通り過ぎた経験がありますがあれはどういうことだったのでしょうか? 
ありがとうございますは瞑想中にマイナスのような体験をしたことがありますか?  

ーありがとうございますー
 あまりマイナスの体験はないです。何が見えてもプラスに見たらドカドカ・・というのも楽しいです。全部プラスに見ていけたらいいです。普通何か見えたらそれに囚われてちょっとマイナスに思う可能性も残っているんです。マイナスにさえ思わなかったら、いいものを見せてもらえたと全部よかったよかったになるんです。実際にいい物を見せてもらえてもマイナスに見る人があるんです。例えば観音様が出てきたと思って、あれ?動物霊が化けているんじゃないか・・と思ったとたんにいけなくなるんです。動物霊が出て来てもこれは観音様が化けて出て来てると思えばいいんです。だからプラスにプラスに見ていけたらいいので、神様を感じる為だったらプラスに見ることなんです。過去にマイナスを見ていても今度思い返したら 、あれはプラスだったというふうにプラスに思い返せばいいんです。
本当は後で振り返ったらプラスに見えてくるんです。

☆そのドカドカ・・をプラスに見るようになれたらまた更にプラスに見るためのものがどんどん来たりするんですか?

ーありがとうございますー
 何が出て来てもプラスにプラスに見れたら何が出てくるのか楽しみです。力がついた時しか出て来ないんです。力をつけるためだったら自分に合わせて出て来ます。その辺の加減はちゃんと神様がしているから、やっぱり凄いことです。

☆神様にそんなに期待されても・・と言いたくなるようなのが来たりするんですけど・・?

ーありがとうございますー
 大丈夫です。必ず中から力を添えてきていますから。本当の力を引っ張り出す時はそうなんです。大きい問題がきたときほど護りが大きい時です。特訓を受けているので必ず影で支えてくれているんです。どんな訓練でもそうです。そういう時ほど護りに護られてよろこんで力を引き出してもらうんです。

神様が私を使って働いている

☆自分達にいろいろ気付きが起きたり導かれたりするのは、ありがとうございますがここでお祈りをしてくれている為と言えますか?

ーありがとうございますー
 私ではなく神さまが私を使って働いているという・・この肉体をどういうふうに使おうと、この世の波に合わせて光を送りやすいという意味はあると思います。だから祈り続けていると神さまがこの場を使って波をあわせてみんなの思いを消して本当の光の自分を引き出してという働きを全部してくれます。それを全部し続けてくれて助け続けてくれていますけどみんなその助けになかなか気付かないです。後で気付くんです。先ず心に無限の思いが貯まっているとしたら神さまの方が先にそれを消し続けに来るんです。そして感謝の心が出てくるように変えて感謝させてくれます。本当はこの世で出会う前に何億年前から神さまとは深い縁があるんです。助け続けてもらっているんです。その結果がいろいろな姿で出てくるんです。頼まなくても助けて続けてもらったんだからこれから頼んだらもっともっと助けてくれます。感謝しだしたらもっともっと助けが加速度的に大きくなるんです。

喜びの課題

☆助けが大きくなったら課題も多くなりませんか?

ーありがとうございますー
 それは喜びの課題です。落書きを消すのが仕事で課題だったら大変です。消しにくいのがいっぱい書いてあったら消すのにとても苦労します。でもいいものを表現するなら楽しいです。喜びの課題が増えるほうがいいです。表現すればするほど幸せが大きくなります。これからはプラスの課題ばっかりです。

みんな尊い役目を持っている

☆ありがとうございますは1941年生まれで同じ年の人に宮崎駿さんとかいろいろいて、同じ年に生まれた人が何か世の中に使命を持つようなことはありますか?

ーありがとうございますー
みんな同じです。いつの時代に生まれて何年に生まれてもみんな一人ひとり違う大きい役目でその人でないと出来ない役目で、みんな尊い役目を持っているんです。特定の人だけが役目を持っているわけじゃないです。

波の合う人同士が助け合うようになっている

☆番組が上るとスピード化するということですが、例えばお墓を一日で建てる業者もありますが同じ値段なら私は3日かけて建てる方を選んでしまうのですが・・?

