0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.


 本来のお祭りの意味

ありがとうございます:
 「祭り」という意味ですよね。これは宇宙の大神さまと出会って一体化するための一番尊い行事なんですよね「お祭り」というのはね。
 だから、全国でいろんな神社があって、いろんなお祭りがされてますけど。本当のお祭りをみんな見失ってるのね。過去に執われ、部分に執われ、思いの心で掴んでいくお祭りは、もうつまらんものになってしまってるね。本当はどの神社の神さまも、宇宙の大神さまとみんなとを一つにつなぐための、天と地をつなぐ、はしごの働きをするお役目で降りてるのね。
 お祭りは宇宙の大神さまと一体化するための行事なのね。それをみんな見失ってるのね、それでつまらん地域の祭りというふうになってしまってるね。
 本当のお祭りは、宇宙絶対統一神、天照大御神さまと出会って一体化する最高のものなのね。だから、人の主催するお祭りなんてつまらんね。宇宙の大神さまが直々に主催してみんなを招待してくれるのね。そこへ参加することによって神さまと一体化するの、最高のプレゼントを受けるの。

 どんなお供え物がいいのか

 普通のお祭りでもそうだけど、お供え物ってあるでしょう。海の幸、山の幸ってね。一番新鮮な最高のものをお供えするじゃない。これは形をそういう形で現してる意味が何故かというと――

 自分の持っている最高のもの、本物を神さまに捧げ尽すのよね。そして神さまからそれ以上の大きい本物を、最高のプレゼントをいただき直すためなのね。だから、深い感謝の心、深い奉仕の心で参加するということが最高のプレゼントを捧げてるのよね。だから、神さまの全てを受け直して悟りが開けるのね。本当の神我一体、神さまと一体化するのよね。それが本当の意味の「お祭り」なんよね。

 特に、地球上で今いろんなマイナスがあって、滅ぶかも知れんという心配する人があるぐらい大変なときだけど。神さまから見ると「みんな我が強すぎる」と言うね。「もっと神さまのプレゼントを謙虚な心で素直に受けたらいっぺんに極楽世界に変わるのに」というわけよね。みんな受け方が下手なだけね。お祭りの心を忘れてるのよね。神さまはわざわざ「お祭り」という姿で、大きいマイナスをぜんぶ消しきって、大きい無限のプラスを与えようと一所懸命になってるね。本来の「お祭り」という気持ちをしっかりともう一回思い返して、思い直して受ければいいだけなのよね。

 西郷隆盛の愛した言葉

 「惟喬親王祭」というのでも、過去の伝統的な行事ではつまらんのね。そんなんは惟喬親王さんも願ってないの、全然ね。宇宙の大神さまと早くみんなが一体化して欲しいという、この願いで今も応援にきてるわけよね。

 御陵の前に「敬天愛人」の大きい字があるでしょう、観峰さん(原田観峰:書道家)が書いてつくってくださったんだけど。あの「敬天愛人」という言葉は、西郷隆盛さんの一番愛した好きな言葉なのね。何故あれがあるかというのね、元々あそこにはなかったのね、別なところにあったのだけど、あそこに現われてきたわけなんですね。
 明治維新の英傑・勤王の志士たちがぜんぶ応援に馳せ参じてきてるのね。本当の世界平和のために、世界維新のために高い神さまだけじゃないのね、本当に心ある勤王の志士たちがぜんぶ馳せ参じてきてるのね。だから、西郷さんも常にあそこに現われてるのね。「なんとか世界を早く平和にしたい、みんなを本当の意味で神我一体になって幸せな状態に早くなって欲しい」という意味で応援に馳せ参じてるのね。だから、ありとあらゆる本物を目指す人が集まってくるようになってるのね。

 本物を多く集めれば集めるほど、本物の炎が燃え上がるのよね。お祈りもそうだけど、相乗効果を起すのね。一人で祈ってたら一人だけの効果よね、百人寄ったら百×百よね、一万倍の効果が出るのね。だから、本物を目指す本物を持った人が大勢集まることによってね、より大きな本物の炬火が燃え上がるね。そこへ神さまが直々に降りてくる、降りやすくなるのね、波が合うからよね。もう、凄い大きい働きになるのね。
 本当の意味の「天岩戸開き」よね。暗黒の世界に天照大御神様がパッと現われる感じになるのね。
世界維新よ、本物の世界維新になるわね、世界がガラッと変わるのね。

 こういう本当の意味のお祭りでなかったら、わざわざ北海道や沖縄、九州から高い旅費を使って時間をかけて来るだけの価値も意義も全然ないでしょう。本物のお祭りには、もう世界のどっからでも来ても価値があるの。このお祭りに一回参加することによって自分だけが救われるんじゃないよね。自分の心境を、マイナスを消して、大きいプラスを与えてもらって、神様を感じるまで変えてもらって、悟りが開けるって、これだけじゃないね。自分の縁者が全部そうなるのよ。
背後の何十万人だけじゃないね、この世の縁者もその背後の全ても、どんどんどんどん心境を高めあげてもらう大きいプラスを与えてもらうのね。だから、もの凄い大きい働きをさせてもらうよね。つまらん小さい働きじゃないよね。そういうお祭りを神さまが直々にしてくださるのね。

 今までの惟喬親王祭は人のしていることなのね、人の主催する小さいものよね。ちょっとは惟喬親王さんなんかが中心になって、救世の神々がちょっと前向きに応援し始めてくれたというだけね。でも、今年からは違うのね、宇宙の大神様が直々に主催し始めた。だから、全然意義が違うの、今までとはね。

 奉仕の心で場を浄める

 ただ、この宇宙の大神様が直々に現れるという、その受け場を整えていかないといけないね。そういう意味で感謝の心を深くして、奉仕の心で場を浄めていかないといけないね、この全体を、先ずそうよね。
 先ず清掃奉仕から始まるのね、感謝の心で奉仕することによって場が「浄・清」められるね、波動が高まるのね。宇宙の大神様が降りやすくなるね、そうすると本当の意味の天地の太柱が厳然と現れるね。
 光の柱が大きく太く現れた時に、はじめて天地が大きく交流されるのよね。そこに参加した人、どんな段階の人も全部が高い高級神霊とも交流できるでしょう。もう自由自在に螺旋状の渦巻きが起こるのね、天地が交流されるのよね。本当の喜びが満ち溢れるような感じの本当の意味のお祭りになるね。
 光の玉が喜びでいっぱいで飛び交うの。写真に撮ったら多分ね、光の玉が渦巻状になって飛び交うのがいっぱい映るはずなんよ。もの凄い光の渦巻きが起こるね。それが本当の意味の「お祭り」よね。
 だから、上下の差別なんか無いのよね、みんな一体感の本当の喜びだけの姿をとるのよね。そういうお祭りを神様は願って直々に降りてこられるわけよね。凄いと思わない? 

 そのお手伝いをこれから真剣にしていかないといけないよね。だから、先ず場づくりは清掃奉仕からだけど、後大勢集まった時の駐車場づくりもいるでしょう。人の集まる場所を順番に整備していかないとね、何も無いところには集まれないわね。草ぼうぼうの場所には足も踏み込めないじゃない。

 奉納

 そしてまた本物をやっぱり神さまに奉納するという形がいいから、だから、演奏する人は演奏の本物を奉納してもらうというのが大事なんでしょう。だから、聞くだけじゃあまり大したことはないのよね。
 「ああ、素晴らしい演奏が聴けた」というのではあかんのね。一番徳しているのが演奏した人なんよ、奉納した人なの。本物を最高のものを奉納した人が神さまを感じ取るのね、最高の幸せを味わうのよね。
 だから、一人一人が自分の本物を、最高を、神様に奉納する気持ちで参加するのね。「感謝しかできない」という人はそれでもいいよ、深い感謝の心で参加して、感謝を奉納するの。そうすると大きい助けを受けて神さまを感じるようになるよね。

 また、食べ物でもつくってみんなに食べてもらおうというんだったら、それもいいのね。食事コーナーをいっぱいつくればいいよね、みんなに光の込めた食べ物を食べてもらうことによってね、これも大きい神さまへのお手伝い、奉納よね。
また、絵を書ける人はね、これこそ自分の最高の本物の絵なんだと思える人は、その絵を展示して欲しいよね。ちゃんと展示場所をつくるからね、そういう展示場をつくってそこへ展示してもらうことによって、それを見ることによって、またみんなの本物の心が引き出されてくるね。だから、本物をいっぱい集めないと駄目なんよね。

 だから、みなさんの縁ある人で、そういう本物を目指す人をどんどん集めて欲しいし、呼びかけて欲しいよね。‘無理に’というのはいらないよね。我の強い人は絶対来れない、来ても意味がないよね。
だから、「感謝して、奉仕して、神さまの心を感じ取りたい」という本物を目指す人が自分の自由意思で来れたらいいわけよね。無理矢理誘っても無理よね、まだ時期が来てないという、まだ時期が早いのよね。
 いずれはまた喜んで来るときもあると思うけど。ただ、縁ある人には呼びかけて欲しいね、これも神さまへのお手伝いね、奉納の一つなんよね。

 だから、もう自然に神さまのお手伝いというのをさせてもらうのが理想よね。後、日にちが少ないといったら少ないんだけど、これから実際どういう行事を組んで、どういう形にして行くかはまだ決まってないよね。
先ず、何を奉納したいかという人の意見を全部集めないとあかんのね、本物の奉納を。これを順番にみんなから募集して聞いて、それを組み合わせて全体像として一つの神さまへの奉納という形をとるのね。
 そして、神さまから大きい、その何万倍のプレゼントをもらわないとあかんからね。そのための準備をこれからしていくわけよね。

 だから、一人一人が自分が主催者、責任者の気持ちでね、どうしたら神さまへ本物を奉納して喜んでもらえるかってね、こういう気持ちでこれからいろいろな形で協力して欲しいよね。そうすると、それが世界平和につながるね、世界のみんなを幸せにする道になるからってね。

 手を取り合って、やっぱり頑張れば頑張るほどみんなが光の交流って起こるじゃない。その準備段階でも幸せが大きくなるよね。また、本番で大きい神さまの光を浴びて本当の喜びを感じ取れると思うね。
神さまを感じられるというのが一番幸せよね。もう参加するだけで、もう行事なんて大したことはないのよね、その場へ参加するだけで神さまを感じたら最高なの。全体が「神さま」という、神さまの大きい愛を感じ取れたら、もう最高のプレゼントを受けたことになるね。

 これは、別に小さい子供さんでも一緒に来るだけで感じるかも知れないよ。みなさんが真剣に奉仕することによってね、縁ある人を連れてくることによって、サッと神さまを感じて別人のように変化するかも知れないよね。どんなプレゼントをもらえるかもわからんわね。
 そういう意味でこれからいろいろお手伝いしてもらいたいと思うね。よろしくお願いします。
 ありがとうございます。




 感謝と奉仕に生きる

 感謝と奉仕は、本物へのパスポ−トです。神様を・神様の働きを、しっかりと感受するのが感謝です。自分のすべてを捧げ尽くして、神様の御用に使っていただくのが奉仕です。神様への感謝と奉仕によって、神様と自分との間に、心の交流が起こるのです。自分のマイナスの心(古い心)が、神様の中で消し去られ、神様のプラスの御心が、自分の中に流れ入って来るのです。

 本物とは、神様のことです。本物になるとは、神様と一体化することです。神様との一体化にも、無限の段階があるのです。より深く・より大きく、神様と一体化することによって、より本物に近づいていくのです。神様との一体化には、二通りあるのです。一つは、自分という器の中に、神様を受け入れて、神様と一体化する方法です。二つは、自分という器を、神様に捧げ尽くして、徹底して自分を消し切って、神様と一体化する方法です。

 自分という器がある間は、その器をどんどん大きくして、神様を受け入れていく必要があるのです。そしてその器の大きさに比例して、神様の御心が流れ入って来ただけ、神様との一体化が進むのです。しかしその器は、どこまで行っても、無限にはなり得ないのです。有限の器に、神様のすべて(無限の無限)は、入って来ないのです。だからその神様との一体化は、無限分の一以下の一体化なのです。

