0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.


 ar126古神道について2003.4.12


ありがとうございます。
 ありがとうございます。それでは古神道についてお話させて頂こうと思います。皆さん、古神道ってご存知ですか。聞かれた事ありますよね。ただ、この古神道って本物と偽物があるんですけど。本当の古神道は本物を出しているのです。本物というのは神様の事ですよね。ただ、‘古い’っていう言葉、‘口’の上に‘十’って書くでしょ。過去現在未来の過去じゃなしに、口を越えて、超越して、縦横無尽の働きをしているという意味でね、‘古’って使うんです。だから、「真実の実在」って言いいかえても良いんです。
 古神道はね。本当の神様という意味でもあるのです。それはどういうものかという、説明して行きたいんですけど。宗教って、ね、普通古神道、宗教の一部に考えるんですけど、そうじゃないんです。宗教含めてね、すべてを中に包容するのが古神道ですね。ただ、宗教的に見る見方もあるということですけどね。これは、とおい過去の神道の古い時代の神道なんだという感じですよね。
 本当の古神道はそうじゃないですよね。すべてのすべてを包容するものなんですね。科学も芸術もありとあらゆる全部をね、すべて中に持ってる本当の働きを古神道というようにみていくんですね。この世の宇宙を眺めてても、不思議な事いっぱいでしょ。不思議で不思議でたまらないものですよね。いつどうしてどのように生まれたんかって誰にもわからないですものね。この世の宇宙だけでも不思議なんですよね。
 でも、この世がすべてではないんですね。まだまだ無限にいっぱい、違う宇宙がいっぱいあるんですよね。だからそれを全部中にひっくるめないとわからない。だから、不思議の上に無限の不思議が無限にあるていう感じでね、そのぐらいね、本当の神様の存在というのはわからない事ばっかしだと思うんですね。古神道が本当にわかるというのは感謝を無限に無限に深めないと感じ取れない。だから普通この世で想いを自分の心って風に考えてみていると、想いの心では全体を捉える事は不可能ですね。どうしても小さい物を掴んでしまう、ね。時間的にみても、ね、今の時間だけを空間だけを掴んでしまうという感じですよね。

 だから、全体を掴むというのが、古神道を知る上で一番大事な事なのですね。その全体というのは、すべてを包容した全体ね。すべてのすべてなる全体なんですけど、それがどういうものかっていうね、考えれば考えるほどわからなくなることでしょ。本当はそうなんですよ。考えたらわからなくなるんですね。考える事をやめて、想いを全部捨てて、何もない状態になったら、スッと湧いて来るような感じでね。考えるようにわかって、透きとおるようにわからせて貰うんですよね。
 宇宙という言葉は、時間と空間という意味なんですね。それを組み合わせてできたのが宇宙というんですね、世界も同じような感じでね。‘宇’は空間ですよね。で、‘宙’が時間ね。世界の方は‘世’が時間で、‘界’が空間ですよね。だから、宇宙も世界も時間と空間の組み合わせで生まれてる。時間と空間は神さまの絶対の中から、相対の両極として生まれてくるのですね。それが組み合わさって、宇宙の世界って生まれるんですね。
 その、神さまっていう絶対の働きが一番奥にあって、その中にすべてが渾然一つに溶け合ってるんですね。もう、すべてが揃ってるっていう感じですね。その中に在る物が両方に振り分けられるんですね、相対の両極に振り分けられて、それが螺旋状に組み合わさって、すべてのものが生み出されてくるんですね。その宇宙の創造も、いつ始まったかっていうような捉え方じゃあ全く駄目なんです。時間を超えてうけとるんですね。だから、今の一瞬というんですね、今の今の中に、過去現在未来ね、全部揃った時間が新たに新たに生まれて来るという感覚でないとわからないのね。受け取れないんです。

 だから、宇宙の始まりはいつかってよく聞かれるね、その質問が出た時に、想いの心は、無限億万年前からっていう感じで言うんだけども、そうじゃないですね。本当の宇宙の始まりは、今であり、完成も今なのね。この一瞬一瞬がね、宇宙の創造の始まりであり、完成の連続っていう感じでね。ただそれは余りにも大き過ぎますよね。今の中にすべての時間が含まれて、今の中に、今ここに、すべての空間が含まれてるという感じでね。アホになって貰わないとわからないでしょ。考え出すと、矛盾だらけよ。先ず神さまはね、光と闇って別れたと、光が神さまの本質ですよね。それで、その光の表現を取るって言う風に考えたら、宇宙が光の表現の姿を取ってるのね。だから、その時に、光の表現をどういう風に例えるかですよね。ちょうど、模型的に考えましたらね、太陽があって月があって地球があるという風にね、順番に光が柔らかくなって来ていると見るかとか、あるいは3つを1つに見る見方とかね、また、3つを別々の働きとして捉える見方とか、いろんな見方があるでしょ。

 神さまの本当の働きは、光を天照大御神さまという風にみてね、光を極点、光源という風に見るんですね。そこから光が放射されて、月には、その光が反射されて地球へ送られてきますよね。だから、光を受けて反射する働きと、また地球のように光を受けるだけという働きと、ね、古事記の中にはこの天照大御神さまと月読尊(ツキヨミノミコト)と素戔鳴尊(スサノオノミコト)という風にね、そういう神さまのお名前を表わして、働きを表わして、模型として、太陽、月、地球という風にね、3つの模型を持ってくるわけですね。
 その時にね、どういう捉え方が一番全体を捉えてる生き方かというのね、神さまは光だから、太陽だからというね、感じでね、天照大御神さまだけがという風にね、捉えると、光は無限に無限にあって眩しいだけですよね。それでもまあ素晴らしいんです。でも光の味わいっていうのは少ないですね。大きい光だけがあるっていう感覚なのね。そして、その闇の中へ、お月さん持ってくると、また全然変わってくるでしょ。月は満ち欠けがあってね、いろんな光のね、状態で闇を照らして下さるっていうね。だから太陽の光と月の光と、両方の光が一つに、一元にね、一元にっていう風に見える時に、太陽だけの光の時よりも、月がこうあった時の光のね、姿っていうのも無限の変化が生まれて来るのね。
 だから、この光の表現としてはやっぱり素晴らしい物になってくるでしょうね。その光を地球という場で受け取るっていうね。この3つを1つに見る見方がね、やはり古神道に生き方なのね、姿なのね。また神さまは無限の無限のチャンネルの番組を生み出してるというのでも、無限の無限のチャンネルというのも、もの凄いチャンネルの数ですよね。この世も一つのチャンネルですよね。その一つのチャンネルがまた細かく分かれ、無限に分かれてるというね、あの世には無限のチャンネルがあってそれぞれのチャンネルが無限にまた細かく分かれてるというね、その全部をね、総括して無限の無限のチャンネルの番組と言うんですけどね。

 神さまはその無限の無限のチャンネルの番組を一瞬一瞬新たに生み出して送り出してくのね。与え続けてくんですけど。その時にね、何が本物かと言うと、やっぱり一番上の番組が本物なんですよね。部分部分を眺めた時はね。で、一番下が地獄のどん底なんです。一番上の番組が極楽の最高なのね。だから、どちらが本物かと言うと極楽の方が本物なのね。だから、この世では地獄に近い所もあるし極楽に近い所もあるし、いろんな状態ですよね。だから、全体から眺めると中間点ぐらいですね。この世で、より本物をと言うと、やっぱり極楽世界に近付いて行かないといけないのね。
 この世の極楽は未だ未だ低いですよね。あの世に、未だこの世の極楽以上の極楽がやっぱり無限にあるんですね。より極楽を求めて、それを現実化していくという生き方が大事になってきますよね。だから本物になっていこうというんでもね、もうピンからキリまであるのね。だから、より本物により本物にという生き方で、最高の極楽を求めてそれを現実化しようとしていくのね、ただね、その最高の極楽と他の地獄のような状態を比較して、ああ、これこそ本物って言っても、やっぱり一つの部分的な捉え方の本物なんですね。神さまの側から見ると、部分的な最高の番組だけで喜んでいては駄目だと言うね。無限の無限のチャンネル全部を包容したすべてを見渡し受け止めた本当の極楽が大事なんだと言うね。それでないと、地獄のような状態は必要無いことになりますね。でも神さまは無駄な事はひとつもしないですね、神さまから見るとね。最高の極楽一つで良いんですね、最初からね。わざわざ無限の無限のチャンネルの番組作る必要ないんですね。だから、本当はその一つ一つの番組自体が神さまの最高傑作になってるね。
 つまり、地獄のどん底の一番下の番組までも最高傑作なんですよね。ただ人間の方のその受け方によっては、マイナスに見たりプラスに見たりするだけの話でね、本当は神さまの側から見ると、全部ね、全部の番組を、ね、素晴らしいように見て欲しいとね。願っているんです。ただ見方によったら、いろんなね、違いがいっぱいあるわけですよね。それでいて、なおかつね、全体を一つに見るような見方で、すべての番組を眺めて欲しいと神さまは願っているのね。だから、全体を捉えるっていうのね、易しいようで、難しいと思いますよ。肉眼だけを開いて、この世だけ見ている人にとったらね、あの世は全然わからないですもんね。ましてや、無限の無限のチャンネルあるなんて想像もつかないですよね。

