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 「徳」という漢字の昔の字体は「ギョウニンベン」に、直接の「直の心」という書き方ですよね。

 これは「直(ちょく)霊(れい)・なおひ」というのがあるね、直(なお)霊(ひ)の心とか「直心・じきしん」というんですね。それは神様の御心を指してるのですけど。神様の御心を行ずるというのが「徳」ですね。だから、神様の働きが「徳」という意味なんですね。

 損得の「得」のほうは「得る」という字で、ギョウニンベンに日があって、下に一寸(ちょっと)神様の心を一寸だけ行ずるのが損得の「得」という。

 本当の徳は、神様の働きそのものなんですね。だから、無限の無限の働きなんですね。この徳を積む生き方というのは感謝に生きることによって、神様を受け入れて、そして神様が自分を通して働いてくださる時に徳として積み重なるんですね。

 普通、いいことをして徳を積もうというんですけど、これは思いの心で「いいことをしよう」といっても本当の徳は積めないですね。神様が自分を通して働いてくださらない限り、思いの心で自分が勝手に動かしているようでは、どんなにいいことをしている積もりでも徳にまで至らないですね。損得の得のほうですね。

 本当の徳の積み方も無限の段階があると思うんですね。大きい深い徳もあれば、浅い小さい徳もあるね。これも、やっぱり感謝に比例するかもしれないですね。感謝を深くすればするほど、神様の大きい働きを受け入れますよね。そして、神様が大きく働いてくださった時が、本当の大きい徳積みですね。

 その働きも、霊的な働き、魂的な働き、肉体的な働きというふうにみるだけでも、大きさが違いますね。

 霊的な自分は宇宙大に広がりますから、感謝を深くすれば神様が宇宙大に光を振り撒く働きをしてくださるね。そうすると無限の無限の徳ですよね。

 魂的にとらえても、魂が大きくなれば神様の働きを魂的に受け入れて、あの世でいろんな大きい働きをしますね。これも肉体的な小さい働きに比べたら大きいですね。

 大きさでみると、上中下でみれば一番大きい働きが「上徳」という感じですね。

 そして「中徳」「下徳」というふうに分かれるかもしれないですね。

 だから、肉体がどれだけいいことをしているように見えても、本当は小さいですね。神様が直接働いてくださってもそうですよね。肉体にできることって限られてますよね。

 肉体の自分が一所懸命いいことをして徳を積ませていただきたいというのは、小さい下徳を積み重ねているような感じですね。それも無いよりはいいんですけど。

 本当はもっともっと神様の大きい無限の無限の徳を直接いただくほうがいいんですよね。「徳積み」なんて考えなくても神様の徳をもらえばいいのね。新たに新たにもらい続けたら、「積んで、貯金をして」なんてつまらんですよね。宇宙銀行総裁から全部もらえばいい。無限の無限の徳を新たに新たに受けるだけが、本当は正しい意味の徳積みだと思うんですね。

 「損得」の得というのは、手に入れて喜ぶのですけど、その「得」のほうは、本当は手に入れた分はみんな借り、借金になるんですね。本当の徳のほうは貯金ですよね、プラスのいい働きをして、人を幸せにする働きをしたのでね。それも報いを求めずに神様はしてますから、本当の貯金なんですね。それも高いほど高利の貯金ですよね、利息がいっぱい付く貯金ですよね。

 でも「損得」の得のほうは、人のために尽したというのですけど、思いの心でする働きは全部思いをかぶせて行くんですね。思いというのは神様から見るとマイナスにあたりますね。思いをかぶせた分だけ相手に負担をかける、相手の心を曇らせていくんですね。

 今、世の中は、働かずにお金を儲けようという生き方の終焉を迎えてると思うんですよ。昔の日本人はよく働いたんですね。それも、タダ働きもよくしたんですよね、だから徳を積ませてもらって幸せだったのね。

 ところがある時期から、働かずにお金を沢山(ようけ)もらおうという、賃上げ闘争がはじまったじゃないですか。あれがやっぱり大きいマイナスですよね。働かずに得たお金はみんな借金なんですね。大体、不労所得ってそうですね、宝くじが当たっても、保険金をもらっても、ボロ儲けをしてもみんなそうですね。高利の借金になるんですね。その時は得したように錯覚するんですけど、そうじゃないですね、借りてるんです、利息付のお金を借りたのと同じなんですね。

