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ar1042002.12.14.01
 白峰先生の「命の響きここにあり」を受けられて

      命の響きここにあり

 命の響きって神様の響きなんです

 命の響きここにあり良い演題なのですけどね。白峰先生はあまりお話せずにお帰りになったの・・・。やはり後に残そうと思って・・・・。命の響きと言うのは神様の響きなんですね。命の響きを感じる為には命の自分を持ってこないとね。命の自分と言うのは感謝の心の自分。神様の命の響きと言うのは無限の無限のチャンネルとなって、一瞬一瞬新たに出てきているのね。最高の極楽番組だけが命の響きがあるというんじゃないね。一番下の地獄番組にも命の響きの番組なのね。神様の命の響きを感じる為には命の自分感謝の心の自分をそこへ持ってこないと感じ取れないのね。

 思いの自分というもの

 普通思いの自分って、みんな掴んでいるのよね。「我思う故に我あり」というような有名な哲学者の言葉がありますよね。思いの自分が、本当の自分と錯覚している一面があるんですよね。でも思いの自分は偽者ね。過去を掴んで捕らわれた自分よね。本当の自分は神様と一体の、神様から一瞬一瞬新たに生まれてくる感謝の自分。感謝の自分というのは、神様を全て受けなおしている自分ね。だから何時も無限に無限に輝いた自分が本当の自分ね。この自分が自由自在に神様の働いてくる無限の無限のチャンネルを、自分の自由意志で自由に選んで楽しめる自分ね。せっかく与え貰った番組を楽しめないんだったら、意味が無いのよね。そこに幸せを感じ取れないんだったら、神様が与えてくる理由が無いのね。どの番組も本当に無限の大きい価値があるのね。その価値を見出せるのが感謝の自分、命の自分ね。だから神様の命と自分の命が、バチッと触れ合わないといけないね。だからもう常に命の自分は、しっかりと見つめるというのが大事ね。普通、思いの自分は思い通りになって喜ぶだけよね。小さい自己満足の幸せね。

 感謝の自分に戻る方法

 感謝の自分はそんなもんじゃないね。無限の無限の幸せ一杯の自分よね。神様のプレゼントを全部受け取る自分よね。比較にならないね。同じ幸せと言う言葉を使ってもね、神様は一人一人が無限の無限の幸せ一杯であり続けて欲しい、これが神様の願いね。だから思いに捕らわれた時に、神様は何とか感謝の心を引き戻そうとするね。最初は感謝の自分が自由に番組を選んでいるのよね。ところが一瞬一瞬受け直すという本当の感謝を忘れた時から、思いの奴隷になってしまうね。やっぱり油断しているよね。思いを溜めつづけるとドンドンドンドンその思いの縛りにはまってしまって、ますます自由を失ってゆくね。思いというのは重たいという、下へ落ちるだけ、番組を下げるばっかしね。だから思いの自分を捨てて、感謝の自分に戻らないといけないね、もう一度ね。そしたら最初の神様の御心と一つになった生き方がとれるのよね。
ただね、その思いを消す方法よね。如何したら思いを消せるかってね。思いの奴隷になっている人というのは、もう泥沼に落ち込んだよなものよね。自力では不可能、抜け出せないよね。もがけばもがく程、はまってしまうのね。だから最初は助けてもらわないとね。思いを身代わりに引き受けてもらうのね。軽くしてもらって、ちょっと自由を回復して、そしてその残った思いを神様に預けて消してもらうという生き方が必要なのよね。だからここへ来ている人は「ありがとうございます」って言える人よね。思いで一杯になった人は言えないよ。絶対言わない、反発する。何で言わんなんねんって言う訳よね。そんなこと言えるかっていうわけよね。もっとひどい状態になるね。

 「ありがとうございます」を言える自分になるまで

 「ありがとうございます」の一言を言える自分になるまでに、物凄い大きい助けを受けているのね。普通だったら、思いを溜め続けて無限の思いを一杯溜めると、思いはドンドン膨らんでゆくのね。普通一つの言葉でも思いでも宇宙を駆け巡るわけよね。そうするとドンドン大きくなってゆくね。マイナスの言葉はマイナスの思いはマイナスをドンドン大きくしてゆくのね。それはもう過去無限の年月を生きてきたとしたら計り知れない無限の無限のマイナスがあるよね。無限の無限の思いが溜まっているのね。もしその思いを自分一人で消せるかというたら消せないね。それはもう神様でないとその大きい思いを身代わりに引き受ける事も出来ないと思うね。その一つの姿が地獄よね。地獄も神様の愛の姿というね。無限の無限の思いを溜めた自分を助ける為に大勢の神様が無限の思いを背負ってくれるね。無限の苦痛を背負ってくれる身代わりにね。無限の苦痛を背負ってくれる人が無限に居て、無限の無限の思いを肩代わりできるんでしょう。自分ひとりを助ける為に神様の愛が、そういう無限の苦痛を背負ってでも、助けてあげようという振替の働きをしてくれるね。神様の大犠牲精神よね。愛の最高の働きよね。だから地獄を見た時にそういう心を、本当の愛の心というふうに感じられたら感謝の自分よね。