 ちょうど、「群盲、象を評す」という例えがありますけどね。眼の見えない人が象のね、お腹をさすって「ああ、象は壁のようなもんだ。」と言うね。脚を掴んでは「ああ、ビヤ樽のようなもんだ。」と言うんでしょ。部分的には、正しいんです、皆ね。でも、全体を捉えてるかって言うと、全然捉えられていないのね。神さまの姿ね、神さまが作った宇宙創造の姿、ね、この全体像捉えるって、もう難しいですね。想像絶するんですよね。
 ただね、この神さまの創造の仕組みが入れ子構造になってるというね、ここが曲者なんですけどね。入れ子構造というのは相似形に、順番に大きくなったり順番に小さくなって行くんですよね。だからその、大きい宇宙を知る為には、小さい宇宙を知れば良いというね。大宇宙の縮図が、例えば太陽系であったりね、また地球であったり、またこの人体であったり、また1個の細胞であったり、ね、1個の原子であったりするわけですね。皆相似形の姿を取って、無限に小さくも無限に大きくにもなって行くという、ね、入れ子構造なんですね。
 だから、その入れ子構造である事によってね、推理力を働かせて、全体像を捉えやすいっていうね。だから、地球を見れば、宇宙の仕組みも良くわかるというね。この人体を見れば、この小宇宙を見れば、宇宙の仕組みが良くわかるというね。
 ただ、それは一つの模型としてね、推理し易いんですよね。そういう意味で、全体像を捉えようとしていくんですね。推理小説を好きな人はって。ねえ、犯人は誰かって神さまを探さなきゃ。その空間的にはねそういう風にね、入れ子構造の宇宙が、無限に小さくも無限に大きくもね、これも無限に連なってるというね。ちょっと、頭おかしくなりません?でも本当はそうなんですよ。本当の、真実の姿っていうのはね。

 だから、神さまの事は、もうね、掴み所がないですね、本当にね。光でもそうですね。神さまの光って考えてもね、太陽の光なんてもう消えてしまうくらい、芥子粒のように消えるんですよね。本当の神さまの光の、ちょっと大きいのに触れるだけでね。だから、無限の光って凄い光でしょ。太陽どころじゃないですよね。それを、無限に集めた無限の無限の光ですよね。もうそこでもう創造を絶するんですよね。だから、1方向からくるんじゃないですね。全方向から来るとそれが無限に無限になるよね。だから無限の無限の輝きが無限に無限にいっぱいというのが、ね、もしそれがね、想像できて感じられたら、神さまの、天照大御神さまのお姿を、ちょっと現してるというね。でもそれ、全部じゃないみたいですね。未だ、奥が奥があるっていうね。そのぐらい神さまはね、無限の幸せをいっぱいね、与え続けてくる。
 ただそれを受け取ってるかどうかは、別なんですよね。厳然とあるのは、事実なのね、真実なのね。だからそれを受け取ってるかどうかは、一人一人全部違うのね。だから、古神道というのは、そういう大きい神さまの働きの全体像を指しているのね。もう、幸せを無限に無限に与え続けてる姿を取ってるのね。だから本物なのね、真実なのよね。だから、もうそういうもんと無関係ね。もう最初から在るもんなのね。永遠に在り続けるもんなのね。これが古神道よね。だから、天から降るように、降り続けるように在るのが、まあ、‘降る’って、‘古い’で‘降る’ですよね。で、神というのは神さまの働きの全部を表わすんですけどね。これは、絶対の働き、創造の働き、無限に輝いたね、輝く働きね、神通自在な働きね、そして愛の心で限定していろんな姿に変身する働きってね、この5つの大きい働きを全部総括して、尚且つそれが満ちて、満ち渡ってるってね。
 またすべての存在を、繋ぎ合わせてるってね。道路の道ってそうですよね。離れてる物を繋ぎ合わせてね、全部一つにしてますよね。人間の身体もね、細胞1個1個全部、バラバラだったらね、死ぬんですよね。全部繋ぎ合わされてるから生きているんですよね。必要な物がすべて循環してね。繋がってるからこそ、一つの生命体として生かされてるね。だから、すべての存在が全部繋がってるんですよね。そういう一つの姿を取ってて古神道ですね。だから、神さまの働き、神さまそのものを古神道と言えるのね。だから、名前は何でも良いんです。古神道という名前を使いたかったら使えば良いね。真実って言えば、真実で良いのね。本物って言えば本物で良いですよね。

 余り、古神道って言うと宗教臭くなって困るんですよね。本物って言うくらいが良いかもしれないですね。「古神道とは」、「本物」って言えば良いですよ。「本物とは何か」。本物にもやっぱり、ピンからキリまであるんでね。より本物を、より本物をというのが良いんでしょうね。でも、神さまについてね、語るって難しいでしょ。言葉を失うのね、本当はね。語れば語るほど虚しくなってくる。でもね、本当に存在するのは神さまよね.本物なんですね。本物の生き方って、どういう生き方かって言うんでもね、これ、本物掴んだら本物でなくなるのね。未だ未だ、より本物が新たに新たに出てくるのね。神さまの本物は常に新たに新たになるのよね。一瞬過去で、過去でもね、これは、神さまが本物って出してくるでしょ。ところが次の一瞬ね、また別の姿で本物出してくるでしょ。だから、過去の本物は、今の本物と比べたら偽物になってしまうのね。だから、常に新たに新たに、神さまの最高表現を受け直して、より本物になるのね。だから、難しいんですね。この世に生きててね、肉体っていうね、姿に捕われて、想いの心を持ってね、本当に過去を放せるかって放せないですね。過去を完全に放し切ってもね、新たに新たに受け直す時間が、1秒経って遅いのね。万分の1秒でも遅いのね。億分の1秒でも未だ駄目だと言うね。無限億万分の1秒でもね、未だもっと短い時間があるんだと言うんでしょ。
 だから、時間を超越した神さまの宇宙創造というね、捉えても捉えても捉え所、全然ないんですね。だから、これが本物って掴んだ途端に本物でなくなってしまね。だから、古神道でも「これが、古神道。」って言えないですね。古神道って名乗り上げただけで、古神道って言っただけで、偽物になってしまうね。だから、何も言わないのが、古神道。黙ってた方が良い。無言の行。ちょっと喋り過ぎたら、あきませんって。

 古神道の一番大事な点というのは、全体像を掴む事ですよね。で、全体を、やっぱり感謝の心でね、感謝の心を奮い起こして、呼び起こして、受け取るというのが感謝ですよね。だから、できるだけたくさんの神さまからの贈り物、プレゼントを受け取るというのが大事ですね、先ずね。だから、言葉の使い方というのが一番大事だと思いますね。‘この世しかない’という言葉を使うと、この世しか受けられないよね。だから‘無限の無限のチャンネル。無限の無限の世界がある’という風にね、言葉で、皆さん、未だ嘘と思ってるかもしれないですけど、ね。でも、言葉通りになりますからね、言葉でそういう風に思い返してね、こんなプレゼントをいっぱい貰ったんだという気持ちでね、感謝の練習をさせて貰うのね。
 そうすると、選択肢が大きく拡がりますね。自由な心になって、この世を受けるんでもね、限定された受け方じゃなしに、たくさんの中のこの素晴らしい物という風に受けるとね、感謝が深くなるんですよね。それで、この世を「ありがとうございます」って、大きく全体を受けるのよね。
 地球だけじゃあ小さいですよ。銀河系宇宙でも小さい。だからね、推理力を働かせてね、この地球のような星がいっぱいあるんですよね。地球1個貰っても凄いでしょ。やっぱり無限の価値がありますよね、地球1個でもね。これは自分のもんって与えられたらね、地球のオ−ナ−になれば凄いでしょうね。だから、この地球のような星が無限に無限にあって、それ全部、神さまからプレゼントっていう風に、しっかり推理力働かせて受けると、有難味が深くなるね、大きくなる。先ず、その感謝の心を奮い起こさないとね。「無限の無限の何々」という言葉を使いながらね、大きく素晴らしいプレゼントを受け取ろうとしないといけないよね。そして「ありがたい」という気持ちを深く起こす事ね。先ず、感謝する事が大事ね。
 次にね、感謝の心が深くなったら、今度は報恩の心、恩返しの心が自然に湧き出るですね。神さまからこんなに素晴らしい物貰ったっていうね、プレゼントして貰ったってね、そしたら、神さまへ恩返ししようという気持ちが必然的に起こりますね。本当は万分の1の恩返しできないんですよね。どんなにあがいても駄目ですね。億分の1もできない。無限億万分の1すらできないかもしれんね。でも、恩返しに生きようとするでしょ。ね。