 自分のすべてを捧げ尽くして、自分の器を消し切ってもらうと、その時に感受した神様との一体化になるのです。一瞬一瞬新たに新たに、感受しただけの神様との一体化になるのです。無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!と、どこまでもどこまでも、大きく深く感受して、神様との一体化を、無限に大きく・無限に深くしていけるのです。この方法が、より速やかに本物になる道なのです。

 神様への奉仕によって、自分の持ってるマイナスを、神様に預けて消し去っていただくのですから、謙虚な心が何よりも大事なのです。謙虚になればなるほど、たくさんのマイナスを引き受けて消し去ってもらえるのです。
また神様への与える量が多くなればなるほど、与え返される量もそれに比例して多くなるのです。与えれば与えるほど、神様との一体化は進むのです。神様が何を願い、何を必要としているかを、しっかりと汲み取って、その為の奉仕の量を多くしていくことが、大事なのです。常に創意工夫して、仕事の能率化・効率化・迅速化を心掛ける必要があるのです。

 次に神様からのプレゼントをたくさん受ける為には、素直な心が何よりも大事なのです。余計な遠慮は無用です。素直になればなるほど、神様からのプレゼントは、たくさん受けられるのです。無限の無限のプラスが無限に無限に一杯!ハイ!ありがとうございますと受ければ良いのです。一瞬一瞬新たに新たに、ありがとうございます!ありがとうございます!と受け続ける練習です。

 本物になりたければ、本物と交流することです。無限の段階の本物の中から、自分自身が自由に選べるのです。すべてを光一元に仰ぎ見て、より大きな本物との交流を、真剣に願い続けることが大事です。無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!という本物の神様を相手に、空の心で・全託の心で、交流し・融合し・一体化していくことこそが、本物になる最短コ−スなのです。

 同じ一つの同じ一つのお祭りにも、種々相があるのです。

@ 人が主催する、伝統行事としての、どんちゃん騒ぎのお祭りです。それなりの楽しさはあっても、人の救済にはほど遠いものです。

A 救済の神々が主催する、大きな目的と意義のあるお祭りです。人心の救済と同時に、世界平和への大きな歩みとなる、魂の底から喜びが溢れるお祭りです。

B 宇宙絶対統一神が直々に主催する、神と人とが交流して、神我一体と成る為の、いのちの奥底から法悦の湧き上がるお祭りです。天照大御神様との対面です。天の岩戸開きです。本当の世直し・世界維新です。

 人は自分の自由意志で、どのお祭りにも参加できるのです。ただ感謝と奉仕の程度に比例した、自分の心に波長の合った、お祭りに参加することになるのです。同じお祭りであっても、参加する人の心構えの違いによって、神様の助けの受け方に、雲泥万里の差が生ずるのです。遠路はるばると参加するだけの、大きな価値と意義のある、本当のお祭りに参加する必要があるのです。その為には正しい目的と正しい心構えを持つことが大事なのです。

 人と人との交流、横の交流だけでは、新たなプラスは加わって来ないのです。マイナスを含めた、小さなプラスのやりとりだけで終わるのです。人と神との交流、縦の交流によって、新たなプラスが大きく降り注ぐのです。人と人との横の交流も、人と神との縦の交流も、お互いに感謝し合い・奉仕し合うことによって、プラスの交流が起こるのです。感謝と奉仕の無いお祭りになっては、マイナスを増幅するだけです。

 宇宙絶対統一神・天照大御神と対面する為には、真剣さが必要です。「いのちがけ」の感謝、「いのちがけ」の奉仕に明け暮れるようにならなければ、天照大御神を感受できる心にはなれないのです。「無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!」の天照大御神を感受する為には、灼熱の炎の中に飛び込むだけの、勇気と真剣さが必要なのです。いのちも何も要らないと言えるだけの、一大勇猛心を奮い起こさなければならないのです。

 太陽を見たからと言っても、自分が太陽になれたわけではないのです。太陽になる為には、自分のすべてを太陽に与え尽くして、自分を消し切らなければならないのです。神様の大きな光を感じたからと言っても、自分が神様になれたわけではないのです。神様になる為には、自分のすべてを捧げ尽くして、神様への絶対奉仕行き続けなければならないのです。そして自分が完全に消え去った時に、神様が現前するのです。

 神様への絶対奉仕に生きるとは、神様の御心のままに生きることです。神様の目的を自分の目的とし、神様の願いを自分の願いとするのです。一切の自分の願いを出してはならないのです。我の心を微塵も出せないのです。
 例えば「神の御心を示し給え」というのは、我の願いになるのです。自分の方から、いのちがけで・真剣に、神の御心を汲み取ろうとしなければならないのです。また「神の御心のままに動かし給え」というのも同じです。神に命令しているようでは、大きな我の心になるのです。自分の方から、神の御心を汲み取って、真剣に動き出さなければならないのです。

 神様は人の自由意志を絶対に縛っては来ないのです。人は神の奴隷・操り人形になっては間違いです。人は完全な自由を保ちながら、神の意志に一致していかなければならないのです。どこまでもどこまでも、神の意志に完全に一致するまで、精進努力し続けるものなのです。永遠に終わりが無いからこそ、神様の偉大さが実証されるのです。行き止まりが無いのが、本当の神様の御心なのです。

 感謝の生き方は、すべてをプラスに受けるのです。少しでもマイナスに受けたら、それは感謝の生き方から外れているのです。「ありがとうございます」と唱えることと、本当の感謝の生き方とは、同じではないのです。本当の感謝の生き方ができるように、神様の無限の助けを受ける為の「祈り言葉」が、「ありがとうございます」の称名なのです。感謝の心は、神様だけを感受するのです。だからすべてをプラスに受けられるのです。思いの心(五欲の心・煩悩の心・業想念の心)は、神様を無視しているのです。だから自分にとって都合の良いものだけしか、プラスに感じられないのです。

 本当の感謝一筋の生き方に成る為には、心に蓄積した思い(五欲・煩悩・業想念)のすべてを消し去らなければならないのです。思いの心を生きているのは、思いの心の奴隷状態に陥っているのです。本当の自分を生きるのを忘れているのです。本当の自分は、神様への感謝と奉仕に生きるのです。いのちがけの感謝・いのちがけの奉仕に生きてこそ、無限に輝いた本当の自分であり続けられるのです。どちらの生き方も、自分自身が自分の自由意志で選んでいるのです。だからすべては自分自身の責任なのです。

 惰性に流される生き方は、川の流れに押し流されるゴミのような、敗者の生き方です。急流を遡るアユのように、滝を登る鯉のように、全力を発揮して、いのちを輝かせる生き方が、勝者の生き方です。感謝に生きる人は、困難に戯れ、苦労を楽しみ、いのちを輝かせて、幸せを無限に大きくしていくだけです。本当の幸せは、棚からぼた餅式の僥倖ではないのです。真剣に努力して、発見し・掴み取ってこそ、無限の価値ある幸せになるのです。

 真剣に感謝し、真剣に奉仕してきた人は、必ず無限の幸せで一杯!です。感謝と奉仕の生き方を忘れ・怠って来た人が、七難八苦の状態に陥っているのです。どんな魚も、泳ぐ能力を持っているのです。泳がなかったら、ゴミのように押し流されるのです。人の本質も、感謝と奉仕に生きて、幸せになるようになっているのです。真剣に感謝し、真剣に奉仕するようになった時から、無限の幸せで一杯!になるのです。

 感謝に生きる人は、自分の周りのすべてを、神様の愛の姿に観るのです。自分の心に蓄積した、無限のマイナス・無限の思い・無限の借りを、神様が身代わりに背負って、消し去って下さるのだと気付くのです。地獄の姿も餓鬼道の姿も、みんな自分のマイナスを消し去る為の、神様の大愛の姿なのだと気付いてこそ、本当の感謝なのです。自分の思い通りになって喜んでいるのは、真の感謝からは程遠いのです。先ずこの世のすべてに対して、涙を流して感謝する程でなければ、感謝の初歩の第一歩も踏み出せていないことになるのです。

 真剣に働く人が、無限の幸せで一杯!になるのです。働くとは、側を楽にする、他を幸せにすることです。他の幸せの為に、真剣に努力し、全力を尽くしてこそ、幸せになれるのです。怠けていて、幸せになれる道理はないのです。本当に全力を出し尽くしているかどうかは、自分自身がよく知っているのです。怠けている時は、不完全燃焼の状態になって、思いの煙が立ち込めて、幸せは感じられないのです。全力を尽くして、いのちを輝かせた時に、思いの霧が晴れて、神様を感じ、幸せになれるのです。

 思いが有るから、感謝できないのではないのです。感謝しないから、思いの奴隷に陥るしかないのです。思いが有るから、奉仕できないのではないのです。奉仕しないから、思いの奴隷に陥るしかないのです。先ず感謝と奉仕に生きようとすることです。

 神様から一瞬一瞬新たに、「全徳の無限の無限の輝きが無限に無限に一杯!」という最高のプレゼントを与えられてるということにおいて、すべての人は平等なのです。そしてその受け方については、各自の完全な自由意志に委ねられているのです。どんな運命も各自の自由意志で選んだものです。無限の無限のチャンネルの中から、自分の選んだ番組のスト−リ−の中に、自分自身を置いて味わっているのです。各自の言葉・心・行いによって波長を合わせて、自分の味わいたい番組選びをしているのです。

 身口意(行い・言葉・心)の三業(三つの働き)は、プラスにもマイナスにも厳然と働くのです。現在の自分の運命・境遇・状態というのは、過去の自分の生き方の結果です。どんな過酷な・悲惨な運命も、自分自身が選んだものです。決して他人の所為ではないのです。自分自身の行い・言葉・心で、しっかりと選び取ったものなのです。他人の所為で自分の運命が少しでも変化するとすれば、自分の運命が良くなる確証は無くなるのです。自分自身に全責任が有るからこそ、自己の責任において、運命を自由に変えることができるのです。どんな番組選びも自分自身の責任です。しっかりと肝に銘じておく必要があるのです。

 他人に責任を転嫁する、甘ったれた・狡い・無責任な、言葉・心・行いの人は、いつまでも同じような運命の中に自分を置くことになるのです。自己弁解し・言い訳ばかりし・自己主張する人は、いつまでも似たような境遇の中に自分を置くことになるのです。怠けて働かない・楽して儲けようとする人は、自分にそっくりな人から同じような仕打ちを受けて、マイナスへの運命を歩むものです。自分の言葉・心・行いを改めない限りは、厳然と自分の言葉通りの運命・自分の心の通りの運命・自分の行いの報いられた運命が、次かから次へと現われて来るのです。

 大きく分けた無限のチャンネルの中から、この世という一つの番組を選んで、この世に生を受けて生かされているのです。この世という一つの番組もまた、無限のチャンネルに細分化されて、その一つを選んで各自それぞれに、異なる運命を味わっているのです。だから同じ運命の人は一人もいないのです。この世に平等ということは有り得ないのです。「人を見て法を説くというように、仏も一人一人に合わせた法を説くのです。万人いれば、万の異なる法を説くのです。それでなければ、人の自由を縛った、悪平等がはびこることになるのです。

 同じ一つのことに対しても、人の受け方も千差万別・無限に変化するのです。万人寄れば、万人の受け方があるのです。また同じ人であっても、時間の経過とともに、受け方が無限に変化するのです。マイナスに受けるのも、プラスに受けるのも、一人一人の自由なのです。ただ思いの心を生きる人は、マイナス思考を受けがちで、感謝に生きる人は、プラス思考に受けやすいのです。思いを溜めて、惰性に生きる人と、思いを消して、真剣に生きる人の違いです。

 高い番組に生きる人は、低い番組に合わすのは容易です。低い番組に生きる人は、高い番組に合わすのは困難です。救済の神々の助けは、高い番組から低い番組へと、波を合わせて降りて来るのです。わざわざ高い世界から低い世界に、救済の為に降りて来るのは、愛深いからです。しかしながら謙虚な心・素直な心・真剣な心・感謝の心・恩返しの心を前面に押し出さなければ、救ってもらえないのです。傲慢な心・頑固な心・怠け心・不足の心・求める心では、救済の神々の心とは波長が合わないからです。



 与える心の極致

人生というか宇宙のゴ−ルデンル−ル、与えるものは受け取れる、与えるものは受けられる、与えるものは与えられるものという事と、何故無償の奉仕なのかという事で、もの凄く掘り下げて頂いて、結果としてそういうのは得するんですけども、逆に損する思っちゃう。ねぇ、与えるより貰える方が得ですよね。と思ってますよね。そのへんをよろしくお願いします。

