0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.



AR138 2003.4.29
 使った言葉で言葉通りの現実を引き出す


質問:
 京都からきました。なかなか先生のようには成れないんですけど、簡単なことならやれるんですけど。何か間違っているんでしょうか。

ありがとうございます:
 もう、成れているんですけど、成れないんじゃなくて、成れてるんですけど。言葉の使いかたって大事ですね。「成れない、成れない」というと成れないんですね、言葉通りに成っていくんですね。「すでに成れてる」って、遠慮なく。

質問:
 どんどんなるためにはどうしたらいいんですか。

ありがとうございます:
 言葉通りになるんでね。言葉を変えるだけね。もう全て、自分に願いがあったら、「願いがすでに実現している」という、そういう言葉を使えば、段々とわかってくるね。




 肉体労働で奉仕する意味

質問:
 感謝ということと、報恩ということ。ボランティアでみなさんと肉体労働で参加させていただいたのですが。肉体労働をすることには意味がありますか。

ありがと:
 肉体だけじゃないですね、心も命も使えば使うほど、その補充を神さまの方でしていただくのでね、循環が早くなるでしょう。それで神さまからのプレゼントが受けやすくなる。

 極楽世界というのは働き者ばっかしね、働くから更にいいものをいっぱい与えていただくのね。その循環が早いほどいいですね。高い番組ってそうよね、スピードが速いのね、スピード化されているから、そういう意味で肉体も使ったほうがいいよね。そしたら若返るでしょう、新陳代謝が早くなるしね、元気になってくるね。

 ただ、言葉の使い方で「働けば疲れる」とか「年取ったからひびいてくる」とか、そういう言葉はマイナスになるので使わないほうがいいね。「働くほど元気になる」といういのがいいね「働くほど若返る」というのがいいね。そういう言葉を使って体を動かせばいいよね。
 若いですね〜、ビックリよね、働き者なんでしょう、感謝も深いし。




 謙虚?の勘違いをなくそう

質問:
 私は我が強いのであきません、どないしたら取れるのかなと。「ありがとうございます」言うてたらいいというのですが、それではなかなか。

ありがとうございます:
 「我が強い」という言葉はもう止めた方がいいですね「素直で謙虚で感謝が深い」と言えばいい、はははは。やっぱり自分のちょっと足りないところを言葉にしてしまうでしょう。それはちょっと謙虚のようだけど、それは本当は我が強いのよね。だから、神さまに素直になるということは、良い言葉を使うことね。
 「自分は無限に素晴らしいんだ、無限に素敵なんだ、我は一切無いんだ」という、はははは。




 日の丸・君が代は何故日本にあるのか

質問:
 何故日本に日の丸の国旗になっているのか。それから君が代が日本の国歌になっています。宇宙的なものなのに、何故持っているのかと思いまして。そういうことをお聞きしたいと思います。

ありがとうございます:
 世界に国がたくさんあるのに、何故、日本に日の丸の国旗が残されてたのかというわけでしょう、不思議でしょう。たくさんの国ね、自分が日の丸の国旗を選べばいいのに、選んでないのね、不思議にね。
 最後に残されてるのね、日の丸の国旗ね。先に取ったものが勝ちなのに、不思議よね、これもね。
 ただね、日本は世界の中心、雛形というふうに神さまの方が定めているのよね。それは、世界の大陸の縮図として、日本の列島の姿があるのね。北アメリカ大陸は北海道とそっくりでしょう、オーストラリア大陸は四国とそっくりね。ピタッと符合するのよ、合ってくるでしょう。だから、日本の国がどんどん大きくなると世界の大陸の姿をとってるね。そういう意味で日本が世界の形の上での中心よね。

 中心というのは雛形で、雛形が良くなれば世界が良くなるのね。それで日本が太陽の輝く姿をとれば、世界も太陽の輝く姿をとるのよね。だから、日本が良くなれば世界が良くなるのね。

 今は国境があって世界は一つになってないけど、これがまだ日本に、まだ国境に近いような県ごとの縄張りとかいろいろあるでしょう、それが映ってるのよね。本当に日本の国が一つの家族のようになってしまえば世界は一つになるね。「地球家族」という姿をとるのね。そういう意味で、日本に最高の理想の姿をもってくるほうがいいのね。そうすると世界全体が、宇宙全体が大きく良くなってくるでしょう。そういう意味で神さまは日の丸を日本の国にもってきてるのね。

 それが、日本国民が選んで定めたように思うのですけど、そうじゃないのね、神さまが用意して与えてくれてるね。自然に与えてもらっている姿をとるのね。だから、法律で決めたから日本の国旗なんだというのは、これはあまり大したことはないね、我が強いの。もう自然に与えられたのが神さまからのプレゼントになってるね。本来はそういう姿で日本の国旗があったのね。だから、法律を加えたらあまり良くないよね。日本のそういう我が出てくるからね。本当は世界の国旗よね、宇宙の国旗というぐらいがいいね。

 それと、君が代の歌もいろんな解釈があるんだけど、浅く解釈すると、天皇家の歌のように思うでしょう。天皇陛下の弥栄をなにか歌っているように感じを受けるのね、浅く解釈するとね、本当はそうじゃないね。

 「君が代」の「君」というのは、宇宙の大神様のことね、肉体の天皇陛下なんていうちっちゃなものじゃないのね、宇宙の大神様のことを「君」ね。「極にある身・極身」で「きみ」というのね。だから、宇宙の絶対神を「君」というのね。

 「君が代」の「代」というのは、移り変わる「かわる」という意味ね。宇宙の全ては一瞬一瞬大きく移り変わってる、変化してるね。神さまの宇宙創造の姿ってそうよね。もう一瞬として同じ状態を止めてないね。また、宇宙のどの一つを見ても同じ物は何一つとしてないでしょう、もうぜんぶ違うのよね。原子一個顔が違うのよ、水素原子だったら水素原子が無限にあっても、一個一個の水素原子の顔は違うのね。人間といったらみんな同じかというと違うでしょう、顔がみんな違うでしょう。

 だから、無限に大きいものも無限に小さいものもみんな顔が違うのね、働きがぜんぶ違うから、宇宙には同じものが何一つとしてないのね。そのぐらい移り変わってるのね。

 それを「千代に八千代に」と表現するのね。無限に無限に変化し続けているという意味でね。
 それで「君が代は千代に八千代に」ね。

 次の「さざれ石」とあるでしょう、「さざれ石」というのは、小さい砂粒みたいなものよね。これは一人一人のことを現わしているよね、各部分部分の全てを現わすのね、それが「巌のようになる」というね。
 「巌」というのは、全体よね。だから、人も単なる肉体人間というような小さく掴んでさざれ石の状態ね。でも「私は神さまと一体の宇宙なんだ」というと「巌」になるでしょう。

 だから、みんなが各部分の全てが全体者の自覚に戻ると神さまと一体になるのね。「神さまと一体」という自覚で生きるのが「さざれ石の巌となりて」ね。
 「苔」というのは、どれだけ痩せたところにも生えるでしょう。どんな寒いところでも生えてるよね、ツンドラのところにも生えてるのね、寒いところでも大丈夫ね、生命力が強い。だから、命が、生命力が本当に輝いている状態を「苔のむすまで」そういう状態になってるという意味を歌ってるのね。

 神さまの宇宙創造の最高の輝いた状態を歌ってる、神さまを褒め称える歌なのね。
「君が代」の歌を歌うと、そこに大調和の極楽の世界がサッと現れるのよね。
 そういう意味で日本が中心になって、そういう最高の姿を世界に放射する、発信するという意味で、日本に「君が代」の歌も降ろされてるのね。
 これも誰が歌ったかわからないよ、歌った人なんてわからないよ。自然に生まれて与えてもらってるね、そういうところがいいのよね。

質問:
 じゃあ、どんどん歌ったらよろしいですね。

ありがとうございます:
 ああ、いいのよ。小さい浅い解釈でマイナスに見ないほうがいいね、最高の歌なのね。




 常にプラスを見いだす勉強が必要

質問:
 今、惑星シフトの話をよく聞くんですけれど。その時の心構えは何かありますでしょうか。

ありがとうございます:
 神さまの方はいつも最高の姿を与え続けているのね。ただそれを受けるのに心の準備がみんな要るのよね。最高番組は誰でもいつでも受けられるのね。無限の無限の輝きが一杯!という姿をね、そしたら極楽世界でも最高の極楽世界をいつも感じるわけだけど。ただ、そこに行くまでに低い番組から順番に受ける練習をしていかないといけないね。そうしないと全体を大きく正しくは受けられないのね。
 丁度、演奏会の一大交響楽団の演奏があるとするでしょう。最初に何も楽器の勉強なんかをしたことがない人は全体を漠然と聴くだけね、それでも素晴らしいのね「ああ、素晴らしいな」と感動するんだけど。

 今度、バイオリンを弾いてみたり、ピアノを弾いてみたり、フルートを吹いてみたりして、いろんな楽器の勉強を専門にしてみて、それが本当に理解してわかるようになったら、一大交響楽の音色の中がぜんぶわかるわけでしょう。だから、部分部分の良さがぜんぶわかって、それを組み合わせて最高の姿につくり上げてますよね。
 そういう見方ができたら本当の神さまの最高表現を味わえるのね。だから、一度は地獄番組を見たり、この世の番組を味わったり、いろんな世界を味わって、そして全体を大きくとらえるのよね。
 そういう心が備わったらいつも無限の無限の輝きが一杯!という最高番組を感じるようになってくるのね。そのためには、どこに置かれても感謝、感謝で、プラスをプラスを見い出す勉強をすればいいね。




不景気の原因は、働かなかった・尽くさなかった・与えてなかったから

質問:
 大阪からきました。今は、日本は不景気でまだまだそういう状態が続くのですか。

ありがとうございます:
 みんなね、いい言葉を使えばいいのにね「不景気、不景気」と言ってね、言い出した途端に不景気が広がるよね。本当に言葉通りになるのよ、番組って言葉で波長合わせをして引っ張り出すからね。
 だから、現実に執われ過ぎた人はみんな言葉をマイナスに使っていくのよね。だから「不景気が良い」と言えばいいのにね。