ーありがとうございますー
それはいいんです。丁寧で早いほうがいいです。本当の早いのはそうです。神さまの早いのは完璧に早いんです。手抜きで早いんじゃないです。手抜きだったらそれは遅いんです。

☆現状では雑で早い方に人が集まって丁寧で遅い方にはお客さんは流れないという感じがします・・それが悩みなんですが・・?

ーありがとうございますー
みんな安いほうがいいです。
(☆安くはしているんですが・・。)
お客さんも波の合う人のところへ注文してしてしてもらうんです。お金でも不労所得のあぶく銭を持った人は高くとられて悪い仕事をしてもらって損するようなところへ注文するんです。働き者のいい人でいいお金を持っている人はいいところへ注文するんです。波の合う人同士が助け合うようになっているんです。
(☆そうなんです。いい人しか来ないんです。でも仕事が少ないんです・・・。)
それで必要なだけの仕事をさせてもらったらいいんです。おかしなお金を持っている人
たとえば人を殺してお金を取っていってそのお金で注文してもらったら同じマイナスを背負うんです。そういうお金を持ってる人の注文を受けたら本当に絶対損します。注文主がどういう人かどういうお金を持っているかは大事なんです。どんなお金でもいいんじゃないんです。だからありがとうございますでいい番組にあわせていい人だけが注文してくれるように自分を整えておくことは大事です。

いつも感謝して神様から何でも受ける

☆ありがとうございますは一瞬一瞬の置き換えだから、マイナスを背負ったお金でももらった時にはプラスに変りますよね?

ーありがとうございますー
感謝をしている人はそうです。でも感謝を忘れたらそのマイナスに負けてしまいます。だからいつも感謝して神さまから何でも受けるようにしているといいところから注文が入って来るし、いいお金が入って来ます。

ボランティアに生きる

☆じゃあ、仕事が少なくてもありがとうございますですね・・?

ーありがとうございますー
そうです。
ありがとうございますをいっぱい言うのが仕事です。お金を儲け過ぎても贅沢しても意味ないです。それは幸せでも何でもないです。

(☆ありがとうございますに会って家に帰ったらたくさん仕事が入っている恐れがあります)

そうです。・・ただの仕事がボランティアの仕事が入っているかもしれないです。それが一番大きい幸せを掴むんです。タダで仕事をしても全部貯金してるんです。皆自分の家族と思ったらみんなただで助けます。そうしたらみんな自分の必要な時タダで助けてくれます。これからそういう本当の意味の助け合いの仲間が増えたら自分は絶対困らないです。そういう仲間をどんどん増やしたらいいのでタダで持ち出しで助けたいという人があったら幸せです。その人を大事にしておけば必ず与えたものは何倍にして返してもらえます。それは必要な時までの貯金です。それは絶対大丈夫なんです。

☆私は今ボランティアをしてもらっている立場なんですけど、してくださっている人が以前は商売も順調だったのですが今は緑内障になったりしてあまり振わないでいます。でもこの後またその徳が見える形で出てくるんでしょうか?

ーありがとうございますー
徳が見える形ででてこなくても神さまの愛がよく感じる心に変るんです。ボランティアに生きる人は神さまの無償のプレゼントを受けやすくなるんです。太陽ひとつを見ても 無限のプレゼントを頂いたと感動するんです。空気を吸えることが無限に生かされて幸せと思えるんです。それはボランティアをしていないとわからないです。お金ばっかり求めてそれしかないという感覚だとせっかく与えられた神さまからのプレゼントを拒絶して感じないです。だからボランティアに生きていて幸せを大きくしている筈です。与え尽くす心が中から喜んで湧きあがって来ています。幸せをどんどん大きくしてもらっています。ボランティアも過去の自分の罪の償いという意味でさせてもらうんです。逆に神さまの大きいお手伝いと思ってさせてもらうと過去のマイナスは全部神さまが引き受けて消してくれるしいいプレゼントをいっぱい受けやすくなるんです。だからボランティアも神さまのお手伝いに生きるのがいいです。そうしたらプラスにプラスに明るくなるから目も明るくよく見えるようになってきます。目をよくする意味ではプラスにみることが大事です。だからもう時期が来ていてありがとうございますを唱えさせもらうように幸せを与えてもらう時期にもうなっています。どんどんよくなっています。