 ところが思いの心ではそう思えないね。皆悪い事をしたから苦しんでいるんだというわけね。地獄に落ちて当然だというぐらいしか見ないよね。自分はその地獄の苦しみから逃げたいばっかしね。思いの自分ではそれ小さく捕らわれてしまうから解らないね。気づかないね。でも感謝の自分だったらそこに神様の大きい愛を感じるのね。そしてまた自分が無限の苦痛を背負った時にどれだけ大変かと良く解るよね。無限の苦痛を背負ってくれる人に対して神様に対して深い感謝の心が自然に湧き出るね。また無限の苦痛を消してもらった時にどれだけありがたいかとわかるよね。そういう地獄の姿を一つの番組を見ても深い感謝を捧げられるという自分になったら本物よね。一番下から一番上の番組迄全部その神様の愛の助けっていうふうに順番に感謝を積み上げるのも必要なのよね。そうすると感謝の無限に無限に深い自分になるね。これが本体の本心の本当の自分の感謝なのよね。だから感謝の自分は常に命の響きを感じる。神様の愛を感じる。神様の知恵を感じる。神様の全てを感じ取る自分ね。

 感謝さえすれば

 命の響きは常にここにあるのね。無限の無限のチャンネルの番組として厳然とあり続けるのね。それを本当に神様の命っていうふうに、感じ取れる自分に戻りさえすれば良いのね。でも思いの自分って、例えこの世だけでも掴んでしまうでしょう。この地球っていうだけで掴んでしまうね。この狭い世界って掴むでしょう。そして過去をどうだったと、いつまでも掴んで、いつも過去を悔いているよね。また未来に悪い事が起こらないかと心配するよね。皆思いの自分よね。思いの自分で、いくら心配しても良くならんね。番組を下げるばっかし、思いをドンドンドンドン膨らまして番組を下げるばっかしだから、プラスになる訳ないよね。でもね感謝さえすれば、感謝の自分さえ持ってくれば、どの番組もプラスに感じるでしょう。地獄までもプラスに感じるね。その自分だったら、地獄番組も一瞬に極楽番組に変えてゆけるのね。形の地獄を形の極楽に変えるぐらい朝飯前よね。瞬間に変わるもんね。「ありがとうございます」っていうこの感謝の言葉は、それぐらい威力のある言葉なのよね。神様の最高の力が下りる祈り言葉よね。地獄を一瞬に極楽に変貌させる力があるから本物の祈り言葉なのね。実際地獄へ降りてみたら解るよ、試してみれば良いね。無限の苦痛を背負って、そして「ありがとうございます」って命がけで本当に唱えた時に瞬間に変わるし、本当に極楽に変貌するのね。この世に居ても同じなのよね。この世でも本当に命がけで「ありがとうございます」って言えば、心は瞬間に幸せな状態になるよ。形も変化するね。これはもう絶対に間違いないのね。

 全てのマイナスは自分の思いを消してくれる神様の愛の姿

 ただ思いの自分があるとちょっと駄目だよ。思いの無い自分でないと駄目よね。だからちょっと時間がかかるのね。その神様の助けというのが、常に自分ひとりに向けられているのね。宇宙全体が神様の愛の助けの姿ね。常にこの世に居ても同じね。自分ひとりを幸せにしたいばっかにし、神様がいろんな姿で現れて助け続けて来るね。それで自分の持っている心に溜めた思いを消す為に、この世だけ眺めても、皆自分の思いを肩代りしてくれる姿って見るのが良いね。自分の思いを振り替えて取ってくれる姿っていうね。そうすると周りのマイナスに引っ掛からないね。人のマイナスの姿にも、自分のマイナスを取ってくれた大犠牲精神を感じるのね。大自然のマイナスの不調和の姿も同じよね。大自然が自分の思いを背負って、消してくれているって見るのね。もう全て、マイナスは自分の思いを消してくれる姿よね。軽く軽くする為に消してくれる愛の姿よね。プラスは勿論喜んで受けたら良いのね。無限の無限のプラスを一杯与えてもらっている、そのプラスをしっかりと受け止める事によって、気づきが増えてくるね。プラスが発見できるね。