 それで、自分の受けた物を全部もう1回神さまにお返しするんですよね。で、空っぽになってね。で、また新たに受け直すってね。呼吸と同じでね、吸うばっかしだったらね、呼吸止まるんですよね。1回吸ったもの全部吐き出さないとね。全部吐き出したら、また新たに新しく入るようにね、神さまのプレゼントを大きく受けられるようになるね。だから、感謝して、恩返しの心で与え尽くしていく、お返ししていくというね、この繰り返しをしてるうちに、どんどん大きく受けられて大きくお返しできるようになっていくのね。
 だから、感謝と報恩の心を生きるというね、これが古神道の生き方なのね。ただ、感謝も、本物の感謝、本物の報恩というのが大事なんです。本物の感謝は、神さまへの感謝なのね。与え手は神さまだけなのね。部分だけみてるとね、部分的に人から貰ったとかね、そういう考え方も出るんですけどね。そのすべての源は神さまですよね。そうすると、部分も神さまから見ると神さまの一部なのね。だから、神さまから全部貰ってるんですね。だから、神さまへの感謝というのが必要ですね。大事ですね。それと、報恩行って、恩返しも全体への神さまへの恩返しってね、常に全体への恩返しという生き方が必要ですよね。この感謝と報恩行がこのバラバラでは未だ偽物なんです。感謝と報恩の行がね、ワンセットで、一つにピタッとなった時が本物になるのね。

 神さまというのは、バラバラに見た時はね、偽物なんですよ。神さまのすべてを、働きを全部一つに見た時が本物なのね。だから、人間の肉体一つ見るんでもね、これバラバラに見た時どうします?これが頭で、これが手で、これが足でってバラバラにしてしまってね、そうでしょ、今の西洋医学そうですよね。部分的に眺めて、その部分のね、病んだとこだけ治そうというような行き方ですよね。部分を治しても、全体を殺す時あるんですよね.東洋医学の方は未だ全体を見ようとしていますよね。全体を一つに見た方が良いですよね。一つの生命体としてね。本物の見方は、そうですよね、全体を一つに見て、それで、本物になるのね。バラバラで良いんだったら偽物になっていくんだよね。
 だから、感謝と報恩も一つになった時は本物になっていくのね。ちょっと離れると偽物になっていくのね。だから、神さまからいろんな物受けるんでも「ありがとうございます」唱えてるでしょ。唱えるだけで、受けるだけで終わると、偽物に陥るですね。恩返しの心を起こして、自分の持っている、受け取った全部を与え尽くしていくという報恩行があると、感謝が深くなっていくのね。一瞬一瞬の感謝がね。受けたもの、すぐお返しするのが良いですね.速く循環させる方がより本物になっていくね。吸っては吐き、吸っては吐き、あんまり忙しいと、たいへんですけどね。自然、自然が良いですよね。それぞれの場のね、自然が良いんですね。吸っては吐き、吸っては吐きいうのね。もっともっと速い世界もあるんですけどね。
 でも、この世はこの世の自然が良いですね。自然のサイクルでね、受けては返し、受けては返しって感じでね、それで、感謝と報恩の行はワンセットで一つになった時が、本物の感謝であり、本物の報恩行なんですね。もう常に全体を一つに見るというのが大事ですね。これが、古神道の生き方の大きい特徴だと思いますね。あんまり話するとわからなくなるのね。このへんで止めといて質問して貰いましょうかね。

 日本の役割


 古代から中世そして近代に移り変わる中で、今、理性から感性、物質文明から精神の文明の時代に変わって行く所ではないかと、古から培ってきた日本の精神性というものが、世界に和の心として非常に大事な時代ではないかと思っていまして、その時代の流れ、これから担う日本の役割みたいなものを是非お聞きしたいと思います。

ありがとうございます:
 日本には、神道、古神道ってあるでしょ。教えじゃないですね。道なんですよね。ここからまた違いますよね。いろんな宗教、仏教、キリスト教ね、イスラム教ね、教えなんですね。でも、道と付くのは、神道、古神道ね。道は、全体に満ち渡る、ね。すべてを一つに繋ぐって働きですよね。ここに日本の特徴、表れてますよね。
 日本は和の国というのもね、全体を一つに繋ぐ国なのね。中和させる国ね。バラバラなものを一つに繋ぐ働きをするのね。日本の文化、眺めてもわかるんですけどね、いろんなね、一つに繋ぐ働きいっぱいありますよね。形の上でもね、いろいろ眺められると思うんですけど。
 例えば、風呂敷、何でも包みますよね。大きい物も小さい物もね。着物もそうですね。大きい人も小さい人も、ね。ちょっと寸法違っても、着れますよね。下駄や草履もそうですね。家でもね、襖を開いたら広がりますからね。大きくなったり小さくなったりする。もう大きい物も小さい物も全部包容できますよね。だから、日本の国には文化でも、世界の文化全部入ってきますでしょ。一応、世界の宗教全部、多い少ないは別にして全部入ってくるのね。こんな国はないですよね。外国は殆ど偏るんですよね。部分的なものしかないのね。偏ってしまいますよね。だから、世界の全部が入ってくる、全体が入ってくるというのは日本だけですよね。

 形でね、日本列島の形ね、姿を見るだけで良くわかると思うんですが、世界の大陸の縮図ですよね。ピッタリ合ってるでしょ。考えられないですね、これね。北海道と北アメリカ大陸、そっくりでしょ。四国とオ−ストラリア大陸、そっくりでしょ。これ皆全体に符合するんですね、ピッタリとね。だから日本の国が、やはり世界の縮図、雛型になるというのね、形の上でもね、ちゃんと表わして貰ってるね。
 この地球だけかと言うと違うんですよね。星の世界もね、北海道に似た北アメリカ大陸に似た星の星雲の集まりがあるのね。宇宙にも広がってるのね。そういう意味でね、凄い雛型になってるでしょ、日本の国というのはね。

 ただ、日本の国というのは、島国日本じゃ本当はないんですね。日の本の国というね。形じゃなしにね、光源を表わすのね。だから、優劣を決めるようなね、そういう見方じゃ駄目なのね。外国と日本をと比較して、日本の方が素晴らしいという見方はもう大きい間違いの見方ね。日本全体が世界に広がるんですよね。だから、日本と世界、一つになるんです。日本が全体に宇宙に広がるんですね。宇宙と日本が一つになるんですね。また、原子の世界にもなるんですよね。小さくね。入れ子構造の宇宙の縮図として、雛型として、中心として存在する働きね。これが本当の意味の日本なのね。日の本の国の、姿なのね。だから、そこから神さまの御心が大きく、広がるよね。

 だから、日本が変われば、本当は日本が変われば世界が変わるんですよ。日本に良い物がいっぱい出てきたら、世界が良くなるんです。それがその日本の大きい役目ね。だから先ず日本を良くしないといけないですよね。良いものをいっぱい満たさないと、本物でいっぱいにしないとね。日本に本物がいっぱい生まれたら、世界に本物がいっぱい広がるのね。日本が本当は先なんですね。卵が先か、鶏が先かっていうね。日本が卵だったら、卵が孵って鶏になるんですけどね。でも、その卵もね、鶏から生まれるんですけどね。だから、どっちが先で偉いって言うんじゃなしにね、日本は世界を生み出したんでもありね、また世界から日本が生み出された、生まれたんでもあるんですよね。
 だから、日本と世界が一つになった見方が、本当の見方だと思うんですね。分けたら間違いですね。分けたら、偽の見方なのね。日本と世界は一つなんだというね、この見方になって初めて、本当の見方になると思うね。
 だから全責任を日本が取れば良いんですよね。世界の不幸の原因は全部日本にあるというね。みんな、自分達の責任なんだという見方で世界を平和にし、皆を、人類だけでなしに、すべての存在を、万類を幸せにしていく役目が日本民族の役目だと思うのね。

 そういう意味で、心磨きをもうしっかりしないといけないと思うんです。だから、本物の日本人ってね、やっぱり、我の消えた、想いの消えた、神の心を受け継いだ人なのね。一人一人がそういう風になっていくと、放っといても、世界が平和になるんですよね。雛型っていうのは、そういう働きよね。光源があって、その雛型をこう持ってくると光が雛型を通って放射されて世界に広がるという感じで、大きく広がるのね。
 だから、日本の国が雛型になって、その中心に神さまがいらっしゃるわけね。で、神さまが光を強く放射した時に、その姿が全世界に広がる、宇宙に広がっていくのね。だから、日本に住んでる人の責任は大きいと思うよね。外国かぶれでね、外国の影響受けてね、外国に対して文句言ってるのだめなんだ、ね。これはもうね、鏡を見てね、鏡に文句言ってるようなものなんだね。自分が変われば良いだけなのね。自分が変わったら、世界が、鏡に写る姿が変化するだけなのにね。だから自分自身を本物に変えていくというね、これは日本の役目だと思いますね。
 
 その為に、一人一人が、人真似じゃ駄目なんですよ、またね、一人一人が自分自身を本物に変えていかないといけないね。この変える方法。やっぱり感謝行だと思うんです。神さまを受け入れるという、自分の中に神さまを受け入れて初めて本物にしていく、変えて貰えるんでね。個性ある本物の生き方が一人一人が取れるんですね。だから人真似の中には、本物はないんですよ。皆、偽物なんですよ。真似というのはね。一人一人が、本物っていうのは、個性が輝やかないといけないね。癖じゃなくて個性が輝くのね。神さまという全体像の中でね、役割がね、皆、違うんですよね。で、個性を発揮した時が、本物なのね。だから、一人一人役割、働き違うんですね。これも、皆、感謝行の中から生まれてくると思うね。感謝する事によって、日本人がそれぞれに本物の個性を発揮した姿を取って世界を変えていくのね。こんなもので良いですか。


