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 「ことば」には二つあるんですよね。「神様の言(ことば)」と「人の言葉(ことば)」大きく分けると二つにわかれるの。

 神様の言(ことば)は宇宙創造の働きがあるのね、人の言葉はその神様の言霊の言(ことば)に波長を合わせる言葉ですね。番組選びの言葉なんですね。

 「ことば」という語源、言霊の語源を探ってみると――

 「こ」というのは「凝り固まる」という意味ですね。自由自在なものが形あるものに凝り固まってくるのが「こ」というのね。

 「と」というのも「とどまる」という意味ですよね。もともと、絶対というのはもう自由自在な海のような存在ですね。そこにすべての元になるものが詰まりに詰まってるわけね。自由自在な姿で存在しているんですけど。そこから螺旋状に放射された姿が凝り固まる姿をとって、すべてのものが生み出されてくるんですよね。

 だから、無限の無限のチャンネルが生まれてくるというのは、神様の言葉の働きなんですね。言葉が無限の無限のチャンネルそのものね。働きと同時に、その生み出された姿でもあるんですよね。神様の言葉が無限の無限のチャンネルの番組になってるのね。

 その番組の中から一人一人自由を与えてもらって、自分の使う言葉通りの番組を選ぶんですね。だから、どんな言葉を使っても、その言葉に波長の合う番組が出てくるんです。いつも妖怪ばっかしを相手にすると、妖怪が出てくるんですよ、化け物を相手にしたら化け物が出てくるのね。マイナスの言葉を使うとマイナスが必ず出てくるね。言葉通りに必ず出てくるね、ピッタリと波長の合う姿で出てくるね。

 神様の無限の無限のチャンネルの番組には無いものは何もないね。もうすべてを尽した表現なのね、もうすべてがあるんですね。ただ、神様の表現はみんなを幸せにするための番組なんですよ。みんなを苦しませる番組じゃないのね。地獄番組一つとってもそうなのね。みんなを地獄へ落として苦しませるためじゃないのね、逆なのね。地獄の番組ほど神様の愛の塊なの、本当はそうよね。

 ただ、これは神様の心をしっかりとらえないとわからないね。そこで「感謝の心」というのが大事なんですけどね。「ことば」というのはそういう意味ね。自由自在な神様の姿が凝り固まって、とどまって、それで枝葉に無限に無限に分かれて、いろんな姿が生み出されてくる、宇宙のすべてが生み出されてくるという。

 「尊・みこと」という「尊い・とうとい」という字も「尊・みこと」と言いますよね。その生み出されたものは尊厳極まりない尊いものよね。

 また「命・いのち」というのも「命・みこと」と読むのね。それは「命輝いている、命そのものなんだ」という意味ね、生きてるのね。

 また「みことのり」という「ことば」というのも「ひびき」ですよね。「ひびき」というのは、人間の使う言葉だけじゃないのね。音楽もそうだし、形ある絵になったのもそうよね、みんな「ひびき」が現れてるのね。だから、形あるものはぜんぶ「いのち」でもあり「ひかり」でもあり、そういう光という波動よね、「ひびき」であり、そして無限に尊い尊厳極まりないものだというのね。

 そういういろんな意味が含まれてるね。

 神様というのはもともと一つなのよね。一つだから本当は分割できないの、バラバラにはできないね、もともと一つのものをバラバラには絶対できない、切り離すことはできないのね。

 ただ、それを'一つ'というふうに漠然と見ると、詳しいところまでわからないよね。だから、いろんな立場から眺めていろんな見方をするだけね。

 例えば一つのダイヤモンドがここにあるとするでしょう。それをいろんな角度から見ると見え方が違うでしょう。カットがいろんなカットがたくさんあるね。一つのカットを自分の前に置くと、同じ一つのダイヤモンドでも見え方が違うのね。

 神様の働きも細かく分けると無限に分かれるから、その無限の働きを、その一つの働きを前面に出すと、その働きがよくわかる。ただ、その無限の働きが、カットがあるから、いろんな立場から眺めて神様の働きをとらえることができるのね。だから無限に複雑よね、神様を見るというのはね。

 そして人が神様の分身として無限に無限に分かれて出てきてるのも同じことよね。神様は一つの立場から自分の立場を見たくないのよね「それはもう自由がない、執(とら)われてる」という見方よね。