心の目

☆家族の中で私だけ近視なんです。ものの見方によって目の障害がでてくることもありますか?

ーありがとうございますー
近くばかりみると近視になりやすいという一面もあります。できるだけ大きく遠くを見るという心も必要な時があります。一通りや二通りじゃなくていろんな意味合いがあってそうなっているんですけど 近視でも近くのものは顕微鏡的によく見えるんです。必要ならちゃんと見えるんです。遠くをいいものをいっぱい見ようとしたらまた見え出すんです。でもマイナスが目につく時は見えないほうがいいです。わざと心の目にフィルターをかけて遠くを見えなくしているかもしれません。それもその時そのとき必要なことなんです。何でもプラスです。まったく見えなくなってもいいんです。その人の心の目がはっきり見えて来るようになればいいです。逆に肉眼が見えるために心の目が開かない人が多いです。それなら目を閉じることも必要かもしれません。

プラスを見つめながら掃除する

☆マイナスの体験をしなくてもでプラスの中で気付いたほうがいいです・・。

ーありがとうございますー
そうです。例えばこの部屋でゴミを探すのはマイナスを探すことで掃除というのはそうです。それもいいんですけどゴミを相手にしないでプラスばっかりといったらゴミなんてどうでもいいんです。いいものがいっぱいあるんだから少しぐらいゴミがあってもいいです。プラスを見つめながら掃除すれば輝かしながら掃除してるんで、そのうちにゴミも吸い込まれてなくなります。でもゴミを掃除しようと思ったらゴミに目が行くからプラスが見えないです。無限にあるプラスだけを見てプラスを輝かしていったほうがいいです。

背後の神様はすごく喜んでいる

☆以前重い責任のある仕事でうまく行かなくてものすごく苦しんだ時に心のどこかでそれを楽しんでいるような感じがありました。すごく辛い状態なのに・・・あれは何だったのかと・・?

ーありがとうございますー
肉体人間という立場でいろんな苦労をさせられて苦しんで悩んでという状態におかれるとその状態を奥の自分、守護霊さん守護神さんはいい修行が出来ると手を叩いて喜んでいるんです。だから心の底では本当は喜んでいるんです。
本当にいい勉強になるんです。重い責任のある仕事をさせられてそれを果たせずに文句ばっかり言われて馬鹿にされてというのも大きい心の修行です。何を言われても不動心になればいいんです。いろんな角度から勉強させてもらって背後の神様はすごく喜んでいるからその心をスッと感じると表面は苦しんでいるけど内心は喜んでいるんです。表面も喜んでいると修行にならないです。

修行

☆修行はする必要があるんですか?

ーありがとうございますー
修行したい人はするんです。
修業をする必要がなくなったらもう喜ぶばっかりに変わっていいんですけど修行したい人がいて修行しなければという場合もあるのでそういう時は修行という形をとるんです。もう修行する必要がないと思ったらそれは必要ないので引き寄せなくなります。世の中には難しい修行をしたい人が多いんです。何か食べるんでもあまりふわふわと歯ごたえがないと美味しくないのでちょっと硬い方が歯ごたえがあるほうが美味しいです。その方が力はつきます。苦しい修行で大きいマイナスを消してもらう場合もあります。 みんなマイナスを借金というのを持っていますから借金返しをして軽くなって貯金を引き出せたりプラスに気付いたりするんです。思いを貯め続けた結果の見えないもの気づかないものがいっぱいあります。その思いを消す意味でいろんな試練や勉強が出てくるんです。大きい借金返しなのでその試練が大きい方が早く消してもらえるんです。そして気付きが増えてプラスに見えて感謝できるようになるんです。