 土地でも、安い土地を持ってて高く売って、その差額を儲けたと喜ぶんですけど、逆ですよね。土地成金も末路が悲惨ですよね。その時はお金が沢山入ってきて贅沢してしまって、借金だけを残すんですね。心の中に借金が残るんです。それは思いとして積み重なるんですね。思いを積み重ねた生き方では、幸せになれないですね。やっぱりマイナスへマイナスへ心が向くので、いずれは地獄番組の一番低いところへ波長を合わせてしまうかもしれないね。

 だから、今の教育問題でもそうだと思うのですけど。小学生にまで立派な校舎を立てて贅沢させてるじゃないですか。掃除もさせないなんて、掃除夫さんを置いてるって。子供の徳を全部奪ってるような感じですね。持ってる徳を無駄遣いさせてるような感じですよね。

 もし子供に徳がなかったら大きい借金を、高利の借金を背負わせたような感じですね。それで子供が立派に育つわけはないですよね。思いがいっぱいかぶさるのでね、だからおかしく狂いますよね。苦しいから、はね除けようとするんですね。それも傍から見るとマイナスに見てしまうんですね。

 本当の徳積みは必要ですよね、これからはね。感謝に生きるという、神様から本当の幸せをいただくというのが大事ですね。感謝して神様の働きを受け入れたらいいんですね。「ありがとうございます」って感謝してると神様が自然に自分を通して働いてくださるね。

 肉体的な働きも小さいなりにも必要なんですけど、それ以上に神様は大きい光を振り撒いてくださるのね。そうすると周りの人の思いも消されるんですね。思いを消すということは相手を借金から解放することですね、大きい働きですよね。それと同時にプラスをも大きく周りに与えてくださるのね。

 だから、感謝に生きることが本当は大きい徳積みね。

 実際、あの世の見える、心の奥が見える人が見れば、感謝をしている人は光り輝いているんですよ。感謝のお祈りをかなり積み重ねたら純白に輝くんです。そこまで神様が大きく降りて光を振り撒いてくださってるのね。

 思いのいっぱい溜まった人は、見たら真っ黒なんでしょう。黒雲が覆(おお)ったような感じね。たまに腹を立てると赤黒い光が稲妻のように光るんです。やっぱり心の状態をそのまま現わすんですね。

 だから、「感謝に生きる」ということは、心が青空に太陽が輝くように白い光がさーっと降り注ぐ。

 思いを溜めたら、どんより曇ったり、雨雲になったり、嵐を呼ぶかもしれないね。そのぐらいの大きい違いがあるんですね。

 だから、「損得」の得を積んだら駄目ね、得をしたら本当はいけないみたいですね。今までのお金儲けを優先する生き方というのは逆かもしれないですね。

 今、いろんな企業があって倒産したりつぶれていくのはそうでしょう。金儲けに走ったところですよね、本業を忘れてるのね。「人に尽す」という世の中を良くするための大きい働きをするというのを忘れて、地道な働きを忘れたところがつぶれるんですね。それがいいんですよね。大きい借金返しよ。つぶれなかったら益々借金を積み重ねるのね。だから、行き詰まるということは「この辺で借金をやめなさい」ということで、止めてくださってるのね。もう一回原点に戻ればいいですね「人のために尽す、社会のために尽す」という、そういう会社になればいいんですよね。

 でも、会社というのは、会社があるんじゃない。一人一人が構成員ですから、一人一人の気持ちが変わらないとね。だから、しっかり働いて「みんなの幸せのために尽すんだ」という気持ちがあれば、そういう人が多い会社が良くなるんですね。

 もう一つ良(い)いのがタダ働きですよ、「お給料をもらわずに世の中のために尽す」というぐらいの気持ちだと、もう一つ良くなるんですね。国際競争力というのが一番強くなりますよ。安いお給料で働くところが強いんですよね、本当はね。でも、安いお給料だから生きていけないかって、そうじゃないでしょう。みんな生きてますよね。ちゃんと働いただけの見返りはちゃんと来るんですね。働いた分は与え返される。