 ただね、バブルのような景気は偽物よね、働かないでお金ばっかり儲けたらみんな借金でしょう。借金は本当の栄えじゃないね、一時的に栄えても栄えたふりをしてるだけでしょう。そういういふうに見えてるだけで、でも、借金は必ず利息をつけて返さなきゃならない時がくるよね。それでバブルの崩壊なんかが起こるのね。だから、不景気の本当の原因は、働かないことよね。人のために何も尽してない、与えてないから自分の元に何もいいものが返ってこないのね。これが根本の原因よね。
 だから、人の幸せのために一所懸命尽せばいいよね「働いて、働いて」ってね。それだったらタダで働いてもいいのね。お金儲けをしなくても、与えた分は必ずまた返ってくるね。そしたら、お金が無くても幸せがいっぱいとなるでしょう。

 極楽世界ってお金が無いのよね、必要ないからね。ただ、みんなが働き者だから、必要なものをいっぱい与えてもらうでしょう。「もうこれ以上要りません」というぐらい幸せをいっぱい与えてもらう世界よね。
 だから、もっと働けばいいのにね。仕事が無いんじゃないのね、お金になる仕事が無いかも知れないけど、人を幸せにする仕事は無限にあるよね。働けばみんな幸せになるね、極楽世界になるから。
 本当の高い世界というのはそういう意味よね。働かないでお給料だけをあげるというのは間違ってるね。その間違いを、我をちょっと今直してくれているのかも知れないね。
 だから、感謝してボランティアをすれば、すぐに良くなるけど。

質問:
 ボランティアの方は朝の七時から夜まで、普通の方以上に働いて、その後にはお祈りとかをされています。勤める人以上に働いておられますが、それで生活になるのかなと思うのですが。それはどうしてでしょうか。

ありがとうございます:
 ここで必要なものをぜんぶどこからか入ってきたのね、天から降ってるのか、地から湧いてるのか。ちゃんと必要なものは与えてもらってるね。不思議よね、お金儲けなんかはしてないのにね。
 でも、与えた分は必ず返ってくるね、これは法則よね。必ずタダで与えた分はタダで返してもらうのね、必ず与えてもらうね。
 七時からじゃないよ夜中からするときもあるし、朝早く暗いうちに出かけて行くときもある、みんなね。でも、楽しんで楽しんでね。




 ボランティアと仏教で言う布施行

質問:
 奈良から来ました。
 今おっしゃっているボランティア、奉仕活動というのがありますね。それと、仏教でいう菩薩行というのがありますね。この違いはどういうところでしょうか。

ありがとうございます:
 仏教の菩薩行の中に「布施行」というのがありますね。「布施行」というのは、本当のボランティアなのね。布施行は持っているものが余ってるから人に施すのじゃないね。自分にとって一番大事なもの、命ぐらいの大事なものを施すのね。これが本当の「布施行」ね。
 「布施行」には三つあるでしょう――
 物を与える「物施・財施」
 真理を教え、正しい教えを与えるを「法施」
 お祈りで心の安らぎを与えていくのが「無畏施」という三つの施しがあるね。
 これも本当に人を幸せにするために本当に必要なものを、自分の大事なものを、命を削ってでも「身を削いででも」という「自分はこれがなかったら困る」というものでも施すという、先ず与えることを優先させるのね。そうすると必ずまわりの人は与え返してくるよね。そして、悟りの世界、極楽世界に自分を置いてもらえるという意味でね、これが本当の意味のボランティアよね、本当の奉仕よね。

 今の世の中のボランティアは、この本物と偽物があるのね。本物になれば布施行よね、でも、自分の持ってるものをちょっと施すぐらいではまだ我が残るよね、命まで捧げないから、自分のマイナスを消してもらうところまでは行かないね。
 特に神さまを相手にしないとね「神さまへのお手伝い」というかたちで「世のため、人のために」と尽すのがいいね。そうすると、自分の持っているマイナスを神さまが引き受けて消してくださるのね。そうしたらずーっと続けられるのね。

 ボランティアで続かないのは、まだ神さまの助けを受けてない状態ね。出してしまったらストップがかかって何も無くなってしまうから、あと続かないという状態ね。
 でも、神さまへのお手伝いで神さまの助けを受けてると、次から次へと助けてもらうのね。だから、先ず自分のマイナスを消してもらって、次にプラスをいっぱい神さまから与えてもらうでしょう。永続性があるね、同じボランティアでもね。それでどんどん働きを大きくしてもらえるね。本当は布施行がいいよね、ボランティアでも本物よね、はい。




 六波羅蜜は感謝行

質問:
 更に、仏教でいうところの「菩薩行」を一所懸命この世でしてたら浮かばれますよというのがあります。更に上には「如来界」というのがあって、やっぱり如来界を目指しますよね。それはどういういふうにしたらいいですか。

ありがとうございます:
 六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若〈智慧〉)、悟りの世界に至る六波羅蜜は最初は布施行でしょう。後に、持戒・忍辱・精進・禅定・般若〈智慧〉ってあるんですけど。これはぜんぶ感謝行で、一つになるんです。
 感謝をしてたら「ありがとうございます」を言ってたら神さまが必要な全てを降ろしてくるね。そしたら悟った自分をスッと現わしてくださるわね。下からのぼるというのは大変なのね、時間もかかるし、苦労も多いのね。でも、悟った自分をスッともらえばいいのね。それが一番やさしい悟りへの道になってるね。
 だから「ありがとうございます」をしっかり心で唱えたらいいね。いつの間にか悟った自分に戻ってるのに気づくだけね。楽よ、一番。

質問:
 兵庫県からきました。その笑顔はもう昔から――

ありがとうございます:
 みんな持ってるのに隠してるの? みんな持ってるのよそれね、百万ドルの笑顔以上のものをね。ただ出せばいいだけよね。一千万ドルの笑顔よね、はははは。
 これもね、「ありがとうございます」を唱えてるとね、必要になったら自然に出てくるよね、自然なものが輝いて出るから、みんな最高の笑顔を現わせるよね。もう、出てるよ、素晴らしい笑顔が。




 戦争に巻き込まれる子供達にも責任はあるのか

質問:
 奈良からきました。戦争なんかがよくありますよね。結局、子供とか赤ん坊とか、弱い人が犠牲になりますよね。神さまがいてなんでこんなことをするのかなと、肝腎なときに神さまって出ていらっしゃらないことがありますよね。それは人間が悪いのか神さまが悪いのかわからないことがありますね。
 どういうふうに解釈をすれがいいのでしょうか。

ありがとうございます:
 これは神さまの責任じゃないね。人の自由で何を選んだかという責任よね。神さまが与えているのは番組でいうと、無限の無限のチャンネルの番組ね。これはもう地獄番組から極楽番組までぜんぶそろえて与えてくるね。それでどれを選んでもいいから、自由に楽しみなさいと与えてくるね。
 それで、例えば、この世の番組を一つ選んでるね、この世の人はね。極楽番組を選んだらいいのにね、この世を選んだのよ、先ずね。それはみんな一人一人が選んだのね。

 また、この世の中も無限に分れるのね、細かく分けるとね。同じこの地球に住んでても、戦争に出くわす人と、出くわさない人があるでしょう。細かく分けたらみんな違うのね。爆弾でポーンとやられる人もあるし、なんとも無い人もあるわね。みんな一人一人が選んでるだけなのね。「可哀相に」じゃないのね、赤ん坊も大人もお年よりも、みんな自分が選ぶの。自分の自由意思で選んでいる結果、そうなるのね。

質問:
 そういう意味では、責任というのは、子供なんかは特にありませんよね。

ありがとうございます:
 でも、この世に生まれてきたのは、子供が選んで出てきてるんでしょう。だから、奥の自分ってあるじゃない、命の自分、本心の自分、本体の自分があるでしょう。その自分がいろんな番組へ降りてくるね。だから、表面のちっぽけなものじゃないね、奥の自分がいろんな体験をするために、いろんな番組を選んで降りてくるでしょう。
 そこで、例えば、苦しい目に遭ったという、それも勉強よね。思いやりの心を養うことにもなるし、謙虚になることもあるしね。また、苦しむことによって、楽しいことが益々楽しくなるじゃない。

 だから、いろんな勉強をしながら幸せを大きくしている過程よね。だから「可哀相」はないよね、神さまから見たらね。自由意思で選んで、今はその勉強している最中だから。
 最初から平和な世界だけだったら、平和ボケするよ。感謝も浅くなるし、喜びも少なくなるね、場合によったら不足を言い出すかも知れないね。
 でも、一回地獄に降りてみたらね、どの世界も幸せいっぱいよ。だから、早く地獄を体験してきた人が幸せを大きく掴むのよ、極端だけどね。
 ただ、地獄へ降りて体験してると言っても、本体の自分は傷ついてないよ。そこにそういう表現があるというだけなんよ。それに巻き込まれたら苦しむのね。

 丁度、テレビを見るのでも、コタツに入ってテレビを見ながら戦争番組を見て、その中にはまり込んだら、戦争の中に自分を置いてしまうでしょう。でも、ちょっと一歩距離をおけば、自分はコタツの中にいてるでしょう。お菓子を食べてお茶を飲んでね、極楽世界にいる自分がそのテレビ番組の中に自分を置くかどうかの問題でしょう。
 だから、表現として無限の無限のチャンネルの番組を与えられて、それを味わうように仕組まれているだけよね。実際は、神さまの中にいてて、最高の幸せを与えてもらって楽しんでるのよ。
 それも言葉通りに感じるのよ。「この世しかない」と思ってはまりこんだままね。この世の地球はどうなるかと心配ばっかりしてると、それもそういう番組へはまり込んでしまうわね。

 だから、選択肢を無限に広げたほうがいいね。「神さまの与えてくる番組は無限にあるんだ」ってね、それも、良いのから悪いのまでぜんぶ取りそろえてというふうに見るとね、自分が本当に何を選びたいかでしょう。平和な世界を選びたかったら言葉を平和に変えていかないとね。「ここが完全平和の世界だ」というふうに、いつもそういうプラスの言葉を使わないとね。そうすると、神さまの平和な世界を感じるようになってくるね。
 だから、どのチャンネルを波長合わせをして受けるかだけなのよ。みんな一つ一つ受像機を持ってるわけよね、テレビをね。チャンネル毎に受けるものが違ってるだけね。だから、自由にできるよ、それはね。

