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「癌」と言う病気の意味

 「永遠の中の今の今」無門関(むもんかん)の解説2002.06.08

ありがとうございます
 
 古神道の「神ながらの道」のなかに「永遠の中今の今」という言葉があるんですけどこれは本当に大事な言葉です。これを今日はちょっとわかりやすく解説してみたいんですけど・・答えは最後に来ますからね。

 無門関

 禅宗に無門関(むもんかん)という言葉があるんですけど、この世からあの世へ移る時になかなか移れないんですね。ちゃんと門がある、関所があるんです。だけどそれを探しても見えないんです。見えたら開けられるんですけどその関所は見えない、それで無門関と言うんです。
 無限の時限があるとしてそれぞれの次元はお互いに交流できないです、チャンネルごとに壁があって行き来を自由には出来ないです。そこがまたいいところなんですけど、でもそれが大きい縛りになるんです。その無門関を自由自在に通り抜けるには何が必要かということですが、その辺から話をしてみたいんですけど。

 神様は無限に無限に優しいですから、幸せになる方へ門は開きやすくなっているんです。苦しみの大きくなる方へはなかなか開きにくくしているんです。それはどういうことかと言うと、高い次元に上っていくときは門は押せば開くようになっていますが低い方へは引っ張らないと開かないんです。
 これは大きい違いなんです、高い方へはちょっと押すだけで門は開いてしまうんです。ところが下へ降りようとすると思いっきり引き上げないと門は開かないんです。観音開きでいいんですけど、グッと開き上げて下へ降りるんです。
 それは不幸にならないように、幸せへと進めるようにそういうふうにしているんです。
押すと言うのはどういうことかと言うと、与えることなんです。与えたら押しているんです。だから与える心を持つと門はスッと開けるんです。向こうへ開く門は押したらお終いで与えたらいいんです。その与える時に何を与えるかということですが、先ず自分の持っているものを与えます・・ちょっと与えたことになるからちょっと開くんです。それではちょっと少ないから、身も心もいのちも捧げ尽くしてという心になるとかなり開くんです・・かなり・・です。でもこの世に近いところの「かなり」しか開かないんです。まだ力不足です。だからもっともっと高い次元の門を全部開こうと思ったら、与える心がすごく必要です、与えるものがいっぱいないといけないです。それは何かと言うんですね、身も心もいのちも捧げて、更に大きい与えるものは・・何だと思います?

答えを先にいうと感謝の心なんです。お礼をするお礼を言う心・・お礼の言葉、感謝の言葉なんです。特に神様に対しての与えるものといったら、それしかないんです。それでその感謝をお礼をしっかり言い続けると門がどんどん開かれていくんです。そして一番上とひとつに繋がって全部門が開かれてしまうようになるんです。それでその一番上から光がサーッと降り注いでくる・・光の柱が立つんです。
これはものすごいことです。普通、修行をする人は求める心を起こすんです。求める心で上にあがろうあがろうとします。ところが求める心は門を閉めているんです、開いてる門まで閉めるんです。ありがとうございますを言いながら求める心だと、これは閉めているんです。せっかく開いたのに元へ引き戻している感じです。だから求める心は要らない、修行する心も要らないです。与えるだけ、恩返しの心だけがいいんです。

この世の人はいろんな生活が生き方がありますけど、お金儲けを考えたら損をするのはそこなんです。お金を求めていますね。人の為に尽くすのはいいんです、与えているから。その時は上の次元の門が開かれて運命がどんどんよくなるようになっていくんです。その時は上の門が開くからふっといいものが降ってきてアイデアも湧いて幸せが降ってきます。
 ところがお金を求めると、その時に求めた心がその場で足の下の門を開くんですね・・落とし穴が待っているんです。この世の人はそれで上ったり下がったりするんですね。与える心だけを生きたら上りっぱなしになるんですけど・・ギブ・アンド・テイクは上ったり下がったりです。
 求める心は今いる自分から移動しようとしないですね。高い方からでもいいものを引っ張りたいわけです。神仏の助けでもそうですが「助けて」と言って神様の助けを引っ張るだけで自分から神様のほうへ登ろうとしないです。だから求める心の時は、このままでいいという・・ただ、いいものをよこせと・・・。だから次元を変える訳に行かない、番組を変える訳に行かないですね。天からスーッと光の柱が降りて門が開いているとするでしょう、でも自分がひとつの番組の中にはまり込んでいてそこから動こうとしないと、降りてくる光のおこぼれを頂戴するだけなんです。それもいいんですけど、門が閉められたら即、助けがなくなります。それだったら先に上に上って行けばいいんです、ひとつでも上にあがっておいたら楽になる、幸せが大きく増えてきます。
だから門が開いた時に門をくぐり抜けないと損します。くぐり抜けるとき何がくぐり抜けるかです・・持っているものだけ放ったら判りますけど、持っているものだけが行くんです・・だから、全部ですね、自分の全部を門をくぐらせて入らないといけないです。だからこの世に未練があったらあの世には上れないです。今いるところに対して執着したらいけないです。出来るだけ執着を少なくするというのがいいですね。そして未練なくスッと上るという、そうすると順番に上に上っていけます。

私は二十歳のときに命を神様に預けたんです。身も心もいのちも全部捧げ尽くして神様のお役に立たせてほしい、御用に使ってほしいと捧げたんです。大分それで得しましたね。門をちょっとは開けたんです。

 七つの確認の感謝

でもその後の方が大事だったんです。感謝をし続けたんです、何億回も。その感謝が自分の為の感謝じゃなかった・・ここもポイントです。七つの確認の感謝なんです。

 七つの確認と言うのは、ひとつはいつもいつも無限の無限のマイナスを免除してくださっているという感謝です。この無限の無限のマイナスを免除してくださっているというのは自分ひとりのじゃないんです。みんなのマイナスも免除してくださっているということへの感謝です。だから大きい感謝です、大きいお礼を皆に変わって言っているのでこれは凄いことなんです。

 ふたつは、いつもいつも無限の無限のプラスを新たな全徳の無限の無限の輝きを与え続けてくださってありがとうございます、これもそうです。みんなの為のお礼みんなに代わってのお礼なんです。たくさんお礼を言ってます。無限の無限のありがとうございますをいい続けている感じです。