ありがとうございます:
 もう皆さんもお祈りにやみつきになったでしょ。3時半からの人少なかったですよね。今までは6時からでもという人ばっかしでした。でも、与える心の極致というのは、お祈りなんですけどね。そのお祈りが何故与える心の極致になるかというと、神さまの宇宙の創造の働きが与えて与えて与え尽くす働きなんですよね。光の放射なんですよね。だからその、波長がピタッと合うんですね。

 与えて与え返せるじゃないんですよね。ま、この世の姿を見ると、与えたものが与え返されるというぐらいの感じですよね。でも、本当は、神さま、与え尽くすばっかりですよね。宇宙の創造の働きはね。だから与えるほど神さまの働きと神さまの宇宙の創造の働きとピタッと波長があって、それで神さまの助けを無限に大きく受けるのね。だから絶対に幸せになるしかないというね、絶対に不幸になれないんです。お気の毒に。(笑)

 だから宇宙の繁栄の法則ってね、永遠に繁栄する為のその黄金率っていうのは、神さまに波長合わすだけなんですね。だから与える心起こすだけで、神さまの助けが無限に降りてくるのね。降りて来るというより中から湧き上がると言った方が良いかもしれないですね。
 その神さまとの縦の交流と、この世だったら横の交流と二つありますよね。横の交流は与えて、また与え返されてっていうね、こう横の交流なんですね。それで循環して融合して一体化するというね。この世だけの交流ですよね。この世も幸せがいっぱいあるんで、それも良いんですけど、縦の交流の方がもっともっと素晴らしいんですね。神さまと自分との縦の交流というのがね。神さまと交流して、それで神さまと与え合いの循環になって、そして融合して一体化する。神さまと本当の意味で一体化する。神我一体、神そのものに溶け入って、神そのものにして頂くのね。本当の幸せってそこまで行かないとね。物いっぱい与えて貰ったってね、たいした事ないですよね。

 例えば、地球1個与えて貰っても、皆さんどうですか。どうされます?掌に乗ります?困りますね。物いっぱい与えて貰っても困るんですよね。でもね、地球になり切ったら良いですよね。地球になり切れたら困らないですね。だからその神さまからいろんなプレゼントいっぱい貰うにしてもね、貰うだけでは未だ本当の意味でね、困るんですね。持ちきれない。
 でも、その神さまのプレゼントと一体化すれば良いですね。神さまの働きと神さまそのものとね、一体化すれば全部自分のものになる、自分になるんですよね。だから先ず縦の交流って一番大事ですね。神さまと自分と縦の交流ね。

 丁度、井戸掘りを例えると良くわかるんですけどね。井戸を掘り下げて、それで中から水が湧き出るようになったらね、汲み出せば汲み出すほど、湧く量が増えますよね。どんどんどんどん通りが良くなって、無限に噴出してくるよね。本当、泉のように、噴水のように噴出すんですよね。こうなるともうしめたもんですよね。神さまのプレゼント、無限にね、迸り出るような感じですね。丁度、光で言うと光源になったような感じになるんですね。
 これはもう永遠の繁栄まちがいなしでしょ。でも、この世の感覚だとね、未だ、自分が井戸を掘るのをちょっと怠ってっていうような感じでね、水が出ないから外から水を取り込もうとするのね。周りの人が、周りの人に水がいっぱいあって、貰おうとするのね。でも、周りから貰った水はね、貯めといたら腐ってくるのね。それで同時にもう自分の中から湧き上がるのを抑え込まれてきますよね。
 やはり自分の中を掘り下げ掘り下げて、要らんもん全部出してしまって水が湧き出るまでね、とことん与え尽くす方が良いんですね。これは本当の正しい生き方なんですね。ただ、そこへ行くまでにちょっと勇気が要るんですよね。
 湧き上がる水がない間はね、やっぱりちょっと困る時があるように錯覚するんですよね。でも本当はそうじゃないですね。出せば出すほど本当は良くなるんですね。そしてその神さまとの本当の一体化をやっぱり自分の中から神さまの助けが入ってくるようになって、本当の一体化ができますよね。

 普通は感謝のお祈りしてもね、お陰信仰、御利益信仰というのはね、外からの助けを求めるんです。「ありがとうございます」唱えたら良い事が、いっぱいあったって言うんですけどね、これ外からの助けの間は未だ本物じゃないかもしれないですよ。小さいですね。
 でも、外からの助け、いっぱいあるんですよね。この世の人からの助けもあるし、いろんな姿の助けがあるんですよね。またあの世からも、守護霊さん守護神さんなんかね、いろんな縁者からの助けもありますよね。でも未だそれ外からの助けなんですよね。これもまあ一時的には良いんですね。でもね、宇宙の大神さまからの中からの助けっていうのが、本物なんでね、その為には、外からの助けを断るぐらいが良いんです。「助けてあげようか?」と言ってもね、「未だ未だ良いです」と言うぐらいが良いですね。

 そして助ける側に立つ事ですね。助けて助けて助ける側に立つ事ね、これも与えて与えて与え尽くす側に立つ事ね。人の苦労でも重荷でも、何でもね、自分が身代わりに背負って背負って背負ってあげる事。その方が良いんですよね。そうすると、神さまは、本当の神さまね、宇宙の大神様は「放っとけない」と言うね。中から力を添えてきて下さるね。早く、神さまの本当の助けを受け易くなるんですね。

 だから、これは感謝の心とね、想いの心のね、感じ方の違いなんです。想いの心がちょっとでも残ってる間はね、助けて貰った方を喜ぶのね。ちょっと楽をしている感じの方が良いように思うんですよね。錯覚なんですけどね。でも感謝の心の方は助ける事に喜びを見出すのね。
 これ何故かと言うとね、助けて貰って喜ぶのは小さい喜びですね。自分一人だけの喜びなんですね。でも助けて喜ぶのは、喜びが大きく広がるんですね。自分の小さい喜びだけじゃないですね。人の喜びも自分の喜びに取り込めるんですね。
 だから、助けた人の喜び全部自分のもんになりますよね。喜びが無限に広がって大きくなりますね。これが本物の神さまの助けなのね。だから、御利益信仰と本心開発という言葉がありますけどね、本心開発は自分の中の本源の心を引っ張り出すんですよね。神さまの心を引っ張り出して神さまの助けをいっぱい受ける事ですよね、中から、中からね。だから与えて与えて与え尽くすのが幸せなのね。求める心を起こさない方が良いんです。

 先ず、与える心と求める心というのは交流できないですよね。一方が与える心、一方が求める心とするとね、求める心の方は与えて貰ってもういっぱいになってこれで終わりなのね。お互いに循環交流って起こらないですね。求める心と求める心の同士は奪い合うんですね。循環は起こるんですよ。奪い合いの循環がね。そうするとやっぱり地獄絵図になりますね。命まで取り合うんですからね。
 でも、極楽世界は逆ですよね。与え合うんですよね。与えて与えて与え尽くして全体の為に与えたら、全体から大きく与え返されるでしょ。だから自分が一与えたらね、極楽から無限に与え返されるのね。だから与えないと損というのはね、極楽の人は良くわかりますよね。でも、損、得でしてないみたいですね。与える事が喜びだから与えるんですよね。そうすると、またそれが無限の喜びに変わって、与え返されてくるのね。皆さんもう感謝が深いですからね、良くご存知ね。(笑)ね、この本当の原理がわかればね、ボランティアに生きるんですね。

 だから、ボランティアをすると損するという感覚は、未だ想いの心持ってる人の場合ですね。ボランティアが一番幸せですよね。神さまの大きい助けをいつも受けるんですね。バックが神さまになるのね。だからもう極端に言うともう与えるというんでも、神さまへの恩返しのボランティアですね。神さまに無限の無限の幸せ与えて貰ったというね。その感謝の心から、恩返しの心が湧いてくるんですよね。それで、少しでも神さまへの恩返しができたらという気持ちで、奉仕をする、ボランティアをするんですね。だから全体への奉仕ですけどね。
 でも、どのくらいできるかって、万分の1も億分の1もできないですよ、とてもね。無限分の1できたら良いとこなんです。それでも無限倍にして、与え返されてくるね。その繰り返し、循環が起こるんですよね。

 で、求める心って良いように思うんですけどね、もの凄い損するんですね。人に与えてもね、求める心ちょっと加えるだけで、皆さん損してません?だいぶ。いろいろ体験された事あると思うんですけどね。人にどれだけ親切に良い事をしてあげても、また良いもの与えてもね、ちょっと求める心起こすとね、マイナス撥ね返ってくるでしょ。
 ね、やっぱり求める心がマイナスなんですよね。どれだけ良いもの与えてもマイナスを与えたのと同じになるんですね。これ求める心って人の自由を縛りますよね。こうして欲しいっていうね、こうあって欲しいってね、これ欲しいって、必ず人の自由を縛るんですよね。

 人の自由を縛るのが一番良くないみたいですね。幸せを奪い取るんですね。人の自由を縛るという事はね。本当に楽しい、幸せというのはね、自由がある事なのね。楽しいという言葉が、‘タ−’とか‘テ−’という意味ですね。伸ばすというのはね、伸び伸びと自由自在に伸ばすという意味ですね。楽しいというのは、自由が最高の状態にある状態なんですよね。その時が一番幸せを感じるんですね。
 だからどんな良いものでもね、縛りになったら、これね、不自由で苦しみに変わるのね。だから‘宇宙の大道’って言葉ありますけどね、自由に歩めてこそ‘宇宙の大道’ですよね。

 でも一本道ね。「正しい道だ!」っていうふうに示されて、「この一本道、行きなさい」言うたらもう不自由極まりないですよね。どんだけ良いものでも縛りになると苦しみに変化するのね。だからその自由を本当に侵害しないというのが良いですね。だから求める心を起こさないというだけで人の幸せを保証してるのね。
 そしたら与えるだけで良いですね。与えるほど、無限倍になって返ってくるのね。その循環が速くなるほど良いみたいですね。入ってきたものは、直ぐ与えるという。貯めとかない方が良いみたいですよ。これは神さまの無限の無限のチャンネル番組全部ね、スピ−ド違うんですね。
 一番高い番組が一番スピ−ドが速いのね。一番低い所がスピ−ド遅くなるね。神さまの働きの区別するんでも‘千早振る神さま’というと高級神霊の働きなのね。‘荒ぶる’というとね、その低級霊の神さまね。スピ−ドが違うんですね。
 だから、スピ−ドを速くするほど、高い番組にまた波長が合い出すんですね。だから人に何か頼むんでもね、買い物するでも、先銭払うと良いんです。遅れてないでしょ。先に払ったら速いでしょ。先銭払うとね、物でも安く与え返してくれるでしょ。仕事を頼んでもね、先銭払うと、また良い仕事をしっかりしてくれますよね。番組上がるんですよ。先に払う方が良いですね、お金でもね。
 物買うんでも、仕事頼むんでも、後にするほどね、損するんですよ。良い品物入ってこないですよ。良い仕事してくれないね。また次に頼んだ時、もう一つ悪くなる。今度利息付けてね、儲かるようにするでしょ、みんなね、お金を払ってくれない期間の利息をプラスしますよね。品物買っても高くなるし、仕事もそうよね、割に仕事になっていかないんでしょうね、してくれないですよね、損するからってね。

 だから何でも早く出した方が良いですね。1年ぐらい先に払っとくと良い。これは本当はボランティア精神なんですよね。報い求めんと、先に先にね、人の幸せの為に与え尽くす事は、本当のボランティア精神なんですよね。それをすると、もういつも幸せが降り注ぐんです。求める心一切ないでしょ。ここが一番の得をする所なのね。