☆試練や修行がその人にとっては厳しすぎる感じでマイナスに受け取ってひがんでしまって人を恨んだりして一生うだつが上らないような人もいますが・・。

ーありがとうございますー
借金を積み続ける時と借金返しをして貯金をし続けようという時と両方あります。マイナスにマイナスに向いていく時は借金をし続けている時です。その時期も必要で何回か繰り返して借金を大きくしてもいいんです。そして今度は借金に懲りてくるんで、そのときから借金返しを始めるんです。借金返しでも早く返そうとすると大きい試練を受けて早くそれを返そうとします。一人ひとり全部違うんですけどその人にあった最短コースをみんな歩むんです。だから周りの人のことを心配してあげる必要はないんです。神様が先に心配して護っているから背後の神様にありがとうございますと感謝しているだけでいいんです。
それで護り易くなっているから一番いい助けがずっと行くんです。

この世は選ぶ場所

☆借金ばかりを重ねるのが好きな人と徳を重ねるのが好きな人とがあって、全体でみたらバランスが取れるということはありますか?

ーありがとうございますー
いや、それはないです。極楽世界は貯金ばっかり好きな人です。借金ばかり好きな人は地獄になってしまいます。周りがそういう人ばかりだと地獄になってしまいます。この世はみんな見せてもらって自分が何を選ぶかと選ぶ場なのでいいものを選んだら幸せになっていきます。逆にマイナスを選んだらマイナスに降りていくんです。この世は選ぶ場所なので全部取り揃えてあるんです。
幸せになりたい人は徳を積んで貯金した方がいいです。

楽と錯覚

☆普通に考えても借金するのは苦しいことで徳を積むのは楽しい筈なのに何故人は苦しいほうを選んでしまうのですか?

ーありがとうございますー
最初は惰性で動いているんです。そのほうが楽と錯覚するんです。何もしない方が苦しいはずなんですけど、でもそういう時期もあっていいんです。そして働くことが幸せ喜びというふうに変れば、働きで苦しまなくなり働くことが喜びになります。働くことが苦しい辛い疲れると最初は思ってしまう可能性があります。働きすぎて苦しい疲れるとか、なんか縛られていると感じたりします。そういう人はいったん働きを止めて楽な方を選びます。惰性に流れて借金を積み重ねます。でもその方がもっと苦しいとやがて気付くんです。何もしない、出来ない、させてもらえないというのは苦しいんです。窓際族みたいなものです。でもお役に立てる人を幸せに出来る働けるというのは幸せです。働く喜びを再発見する意味である時期そういうふうになるんです。それもひとつの貴重な体験になります。そして働く喜びを見出した人が貯金をいっぱいして皆からも幸せにしてもらえるんです。

 徳とは

☆感謝のお祈りに出てくる全徳は今話されている徳と違うのですか?

ーありがとうございますー
徳というのは神さまの働きを現します。ギョウニンベンに直の心と書きます。直というのは宇宙絶対神の根源の働きを「なおび」の働きというんですが 直霊 の働きです。だから徳というのは宇宙絶対神の働きで神様の働きは沢山在ります。幸せにする働き、喜びを与える働き、安らぎを与える働き、愛の働き、知恵の働き、命の働きと数えたらいっぱいあってそれを全てひっくるめて全徳なんです。それが無限に無限に輝いた姿で出て来て組み合わさって宇宙という姿になっています。いろんな徳性があってひとつづつ色が違うとしたらいろんな色がいっぱいあるんです。いろんな色の色合いの光が本当に見事に組み合わさる訳です。そしてその組み合わさった状態が宇宙という輝いた姿をとるんです。そういう意味の徳で神様の働きという意味です。