 三つめはいつもいつも無限の無限の感謝の心を湧き上がらせてくださってありがとうございますといっています。これもみんなの為にです。

 四つめはいつもいつも無限の無限のプラスを神様の最高表現を感受させてくださってありがとうございます。感受は感じて受けるという、受けて自分のものですから受けさせてくださってというこれも大事なんです。それも感謝して受けるんです。みんなに代わってお礼を先に言って確認していかないとね。

 五つめはいつもいつも無限の無限の感謝の真祈りを祈らせてくださってありがとうございます。感謝の真祈りと感謝して受けるのはちょっと違います。真祈りの方は無限の無限のプラスが無限に無限のいっぱいというのを与え続ける方です。神様の側に立つ祈りなんです。受ける方と称える方と両方あるんです。感謝の真祈りは与える側です。この真祈りをさせてくださってありがとうございます、です。

 六つめは無限の無限の神様の最高のお手伝いという、神様の最高のお手伝いをすると喜びが湧いてきます。これはいっぱいあるんです、みんな一人ひとり違うお手伝いをしています。全部ひっくるめて、受ける側と与える側の両方を全部感謝するんです。

 最後の七つめはいつもいつも無限の無限の神様との一体感ですね、これを実感させてくださってありがとうございますで、無限の無限の一体感というのはもう、全部との一体感です。奥の神様ともこの表面の現れの神様とも全てとの一体感です、それをみんなに与えてくださっているという感じで感謝するんです。そうするともの凄い感謝をしないといけないですね、みんなに代わってお礼を言うというのは・・。それをもう命がけで真心を込めてありがとうございますと言いつづけたら神様に対してたくさんプレゼントしたことになるんです。

 お礼

 神様の一番喜ぶのはお礼なんです、ありがとうございますと言ってくれることです。神様は他のものはいらないんです。他の汚れてきたないものはいらない、でもありがとうございますだけほしいと・・・。だからお礼の感謝はどれだけ言ってもいいみたいです。言うほど神様は喜んで受けてくれますから、それを言い続けると無限の無限のチャンネルの門が全部開くんです。順番にバーッと全部開いてしまうんです。それと同時に上だけじゃなく下も開くんです。何故だと思います?
 ・・・与えるものがバーッと勢いよく天に昇るでしょう、そうすると今いるところが陰圧になりますから吸い込む力が起こります。吸い込むのは引っ張る力で、スーッと引っ張って下の門を全部開いてしまうんです。一番上から一番下まで全部の門が開いてしまいます。そうするとそこに光の柱が立つんです・・一番上から一番下まで、これはもの凄いことです。どこへでも自由に行き来できるんです。普通は門を探してなかなか通り抜け出来ないですね。でもこれが出来ると門は勝手に開いてしまってどこの番組とも自由に行き来できるんです。
 下のほうの人を助ける場合がそうなんですけど、その門のすぐ前に来た人はすぐ助けられるんです。ただ、門から離れている人は無理です。それでもたまに門の前に来て動かない人があります。引っ張ってあげようとしても「いや」と言う人もあります。そういう人は求める心だけの時ですね。でも、ありがとうございますと一言いった人は上へあげられるんです。与える心を起こしたんですから、そういう時はスッと順番に次元を上げて上に引っ張りあげられます。それで順番に救っていけるんです。感謝し続けたら自分も誰でもそうなるんです。光の太柱に変ってしまうんです。自由自在に昇り降り出来るようになって・・・。

 中心が定まる

 そして、その一番上に何があるかという、それが今日の答えです。
日本の国は外国と、西洋の国なんかと較べて自由と平等というのを旗印にしないです。何故か判りますか?・・西洋は自由と平等がないんです。だからそれを手に入れようとして一生懸命にするんです。争ってまで手に入れようとするんだけど、だから気持ちの置き所が浅い所にあるんですね。日本人というのは心の置き所が深いんです・・そして新たに新たに受けなおす心になれるから、奥を感じ取る心は奥に本当の自由と本当の平等があると判るんです。表面の心は別にして魂の奥の心は判っているんです。それで自由を手に入れようとして革命なんかを起こさないんです、起こさないでいいと言うんです。平等というのもそうです。判っているんです、みんな平等というのを判っていて上に立とうとしないんです。争ってまで人を蹴落としてまで上へ立とうとしないです。
 ここは凄いところです。この本当の自由と平等というのは何か?・・ですね。これも答えの中のひとつなんです・・。本当の自由って何でしょう?本当の平等って何だと思います?  神様はすべてに対して絶対にえこひいきをしてない、みんなに対して平等です。本当に平等に愛を投げかけているんです。与えるプレゼントも同じものです。それが本当に判った時に神様の最高理想を現実化するんです。
 これは中心が定まるんです、中心が定まって大調和の姿を現実化した姿に持ってくるんです。中心がないと乱れます、調和しないんです。中心争いといって中心がいくつもあったら争うから必ず乱れます。中心がなかったら混沌としてバラバラです。だから中心が定まってくるということは一番最高表現に近くなっているということです。だから、その中心は上に立つのと違うんです。上に立つんじゃなしに愛の吸引力みたいなものです。万有引力ですね、ふつう星と星がぶつからないです・・太陽系を見ていても太陽の周りを惑星が回っていてぶつからないですね。

 万有引力って何かなと、名前を付けたら判ったかと言うと何も判ってないんです。万有引力という名前で判りますか? 勝手に付けただけですね、実態は何か・・・。神様の愛、愛の力です。これが必要なものを適材適所にきちっと配置してぶつかり合わないように大調和させる力です。中心が定まって大調和させている力です。太陽を中心にして全体がバランスを取って動いているんです。そうしたら太陽が偉いのかと言ったらそうじゃないですね。上下関係はないです。神様の前に立つとみんな平等です。ここも大事です。