質問:
 それは、例えばイラクとかで、ここは完全平和な世界だと、もしその人が思った場合は、完全な世界のほうに行くのですか。

ありがと:
 行くよ、番組は変るよ、サッとね。番組の波が違ったら影響を受けないよ。すれ違いの状態で全然悪い影響は受けないよ。

質問:
 戦争だと思ったら、その戦争に巻き込まれる――

ありがとうございます:
 うん、巻き込まれて行くよ。例えば、交通事故でボーンと当たって、普通だったら大怪我をする、死ぬかも知れんというところでも、「ありがとうございます」を唱えてたら同じ事故に遭っても無傷でしょう。そういうことがいっぱいあるでしょう、ちょっと番組が変るだけでそういうふうになるのよ。
 本当は、感謝してたら大事故になるところをいつも無事故よ、はははは、無事故だと気づかない。大きく変ったら無事故なんよね。




 池田小学校の子供

質問:
池田小学校の殺人事件、あれも子供達が選んだんですか。

ありがとうございます:
 みんなそうよ。やっぱりみんな過去を掴んでるでしょう、過去の因縁ってあるのね。
 普通はね、過去にみんな同じことをしてるのね、先にね。それで、その因縁を消す意味で、今度は逆にされるのね。

質問:
 じゃあ、その犯人は過去にやられたからですか。

ありがとうございます:
 そういうこともあるわね、お互いに因縁因果ってあるのね、それを繰り返すのね、過去を掴んで放せない人はね。
 だから、歴史は繰り返されるという言葉があるでしょう。似たようなことをどんどん大きくして繰り返しているでしょう。本当は感謝ができたら過去を放して消してもらって、新たに新たに自由な心で自分の選んだ番組を味わえるのね。
 ところが、感謝を忘れてると、自由がなくなってくるね。どうしても掴んでしまって、それに縛られて振り回されて行くのね。




 「ありがとうございます」で食べていけるか

質問:
 商売をしているんですけど。ちょっと景気がよろしいからちょっと大変なんですけど。(笑い)

ありがとうございます:
 景気がよろしいからちょっと大変嬉しいって、はははは。

質問:
 「ありがとうございます、ありがとうございます」って今言ってるんですけど、「ありがとうございます」で食べていけたら幸せなんですけど。知恵とか努力は怠らないほうがよろしいですかね。

ありがとうございます:
 そうですよ、どれだけ他を幸せにできるかってね、それはもう神さまのほうが知恵を絞ってみんなを幸せにしようという働きをしてくださるでしょう。




 欲は「みんなを幸せにしたい」という大欲がいい

質問:
 それに、欲もありますからね。

ありがとうございます:
 ははは、それも大欲がいいよね、みんなを幸せにしたいという大きい欲がいいよね。
 でもね、人に喜んでもらえたら、それが本当の自分の幸せでしょう。お金を沢山儲けて財産をつくっても幸せじゃないよね。そんなん必要ないよね。

質問:
 それぐらいならいいけど、かつかつで。

ありがとうございます:
 いいんじゃない、それでね。だから、人間って何かたくさん儲けて財産つくって余裕があったらと思うんだけどね。人間だけよね、そういうふうに考えるのはね。動物はそんなんしないよ、食べ物でも蓄えてない、ほとんどね、ちょっとは蓄える動物もいてるけどね。毎日毎日必要なものを与えれて生かされているのよね。神さまを信じてたら毎日毎日新しく必要なものを与えてもらって生かされてるのね。それも必要以上には食べないよね、動物はね。
 だから、人間もそれぐらいに開き直れば、今日一日食べる分ぐらい与えてもらうのよ。

質問:
 老後のこととかが気になったりして。

ありがとうございます:
 そうでしょう、それがちょっとマイナスなんよね。
 みんなよく老後のために貯金してね、それに備えようとするんだけど。それをぜんぶ老後のために備えるようにお金が消えていくよ。
 病気の時に使えるようにというと、みんな病気になっていくんよ、必ずそうよね。

質問:
 あんまり生命保険とか掛けないほうが。

ありがとうございます:
 それも死んでしまうかも知れんよ、はははは。




 勉強しなければ生まれ変わるのか?

質問:
 勉強をするために生まれてきたということですけれども。勉強できなければ、また何度でも生まれ変わって勉強をするためにこの世に生まれ変わってくるわけですか。

ありがとうございます:
 生まれ変わりの番組は低い世界ね、低い番組なのね。本当の自分はどの番組へでも自由に天から舞い降りて選んで楽しめるのね。そこにプラスをいっぱい発見して、プラスを発見するのが本当の勉強ね。幸せをいっぱい発見すればいいだけなんだけど。

 でも、低い番組に巻き込まれると、そこで同じ番組を見続けるのね。その中に輪廻転生の番組もあるのね。何回も生まれ変わって、少しずつプラスを発見する勉強よね。本当はもっと大きい立場で、たくさんプラスを発見するほうがいいね。だから、輪廻転生の番組を超えたほうがいいね、もっとね。そしたら縛りが少なくなって自由になって、幸せを大きく発見できるね。

質問:
 アバウトな人間なんで、あまり縛られたりはしないんですけど。お話をうかがったら、勉強が足りなかったら、先ほどの小学校のお話もありましたけど、やられたらやり返しにまた出てくるとかと。

ありがとうございます:
 そういう世界があるね、そういう番組もあるというだけね。それが全てじゃないのね。
 (できるだけ楽しんで)楽しんでね、だからそういう縛りの番組は、もう相手にしないほうがいいよね。




 やったらやり返されるという輪廻を卒業する方法

質問:
 さっきの池田小学校の話ですが、やっぱりやり返されたという見方をしてしまうんですけど。場合によっては、地球人全体の学びのために本人がやって、小学生本人も役割として死んでいくという見方も。

ありがとうございます:
 あるよ。普通ね、みんなそれぞれやられたらやり返すものを持ってるよね。過去のずーっと歴史を振り返ってみてもね。だから、無限のマイナス、借金、借りを持ってるかも知れない、みんな一人一人にね。
 ただ、全部にきたら地獄よね。だから、代表で一部の人がそれを背負って消してくれるという働きをするのね。それで勉強材料を見せてくれる。本当は自分に振り替えて見るほうがいいね。自分が殺す側になったり、殺される側になってたらという。本当は自分が身に受けて勉強しなければならないところを、他の人が代表で勉強材料を見せてくれるってね。
 それを卒業する方法はね、神さまに感謝することよね。感謝して「みんな無限に輝いている」というふうに感謝し直してマイナスを消すことね。そうすると卒業していくね、プラスをいっぱい発見できるからね。
 だから「因縁消し」というのは必要になるよね、マイナスを消してしまう、借りを消すというのがね。




 般若心経の解釈

質問:
 「般若心経」は262文字で「ありがとうございます」が10文字で、効力が同じというのは最近わかったことですか。

ありがとうございます:
 般若心経はね、感謝行を説いてるの、説明してるのね。昔の言葉だからみんな意味を理解せずに唱えているだけというのが多いよね。でも、本当は感謝の説明文なの。「羯諦」というのが輝いているという意味ね。本当は「ありがとうございます」という意味よね、根本はね。無限に輝いているというのが「羯諦羯諦」よね。それは「ありがとうございます」という一言に尽きるのね。宇宙の全ては無限に無限に輝いているというのが「ありがとうございます」の感謝行ね。だから、感謝を説いているのね。
 ちょっと説明してみましょうか、般若心経を。(お願いします)

 「観自在菩薩」と最初に出てくるでしょう、これは「本心の自分」ね「輝いた自分、感謝の自分」よね。
 「行深」深く祈るという意味ね。
 「般若波羅蜜多時」というのは、「般若」というのは「神様の」という意味で
 「波羅」というのは「無限の」という意味ね。
 「蜜」と「多」だから「真髄」という意味ね。
 だから「無限の無限の何々」という、例えば「無限の無限の幸せが一杯」とか「無限の無限の喜びが一杯」 とか、この「無限の無限のプラスが一杯」という意味が「般若波羅蜜多」ね。そういう言葉を使って深く祈ると、そういう意味よね。だから「ありがとうございます」という言葉を深く祈ればいいね。

 その時に「照見五蘊皆空」ね、「五蘊」というのは「現れ、全ての現れ」という意味ね。みんな「空」に出るってね。
 丁度、太陽から光が放射されるでしょう、光だけを見てると光だけが五蘊なのね、現れってね。
 「空」というのは光源ね、太陽そのものね。現れがぜんぶ根源の姿に見えたらいいわけでしょう。光線と光体、光源と一つに見えたらいいのね。これが「五蘊皆空」ね。
 そう見えた時に「度一切苦厄」一切の苦厄が満たされる、救われる、なくなるのね。
 だから、苦しみというのは闇を見てるときは苦しいよね、プラスが無いからってね。光源をしっかり見つめたら、そこに幸せいっぱいでしょう。無限の無限の幸せが一杯って降り注いでくるね。だから、「空」というのは一番の源よね、絶対の空、光源なのね、命の本源というようなプラスの源になってるね。

 それで次は「色即是空、空即是色」という言葉が出てくるでしょう。だから「色」というのは現れとみたらいいよね。「色と空」が一つになればいいね、「色即是空、空即是色」というのはね、これが出てきたら常に神さまを見つめている状態ね。感謝ができている状態なのね。
 後のずーっと無い無い尽しのところは、光源を見てない時の見方をぜんぶ否定するのね。
 太陽を見ているときは太陽をいっぱい感じるわけでしょう、光だけでしょう。背を向けた途端に光が無くなって行くよね、それで闇が広がるでしょう。そういう見方の時の見方をぜんぶ否定するのよね。無い無い尽しで否定して、それで向きを変えるための否定の言葉よね。それで「感謝行に戻れ」という説明になってるのね、簡単に言うとね。

 だから「空をしっかりとらえる」という、仏教の真髄が「空」でしょう「無限の無限の輝きが一杯!」というのが「空」なのね。「無」と違うよ、「無」は何も無いけどね「空」はプラスばっかしという、それが「空」なのね。だから「空」をしっかり見つめることが大事というのね。だから、感謝行が「空」の見方なのね。
 般若心経の真髄は感謝よ「ありがとうございます」一言でいいのね。




仏教と神道

質問:
 日本には神道があります。日本人には仏様が定着しています。仏教と神様との関係はどのように考えたらいいですか。

ありがとうございます:
 本物と偽物ってあるのよね、模型が偽物なのね。だから、地球を見る時に地球儀があでしょう、地図ってあるよね。地球儀も地図も偽物でしょう、本物の地球を現わす模型でしょう。
 宗教の教えは全部そうなのね。本物が神さまね、神さまについての教え、模型よねえ、神社仏閣も教えぜんぶ模型なのね。本物はいつも存在してるのね。模型は時代時代で変化していろいろ出てくるだけね。