 だから、人に託して、無限の無限の立場から自分自身を眺めたいのね。自分の生み出した素晴らしい宇宙を味わいたいわけね。だからみんな見方が違うでしょう、同じ一つの宇宙を眺めてもね。一人一人みんな見方が違うのね、それが素晴らしいのよね。

 その違う見方をぜんぶ束ねて、神様は宇宙の素晴らしい表現を味わってるわけね。だから、自由自在な心で無限の無限のチャンネルの番組を選んで、みんな楽しくそれを味わってるわけね。地獄番組もだからいいのよ。見る人がなかったら神様は困るの、はははは。

 ただ、その地獄番組を見るときでも、プラスにプラスに見る心を先ず養って欲しいという。それは苦労を重ねて謙虚になって、はじめてそれをプラスにプラスに見ることができるのね。

 最初からプラスの番組なら誰にでもできるよね、プラスに見るのは楽なのね。でも、地獄番組をプラスに見るというと、やっぱり相当勉強しないと、修行しないといけないね。

 だから、一人一人を神様は送り出して、無限の無限のチャンネルを自由に楽しんでもらって、最後には地獄番組を最高番組に見るぐらいの謙虚な感謝の深い自分に変わって欲しいわけよね。

 普通「極楽がいい」というんだけど「地獄がいい」のよ。

 何故、いいかと言うとね――

 マイナスを一身に背負って、そのマイナスを大きく消す働きをするのは最高の愛の働きでしょう。無限の借金を抱えた人のその借金を背負ってあげようというのはすごいことでしょう。

 無限の富を持ってる人がお金をサッと与えるのは楽なものよね、それは誰でもできるよね、余ってるのを与えるようなものだからね。また大したことないよね、愛が深いかどうかはわからないよね。

 でも、自分に何も無いのに人の借金を背負ってでも、その人を助けようといったら、もう本当に無限の愛の塊がないとできないよね。そういう意味では地獄の姿は神様の最高の愛の塊(かたまり)の姿、愛の極致の姿よね。それがわかったら感謝が深いのよね。だから地獄番組を無限のプラスの番組に見られるように早くなって欲しいのよね。そういう意味で地獄もあるのよね。

 だからマイナス番組じゃないよ、本当はね。どの番組も無限の絶対価値のある番組ばっかしね。

 ただ、そのランク付けというのか、表現の違いはあるのね。そういう意味では無限の無限のチャンネルというのをすべて用意してくれてるね。そして自由な心で全体像をとらえて、尚且つ、一つ一つの番組を前面に出して価値あるものに見るのよね。

 神様の宇宙創造の働きって、入れ子構造というんですけどね、これは無限に複雑な重層構造よね。もういろんな立場から見て入れ子構造になってるね。

 無限の無限のチャンネルの分かれてるというのも入れ子構造よね。これがもの凄いことなんよね。

 また一つの宇宙の中に、また一つの小さい部分があって、その部分の中にまた大きな宇宙があるというような入れ子構造もあるよね。

 この世の一個の原子の中に大宇宙と同じ姿があるというね。

 この人体も小宇宙というね、本当は宇宙の仕組みはぜんぶ含まれてるね。細胞一個にも、原子一個にもそうなのね。ぜんぶ大宇宙と同じ構造が中に収まってるのね。そういう入れ子構造の素晴らしさというのは、もう「ことば」を超えていると思うね。そういう素晴らしい宇宙を、神様は一瞬一瞬新たに生み出し続けてくれてるのね。これが「ことば」というのね、神様の言(ことば)よね。

 「ことば」の「ば」というのは、「は」をダブらせるわけでしょう。「は」というのは、拡がる働きよね。無限に拡がる働きを、これを重ねてるのね。すると無限に無限に拡がるのよね。どこまでもどこまでも無限に無限に拡がるね。これが入れ子構造の働きよね。神様の言(ことば)って凄いでしょう。

 例えば「あ」という言霊があるよね、この「あ」という言霊は単純に「あ」一つじゃないの。「あ」というのは無限に分かれてるのね。無限に分かれた「あ」の中から必要なものを引っ張り出して組み合わせていくのよ。人の頭で考えると、最初に単純な「あ」があるように錯覚するね。でも、違うのね。