 全ての番組が感謝を深める為の勉強材料

 感謝というのは一回「ありがとうございます」って、空念仏にいう事じゃないよね。どれだけ有り難いかって、一つ一つ気づいてゆく事よね。本当に感謝の心が湧き出たら、この世の人に全員に、たとえ地球だけで良いよね、地球上の62億の全ての人に「ありがとうございます」って、一回言わないとアカンね。でも62億の人に一回言おうと思っても、何年かかるの。この一生では言えないね。100年では言えないのね。人だけじゃないもんね。宇宙の全てに、一回でも感謝を捧げよう思ったらどれだけ大変かって、それでも一回しか言えて無いよね。本当に感謝も行き届いてないし、できてないというのが本当よね。それでも神様は無限の無限の愛を持って、助けつづけて、幸せにしようとしてくれているっていうね。この一つ一つの神様の愛の働きに気づくのが、本当の感謝ね。だから何処までも何処までも感謝しても足りないね。もっともっと感謝を深めて深めてっていうね。神様はその感謝を深めてこそ本当の神様の命の響きを感じ取ってくれているというんでね。それで感謝を深める材料を一杯持ってくる。全ての無限の無限のチャンネル、全ての番組が感謝を深める為の勉強材料よね。全ての番組から感謝を深める勉強をするのね。一つ一つに感謝を捧げて、感謝を積み重ねて、本当の感謝のできる自分になってゆくのね。その感謝のできる自分が命の自分よね。神様の命の響きを本当に感じとれる自分になってゆくね。感謝にたどり着いた人っていうのは、一番幸せなんよ。

 その人の波に合わせて思いを取り、自分の中で消す

 私もその皆ね、思いの自分から感謝の自分に戻れるように、助ける為のお手伝いの一つをさせて貰っているの。だからその人の思いを軽くする為には、その人に合わせてゆかないといけない、波をね。どの段階になってもその人の波の状態に合わせて、同じ立場にたって、その人の思いを吸い取るのよね。その思いを消すのは自分の中で消さないとね。お祈りして、その振り替えた思いを燃やしてしまうわけよね。そうすると低い番組だとやっぱり燃えカスができるね。灰になるの。それが痰になって出たりいろんな症状が出てくるね。だからこの人を助けたいと思うと、やっぱり思いを取っていかないと、波をあわせないと取れないのね。だから一人一人を思いの自分から、感謝の自分に向き変えさせるだけでも大変なのね。神様の働きってそうよね。苦労している。ある程度感謝ができるようになった時に、今度まだ思いが残っていると、思いの自分が前面に出てくるでしょう。

 思いを叶える為の感謝は大きい光は受けられない

 思いを叶える為に感謝をしようとするね。なんでも思い通りにして欲しいというんで、「ありがとうございます」と言い始めるよね。まだこれは思いが前面に出ているから、まだ思いの心がまだ一杯残っているのよね。思いの心を前面に出した時は、神様はまだ大きい光を投げかけるわけにはいかないよね。これは如何してかというと、その人が火事になってしまう。心にゴミの山を一杯持っているでしょう。大きい、強い光を与えたら火事になるよね。心の中は丸焼けよね。大変な事になるね。極端に言うと八熱地獄 の苦しみになるね。思いを一杯溜めた状態に、そこへ強い光が降りたらそうよね。それをするわけにはいかないね。だからお祈りし始めた人でも、その思いをドンドンドンドン神様に預けていかないといけないね。自分の中で燃やしたら、自分が焼却炉なるから大変なのね。神様の中へ持っていって燃やしてもらわないと、消してもらわないといけないね。お祈りの一番の秘訣、一番大事な所は、先ずお命を神様に預けるという、ここが一番のポイントよね。

 最初は思いの心でお祈りしても良いよね。でもその思いの心でお祈りをしても、大きい光を受けられなよね。だから思いを減らすまでは行かない。思いの方は勝手に増えるのよね。丁度高利の借金と同じでね。何もしなかったら毎日毎日増えてゆくの、何倍にもなってね。だから思いは絶対減らない、少しの助けぐらいでは減らない、ごそっと取って貰わないとね。だからご利益信仰的に神様を信じても思いは消えないね。小さい自分の幸せばっかり願っても、いくら「ありがとうございます」を言っても思いは消えていかない、増えるばっかしね。ますますエスカレートするのね。


 お祈りの秘訣

 だからお祈りの秘訣は、やっぱり命を先ず神様へ預けるという練習ね。この命を神様に捧げますっていうね。神様の御用にお使い下さいっていうふうに捧げると、その時に大きい思いが、ごそっと神様の中へ入ってくるのよね。神様に預ける事になるね。その思いを神様が引き受けた時に、神様の中で燃やしてくれるね。一番奥まで行かないよね。途中で受けてもらうんだけど、高い番組だと焼却炉も性能が良いのね。灰も残らない完全燃焼する。だからそういう焼却炉へ投げ入れるというのは、一人一人の責任なのよね。命を神様に捧げますって言って、真剣に感謝して、真剣に神様へお手伝いする人の思いは、いくらでも取れるのね。波が、波動が高いから、高い番組で受けられるのね。私でもそうよね。皆の思いを無限の思いを背負っても大丈夫、その時はね。私の番組の焼却炉は高いの。ダイオキシンも出ないの。煙も出ない、灰も出ない、完全燃焼の焼却炉になるからね。いくら皆の無限の思いを背負い続けても、引き受けても消えてしまうね。何の苦痛も起こらないね。ただ低い番組に合わせた時だけ、やはりちょっと苦痛が伴うよね。