 言葉で選ぶ

 今、お話を伺ってチラッと思ったのですが、現実に、太陽以上の大光源が廻っていますので、残念ながら私は未だその実感がないのですけど、「ありがとうございます」を繰り返しながらそれに受け取りたいという感じです。感じられないというのは、実は真剣さの問題なんですけど。別の意味では、意識の問題、感受性というか受け取り方というか、意識変容する事によってそれがより実感されるという事なんでしょうか。

ありがとうございます:
 そうですね。選ぶのは言葉で選ぶんですよね。だから、言葉を定めて、言葉の繰り返しですよね。だから、自分の目指す所をしっかりと言葉でね、選んで繰り返すんですね。それを徹底すると感じられてくるんですけど。でも、その言葉以外の言葉を使い過ぎますよね、普通ね、この世に生きていると。その言葉だけに、なりきれないです、未だね。それで、いろんな姿になってしまうのね。だから、この世を捨てるだけでもたいへんだと思います。だから、やっぱりちょっと自分の本当に目指す所とはギャップがあっても、それでもだんだん近付くと思うんですけど。後、推理力で。ある程度は感じさせて貰うと思うんですけど。

 神さまは鏡と輝き

 夫婦関係は一番小さな組織だと思います。大きな組織、国、とか世界とか、大阪がなかなか変わらないというのは、夫婦関係で、カミサン見た時、なかなか変わってくれないというのありますよね。日本変える前にカミサン変わってくれたらなあと思います。その究極のところで、自分が変わって、カミサンを砥石として自分を磨くという。カミサン、変えようとしても駄目ですよね。そこに、苦しい部分があるんですが。(笑)

ありがとうございます:
 大事な所は簡単なんですよ、本当は。神さまにね、自分の命をすべてを、先ず預けきるんですね。神さまに預けきったらね、マイナスを全部先ず神さま引き受けて消して下さるね。そうすると、無限のプラスだけを与え返してくれるね。そうすると、オカミサマにね、神さまの最高表現が現われてくるのよね。だから、オカミサマというのは凄いですよ。(笑)
 でも、マイナスが感じられる時は、自分の想いの心を生きようとしてる時ですよね。思い通りしたいという時ね。その時は、神さまに自分の想いを預けてないから消して貰ってないだけですね。思い通りにしたいという心が鏡に写るのね。神さまは鏡と輝きと両方の働きをしますよね。だから、想いを出してる時は鏡になるのね。その時、自分の心を写すだけなんですけど、同じ姿が撥ね返ってきますね。
 だから、鏡を消して、輝きを捉えるっていうね、感謝の心を深くすると輝きだけを感じ取れて、ああ神さまの変身した姿っていうね、自分を幸せにするばっかしの働きでね、支えてくれるんですね。これが雛型作りだと思いますね。日本の国が世界の雛型ですけどね。家庭が日本の雛型ですよね。だから、一人一人が神さまを相手にね、神さまに先ず命を預けて、やっぱりこれ、報恩行ですよね。命を捧げて神さまのお手伝いというのは報恩行ですよね。そして、神さまにマイナスを全部引き受けて消して貰うんです。そして感謝して新たに素晴らしいプラスを受け入れるというね、そうすると、心が早くプラスに変わりますよね。心がプラスに変わると、鏡に写る姿もプラスばっかしってね。それ以上に神さまの輝きをいっぱい感じ取れるようになる。そういう生き方でいいんですね。全部ご存知でしょ?(笑)

 働くほど元気になる

 心のやすらぎを求めていたのですが、専業農家の主婦としてずっとバタバタしており、それで落ち着かないのかなと思い、家族が亡くなり一人ではなかなかできない事もあり、仕事を減らしたら心安らぐかと、種蒔き、収穫を減らしたんです。でも、これでええんやろかと焦るんです。働くという事は身体を動かして働く事と思うのですが、もっと心穏やかにする事も、何も身体使わなくっても良いんでしょうか。今言われたように、報恩、返していくいう事も関連してよろしくお願いします。

ありがとうございます:
 神さまは働き者ですよね。無限の無限の働きをずっとされてるでしょ。神さまが自分の中に入ってくると働きがどんどん大きくなるんです。それで、働きに比例して輝きが増してくのね。その輝きは想いを全部消してくるのね。で、心が一番安定してくるね。本当のやすらぎの心をを与えて下さるね。
 だから、肉体的にも精神的にも霊的にもね、働きを大きくして貰うほど、心が安らいでくるんです。‘忙しい’という字ね、‘リッシンベン’の‘亡ぶ’ですけど、人が亡ぶんですね。‘忙しいと、亡ぶ’と言うんですけども。人が亡んで神になるんですね。人は亡ばないといけない。人間っていうね、自我の心は亡んだ方が良いですね。自我を消し切って、死に切って、神になれば良いですね。で、‘忙しいほど神になる’と言うね、働けば働くほど神さまがそこに入っていくね。輝いてるんですね。神さまが働いてるんですね。神さまが出てきてくれてるのね。だから、忙しいのは、別に悪い事じゃないんで、良いんです。極楽世界は皆働き者ばっかりなのね。怠け者ばっかりだと餓鬼道になるんです。ね、皆、働かんかったら、太陽も一つも手にはいらないんです。でも、働き者ばっかりだと必要なものいっぱいあるよね。

 還暦も過ぎたし、身体も休めんといかんとかいう心もでるのですが。

ありがとうございます:
 言葉の使い方でね。その縛りにあってしまいますよね。だから、働くほど元気になるという言葉でね。働くほど神さまが中に入ってね、光を添えて、力を添えてくれるから元気になるんだけど。怪我や病気も瞬間に治して貰えるぐらいが良いですね。働くほど、元気になるという気持ちでね。楽しく楽しく。

 神さまを受け入れる

 神さまを受け入れるにはどうしたら良いのでしょうか。それと、「ありがとうございます」を唱えてても、以前予約した事が現われてきてしまうと思うのですが、予約をなくすにはどうしたら良いんでしょうか。

ありがとうございます:
 神さまを受け入れるという事は、すべての存在を価値あるものとして、価値を見出すというのが良いんですね。そうすべてに価値を見出して、喜べば良いんですけどね。
 例えば、道に落ちてる石ころ1個ね、これ、本当はさま様が神通自在の立派な神さまが石ころに変身してね、皆を支えてくれてるのよね。道路の石になってね。踏まれても「ありがとうございます」って拝み上げてくれてる、ね。
 全部ね、宇宙の存在全部そういう風にね、立派な神さまがいろんな形ある物に変身してね、一人一人幸せにしようと、守ってくれてる姿なんですね。だから、まわりのすべてに「ああ、ありがたいなあ」っていう価値を見出せれば良いのね。先ずこの世から神さまの本当の愛の働きを感じ取れば良いのね。これはもう全部に感謝っていうのが大事なんです。

 例えば、マイナスの姿に見えてもね、このマイナスもね、神さまは大きいマイナスを小さいマイナスに振り替えて消して下さるのね。だから、大難を小難に済ませて貰ってるという風に喜べば良いですね。また、まわりの人のいろんなマイナスの姿、皆、自分の身代わりに背負ってくれてると見るとね、またありがたくなるのね。
 だから、いろんな工夫してね、プラスにプラスに受ける練習を、そういう言葉の使い方、思い返しをするのね。そうすると、神さまを少しづつ受け入れていける心になっていくのね。そういう時に「ありがとうございます」って唱えてそういうプラスに受け入れる練習をしていくのね。必ず感謝が深くなっていくね。神さまが中に入ってきてくださるのね。自然に感謝が深くなっていくと自分が変わってくのね。

 だから感謝はやっぱり神さまは強制してこないのね。自分が感謝をしようっていう風に、感謝の心を起こそうとしないとね、神さまが助太刀入れないの。神さまは常に人の自由意志を尊重するのね。強制したら、皆感謝深い人になってしまうんだけど。それじゃあ、神さまの操り人形よね、奴隷になってしまうから。
 神さまは自由の本体ですね。だから、一人一人、人も自由の本体を、本体からその自由の本当の物を受け継いでいるのね。だから人間も自由でないと幸せを感じないのよね。強制されると、どんなに良いもの与えて貰っても幸せじゃないんですね。だから感謝も自分が感謝しようとして、感謝深くしていって本物の感謝になって幸せを感じるね。

 だから、今迄ね、感謝忘れたっていう事はやっぱ自分の自由意志で感謝を未だしようとしてなかったんですね。だから、感謝を忘れた時期があるから、感謝が深くなって幸せをさらに大きくするんですけど、先ず自分が感謝をしようとしないといけないですね。自分の自由意志を発揮しないとね。その感謝をするんでも、いろんな工夫をこらして努力してね、一所懸命するのね。
 そうすると、いろんな所から救済の神さまが応援に駆けつけてくれるね。いろんな感謝の仕方があるんですよね。それに対していろんな神さまが応援して、感謝を深くしてくださるのね。それで、本物の感謝に近付いていくんでしょ。だから先ず自分の自由意志をどっちに定めるかよね。本当に感謝に絞り込もうとしてるかというね。絞り込んだ方が良いですよね。そしたら、スッキリしてきますけどね。