 神様の心の中には「あ」も無限にあるのね。種類の違う「あ」が無限にあって、宇宙創造の時にはその中から必要な「あ」を引っ張り出すのね。

 だから、最初の出発点の要素がぜんぶ違うのね。一つ一つ違うものを組み合わせて最高のものを生み出してくるね。だから、同じものは何一つして生れないのね。

 そうよ、原子一個、水素原子、だから同じかって、ぜんぶ違うのよ。顔も違う、働きも違う、ぜんぶ違う。中の構成要素がぜんぶ違うのね。原子になるまでに最初の要素として出てきたものは、最初からぜんぶ違うから、その組み合わせがまた無限に複雑だから、原子になる段階でもう大きく違うね、無限に違うと言った方がいいよね。一個一個の原子がね。

 だから、この世に人体が生まれたといったらね、凄い大きい違いよ。60兆の細胞をみんな持ってるから同じかというと、違うよ。細胞一個一個もぜんぶ違うしね、その組み合わせもまた違うのよね。だから、この人体一つとっても同じものは宇宙にないの、似通ってるものもないの。大きく違うの、ぜんぶね。

 だから、宇宙に唯一つという、最高傑作ね、神様のね、素晴らしい作品よね。

 みんなそういう素晴らしい肉体を与えてもらってるでしょう。その肉体を与えてもらって、まあ道具としてね、神様の働きをするお手伝いの道具として与えてもらってるんだけど。この一つを与えてもらってるだけでも無限の価値があるでしょう。いくら科学が進んでもつくれないよ。クローン人間なんて馬鹿よ、似たようなものは絶対つくれないよ、そんなんね、違いがわからないだけよね。

 機械で何かをつくるのでもそうでしょう。同じものは何一つとしてつくれないよ。

 家をつくるのでも同じじゃない、材料がぜんぶ最初から違うのよ。同じ木で、杉の木だったらみんな同じかって、違うでしょう。その育ってきた杉がどこで育ったか、どういう栄養素を吸い取ってきたかとかね、どういう気候で育ったかってみな違うでしょう。一本の杉のこの柱にしても、同じものは何一つとしてないでしょう。どの家をつくるのでもぜんぶ異なる材料でつくってるのね。形は似ているように見えてるけど違うよね。中身がぜんぶ違うでしょう。

 だから、そういう意味では機械でも同じものは何一つつくれないよ。オモチャ一つつくるのでも、似たようなオモチャをつくってるというけど違うよ、みんな違うのね。ましてや、神様のつくったものはぜんぶ違うよ。

 だから、神様の言葉の働きで生み出された宇宙というのは、同じものは何一つとしてないの。そして二度と同じことは出てこない。同じことの繰り返しは絶対ないのね。これは、もう神様の宇宙創造の鉄則よね。

 だから、今与えてもらったものを受け損なったら大損するのよ、二度と受けられない。だから、今受けたものを大事にしないとね、本当の価値を見出さないとね。

 宝物ばっかしじゃない、自分の周りは無限の宝物でいっぱいじゃない。道に転がってる石ころ一個がそうよ、本当はね。神通自在の神様が、愛の心の極致の姿で石ころに物質化して変身して、みんなの前に出てきてる。踏まれても踏まれても「ありがとうございます」って、みんなを支えてくれるよね。みんなに愛の光を投げかけてくれるよね。この石ころが飛び回ったら大変よ、頭に当たるかも知れんし、どこに当たるかも知れん。

 石ころもそうだしね、草木もそうよね、どんな動物も昆虫もそうよね、みんな神様の愛の変身の姿だから、神様の愛の塊よね。神様の言(ことば)の宇宙創造の働きが本当にわかってきたら、神様の愛がひしひしと感じられてくるでしょう。

 感謝というのは「ありがとうございます」と唱えるのも感謝の練習ではあるけどね、そうじゃないよね。本当の感謝は神様のこの愛の働きを感じ取ることよね。小さいものから大きいものすべてに、神様の大きい愛の働きを感じて感謝よね。神様を感じ取るのが感謝よね。そのために「ありがとうございます」という言葉を使って神様を呼んで、神様の助けを受けて、神様の愛の働きを感じさせてもらうのね。そうすると幸せが無限に無限に大きく深くなるのね。

 人の言葉は、その神様の言霊の言(ことば)の写しみたいなものね。だからどんな言葉でも人は使えるよね。その人の使う言葉によって波長合わせをするのね。似たような言霊に波長が合うんですね。そして何でも選べる。

 本当に何でも選べるのよ。だから、自分が「こうだ」という言葉を使うとその通りの自分の番組が出てくるね。この「肉体が自分なんだ」と思ったら、そういう言葉を使ってたら、そういう言葉の番組になるのよ。そうすると「自分は肉体だ」という思いで生きる番組になってるね。