一秒単位で受けなおす

☆働くのは好きですが職場の人間関係が少し苦しくて、周りの人を全て神様の表現と思うようにしていますがとても難しい・・どうすれば自分をこの場に置き続けられるかと考えてしまいます。

ーありがとうございますー
一秒単位で受けなおす練習をするといいです。そうすると過去を引きずらないから人の姿がみんなプラスに見えてくるんです。神さまの現れ・神さまの表れと一秒単位で受けなおすと悪い姿が見えなくなる、消えてしまうんです。バカヤロウと言われても最初の一秒は「バ」と聞いて次の一秒が「カ」ですその次は「ヤ」なんです。例えば人をビックリさせる時も「バー!]です。過去を掴んで過去をズーッと長く引きずると番組を下げてしまう、マイナスに見えて来るんです。そこが大事なんです。一瞬一瞬新たに出来るだけスピード化して新しいの新しいのを受けなおす練習です。一秒単位で受ける練習をするとプラスばっかりに見えてくるんです。それもひとつじゃなくて沢山あるから同時にそれをしようとするならもうひとつプラスばっかりと見たほうがいいです。そうしたら周りに誰がいても引っ掛からなくなります。プラスだけを感じるし、いい人だけ見えます。一秒でみんなを見るのは忙しいです。一秒で全部は見えないからいい人だけをみるんです、その中で最高の人だけ一秒見たらいいんです。その次の瞬間もその中で一番いい人だけをみるんです。二番目三番目のいい人くらいまではみてもいいですけど最低の人は楽しくないから見なくていいんです。そうすると楽しくなります。それもプラスを発見する練習です。 一番いいものを選ぶ練習で感謝のひとつの練習の方法です。
特にこの世はいいものを選びたいと決めたらそれをどんどん自由に選んでいく練習なんです。

ダム

☆ダムについてはどう考えたらいいですか?

ーありがとうございますー
 いい面と悪い面と両方があると思います。ダムという働きとしも必要な時は必要です。でもダムの作り方もいろいろです。もっと理想的なダムもあるかもしれないです。水が淀んで流れがないと水は死んでいきます。緑のダム・・山に木をいっぱい植えて大きくなると保水力が増えますから、それが一番いいかもしれません。雨が降らなくても 木が蓄えた水を徐々に流してくれますから、山の緑の木のいっぱいなところは旱魃が続いてダムに水がない時でも水がいっぱいあるんです。これは緑のダムです。
 コンクリートで護岸してしまうんじゃなしにどんどん改良して形も変えて水をきれいにするようないろんな植物を植えて本当に自然を壊さないような調和したダムを作ったらいいです。水が全く全部流れてしまったら困るから場所によっては貯金しておかないといけないダムの必要なところもあるんです。いっぺんに使いきるか残しておいて徐々に使うかです。そういう必要性のあるところはダムを作ってもいいんです。ただ作り方にいろいろありますからそのときにいいダムを作っておかないといけないです。澱むという意味では大きいのを一個作るより細かいのを十個作った方がいいかもしれないです。小さければ魚が遡上できるものも作ることが出来ます。

☆実際には水を貯金してという考え方でなく、その考えを知りながら無視してお金を儲ける目的でダムを作っている姿があって、その結果として出来たダムを見た時どうやってプラスに見たらいいのですか?

ーありがとうございますー
既にあるマイナスをどう見るかというのは低い番組を引っ張り出した感じです。だからこれは高い番組をもう一回引っ張り出さないといけないです。それもひとつの失敗の勉強です。それでいいダムを作ろうとなったら、みんなが喜ぶ自然を破壊しない良いダムの姿が出てくるかもしれないです。でも本当はダムなんかなくても必要な時に雨が降ればいいです。人間の心が感謝に満ちて調和したら必要な時にサッと雨が降るのでダムなんか要らないです。旱魃続きなんて起こらないんです。だからダムのない生き方がいいかもしれないです。番組によって全部姿が変ってきます。

☆そうなるためにはある程度の人数が必要で、ダムが必要と思い込んでいる人とお金が欲しい役人の数が多いと最高表現に近いほうには行かないのですか?