 AR126
世界の雛形


 世界の中心というのは神さまの光が強く輝いた所が中心なんですね。その中心は自由自在に変化するんです。神さまはね、皆に幸せを与えたいばっかしですよね。だから、プラスの言葉をいっぱい使ってくれる所に強い光を降ろしたい。で、そこをね、雛型にして、良い物を世界に投影していきたい。
 だから、良い言葉をたくさん使うほど世界の中心になる。マイナスの言葉はね、やっぱり神さまは遠慮するんですね。マイナスを世界に広げたくないんですね。だから、光を抑えてしまう。神さまのね、近付いて下さる所はプラスの言葉の多い所、特に「無限の無限の何々」という風にね、プラスの言葉がいっぱいここに集まってくる所が、神さまが光を添えにき易い所なのね。
 だから、「ありがとうございます」という言葉はね、神さまの最高番組に波長合わす言葉ですよね。神さまの全徳の無限の無限の輝きがいっぱいという意味を中に持ってるんで、「ありがとうございます」を深くいっぱい唱える人が、大勢いてる所ね、ここが世界の中心になっていくんですね。それはもう必然的に神さまはそこに光を降ろしたいわけでね、必ず光を添えにやって来るんですね。だから、「ありがとうございます」唱える所には大きい光が降りるんです、必ずね。
 
 それはもう、地獄で唱えても、ね、地獄がいっぺんに極楽に変貌するくらいにね、大きい光降りるんです。試してみて下さい。(笑)地獄へ行って。ちょっとたいへんですね。本当にそうなんですよ。地獄に下りてもね、大丈夫ですね、「ありがとうございます」さえ忘れずにいてたらね。大きい光を、神さまが添えに来ますから。いっぺんに明るくなるんですね。
 だから、その中心っていうのは自由自在に変化してますね、そういう意味ではね。だから、人が感謝すれば、する所がね、そこが世界の中心になっていく筈なんですね。だから、皆さんがまた自分の生活の場に戻って、深く感謝し、また仲間を作って、そこで祈りをすれば、そこから大きい光を放射する場所になっていきますね。そういう意味だったらもう中心がね、たくさんできるほど良いんですね。

 そういう意味の一つとね、また別に神さまが中心を定めてくる場合があるんですね。これは、あの日本が世界の雛型になってるというね、日本の姿が世界に投影されるという意味もね、だから神さまが定めてきている中心なんですね。また日本の中心はどの辺かというね、それやっぱり琵琶湖みたいですね。琵琶湖っていうの昔から‘ミホドウミ’っていうね、まあ女性の陰部っていうんですか、子供を生み出す場所という意味でね、‘ミホドウミ’っていうふうに言われていますよね。
 だから、琵琶湖には言霊の水茎文字(ミズクキモジ)の浮かび出るっていうね、そういう場所があるんですよね。琵琶湖の湖面にね。だから近江八幡市の岡山っていう山に登ればね、湖面に見えるというね。そこが、元水茎町(モトスイケイチョウ)というね、水茎町という名前出てますよね。そういう意味で琵琶湖が中心という風にね、神さまの方が定めてくるんですよね。ただ、琵琶湖に住む人はいないですから。そのあたりという風に考えて良いですね。また、滋賀県という風に見ても良いですね。交通の便でみてもそうですね。日本のだいたい中間にあたりますもんね。便利ですよね。そういう所を神さまが定めてくるんですね。皆の集まり易い場所っていう感じでね。

 そこで、神さまは雛型を作って欲しいんですね。良い雛型をね。で、ここがまあそういう意味で、皇(スメラ)の聖地とかね、いう風に全域がこう言われてるんですけど、皇高天原命(スメタカアマハラミコト)という宇宙の大神さまですよね。宇宙絶対神ね。その神さまの光が大きく降りて世界に本物を発信する場所という風にね、神さまの方で計画して用意されてるようなんですね。だから、そういう神さまの計画に使って貰える人は必然的に引き寄せられてしまうという。また、自然に集まってくるというね。
 だから、感謝の深い人ね、また奉仕の心の、まあ強い人って言うんですか、世界を平和にしたい、人類を幸せにしたいってそういう願いが強い人が、必然的に集められてくるのね。そしてそういう雛型を作って欲しいって言うんですね。理想の雛型をね。そこへ、神様の方は大きい光を降ろす。これは宇宙絶対神が直々にというよりね、宇宙絶対神の分れの救済の神様ですね。だから高級神霊が大挙して集まって、それは具体的にこの世に光を降ろしてくるんですよね。宇宙絶対神は奥にいますからね。その分れの救済の神様が大きく働くのね。で、大きい光を降ろしてきて光の柱を立てて出てくるのね。

 だから、ここも光の柱の中に入ってるんですね。大きく光の柱が立ってるんです。天地を貫く光の柱がね。ただ、この光はちょっと見えないでしょ。(笑)光の中に入ったら見えないですね。外から見ないと。人工衛星に乗れば。見えるかもしれない。飛行機ぐらいじゃあちょっと見えないかもしれない。だから、光の柱の立った所はね、救済の神さまが大勢ね、大挙して集まって、先ず人の心を、想いをサッと消して下さるのね。
 これは人の努力じゃないですね。神さまの大きい愛念ね。働きによって、サッと想いを消して下さるから早く想いが消えるのね。そうすると、中から感謝の心が、奉仕の心が自然に湧き出るように早く変えて下さるね。凄く得したような感じなのね。
 でも、そこへ集まれる人っていうのはね、でもね、過去にいろんな苦労もし、いろんな勉強もし、もうありとあらゆる事をもう卒業して、もう最後の総仕上げという人が集められてくるのね。そういう人じゃないと、あまりね、来ないですよ。ね、こんな山奥へね、何しに来るんですか。(笑)狐に騙されて。(笑)夜中に狐や狸出ますからね。
 でも、皆、一人一人ね、中の心、本心が知ってるんですね。神さまへのお手伝いに生きるというのも自分が選んで定めてきてるんですね。背後の守護霊さん守護神さんもやっぱり応援してる、背後の神さまも同じ心よね。本当の神さまのお手伝いできると幸せが大きくなるからって言うんでね、また皆を幸せにできるっていう意味でね。皆、自分の自由意志で選んできてるんです。ね。そして、ここへ来てちょっと確認されるんですよね。「ああ、成る程、そうだったんだ」って。だから、皆知ってるんです、先にね。何の為にこんなとこに来てるんかというのもね。

 偶然じゃないですね。これも必然的にそうなってるんですね。そういう意味でここは世界の雛型を作る場所っていうね。だからその、自然体系でもね、やっぱりもっともっと理想の自然体系に整えていかないといけないんですけど、まあここらは熊鷹とか犬鷲は飛ぶんでね、まあ理想なんですけどね、雛型は、自然体系は整ってると言える方なんですけど、でも山の手入れでも荒れてますよね、今ね。殆どしないですね。もっともっと、手を入れて山を理想の山に変えないといけないでしょうし。また、人が大勢住んででもね、住み易い場所に変えていかないとね。地球村のね、理想の村が作れないよね。理想の雛型、作れないですよね。

 ただね、神さまの計画は、楽には作らせないのね。そこがちょっとミソだから。苦労に苦労を重ねてこそね、本物の雛型を作れるっていうのね。だから、楽な所で作るとたいした事できないみたいですね。ある程度、困難な場所で、そういう努力をさせて、雛型作りをさせると本物になるのね。だから、皆さん苦労の連続でしょ?(笑)そういう人じゃないと、ここへ絶対寄り付けないと思いますよ。人の3倍か5倍か。多い人は10倍以上。苦労した方が良いんですね。これはもう神さまがそういう大きいお役に使うという時は、必ず先にね、人の何倍も苦労させてくる筈なんですね。それで、心を鍛え上げて、磨き上げて下さるね。で、いろんな勉強もね、先に済ましてきてる筈ですよね。そして、最後にね、最後に自分の命も捧げて神さまのお役に立ちたいというね、奉仕の生き方を取るのね。
 そうでないとね、役に立たないですもんね。これは皆が知ってるでしょ?自分が知ってるでしょうね。私が言うたからそうなんじゃなしにね、皆さんご存知の筈ね。心の中ではちゃんと納得してるのね。そういうお役の、与えられた人が、これからね、感謝を深めていくのね。深めていくというより、神さまが応援して感謝が深くなるように助けて下さるね。その神さまがそこへ降りて、大きい働きできるように、力を添えて下さるのね。