 でも「自分が宇宙なんだ」という言葉を使えば「宇宙が自分」という感覚の番組になるのね。「宇宙全体が自分だ」という番組に生きるのね、そうすると幸せが大きくなってるね、大きい感覚よね。みんな言葉通りなの、どの番組でも選べるようになってるね。

 だから、人の言葉というのは凄いね、神様の言(ことば)はもっと凄いんだけど。言葉を与えてもらってる、言葉を自由に使えるというのは凄いことなんよね。ただこれに気づかないと損よね、早くね。「言葉」の大切さに気づいて自由自在に使いこなせる自分に早くなることね。そうするとどんな番組でも選べるね、どんな運命でも自由に創り出せる、この世へ現実化できるのよね。その「言葉」の働きに気づかなかったら環境の奴隷よね。番組の中にはまり込んだら抜けられなくなる。

 「言葉」というのは、いろんな素晴らしい働きもしてくれるけど、不用意に使った言葉というのは自分を縛ってしまうね。言葉の縛りにあうとがんじがらめよね、身動きできなくなるね、心がね。そうすると苦しくてたまらないという状態ね。言葉をあまり心に溜めすぎたら駄目よね。特に古い言葉を溜めすぎたら、言葉の縛りでがんじがらめになるね。

 だから、過去に使った言葉を一瞬一瞬消し切ってもらうのがいいのね。そうすると今新たに使う言葉で自由自在に番組選びができるでしょう。そうするともの凄く楽なのね。ただ、新たに新たに自分が言葉を選んで使わないといけないけどね、大変かも知れないよ、それも。でもね、惰性で生きるよりは楽よ。

 過去に使った言葉を心に蓄積すると惰性では生きられるよね、でも同じことを繰り返すのね。似たようなことを繰り返すでしょう。まあ、それがいいという時期もあるのね。でも、本当の自由な生き方じゃないよね。

 本当の自由というのは、もう何もないところで、無限の無限の中から一つ選ぶのよね。本当の自由がある、そこにね。だから、選択肢をいつも無限に広げておかないとね、どんな言葉でも自由に使えるという自分に先ず置くというのが大事ね。そうすると本当の意味で自由な番組選びができて、いつも幸せ一杯ね。

 だから、過去に使った言葉を思いとして、みんな心に蓄積してるね。その思いを先ず消す働きって必要になるね。思いの絶対出て来ない人というのはもう悟った人なんよ。でもちょっと出てくるよね。いろんな思いが、雑念が出てくるね。まだ心に溜めてるのよ思いをね、心の中に言葉を溜めてる、過去の言葉が残ってるのね。その言葉が今の自分の番組選びにも影響してるよね。その言葉をぜんぶ消しきってしまったら、本当に自由に楽になるね。

 でも、その言葉を消すのにはどうしたらいいかというのでしょう。消す方法は――

 大変よ。先ずどんな言葉が心に蓄積されてるか探さないと駄目よ、普通、気づかないよね。心も奥深いからね、無限に広いし表面しかわからないよね。それも奥から湧き出たときに気づくぐらいよね。

 だから心に溜めた言葉をぜんぶ消しきるのはもう至難の業、不可能かも知れないね。それは自分にとったらそうよね。でも神様だったらできるね、神様だったら自分の心をぜんぶ見通してるから、心に何が溜まってるかよくわかるわね。それで何を一番に消してあげたらいいかってよく知ってるわね。

 神様の方は一所懸命先ず大きいマイナスを消そうとするね「早く消してあげよ」としてくるね。だからこの世にいろんなマイナス、七難八苦が出てくるのがそうよ、そういう意味よね。「先ずマイナスから消してあげよう」と言うのね。それも確認をとらないと勝手には消せないからというのでね、ちょっとだけ出てくるね。マイナスをちょっとだけ表面に出してくるね。本当の氷山の一角、もっと小さいよ、ほんのちょっと出るぐらいにして、それで「マイナスの言葉を今消しますよ」とサインを送ってくるね。それがこの世のマイナスよね。

 その時に「あっ、消してくださってありがとうございます」と言うのがいいよ。文句言うと消してもらえない。消してもらったら困るというような生き方になるのね、文句を言うとね。