 表面だけ見ると何か損をしたように思います、中心の方がいいように錯覚したりしますけど奥へ入ったときに初めて本当の平等感がわかります。これからの世界を平和にする意味で、この本当の平等感が一番大事なんです。今までは天皇陛下を中心に日本の国は神国だと言って・・これは悪いことじゃないんだけどちょっと足りないんです。それを金科玉条のような教えにしてみんなを説得しようと思っても無理です。先ず、平等でないとみんな思います。天皇陛下が一番上で国民は下と見ています、不平等と・・で、税金泥棒と言ったりするんです。平等だったら、何で・・と。だから、表面だけ見ていたらわからないですね。何で天皇家だけがいいのとなります。神様はえこひいきじゃないかと・・どうしても表面だけ見ていたらそう見えてしまいますね。それで奥へ入らないといけないんです。
 奥の自分は先ず神様から・・本当の自分、感謝の自分は神様から感謝の心を与えてもらっていますね。感謝の心というのは神様のすべてを受ける心、受けられる心です。神様から無限の無限の輝きがいっぱいという姿を与えてもらったら、それを全部受けるんです。それを受けた時は無限に無限に輝いた自分です。そういう立場に立った時、みんな平等なんです。みんな同じように無限の無限の輝きがいっぱいという姿をとるんです。その輝いた自分から眺めたらこの魂の自分とか肉体の自分は無限の無限分の一・・あまりにも小さすぎてないのと同じです。魂の自分がどれだけ修行して立派になったといったって無限に無限に輝いた自分から見たら、ゼロ以下マイナスなんです。ましてや肉体なんて爪の先の垢のもう一つ先の埃みたいなものです。比較する対象が違ったんです。本当に比較するんだったら一番奥の感謝の心で神様のプレゼントを受けている自分です。無限に無限に輝いた自分をそこに置いて、みんなと比較すればいいんです。その時みんな平等です。意識あるものは全部平等なんです。そこに立ったら初めて本当の平等が判るんです。
 それでひとつのチャンネルを、例えばこの世のチャンネルを調和した姿に平和な姿に変えるときに何が必要かと見てくると、中心を定めて調和させないといけないんです。そのときの役割を誰が演じるか・・・無限に無限に輝いた人はまた謙虚なんです、もの凄く謙虚、無限に無限に謙虚になるから自分から中心に立ちたいという人は一人もないんです・・困ったことに私が最後でいいとみんな言うんです・・凄いですね。でもそうしたら誰が中心になるんでしょう、なり手がなかったら調和させることは不可能です。やっぱり一人要るんです。
 地球なら地球で一人の中心者が必要なんです。みんな謙虚に遠慮してしまうと定まらないですね。その時神様はあみだくじを引くんです。一人を定めてくれるんです。それで一人定まったら、みんな感謝して「大変な役をご苦労さん」と言うんです。そういう定まり方でこの現実の中心は定まってくるんです。だから、もの凄く平等なんです。みんな資格があるんです、なった方が大変なんです。だからご苦労様とありがとうございますと感謝を捧げるだけになるんです。それでみんなが協力するんです。

 君が代の歌の中に「さざれいしのいわをとなりて」という言葉があるんですけど、この肉体の自分という部分的な自分・・小さい砂粒みたいなものですが、その自分が大きい自覚・・無限の無限の輝きでいっぱいという大きい自覚「いわお」の自覚になった時に初めてこの世を中心のある調和した姿に持って来れるんですね。それがこの君が代の「さされいしのいわおとなりて」の本当の意味です。だからみんなが奥の本当の自分に気付かないといけないですね。それが感謝を、神様にプレゼントをズーッとし続けて、無限の無限の感謝をズーッとし続けて門を全部開けてもらってその一番上の天の自分をしっかりと知るんです。無限に無限に輝いた自分、これは一瞬一瞬出てくる自分です。これはもの凄い幸せなんです。この世の幸せってどれだけ大きい幸せも、小さいですね・・有限なんです。でも無限に無限に輝いた自分は、その幸せは無限に無限に大きいんです。これ以上の幸せはないという感覚、それも新しい幸せをどんどんどんどん与えてくる・・無限の無限の幸せというのでもより新しくしてより素晴らしくして与え続けてくるから。

 奇跡

 だからこの感謝の祈りが出来る様になるというのは、もの凄い奇跡みたいなものなんです。みんなここへ当たり前に来ていますね・・何万年に一回、何億年に一回のチャンスを与えてもらって来ているかもしれないんです。毎日会えると思ったらおかしいんです。本当の神様と出会えるといったら何億年以上の一回のチャンスです。私と違うんですよ、神様と出会うんです。みんな私と出会っているけど神様と出会ってないですね。本当の価値を見出していないです。
その原因は何かわかりますか? ここはもう、門を全部開いてあるんです・・、門を全部開いているから光の柱になっていますけど、一番上の神様に出て来てもらえないところがあるでしょう・・・喜ばないからなんですよ。価値をしっかり見出したら出て来てくれるんです。毎日会えると思ったら価値が少ないですね・・ちょっとです。ちょっとだけ顔を出してくれます。百年に一回と思ったら、この一生で一回きりと思ったらちょっと価値が出ますね。それだけの顔を出してくれますね。何万年待って初めて一回きりのチャンスで出会えたと思ったら、もうひとつ奥の神様が出てきます。本当は何億年に一回というくらいがいいんです、何億年待ち続けてやっと今初めて奥の神様と対面できるというくらいの気持ちだとその神様はみんなの前に出てきます。その姿を見せてくれるんです。神様を感じさせてくれると涙が流れるどころじゃない、滝のようになって溢れ出します。全身から涙が溢れ出る感じです。とめどもなく洪水になるかもしれないくらいです。みんなこのありがとうございますに辿り着いたと言うのも本当の神様に対面する為です。それが本当の最終の目的だったんです。

 途中で止まったら損します。ありがとうございますを唱えただけで終わったらいけないんです。唱え続けてこの何億年に一回のチャンスをものにして神様と対面することが大事です。本当に誰でも出来るんです。だから、身も心も命も捧げて・・こんなのはつまらないから、そんなのはどっちでもいいから感謝を捧げ尽くしてというのが、ありがとうございますをひたすらズーッと捧げ尽くすのがいいです。神様にお礼を言い続けると必ず神様は出て来ます。そして喜んで喜んで一瞬一瞬を喜び続けたら、もうひとつ神様が出て来ます。神様はみんなを喜ばしたいんです。嫌がると「・・悪いな」と思ってと引っ込んでしまうから、喜んだら飛び出してくるんです。何でもいいから喜び続けると神様が飛び出してくるから・・神様は優しいよ、もの凄くね。まぶしいといったら引っ込むし・・光を加減してくるからね、やっぱりありがとうございますと言わないとね。「うれしい」とね・・それも無限の無限のをつける方がいいですね、機関銃みたいに連発しないと、大砲を撃ってもいいですいいですよ。ありがとうございますの大砲を撃ったらいいんです。まとめて、たくさん・・・。