 感謝するのも奉仕するのもね神さまの力なのよね。人の努力じゃないですね。いろいろ苦労はしてきてますけどね。でも、努力して良くなるんじゃない。強くね、いっぱいなれんじゃないのね。皆、神さまの方の働きかけによってね、立派に変えて頂くのね。
 そして、神さまと人とが一体化して、悟りを開いた神人に皆が生まれ変わってきますね。その時にね、やっぱり世界を平和にする為の本当の力が、一人一人を通して出てくるんです。だから、皆、個性豊かにね、いろんな素晴らしい才能生まれてこないと、本当は本物じゃないですよね。皆が同じような姿取ってるんだったら偽物ですよね。一人一人がね、個性が輝いて出てきて、皆違うという感じでね、尚且つ感謝と奉仕の心は強く深いんだというね。そして、中心に神さまはいらっしゃるというのが良いですね。
 あの、本物って言うんでも神さまが中心になってね、一人一人が神さまの手伝いに来て全体がバランス取れてね、本当の調和した大きい働きになるのが本物なのね。人が勝手にね、組織を作って、リ−ダ−が上に立って皆を手足に動かすっていうのね、偽物なんですね。軍隊のようなね、そうでしょ、行列見てもそうですね。行進見てもね。皆、同じように見えますよね。ああいうのはね、偽物なんですね。だから、一人一人がもう自由自在な心でね、個性豊かに発揮して、そして神さまにね、一つの調和した姿で使って頂くというのが理想の本当の姿ですね。そういう姿を目指すんですね。
 本物の理想の姿とは何か、理想の雛型とは何かってね。難しいですけどね。いろんな分野の本物が必要になってくる。

 例えば私はお祈りばっかし、してますでしょ。小さい時からそういうお祈りを鍛えぬいて貰って、宗教的なね、本物とは何かっていうのね、いろいろ勉強させて貰ったんですけど、宗教の本物って言ったらね、やっぱり教えを説く事じゃないんですよね。教団を作る事じゃないんですね。
 教えを説いたり、教団を作ったら、偽物なんです。で自分の名前を出したら偽物なんですね。神さまを中心に据えないと駄目ですね。その神さまの愛の働きを現実化する為のお手伝いに自分をパイプ役に使って貰うのなら良いですよね。で、自分を一番最低、落とす方が良いんです。皆の身代わりだったら、地獄へでも喜んで行きますって言わないといけないね。で、お金儲けなんて絶対したら駄目です。神さま事でお金儲けするのは大きな偽物なんですね。神さまからね、いつも無限の無限の幸せいっぱい与えて頂いてるんですよね。その上に何でお金儲けする。恩返しだけで良いでしょ、ね。
 だから、過去に幸せにして頂いたね、プレゼントいっぱい頂いたその恩返しにね、今日1日ぐらいはね、そうでしょ、無料奉仕で、全力で神さまのお手伝いに奉仕すれば良いね。1日言わんとね、100日くらいでも良いですよ。何も食べずにでもね。本当はそこまで行くぐらいが良いんだと思うんですね。だから、100日ぐらい断食してずっと奉仕するというのが良いんですよね。
 でもそこまで気持ちを固めてもね、食べ物は与えられるんですね。誰かが口に放り込みに来るって。本当にそうですよね。神さまのお手伝いしてるとね、断食もできなくなるんですよ。大丈夫、たいへん苦労したんです、二十歳代にね。月の内3週間断食しようと一所懸命頑張るでしょ。断るのにたいへん。周りの人、やっぱりね、いろいろなまあ心配もあるんでしょうけどね、いろいろ。食べ物を口に放り込みに来るんです。無理やりですよ。口をこじ開けて放り込みに来るんです。それを断って断食するのは、もう難行苦行もいいとこですよ。
 食べない方が遥かに楽なのに。だから本当に神さまのお手伝いに生きるというのが本当は一番の喜びの筈なんですよね。恩返しの心でね。そうするとまた新しい大きい幸せね、新たな無限の無限の幸せ与え続けて貰えるね。また、ね、それを受けたらすぐまた恩返しの気持ちが湧いてくる筈なのね。

 だから、人って自分で生きてるんじゃない筈なのにね、生きようとするでしょ。ね、生かされてるのにね。生かされてるのに何故生きようとするんでしょ。それを無駄な努力と言う。呼吸させて頂いているのにね、自分が呼吸しようとするでしょ。そしたらね、夜中もね、寝んとしなさいよ。(笑)夜中は皆寝てしまうじゃないですか。そんな、わざわざ呼吸せんでも良いですよね。呼吸させて頂いてるのね。生かされてるのね。必要な物全部そうですよね。
 もう、そうでしょ。太陽も必要だからって、神さま与えて下さるでしょ。ね。太陽なかったら、皆死にますよね。空気もないし、水もないでしょ。大地なかったら、宇宙に浮いてますよ。もう全部必要な物全部神様の方から先に与えて貰ってるのね。
 今更ね、人が努力して手に入れんな物なんて何一つない筈なんですね。それなのに、それなのにって皆ね、生きる為に働いてる言うね、生活する為に働いてる言うんですけど、本当にそうですか。皆、無駄な努力に働いてる。
 ね、生きる為に働かんで良いんですね。生かされてるのね。特に寿命が定められて、これだけの期間がこの世の勉強の時間と定められたら、その期間に必要なもの全部ね、神様が用意してるんですね、先にね。何の心配もないですね。
 で、この世を卒業したら、またあの世へ、更に良い場所へ勉強の場移るだけでしょ。だから、老後の心配なんか要らないですよ、そんな。若い時からね、老後の心配してね、働いて貯金してね、さてそれどうしようかというと病気になったりして全部使い果たしてね、心配するでしょ。ね、何してるんでしょうね。
 それよりもね、神さまへの恩返しにね、しっかり生きた方が喜びが深くなるでしょ。それで神さまの守りが無限に大きく、完璧な守りになりますよね。

 私が良い実例なんですよ。私、二十歳の時にね、神さまへの奉仕に生きようとしたのね。命をも神さまに捧げて、「もう何も要りません」って言ったのね。「命も要りませんから」ってね。それからもう神さまの為だけに生きて来たのね。「結婚もしません」って言ってね。本当にそうなんですよ。「食べ物もなかったら食べません」って言ってね、頑張ってきたのね。
 ところがね、結婚してるでしょ。ね、おいしい物いつも食べてますよね。(笑)でも、私、何も求めてないですよね。でも、神さまがね、皆、自分を、私を支える為に、いろんな姿で助けに出て来て下さるのね。そいで、結婚した方が良かったら、結婚してね、助けて貰う。子供が生まれた方が良かったら子供が生まれてきて助けてくれるのね。本当よ。
 だから、私は子供に何かしたんか言うと何もしてない。何もしてないよね。何も買い与えていないよね。もう子供に助け続けて貰ってるばっかしって感じよ。親孝行ね。不思議でしょ。これ神さまが子供の姿で私を助けに来てくれただけね。支えに来てくれただけなのね。今迄もそうだし、これからもそうだと思うんですけど。ここが良いのよね。
 (質問者:どうやって作ったんですか?)神さまが物質化現象で変身してできたの。(笑)本当は、神さまがね、助けに来てくれるのが理想なんですよね。だから、皆さんもそうよ。私を助けに来て下さった。幸せを持ってきて下さったっていうね。福の神さまですね。

 だから、その雛型作りですよね。雛型作りもやっぱり、一旦神さまに命を預けるのが良いんですよね。全託っていうね。もう全部神さまにお返ししてね、「どうぞお使いください」っていう形が一番理想ですね。そうすると、神さまが使い易いんですね。人の自由を縛っては、神さま何もできないですからね。人の自由意志を尊重して、使い易くなった、人の方から神さまに任せてくれないとと言うんですね。任せたら、全力を揮えるっていうね。
 そしたら、自分に過去世でいろんな想いを貯めた結果無限の想いが心に貯まってるとするでしょ。普通はこれ消すのはもう不可能ですよね、自分の努力ではね。ますます想いが積み重なるよね、普通はね。でも神さまに任せた途端に一瞬に消えるんです。ここ不思議ですよ。努力じゃないよね。任せるだけで、神さまが引き受けてくれた途端にスッと消えるんです。地球上の人が皆そういう全託の心を起こせば地球上の想い全部瞬間に消えるんです。即、完全平和が実現するんですけどね。極楽世界になるんですけど、皆自由意志があるんでね。未だ、預けない人が多いんです。(笑)その預ける方法ですよね。これは「ありがとうございます」が全託なんですね。預ける一番の方法なんですね。一番易しい方法が「ありがとうございます」唱えることなんですけど、「全託します」って言わんでも、「ありがとうございます」って言ったら全託なんですね。「神さまにすべてお任せします」という意思表示なのね。

 そうすると神さまが想いをどんどん消して下さるね。ただね、未だ消して貰ってないと言う人はね、想いを出してますよね、未だね。「ありがとうございます」を前面に出さずにね、「消して貰ってない」というのを前面に出すんですね。ちゃんと証拠があるんですよ。これはね、ムチャクチャに「ありがとうございます」言い続けたらね、その内に消えたのがわかるのね。やはり言葉選びっていうのは必要ですね、大事なのね。プラスの良い言葉だけを選び続けてそれをしっかりと使い続けて、他の言葉を使わなくなったら良いんですよね。
 だから、あの、過去にいろんな言葉を使い、想いを貯めてね、それが予約にもなるって言いましたけどね、前にね、質問の時、答えしませんでしたけど、今しますね。(笑)