 だから、元からずーっとあり続けるのが本物なんよね。宇宙をつくってみんなを幸せにしようと働いている神さまの愛の働きね。それはいつも厳然とあるのよね。無限の無限のチャンネルを与え続けているというのがそうよね。本物は絶対無くならない、いつもあるの。
 ただ、それを指し示す指のような働き、模型は時代時代で変化するのね。仏教もそうね、キリスト教もそうね、いろんな立場、角度から指し示している指のような働きよね。それは偽物よ、みんなね。

 本物を知った人にはもう偽物は要らないね、模型は必要ないね。ただ、本物を知るのにはあまり大き過ぎるから、それはちょっと想像もつかないという人にとったら地球儀が生まれてくるのね。「地球はこんなものだよ」と模型を見せるのね。だから初歩の模型よね、みんなね。どんな宗教の教えもね。元々あるのが「」とかいうふうに言われるのね。それも言葉では表現し尽せないよね、言葉は無いほうがいいね。
 「元からあるものが本物」それだけでいいよね。




次元の定義

質問:
 三次元に住んでますけど、四次元や五次元の意識を持って生きなさいという話を聞いたことがあります。四次元とか五次元ってどういう――

ありがとうございます:
 そういう次元の説明の仕方、定義の仕方はいろいろよね。縦横厚みで空間というふうに三次元を定めると、四次元がどうで、五次元がどうで、無限次元って想像を絶するわね、わからないね。
 でも、そういうとらえ方よりも「波動の違い」ととらえた方がいいね。「無限の無限のチャンネルの番組があって」という、「ぜんぶ波動、波が違う」というのが正しいね。
 その高い番組ほど空間も自由自在に変化するのね、時間もたくさんの時間、いろんな時間があるんでね。だから、伸び縮みする空間とか、今日はお客さんが多いからスッと部屋が広がるとかね、みんなが遠慮して小人になるとかね。
 三次元の空間を四次元にすると、なんか歪んでしまうような感じに受けるでしょう。それが五次元、六次元というふうに変化するというと、ちょっとわからないよ。それではちょっと定義の仕方がわかりにくいよね。それは、いろんな世界があるんだけどね、この世の一人一人にとったらわからないね。




 「ありがとうございます」の出番

質問:
 先生は昔はいろんなことを学ばれたと思うのですが「ありがとうございます」だけにされた過程というのは――

ありがとうございます:
 本物の時代というのは神さまを直接出てくるときよね。本物の神さまだけよね。それも「ありがとうございます」というのが神さまの働きの全てを指し示す言霊の響よね。最後の出番がきたのよ神さまのね。
 究極の神名を伴って、神さまの働きをぜんぶ降ろしてくる、本物を降ろしてくると、後は何も要らないね。人がでしゃばるのは昔の話ね。人がでしゃばったら神さまは遠慮して引っ込むのね。そしてつまらん教えが出てきたら本物の神さまの働きは引っ込むのよね。だから、偽物はぜんぶ退散すればいいよね。

 神さまが出てきたら何も要らないよ、宗教の教えは要らないし、神社仏閣も要らないし、縛りが一切要らなくなる。そういう時代だからね、だから「ありがとうございます」一言に神さまが絞り込んできてくれてるのね。「これさえあれば本物になれるよ、幸せになれるよ」というふうにね。
 今まで、枝葉の勉強ばっかりして悟りを開こうとしたんだけど、そんなんはせんでいいよというわけね。根本を掴んだら、もう最初から悟ってるよというふうに出てきたのね。だから、一番楽な悟りへの道を神さまが降ろしてきてくれてるのね。そういう時代といったらそうよね、私がしたのと違うね。神さまが出てきてるだけね。神さまの出番よね、今はね。

質問:
 キリスト教では「天の時」とか――

ありがとうございます:
 そういう言葉もあるけど、もっと大きいかも知れないね。

質問:
 「ありがとうございます」を日本語で言えて良かったです。

ありがとうございます:
 そうね、先ず日本から変るんですよね。そのうちに世界共通語になって世界も変る。別に日本の言葉じゃないね。世界共通語、宇宙共通語でいいね、いい言葉は残せばいいね。




 質問:
 神様がそういうふうに降りてきてくださったら、同じ番組を繰り返して幸せそうじゃない人たちも救われていくのですか。

ありがとうございます:
 そうね、神さまが降りたら選択肢が無限に広がるのね。いろんな番組を降ろしてくるから、どっちを選ぶかというと良いほうを選んでいくね、みんなね。だから、自由になって低い番組ばっかり見てるなんていうのはなくなるのよね。新しい番組へ新しい番組へ心が向くからね、良い番組を選び続けるようになるね。そういう意味で、神さまが降りてきたら凄いよね、明るい番組になってしまうからね。

質問:
 先生は神さまにお会いになったことはあるのですか。

ありがとうございます:
 いつも会ってる、はははは。
 小さい神さまと違うよ「無限の無限の輝きが無限に無限に一杯」というふうに感じるでしょう。
 いつも感じてるよ、そうよね。無限の輝きでも凄いでしょう、太陽の無限億万倍以上よ。それが全方向からところてん式に飛び込んでくるのよ、いつもね。そういう感じ方をするよ「ありがとうございます」をいつもお祈りしてね。だから光ばっかしよ。

質問:
 その時はどんなお気持ちなんですか。

ありがとうございます:
 いつも会ってるんだけど、幸せ一杯で、はははは「感涙にむせぶ」という感じよね。




 天照大御神様

質問:
 天照大御神と神様は同じことですか。

ありがとうございます:
 天照大御神の一言も、言葉の定義の仕方が使う人によってぜんぶ違うでしょう。
 太陽を指して天照大御神という人もあるね。皇室の先祖という人もあるでしょう。また、肉体を持って生まれた女神様という人もあるよね。みんな定義の仕方があまりにも小さすぎるね、そんな小さい意味じゃないのね。
 天照大御神様というのは宇宙の大神様の最高表現を指してるのね「もうこれ以上無い」という最高の御姿よね。これが天照大御神様ね。だから、無限に無限に輝いたものを無限に無限に持ってるという、こんな感じの神さまね。全体を束ねてるのね、そういう神さまが天照大御神様という、私の定義の仕方はね。
 だから「天照大御神様がいつもここにいつもいらっしゃる」という意味ね。これが「ありがとうございます」という言葉ね。

質問:
 この間友達が惟喬親王様の屋根上を削って作業をしていたら、先生が「そこは5センチぐらい深く彫って」とか、先生のところから見えないと思うんですけど。なんでそんなふうにわかるのですか。
 どうしてわかっちゃうのかねと言ってたんですけど。

ありがとうございます:
 そうね、神さまはぜんぶ見てるのね、見てるからサッとね、神さまが口を使うとそういう言葉が飛び出すのよ、はははは。不思議よね、財布の中味が見える、はははは。でも、神さまはぜんぶ見通せるよね、細胞の一個一個見てるしね、どこに何があるか、故障してるかってね、健康かって見てくれるえわね。
 天地の世界も見えるし、大きく宇宙大の世界も見えるしね。必要だったらね、感謝している人は教えてもらえるよ、スッとね、神さまの知恵がスッと出てくるね。

質問:
 誰でもですか。

ありがとうございます:
 そうよ。必要なだけがいいからね。いつもぜんぶわかったら大変よ。ぜんぶわかったらメチャメチャになるじゃない、必要なだけがいいね。




 SARS(サーズ)

質問:
 最近「SARS(サーズ)」ですか、あれは何かの現象ですか――

ありがとうございます:
 それも一つの番組と思えばいいね。一つの番組をみんな言葉にして言い触らすんでしょう、その影響を受けたらそこに巻き込まれていくのよね。「ありがとうございます」という番組を宣伝すればいいじゃない。「無限の無限の幸せが一杯!」ってね「無限の無限の健康が一杯!」というふうにね。そうするとみんな変ってくるよね、宣伝合戦よね。マイナスの宣伝合戦ではあかんのね、「もう、プラスばっかし」というのがいいよ。

質問:
 それぞれの病気は何かの教えであって、感謝するという気持ちを持つほうがいいということですか。

ありがとうございます:
 万病を一つの病ぐらいで済ませてもらったとか、無限の健康を与えてもらってるとかね、プラスばっかしに感謝すればその通りになるね。心配せんでいいね、そういうのはね。




 神様の性別

質問:
 キリスト教でお祈りする時に、「天のお父様」と言ってお祈りしてたんですけど。神様に性別というのはあるんですか。

ありがとうございます:
 神さまは絶対を中に持って「陰陽」に分れるからね、性別というふうにすれば性別に分れるわね。ただ、両方持ってるね、神さまは全体だから、両性もあるし絶対性もあるし、陰陽の分れた姿もあるしね、そのぜんぶを神さまは持ってるね。
 枝葉のほうはいろいろ分れてるのね、元へ戻るほど一つになっていくから、両性、絶対性を保つのね。奥の神さまはぜんぶ両方持ってるよね。
 観音様は女神様? 男神様? 両方持ってるのよ、あれ。どっちかわからないでしょう。でも、どっちにでも変身するね、自由自在にね。
 天照大御神様でも女神様という人もあるけど、そうじゃないよね。もう最高のプラスの働き、男神様の働きもするし、どっちって区別つかないのね、両方持ってるの、同時にね。

 須佐之男命って出てくるでしょう古事記にね、男の神様と思う? 違うでしょう、男性的な一面もあるけどね、みんなのマイナスを一気に背負ってぜんぶ振り替えて助ける愛の女神様の働きでもあるのよ。やさしい女神様の働きも持ってるのね。
 だから、高い神様の働きは両方に振り分けて、どっちって決めつけられない。枝葉だけね、枝葉のほうだけがプラスとマイナスに必要だったら分れるだけね。
 肉体を持ってる人間も同じでしょう、魂的にみたら陰陽の両方を持ってて、男性的なほうが勝ってるか、女性的なほうが勝ってるかの違いぐらいね、両方持ってるよね。必要だったら両方の働きをするね。
 ただ、肉体は一番末端の枝葉だから、ある時は女性に生まれ、ある時は男性に生まれたりするね。でも、どっちにでもまた変化するかも知れないよ、たまには。