 永遠の中今の今

 それで最後の「永遠の中今の今」という言葉をこれから解説していきたいんですけど、今という言葉は過去・現在・未来の現在という意味じゃないです。そういう意味も今という言葉の中にちょっとありますね、でもそうじゃないです、今はいのちの「い」です神様の働きを指すいのちの「い」・・「ま」はまったきもの完全な完璧なという意味ですね。
 これは「いま」というので神様の最高表現を指しているんです。天照大御神様を現すんです。そうしたらその中に全ての神様の特性、全徳が無限に無限に輝いた姿が出ます。その中には時間と空間というのがひとつの要素で含まれます。だから全ての時間、全ての空間が「今」の中に在るんです。「今」という中に全ての時間が含まれてます。この世の時間とあの世の時間はちょっと違うんですけど、種類が同じじゃないいろんな時間があるんです。その全ての時間の過去・現在・未来の全部を中に持っているのが「今」なんです。だから「今」の中に全部あるんです。そうすると宇宙の始まり天地の始まりはいつかと・・それは「今」なんです、いつも・・。どんな宇宙の始まりも「今」です。「今」が全て・・完成も全て「今」にあるんです。この「今」をしっかり捉えるという、これが大事なことです。この「今」が一番奥にあるんです。一番奥にです。だから「新たな全徳の無限の無限の輝きがいっぱい」というこのワンセット、これは小さい「今」なんです。これでも「今」を捉えたことになります、これはまだ小さい「今」ですね。

 それでこの「中今」というのがありますね、これがもの凄い曲者なんです。この「中」というのはアメノミナカヌシノカミ、絶対神の働きの名前です。一番奥の絶対の中にある中心の神様の名前です。それは絶対の働きを指しています。それを略してナカヌシと言うんですが、そのナカヌシという言葉の「中」なんです。この絶対の中にある「今」は、無限の無限の輝きが無限に無限にいっぱい、更に無限の無限にいっぱい、更に無限に・・という入れ子構造なんです。もうどこまでも「今」が飛び出してくるんです。それでその飛び出してくる方向が、どこからか判らないくらい全方向から飛び込んでくるんです。
 例えば無限の無限の輝きがいっぱいというワンセットの輝きものがありますね、それが上からだけだったら太陽みたいに一方向から来ますけど、そうじゃない全方向から来るんです。無限の無限の輝きがいっぱいというのは全方向からです。下からも上からも横からも全方向から・・凄いことです、それがドーッと飛び込んでくるんです。それが一回きりじゃない、奥にトコロテン式に無限に連なっているんです。次から次へとトコロテン式に無限に送り込んでくるんです。だから、無限の無限の輝きが無限に無限にいっぱいという姿をとっているんです。これは外から入ってくるものですけど、中からも・・中からも全方向に飛び出すんです。これは常に循環しているんです、流れているんです・・この流れが「永遠」なんです。

 永遠の永は、チョンに水とちょっと違うかもしれないけど水という字で、チョンが宇宙の大神様の絶対を指しているんです。それが水のように流れるという感じが永です。それがどこまでも遠く遠くというような感じで、それが動いてますね。無限に無限に遠くまで動いているという感じで永遠です。だから絶対の中から永遠にズーッと出てくるわけで・・凄いことですね。とどまることなく・・間断なく一瞬の休みもなく断ち切られることなくズーッと連続して出てくるんです。途切れが全然ない、連続してというのは凄いことですね・・想像もつかないでしょう、これが本当の意味の永遠です。この世の人の永遠はひとつのものが固定したまま変化しないでずっと続くのを永遠と錯覚しています。同じ状態が続くのを永遠と思うんでしょう・・偽物ですね・・そんなのは消えていくだけなんです。永続性なんか全然ないんです、必ず変化して崩れていくんですね。
 だからこの世なんかに永遠を求めてもないです。不可能です。永遠というのは「絶対」に求めないと、ないんです。次から次から湧き上がるように出てくるというのが永遠です。
 仏教には無常という言葉があります。はかない、空しい、移り変わるというのを捉える見方があるけど、本当の無常観はそうじゃないです。厭世的な無常観じゃなく楽天的な無常観です。この世だけ掴んでいるのは厭世的な無常観です。はかない、空しい、消えていくという感じで掴むんです。
 でも感謝の心で見る無常観は楽天的な無常観です。バックが神様です。神様から無限に無限にすばらしいものが次から次へ生み出されてきているという、だから変化が幸せを大きくしてくれているという見方、なくなるんじゃないです。いいものがどんどん出てくるだけで、それが変化で無限に無限に変化する・・これが本当の意味の楽天的無常観といって、これは常に起こっていますね、それで日本人というのは過去に執着しないんです、本当はね。
 桜の花がそうですね・・日本の国の花といわれるところは、桜の花びらはひらひらときれいに散るでしょう、執着していないです。散ることを潔く散って喜ぶんです。これは来年も花が咲くと思っているんです。次から次へと花が咲いて次から次へときれいに散っていけるという、楽天的無常観を生きているという、日本人はそこがいいところなんです。過去を掴まないで常に新たに受けて、いつも明るいというのはそこなんです。ちょうど太陽の心を象徴するような感じです。太陽はいつも新しい光をどんどん放射します。今出した光がなくなったら困るからと掴みに行かないです。新しい光がどんどん出てくるから掴まないで済むんです。太陽のもとの光源を掴んでいる限りはね・・部分の光線を掴んだら、消えていくものを掴んで止めないと・・光が消えてしまう大変・・となるんですけど、光源を掴んでいるんですね。