 普通はね、最初、人は今使う言葉で無限の無限のチャンネルの中から一つの番組を選ぶんですね。ところがその番組を見てる内にね、それがまた心に溜まるんですよね。執着して想いになって、それがどんどん溜まって行くと心にその言葉、想いがどんどん積み重なるんですね。それが予約になるのね。繰り返すんです。歴史は繰り返されるってそこなんですね。
 新しい物を選べば良いのにね、未だ消し切ってないですね。これは感謝がないからとも言えるんですね。感謝があればね、全部消して貰うのね。で、新しい言葉で予約、予約言うより、番組選びができる筈なんですけど、感謝忘れた途端にね、いろんな番組見てる内に、その番組の中からいろんな言葉や想いを取り込んでしまうんですね。
 そしてどんどん溜めていくと、本当にね、にっちもさっちもいかないような感じのね、番組予約をしてしまうのね。それ全部見てもまたね、新しい予約いっぱいするんですよ。永遠に続くくらいの予約してしまうのね。それが良いのだったら良いんですけどね。やっぱりマイナスの番組が多いですね。だからその心に溜めた言葉、想いを全部消し切らないといけないね。予約を全部取り消さないと、消してしまわないと。
 そうすると新しい言葉を使って、番組選びをしてサッと感じるようになるのね。本当はそこまで自由自在に神さまはして下さってる筈なのにこれも一人一人自分がそういう風に不自由な状態に追い込んだのね。これは神さまの責任じゃないですね。人の責任ですよね。
 それでも神さまはね、早く予約を全部取り消してあげて、自由に番組選びができるようにっていうね、助けに降りて来るのね。「ありがとうございます」というこういう言葉もね、降ろしてきて、救済の神さまいっぱい派遣してね、「この言葉さえ唱えたら想いを全部消してあげるよ」というにね、感じで助けに来て下さるのね。
 それでもう一つね、そうでしょ、不自由な状態から自由な状態に戻った時のね、幸せまで用意してね、更に大きい幸せを与えようとしているのね。最初から自由だとね、自由の有難味ってないでしょ。当たり前になってしまうのね。

 日本ってだいたい自由だからね。自由を守ろうなんていう運動起こらんですね。やっぱり自由と平等を守ろうという運動を起こす国はね、自由も平等もないんですよ。そこは日本恵まれてますよね。本当に自由ですね。それでもちょっと捕われてますけどね。本当の自由は、想いを全部消して貰って、感謝の心が戻った時ですね。その時、本当に自由な心ですね。神さまから無限の無限のチャンネルを与えて貰って、それを自由に選んでね、楽しめるようになるのね。
 だから、感謝の心をしっかり体得するというのが大事なのね。その感謝の心を雛型にして世界にね、投影して貰ったら世界は本当にすぐに平和になりますね。極楽世界生まれるんですね。だからその雛型作りはね、形もそうですけど、心が大事なんですね。どういう心をしっかりと保てるかというのね。平和な心をしっかり保とう思って、それはもう良いんですね。愛の心をしっかり保とうとする、良いんですけど、コロコロ変わる心はなかなか一つにね、保つの難しいでしょ。やっぱり変化しますよね。

 だからそのすべての神さまの働き、特性を全部中に束ねて持っている一つの言葉が良いんですね。「ありがとうございます」に全部あるんですね。幸せも、喜びもやすらぎもって、愛も、知恵もって、全部そうですね。「ありがとうございます」の一言に神さまの全部が含まれてて、それが無限に無限に輝いてるというね、働きとして存在するんですね。
 で、「ありがとうございます」という言葉唱えて、そういう心に変えて貰ったら、理想の心がそこにスッと出て来るのね。その理想の心を周りへ投影して貰うんですね。「ありがとうございます」さえ唱えてたら、ね、自分の心を先ず理想の心に変えて貰って、腹立たないですよ。妬みも恨みも起こらないね。感謝だけ喜びだけ喜ぶようになるのね。
 その心を神さまがね、「ああ、良い心だなあ」って認めたらね、大きい光を添えにきてくださるね。それを周りに広げて下さると、周りが感謝できる人ばっかしに、私のようにね。皆さん感謝の心深いでしょ?私は一番幸せなんです。皆、感謝する人ばっかしがね、周りに集まって下さるというね。でも、未だ小さいんですね。もっともっと感謝して、これが日本中に世界中に投影されると、幸せをますます大きくして貰えるね。これもやっぱり時間的な要素、経過って必要ですけどね。

 やっぱり投影してもね、皆がすぐ即変わるわけじゃないんですよ。だんだんと、それに慣らされてきて変化するだけなのね。大きい光がサッと通ってきたらね、その光に慣らされて、闇が消えて行きますね。徐々に消えるんですね。そして、光に慣らって光に変わって行くんですけど。これも人の自由意志が先ず尊重されるのね。光が嫌いって言うたら、闇の方へ向くでしょ。モグラみたいですよね。でも、また光の方へ戻ってみようかという気持ち起こしてね、だんだんと変化するんですね。

 それで、皆さんにもまたお願いしたいんですけどね。この地域全体を地球の理想の雛型をね、皆で協力して作り上げてみたいと思うんですね。これも神さまの計画としてあるんで、協力していきたいと思うんです。だからこれもボランティア的にね、参加して欲しいんですよね、皆さんね。ここでお金が儲かるからって言っても無理ですよ。
 お金儲けをしたい人が集まるとお金儲けが世界に広まりますからね。(笑)本当に幸せかどうかわからなくなる。だから極楽世界は、皆、能力を高めて、しっかり働いて無償で与え合うんですよね。ただで働くんですね。皆がそういう気持ちだとね、皆がただで働いて助けて下さるでしょ。もう一番の大きい幸せを掴める世界ですよね。だから理想の世界は奉仕だけなんですよね。それも神様への奉仕という、全体への奉仕になるね。特定の人への奉仕じゃないね。常に全体を見ながら、全体が何を必要としているかっていうね、その為に必要な事をね、優先して奉仕していくのね。

 例えば、「火事だ!」と言うたら、火事を消さないといけないですね。「私は他の仕事があるから、それは後回し」って言ったら、おかしいですね。だから全体にとって一番必要な物がその時々で変わりますよね。「火事だ!」って言ったら消しに行けば良いね、皆がね。「食事だ!」って言えば皆食べに行けば良いんです。(笑)そうでしょ。「私は後回しよ」って言うたら、行った時ないですよ。

 だからその理想の雛型作りをね、これから大勢の方で作り上げるのね。そうすると神さまはその理想の雛型を世界に発信して広げる為にね、大きい光を、更に大きい光を添えて下さるのね。そうすると、皆さんもますます大きい光を浴びて悟りが深くなるのね。
 悟りっていうのね、神さまの光をちょっと感じたから、悟りじゃないんですよね。未だ浅い小さい悟りなのね。太陽ぐらいの光を「ああ感じた−」って言っても小さいですよ、未だね。「ああ輝いた−。宇宙を感じた−」って未だ小さいんです。
 神さまのはもっと大きいね、底知れん大きい光をね、底知れん大きさを持ってるんでね、その悟りをどんどんどんどん深く大きくして下さるから、大きい光を浴びるほど良いんですね。だから、神さまのお手伝いっていう意味で、本当は理想の雛型を作れば作るほどね、そこに神さまの大きい光の応援が降りてくるのね。

 本当は自分の幸せを大きくする為だけかもしれないですよ。皆の為にって言うんですけどね。皆の為にって言っても、神さまの方が、皆の為になんですね。人の方はそうじゃないですね、未だね。神さまの心に成り切るまではね。先ず自分の幸せを大きくして貰う為にっていうね。ちょっと下心ありません?(笑)それがなくなってたらもう神さまですね。皆さんないですね、もうね。神さまに成り切ってるっていうね。そうするともう神さまの守りがいつもね、天から降るだけじゃないんです。地からも湧き出るしね。全方向、周りから全部入ってくるのね。
 こういう感じ方が本物なんですよ。ね。神さまの光、どっから来るかっていうね、中からだけか、そうじゃないんです、外からも来ないとね。天からも地からも来ないといけないね。本当、全方向から無限の無限の輝きいっぱいというの降り注いで来ないと、未だ神さまのすべてを感じたと言えないと思いますね。1方向からだったら無限分の1ですね。損してません?(笑)そしたら、また質問をして下さい。何でも結構ですよ。どなたでも。

 夢見てません、楽しんでます

 先ほどのお祈りというか瞑想の時間に、ありがとうございますが眠られているように見えたんですけど、寝てるとしたらどんな夢を見てはるんですか。

ありがとうございます:
 そうね。肉体から抜けてますね、あの時はね、お祈りの時はね。肉体の中にいないです。宇宙大に拡がって楽しんでます。夢見てません。楽しんでます。

 政治の雛型


 私、政治に関心がありまして、今、脱政党政治の時代かなって思ってますが、そういう政治を行っていくという事に関して、ありがとうございますの思う雛型で、どんな形態が望ましいと思われますか。

ありがとうございます:
 政治の本当の理想の雛型は‘政(まつりごと)’ですよね。神さまの御心を受けて、それを現実化していこうという、この姿勢が一番必要ですよね。今はね、足の引っ張り合いですもんね。その、神さまのね、御心の側に立てばね、皆神さまのお手伝いする人ばっかしですよね。皆が仲良く、助け合わないと偽物ですよね。だから、足の引っ張り合いじゃなしにね、お互いに支え合って、助け合ってね、していかないと、そういう意味では褒め称え合うというね、感謝し合う、喜び合うっていうね、褒め称えて感謝し、喜ぶというのが必要なんです。これができたら、理想の政治の雛型が生まれるんですよね。皆が助け合わないと駄目なんですね。