 男性に生まれて女性の気持ちで生きる人

質問:
 その末端なんですけれど、男性として生まれてきたけれども女性の気持ちで生活されている人がいらっしゃいますよね。それはどういういふうになっているのですか。

ありがとうございます:
 前の世で、男性として生まれたとするでしょう、男性的な一面が加わって魂が男性的になってるのね。その人が今度生まれて女性に生まれたとするでしょう、体は女性だけど男性的な魂が入ってるね。
 そうすると、どうしても男性的な傾向に生きたいと思うのね。でもね、女性に生まれたらね、女性らしさを身に付けるために生まれてくるのね。男性的な魂の一面を抑えておいて、女性的らしくなる勉強をしたほうがいいね。その両方を兼ね備えて、両方を自由自在に現わせる自分が観音様みたいな絶対性の姿をとるのね。 そうすると魂的にも完成された状態ね。
 ありがとうございます。





ar83宗教の必要性2000.7.1

【これからの時代、宗教というのは必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 どうでしょうか。宗教という言葉は、逆に見ると「教えの元」というんですね、教えの元というのは神様ですよ。そういう意味だったら本物の神様が必要です。絶対必要なんですよね。ただ、教えというのは、直接神様から来ているというわけじゃなく、ピンからキリまであるの、いろんな教えがあるんです。

本物の神様の教えと、本物から外れた教えと、いろいろあります。本物の時代になると、本物の神様の教えは必要なんです。それは教えというよりは、元の神様の働きなんです。教えを越えて、みんなを本当に幸せにしてくださる。本当の神様の働きが必要になってくるわけね。だから、今までのような人を縛る教えは、どんどん必要がなくなって消えていくと思うんです。そして、中から湧き上がるような本当の神様の助けが、これから必要になってくる。教えじゃなしに、神様の本当の働きというのが、これからの宗教の姿になって出てくると思うね。

 それともう一つは、今までは、模型的に神社とか仏閣、仏像なんかもそうですけど、本物の模型として、今現れでる姿がいっぱいあるんです。その模型を本物と見間違うと、間違った偶像崇拝になるんですね。本当の神様はどこにいるかというと、宇宙全体にどこにでも満ち渡ってるわけだから、小さく模型を作っても、その模型は本物の神様じゃないのね。模型はあくまでも模型です。ただ、その模型を必要とする時は、例えば、地球の勉強をするのに地球儀があるように、「地球儀があった方が勉強しやすい」という人には、模型も必要なの。本物を見るようになった人は、もう模型は要らないです。そういう意味だったら模型的なものは、どんどん必要なくなって消えて行く。本当に必要なものだけが、本当の神様だけがさん然と輝いてみんなの前に出てくるとのです。

 これからそういうふうになって行くと思うね。だから、一切の縛りのない本物を輝かせた姿で神様がみんなの前に出てくる、そういう宗教は必要ですよね。だから、もう「宗教」という言葉は、今までの概念だとちょっとマイナス的なエネルギーもあるんで、縛る教えじゃなしに、本当に「自由に開放するような神様の働き」というふうに捉えたら宗教の中身が変わってくるかも知れないですね。



供養


【人が亡くなった時に、ひと七日、ふた七日、四十九日、百か日とかいろいろ供養しますよね。それはどういうふうに思われますか?結局、縛られる・囚われるという思いになるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうですよね。これはお釈迦さんの教えとはちょっと違うんです。お釈迦さんは「悟りを開く為にはどういう生き方がいいか」って、悟りを教えているのね。肉体が死んで魂が抜けてどうのこうのじゃないの。本当の元の根本を、しっかり見定めて、悟りを開くにはどうしたらいいかってね。本当は「みんなは悟ってるんだ」っていう見方の方が正しいです。だから、迷いの姿を先に掴んでしまうから、そして「亡くなった人が迷っているから、救ってあげんなん、いろんな供養をせんなん」とかいうふうに、迷いを前提にして掴んでしまうと、本当は亡くなった人というより、本当の人に対して失礼なんです。「みんな神様と一体で、みんな既に悟っているんだ、無限に輝いているんだ」というふうに拝んで受ける生き方の方が、正しい受け方です。



お仏壇へのお参り・お花の向き


【という事は、もし仏壇にお参りする時は、「いろいろ力添えをくださいましてありがとうございます」というような感謝の述べ方のほうが、御先祖様も、いろんな方たちの魂も喜んでくださるのでしょうか? またその方に、例えば「・・さんありがとうございます」というのが最高の言葉になるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね。みんな「ありがとうございます」という神様と一体なのです。本物の神様の現われと見るんだったら「みんな天照大御神様」というふうに見た方がいいね。無限に輝いているというふうにね。「ありがとうございます」というのはそういう事なの。だから、その仏壇も模型なんです。本物の世界の模型になっているわけよね、中心にご本尊さまがあって、その回りを御先祖様が悟った姿で輝いて「自分を護りに譲ってくださっている」という見方の模型なんです。模型であっても、荘厳な姿をとっているでしょう。お供え物でも全部向こうへ向けてないのね、みなこちらへ向いているでしょう。全部向こうから自分に対して与えて頂いているという意味の模型なんです。



【お花なんかも確かに私たちのほうへ向いてますよね、何故何だろうと思っていました。「死者に手向けるのであれば向こうへ向けるはずなのに」と思ったことがあったんです。】

ありがとうございます:
 全部自分の方へ向けてもらっているのね。だから神様、仏様から「一瞬一瞬最高の素晴らしいものを与え続けてもらっている」いうのを確認する模型なんです。ただ、誰も仏壇の中には入ってないんです。そういう小さい中に入ってないの、本当の力ある宇宙大の大きい神様が入れるわけがないよね。模型を通して、本当の姿を思い浮かべる意味で、手助けになるのね。そういう意味で模型を使うわけ、だから「ありがとうございます」が本当の意味で正しい、ご先祖様への心の向け方よね。「ありがとうございます」と言ったら、「ご先祖様のすべてがみんな悟っている・無限に輝いている」という受け方になるのです。ただ、模型は別に必要だったら使うんですけど、必要なくても破壊する必要はないですね。後から必要な人が出てくるかもしれないし、本当に必要がなくなったら、世の中全体から必要なくなったら、自然に消えるかもしれない。それまでは大事に残しておくのもいいですね。



【やはり、社会通念上、破壊というのは出来ませんしね。】
ありがとうございます:

 そうね。はい。


【古神道も神棚は必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 うん、まあ模型としてですからね。だから必要な人はそれを使っていいと思うんです。何もないよりあった方が思い出しやすいでしょう。ただ、どの神社・どの神棚でも、本当の対象は本当の神様でないといけないでしょう。いろんな神名が出てくるんですけど、神社でも神名がそうでしょう。その神名の奥に本当の神様が働いている、本当の神様のいわば分身として、すべての神様が助けてくださっているんです。だから、どの神社にお参りしても、神棚にお参りしても「ありがとうございます」でいいのです。「ありがとうございます」で全部に通じるのね。



何故「ありがとうございますの話」が聞けるようになったの?



【二年ほど前から「先生のお話を一般の我々に教えをいただけるようになった」ということなんですけれど、ずっと最初からではなく、何で、最近に表現されたのか、何かの動機があったと思うのですが、その理由をお伺いしたのですが?】



ありがとうございます:
 昔は全国を飛び歩いて、お話しに回っていたのね。でもやっぱり「お祈りが一番大事」ということで、どんどんそういうのを減らして、お祈りだけに専念してきたのです。深く深く祈る為にね。また、みんなが本当に感謝の心を起こせるように、本心を引っ張り出す意味でのお祈りを、ずっとお祈りだけに専念してきたのです。
いろいろお話するのもいいんですけど、やっぱりお祈りの方が力があるんです。深く祈るお祈りというのが大きい力があるのね。そういう意味でお祈りだけを選んで、他のことを一切何もしないという気持ちでしばらく続けてきたの。でも、私一人が祈るよりも、大勢の人がお祈りしてくださる方が、力が増えてくるでしょう。

 そういう意味でお祈りができるように、本当のお祈りを、神様に力を引っ張り出してもらっている人が増えてきたという段階です。また、みんなに再確認して、一生懸命祈ってもらう意味で、神さんが必要と認めてもらえるのね。私をみんなと出会う働きに使ってくださると思うのです。でも私は、やっぱりお祈りが一番大事と思っているの。みんなが大きい本当のお祈りをしてくださるのも大事なことなんで、お祈りの時間を割いてでも、こういう話しの場を神さんが与えてくださったということなのね。私もみなさんと出会うのは一番嬉しいです。「あっ、こんな立派な方が沢山いらっしゃるんだ」と心強いですからね。



何故?断食を・断食の様子

【三週間の断食をされたということですけど、どんな様子なんでしょうか。】



ありがとうございます:
 そうね私は小さい時から、いろいろ耐乏生活を体験させられて、一日一食を、食べられるかどうかだったの、それも粗末な食べ物です。だから食べることに関して余り「あれ食べたい、これ食べたい」なんてないんです。それで二十歳過ぎから「命を神さんに捧げて、平和運動を一生懸命しよう」というふうに考えてお祈り一筋になってたんです。そうすると「人の病気治しを一杯頼まれるでしょう」もう寝る時間がないくらい忙しいのね。夜中まで電話で叩き起こされたり、もう一杯電話かかってきます。祈る時間が一分一秒惜しいので、寝食忘れてお祈りする方を、人助けの方を選んだのです。中途半端に食べるとなると、食べる時間がなくなってしまうんです。この時間に食べようと言ってもお客さんがきたら、いつの間にか食べられなくなる。食べるのが億劫になってしもうて、面倒くさくなり、「丸薬一つで一年ぐらい持てばいいのに」と思うくらい、そんな気持ちになってしまうのね。



【四週間の内に三週間は断食されて、一週間は思いっきり食べてと、伺ったんですが。】

ありがとうございます:
 思いっきりでもないですけど、はははは。



【それを繰りかしえて、一番長いのは、百日も続けられたと。それが出来るものなのかというのが不思議なんですけど。】

ありがとうございます:
 不思議なのね。出来るんです。それだけ力を与えてもらって、助けてもらっているのね。それも私は何もしてないんじゃなく、ジーッと座ってるわけでもなく、人の三倍ぐらい力仕事を一杯してるのよね。朝・昼・晩と、いろんなアルバイトしては、寸暇を惜しんで、もう祈って祈って、睡眠時間を殆どないぐらい削って、頑張ってたのね。普通だったら死んでもおかしくないぐらいなんだけど。それでも、「ちゃんと譲ってもらえて、力を添えてもらった」って感じだったのです。そういう意味でも「ありがとうございます」の力って凄いなあと思うの。限界をいくらでも破ってもらえるのです。