 それで「永遠の中今の今」という言葉の本当の意味は、それだけの無限の無限のの輝きが無限に無限にいっぱい、更に無限に無限に、更に無限に無限にというこれが本当の意味なんです。だからいつもワンセットのありがとうございますというのはこの「今」なんです。新たな全徳の無限の無限の輝きがいっぱいというのは無限の無限のチャンネル全体です。どのチャンネルも放送番組としては素晴らしいんです、最高傑作です。地獄番組も・・なかなかうまくは作れないでしょう、神業なんですね。地獄番組も最高傑作です、全ての番組がそうなんです。だから、全部まとめたら、もうひとつ素晴らしい神様の最高表現なんです。これをワンセットで受けなおすのが「今を生きる」なんです。これはもう、感謝の心しかないんです。感謝の心を起こすしか、受けられないんです。それで、ありがとうございますと唱える練習をして感謝の心を湧き上がらせてもらって、それで感謝の心になった時に受けられるんです。その感謝の心というのはもの凄い力があるんです。

 草薙の剣

 ちょっと話が逸れるけど、古事記の中に草薙の剣というのがありますが、この草薙の剣というのが何かと言うと感謝の心なんです。
 例えばふつう広い草原に敵が現れて周囲から火を付けられて、周りからバーッと燃え上がって真ん中にいる自分に近付いたとしたら、みんなどうしますか?逃げ場所がないです、全方向から炎上がって自分に近付いて来るその時どうします?
・・困るね。ああ大変と諦めますか? 山火事ですね・・・。全方向から火の粉が上って自分の方へ攻めて来るこの時に、草薙の剣がここで働くんです。神様の智慧が働くと・・・草薙の剣の意味は自分の周りの草を刈って、自分の方から火をつけたんです、草を刈って周りに置いてそこに火をつけたら自分は熱くないです。燃えるものは全部ズーッと外に広がっていくんです。消してしまうんですね、そうしたら外の炎が近付いた時に広い空間が出来ているから炎は近づけないです・・面白い、凄い智慧を使っています。
 だからぎりぎりの状態、本当の地獄の状態が瞬時にして極楽に変るんです。草薙の剣というのはそういう智慧の働きを指しているんです。また]字のクスナリという意味もあって、一点集中して他界へ移動するためのクスナリの剣で、だから神通自在に次元を変える力もあるんです。これは感謝の心なんです。感謝するということが、最高のプレゼントを与えるということが瞬時に門を開けるんです・・・いいこと聞いたでしょ? 感謝していたら智慧がいっぱい湧いてくるんです。どんな状態に置かれても即、解決する力が出てくるんです。快刀乱麻を断つという言葉がありますね。がんじがらめに括られていても瞬間にその縛りを解けるのが、草薙の剣の威力です。これが感謝の心です。みんなひとつの番組に縛られたらその中でもう一つ小さく縛られて、思いでがんじがらめで身動きがとれないという・・でも感謝の心にとったらそんなのは、朝飯前よりもっと早い・・ありがとうございますひと言で全部の縛りを断ち切ります。もう全然縛られなくなります。不思議な力です。

 神様をバックにする

 この「永遠の中今の今」というのは大体そんな意味なんです。人間が本当に幸せに生きる為にはいつも神様をバックにするのがいい、神様と共に生きるということです。
 ここに老子の言葉が書かれているんですけど、大象・・象はおとなしいけど力がありますね、トラやライオンが来ても平気で、トラやライオンの方が押しつぶされると大変と逃げます・・この本当の意味の大きい象、大象というのは本当は神様を現すんです・・。六本の牙のはえた純白の象。六本の牙というのは神通力です、六神通を現す神様の大きい働きです。この象の上に乗っていたら絶対に安心です、マイナスなんか絶対に起こらないです。
 だからいつも神様をバックにするといいです。無限の無限の輝きが無限に無限にいっぱいという、この神様をバックにすると闇は消えて、ないんです。全てのマイナスが消えてしまう。その方法が、ありがとうございますと神様を呼ぶこと、そしてありがとうございますとお礼を言うこと・・お礼を言われたら神様は放っておかないです。呼ばなくても先に助けに来てくれるんです。ふつうは呼んでから来てくれる感覚ですね、でもお礼を先に言っておくと呼ばなくても先に来てくれているんです。
 感謝の先取りという言葉があるんだけど、先にお礼を言い続ける方がいいですね。本当は先に言っているんじゃないですけど、遅ればせで遅れて遅れて言っているんだけど、でもお礼を言うと神様の方が先に助けに入っているんです。お礼を言ってくれたか、と喜んでいるんです。だから先に先に前もって未来に先回りして護りに付くんです。そうすると護られやすい、バックにいつも無限の無限の輝きがいっぱいという姿で護ってくれたらもう、怖いもの知らずです。原爆が落ちようが何しようが構わないんです、原爆も一瞬にアンパンに変るというくらいです・・不幸になるのは、もう大変です。地獄に下りたいといっても降りられないです。ありがとうございますをいえる自分、言わせてもらえる自分というのは最高の幸せを与えてもらえる自分なんです。ここまで来るまでにみなさん苦労に苦労を重ねているんです。もう、口では言えない並大抵でない苦労は全部してきてますね。この世だけじゃないから、過去世でいっぱいしてますね・・。この世は最後のおさらいをちょっとするくらいかもしれないけど。 大体こんなことなんですけど、これに関して何か質問はありますか?

 与える心だけがいい

☆無門関というのは、関門がないということですよね?

ありがとうございます
 見つからないということで、ないところを潜り抜けるのは大変ですよね。

☆上は押せばいい、下は引き上げるというその上と下の境界線というのは具体的にはどういう・・・?