 お祈りに触れた人は真剣にお祈りをしないといけない

 皆さんが一人一人お祈りができるというのは、代表として選ばれるのやっぱりね。大勢の人が助けてくれて、そのお蔭で自分がお祈りできるように、変えてきてもらっているの。その使命を果たさなかったら、身代わりになって助けてくれという人が待っているんだから、何をしているのという訳よね。早くお祈りして助けてくれんと困るじゃないのっていう訳ね。だからその身代わりに思いを背負った人は、低い番組に落ちるでしょう。低い番組というのは、同じ苦しみでも長く感じるのね。長く間苦しんでいる感じになるから、一秒でも早く助けて欲しいという気持ちになるよね。だからお祈りに触れた人は真剣にお祈りしないと、身代わりになってくれた人に対して申し訳ないね。身代わりになって苦しんでいる人、下の人ほど血を吐くような思いで待っているよね。早く助けて、怠けんといてっていうわけよね。だから私らでもそういう人の思いまで、背負わんなん時があるのね。そうすると血を吐いてしまうね。その思いを消す為に、身代わりに消す為になってしまうんよね。やっぱりそういう低い番組に落ちて苦しんでいる人を助けようと思ったら、軽くしようと思ったら、同じ番組に波長を合わせないと受けられないよね。その時はこの肉体も血を吐くの。でも何時も吐いてられないね、死んでしまうからね。その時はまた高い方へ心を向けるのね。神様の光源へ心を向けるとすっと消えるの、そうしたら何ともないね、もうね。それだけしていると皆を助けられないね。時々また低い番組へあわせていかないと駄目でしょう。その繰り返しよね。だからお祈りしたから楽と言うわけではないね。皆を助けよう思ったら、低い波にも合わす必要がある時が有るのね。でも皆が本当に神様に心を向いてくれたら楽なもんよね。本当に「ありがとうございます」を言ってくれたら、助けるのも一番楽なんよね。大きい光をいくらでも受けてくれるんだったら、自分はもう光源だけを見つめたら良いもんね。神様の大きい光だけを受け続けるだけで、皆に光を受けとってもらえるのね。だから私が病気だからってね、病気じゃないよね。可哀想だからお祈りしてあげようじゃ駄目よ。これは思いでするんだからね。だからちょっと軽く助けてあげようというんだったら、深いお祈りをしてくれないとね。命を神様に預けて、真剣に感謝して、真剣に奉仕したら、私はもう低い波にあわす必要がないからね。いつも楽な状態よね。幸せ一杯という。だから絶対苦しまないよね。でもこういうマイナスの話はあまり聞かん方が良いのね本当はね。ちょっと聞いて、後は神様の方へ心を向けるというのが大事ね。

 命の響きを感じ取ると調和が生まれてくる

 この世の現実的な話も同じよね。現実がどんだけ大きいマイナスがあろうが、今戦争状態であっても、現実を掴んだら戦争に巻き込まれるのね。だから本当に波を変化させて、平和な姿を現実化しよう思ったら、現実の戦争状態を無視しないとね。今ここに神様の完全平和世界があるというふうに、それだけをしっかり心に受け入れるのが大事よね。そうすると番組が変わるのね。戦争状態が平和な状態へすぐ変化するね。病気になっても同じよね。病気を見つめたらなかなか治らないよ。病気と取り組んで薬飲んでお医者さんへかかって、いろいろやってもなかなか治りにくいね。本当のお祈りはそうじゃないよね。神様の中に無限健康完全健康を与えてもらっている姿があるからね、それをしっかり心に受け入れたらいいだけね。そうしたら奇跡的に病気は治るのね。瞬間に健康になるのね。だからその現実を掴むのは一瞬で良いよね。お祈りをしっかりする為にね、そのきっかけにすれば良いね。あとはお祈り一筋が良いのね。プラスの言葉を使ってしっかり神様の響きを受けるのね。命の響きをしっかり感じ取るのが良いのね。そこに調和が生まれてくる。

 全て命がけになる

 だからお祈りの使命を持った人というのは本当に命がけにならないと損をするよね。もともと神様は命がけなんよ。全て命がけで働いているよね。怠けていたら無限の無限のチャンネルは絶対作れないよね。一つの番組作るのでも大変よね。それを無限の無限のチャンネル全部違えて作るんでしょう。それも一瞬一瞬、新たに作り直してくるとなったら、神様の働きというのは命がけよ、本当にね。真剣そのものでしょう。だからその神様のその命の真剣な響きに合わせていかないと本当の意味で受け取れないよね。そういう意味で真剣になるというのは大事なのね。真剣というのは命をかけるという、自分の全てと引き換えにするという気持ちよね。無我夢中と、がむしゃらとはちょっと違うのね。古い自分を神様にお返しするという意味よね。そして新しいのを引き換えに受け取るというね。ある意味では底抜けに明るい楽天的な気持ちになる事なんよね。悲壮感に走るのとの違いは、古いのと新しいのに取り替えてもらうだけなんよね簡単に言うとね。