【百日やって、神様を試されたんですか?】

ありがとうございます:
 神さんの助けがどんだけあるかって。断食するのは、神さんの恵みを拒絶することなんですね、よくないです。いつも注意されていたのね。与えられたものを感謝して受けるのがいいんです。私の場合は、我が強かったんだと思うの。とことんやり抜かないと気が済まないところがあるし、また神さんの護りはどんなもんか試したいところもあるし、いろんな意味合いがあったのね。これも私だけじゃなく、人類一般が「何か修行しないと悟れないという我がある」じゃないですか、そういう我を消す意味もあっての事ですね。神さんに、「修行しなくても悟らせてもらえる」という、本当の意味のやさしい救われの方法を与えてもらう意味でも、「我を消すこと」が、ある一面で必要だったと思うのです。それで断食を無理矢理「させられた」のじゃなくて、自分が「してしまった」のね。断食や、またいろんな行的な修行なんか必要ないと思うね。何もしない方が、神様の救いの働きを邪魔しないのです。本当は何もせん方がいいのね。



本当の祈りとは




【「本当の祈り」と先程おっしゃいましたよね。私は「ありがとうございます」を、ただなんとなく言っているだけですが、「本当の祈り」とは、呼吸の部分の心の奥まで染み入るような感じの祈り、そういうような感じなのでしょうか?】

ありがとうございます:
 祈りというのは、神様の命の宇宙創造の働きを指しているんです。本当の祈りというのは、神様の宇宙創造です。最高の宇宙を創り出す神さんの働きが祈りなんですね。「本当の祈りをする」というのは「それと一つに同化して一体化する」ということ。だから、それを受けないといけないね。「受けて一体化する」というのが本当です。



【受ける為にはどうすればいいんですか?】

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」と唱えて、「神様の働きと一つに一体化させていただく」のね。「ありがとうございます」を唱え続けていると「無限に無限に輝いた宇宙が感じられてくる」のです。



【そこまで「ありがとうございます」を言い続けなくてはいけない?】

ありがとうございます:
 その「最高の宇宙の姿を感じ取ること」なのね。だから、一心に、「ありがとうございます」を唱え続けた方が、早く感じられるようにしてもらえるんです。


周囲の人もチャンネルが上がる




【この間の話で「ありがとうございます」と言っているのが、チャンネルの段階を上げるのに、一番の最短コースだというお話をされてたんですけど。周囲の人間が上がって行くと、その間にいる人間も自動的に上がっていくものなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですね。本当は一人一人の自由な意志があるんです。回りの人は「上がりたい」と言っても、自分は絶対「上がりたくない」という人もいますよね。ただ、回りにお祈りで「上がりたい」言う人がネットワークを作ってしまうと、その網から下へ下りられなくなるときがあるの。網で救い上げてもらうような感じで、上がってしまうのね。昔はみんな一本釣りなのです。本当に「神様に助けてもらいたい、救われたいという人は」一心に神さんにすがって神様から命綱をスッと下ろして、引っ張り上げてもらっていたの、一対一よね。それは本人の真剣な自由意志を尊重して神さんが助けるんですけど、数が少なかったんです。

 今の時代は、特に『神様の本当の助けを受けて、悟りを開いて、自由自在な生き方で、最高の番組を味わいたい』という人が増えてきているのね。だから、「大勢向上したい」という気持の人が増えてくると、もう一本釣りじゃあ間にあわない。特に、先にお祈りをし始めた人が、心のつながりを持って、祈りのネットワークを作ってしまうと、ちょっと「救われたい」と思うだけで、そのネットワークに乗ってしまえばいいのです。その中には「下へおりたい」という人も混じっていても、一緒に上がってしまうと、「やっぱりマイナスよりプラスの方がいいな」という気持ちに変化するのね。その内お祈りの方へが向いてくると、みんな一緒にスーツと救われるのです。



【会を作って、みんな一斉に「ありがとうございます」を言ったら、何百倍何千倍になりますよね。そうするとこの中の人達が「ありがとうございます」ってここで三十回ずつ唱えようとしたら、五十人の五十倍で二千五百倍になるんじゃないかと思うのですが。】

ありがとうございます:
 そうですよね、祈りは必ず相乗効果が起こすんです。二人だったら2x2で4倍ね、3人だったら3x3が9倍にね、もの凄い力やね。



【だから、ここで一斉にみなさんで言ったら、いいかなあ、と今フッと思ったんですけど。】

ありがとうございます:
 それはそうです。またみなさんも地元へ帰られて、お祈りで一緒にやる人があったら、ちょっと時間を決めて一緒に「ありがとうございます」を唱えられたら、凄い力を発揮しますよ。




大勢の人との祈りの時間・場所・仕方・回数

【同じ場所にいることが大事なんですか、各自家にいて時間を決めてやるのか。】



ありがとうございます:
 それでもいいんです。ただお祈りは、時間、空間を越えるんです。時間が違っても心がつながっていたら、いつでも祈っていると、ネットワークが生まれて、助け合いの相乗効果が起こるんです。どの場所でも一つにつながるんで、場所は関係ないのです。だから、自分一人で祈っているのではなく、仲間が一杯いてるんです。だから、自分が祈れない時は、みんなが代わりに祈っていて、神さんの光どんどん流してくれているのね。



【例えば、もし私が病気しているとすると、みんな仲間がただ何となく言うのか、それとも私に対してどこが悪いから、よろしくお願いしますという「ありがとうございます」をたくさん言うのか。何も考えなくて、ただ、ただ、もう自分で祈ればいいということですか?】

ありがとうございます:
 いやいや、何も思わなくて、ただ神さんの働きがみんなを通して働くのね。だから病気をしている人に対してでも、その病気が本当に消えた方がいいんだったらスッと消してくれるね。でも、その病気が何かの意味で必要だったら、ちょっと残してくれるのね。その病気の必要性もいろんな意味があるの。心の勉強でもあるんですけど、いろんな勉強です。

 また、自分が病気をすることによって、例えば、自分の子供が働き者になるでしょう、親孝行のね。母親なんて特にそうやね、自分が全部仕事をしてしまうと、子供に何もさせないで終わるじゃないですか、その時は神さんがわざわざ病気にさせて、動けんようにしといて、子供に親孝行させる意味もあって、いろんな能力付ける意味もあって、家事手伝い全部させるのよね。そうすると子供にとったら大きいプラスになるの。そこまで仮病使って芝居できないでしょう。それが出来るようだったら別に本当の病気をしなくもいいんだけど。だから、いろんな必要性がある場合があるのです。やっぱり病気が必要だったら残してくれるし、なかったら病気はすぐ消してくれるしね。それは自分の方で願わなくても、神様の方で必要なものを的確に与えてくださる、助けてくださるんです、大丈夫ですよ。



【神様は微に入り細に入り、全てを与えて頂けるですね。】

ありがとうございます
 そうですね、本当に必要なこと、幸せに必要なことを与えてくださるのね。



【私の経験でも今のようなことがありました。母が重態で危篤で一歩手前、あと四・五日で命が危ない時、それを聞いた夜に仏壇にお祈りをしました。その時私は「このまま死んじゃってもいいけれど、それが最善であればそうしてください」「まだこの世にやることがあるのだったら、もう少し生かせてください」と、生き返れとは強く思わなかったんです。もうお任せしました。そうしましたら今はピンピンです。あの時は、赤ちゃんのように「ここ何処?」ってとても素直に、生まれ変わったと思います。その時僕は、祈りというのは素晴らしいんだなあと感じました。】

ありがとうございます:
 そうねえ…。祈って「・・してください」と願った時でも我を出さない方がいいんです。自分の願いと神様の願いは、ちょっと違うの、ズレることがあるのね、だからお任せの方がいいんです。お任せが一番いい状態になりますね。



【「ありがとうございます」の数は一億回とおっしゃいましたけど、数えるのが出来ないですけど、やっぱりカウントしなくちゃいけないですか?】



ありがとうございます:
 いや、自分の祈るぺースというのは大体わかるじゃないですか。ある時期、ちょっと数えるでしょう、それと同しペースだったら大体ね。



【それが解ればもうね、はい、わかりました。】

「お任せ」と「プラスのイメージトレーニング」

【自分がプラス思考、自分でイメージを持って、とか言われていますが。自分で持ったイメージというのは、もしかしたらマイナスに働くことがあるという事を考えたときに、神様への全託ということになる「お任せ」というのは、自分ではプラスのイメージを持たなくても、自分にとって一番プラスの状態を与えてくださるのですか?】

ありがとうございます:

 そうですよ。イメージトレーニングというのが流行ってますよね。人の描く「思い」というのは、それは「雲」のようなんです。プラスに思うのは「白雲」、マイナスに思うのは「黒雲」。でも、それは太陽から射し込んでくる光とは違うのね。だから、思いの力がないと崩れるのです。太陽から来る光は、無限に新しいものがどんどん出てくるでしょう、絶対なくならないよね。

 「神様にお任せ」というのは、太陽から来る光を浴びること。だから永遠に幸せが崩れないし、そして最高のものが降りてくるでしょう。でも「空の雲」は光と比較しても大したことはないよね。なんぼ「白雲で明るい」と言ったって、光と比較できないし、本当の幸せ、という所まで行かないよね。

 だからイメージトレーニングでその思いを実現しても、もう感謝に生きる人から見たら馬鹿らしくなるわね。だから無限に素晴らしいものを感謝の心で受ける方がいいですね。一つのことを自分の思いで実現したって、ちっぽけなもんだから。だからプラスに思うのもいいんですけど、マイナスに思うよりいいわけですが、それよりもその思いも消してもらって、感謝の心を深めてもらって、無限の光を浴びる方がいいよね。そういう意味だったら感謝に生きるだけの方がいいですね。イメージトレーニングもプラスに思うこともいらないよね。感謝だけで最高の神様の光を浴びられるのです。



【そうしたら「こうしたい」「ああしたい」「こうなりたい」じゃなくて、「この仕事をしたらどう」と流れてきた場合、もうすべてお任せコースで淡々と「はい、ありがとうございます」と受ける。例えば受験に失敗しても、「ありがとうございます」、また次に受けたときに、受かって「ありがとうございます」という感じでやっていくということなんですか?】