 私も二十歳からボランティア活動に入ったんですけど、もう働いて働いて働いたお金全部平和運動に全部使い切ってきたんですけどね、それで損したかというと違うんですね。私の兄弟もそうですけど、友達でもね、先ず老後の為にとお金貯めたんですね、みんなね、ところが老後の為にとお金貯めた人ね、本当の幸せかというと違うんです。
 私はもうね、「何もいらない!」ってね、全部平和運動の為にってね、みんなの幸せの為に使い切ってきたんですね。で、今私一番幸せなんですよね。もう何にも求めてないのにね、必要なもの、勝手に自然に入ってきてるのね、先に。不思議でしょ。本当に、私今必要と思ってね、神さまにお願いして与えて貰うというの違うんですよね。
 神さまが先に必要なもの知ってるみたいですね。必要になる前に入ってるの、先に。本当に。先に先に入ってくるからね、後で、「ああ、これ必要だったな」って先に与えて貰ってるなっていう感覚になってしまうのね。もう凄いスピ−ドでね、先に先に働いて貰うのよね。ここもそうね。この場所もね。

 こんな大勢来るとは思ってなかったんですけど。(笑)もっと、こじんまりと。でも、やっぱり神さまが先にご存知よね。したら、もう必要な場所をね。神さまの方が先に用意するのよね。後で、気付くのね。ああ、この為だったって。いつもそんな感覚ね。だから必要なものは先に先に与えられ続けてるのね。
 これは、もうやっぱり私がボランティア活動を二十歳からずっとさせて貰ったお陰だと思うのね。だから与え尽くすほど幸せになれるというのは、これはもうやっぱりね、私の体験通してでも、これは正しいなあていうふうに私も確信持ってるんですよね。真似をして下さい。(笑)

 ただこれは別にものとかお金じゃないんですね。本当の与えるのはね「ありがとうございます」与える方が良いんですね。働いてお金儲けてね、そのお金で何かをね、人に与え尽くそうというのも良いんですけど、一番良いのは「ありがとうございます」たくさんね、唱える事ですね。それも与える心で唱える方が良いのね。何か願いを叶えたい、求める心だとちょっと損するのね。ま、それも効果あるんです。与える事には違いないんですけど。純粋に与える心でお祈りすると、「ありがとうございます」唱えると、本当に無限の効果があるんですよね。
 1回でも多く、与える心で唱えるのが良いのね。だから1回「ありがとうございます」唱える事は1億円以上の価値がある。求める心でも1万円の価値がある。(笑)1万円と1億円じゃだいぶ違いますよ。万倍に早く幸せになるんですね。で、皆さんは笑顔が素敵でしょ。この笑顔っていうのは幸せ与えてるんですよね。笑うほど良いみたいですね。幸せいっぱい与えてるんですもんね。それも報い求めんとね。(笑)「ニコッと笑ったのに、あの人は笑ってくれん」と言って。(笑)
 もう自分が好きで笑えば良いんですね。何か暑くなってきましたね。神さまの光いっぱい頂いてるのよね、これ。ねぇ、皆さんに幸せを与えてるのね、笑って。そうすると神さまの光がいっぱい入ってくるんだと思いますけど。もの凄い暑いですね。話長くなると、なんで。質問して下さい、またね。

 もっともっと奥

 お話で「助けて助けてあげる事。そうすると中から神さまの助けが入ってくる」と言われましたが、中というのは潜在意識の事ですか。潜在意識は宇宙と繋がってると聞いた事があるのですが。

ありがとうございます:
 もっともっと奥ですね。一番奥から、本当の助けがすべてに、すべての段階へ入ってくるんですね。(質問者:潜在意識とは違う)もっと奥。潜在意識とか宇宙意識とか超越意識とかいろんな言葉がありますよね、たくさん。その全部の一番奥に、神さまの本当の意識があるんですよね。そこからすべてに助け入ってきますね。この世だけに助け入るんじゃないですね。すべての段階へ入ってきますね。だから、想像を絶するくらいの助けが入ってくるんです。

 DDN

 DDNというプロバイダーサイトをありがとうございますは一生懸命、ご執心で何かやられてるって聞いたのですが。

ありがとうございます:
 別に。もっともっと自由な形でね、応援はしてるんですけど。(質問者:何か、あるんですか。波動が高いんですか)そうねぇ。Dというのは、まあいろんな,DDNのDってドラゴン、龍の働きね。浄めの働きとかね、繁栄の働きとかね、いろいろあるんですよね。本当の龍神さんの働きいっぱいね、この地球に満ち渡るのが良いんですよね。
 次の「ドラエモ−ン!」ってDDN。(笑)ポケットから無限の良い物いっぱい出て来るんじゃないんですか。これも神さまの大きい働きの姿ですよね。だからそういうように皆さん一人一人がね、神さまの働きをいっぱい受けて、アイデアいっぱい受けて、良いものいっぱい出してね、それでネットワ−ク作りしようというね、そういう運動だと思うんですよね。単にね、電話のお金儲けの話じゃないですね。本当の意味の心の繋がりの為のネットワ−クね。本当はもう感謝のお祈りのネットワ−クになる筈なんですけど。(笑)

質問者:やっぱり、DDNが一番波動が高い? というよりも、上の世界を写した時、スクリ−ンと、写した時、場がなかったら駄目なんで、今迄そういうのが何もなかったんで、とりあえず、成功するかどうかはいうことはともかく除いて、一つの試みとしてうまくいくかどうかというのは参加するみなさんのあれがある事なんで、わかんないって言ったらわかんないですねぇ。
 もっと良いものできたら、そっち行った方がいいかもなんで、それに今迄皆さんが拘わろうとしても繋がる所がなかったのを少し、拘わるのを応援してあげようとなると、皆さんがそれで結果的には繋がって来られたんで、でもうそれだけで大成功と思うんですよ。
 うまくみなさんとなっていけば、山田さんと山岸さんと、僕なんか未だできてませんけども、やろうとしてはいるんですけども、今できる人、やろうとされる方があるんですけど、それはそれでやっていって、今ここに来られてる方が本当に今新しい雛型作りっていうのが、この場で新たに始まってるんで、そういう意味では大成功だと思ってるんですけどね。

ありがとうございます:
 でも、これからなんですよ、本当の働きをね。皆さん一人一人がネットワ−クの核になって、世界を本当の意味の平和な幸せいっぱいの世界にする為にはね。未だ未だ小さい、誕生したような働きしかないですよ、未だね。これからいろんな分野でいろんな働きが大きくなるんです。
 だから神さまのDDN構想は感謝の心を基本にしたね、本当の奉仕のボランティアのネットワ−クなのね。これが幅広くいろんな形で生まれてくる筈なんです。だから神さまはそういう本当の感謝で奉仕する人のネットワ−ク作りを、したいが為に、ああいう形を最初ちょっと活用して、それをどんどん大きく本物に変えていこうとされてるのね。
 でもね、お金儲け考えたら求める心でしょ。神さまと波長が合いにくいですね。だから、その純粋な感謝の心と与える心ね、これをいつも持ってるほど、成功するんです、本当はね。だから、皆さんが、一人一人が主役なんですね。大きい意味のね、DDN構想を、一人一人の力で神さまのお手伝いいう形でね、これから大きくしていくんです、ネットワ−ク作りのね。そんな、電話局だけじゃつまらんですよ。いろんな分野のネットワ−ク作りなんですね。

 感謝の練習の為

質問者:
 パニック起こすと刃物できりつけたりの凶暴な障害者の子供を持つ友人と、どういうふうに接したら良いんでしょうか。

ありがとうございます:
 地獄と比較したら、この世のマイナスなんてもうとるに足らないでしょ。小さいマイナスですよね。地獄の無限に大きいマイナスでもね、「ありがとうございます」唱えたらいっぺんに極楽に変貌します。だからこの世のマイナス全部ね、「ありがとうございます」で神さま呼び出せばね、全部プラスに置き換わるのね。
 だから、感謝の練習の為にいろんなマイナスの勉強材料あるんですね。何もなかったら感謝の練習しないですよね。そのままで、満足して喜んでるだけでしょ。でもマイナスを変えようという気持ちがね、また感謝の練習の励みになるでしょ。また神さまを呼ぶ練習になるのね。そしたら、本当はマイナスって見ないですよね。感謝ができるようになればね。どんなマイナスも大きいプラスに感じるように変わってきますからね。何も心配ないですよ。

 無門関

 無門関の第二の門の扉の開け方というのを、与える心ともう少しお話してください。

ありがとうございます:
 この世からあの世へね、意識を移してあの世へ移ろうとすると、普通難しいですね。たまにはいるんですけど、行ける人がね。でも、門があるんです。見えない門がね。見えないから無門関なのね。でも、門があるんですね。この門を開ける方法ですよね。
 与えると、上の門が開くんですね。与えるって‘押すと’っていう意味でね。上は上がり易くなっているのね。押せば開くんです。下へ落ち難くなってるのね。押しても開かない。下から引っ張らないと開かないのね。引っ張ると降りられるんですけどね。

 神さまはみんなを幸せにしたいばっかしですよね。だから、上へは上がり易くしているのね。簡単に手で押せば良いんですね。頭で押しても良いんですよ。スッと入っていけるのね。これはもう「ありがとうございます」って与える心ちょっと出すだけでね、上へ上へ上がるのね。また、人の為に何か良い事をちょっとするだけでね、番組へ番組へどんどん上がるんですね。門が自然に開かれて行くんですね。スッスッとね。上へは上がり易い。だから、ちょっと良い事するだけで、番組が上がるんですね。

 そうすると運命がどんんどん良くなっていく。でも下へは下がり難いですね。押しても開かないですから。門が重たいと引き上げないと上がらない。だから与える心起こした人は絶対下へは降りられないの。感謝すると絶対下へ降りられない。でもね、感謝して上を向いているとね、下の扉も同時に開くんですね。上の扉開いたと同時にね、その引圧が起こるのね。スッと引っ張り上げられて、勝手に神さま開けてしまうみたいですね。で、感謝し続けた人の、扉は全部開いてしまうんです。上も下もね。で、光の柱が立ってしまうのね。
 今度は、昇り降りし易くなるでしょ。上にも自由に行けるし、今度下へ降りて、人助けにも行けるのね。みんな下へ降りたくないのはね、何故かというと上へ上がり難いから降りたくないのね。でも、いつでも上へ上がれるという人は、たまには下へ降りたいんですよ。(笑)

 でも、下へ降りる時にね、いちいち扉開けないと降りられんというたら、いやでしょ、億劫になりますよね。だから先に開けてくれたの。いつでも地獄の下まで降りられるんです。でも直ぐ上へ上がれますよね、スッとね。だから、眼に見えない門ですけどね。ぢゃんとあるんですね。それも、神さまは開け方まで用意して下さるね。「ありがとうございます」一言でね。
 だから、天地を昇り降りできるというのが「ありがとうございます」感謝行ですね。この方法一つ知るだけでね、得しましたよ、もの凄く。

 つまり一つの扉開けるのにね、一点集中の修行しないと駄目なんですね。この世のすべてを捨て切って、あの世へ、他界へその心を集中するのね。一点集中の極にあの世へ一つ上がるのね。門、閉じてる門開けて、一つ上へ上がるんですけど、それをもう絶えず繰り返して上へ上へ上がるんですけどね。たいへんですよ、これは。

 一点集中修行した人は、あの世良く見えるでしょ。でもかなり練習しないとね、できないですよね。でも、それできたにしてもね、あんまりたくさん門開いてないんですよ。ほんのちょっとだけ開くんです、2,3ヶ所ね。でも感謝のお祈りすると、本当のお祈りすると、いっぺんに同時にたくさん開くのね。だから心がますます自由になって良い番組をいっぱい見せて貰える。で下へも自由に降りられて、それもプラスに受けられるっていうね。そういう感じですね。

 達観

 苦しんだり悶々と考えていた事が何かのきっかけで、それがわかると同時に達観した後にまたマイナスの気持ちになる時に、一旦達観したものが下がった気がするというのは、先ほどの門が行ったり来たりできるというのとは違いますか。

ありがとうございます:
 違いますね。番組合わせをしているんですけどね、それも。想いの心は、あれこれ悩みますね。考えて悩むんですよね。悩む時は下へ降りるんですね、普通ね。それで、悩みの苦しみの極になると、諦めるんですね、一旦ね。そうすると放してしまうんですね。放した途端に自由になるでしょ。そうすると、上へスッと上がるのね。それで、そのへんのね、未だ小さい事だと思うんですよ、達観できるね立場にスッと置いて貰うと、悩みが消えるんですよね。
 そうすると、また今度想いの心でね、何か掴むんですね。マイナス見れるような想いの心を掴んだ時にね、また想いの心に陥ったらまた下へ落ち易くなるんですね。だから、感謝一筋というのが良いですよ。想いを相手にせずにね、いつも感謝一筋にね、生きてると上へ上へ上がるのね。自由になって、下へ降りても自由になって、プラスに見えるんですね。だからもう一切マイナス見えなくなるまでね、感謝一筋というのが良いですね。