 命がけになる方法

 ところが思いの心は古いものを選んで掴んで離さないよね。だから言葉を変えたら思いを捨てるということよね。古い心を思いを捨てるというのが命がけなのね。その捨てる方法よね。どこへほかして良いんじゃないからね。消える所へほかさないと駄目よね。そして神様の中へ捨てるのね。神様は何処に居てるか解らないよね。本当は神様は何処にでも居てるんだけど気づかないからね。それで神様を身近に呼ぶの、「ありがとうございます」って呼ぶわけよね。「ありがとうございます」って呼べば、神様は身近に来ているのね。そこで命を捧げますって、誓えばいいのよね。そうしたら神様は受け取ってくれるよね。古い命を受け取って、同時に溜めた思いも受け取ってくれるね。そしてその神様が消してくれるのね。そうするとますます感謝ができる自分になるね。命をあずけ易くなるね。その繰り返しによって、思いを全部消しきってもらったら、今度は感謝ばっかしになるね。感謝ばっかしの心になって、初めて感謝の祈りの入門よ、ある意味ではね。そこからよね、

 感謝の自分は大きい助けを受ける

 本当に神様の命の響きを心行くまで味わい続けてゆくのね。一つのチャンネルを味わうだけでも大変なんね。無限の無限のチャンネルを全部味わうなんて、気が遠くなるぐらい大変なんよね。でも一つ一つのチャンネルを本当に心行くまで味わえたら本物よね。本当の幸せを味わい続けられるね。だから思いの自分に捕らわれた自分が、いかにちっぽけな小さいつまらんもんかってね。本当は大損しているよね。無限の大損よこれね。早く感謝の自分に戻るっていうのが一番幸せなんね。だから「ありがとうございます」にたどり着いた人は、幸せのパスポートを掴んだのと同じね。後はそれをしっかり使いこなせる自分に変わる事よね。だから思いの自分で「ありがとうございます」を言っている間は、まだ小さい助けしか受けられないから損をしているね。感謝の心の自分が「ありがとうございます」で唱えるようになったら良いのよね。ただ自分をどちらに置くかよね。感謝の自分において「ありがとうございます」を唱えるのね。思いの自分だとあれこれ願い事を立てて「ありがとうございます」と言うじゃない、これ損するね。感謝の自分はもう何も要らないよね。何も願わない、求めない、ただ無心に「ありがとうございます」を言えたら感謝の自分の「ありがとうございます」ね。この時は大きい助けを受けるのね。



 神社で願い事をする時は先にお礼を言う

 良く神社へ願い事を行く人があるでしょう。神社へ願い事を言っても、神社の神様は願い事を言いに来たら、思いを一杯持って来ているだけだからと言うね、波が合わないから助けずらいと言うよ。でもお礼に行く人があるね。「ありがとうございます」ってね。お礼に来る人は、また助けてあげようかというね。助け易くなるというね。お礼を先に言いに行く方が良いみたいね。そうすると神様の大きい無限の助けでも、いくらでも受け続けられるね。先に御礼を言えば良いね。病気を治すんでも同じね、病気を治してってお百度を踏んでも効果は少ないね。先に感謝しとくのね、もう治して下さって「ありがとうございます」ってね。それぐらいが良いのよね。それで治して下さっても要らないのね。「ありがとうございます」だけで行くと、すぐ良くなるのね。

 どんな場合も宇宙の大神様へ感謝を届ける

 だからどの神社も本当は、個別の神様がいてるんじゃないよね。宇宙の大神様がいろんな姿に現れているだけなんで、だから個別の神様というふうに見ているのは小さく見ているのね。損しているよね。そこに宇宙の大神様が降りているんだというふうに、お参りするのが一番良いよね。思いの心はどうしても捕らわれるのね。小さく捕らわれるからどうしても取り方が下手になるのね。誰か宅急便でプレゼントを送ってくれたとするでしょう。配達の人に「ありがとうございます」を言うだけで終わったら、本当の送り主を無視しているよね。そうしたら次から来ないね。本当の送り主に「ありがとうございます」を言わないと駄目よね。お礼の葉書を出すとか電話を掛けるとか本当に「ありがとうございます」って、本当の送り主に届いたらまたプレゼントをくれるよね。ここが一番大事な所よね。本当の送り主は宇宙の大神様ね、全ての送り主っていうのね。だから宇宙の大神様へ感謝を届かせないと駄目ね。そこから必要に応じて何処からでも、プレゼントのその支店が一杯あるのよね。食べ物は食べ物を扱っている所から送って来るね。着る物が要る時は着る物を扱っている所から送って来るね。だからいろんな所から神様は自由自在に必要な物を送り届けて来てくれるのね。だから途中に心を引っ掛かると一番奥まで感謝が届かないから、やっぱり次にプレゼントを受けそこなうのね。だからどんな場合も常に宇宙の大神様へ心を向けるって必要ね。そこへ感謝をするというのがね。