 「お金があるから幸せが買い取れる」のでもないですね。働いたから幸せが与え返されるのね。

 神様のほうへ心を向けて感謝すれば、本当は無限の無限の幸せが一杯に直ぐにしてもらうんですけども。でも、現実も大事ですから、現実の生き方としては、与えたものが与え返されますよね。

 だから、神様から受けて、しっかり働いてみんなのために尽せば、現実も幸せ一杯にみんなからしてもらうんですね。

 だから、これからはボランティアに生きる人が増えるんじゃないですかね。「阿保(阿を保つで阿保)の生き方」というのね。

 みんな阿保の生き方を馬鹿にするけど逆ですよね。本当のことがわかる人は「与え尽せば幸せ」というのが、よくわかってるでしょう。「本当の幸せはこれしかない」とわかってるのね。だから阿保の生き方にみえても、喜んでできるのね。それがわからない人は馬鹿な生き方よね「阿保」じゃなくて「馬鹿の生き方」

 「阿保」と「馬鹿」はちょっと違うんですね。

 「あ」というのは「光・光源」ですよね「神様」ですよね。それをしっかり保って持ってるというのが「阿保」ですよね。「馬鹿」のほうは、馬か鹿の生き方で動物的な生き方だから、ちょっと違いますよね。

 もっともっと阿保の生き方が必要ですよね。「損得を考えない、本当にみんなを幸せにするための働きをさせてもらいたい」というのがね。そしたら無駄な働きが必要なくなるんですよね。

 世の中って無駄な仕事が多いですよ。本当に必要な働きだけに絞れば、多分、十分の一ぐらいの働きで、まかなえるんじゃないですかね、みんなね。

 店やスーパーに買いに行ってもレジは要らないんですよ、お金も要らない、レジも要らない。必要なだけをスッと持って帰ればいいというのがね。

 電車に乗っても切符は要らない、改札も要らない。お巡りさんも要らないですね、もう。本当に必要なだけに絞りきったら、本当は十分の一の働きで、みんなが幸せになる働きしますよね。

 本当は車でも最高の車を全てのメーカーが協力して一台つくり上げたらいいですよね。全部、部品が共通というふうに。基本になるのは全部共通にして、後は自分が好きなように勝手にアレンジして変えればいいですよね、ちょっとぐらいはね。ちょっとペンキを塗ってみるとか、はははは。

 そしたら車も資源の無駄遣いをせずに全部有効活用して長く使えますよね。それも最高の車ですよね。

 なんか、もう今まで無駄が多すぎますよね。なんか、それが幸せに思って錯覚したんでしょうね。

 「最高のものを与え合う」というのが、やっぱり本当は一番いいんですよね。みんなが協力し合って最高のものをそこにもってくれば、誰でも満足できるはずなんですけどね。

 これも、お金が必要でなくなったらそうなるでしょうね。儲けなくていいですもんね。いずれお金は必要がなくなるんでしょうけど。

 お金って、人と人との約束ですもんね。約束事ですよ、本当は人を信じてないでしょう。お金儲けに走ってる人は多分そうだと思うんですけどね。「人は信じてない、お金は信じてる」と言うんですけど。お金は人と人との約束事でしょう、それはね。裏切られるかもしれないね。お金の価値なんて直ぐになくなりますからね。

 高い番組の世界にはお金なんかは無いんですよ、本当に。一番奥の神様の世界はお金が無いんです。

 低い世界も無いんですね、信用してないから無いんです、はははは。この世の中途半端なところにあるんですね。ちょっと信じて、ちょっと疑って。

 でも、国同士ではちょっとまだできないでしょう。価値観がちょっと違っただけで通用しないですもんね。地域通貨もあるらしいですけど、いろんな。そういうのもまたある意味ではいいかもしれないですね、自由なそういうものが生まれる方が。お金が無くなって行く一つのきっかけかもしれないですね。

 だから、これからはネットワーク的に人と人との、本当の波の合う人同士の助け合いが、これからもっともっと大事になるでしょうね。いい人同士のネットワークでつながったら、その中にいる人はみんな幸せですよね。お互いに必要なものを供給し合い、与え合えるので、絶対困らないと思いますね。