 天災

 天災についてお願いします。

ありがとうございます:
 神さまが与えてくる無限の無限のチャンネルの中にね、もう全部違うスト−リ−があるんですよね。だから天災なんてね、地震でも何でもね、起こる番組は低いんです。高い番組はすべてが調和するんですね。低いというのはマイナスがあると、マイナスを振るい落とす為に、例えば地球という、地球霊王という神さまがね、振るい落として、身震いすると地震のような姿を見ますよね。
 だから、人間が番組を下げて、低い番組を眺めて、その中でマイナスを撒き散らした時にね、マイナスを消す働きとして起こるんですよね。だから、地震が起こったから人が不幸になるんじゃないですね。起こる事によって、人の心も浄めて貰うのね。そして、心を幸せにして下さるね、先ずね。そうすると感謝もできて、番組が上がって幸せが大きくなってくるね。

 だから、もうどうしようもない時にね、愛の神さまの地球霊王というね、本当は愛の塊のような神さまですよね。この神さまが人のマイナスを消す為に、身代わりになって、ちょっと身震いするんですね。だから怖いもんじゃないですよね。マイナスというふうに見てるんですけどね。感謝する人にとったら、もう天災が起こるごとに喜べる。これで、幸せが大きくなる、深くなるってね。それもまだね、大きいマイナスを軽く済ませて貰ってるんですよね。地震でもね、万倍の大きさだったらたいへんでしょ。必ず万分の1以下に抑えて、小さく出して下さってるね。それで、大きいマイナス消して下さるね。それで番組がどんどん上へ上がってね、良い番組のスト−リ−になるように運命を変えて下さるね。だから心配ないですね。良くなるだけね。

 天照大御神さま

 宇宙神をお祀りしてる所っていうのは。

ありがとうございます:
 神さまの捉え方いろいろありますけどね、先ず天照大御神様というとね、これもその定義の仕方いろいろなんですよね。皇室の先祖という人もあるし、伊勢の神宮でお祀りされてるとも言うでしょ、また女神様の姿でね、肉体持って生まれた事もあるというふうに言う人もあるのね。でもそれ全部ね、一応間違いじゃないんですけど、番組ごとのスト−リ−の姿ですね。

 また、本当の天照大御神さまというと、小さいもんじゃないんですね。無限に無限に大きいですね。宇宙の大神さまの最高に輝いた姿を天照大御神さまというんですね。だから無限の無限のプラスが無限に無限にいっぱいって言っても未だ天照大御神さまの全部を表わしてないのね。
 だから、それが宇宙が無限に無限にあって、更にそれが無限に無限にいっぱいっていうような宇宙が輝いてるでしょ。だからどこかにね、小さく模型となって出てくるような感覚じゃないですね。だから、どこかに鎮まるような小さいものじゃないですね。宇宙全体なのね。それも無限に無限に輝いた宇宙全体というのがね、本当の意味の天照大御神さまね。その天照大御神さまから一人一人がね、天照大御神さますべてを頂くんですよね。
 ただ、受け方にみんな自由があって、どういう立場で、どういう角度で受けるか全部違うでしょ。その受け方が違うんですよね。そこに個性が生まれるね。同じ無限の無限の輝きいっぱいと言う受け方をしてもね、みんな受け方が違うんです、一人一人ね。その違いが一人一人の個性となって輝くのね。だから、みんな無限に無限に輝いて、個性が豊かに輝いてるんですよね。でもそれを全部ひっくるめないと、天照大御神さまではないのね。そのぐらい大きいですね。天照大御神さまね。

 また、天の岩戸開きっていう言葉で、「ここは天の岩戸なんだ」って言う、そういうのもありますよね。それでもね、そんな地球上に降りるわけないですね。天照大御神さまはね。ただその天照大御神さまの働きの一部が模型的に小さくいろいろ現われて、それで本当の天照大御神さま、岩戸開きの大きい働きの一部を教えて下さるというのあるわね。だから天の岩戸開きも、幾通りの意味があるのね。
 だからみんなが想いの心に捕われて暗くなった時に感謝して本心へ輝いて明るくなるという、これ天の岩戸開きの一つね。また子供がおかあさんの胎内に入ってそこで闇の中で暮らすでしょ。で、出産の時は出てきて明るい世界へ入るでしょ。これ天の岩戸開きの一つよね。いろんな実例がもう数えても無限に出てくるよね。
 その全部をひっくるめた時に本当の意味の天の岩戸開きね。岩戸がどこにあるかって、たくさんあるよね。本当はね。小さいのも大きいのもね。全部そういうふうに捉えると、もっと自由な形でね、無限な選択肢を持って、いろんな意味でね、大きく感じられますよね。そういう意味よね。天照大御神さまって言うんでもね。それが正しい捉え方だと思いますね。

 琵琶湖

 琵琶湖についてお話を。

ありがとうございます:
 琵琶湖ね。琵琶湖鯰(なまず)が住んでるんですけど。琵琶湖を世界に投影したらどこになるんですかね。カスピ海?そうですよね。ただ星の世界に投影すると、またそういう似たものが出てくるんですよね。
 みんな入れ子構造でどんどん広がるんですけど。まあ琵琶湖って名前はね、琵琶って楽器に似てるからっていう意味なんですけど。それもね、人の勝手なね、解釈、見方なんですね。でもやっぱりその形がね、山じゃなしに谷というような感じでね、そこに命の水がいっぱいあるとういうのもね、神さまの働きの模型としてはね、いろんな意味があるんですよね。
 単なる谷だと命の水はないんですね。でも水が湛えられてるというのは良いんですよね。神さまの命が光がいっぱいっていうふうになるんでね。それも、谷というのは、謙虚な心でね、そこに神さまの大きい働きがあるっていう意味なんですね。
 山っていうと、やっぱり上に出ますからね。本当の宇宙の大神さまの働きはやっぱり謙虚に謙虚にね、隠れた所でいろんな大きい働きいっぱい無限にあるんですね。だから見えない所の働きの方が本当の宇宙の大神さまの働きね。お陰様っていう言葉ありますけどね。表へ出てないのね。陰で働いてる大きい働きなのね。
 そういう意味で、谷の琵琶湖をここに命の水が湛えられてるという意味でね、神さまの本当の宇宙の創造の働きね、愛の働きの原点としての、模型的には捉え易いんですよね。そこから、神さまの宇宙創造の働きとしてね、水茎文字っていうね、草の茎に組み合わせて水茎文字を作るんですけど、それを言霊的な最初の水茎文字という模型として出してくるんですね。
 それは近江八幡の岡山という山に登ると、湖面を見たらそういうのが浮かび出るというね。それも一つの神さまの小さい模型の一つなんですね。それが本当のすべてじゃないんです。あくまでも、神さまの働きを小さく模型的にね、みんなにちょっとでも知って貰いたいというね、それを通して、それを大きく推理して拡大して、本当の意味の神さまの働きを把握して欲しいんですね。
 それで神さまの全体像、全体の働きを捉えて欲しいというね。そういう為の小さい模型ですよね。丁度、大仏という言葉がありますけどね。お土産物屋に売ってる小さいおもちゃの大仏も大仏ですよね。あれは大きいからっていう意味じゃないんですね。すべての方向に光を放射されてる仏様よね。大放光仏の略ですよね。だからいろんな模型があるんですね。模型の模型の更に小さい模型のっていうような感じですよね。宇宙大の仏さまが東大寺の大仏になってっていう感じなんですね、それでも小さい模型なんですね。土産物屋の大仏さまもっと小さい模型っていう感じね。

 でも、それを通してね、その神さまの本当の働きがわかれば、本当の大仏様の慈悲の方って感じられますよね。そういう意味だと思いますね。だから琵琶湖もね、そういう意味のね、神さまの働きの模型っていうふうにね、捉えると、神さまの働きってやっぱり謙虚にね、陰で働くのが良いんだなあって感じですね。












ar83宗教の必要性2000.7.1

【これからの時代、宗教というのは必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 どうでしょうか。宗教という言葉は、逆に見ると「教えの元」というんですね、教えの元というのは神様ですよ。そういう意味だったら本物の神様が必要です。絶対必要なんですよね。ただ、教えというのは、直接神様から来ているというわけじゃなく、ピンからキリまであるの、いろんな教えがあるんです。

本物の神様の教えと、本物から外れた教えと、いろいろあります。本物の時代になると、本物の神様の教えは必要なんです。それは教えというよりは、元の神様の働きなんです。教えを越えて、みんなを本当に幸せにしてくださる。本当の神様の働きが必要になってくるわけね。だから、今までのような人を縛る教えは、どんどん必要がなくなって消えていくと思うんです。そして、中から湧き上がるような本当の神様の助けが、これから必要になってくる。教えじゃなしに、神様の本当の働きというのが、これからの宗教の姿になって出てくると思うね。

 それともう一つは、今までは、模型的に神社とか仏閣、仏像なんかもそうですけど、本物の模型として、今現れでる姿がいっぱいあるんです。その模型を本物と見間違うと、間違った偶像崇拝になるんですね。本当の神様はどこにいるかというと、宇宙全体にどこにでも満ち渡ってるわけだから、小さく模型を作っても、その模型は本物の神様じゃないのね。模型はあくまでも模型です。ただ、その模型を必要とする時は、例えば、地球の勉強をするのに地球儀があるように、「地球儀があった方が勉強しやすい」という人には、模型も必要なの。本物を見るようになった人は、もう模型は要らないです。そういう意味だったら模型的なものは、どんどん必要なくなって消えて行く。本当に必要なものだけが、本当の神様だけがさん然と輝いてみんなの前に出てくるとのです。

 これからそういうふうになって行くと思うね。だから、一切の縛りのない本物を輝かせた姿で神様がみんなの前に出てくる、そういう宗教は必要ですよね。だから、もう「宗教」という言葉は、今までの概念だとちょっとマイナス的なエネルギーもあるんで、縛る教えじゃなしに、本当に「自由に開放するような神様の働き」というふうに捉えたら宗教の中身が変わってくるかも知れないですね。



供養


【人が亡くなった時に、ひと七日、ふた七日、四十九日、百か日とかいろいろ供養しますよね。それはどういうふうに思われますか?結局、縛られる・囚われるという思いになるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうですよね。これはお釈迦さんの教えとはちょっと違うんです。お釈迦さんは「悟りを開く為にはどういう生き方がいいか」って、悟りを教えているのね。肉体が死んで魂が抜けてどうのこうのじゃないの。本当の元の根本を、しっかり見定めて、悟りを開くにはどうしたらいいかってね。本当は「みんなは悟ってるんだ」っていう見方の方が正しいです。だから、迷いの姿を先に掴んでしまうから、そして「亡くなった人が迷っているから、救ってあげんなん、いろんな供養をせんなん」とかいうふうに、迷いを前提にして掴んでしまうと、本当は亡くなった人というより、本当の人に対して失礼なんです。「みんな神様と一体で、みんな既に悟っているんだ、無限に輝いているんだ」というふうに拝んで受ける生き方の方が、正しい受け方です。



お仏壇へのお参り・お花の向き


【という事は、もし仏壇にお参りする時は、「いろいろ力添えをくださいましてありがとうございます」というような感謝の述べ方のほうが、御先祖様も、いろんな方たちの魂も喜んでくださるのでしょうか? またその方に、例えば「・・さんありがとうございます」というのが最高の言葉になるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね。みんな「ありがとうございます」という神様と一体なのです。本物の神様の現われと見るんだったら「みんな天照大御神様」というふうに見た方がいいね。無限に輝いているというふうにね。「ありがとうございます」というのはそういう事なの。だから、その仏壇も模型なんです。本物の世界の模型になっているわけよね、中心にご本尊さまがあって、その回りを御先祖様が悟った姿で輝いて「自分を護りに譲ってくださっている」という見方の模型なんです。模型であっても、荘厳な姿をとっているでしょう。お供え物でも全部向こうへ向けてないのね、みなこちらへ向いているでしょう。全部向こうから自分に対して与えて頂いているという意味の模型なんです。