ありがとうございますー
 境界線は、無門関なので存って無いんです、無くてあるんですね。与える心を起こした時にスッと扉が開くんですね。だからこの世でいろんな人助けをしている霊能者がいますね、愛の心で人助けの心を起こした時に上の次元から助けを受けやすいです。それは上の扉が開いているんです。与える心、愛の心を起こして・・そうすると上の次元との交流が起こって助けを引き出しているんです。それでみんなを幸せにする働きをさせてもらえるんです。
 ところが、ちょっと求める心を起こしてお金儲けを考えたり自分の思い通りにしようというときに、すぐ上の扉が閉まるんですね。そして足元が開くんです。もうこれは、てきめんです。みんな見てたら判りますね。だから与え続けるというのがいいですね。お金は手に入れようと思わないで、回ってきたらありがとうございますでいいんです。自分から手に入れようと思うと求める心を起こしますね。与えてもらうのは、ありがとうございますと受けて活かさないと・・これはいいんです。
 人を幸せにすることをどんどん与えたらいいだけです。人に求めない方がいいですね、ああして欲しいこうして欲しいと求めると、損するんです。ただもう、与える心だけがいいんです。そうすると高い次元の扉が開くから、いいものがいっぱい降ってくるんです。

 死ぬことは出来ない

☆生活は考えなくてもいいんですか?

ありがとうございますー
 地獄でもみんな生きてるんです。死ねないんですよ。一番下の無間地獄なんかそうですが、殺されても殺されても瞬時の休みもなく甦るんですよ。死ねないんです。この世の人がどうして心配するんですか、ちゃんと必要なものを与えてもらって生かしてもらっているんです。ただこの世の時間、寿命は定められていますね、やっぱり勉強の為この世に置いてもらっているから、この期間が済んだらいい所へ上げてくれます。だから生きることを心配する必要はないです必ず生かされています。死ぬことは出来ないです。

☆般若心経の顛倒夢想というのを教えてください。

ありがとうございますー
 感謝の心と思いの心とは正反対の生き方です。思いのほうは顛倒夢想・・という感じなんです。感謝の心は正しく神様を捉えるんですけど思いの心は反対に反対に捉えるんです。だから思いの心は本当にあるものを無いと言うんです、神様なんてないと、でも感謝の心は神様を正しく捉えて神様だけがあるんだというふうに・・。

☆思いで考えていることは全部、逆さまなんだということですか?

ありがとうございますー
 そうです。

 超意識

☆超意識と悟りと覚醒の内容を教えてください。

ありがとうございますー
 言葉の定義は先にしておかないとごっちゃになってしまうんですね。三つの言葉が同じ内容を指して言っている場合もあるし、特にいろんな宗教団体で同じ言葉を使っていても指し示す内容が違うことがよくあるんです。だから先ず言葉の定義をしてから使わないといけないんですけど、なかなか言葉の定義をしてから使わないですね。

☆超意識というのはどういう・・・?

ありがとうございますー
 意識は表面意識とが顕在意識とか、ちょっと奥にあるのは潜在意識とか言うんですけど、そういうのを遥かに超えたものを超意識と言うんですね、場合によったら一番奥の神様を指すかもしれないし。

☆超意識になったら、悟ったということですか?

ありがとうございますー
 そういう場合もあるんです。でも、もっと低いかもしれないし、だから言葉で何を指しているかによって違うんです。

☆悟ったというのと覚醒したというのとは同じですか?

ありがとうございますー
 悟りもピンからキリまでありますからね。

☆体外離脱の場合も同じように神様のところまで行くこともあるし、ちょっとだけの場合もあるんですか?

ありがとうございますー
 肉体から抜けるのはふつう魂と言うんですけど、その魂がどの段階まで上るかですね。

☆体外離脱と幽体離脱は同じですか?

ありがとうございますー
 一緒といったら一緒だし・・似てますね。体を離脱すると言っても、本当の意味で肉体を完全に「無い」というふうに離れてしまうんだったら悟りかもしれないですね。


☆瞑想は目を閉じるものでしょうか、開いているものでしょうか?

ありがとうございますー
 どちらでもいいです。目を開いたままでもお祈りが深くなったらこの世を見てないですね。神様の光の流れをしっかりと見てますね。目を閉じても神様を見てるかといったら見てないです、暗いところを見ているかもしれないし・・だからその時その時自由自在でいいです。

☆闇という字はどうして門に音なんでしょう?

ありがとうございますー
 闇は何も見えないで、音だけ聞こえる・・そんな感じじゃないかな。

☆神様の光というは太陽の光の無限億万倍で、太陽の光でさえ一番奥の神様から見たら闇に近いという話を聞いたことがあるんですけど、今のこの肉体で太陽を見ても充分まぶしくてずっと見ていられないんですけど・・あまり光りすぎて苦しくないのでしょうか?

ありがとうございますー
 感謝の心は、強い光に慣れていくんです。

☆悟った意識になって悟りが深まるほどそういう強い光をまぶしく感じなくなるということですか?

ありがとうございますー
 五感六感の感覚と奥の直感と意味がちょっと違うんだけど、直感の方はそのものズバッと自分がなってしまうんです。それで判るんです。
 肉体の自分が見るのとは大分違います。光の種類もたくさんあるから。

 過去はない

☆チャンネルが上って番組がどんどん変って未来がよくなると、過去も変るんですか?

ーありがとうございます
 過去はもう関係ないですね。どんどん新しい番組になっていくんです。過去を掴んでいる思いの方が消されてしまうから、全部過去は忘れてしまって「ない」という感じになるでしょうね。

 死刑制度

☆死刑制度を廃止した方がいいという人もいますが、どうなんでしょう?

ーありがとうございますー
 本当に赦せたら要らないですね。赦すというのは感謝して新たに新たにその人を見直せたら、その人は悟った人というふうに神様なんだと見れたら大丈夫ですね。でもあの人は人殺しした悪い人だと掴むんだったらまた別ですね。罪の償いをさせる方がその人にとったらプラスになるんです。だから番組ごとに全部違うんです。死刑が無いほうがいいというのもあるし、あったほうがいいという番組もあるし、低い番組だったら死刑がなかったら歯止めがきかないですね。殺し合いになって平気になるんです。それだと困るからそういう場合は歯止めを付けないと、人を殺したら自分も死刑になるんだとすると人を殺さなくなるんです。

 皆自由

☆ありえないんですけど、これから人を殺しにいくというのを聞いた場合には止めないといけないんですか? そうですかと言った方がいいんですか?