 だから、本当に心の波の合う人同士の助け合いのネットワークというのが、これからいろんな意味で行われるのじゃないですかね。

 感謝に生きる人は、感謝に生きる人同士のネットワークで、本当のプラスの与え合いが起こるのね。みんなと付き合わないでいいんですよ、本当は。大変でしょう。

 地球の全ての人と付き合うなんて不可能ですよね。この一生で付き合える人って限られますよね。どのぐらいの人と付き合ったらいいでしょうね。百人でも大変じゃないですか、本当はね。本当に親しく付き合うって、百人の人とも大変でしょうね。一万人なんてもう気が遠くなるほど大変でしょうね。中にはそれができる人もあるんですけどね。でも、大変だと思いますよね。だから、もっともっと数が少なくてもいいんですよね。直接助け合える人なんてごくわずかでも、またその人が間接的にでも他の人とつながって助けてくれますよね。

 だから、本当に心の波の合う人同士がしっかりと助け合えば、幸せというのは絶対崩れないですね。

 皆さんも感謝に生きて徳がいっぱいあるでしょう、徳の人ですよね。違うという人はいてますか、違うという人は謙虚とちがうのですよ。感謝に生きはじめたら神様の徳をいっぱいもらうんですね。先ず、守護霊さん、守護神さんから徳をいっぱいいただきますよね。宇宙の大神様までいかなくてもね。

 守護霊さんが如何に働きやすいか、想像を絶するぐらい働きやすい。ちょっと感謝に入りだしたら、それで守護霊さんは大喜びね。そして不思議なことをいっぱい起してプレゼントをいっぱい与えてくるんですよ。

 最初は、守護霊さんの働きね、いろんな不思議なことや奇跡が起こるのはね。もう一つ感謝を積み重ねると、今度は守護神さんが働くの、プレゼントをいっぱい与えてくれるのね。

 守護神さんの働きは表面のつまらんものじゃないね、心を大きく変えてくるね。中からゴソッと、思いの心から感謝の心へ置き換えてくれるね。そうすると気づきが増えて感謝が深くなる、神様を感じやすくなるでしょう。

 その次は宇宙の大神様直々に現れるんですよ。宇宙の大神様が現れると凄いですよね。みんな輝いて見えてくるのね。「みんな無限に無限に輝いている」という姿を感じさせてくれるようになってくるでしょう。

 だから、感謝に生きる人が本当の徳を積む生き方をするんですよね。

 だから、本当にこの世の財産とかこの世の物なんかは必要ないんですよね。

 西郷さんが「子孫に美田を遺さず」という有名な言葉ですが、残されてますけど。財産を遺したがために、兄弟が争いをしたり、遺産争いをするでしょう、それだけでも不幸ですよね。本当は譲り合えばいいのに、必要な人に譲ってしまえばいいのに。なんか得したように錯覚するんですね。

 親からの遺産でも借金なんですよ。だから、親が先ず財産をつくってるということが高利の借金を積み重ねたということなんですよ。本当の徳のある人は財産は別につくらなくてもいいんですね。

 自分の私有財産をつくったということは、みんなからの借金なんです。それを沢山持ってるということは、大きい借金を積み重ねたということなのね。それで、それを受け継いだら、もう一つ借金をするんですよ。

 根本はそういう考えが正しいんですね。

 だから、預かったもの、財産でも何でもそうですけど、「預かったものは神様からの預かりもの」というふうに受け直さないといけないですね。そしたら思いが、マイナスが消されるんですね。その時は神様から新たに受け直す心でしょう。感謝で受けてるから、過去のものを預かったんじゃないんですね、新たに神様から必要なものとして与えられた財産ですね。別個なんですよ、この時は。親から引き継いだ財産じゃないんですよ、神様から直接に受け直した財産になる。

 同じように思うでしょうけど違うんですよ、その時はね。ガラッと置き換わってしまうんです。だから、マイナスが消えるんです、光り輝いてくるね。

 だから、どんなものも自分のものとして持ってるのはマイナスなんです。「神様からの預かりもの」ですよね。「神様から今新たに新たに預かってる」という受け方がいいですね。そうすると光輝いた姿で与えてもらえるね。そういうものは全部プラスに生かして使えますよね。