ーありがとうございますー
行かないです。皆の自由意志で選びますから行かないです。それもその時々その人々みんなの勉強になっていいものがあってそれに習いたいとなったら 習っていくんです。

本当に祈りの出来る人が増える

☆20世紀は無駄なものマイナスのものをお金や権力の為に大量につくり大量に消費して大量に廃棄していた時代でお金にはなったけど地球を破壊してきて、結果としてたくさんの苦しみが出て来ていて、だから今一人ひとりが感謝の心を持って本当に祈りの出来る人が増えることが必要な時期ということなんでしょうか?

ーありがとうございますー
そうです。みんな本当に必要なことで喜べるように、満足できるようにならないといけないんです。今迄みんな欲しいものを手に入れようと思ってお金をもうけることを最優先させてきたんです。人を不幸にしてもお金さえ儲ければという感じでした。そのためだったら子孫に借金をいっぱい背負わせても今さえよかったらお金をどんどん作ろうと・・それは、おかしいんです。そういう無駄使いした人は 今度生まれ変わって借金返しをするんでしょうけど。

☆企業として人をだましてそういう事をしてお金を儲けているものは消えていくと思っていいですか?

ーありがとうございますー
そういうものはどんどん消えていきます。そういう考え方する人も仕事がなくなっていきます。自分さえよかったらという人は仕事はないです。ただでも人の為に尽くしたいという人なら仕事は無限に出てきます。今は篩にかけられています。ただででも人の幸せの為に働けるという人にはいくらでも仕事が出てきます。そういう人はこれからはどんどん良い仕事が回ってくると思います。でもお金にならないと出来ないと言うなら仕事はどんどんなくなって干されていきます。ちょうどいい篩にかける時代で人の心を善いように変えていく人の心まで変えていこうという時期なので、だからよくなるんです。

歯並び

☆歯並びがよくない為に食べ物を噛み切れないとか発音がうまく出来ないとかがあってお金が出来たら矯正したいと思ってきたのですが、それはよくないことですか?

ーありがとうございますー
本当は矯正も何もしないで自然なのがいいんです。みんな異なる歯がいいので歯並びも違う方がいいんです。きれいなのがいいのでなく平均点がいいんじゃないんです。歯がきれいに並んだからいいというのではなく神さまは全部違う歯を創っています。全部違うようにして声の質まで全部変えてくるから歯並びが違うだけで声の質が変るんです。発音の仕方が変るから個性が出て来てそれがまた素晴らしくて素敵なんです。聞きにくいとしたら何度も聞かれて注目されます。マイナスじゃなくて何倍もプラスになっているんです。食べ物も何でも噛み切れたらいいんじゃないです。柔らかく噛むだけでもいいんです。動物も歯並びはみんな独特です。それぞれ特徴があってすばらしいです。人間もみんな同じです。違うからいいのでそれで完結なんです。他の人は真似できないんです。

小さいプラス

☆自分のマイナスをマイナスとして捉えることで前に進み易くなるという事はありますか?

ーありがとうございますー
それも謙虚な心になるという意味ではいいですけど神さまからの助けを受けてプレゼントを受けてという意味では全部プラスに見るほうがいいです。そのほうが神さまは喜んでくれます。マイナスをプラスに無理矢理思おうとすると虚栄の心が出てきます。それは苦しいです。いつも飾り立てないといけないしそれを隠さないといけないし、だからいったん開き直ってマイナスに見ると虚栄心もスッと落ちてしまいます。そうすると自然に戻って楽になります。その後をもうひとつ謙虚にマイナスと見ないで小さいプラスと見ればいいんです。小さいプラスを順番に大きくしていくとプラスに見ていけるともうひとつ楽です。
神さまはプラスだけを与え続けているんです。 だからより大きいプラスを受けていけたらプラス思考でいけるんです。プラスを受けないのは必要でなかったからただ受けないので必要だったらいつでも受けられるんです。受けなかった時期が長かったら受けやすくなっているんです。お腹がすいたらご馳走を食べ易いのと同じです。

ギャンブル

☆親がギャンブルで稼いだ遊びのお金で子供を育てたとしたらその子供が働かなくなるとかがありますか?