ーありがとうございますー
 皆自由なんです。止めるのも自由だし止めないのも自由だし行くのも行かないのも自由だし、本当のことを言っているかどうかも判らないですね。うそを言って試しているのかも判らないし、それはその時に自由自在に対処するんです。番組を上げるように対処するんだったら、感謝している人はどんどんいいようにいいように変化します。マイナスを掴んでいると番組を下げていきますね、悪い結果になるかもしれないですね。

☆いかなる場合も邪魔してはいけないんですか?

ーありがとうございます
 どっちとも言えないですね。番組ごとに対処の仕方が違っていいですね。

☆思いというのは要らないもの排除すべきもので、思いはあってはいけないのかそれともあってもいいんですか?

ーありがとうございますー
 いいんですよ、もともと神様は全部取り揃えて用意しているんです。みんな必要なんです、ただその思いに縛られたらそこから抜けられないです。自由を失うと苦しくなります。思いがあってもちょっと離して距離をおいて見れたら、ちょうど空の上から下の雲を眺めるような感じの見方だったら雲もきれいです。その雲もバックに太陽をおいて光がサーッと入っている白雲に見えたらきれいですね。だからそれをどういうふうに見ていけるかですね。みんな利用価値はあります。ただ選択の幅がどんどん狭くなってそれを掴んで自由がなくなると困ります、苦しいです。だから自由があれば大丈夫なんです。思いも使いようなんです。太陽がかんかん照っているときに雲が出て来て傘のようにスッと覆ったら涼しいですね。本当に生き方でもなんでもそうですけど、これがいいと思ったら他はダメに思うでしょう、縛られていますね。言葉の縛りは本当は怖いです。これが最高、正しいと思ったらそれに縛られてしまって他をマイナスに見てしまったり、もっといいものが他にあるのに気付かなかったり・・だからもう、掴まないことです。今の一瞬だけ楽しめばいいです。


 ありがとうございますを後で加えただけでいい

☆人と話して過去に病気だったとか、あまりプラスでないことを思い出して話したとします。そういう時は話した後でありがとうございますでマイナスの言葉を言った分は浄化されるのでしょうか?

ーありがとうございますー
 みんなありがとうございますを後で加えただけでいいんです。過去にも未来にも先回りしてちゃんと消してくれますから絶対大丈夫です。

☆最近、気温がどんどん上っているようで人と会った時に挨拶代わりに「暑くてかなわないね」とか言われるとつい、「暑いですね」相槌をうってしまうんですけど、こういうのもマイナスになりますか?

ーありがとうございますー
 立場を変えたら逆の言い方をしているところもありますね。寒いところの人は「あったかいね」と喜んでいます。どんどん地球は暖かくなっていいね、と言います。何が正しいかは判らないですね、全部必要に応じて変化しますから、ただ縛られている人に取ったらそういう自由が無いんです。暑いところにすんでいる人は温暖化でどんどん温度が上ったらすむところが無いと言うんですね。海面がどんどん上って島が沈むんならすむところが無いです。でも、全部皆の共同の財産という感じで自由に移動できるんだったら何が起こってもいいんです。自然な移り変わりの中で楽しめばいいんですね。地球上で過去にもっと温度の高い時もいっぱいあったし、氷河のような低い時もあったし、それでも必要だからそういうふうに変化してきたんです。これからもどのように変化しても、それを最高に受けてとめていけたら本当はいいんですけど・・だから悪くなると予測しないでもいいし必ずよくなるよくなるとプラスにプラスに受けていけば高い番組が現実化していきます。だからマイナスに使わなくていいんですね。

 自由自在に働く

☆シールを友人に配って効果をいろいろ聞いたりしているんですけど、ありがとうございますという言霊に意味があると本にも書かれてありましたが字の形も意味がありますか?シールを貼るだけでジュースなんかは味が変ると思うんですけど、言葉として発しなくても効果があるのはどうしてですか?

ーおじさんー
 字のかたちは何でもいいんです。ありがとうございますは光が宇宙を駈け巡るんです。誰かが祈っても、シールを一枚貼って、ここにシールが貼られていると認めてそこから光が出だしたら、宇宙を駈け巡るんです。だから近くだけに影響を与えるとは限らないです。本当は自由自在に働くんです。

 みんな自分の分身

☆ありがとうございますは、もし明日死ぬとしても本望ですか?それともまだやり残したことや、したいことを持っていますか?

ありがとうございますー
 なんにもない・・・死ぬという感覚が無いですね。ちょっと場所を変えるような感覚です。意識は同じ意識がズーッと続きますから、自由自在に移動しているから肉体の生死はもう無関係みたいですね。この肉体が消えても他の人の肉体を使えるかもしれないし、みんな自分の分身みたいに思いますし。本当はみんな神様からのプレゼントと全体を受けるといいんですね。見えているもの全部をワンセットで神様からのプレゼントと受けるとみんな自分のもの、自分なんです。それが自然に必要なように移り変わっているんです。
 だから神様からどれだけたくさん受け取るかだけで、たくさん受ける方が幸せが大きくなります。それも大きく変化しているのを楽しむ方がもっと幸せになりますね。普通は部分を掴んでしまうと囚われます。たとえば全体が大きい花園とします、いろんな種類、無限の種類の花がいっぱい咲いている・・それもいろんな成長段階全部が揃わないといけないですね。全て満開だったら次は枯れていくんです。だから順番にどんどん新しく花が開くように、全部の成長段階が揃っている方がいいんです。それでその花園の全体を見ていたら素晴らしい状態だけを味わえるんです。ところが枯れていくのだけを選んだら大変ですね。喜べないかもしれないですね、また芽が出たばっかりだったら、ああ・・まだこんなのかとなってしまうかもしれないです。
 でも全体を捉えたらみんないいんですね。みんな素晴らしく見えてきます。種の状態も芽が出て双葉の状態も本当に素晴らしいと感じるんです。だから大きく全体を受けると、みんな本当の絶対価値があるように 見えてきます。比較すると他の部分を掴んでしまいますから、全体が神様からのプレゼントという受け方がいいですね。それを、ありがとうございますと新たに新たに全体を受け直すんです。
 それが感謝の心の自分ですね。思いの心の自分は部分を掴むんです・・これだけが自分と。 いつから思ったんでしょうね?この肉体を自分と・・・。何で思うんでしょうね? 誰もそんなふうに思いなさいと言ってないのに、これも不思議ですね。言葉のマジックにかかっているかもしれないです。