 普通、宝くじが当たったら、当たる前はいいことに使うというんですよ、みんなそうですね。当たった途端に心が変わるんです、てき面に変わるんですよ。当たったら即、いろんな思いをいっぱい背負うんですね。心が変わって狂ってしまうんです。今度は「寄付する」と言ってても寄付ができなくなる。投げ出せなくなる、掴んでしまうね、やっぱり。大体そんなものですね。

 お金儲けをしていいことに使おうと思うでしょう。本当はお金儲けをしすぎた時はできなくなるね。儲からない時のほうがいいことに使える。だから、いいことをしたい時は一食抜くんです。一食抜いて、その食事代を貯めてそれに使うのね。そうすると一番いいことに使えるはずなのね。そういうのが、本当はボランティア的な働きがあるんですよね。「儲けて」というのはちょっと良くないですね。今あるものでちょっと割いて、自分を犠牲にしてでもちょっと割いて使うというと、本当の働きをするお金になりますよね。

 だから、あまり無理はせんでもいいんですよね。本当の働きはもっと感謝を深めて、神様の大きい働き、光を振り撒く働きを自分を通してしてもらえばいいですね。肉体的に一所懸命働いて、お金を儲けて、いっぱい働いてというのはあまりプラスにならないですね。自分一人がしても駄目なんですね。みんなが少しずつ平等にすればいい。

 お金が沢山あったら何か大きい働きができそうに思うのですけど、そうじゃないですね、人の分を奪ってしまうかもしれないですね。だから一寸でいいんです、一寸お手伝いをすればいいね。

 「神様のお手伝い」というのも同じなんですね。無理はしなくていいの、一寸でいいんです、一寸でね。ただ、自分がしっかり働いてさせてもらうほうがいいですね。一食抜いて、偶にはいいですよ、断食も。

 そのぐらいだと大きく生かして使ってもらえるね。

 でも、考え方ってやっぱり違うでしょう。感謝に生きる時の考えと、思いに生きている時の考えって全く正反対なんですよ、価値観が全部反対になるのね。

 だから、感謝に生きる人がいくら「これが正しい」と言っても、思いに生きる人にはわからないのね、逆に見るね。すれ違うの、全く合わないのね。説得してもしきれない、そんなんできないですね。考えが違うんです、正反対でね。だから波の合わない人を相手にしても意味ないですよね。

 人を助けるんだ助けるんだって力んでも駄目ですね。自分がしっかりと感謝を深めて心を神様に向けていけば、神様が自分を先に救ってくださるでしょう。次に自分を通して神様が、時期がきて、必要な人を救いあげてくるね。

 神様が全体をよく見通して、一人一人の救われる時期もちゃんと見通して、そして的確な助けを与え続けるのね。その「神様のお手伝い」という形がいいですね。神様が自分を通して順番に人を幸せにしてくださるという見方でね。だから、波が合わないとできないですね。

 だから、自分はもう神様にしっかりと感謝して、神様のお手伝いをさせていただこうと準備さえしておけば、順番に波の合う人を幸せにしてくださるね。これを無理に焦っていろいろしてしまうと逆になるのね。時期を間違ったらおかしいですね。だから、自然に任せたら一番うまくいくんですね。

 「自然に」というのも何もしないのじゃないですよ、自然にチャンスがあるんですね。人に「ありがとうございます」をすすめるのでもそうですよね、自然な中でスッと伝わるのね、一言でいいのね。

 だから無理に押し付けんでいいですよね。「ありがとうございます」の言葉も必要な人にはスッと入るんですね。必要のない人に与えると反発するんですね。反発するところまで行かなくても、受入れることはできないですね、まだ時期がきてないってね。

 そしたら何もしなくてもいいんじゃないんですよ、しっかりするんですよ「ありがとうございます」を唱えてね。自分を変えるほうがいいんです、自分をしっかり変えていくほうがいいのね。人を変える前に自分を変えるんですよね。

 よく「先祖から受け継いだものが‥‥」と言うんですね。先祖の所為にするのは駄目なんですよ。先祖が祟ってるとか言ってよく悩み相談に来る人もあるんですけど。違うんですね、やっぱり自分なんですね。「過去世の自分」という見方だと、全部自分に責任がきますよね。そうしたら、自分一人が変わればいいのね、自分一人が悟ればみんな悟るのね。それが正しい本当の生き方ですよね。