 師匠を宇宙の大神様に定めると必要に応じて助けが来る

 それでその師匠と弟子ってあるでしょう。関係でも、本当の師匠は宇宙のただ大神様一人よね。ここへ行かないと偽者よ皆ね。どんな素晴らしい大聖者が現れて、真理を解いて教えてくれたって言ったって、宇宙の大神様から見たらそんなん取るに足らないね。ゼロ以下というね。爪の垢の先ほどでもないという。宇宙の大神様から見たらそうなんよね。この肉体を持って生まれて来たどんな大聖者もたいした事無いよね。本体の奥の無限の無限の輝いた本体の自分ですら、宇宙の大神様から見たらちっぽけなもんなんよね。だから本当に真理の勉強をするっいう場合でも自分の本当の師匠を定めないといけないね。宇宙の大神様ただ一人に定めないとね。そこへ定めたら自分の心境の変化に応じて、必要な所から助けが来るのね。いろんな師匠が段階に応じて次から次へ出てきても良いのよね。これは神様の方から派遣されてくる師匠なのね。ドンドン移り変わらないといけないね。同じ師匠にしがみつくのはおかしいよね。そうでしょう、学校へ行ってもそうよね。一年生は一年生の先生がいるね。二年なったらまた次の先生が出てくるかもしれないね。中学校へ行ったらまた中学の先生よね、高校は高校の先生って順番に先生が変わらないとおかしいよね。ただ宇宙の大神様が本当の師匠というふうに定めた時にそれは自由自在になるね。ここがポイントよ。大事なとこよね。この世の人はいろんな素晴らしい宗教が生まれて、その教祖に縛られ、教えに縛られ、組織に縛られ、がんじがらめになるのね。これ宇宙の大神様を自分の師匠に定めてないからね。途中のつまらんものに心を留めているから縛りが多くなるね。だからその縛りを解くのが目的なのにね。縛られたら逆じゃないね。だからこの「ありがとうございます」が何故今現れて必要なんかというのは、「ありがとうございます」は宇宙の大神様の究極の名前だからよね。本当に思いを消して自由自在にしてあげようという神様の救いの働きとして現れているからなのね。無心に「ありがとうございます」って唱えるだけで思いを全部消してもらえるね。本当に自由な心にしてもらえるのよね。なんの縛りも無い自由な心になったら後は何にも要らないと言えるよ。

 最高のプレゼントを受け取らない方が傲慢である

 この世のつまらんもん何にも要らないってね。一瞬一瞬神様から最高のものを受け取ろうというふうになってくるね。この世に価値なんか無いよ。低い段階の番組でしょう。そして古いもんばっかしじゃない。なんぼ素晴らしいって言ったって、たいした事ないのばっかしよね。それよりも神様が一瞬一瞬最高のプレゼントを与えつづけてくれるでしょう。それを受け取る方が大事なんよね。受け取らないと神様に対して失礼よね。受け取らないのは謙虚と違うよね。逆よね、傲慢よね。拒絶しているんだもんね。最高のプレゼントを拒絶して、詰まらんもんを握っているのね。本当は傲慢なんよね。神様に対しては無礼千万な態度よね。だから小さい幸せで満足しているのは間違いよね。何処までも何処までも無限に無限に大きい幸せを受け取る自分でないとね。謙虚な素直な自分じゃないもんね。

 神様からのプレゼントは今現れた大きい宇宙を受ける

 命の響きここにありという意味で、本当に命の響きといのうは神様の全ての特性ね。神様の働きよね、特性っていうのはね。この働きがもう無限に無限に輝いた姿よね。これは常に今ここに輝きつづけているのよね。だから幸せだったらいつも無限の無限の幸せが一杯と受けるのよね。もう小さい受け方では損しているよね。命の響きとして受けてないよね。だから物を貰って「ありがとう」なんていうのは幸せでも感謝でもなんでも無いの。こんなつまらん生き方じゃないね。もう神様からのプレゼントは無限の無限の大きい宇宙受けなおすの。宇宙全体を受けないとね。地球一個貰ったぐらいじゃあアカンの、小さすぎて。宇宙全体をいつも受けなおさないとね。それもねこの世の宇宙だけでは小さいのね浅いのねつまらんのよね。もっともっと高い宇宙も含めてね同時に受けなおすような気持ちでないとね。もう全部無限に輝いているっていうふうに感じないといけないよね。一人一人が無限に輝いているってね。石ころも無限に輝いているってね。もう全ての存在も無限に輝いているっていうふうにね。この世も受けるんでもそのぐらいの気持ちで受けないといけないよね。命っていうのは輝いているよね。それで生きて躍動しているのね。動きの悪い物ほど死に近づいているよね。古くなるほどもう腐りかけている、死んでいるのと同じよね。だからより新しいより躍動感のあるものが本当の命の響きを奏でているのね。だから神様からのプレゼントは一番新しいのが良いのね。一瞬一瞬今現れた宇宙を受けなおすのが良いのね。だから新たな善徳の無限の無限の輝きが一杯というふうに、そういうふうに宇宙を受けなおすのね。そうすると命の響きを感じやすくなるね。