【お花なんかも確かに私たちのほうへ向いてますよね、何故何だろうと思っていました。「死者に手向けるのであれば向こうへ向けるはずなのに」と思ったことがあったんです。】

ありがとうございます:
 全部自分の方へ向けてもらっているのね。だから神様、仏様から「一瞬一瞬最高の素晴らしいものを与え続けてもらっている」いうのを確認する模型なんです。ただ、誰も仏壇の中には入ってないんです。そういう小さい中に入ってないの、本当の力ある宇宙大の大きい神様が入れるわけがないよね。模型を通して、本当の姿を思い浮かべる意味で、手助けになるのね。そういう意味で模型を使うわけ、だから「ありがとうございます」が本当の意味で正しい、ご先祖様への心の向け方よね。「ありがとうございます」と言ったら、「ご先祖様のすべてがみんな悟っている・無限に輝いている」という受け方になるのです。ただ、模型は別に必要だったら使うんですけど、必要なくても破壊する必要はないですね。後から必要な人が出てくるかもしれないし、本当に必要がなくなったら、世の中全体から必要なくなったら、自然に消えるかもしれない。それまでは大事に残しておくのもいいですね。



【やはり、社会通念上、破壊というのは出来ませんしね。】
ありがとうございます:

 そうね。はい。


【古神道も神棚は必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 うん、まあ模型としてですからね。だから必要な人はそれを使っていいと思うんです。何もないよりあった方が思い出しやすいでしょう。ただ、どの神社・どの神棚でも、本当の対象は本当の神様でないといけないでしょう。いろんな神名が出てくるんですけど、神社でも神名がそうでしょう。その神名の奥に本当の神様が働いている、本当の神様のいわば分身として、すべての神様が助けてくださっているんです。だから、どの神社にお参りしても、神棚にお参りしても「ありがとうございます」でいいのです。「ありがとうございます」で全部に通じるのね。



何故「ありがとうございますの話」が聞けるようになったの?



【二年ほど前から「先生のお話を一般の我々に教えをいただけるようになった」ということなんですけれど、ずっと最初からではなく、何で、最近に表現されたのか、何かの動機があったと思うのですが、その理由をお伺いしたのですが?】



ありがとうございます:
 昔は全国を飛び歩いて、お話しに回っていたのね。でもやっぱり「お祈りが一番大事」ということで、どんどんそういうのを減らして、お祈りだけに専念してきたのです。深く深く祈る為にね。また、みんなが本当に感謝の心を起こせるように、本心を引っ張り出す意味でのお祈りを、ずっとお祈りだけに専念してきたのです。
いろいろお話するのもいいんですけど、やっぱりお祈りの方が力があるんです。深く祈るお祈りというのが大きい力があるのね。そういう意味でお祈りだけを選んで、他のことを一切何もしないという気持ちでしばらく続けてきたの。でも、私一人が祈るよりも、大勢の人がお祈りしてくださる方が、力が増えてくるでしょう。

 そういう意味でお祈りができるように、本当のお祈りを、神様に力を引っ張り出してもらっている人が増えてきたという段階です。また、みんなに再確認して、一生懸命祈ってもらう意味で、神さんが必要と認めてもらえるのね。私をみんなと出会う働きに使ってくださると思うのです。でも私は、やっぱりお祈りが一番大事と思っているの。みんなが大きい本当のお祈りをしてくださるのも大事なことなんで、お祈りの時間を割いてでも、こういう話しの場を神さんが与えてくださったということなのね。私もみなさんと出会うのは一番嬉しいです。「あっ、こんな立派な方が沢山いらっしゃるんだ」と心強いですからね。



何故?断食を・断食の様子

【三週間の断食をされたということですけど、どんな様子なんでしょうか。】



ありがとうございます:
 そうね私は小さい時から、いろいろ耐乏生活を体験させられて、一日一食を、食べられるかどうかだったの、それも粗末な食べ物です。だから食べることに関して余り「あれ食べたい、これ食べたい」なんてないんです。それで二十歳過ぎから「命を神さんに捧げて、平和運動を一生懸命しよう」というふうに考えてお祈り一筋になってたんです。そうすると「人の病気治しを一杯頼まれるでしょう」もう寝る時間がないくらい忙しいのね。夜中まで電話で叩き起こされたり、もう一杯電話かかってきます。祈る時間が一分一秒惜しいので、寝食忘れてお祈りする方を、人助けの方を選んだのです。中途半端に食べるとなると、食べる時間がなくなってしまうんです。この時間に食べようと言ってもお客さんがきたら、いつの間にか食べられなくなる。食べるのが億劫になってしもうて、面倒くさくなり、「丸薬一つで一年ぐらい持てばいいのに」と思うくらい、そんな気持ちになってしまうのね。



【四週間の内に三週間は断食されて、一週間は思いっきり食べてと、伺ったんですが。】

ありがとうございます:
 思いっきりでもないですけど、はははは。



【それを繰りかしえて、一番長いのは、百日も続けられたと。それが出来るものなのかというのが不思議なんですけど。】

ありがとうございます:
 不思議なのね。出来るんです。それだけ力を与えてもらって、助けてもらっているのね。それも私は何もしてないんじゃなく、ジーッと座ってるわけでもなく、人の三倍ぐらい力仕事を一杯してるのよね。朝・昼・晩と、いろんなアルバイトしては、寸暇を惜しんで、もう祈って祈って、睡眠時間を殆どないぐらい削って、頑張ってたのね。普通だったら死んでもおかしくないぐらいなんだけど。それでも、「ちゃんと譲ってもらえて、力を添えてもらった」って感じだったのです。そういう意味でも「ありがとうございます」の力って凄いなあと思うの。限界をいくらでも破ってもらえるのです。



【百日やって、神様を試されたんですか?】

ありがとうございます:
 神さんの助けがどんだけあるかって。断食するのは、神さんの恵みを拒絶することなんですね、よくないです。いつも注意されていたのね。与えられたものを感謝して受けるのがいいんです。私の場合は、我が強かったんだと思うの。とことんやり抜かないと気が済まないところがあるし、また神さんの護りはどんなもんか試したいところもあるし、いろんな意味合いがあったのね。これも私だけじゃなく、人類一般が「何か修行しないと悟れないという我がある」じゃないですか、そういう我を消す意味もあっての事ですね。神さんに、「修行しなくても悟らせてもらえる」という、本当の意味のやさしい救われの方法を与えてもらう意味でも、「我を消すこと」が、ある一面で必要だったと思うのです。それで断食を無理矢理「させられた」のじゃなくて、自分が「してしまった」のね。断食や、またいろんな行的な修行なんか必要ないと思うね。何もしない方が、神様の救いの働きを邪魔しないのです。本当は何もせん方がいいのね。



本当の祈りとは




【「本当の祈り」と先程おっしゃいましたよね。私は「ありがとうございます」を、ただなんとなく言っているだけですが、「本当の祈り」とは、呼吸の部分の心の奥まで染み入るような感じの祈り、そういうような感じなのでしょうか?】

ありがとうございます:
 祈りというのは、神様の命の宇宙創造の働きを指しているんです。本当の祈りというのは、神様の宇宙創造です。最高の宇宙を創り出す神さんの働きが祈りなんですね。「本当の祈りをする」というのは「それと一つに同化して一体化する」ということ。だから、それを受けないといけないね。「受けて一体化する」というのが本当です。



【受ける為にはどうすればいいんですか?】

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」と唱えて、「神様の働きと一つに一体化させていただく」のね。「ありがとうございます」を唱え続けていると「無限に無限に輝いた宇宙が感じられてくる」のです。



【そこまで「ありがとうございます」を言い続けなくてはいけない?】

ありがとうございます:
 その「最高の宇宙の姿を感じ取ること」なのね。だから、一心に、「ありがとうございます」を唱え続けた方が、早く感じられるようにしてもらえるんです。


周囲の人もチャンネルが上がる




【この間の話で「ありがとうございます」と言っているのが、チャンネルの段階を上げるのに、一番の最短コースだというお話をされてたんですけど。周囲の人間が上がって行くと、その間にいる人間も自動的に上がっていくものなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですね。本当は一人一人の自由な意志があるんです。回りの人は「上がりたい」と言っても、自分は絶対「上がりたくない」という人もいますよね。ただ、回りにお祈りで「上がりたい」言う人がネットワークを作ってしまうと、その網から下へ下りられなくなるときがあるの。網で救い上げてもらうような感じで、上がってしまうのね。昔はみんな一本釣りなのです。本当に「神様に助けてもらいたい、救われたいという人は」一心に神さんにすがって神様から命綱をスッと下ろして、引っ張り上げてもらっていたの、一対一よね。それは本人の真剣な自由意志を尊重して神さんが助けるんですけど、数が少なかったんです。

 今の時代は、特に『神様の本当の助けを受けて、悟りを開いて、自由自在な生き方で、最高の番組を味わいたい』という人が増えてきているのね。だから、「大勢向上したい」という気持の人が増えてくると、もう一本釣りじゃあ間にあわない。特に、先にお祈りをし始めた人が、心のつながりを持って、祈りのネットワークを作ってしまうと、ちょっと「救われたい」と思うだけで、そのネットワークに乗ってしまえばいいのです。その中には「下へおりたい」という人も混じっていても、一緒に上がってしまうと、「やっぱりマイナスよりプラスの方がいいな」という気持ちに変化するのね。その内お祈りの方へが向いてくると、みんな一緒にスーツと救われるのです。



【会を作って、みんな一斉に「ありがとうございます」を言ったら、何百倍何千倍になりますよね。そうするとこの中の人達が「ありがとうございます」ってここで三十回ずつ唱えようとしたら、五十人の五十倍で二千五百倍になるんじゃないかと思うのですが。】

ありがとうございます:
 そうですよね、祈りは必ず相乗効果が起こすんです。二人だったら2x2で4倍ね、3人だったら3x3が9倍にね、もの凄い力やね。



【だから、ここで一斉にみなさんで言ったら、いいかなあ、と今フッと思ったんですけど。】

ありがとうございます:
 それはそうです。またみなさんも地元へ帰られて、お祈りで一緒にやる人があったら、ちょっと時間を決めて一緒に「ありがとうございます」を唱えられたら、凄い力を発揮しますよ。




大勢の人との祈りの時間・場所・仕方・回数

【同じ場所にいることが大事なんですか、各自家にいて時間を決めてやるのか。】



ありがとうございます:
 それでもいいんです。ただお祈りは、時間、空間を越えるんです。時間が違っても心がつながっていたら、いつでも祈っていると、ネットワークが生まれて、助け合いの相乗効果が起こるんです。どの場所でも一つにつながるんで、場所は関係ないのです。だから、自分一人で祈っているのではなく、仲間が一杯いてるんです。だから、自分が祈れない時は、みんなが代わりに祈っていて、神さんの光どんどん流してくれているのね。



【例えば、もし私が病気しているとすると、みんな仲間がただ何となく言うのか、それとも私に対してどこが悪いから、よろしくお願いしますという「ありがとうございます」をたくさん言うのか。何も考えなくて、ただ、ただ、もう自分で祈ればいいということですか?】

ありがとうございます:
 いやいや、何も思わなくて、ただ神さんの働きがみんなを通して働くのね。だから病気をしている人に対してでも、その病気が本当に消えた方がいいんだったらスッと消してくれるね。でも、その病気が何かの意味で必要だったら、ちょっと残してくれるのね。その病気の必要性もいろんな意味があるの。心の勉強でもあるんですけど、いろんな勉強です。

 また、自分が病気をすることによって、例えば、自分の子供が働き者になるでしょう、親孝行のね。母親なんて特にそうやね、自分が全部仕事をしてしまうと、子供に何もさせないで終わるじゃないですか、その時は神さんがわざわざ病気にさせて、動けんようにしといて、子供に親孝行させる意味もあって、いろんな能力付ける意味もあって、家事手伝い全部させるのよね。そうすると子供にとったら大きいプラスになるの。そこまで仮病使って芝居できないでしょう。それが出来るようだったら別に本当の病気をしなくもいいんだけど。だから、いろんな必要性がある場合があるのです。やっぱり病気が必要だったら残してくれるし、なかったら病気はすぐ消してくれるしね。それは自分の方で願わなくても、神様の方で必要なものを的確に与えてくださる、助けてくださるんです、大丈夫ですよ。