 「自分が変わればいい」というのがね。これだと楽なんですよ、必ず変化するんです。

 本当に人を変えるなんて不可能ですよね、絶対不可能ね。「人の心を変えてあげよう」なんておかしいですね、変わらないですよ。自分の心が変えられる人でも、人の心は無理なんです。人は勝手に変わってくるんです。

 自分が自由に心を変えて、どういう番組にでも合わせられる本当の自由な心に戻ればいいですよね。その時は自分の心が変わっただけで、人を変えたんじゃないんですよね、本当はね。どういう番組になっても、自分の心が変化しただけよね。そして見てる番組が変わったというだけでしょう。

 みんなちょっとここで錯覚するところがありますよね。

 でも、この辺の原理がちょっとわかるだけで楽になるんですね。ただお祈りさえすれば全部変わりますからね。「責任が全部ある」という立場が神様とピタッと波長が合ってますね。そうすると、神様の助けがスッと入ります、必ずね。

 だから、一番やさしい方法なんです、これがね。「ありがとうございます」を唱えて自分の心をしっかりと変えていけばいいというだけがね。

 「徳」という意味は今お話したそういう意味で、皆さんはもう既に無限の無限の徳をいただいてる。その徳も自分の徳じゃなしに、「みんなの共通の徳」というふうにみればいいですね。

 「自分一人の徳」というと、また小さくなるんですよね。「みんな共通の徳」と言えば、自分が徳を受け損なった時でも、みんなの徳をまた与え返されるのね。共有財産にするといい。

 神様のほうは、無限の無限の徳というんですけど、もっと大きいですね。無限の無限の徳が無限に無限に一杯で、更に無限に無限に一杯になりますんで、なんぼでも徳は降ろしてもらえるから徳切れはないですね。

 その徳をみんなで共有すればいい。だから、本当は徳の無い人はいないんですね。「みんな徳のある人」という見方で感謝して与え合えばいいですね。

 そしたら、なんでみんな不幸になるんでしょうね。困ることは何もないのにね。不景気なんて考えられないですね、そんな言葉はどっから出てくるんですかね、というぐらいね。

 農作物でも本当は有り余るぐらいつくれるはずなんですね。お金儲けを考えずにみんな一所懸命畑仕事をすればいいんでしょう。必要な量の十倍ぐらいはつくれますよね。昔のような手作業で一所懸命手作業をしたら、それはもう凄い量がとれるはずなんですね。食糧危機なんかは嘘みたいに消えますよね。一番楽しい幸せな生き方なんだと思うのですけどね。

 農薬も使わずに自然と調和した生き方で、自然循環の生き方でいろんなものをつくれば、プラスばっかしになるはずなんですよね。でも、段々とそういう人が増えてくるでしょうね。

 みんな時間をもてあましているでしょう、今ね。畑仕事が一番幸せなんですよね。

 小さい子がそれを味合わないといけないですけどね。幼稚園や小学校の子供がそれを味わうと、ガラッと変わってくるはずなんですけどね。

 親不孝をする子って、みんな親の生き方が間違ってるってよくわかるはずなんですけど。親が仕事をさせずに甘やかせて、おもちゃをいっぱい買って与えてるんですね。そうすると子供が親不孝をするんですね。

 子供に徳の貯金を無駄遣いさせているんですよ、必要なことに使うのだったらいいのにね。その上に、親のマイナスの思いをいっぱいかぶせるんでしょう、子供がおかしくならなかったら嘘なのね。

 だから、子供には仕事をいっぱいさせないと駄目ですね。親のお手伝いをいっぱいさせて、仕事をいっぱいさせて働く喜びを味あわせたら、子供は絶対徳を失わないですね。自分の食べるぐらい、食い扶持は自分で働いてつくってますもんね、徳は消えないですね。もっと働こうとして徳を積みますよね。そしたら、立派になるしかないですね。

 学校で勉強するのは要らんのですよ、本当は。知識をつけるだけじゃ駄目ですね。本当に必要なものだったらいいんですけど。それは、本当に必要な勉強っていうのは、働く場で必要性が生れますよね。