 神様に使ってもらった時が本物の感謝

 でも油断したらすぐ思いの自分になってしまうからね。毎日が真剣勝負ね。毎日命を神様に預けますって言わないとね、命を神様に捧げますって言わないとね。神様のお手伝いに使って下さいって言わないといけないね。これを忘れたらまた思いの自分に前面に出してしまうね。そうすると神様は遠慮して引っ込むでしょう。思いを取ってもらえないね。だから命を捧げますって言ったら神様は出て来るよ必ずね。そして「ありがとうございます」って言えば、ドンドンドンドン引き受けて取ってくれるね。そうすると本当の意味の神様の働きが自分の中から湧き上がってくるね。神様に使ってもらう自分になった時が本物の感謝なのね。祈り言葉を「ありがとうございます」を唱えるのと、神様に使ってもらって大きい働きをするのとこれワンセットになってないといけないね。「ありがとうございます」って唱えているけども、何も出来ないというのは偽者よね。良い事は何も出来ないって、まだ神様を受け入れてないよね。拒絶している一面があるよね。だから命を神様に捧げ「ありがとうございます」って、真剣に唱えたら必ず神様の中に自分の中から沸き上がってこないと、湧き上がって来た自分は神様の働きがそのまま出て来るから、必要ないろんな働きを一杯さしてもらうよね。それも喜んで喜んで楽しく楽しくいろんな事をさしてもらう自分になるね。そのときが本当の感謝している自分と言えるのね。だから感謝はその働きと一体化しないといけないね。神様の働きと一体化したら本物の感謝になるね。

 与えるだけに喜びを感じた時が本当の感謝

 だからある意味では感謝を受ける事よりも与える事なのね。働いて与える事のほうが本物の感謝なのね。いろいろ人からしてもらったり、周りから助けて貰ったのは、まだ本物かどうか解らないね。助けてもらって感謝して喜んでいるというのはまだ偽者かもしれないね。思いの自分が思っているだけで、借金かもしれないね。でも中から神様の助けが出てきて無限の働きをして、皆を助けてっていう働きだったらこれ本物よね。本当の神様の助けを受けたことになるね。それで貸しを貯金を一杯増やしたことになるでしょう。本当の助けを一杯受けたことになるよね。まず与え尽くす感謝が一番良いよね。それができて宇宙全体から大きく受けなおす自分も必要なんよね。受けるだけで喜んだらまだ本物かどうか解らないね。だから先ず与える練習よね。神様の助けを一杯受けて与え尽くす練習を先ずするのね。その感謝が先ずしっかりと身についた時に、何を受けてもいいという感謝よね。だから循環する感謝になって来るね。だから思いの方はまだ御利益信仰的に、貰うばっかし受けるばっかしの感謝を喜ぶけどね。これはまだ思いの自分に負けている可能性が有るのね。だから与えるだけに喜びを感じた時が本当の感謝よね。湧き上がる喜びが必ず出てくるね。でも貰った時はちょっと警戒したほうが良い。それで喜んだら浅いかもしれないからね。与えた時に感謝できたら本物なのね。だから人に何か物を与えるんでも親切に与える、何するんでも感謝して与えるのが本当なのよね。与える事ができるという事がほんとの神様の助けを受けたことになっているから、それに対する感謝が本物になるね。深いよ「ありがとうございます」はね。神様は無限に深いけどね。その神様に近づきニコニコしてしっかり掴む事だからね。神様の働きと一体化するのが本当の意味の「ありがとうございます」っていう祈り言葉となる目的よね。これぐらいにして質問があったらちょっと続いて。何でも良いよ。

 この場所へ来る意味

【皆の代表でここへ来ているのですけれど、皆の代表っていうのは解らないのですけれど・・・・。】


 そうね。自分の縁者ってたくさんいているのよ。この世的に浅く見ても2、3十万人ね。もっと大きく深く何億人の代表よね。それだけの大勢の人が自分一人の祈りを待っているのね。祈りを深めてくれるのを待ってくれているのね。自分が祈る事によって自分の世界の全てが救われるって本当なんよね。だから思いの自分から早く感謝の自分に戻って、神様の光を一杯ふりまける自分になると良いのよね。

【ここへ来るという事自体が、大勢の人の思いを引き受けて来ているっていうことですか】


 思いを引き受けていうんじゃなくて、皆に思いを分担して背負っといてもらって、軽くなって来ているのまだね。それでお祈りの出来る感謝のできる自分になって恩返しをするのね。早く恩返ししないとね。皆を早く助けないといけないでしょう。だから早く真剣になって、感謝の練習をさせてもらうのが一番幸せなのよね。ここへ来るのはその感謝が真剣になるように、早くお祈りが深まるように助け合う場としてあるのよね。自分一人ではどうしても甘くなるじゃない、忘れてしまうじゃない。だからお祈りする人が居てる中だと、また思い出して感謝が深くなるのね。また相乗効果が起こってお祈りの深くなるのが早くなるね。