 「ありがとうございます」と言うと「消してあげたって喜んでくれるのかな」というわけね、神様の方は。だから、何があってもマイナスが出てくる度に、「大きいマイナスを、これも無限に大きいマイナスをこんなに軽くして消してくださった」というふうに受けると楽よね。するとマイナスが出てくる度に喜べるでしょう。本当に深い感謝になってくるね。そしたらマイナスがマイナスでないのね。神様の大きいプラスの愛の働きを自分が受けたことになるね。大きい無限の幸せを感じたことになるのね。

  本当の幸せというのは、いつもご馳走ばかり食べて満腹状態じゃないよ。どんなご馳走を食べても満腹になったらもう嫌になってくるじゃない。

 呼吸も同じでしょう「あっ、美味しい空気、いっぱい吸った」って、吸うばっかしだと苦しくなるじゃない。そうじゃないね、一回吐き出さないと駄目よね、お腹を空かせないとね。どんなご馳走を食べる時もお腹をいっぱい空かせておくの。お腹を空っぽにしておくと、美味しいご馳走がさらに美味しくなるじゃない。

 空気もぜんぶ吐き出して深呼吸すると「ああ、空気って美味しいな」ってなるのね。「幸せ」というのはそういうものよね。

 一旦受けた無限の大きいプラスの大きい幸せでも、ぜんぶ一回放さないとね。できたら地獄のどん底まで降りたほうがいい。一番下に降りて、そこからもう一回受け直すのがいいのね。同じ幸せを受けても幸せが大きく深くなるでしょう。だから、いつも謙虚な心でマイナスの立場に立つのがいいのね。そこからプラスをいっぱい感じ取ればいいね。

 本当はプラスばっかしなのにね、上から見たらプラスに見えないね、マイナスに見えてしまうね。一番下から見るのが大事ね。一番下へ降りるというのが一番大変なんだけどね。

 そういう意味で神様は早く下へ降りて強くなって欲しいというのね。最初はみんな一番上から出てくるんですよ。一番上から舞い降りてきて、いろんな番組選びをして楽しんでるんだけど。でも、早く一番下へ降りないと駄目よね。一番下へ降りて強くなったら、全てがプラスに見えてくるね。その時に、どの番組を選んでも無限の価値のあるものばっかしよね、幸せばっかしに感じるでしょう。

 だから一人一人が神様の代わりにいろんな幸せを大きくしていくという意味でも、早く謙虚な大きい心にならないとね。神様のためにも、自分の幸せを大きく深くしていかないといけないですね。これが「神様のお手伝い」よ、本当のね。

 神様のお手伝いって、何か形でちょっとするんじゃないよね。本当はね、無限に謙虚になって全てをプラスにプラスに見える自分になることね。深い感謝のできる自分になることよね、一番大きいお手伝いってね。これが神様を幸せにする大きいお手伝いよね。だから、苦労を苦労って思わなくなったらいいのね、本当に苦労を楽しまないとね。喜んで喜んでマイナスに降りる方がいいよね。

 みんなの重荷を逆に自分が背負ってあげるぐらいがいいよね。だから「助けて欲しい」じゃなしにね、「みんなを助けたい」というぐらいがいいのよね。そのほうが早く大きい幸せを感じるでしょう。

 病気になってもいいのよ、別にね、病気になるほど幸せになる。貧乏になるほどいいよ。人間関係が悪くなるほどいいの。極端に言ったらね、マイナスがいっぱいの方がいいの。それをプラスに見えるようになった自分が最高の自分よね。感謝の深い自分、本当の自分よね。その自分は、幸せは絶対崩れなくなる。

 条件付きで「幸せ」というのはまだ浅いね。どんな時も「感謝だけ」「幸せをいっぱい感じる」というのが本物よね。神様の願いは「早くそうなって欲しい」というのね。

 だから、感謝の深い自分になることよね。これが本当の正しい生き方ね。

 言葉の使い方も「プラスの言葉だけを使ったら」というのもまだ執われね。マイナスの言葉も自由自在に使いこなせてプラスにしないとね。

 マイナスの言葉はぜんぶ打ち消して消してしまう働きでしょう。「お金があったら」と言う人は「無限のお金がいっぱい」と言うかも知れないけど。でも、お金が無いのがいいのよ、「無限の借金がいっぱい」でもいいよ。早く謙虚になれるじゃない。「無限健康でいっぱい」というのもいいけどね、「無限の病でいっぱい」の方がいいのよ。一番謙虚な自分に早くなれるのね。