 働く場で身につける知識・知恵、これが一番大事で、生きたものとして身に付くんですよね。先ず、働かすことですね、そこでいろいろ学ばせて本当に必要な知恵や知識は何かって、自分で探させて身に付けたら、ちゃんと身に付くのね。

 これからは、小さい子が大きい働きをしてきますよ。立派な魂の子がいっぱい生まれてきて、本当の働きをするように変わってきますね。だから、しっかり働かせてあげてくださいね、働くほうを与えないと駄目ですよね。宝の持ち腐れになる。

 働くのを喜ぶ子がいっぱい出てきたら、本当の力を発揮してくれますよね。

 本当は小学校へ行ってるのもボロ校舎がいいと思うんですけどね、ホッタテ小屋が。プレハブのホッタテ小屋がいいと思うんですけど。場合によったらテントでもいいんですね。自分等でテントを張らせてそこを教室にすればいいんです、本当はね。

 山の木を切ってきて自分等で組み立てたらいいんですね。最高に輝いた校舎になるんですけどね。自分等の手でつくったのが輝くんですね。

 税金をつかって、沢山のお金をかけてつくったものは、思いでいっぱいで真っ黒けになるんです。可哀相にね。神様の光が届かない真っ黒けのところで勉強するんですよ。それで「立派になりなさい」というたら可哀相ですね。だから、自然の中のほうがいいですね、青空天井の下で勉強するほうがいいかもしれないですね。一教室に百人ぐらいでもいいんですね、多いほうがいいんですよ。二十人や三十人って少ないですね。大勢で、もみ合ったほうが早く磨かれるの。子供に負担を掛けない、先生を大勢雇わなくて済むじゃないですか。

 子供同士のほうがお互いに助け合えるんですよね。先生が生徒の全部を面倒みるのは駄目ですね。子供同士がお互いに助け合わないとね。

 上級生が下級生を全部面倒をみればいいのね、今そういうシステムがなくなりましたね。みんなバラバラでしょう。

 柔道とか日本のああいう武道は、順番に上の人が下の人の面倒をみて指導していくというのがまだ残ってますけど、その方がいいんですよ。上から教えられて、今度は自分が下の子を教えて面倒をみるというと、自分が早く立派になれるんですね。それを順番にずーっとして上がっていくんですね。

 だから、もう一回昔からのそういういい慣わし、そういうのをもう一回取り戻さないとね。いいものはいいんですよね、間違ってるのは間違ってるんですね。いいものと悪いもの、間違いとの区別をはっきりつければ、いいものをどんどん取り入れたらいいんですよね。

「本物と偽物」ってありますよね、本物をどんどん引っ張り出さないと、そういうのを集めてみんなに伝えていかないとね。

 本物が大勢集まったら強いですよね、発言力が出ますよね。一人だと弱いですね、遠慮しますから本物の人はね。みんなで本物を沢山集めて、それで世界に発信していくぐらいの大きい働きになればね。

 これからはもっと各分野で、各ジャンルで集まりがあればいいですね。太鼓を叩きたい人は、太鼓ばっかり集めたらいいんですよ。本物の太鼓がいっぱい集まって、そして太鼓を通して本物を発信すれば、世界に太鼓が鳴り響くんですよ。凄い神様の光が届くと思うんですけどね。雷さんの叩く太鼓よりも大きい音が出るかもしれない。

 そういうふうに、ジャンル毎にすればいろんな集まりがいっぱい生れるでしょう。そうすると、これから世界を大きく変えていく意味の、大きい力になりますよね。

 漫画を書く人だったら、漫画を書く人がいっぱい集まればいいですね。どういう漫画を書こうかって、本物をね、やっぱり漫画にも本物がありますよね。

 絵を描く人は絵を描く人で、より本物の絵を描く人が集まればね。

 柔道をする人は、本当の柔道とは何かって、本物の柔道を目指す人が集まれば素晴しい柔道大会ができますよね。

 だから、一人一人の持ち味を全部生かして、つながりをつけていけたらいいでしょうね。





 「ありがとうございます」の言葉に波長の合う言霊が「天照大御神様」ですよね。

 「ありがとうございます」という言葉のあるところには、必ず「天照大御神様」が輝いて出てくるんですね。天岩戸開きが行われるんですね。そうすると「無限の無限のプラスが一杯!」「無限の無限の輝きが一杯!」という、全てがスッと置き換わるのね、もう瞬間に波長が合って置き換わってしまうのね。