ありがとうございます:
 そうよ、それが一番の幸せの最短コースよね。神さんの新しい働きをズーッと受け続けて、一番いいようにしてもらえるね。



【受験でも具体的に願いを持たないでいい?】



ありがとうございます:
 もうすっかりお任せがいいですね。だから「ここへ入りたい」じゃなしに、入れなかったら入らない方がいいのね。入れるのと、幸せとは関係ないのです。入らないのが幸せになるのだったら、絶対入れてくれないよね。それが全て神様の譲ってくださった姿ですね。



【やっぱり落ちた時はどっと落ち込みますし、そこを「ありがごうございます」で全てを受け入れる。回りから見たら負のことでも、「ありがとうございます」と受け入れる心になればいいなと、思いながら今聞いてました…。】

ありがとうございます:
 だから感謝を練習して感謝が深まると、マイナスもプラスに見えてくる。万病をかかえても「ありがたい」となってくる。それはもう一切のマイナスは見なくなってくるのね。だから幸せな心は何があっても幸せなの、絶対崩れない。神さんの与えて来る本当の無限の無限の幸せというのは、心の幸せなんです。その本当の幸せな心は、もう地獄に落ちても幸せそのものなの、無条件で幸せが出てくるの、幸せな心が湧いて出てくるのです。

 

「池田小学校の事件」の受け入れ方




【池田小学校の事件を思うと、自分の中でどう考えたらいいかという時に、犯人に対しても、犠牲になられた人に対しても、いくら「ありがとうございます」でと思ってもやりきれない自分があのですが、先生はどのようにお考えですか?】

ありがとうございます:
 人ってね、過去にやっぱりマイナスの言葉を一杯使い過ぎています。だからマイナスの言葉はマイナスの放送番組と波長が合って、マイナスの面を味わうようになっているんですね。だからどれだけマイナスの言葉を過去に積み重ねてきたか、心にどれだけマイナスの心があるかって、これはもう無限に近いよね。そうすると、本当はマイナスの言葉に波長の合う世界って、地獄のどん底かもしれない。そしたら、この世のいろんなマイナス、いろんな姿を見ても、地獄と比べると万分の一の軽さよね。

 本当は、自分は犯人のような姿をとる可能性もあるかもしれないでしょう。また被害者の姿をとるかもしれない。でも今の自分は、それをせずに済ませてもらっている。だから大難を小難にして、さらに小難を無難にして、「護りに護って頂いている」というような受け方の方がいいですね。「みんな自分の身代わりなんだ」、「犯人も被害者も、どちらも自分の身代わりで、助けてくださっている神様の愛の姿なんだ」というふうに見た方が、「ありがとうございます」で全部に感謝できます。

 そうすると、自分の心の中のマイナスも「この事件を通して大きく表面に浮かび上がらせて消して頂いた」というふうに受け止められるよね。そしてプラスヘブラスへ自分の心を向け続けてもらって「神様の最高番組を味わえるように早くしてもらえるんだ」とね。もう全てが感謝につながってくるね。感謝で受け止めて行くのが一番いいです。それをマイナスに使ったら、自分もマイナスの番組に波長を合わせて行くんだし、また犯人を責めても、犯人を幸せにすることは出来ないね。被害者に「可哀相に」って言ったって幸せになれない。みんなが幸せになる生き方というのは、やっぱり、そこへ神様の大きい助けが降りて来ないとね。「ありがとうございます」で全部締めくくるのがいいです。そうしたら全部が幸せになるように、助け続けてもらえるんですね。



【池田の事件で、身代わりという事ですが。当事者になった場合はどうしたらいいんでしょうか?】

ありがとうございます:
 当事者になったら、過去世の因縁を、本当は地獄に落ちて苦しんでなければならないところを、こんなに軽く軽く済ませてもらえたというふうにね。本当に地獄のどん底って、無間地獄に落ちたら、殺されては生き返り、殺されては生き返りでしょう。瞬間の一瞬も、間がないくらい、もう殺され続ける姿をとるんでしょう。一回殺されるぐらいじゃ済まないもんね。それも永遠に続くぐらいの殺され方をするのね。だから地獄のどん底に落ちても、文句を言えない自分より、「ああ、こんなに軽く済ませてもらって、マイナスを消してもらえた」と思うと、感謝につながって行くよね。そしたら幸せがどんどん大きくなるのね。



世界の中心は誰か

【皇太子殿下は世界の中心となられますでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね、なられるんでしょうね。中心というのは本当はね、みんなも中心なんです。だから神さんと一体の自覚を深めて行けば、みんな世界の宇宙の中心なんです。でも本当の自分を失うと、中心でなくなっていくんです。

 天皇陛下というのは、役割として、神様の絶対の愛の心を体現して、そして一番下からみんなを支えるような形で、全責任を自分の上に持ってくるのね。だから「我」が一切ないの、「我」がないから中心になるのね。「我」があると上に行きたいでしょう、それはもう中心じゃなくなるんです。「我」をなくした自分が、常に世界の中心に立っているのね。その中心は無限にあってもいいんです。みんなが中心に立たないと、本当の意味の大きい働きの姿が出てこないです。

 中心にもいろんな意味の中心があるんです。この体を見ても、中心って何処ですか?心臓が中心という人もあるし、丹田が中心という人もあるでしょう、頭が中心という人も、顔が中心と、顔の中の鼻が中心ってね。でも指を一本こう前に出したら、指が中心ですよね、足の裏を前に出したら足の裏が中心になるでしょう。その時その時で、中心が自由自在に変化してもいいんでしょう。だから、どの部分でも一番前に出した時が中心になるのね。その宇宙全体から眺めてもそうです。一人一人どの部分の人でも、それを前面に出してもらったらそれが中心だし、いろんな意味の中心があっていいのよね。固定された中心はないのです。もう常に、神様は全ての人を中心に置いてくださっているのです、宇宙の中心にね。




古くからの因習

【古くからの因習には縛りがある、言葉で人を突き刺すのも暴力と同じ。】



ありがとうございます:
 善悪含めて人の自由を縛るのは縛りなんですよね。感謝というのは、一人一人の自由な生き方を尊重するのです。それで「本当の個性のある素晴らしいものが、自然に中から湧き出てくるようにお手伝いしよう」とするのが感謝なんです。古い生き方には、型にはめて、縛ろうというのがあったんです。これが正いというと、それから外れたものをぜんぶそこへ縛って、ここへ持ってこようとするの、そして「悪い、悪い」って責めるんでしょう。マイナスに見ることも大きい責め言葉ですよね。言葉の槍で突き刺すような感じになるんです。だから人を責め裁く人は、逆に暴力をふるわなくても、やっぱり言葉の槍で相手を突き刺しているの、お返しを受ける可能性が大きいですね。


 どんなマイナスの姿でもマイナスに見えても、「ありがとうございます」で神さんの助けを、そこへ下ろしてもらうということは、そこへ無限のプラスをどんと加えてもらうわけ。そうしたら中から自然に、いい姿になるしかないように、みんながなればいいし、「ありがとうございます」って感謝すればいいですね。やっぱり、マイナスの姿に感謝するんじゃなしに「無限のプラスを神様から加えてもらう」という意味で感謝するのです。「ありがとうございます」で無限のプラスを神様に加えてもらうのね。

神の怒り・悲しみ




【神様は「人間が可愛い、可愛いだけ」と先生はおっしゃいますが。でも神の怒り、と人はよく言いますけど、本当にあるんでしょうか?】

ありがとうございます:
 番組毎に違うのね。地獄の番組では、閻魔大王様が出てきて、厳しく間違いを正して、くれるの、高い方には怒りはないね、だから感謝に生きる人は神様のプラスを受け入れようとするんでしょう。喜んでプラスのいい姿ばっし与えてくださるし、優しいプラスばっかりやね、怒りなんか全然ないです。でもね、神様の助けを無視して、悪いことばっかりする人に対しては、それを止めてあげないと、どこまでもマイナスを大きくするじゃない。そういう場合は、閻魔大王になったり、不動明王になって、光の姿でそれにストップかけてくれるわね。それも神様の深い愛の働きです。でも優しい方がいいわね。



【怒りの次に、悲しみなんですけと、神様は戦争なんかを見られて悲しんでおられるのでしょうか?】

ありがとうございます:
 神様は放送番組としてしか見てないです。それを眺めて、仮に巻き込まれて悲しんでいても、本当の人は悲しんでないってね。ただ「番組に巻き込まれて一緒に悲しい真似をしている」というように見てるのね。「だから早く番組から抜け出しなさい」というぐらいね、パッと背中叩いてパッと気づかせてくださる、はははは。



【悲しみもないんでしょうか?】

ありがとうございます:
 うん。神さんの方は悲しみと対局の無限の無限の喜びの方やね。神さんは「何でも与えている」けど、「マイナスも与えている」と見るのは間違いなの、神様を悪者にしてしまうね。「神様の御心のままに」というのは「無限の無限のプラスのままに」ね。
だからこの世の運命のストーリーがあるでしょう。これが全部「神さんの御心のままに」と言うと間違いなの。「本当の神様の御心のままに」というのは、最高の番組を受けて、それを「御心のままに」というのね。まだ低い番組だったら、神様の御心のままにとは言えないのね。何%かの神様の御心のままにやね、百%じゃないのね。だから「百%神様の御心のままに」といのは「最高の番組の無限の無限のプラスばっかりの番組」を味わえるようになったら、すべて神さんの御心のままにと言えるのです。悪いのは神さんのせいじゃないの。良いものだけは神様のお蔭なのね



台風の意味




【寝台車で来たんですけども、漁業組合の方が「台風が来るのはとても大事なことだ」と言われたんです。諌早湾の海苔が取れなくなったのも、台風が来ないことで海の水を中まで混ぜ返せない。また年々降水量が少なくなって不漁になっているから、鯵や鯖や鰯とかが取れなくなったと。雨が降ることによって魚がその降った水に卵を産みつけるんだそうです。「雨が降った水にですか」と言ったら、流れてきたその水は何か違うみたいで、それが自然の営みで、台風も大事雨も大事だと教えてもらって一緒に電車の中で話をしてきたんです。私たちにとって、大雨は確かにマイナスだし、台風も確かにマイナスなんですけれども、やっぱり自然の流れからすれば、非常にプラスになっている部分もあるんだなあと思ったんです。これも、ありがとう村に私が来るというときに、凄い人と話をしながら来るんだと思いながら、こちらに向かったんですけれど。本当に私たちは台風とか大雨とかというのは、マイナスだけしか思わないですけれど、自然にとっては凄くプラスになってるんだなと、そこで本当に感謝いたしました。】