 だから、プラスとマイナスの言葉を自由自在に使いこなせて、ぜんぶプラスにできるのがいいね。

 最初はみんなマイナスの言葉を恐がるのね。でもね、上手に使いこなせたら、言葉って「剣」だから、諸刃の剣だから両方に刃があるでしょう。プラスの言葉とマイナスの言葉と両方あるのね。使い方によって自分を傷つけるのよね。だから、本当に正しく使いこなせたら自分を傷つけない、人も傷つけないよね。

 最初はプラスの言葉を使う練習をするのね。でもね、マイナスの言葉の使い方も正しく使えるように練習しないとね。謙虚になるためには、「無限の無限の苦痛で一杯」という地獄に降りる方がいいかも、はははは、恐いもの無しよ。

 試しに降りてみるといいのに、地獄に落ちた人はね、絶対人を責めないよ。みんなを褒めるだけ。

 本当に落ちきったらね、自分より下は見えないよね。みんな立派ないい人ばっかし。でも、これは理屈で言うとそうだけどね、まあ降りるのは大変かも知れないけど。

 でも降り方があるのね。夏の暑いときは冷凍庫に入るぐらいは平気でしょう。夏の暑いときね、ちょっとぐらい冷凍庫に入るのは逆に心地よいじゃない。だから「無限の無限のプラスが一杯」という言葉をしっかり使って心を幸せにしておくと地獄に降りるのも簡単ね。いい言葉をしっかり使うのね先ずね、そして心を大きいプラスの心に調(ととの)えて置くと、自由自在にマイナスの世界に喜んで降りられるのね。それが地獄に降りやすい心よね。そうすると謙虚になって、更に幸せが大きくなるのね。

 寒いときに冷凍庫なんかに入れないよ、震えあがってどうしようもないじゃない。先ずね、幸せな心に自分をすることね。その一番いい方法が、神様の働きのすべてに波長の合う言葉がいいよね。

 「ありがとうございます」という言葉が神様の働きの全てね。一番奥深い働きから、一番表面の働きまでぜんぶ中にあるのね。

 絶対から、創造の働き、統一の働き、神通自在の働き、愛の限定の働き、全ての働きがぜんぶある言葉よね「ありがとうございます」はね。そして無限の無限のチャンネルが光燦然と輝いてるよね。この神様の全ての働きを先ず受けることよね。この世も神様の愛の塊というぐらいに、しっかり受け止めることね。

 そうするとね、もう恐いもの知らずね、もうぜんぶが神様だから、神様の愛の働きそのものだから、どこへ行っても恐いもの知らずよね。地獄に降りても神様の愛の塊に感じるからね。そういう心に早くなることね。

 その一番いい方法よね「ありがとうございます」って、心に唱え続けるのね。それが自分だけじゃないのね、自分の縁あるところへぜんぶ感謝の光は届くのね。神様を呼ぶことによって、神様の光が自分を通して周りの全てへ放射されるのよね、光をふりまいてくれるね。だから、大きい働きになるでしょう。

 だから、幸せになる方法って、一番単純で簡単なの。不幸になる方法が難しくしてるのよ、神様はね。難しいことをしてたら不幸になる。一番簡単なことをすると幸せになってしまうのね。

 難行苦行してごらんよ、なかなか悟れないから。でも一番楽な方法よね「ありがとうございます」って唱えるのは一番簡単な方法ね。幸せになるしかないのね。

 神様は、幸せになる方法は一番易しい方法にしてるのね。

 不幸になる方法は一番難しくしてるね。みんなが不幸にならないように難しくしてくれてる、最初からね。だから、一番優しい方法を選べばいいのよ、一番単純な方法をね。それが幸せへの道なのね。

 「ありがとうございます」って言えなかったら「あ」だけでいいの。

 赤ちゃんがいつも言うじゃない「あ、あ、あ」って。一番よく知ってる、赤ちゃんが。「あ」だけでいいのよ、本当はね。「あ」だけでも「ありがとうございます」に通じてるのね。

 笑うときは「あ、あ、あ」じゃない。「あ」が無限に無限に広がってるじゃない。「ありがとうございます」なんよ、本当はね。

 「神様の言(ことば)」と「人の使う言葉」の違いね、これをよく知っておいてね。神様の「言(ことば)・言霊」はすごい最高のプレゼントをつくり続けてくれてるね。

 人の言葉は神様のプレゼントを受けるための言葉よね。だから上手に使いこなすのがいいね。そうするとどんな幸せでも受けられるね。

 そういう意味で「神様の言霊」と「人の使う言葉」の違いをしっかりとらえておくのが大事よね。