 マイナスを消すんじゃないね、そんなんは相手にしてないね、もうパッと換わるのねプラスに。

 丁度、テレビと同じなのね、チャンネルを切り替えたらサッと画面が変るでしょう。「ありがとうございます」の一言でチャンネルがパッと切り替わるのね。そうすると「天照大御神様」がサッと出てくる。そこは、もう「神様の全徳の無限の無限の輝きが一杯!」という姿をとるのね。

 そうすると、水でも最高の水にサッと変わるのね、変わるというよりサッと出てくるのね。清らかな水がサッと飛び出してくるのね。

 無限健康がサッと飛び出してくるという感じね。

 無限の繁栄がサッと出てくるのね。

 もう、いいものが全部サッと出てくるのね。そこが不思議と言ったら不思議ですけどね。これはもう法則よね、宇宙の法則通りに出てくるわけよね。

 波長合わせの言葉だけが必要なんでしょう「ありがとうございます」というね。波長合わせの言葉さえここに持ってくれば、そしたら最高番組がスッと現われてくる。

 だから、この「ありがとうございます」という言葉は不思議な言葉ですけどね。「最高の言葉、究極の神名」と言われるだけの最後の切り札の言葉ですよね。

 平和も「ありがとうございます」と唱えたらサッと平和が出てくる。

 ところが、この「ありがとうございます」を使わない人が多いのね、まだ。ところが、自由意思というのがあるわけでね、まだ「使いたくない」という人もあるわけで。まあ、それはそれで仕方がないですよね。

 でも、「ありがとうございます」を唱えているのに良くならないという人もいてるでしょう。でも、しつこく「良くならない、良くならない」と言ってるのよ。「これだけ唱えてるのに変らない」と言ってるのね。

 マイナスの言葉をいっぱい言ってるのよ、自分の知らない間にね。マイナスの言葉さえ使わなかったらマイナスの番組は出てこないのね。

 「ありがとうございます」だけを使い続けてる人は必ず最高番組がサッと出てきて、気づいたときに変わってるのね。マイナスの言葉さえ使わなかったらいいのよ、他の言葉さえ使わなかったら「ありがとうございます」は最高番組を引っ張り出すのね。不思議でも何でもないのね、本当はね。

 「ありがとうございます」一言だけをずーっと唱え続けたら、天照大御神様と一体化する、最高の悟りを開くの。これは厳然たる事実で真実なのね。

 ただ、人の自由があるからどの言葉でも自由に使えるからということで「ありがとうございます」に絞り込んで使わないんですね。他の言葉を、つまらないマイナスの言葉をいっぱい使いすぎてるというところがあるでしょう。そういうのさえ止めたらいいのね、そして一つに絞り込めばね。「ありがとうございます」一言に絞り込めば、誰でも悟りが開けるね。一番簡単な悟りへの易行道ってね、易しい道なのね。

 神様は幸せを与えるのに難しい方法は絶対与えてないね、一番易しい方法で幸せになるように最初から用意してくださってるよね。

 ただ、易しいのはあまりにも頼りないという、必ず最後に最高の幸せを掴めるからというので、難しい道を、難行苦行の道を一回通ってくるのよね。そういう意味でいろんなマイナスの言葉もあって、それも使ってみるのよね。でもね、最後には「ありがとうございます」にたどり着くほうがいいよね。

 もう「ありがとうございます」の一言に絞り込んだほうがいいのね。その中に全てがあるのね。

 天照大御神様という最高に輝いた姿がそこにあるのね。これからは、もう「ありがとうございます」の時代ですよ、本物の時代というのは、一回でも多く「ありがとうございます」を唱える人が増えただけ、世界が平和に近づいてるのね。

 番組合わせなのね。「ありがとうございます」で最高番組に波長を合わせるだけね。そういう人が増えれば増えるだけ世界は最高番組の姿をとるのね。