【神様は微に入り細に入り、全てを与えて頂けるですね。】

ありがとうございます
 そうですね、本当に必要なこと、幸せに必要なことを与えてくださるのね。



【私の経験でも今のようなことがありました。母が重態で危篤で一歩手前、あと四・五日で命が危ない時、それを聞いた夜に仏壇にお祈りをしました。その時私は「このまま死んじゃってもいいけれど、それが最善であればそうしてください」「まだこの世にやることがあるのだったら、もう少し生かせてください」と、生き返れとは強く思わなかったんです。もうお任せしました。そうしましたら今はピンピンです。あの時は、赤ちゃんのように「ここ何処?」ってとても素直に、生まれ変わったと思います。その時僕は、祈りというのは素晴らしいんだなあと感じました。】

ありがとうございます:
 そうねえ…。祈って「・・してください」と願った時でも我を出さない方がいいんです。自分の願いと神様の願いは、ちょっと違うの、ズレることがあるのね、だからお任せの方がいいんです。お任せが一番いい状態になりますね。



【「ありがとうございます」の数は一億回とおっしゃいましたけど、数えるのが出来ないですけど、やっぱりカウントしなくちゃいけないですか?】



ありがとうございます:
 いや、自分の祈るぺースというのは大体わかるじゃないですか。ある時期、ちょっと数えるでしょう、それと同しペースだったら大体ね。



【それが解ればもうね、はい、わかりました。】

「お任せ」と「プラスのイメージトレーニング」

【自分がプラス思考、自分でイメージを持って、とか言われていますが。自分で持ったイメージというのは、もしかしたらマイナスに働くことがあるという事を考えたときに、神様への全託ということになる「お任せ」というのは、自分ではプラスのイメージを持たなくても、自分にとって一番プラスの状態を与えてくださるのですか?】

ありがとうございます:

 そうですよ。イメージトレーニングというのが流行ってますよね。人の描く「思い」というのは、それは「雲」のようなんです。プラスに思うのは「白雲」、マイナスに思うのは「黒雲」。でも、それは太陽から射し込んでくる光とは違うのね。だから、思いの力がないと崩れるのです。太陽から来る光は、無限に新しいものがどんどん出てくるでしょう、絶対なくならないよね。

 「神様にお任せ」というのは、太陽から来る光を浴びること。だから永遠に幸せが崩れないし、そして最高のものが降りてくるでしょう。でも「空の雲」は光と比較しても大したことはないよね。なんぼ「白雲で明るい」と言ったって、光と比較できないし、本当の幸せ、という所まで行かないよね。

 だからイメージトレーニングでその思いを実現しても、もう感謝に生きる人から見たら馬鹿らしくなるわね。だから無限に素晴らしいものを感謝の心で受ける方がいいですね。一つのことを自分の思いで実現したって、ちっぽけなもんだから。だからプラスに思うのもいいんですけど、マイナスに思うよりいいわけですが、それよりもその思いも消してもらって、感謝の心を深めてもらって、無限の光を浴びる方がいいよね。そういう意味だったら感謝に生きるだけの方がいいですね。イメージトレーニングもプラスに思うこともいらないよね。感謝だけで最高の神様の光を浴びられるのです。



【そうしたら「こうしたい」「ああしたい」「こうなりたい」じゃなくて、「この仕事をしたらどう」と流れてきた場合、もうすべてお任せコースで淡々と「はい、ありがとうございます」と受ける。例えば受験に失敗しても、「ありがとうございます」、また次に受けたときに、受かって「ありがとうございます」という感じでやっていくということなんですか?】

ありがとうございます:
 そうよ、それが一番の幸せの最短コースよね。神さんの新しい働きをズーッと受け続けて、一番いいようにしてもらえるね。



【受験でも具体的に願いを持たないでいい?】



ありがとうございます:
 もうすっかりお任せがいいですね。だから「ここへ入りたい」じゃなしに、入れなかったら入らない方がいいのね。入れるのと、幸せとは関係ないのです。入らないのが幸せになるのだったら、絶対入れてくれないよね。それが全て神様の譲ってくださった姿ですね。



【やっぱり落ちた時はどっと落ち込みますし、そこを「ありがごうございます」で全てを受け入れる。回りから見たら負のことでも、「ありがとうございます」と受け入れる心になればいいなと、思いながら今聞いてました…。】

ありがとうございます:
 だから感謝を練習して感謝が深まると、マイナスもプラスに見えてくる。万病をかかえても「ありがたい」となってくる。それはもう一切のマイナスは見なくなってくるのね。だから幸せな心は何があっても幸せなの、絶対崩れない。神さんの与えて来る本当の無限の無限の幸せというのは、心の幸せなんです。その本当の幸せな心は、もう地獄に落ちても幸せそのものなの、無条件で幸せが出てくるの、幸せな心が湧いて出てくるのです。

 

「池田小学校の事件」の受け入れ方




【池田小学校の事件を思うと、自分の中でどう考えたらいいかという時に、犯人に対しても、犠牲になられた人に対しても、いくら「ありがとうございます」でと思ってもやりきれない自分があのですが、先生はどのようにお考えですか?】

ありがとうございます:
 人ってね、過去にやっぱりマイナスの言葉を一杯使い過ぎています。だからマイナスの言葉はマイナスの放送番組と波長が合って、マイナスの面を味わうようになっているんですね。だからどれだけマイナスの言葉を過去に積み重ねてきたか、心にどれだけマイナスの心があるかって、これはもう無限に近いよね。そうすると、本当はマイナスの言葉に波長の合う世界って、地獄のどん底かもしれない。そしたら、この世のいろんなマイナス、いろんな姿を見ても、地獄と比べると万分の一の軽さよね。

 本当は、自分は犯人のような姿をとる可能性もあるかもしれないでしょう。また被害者の姿をとるかもしれない。でも今の自分は、それをせずに済ませてもらっている。だから大難を小難にして、さらに小難を無難にして、「護りに護って頂いている」というような受け方の方がいいですね。「みんな自分の身代わりなんだ」、「犯人も被害者も、どちらも自分の身代わりで、助けてくださっている神様の愛の姿なんだ」というふうに見た方が、「ありがとうございます」で全部に感謝できます。

 そうすると、自分の心の中のマイナスも「この事件を通して大きく表面に浮かび上がらせて消して頂いた」というふうに受け止められるよね。そしてプラスヘブラスへ自分の心を向け続けてもらって「神様の最高番組を味わえるように早くしてもらえるんだ」とね。もう全てが感謝につながってくるね。感謝で受け止めて行くのが一番いいです。それをマイナスに使ったら、自分もマイナスの番組に波長を合わせて行くんだし、また犯人を責めても、犯人を幸せにすることは出来ないね。被害者に「可哀相に」って言ったって幸せになれない。みんなが幸せになる生き方というのは、やっぱり、そこへ神様の大きい助けが降りて来ないとね。「ありがとうございます」で全部締めくくるのがいいです。そうしたら全部が幸せになるように、助け続けてもらえるんですね。



【池田の事件で、身代わりという事ですが。当事者になった場合はどうしたらいいんでしょうか?】

ありがとうございます:
 当事者になったら、過去世の因縁を、本当は地獄に落ちて苦しんでなければならないところを、こんなに軽く軽く済ませてもらえたというふうにね。本当に地獄のどん底って、無間地獄に落ちたら、殺されては生き返り、殺されては生き返りでしょう。瞬間の一瞬も、間がないくらい、もう殺され続ける姿をとるんでしょう。一回殺されるぐらいじゃ済まないもんね。それも永遠に続くぐらいの殺され方をするのね。だから地獄のどん底に落ちても、文句を言えない自分より、「ああ、こんなに軽く済ませてもらって、マイナスを消してもらえた」と思うと、感謝につながって行くよね。そしたら幸せがどんどん大きくなるのね。



世界の中心は誰か

【皇太子殿下は世界の中心となられますでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね、なられるんでしょうね。中心というのは本当はね、みんなも中心なんです。だから神さんと一体の自覚を深めて行けば、みんな世界の宇宙の中心なんです。でも本当の自分を失うと、中心でなくなっていくんです。

 天皇陛下というのは、役割として、神様の絶対の愛の心を体現して、そして一番下からみんなを支えるような形で、全責任を自分の上に持ってくるのね。だから「我」が一切ないの、「我」がないから中心になるのね。「我」があると上に行きたいでしょう、それはもう中心じゃなくなるんです。「我」をなくした自分が、常に世界の中心に立っているのね。その中心は無限にあってもいいんです。みんなが中心に立たないと、本当の意味の大きい働きの姿が出てこないです。

 中心にもいろんな意味の中心があるんです。この体を見ても、中心って何処ですか?心臓が中心という人もあるし、丹田が中心という人もあるでしょう、頭が中心という人も、顔が中心と、顔の中の鼻が中心ってね。でも指を一本こう前に出したら、指が中心ですよね、足の裏を前に出したら足の裏が中心になるでしょう。その時その時で、中心が自由自在に変化してもいいんでしょう。だから、どの部分でも一番前に出した時が中心になるのね。その宇宙全体から眺めてもそうです。一人一人どの部分の人でも、それを前面に出してもらったらそれが中心だし、いろんな意味の中心があっていいのよね。固定された中心はないのです。もう常に、神様は全ての人を中心に置いてくださっているのです、宇宙の中心にね。




古くからの因習

【古くからの因習には縛りがある、言葉で人を突き刺すのも暴力と同じ。】



ありがとうございます:
 善悪含めて人の自由を縛るのは縛りなんですよね。感謝というのは、一人一人の自由な生き方を尊重するのです。それで「本当の個性のある素晴らしいものが、自然に中から湧き出てくるようにお手伝いしよう」とするのが感謝なんです。古い生き方には、型にはめて、縛ろうというのがあったんです。これが正いというと、それから外れたものをぜんぶそこへ縛って、ここへ持ってこようとするの、そして「悪い、悪い」って責めるんでしょう。マイナスに見ることも大きい責め言葉ですよね。言葉の槍で突き刺すような感じになるんです。だから人を責め裁く人は、逆に暴力をふるわなくても、やっぱり言葉の槍で相手を突き刺しているの、お返しを受ける可能性が大きいですね。


 どんなマイナスの姿でもマイナスに見えても、「ありがとうございます」で神さんの助けを、そこへ下ろしてもらうということは、そこへ無限のプラスをどんと加えてもらうわけ。そうしたら中から自然に、いい姿になるしかないように、みんながなればいいし、「ありがとうございます」って感謝すればいいですね。やっぱり、マイナスの姿に感謝するんじゃなしに「無限のプラスを神様から加えてもらう」という意味で感謝するのです。「ありがとうございます」で無限のプラスを神様に加えてもらうのね。

神の怒り・悲しみ




【神様は「人間が可愛い、可愛いだけ」と先生はおっしゃいますが。でも神の怒り、と人はよく言いますけど、本当にあるんでしょうか?】

ありがとうございます:
 番組毎に違うのね。地獄の番組では、閻魔大王様が出てきて、厳しく間違いを正して、くれるの、高い方には怒りはないね、だから感謝に生きる人は神様のプラスを受け入れようとするんでしょう。喜んでプラスのいい姿ばっし与えてくださるし、優しいプラスばっかりやね、怒りなんか全然ないです。でもね、神様の助けを無視して、悪いことばっかりする人に対しては、それを止めてあげないと、どこまでもマイナスを大きくするじゃない。そういう場合は、閻魔大王になったり、不動明王になって、光の姿でそれにストップかけてくれるわね。それも神様の深い愛の働きです。でも優しい方がいいわね。



【怒りの次に、悲しみなんですけと、神様は戦争なんかを見られて悲しんでおられるのでしょうか?】

ありがとうございます:
 神様は放送番組としてしか見てないです。それを眺めて、仮に巻き込まれて悲しんでいても、本当の人は悲しんでないってね。ただ「番組に巻き込まれて一緒に悲しい真似をしている」というように見てるのね。「だから早く番組から抜け出しなさい」というぐらいね、パッと背中叩いてパッと気づかせてくださる、はははは。