 ただ、今、資本主義下の民主主義であり、助け合えない、対立する構造の政党政治をとっています。それをどういうふうにしていけば良いのでしょうか。

ありがとうございます:
 でも先ず、褒め合ったら良いんですね。褒め合う、感謝し合う、喜び合うってね。これ、一人一人本物になるんですね。そしたらその神さまの御心をね、インスピレ−ションで受けるんですよね。それで、それを具体的にどうして実現していくかっていうね、一人一人がそれを実現の為の働きを、それぞれに個性豊かに発揮して進むんですね。最後に神様の御心の通りに全体がなってるというふうにね。

 だから別に人のリ−ダ−は要らないですね。皆が神さまの手足になって動き出すんです。だからそのね、民主主義って言うけど、本当の民主主義はね、神さまと一体の自覚を持った人の心が繋がらないと本当の民主主義にならないですよね。今は偽の民主主義ですね。想いの心で多数決で決めるのは偽の民主主義なの。
 感謝の心に戻ってから、初めて本当の民主主義になるのね。その時はね、正しい事は正しいって衆議一決するんです。絶対、多数決で決めるんとは違う、全部一致するんですよね。これが本当の民主主義ですよね。そうなる為にも、やっぱり褒め称え合うってね、お互いに良いとこ褒め称えあって、本心を引っ張り出さないとね。で、感謝し合わないと、拝み合わないとね。皆が喜び合って、喜びを分かち合わないとね。それが未だ足りないですよね。これができたら、理想のまつりごとの政治に変化しますよね。

 それを、どうしたらできるかというね、やっぱりこの家にね、そういう本物の政治家が来て、そういう理想の雛型について話し合って貰うと、ここでそういう雛型を作って貰うと広がりますね。これこそ本物というね、政治のあり方を、いろんな心ある政治家が集まって下さったら良いよね。これを皆に発信して知らせていこうというような感じで良いんだと思うんですけど。それができたら、強い光でパッと投影して下さったらね、どんどん変化すると思うんですけどね。だから、心ある政治家集めて下さい。

 神さまと一緒

 どのような心で、どんなふうに祈りの言葉を唱えさせて頂いたら良いか教えて下さい。

ありがとうございます:
 答はご存知だと思うんですけどね。神さまのお手伝いという気持ちでね、バックに神さまを置いて、それで「ありがとうございます」唱えると良いですね。「ありがとうございます」も神さまに唱えさせて頂いてるというね。神さまと一緒に唱えてるというのが良いんですね。
 そうすると神さまは全体ですから、すべてが「ありがとうございます」唱えながら自分と力を合わせて「ありがとうございます」の感謝の光を宇宙に振り撒く事になるでしょ。だから自分の過去のマイナスの言葉を追い掛けて消して下さるだけじゃないね。皆のマイナスの言葉までも、それが形に出て来る前に消して下さるのね。神さまのお手伝いというね、楽な気持ちが良いですね。神さまと一緒というような感じでね。

 恐怖は神さまの守り

 自分の子供を無条件に愛するように、どうしたら自分自身を好きになれるのでしょうか。それと、私は武道をやってるにも拘わらず、先日車上荒らしに遭遇したのですが、怖くて手が出なかったんです。そういう時に、本物の勇気が出せるにはどういう生き方をしたら良いんでしょうか。

ありがとうございます:
 怖くなるっていうのはね、神さまがストップかけてくれたと見た方が良いですね。普通、正しいと思ってする事がね、神さまから見ると間違ってる事もあるのね。いろんなマイナスの出来事を止めようとするでしょ。
 ところがね、因縁があってね、それを形に現さないと消えない場合が多いのね。因縁因果の法則って厳しいですよね。やっぱり、人を殺したら殺されるというのが本物の因縁ですよ。それを軽く済ませて貰う意味でね、ちょっと喧嘩が起こったり、いろんなマイナスの出来事が出てくるんですよね、それを止めてしまうと因縁消え難いんですよね。

 本当に止めたら良い時は、止めに行くと思うんです。だから、止める必要のない時はストップかけてくれるね。それも、どうしたらストップかかるかというね、神さまの方は、いろんなストップのかけ方を知ってるのね。だからちょっと恐怖心起こさせて止める場合もあるでしょう。いろんな止め方があるんですね。だから、恐怖心が起こる事がマイナスじゃないのね。

 例えば、断崖絶壁立って、平気で歩いてて落ちるんだったら、恐怖心起こさせるよね。怖いっていう気持ちはマイナスの心じゃないのよね。安全を守る為に必要な心ね。本当の登山家は恐怖心持ってるよ。危険に対してね。だからこそ、一歩一歩、安全な登り方ができるのよね。それはもう、落ちても空を飛ぶから大丈夫と言うんだったらね、恐怖心ないよね。それぐらいの気持ちで軽く登ったら転落してしまうよね。

 守られているのよね、それはね。だから、いつも神さまに守られてるという事を、実感できるようになればね、もう全部解決するよね。それはもう「ありがとうございます」って感じで教えて貰うよね。いろんな神さまいっぱい守ってるからね。それは人間気付くようにちゃんと気付かせてくれるようにしてくれるからね。
 もう日常生活全部そうよ。守りに守られてるのよね。その気付きがわかれば怖い物何一つなくなるんだけど。ただね、怖い物に出会うのも必要な時あるよ。私も小さい時は、小学生の時、蛇が一番怖かったね。蝮(まむし)も怖かったね。蝮がいてたからね。怖かったね。でもね、その恐怖心取る為にね、私の父が山歩きに連れてってくれて、放ったらかしてくれるのよね。登るのは良いけどね、父は別の所へ行ってしまってね、それで「暫く、待っとけ」って言ってね、「遅れたら、下へ降りて待っとけ」って言われる。
 山道ってわからないよね。だから、戻ってこないからね、やっぱり寂しいから下へ降りようとして、降りて行くでしょ。途中迷ってしまうのね。で、迷い道があったとこでね、必ず間違った方向へ行った時、必ず蛇が出てきて木の枝からぶら下がるの。怖いじゃない。怖くなって、別な道を走ってパ−ッと逃げるでしょ。また迷うと蛇が出てくるの。しつこいよ。不思議よね。そういうの何回も何回もあるのね。
 そうするとね、蛇に守られてるのよね。で、途中でどつぼみたいな、草で覆われて見えない危ないとこあるでしょう。そういうとこででも、まあ、蛇は出なかって、光がパッと上がるもんね。そうすると、ハッとするでしょ。すると穴があいてるのね。落ち込まないで済むでしょ。だから、その蛇と光と両方でね、守ってるよって見せてくれたのね。蛇はやっぱり神さまのお使いよね。
 その時から恐怖心消えてしまったね。もう一切の恐怖心、その時全部消して貰ったみたいね。怖い物知らずになったのその時からよね。神さま、蛇を使ってね、守りを見せてくれたり、恐怖心消してくれたのね。だから、一人一人全部違うよね。神さまが守りを見せる見せ方がね。だから、良いよ、それでね。

 本物の自然体

 恋焦がれる女性に、向こうから誘われて、奥さんがいてたら、抑えなああかんですけども、行ってしまいたい自分というのがあるんです。男ってここで格闘するわけですが、そんな時は自然体で良いんでしょうか。抑えなあかんのか、行ってしまって良いのか。

ありがとうございます:
 難しい質問ですね。(笑)想いの心で選んでした事はマイナスに行くんですよね。その時感謝の心はどれだけあるかですよね。(質問者:どっちにですか)いや、自分の心が感謝の心が深いと、先ず想いが消えるんですよね。五欲の心は全部一旦消されるんです。で、必要だったら、与えて貰うものは神さまからの助け、プレゼントなのね。
 でも五欲の心にね、惑わされて、その奴隷になって動くのは感謝のない時ですよね。その時は、マイナスへマイナスへ自分を落としてしまいますね。その時は、抑えるぐらいの方が強い自分ですよね。それを消せばもうちょっと強い。感謝できる人が一番強いんですよ、本当にね。そういう想いをね、欲を消してしまえるからってね。(質問者:その時は自然体じゃあちょっと難しい)本当の自然体は感謝の心なの。一番の自然体はね。自然体も本物と偽物があるんです。本物の自然体は感謝の心から出てくるんですね。

 痛みは大きい心のお浄め

 身体が痛い時どういうふうに感謝したら良いんでしょうか。

ありがとうございます:
 痛みがくるのはね、いろんな理由でくるんですけど、先ず痛みがきた時は、心の浄めの働きの降りた時なんです。心に溜めたマイナスの想いを肉体の痛みを通して消して下さる時ね。その時痛みがくるんですね。だから、それを喜んで受けると心が綺麗になるんですね。だから痛みって身体の故障からくるとは限らないね。何の故障もなくっても痛みがくる時はきますよね。身体が故障して痛い時も、心にマイナスの想い少ない時はね、どんだけ怪我しても痛みがないんです。必要ないんですよね。だから痛みがきた時は、大きい心のお浄めをして頂いて「ありがとうございます」と喜ぶ事が良いですよね。