ありがとうございます:

 台風というのは神さんの、まあ龍神さんのお清めの働きなんです。風というのも、風が吹く所は文化が栄えるのね。滞ったマイナスの業想念、思いを全部吹き飛ばして消してくれるの。だから、風が吹かないとみんな死んでしまう。空気が動かなかったら酸欠で死ぬのね。知らん間に空気は動いているのです。それで強く流れるほど、澱んだものを全部消してもらえる、大きくたまったマイナスを、すっかり消し切ってくださる働きなんです。その中でも台風が一番大きいものね。その神さんの大きい働きを感謝で受けて、自分達が傷つかないように準備しないといけないよね。台風の風が吹いても家が倒れないように、ちゃんとしておかないと。それでまた大水が出ても被害を受けないように、人の方がそういう場へ行かないようにしないと。だからその神さんの働きに合わせて、逆にそれをプラスに受けられる立場に置かないといけないですね。


 「台風の大水が出たから」と言うてそこへ飛び込んだら、みんな死んでしまうわね。やっぱりそういう時は行かないように、また近寄らないように、そういう場所へ家を建てたりしない方がいいでしょう。日本人って昔から自然と調和する生き方をとろうとしてきたのです。川でもコンクリで要壁を作って、一定の形で堤防を作ってしまうと、それを越えた時に堤防を越えて水で大被害を受けるんでしょう。昔の人は、普段流れる川幅の低い所と、もう一つ外に広く大きい堤防を作って、普段自由に使える場所と二つに分けているのね。だから、大水出た時は広く緩やかに流れる川の流れを作るわけ。そうすると被害は殆どないというぐらい影響を受けないね。今は土地が私有財産になってしまって、そういう余裕のある場所は取れないですね。本当はみんな神様のもので共有財産で、大自然と調和する生き方がとれるようにというふうに、一番理想的なそういう川の姿を作ればいいのだけど、そうしたら自然と調和した姿で、台風が来ても「ありがとうございます」と、喜んで迎えられる。そのくらい科学も今は発達しているのに、その力がなかったらおかしいですよね。


超能力

【最近超能力を持っておられる方が出てきておられますが、何かお役を持っておられるのですか?】



ありがとうございます:

 超能力もピンからキリまであるのよね。



【知る限りでは、ゆで卵を生卵に戻す、炒ったピーナッツから茅を出すとかという方もおられます。】

ありがとうございます:
 これね、一瞬一瞬の置き換えだったら何でも可能でしょう。だからそのチャンネルを自由に切り替えられたら、死んだものでも瞬間生き返るのね。マイナスがすぐにプラスに変化するわね。本当はみんなそれが出来るんです。チャンネルの切り替えさえ上手になれば、必要だったらそれが出来るんです。そこまで自由自在になんでも変化するという意味では、そういう能力を見せてくださる人もみんなの勉強になります。ただ、そういうふうに手品的にするのは小さいもんよ。本当は大きく全体をどんどん変化して置き換えてもらうので、良いものへ、良いものへと、大きく全体を置き換えてもらえる生き方の方がいいですね。




子育てのポイント

【子育てのポイントを教えて下さい。】



ありがとうございます:
 子育でも、「親が無くても子は育つ」と言う言葉があるようにね、子供を育てるのは神様やね、特に守護霊さん、守護神さんが専属に譲って育てているのです。神様へのお任せよね、だから「いつも譲って頂いて、ありがとうございます」と感謝していたら、完璧に育ててくださるわね。

ただ肉体の親というのは、守護霊さんの考えと反対のことをして邪魔する時があるの。「甘やかしすぎる」必要のないものまで与えてしまうでしょう。守護霊さんの方は、子供を立派に育てて幸せにしたいでしょう。能力一杯引き出して、世の中のために尽くせるように変えたいわけでしょう。ちょっと肉体の親より厳しいね。「本当に必要なことは何かと考えて、守護霊さんのお手伝いをするような気持ち」でさせてもらうと、一番理想的な子育てやね。

 本当に必要なものを与えるのがいいです。子供さんが「甘いものを欲しい」「お菓子欲しい」と言うでしょう、必要かどうか考えたら、あんまり必要ない時があるのね。そういう時は断固として拒絶するぐらいの気持ちで接してあげないと。やっぱり甘える心を起こさせると、本当の自分が出てきにくくなって、子供さんにとってはマイナスですね。だから我慢する時は我慢させた方がいいね。それで「何が必要か」というのをはっきりわからせるのがいいですね。



チャンネル選びの自由




【アガスティアの葉には、「前世からすべての小さいことまで決まっている」というのは実際そうなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですよ。神様が創る放送番組は、ピタッと細かいとこまでぜんぶ決まってるの。はい。ただ、それは人の自由を縛るものじゃなく、神様が作った放送番組として決まっていて、人は自由意志で何でも選べるでしょう。



【だって、選ぶことでさえもこう…。】

ありがとうございます:
 決まってないんです。放送番組を選ぶ自由は人間にあるんですよね。だから、どんな番組でも選べるから、その人の受ける番組の運命は自由に変るんです。



【自由に変わるんですか?】



ありがとうございます:

 一つの番組を見続けている限りは、その番組のストーリー通りに決まっています。もう細かいことまで全部決まっていますね。



【なら、発想の転換をしてパッとてチャンネルを変える…】

ありがとうございます:
 番組を変えたら必ず別な運命をたどるんです。



【それはいつでも可能なんですか?】



ありがとうございます:
 いつでも可能なんです。だから人はね、運命の奴隷じゃないですね。運命を支配する支配者なんです。



【それを聞いて安心しました。細かい所まで決まってたら、なんか、面白くないんじゃないかと思って。】

【チャンネルは幾つぐらいあるんですか?】

ありがとうございます:
 無限の無限。無限って言っても数字にあらわせないくらい無限なんですね。人の願う、考え付くどんな運命でも、神さんは番組として用意していますから、何を願っても大丈夫なの、そこまで自由を護ってもらえるのね。ただ一つの番組にはまり込んで、そこから抜けられない状態の時に一番恐いね、それは「運命の奴隷」です。ただ感謝の心を起こせたら、番組からスッと抜け出させてもらえるので、番組選びは自由になるんです。そうしたら運命を支配するんですね。



【チャンネルの中にいる間は細かいことも決まっているんですね。チャンネルが変ったら、そのチャンネルでも、また決まっているんですか? それとも上がることだけが決まっているのか、上がったらその変わったチャンネルの中では、全く自分で作れるんですか?】



ありがとうございます:
 違うチャンネルは、違うチャンネルでストーリーは決まっているの。



【じゃあ、上がるか、上がらないかは、自分で決められるの?(そうです)
上がった場所でのストーリーは決まっている。 (はい) 

 ひとりづつ別々に?】

ありがとうございます:

 そうです。はい、どんなストーリーでも用意されているんです。だから人の思いつくストーリーの無限倍ですよね、そこまで神さんの宇宙創造の働きは凄いんです。

【そんなに沢山あったら自由と一緒ですね。】

ありがとうございます:

 自由なんです、「何でも選べる」という自由があるんです。



チャンネルを選ぶ時の守護霊・守護神との関わり




【チャンネルの選び方としては、守護霊、守護神との関わりはどのようになっているのでしょうか?】

ありがとうございます:
 心にマイナスの言葉をズーッとズーッと貯めすぎると、貯まってしまって番組の予約をしてしまうのね。マイナスの言葉はマイナスの番組の予約なんです。それをどんどん貯めすぎると、マイナスの番組の予約がズーッと続くでしょう。そうすると、なかなかマイナスの番組から抜け出せないです。そういう場合は助太刀が要るんですね。

 守護霊さんの働きは、心の中のマイナスを、自分が身代わりに引き受けて消してくれる役目なんです。だから本当は自分の自由意志で言葉を選んで、番組選びをする必要があるんですけど、落ち込んだらもうどうしようもないです。そんな時は一旦棚上げにしてくださるのね、特に、この世がそうなんです。過去のマイナスを全部守護霊さんが一時預かり、棚上げにしといて、それでちょっとだけ勉強材料を与えといて、マイナスからプラスに向け換える練習させてくれるのね。全くプラスばかりだと勉強にならんので、ほんの一部だけマイナスを残しておいて、「どっちを選ぶか」という自由意志をはっきりさせる意味で、勉強をさせてくださる。それでプラスの方へ心を向け出したら、守護霊さんも喜んで一生懸命力を振るって助けてくれるのね。

 その過去の棚上げした自分の預かっている分も、プラスに向き出したらその人の自由意志で、「マイナスを消して欲しい」というのがはっきりしますから、その時に預かっているものを消せるのです。そしたらマイナスの予約が消えてしまい、今度、プラスの言葉を使ったら、すぐプラスの番組に波長が合うようになってくるし、瞬間、瞬間、波長合わせが楽になって出来るようになるんです。そうなったらもっと自由な番組選びの出来る自分に変ってくるのね。そうなったらもう心配ないんです。そういう意味で守護霊さんがいつも働いてくれるのね。



【守護霊さんと守護神さんとの役割の違いはあるんですか?】

ありがとうございます:
 そうね、力の違いと言ったら力の大きさの違いがあるんです。またこの番組にどれだけ身近に寄り添って護るかでしょう。なかなか、低い番組には高い守護神さんは降りられへんの、波動の違いが大きいからね。だから梯子的につないで、いくらでも根元から光を流せるようにしておいて、それで守護霊さんが直に寄り添って、人の自由意思を尊重しながら護るんです。



【何人ぐらい、三人ぐらいいるんですか?】

ありがとうございます:
 ううん。もっと付くんですよね。必要だったら何百体って付いてくださるんですけど、ただ必要にならないと、じっと待っているだけでは他の仕事をしますから、守護霊さんも何もできないの。大勢の守護霊さん、守護神さんも付いてくださって、護ってくださるから、忙しいぐらい仕事を与えなあかん。



【威張っていいんですね。】

ありがとうございます
 はい。あっはははは。



【番組を選ぶと、どれくらいで見れるんですか?】

ありがとうございます:
 人によって全部運いますね。予約を沢山し続けた人は、やっぱりそれが終わるまで、次の番組が出てこないですね。あまり予約してない人はすぐ出てくるんですけど、テレビでも、何週間も先の分まで、10ぐらい予約している人もいるでしょう。そういう予約を取り消さないと、今見たいものは見れないです。