【悲しみもないんでしょうか?】

ありがとうございます:
 うん。神さんの方は悲しみと対局の無限の無限の喜びの方やね。神さんは「何でも与えている」けど、「マイナスも与えている」と見るのは間違いなの、神様を悪者にしてしまうね。「神様の御心のままに」というのは「無限の無限のプラスのままに」ね。
だからこの世の運命のストーリーがあるでしょう。これが全部「神さんの御心のままに」と言うと間違いなの。「本当の神様の御心のままに」というのは、最高の番組を受けて、それを「御心のままに」というのね。まだ低い番組だったら、神様の御心のままにとは言えないのね。何%かの神様の御心のままにやね、百%じゃないのね。だから「百%神様の御心のままに」といのは「最高の番組の無限の無限のプラスばっかりの番組」を味わえるようになったら、すべて神さんの御心のままにと言えるのです。悪いのは神さんのせいじゃないの。良いものだけは神様のお蔭なのね



台風の意味




【寝台車で来たんですけども、漁業組合の方が「台風が来るのはとても大事なことだ」と言われたんです。諌早湾の海苔が取れなくなったのも、台風が来ないことで海の水を中まで混ぜ返せない。また年々降水量が少なくなって不漁になっているから、鯵や鯖や鰯とかが取れなくなったと。雨が降ることによって魚がその降った水に卵を産みつけるんだそうです。「雨が降った水にですか」と言ったら、流れてきたその水は何か違うみたいで、それが自然の営みで、台風も大事雨も大事だと教えてもらって一緒に電車の中で話をしてきたんです。私たちにとって、大雨は確かにマイナスだし、台風も確かにマイナスなんですけれども、やっぱり自然の流れからすれば、非常にプラスになっている部分もあるんだなあと思ったんです。これも、ありがとう村に私が来るというときに、凄い人と話をしながら来るんだと思いながら、こちらに向かったんですけれど。本当に私たちは台風とか大雨とかというのは、マイナスだけしか思わないですけれど、自然にとっては凄くプラスになってるんだなと、そこで本当に感謝いたしました。】

ありがとうございます:

 台風というのは神さんの、まあ龍神さんのお清めの働きなんです。風というのも、風が吹く所は文化が栄えるのね。滞ったマイナスの業想念、思いを全部吹き飛ばして消してくれるの。だから、風が吹かないとみんな死んでしまう。空気が動かなかったら酸欠で死ぬのね。知らん間に空気は動いているのです。それで強く流れるほど、澱んだものを全部消してもらえる、大きくたまったマイナスを、すっかり消し切ってくださる働きなんです。その中でも台風が一番大きいものね。その神さんの大きい働きを感謝で受けて、自分達が傷つかないように準備しないといけないよね。台風の風が吹いても家が倒れないように、ちゃんとしておかないと。それでまた大水が出ても被害を受けないように、人の方がそういう場へ行かないようにしないと。だからその神さんの働きに合わせて、逆にそれをプラスに受けられる立場に置かないといけないですね。


 「台風の大水が出たから」と言うてそこへ飛び込んだら、みんな死んでしまうわね。やっぱりそういう時は行かないように、また近寄らないように、そういう場所へ家を建てたりしない方がいいでしょう。日本人って昔から自然と調和する生き方をとろうとしてきたのです。川でもコンクリで要壁を作って、一定の形で堤防を作ってしまうと、それを越えた時に堤防を越えて水で大被害を受けるんでしょう。昔の人は、普段流れる川幅の低い所と、もう一つ外に広く大きい堤防を作って、普段自由に使える場所と二つに分けているのね。だから、大水出た時は広く緩やかに流れる川の流れを作るわけ。そうすると被害は殆どないというぐらい影響を受けないね。今は土地が私有財産になってしまって、そういう余裕のある場所は取れないですね。本当はみんな神様のもので共有財産で、大自然と調和する生き方がとれるようにというふうに、一番理想的なそういう川の姿を作ればいいのだけど、そうしたら自然と調和した姿で、台風が来ても「ありがとうございます」と、喜んで迎えられる。そのくらい科学も今は発達しているのに、その力がなかったらおかしいですよね。


超能力

【最近超能力を持っておられる方が出てきておられますが、何かお役を持っておられるのですか?】



ありがとうございます:

 超能力もピンからキリまであるのよね。



【知る限りでは、ゆで卵を生卵に戻す、炒ったピーナッツから茅を出すとかという方もおられます。】

ありがとうございます:
 これね、一瞬一瞬の置き換えだったら何でも可能でしょう。だからそのチャンネルを自由に切り替えられたら、死んだものでも瞬間生き返るのね。マイナスがすぐにプラスに変化するわね。本当はみんなそれが出来るんです。チャンネルの切り替えさえ上手になれば、必要だったらそれが出来るんです。そこまで自由自在になんでも変化するという意味では、そういう能力を見せてくださる人もみんなの勉強になります。ただ、そういうふうに手品的にするのは小さいもんよ。本当は大きく全体をどんどん変化して置き換えてもらうので、良いものへ、良いものへと、大きく全体を置き換えてもらえる生き方の方がいいですね。




子育てのポイント

【子育てのポイントを教えて下さい。】



ありがとうございます:
 子育でも、「親が無くても子は育つ」と言う言葉があるようにね、子供を育てるのは神様やね、特に守護霊さん、守護神さんが専属に譲って育てているのです。神様へのお任せよね、だから「いつも譲って頂いて、ありがとうございます」と感謝していたら、完璧に育ててくださるわね。

ただ肉体の親というのは、守護霊さんの考えと反対のことをして邪魔する時があるの。「甘やかしすぎる」必要のないものまで与えてしまうでしょう。守護霊さんの方は、子供を立派に育てて幸せにしたいでしょう。能力一杯引き出して、世の中のために尽くせるように変えたいわけでしょう。ちょっと肉体の親より厳しいね。「本当に必要なことは何かと考えて、守護霊さんのお手伝いをするような気持ち」でさせてもらうと、一番理想的な子育てやね。

 本当に必要なものを与えるのがいいです。子供さんが「甘いものを欲しい」「お菓子欲しい」と言うでしょう、必要かどうか考えたら、あんまり必要ない時があるのね。そういう時は断固として拒絶するぐらいの気持ちで接してあげないと。やっぱり甘える心を起こさせると、本当の自分が出てきにくくなって、子供さんにとってはマイナスですね。だから我慢する時は我慢させた方がいいね。それで「何が必要か」というのをはっきりわからせるのがいいですね。



チャンネル選びの自由




【アガスティアの葉には、「前世からすべての小さいことまで決まっている」というのは実際そうなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですよ。神様が創る放送番組は、ピタッと細かいとこまでぜんぶ決まってるの。はい。ただ、それは人の自由を縛るものじゃなく、神様が作った放送番組として決まっていて、人は自由意志で何でも選べるでしょう。



【だって、選ぶことでさえもこう…。】

ありがとうございます:
 決まってないんです。放送番組を選ぶ自由は人間にあるんですよね。だから、どんな番組でも選べるから、その人の受ける番組の運命は自由に変るんです。



【自由に変わるんですか?】



ありがとうございます:

 一つの番組を見続けている限りは、その番組のストーリー通りに決まっています。もう細かいことまで全部決まっていますね。



【なら、発想の転換をしてパッとてチャンネルを変える…】

ありがとうございます:
 番組を変えたら必ず別な運命をたどるんです。



【それはいつでも可能なんですか?】



ありがとうございます:
 いつでも可能なんです。だから人はね、運命の奴隷じゃないですね。運命を支配する支配者なんです。



【それを聞いて安心しました。細かい所まで決まってたら、なんか、面白くないんじゃないかと思って。】

【チャンネルは幾つぐらいあるんですか?】

ありがとうございます:
 無限の無限。無限って言っても数字にあらわせないくらい無限なんですね。人の願う、考え付くどんな運命でも、神さんは番組として用意していますから、何を願っても大丈夫なの、そこまで自由を護ってもらえるのね。ただ一つの番組にはまり込んで、そこから抜けられない状態の時に一番恐いね、それは「運命の奴隷」です。ただ感謝の心を起こせたら、番組からスッと抜け出させてもらえるので、番組選びは自由になるんです。そうしたら運命を支配するんですね。



【チャンネルの中にいる間は細かいことも決まっているんですね。チャンネルが変ったら、そのチャンネルでも、また決まっているんですか? それとも上がることだけが決まっているのか、上がったらその変わったチャンネルの中では、全く自分で作れるんですか?】



ありがとうございます:
 違うチャンネルは、違うチャンネルでストーリーは決まっているの。



【じゃあ、上がるか、上がらないかは、自分で決められるの?(そうです)
上がった場所でのストーリーは決まっている。 (はい) 

 ひとりづつ別々に?】

ありがとうございます:

 そうです。はい、どんなストーリーでも用意されているんです。だから人の思いつくストーリーの無限倍ですよね、そこまで神さんの宇宙創造の働きは凄いんです。

【そんなに沢山あったら自由と一緒ですね。】

ありがとうございます:

 自由なんです、「何でも選べる」という自由があるんです。



チャンネルを選ぶ時の守護霊・守護神との関わり




【チャンネルの選び方としては、守護霊、守護神との関わりはどのようになっているのでしょうか?】

ありがとうございます:
 心にマイナスの言葉をズーッとズーッと貯めすぎると、貯まってしまって番組の予約をしてしまうのね。マイナスの言葉はマイナスの番組の予約なんです。それをどんどん貯めすぎると、マイナスの番組の予約がズーッと続くでしょう。そうすると、なかなかマイナスの番組から抜け出せないです。そういう場合は助太刀が要るんですね。

 守護霊さんの働きは、心の中のマイナスを、自分が身代わりに引き受けて消してくれる役目なんです。だから本当は自分の自由意志で言葉を選んで、番組選びをする必要があるんですけど、落ち込んだらもうどうしようもないです。そんな時は一旦棚上げにしてくださるのね、特に、この世がそうなんです。過去のマイナスを全部守護霊さんが一時預かり、棚上げにしといて、それでちょっとだけ勉強材料を与えといて、マイナスからプラスに向け換える練習させてくれるのね。全くプラスばかりだと勉強にならんので、ほんの一部だけマイナスを残しておいて、「どっちを選ぶか」という自由意志をはっきりさせる意味で、勉強をさせてくださる。それでプラスの方へ心を向け出したら、守護霊さんも喜んで一生懸命力を振るって助けてくれるのね。

 その過去の棚上げした自分の預かっている分も、プラスに向き出したらその人の自由意志で、「マイナスを消して欲しい」というのがはっきりしますから、その時に預かっているものを消せるのです。そしたらマイナスの予約が消えてしまい、今度、プラスの言葉を使ったら、すぐプラスの番組に波長が合うようになってくるし、瞬間、瞬間、波長合わせが楽になって出来るようになるんです。そうなったらもっと自由な番組選びの出来る自分に変ってくるのね。そうなったらもう心配ないんです。そういう意味で守護霊さんがいつも働いてくれるのね。



【守護霊さんと守護神さんとの役割の違いはあるんですか?】

ありがとうございます:
 そうね、力の違いと言ったら力の大きさの違いがあるんです。またこの番組にどれだけ身近に寄り添って護るかでしょう。なかなか、低い番組には高い守護神さんは降りられへんの、波動の違いが大きいからね。だから梯子的につないで、いくらでも根元から光を流せるようにしておいて、それで守護霊さんが直に寄り添って、人の自由意思を尊重しながら護るんです。



【何人ぐらい、三人ぐらいいるんですか?】

ありがとうございます:
 ううん。もっと付くんですよね。必要だったら何百体って付いてくださるんですけど、ただ必要にならないと、じっと待っているだけでは他の仕事をしますから、守護霊さんも何もできないの。大勢の守護霊さん、守護神さんも付いてくださって、護ってくださるから、忙しいぐらい仕事を与えなあかん。



【威張っていいんですね。】

ありがとうございます
 はい。あっはははは。



【番組を選ぶと、どれくらいで見れるんですか?】

ありがとうございます:
 人によって全部運いますね。予約を沢山し続けた人は、やっぱりそれが終わるまで、次の番組が出てこないですね。あまり予約してない人はすぐ出てくるんですけど、テレビでも、何週間も先の分まで、10ぐらい予約している人もいるでしょう。そういう予約を取り消さないと、今見たいものは見れないです。