 あれこれ願ったり思ったりしない方が良い

【あれもしたい、これもしたいというのと、感謝もしなければならないというそういうジレンマにある時は、やっぱり思いを感じているのでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうね。「ありがとうございます」は必要な事をさせてもらう生き方だから。本当に必要な事をさせてもらわないとね。あれがしたいこれがしたいはまだ思いの世界になってしまうね。一番必要な大事な事は何かというのは神様だけだ良く解っているのね。本体の自分が解っているのね。だから「ありがとうございます」を唱えていると一番必要な、大事な事を優先して出来るようにしてくれるね。思いの方はあれしたいこれしたいと次から次へとそれが出てくるね。それに振り回されたらコロコロ変わるでしょう。一貫性も無いのね。でも神様の方は一貫性があるよね。これが必要というたらこれを徹底してさせてくるね。感謝が先ず深まるようにしてくるね。だからあれこれ願ったり思ったりしない方が良いね。ひたすら「ありがとうございます」で神様の導きを受ける方が大事よね。そうしたら必要な事を優先して、させてくれるね。

 ありがとうございますのようなお顔になれるでしょうか?

【今日始めてこさせて頂いたんですけどありがとうございますの顔があまりに素晴らしくて感激しているのですが、やはり感謝をして物事をプラスに考えて神様に命を預けたらそのようなお顔になれるんでしょうか?】

ありがとうございます:
 皆さんそうなっているのに。そうよ。必ず幸せにしてもらうでしょう。だから幸せがそのまま出てくるような顔になれば良いよね。「ありがとうございます」で全部なるよ、それね。

高い番組を相手にしてこの世を高めてゆきたい

【今日見えた白峰先生とはどういったご因縁の関係というか、前世的なものというか・・・・。】

ありがとうございます:
 あの。普通、前世とか過去世とか因縁の世界とか輪廻転生の世界というのを相手にする時は、低い番組の世界なんよね。低い番組を相手にしたらいろんなそういう前世とか過去世とか出てくるね。私はそういう世界も相手にしたくないという・・・。だからその輪廻転生の無い、今新たに新たに神様の中から生まれ出てくる番組、高い番組を相手にして、そしてこの世を高めていきたいというふうに思っているのね。

【何時頃からお知り合いなんですか?】

ありがとうございます:
 神様の中ではいつも。本体の自分同士はいつも皆一体だから深い繋がりがあるわけよね。でも低い番組になると、その繋がりもたいした繋がりも無いよね。もっと低くなったら腐れ縁よね。だから高い縁を受けなおすんだったら、一番高い番組へ向けるほうが良いね、心をね。

 日常生活の中で「ありがとうございます」のお祈り

【自分の本源の神様をありがとうおじさんがいつも仰っている神様と定めたとして、実際の生活の中でいろんなの宗教の方といろんな場面で関わる時、例えば、般若心経を唱えている時に、黙って「ありがとうございます」を唱えるのは、相手の人に失礼にならないかなと思ったりするんですけれど・・・・。】

ありがとうございます:
 それは、口に出して言うと、ちょっと違和感が生まれるかもしれないね。でも心の中でだったら解らないよね。心の中で般若心経を唱えているっていうふうに思わせたら良いじゃない。本当は「ありがとうございます」の方が心の中でたくさん般若心経を唱えた事になるのよ。その方が本当の響きが一杯出てくるから心で唱えるのだったら反発をくらわないよね。また皆を助ける事になっているね。

【そういう気持ちで中に混じっていても構わないという事ですか?】

ありがとうございます
 大丈夫ね。

 供養するとは御先祖様をマイナスに見る

【先祖の供養は「ありがとうございます」を言わせて頂くのが一番良いのでしょうか?】

ありがとうございます
 そうね。「ありがとうございます」は、もう全てを神様として、拝んで受けて助けて貰うばっかしの自分になれば良いのね。供養をするなんてご先祖様をマイナスに見ているかもしれないじゃない。失礼極まりないよ。皆既に悟っていて無限の無限の輝き一杯でいつも自分を護り続けてくれているというふうに受ける方が本当の感謝になって、失礼じゃなくなるわね。その方がご先祖さんも本当の意味で喜んでくれるでしょう。

 「ありがとうございます」の説明文がお経

【お経とか祝詞とかありますけれど無理に頭で覚えようとしなくても、そういう場面でもとにかく「ありがとうございます」を心から言わせて頂く方が・・・・。】

ありがとうございます
 そうね。お経ね、「ありがとうございます」の説明文なの。本当の感謝とは何かというお祈りとは何かという本当の意味の説明文なの。般若心経もそうよ。観音経も同じね。全てのお経全部ね、「ありがとうございます」が出来たら必要なくなるの。

ありがとうございます



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