ーありがとうございますー
お金に付いてくるマイナスを背負うんです。それを心に背負い続けたらその影響は受けます。心にマイナスの思いが貯まると考え方がマイナスに向いていくから働けなくなります。もしギャンブルで当たってありがとうございますと感謝しする親だったらギャンブルをしなくなります。そういう方に心が向かなくなって働いてお金をもらう方がいいと徐々に心が向いていきます。

☆現実に今は人の役に立つような仕事の収入がなくてギャンブルの才能があってそこから収入を得ているような時もあると思いますが・・?

ーありがとうございますー
ギャンブルで得たマイナスのお金をいい事をしている仕事の穴埋めとして使ってプラスに変えてるというのは悪いことじゃないです。でもいい働きをしていいお金が手に入るともっといいです。
ただギャンブルも徳がなかったら勝てないでしょうから徳があるから収入にできるんだし技術以上の運がなかったらそういうものは出来ないです。

☆ギャンブルも風俗もみんながそこでマイナスを消してまた元気になる意味ではプラスだと言えるし、競艇の笹川良一さんのような人もいます・・。

ーありがとうございますー
みんなの不労所得を全部吸い上げて消してくれているといえますが消す役目の人はお祈りしないと大変です。本当の大菩薩というのはそういう所に身を置いてマイナスを消すんです。どんな汚いお金でもきれいに清められたらいいんです。寄付する時は清めて渡さないといけないです。清める力がなかったらもらったところが大変な目に会います。

寄付

☆寄付をするという以前のこととして楽をして得たお金というのは基本的には低い番組のものがついているんですか?

ーありがとうございますー
そうです。たとえばIさんから寄付してもらうとしてそれが清まっていないお金だともらったところが後で大変な目に会うんです。絶対よくならないんです。寄付してもらった時は喜ぶんですけど後にしんどい思いをします。

☆寄付する時にもこつこつ働いたお金がいいということですか?

ーありがとうございますー
本当の寄付は一生懸命働いて喜んでちょっとだけ出してもらうのがもらったほうは楽です。そういうお金はみんな幸せにしたいという喜びの感謝の心で与えてくれるので幸せの後押しになるからもらう方も負担にならないです。
寄付もそうですが国から援助してもらうのも同じことで、国の税金をみんな喜んで出さないですから貰い過ぎたらみんな後でちょっとしんどい思いをします。損する時もあります。
 お金はあまり無理してかき集めないでいいんです。必要なだけで満足している方がいいです。無理すると心がしんどくなる可能性があります。
 今の学校もそうですが小学校でも豪華な校舎を建てます。あれはみんな子供に負担をかけるんです。国の税金を使って作るからそのマイナスの思いを子供にかぶせるんです。それも借金してまでだともうひとつ利息がついてきます。余っていて喜んで出してするんなら楽なんですけど。だから小学校も昔ながらのバラック建てがいいかもしれないです。小さい時苦労させるのがいいです。自分達で作ったらいいんです。日曜大工的に自分達で校舎を作ったら大事にするでしょうし最高かもしれません。みんな手作りの喜びを味わって椅子や机を作ったら遊びも楽しくなります。

手作り

☆手作りというのは大事ですか?

ーありがとうございますー
大事です。先ず楽しい心がどんどん湧いてきます。作られたものを与えられても感謝も出来ないです。喜べないです。

☆神様は完璧なのに作るということが残っているのは楽しいから残してくれているということですか?

ーありがとうございますー
本当にそうです。一番楽しい遊びを残してくれているんです。手作りで遊びなさいということです。


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