 全体が自分

☆誰に教えられたわけでもないのに、この肉体を自分だと思います、みんな自分の肉体と勝手に思っていますよね・・・。

ありがとうございますー
 そう、思いがあるとそうなっていくんです。掴んだものを自分と思うんです。身近な小さいものを掴んでいきますね。その掴む練習をしているとそれが自分になっていくんです。でも感謝の心の輝いている時は掴まないです。自分がないから自分を忘れてしまっているから、いいものを感じているだけなんですね。だから思いで掴まない方がいいんです。思いでも催眠術にかけられて、あなたは犬ですと言われたら犬になるんです。これは思いの力です。みんなから、お前は馬鹿だ馬鹿だといわれたら馬鹿になってしまいます。
 だから感謝の心がいいですね・・みんな神様というふうに受けるからみんな輝いているというふうに見ていけるから、それでこれだけが自分というのはないですね、神様から受けたものは全部自分になります。一体感が深くなって皆自分の感覚になっていくんです。自分と他人をどこで切り分けるんでしょうね?不思議ですよね、みんな繋がっているのに・・本当は切り離したら絶対に生きていけないのに・・この指がどこからどこまで自分の指でどこで切ったらいいか、先のほうがいいか根元がいいかと・・・。肉体を自分だと思っているのもどの部分も自分なんで、不思議ですね・・頭が自分か、心臓が自分か、手足が自分か・・部品が自分じゃないですね。
 本当は全体が自分なんです。手を切ったら自分がなくなるかというと手がなくても自分はあります。手足全部切ってなくなってもまだ自分はあります。どこまで切ったら自分はなくなるんでしょうね・・・自分という意識があったら自分はなくならないですね。
 その自分という意識がどれだけを自分の範囲に置くかなんです。だから宇宙が自分という意識になったら、宇宙が自分です。肉体を自分と思ったら肉体が自分になります。だから大きく受けた方がいいです。全部自分という方が幸せが大きくなります。大きく受ける方が正しいです。遠慮の固まりは損しているだけで、その方が間違いかもしれないです。

 霊魂魄

☆魂魄について教えてください。

ありがとうございますー
 普通は霊魂魄と使います。霊の方は神様のいのち、いのちの方です。魂は心の働きの方、思いの方になるかもしれないです。魄は肉体です。だから一番最初に霊があります。神様のいのちの働きがあって、それがどんどん物質化して魂になり、更に物質化して肉体の魄になります。それでこの肉体を持って生きている人は、霊魂魄がひとつになって支えているんです。途中で魂をなくしても霊をなくしても死んでしまいます。続かないです。魂がなくても霊があったら直接肉体を物質化して現すかもしれないですけど、でも元があるから表面の肉体も存在できるんです。この世の全てがそうです。奥の神様がどんどん新しく置き換えて生かし続けています。ズーッと新しいものと置き換えてくれています。だから古いものはどんどん消えて新しいものと置き換わって新陳代謝がずっと続いているんです。どこで置き換わっているかはやはり気付かないです。でも変化しているということは置き換わっているんですね。同じ状態だったら変ってないんですけど、ちょっとでも変化があったら置き換えなんです。だからみんな変化し続けていますね。新しいものとの置き換えをズーッとしてもらっているんです。

☆肉体がなくなったら魄がなくなって魂が残るんですね・・・?

ありがとうございますー
 だから肉体を捨てて肉体を消してしまってあの世へ行ってしまった人は魂的なものを残していきます。ただそれも大まかに分けた見方です。無限の無限のチャンネルと見た方がいいです。

☆そうすると魂というのは思いとイコールですか?

ありがとうございますー
 大きく見たらそうです。ただその心の働きも段階がいろいろあって、霊が働く大きい心もあるし思いの働気の心もある訳です。だからもっと細かく分けた方が区別がついていいかもしれないですね。

 色心不二

☆そうすると心というのは肉体の部分だけじゃなくて霊の部分でもあるわけですね?

ありがとうございますー
 そうです。仏教に色心不二といって色はもので、心とものは二つに分かれていない、同じものでひとつなんだという意味です。だから心と体は裏表で同じものと見ても間違いではないんです。同じものの裏表で本当は区別がつかないかもしれないです。身体を表と裏に見た時どこで切るか、これも難しいですね。前と後ろに分けるのでもそうですね。だから便宜上そういうふうに分けて考えるだけで、本当は全てひとつに見た方が正しいです。みんな神様のひとつの働きというふうに。

註:色心不二について
 御義口伝(おんぎくでん)から「色心不二なるを一極と云うなり」
 解説・・・体と心が一体になることが、本来の姿である。
 
☆本心に対して肉体の自分を偽りの自分といったりしますがそれも偽りじゃなくて、それも含めて神様の表現と見た方がいいということですか?
ありがとうございますー
 そうです。本当に奥から神様の表現、神様の現れと見たら全部神様です。

☆本心の方に目をやるとついつい肉体を軽んじてしまうんですけど、それではいけないと・・。

ありがとうございますー 
 いけないでしょうね。かわいそうです、苦労して苦労して物質化して現している姿です。

 テレビ

☆ありがとうございますはテレビとか新聞は見ていますか?

ありがとうございますー
 いつも見ています。なんでもありです。ただ見る時の目的は・・お祈りの為にみてるんですけど。何でも見ることにしています。

☆前はよくテレビを見ていたんですけど、だんだん見なくなって今は殆ど見たくなくなりました・・・。

ありがとうございますー
 何が必要かで必要性に応じて、本当は自由自在でいいんですけど見る時があってもいいですね。

☆ありがとうございますのように浄化するためにお祈りする為に見るくらいの力があればいいですけど、受けてしまうばっかりで自信のない人は見ないほうがいいと・・?

ありがとうございますー
 マイナスへ進みたい時は見た方がいいです。プラスにあがりたいときはプラスを受けていく方がいいんでプラスの方を選ぶ方がいいですけど。

☆マイナスへ行きたい時って、本当にあるんですか?

ありがとうございますー
 あるんです。謙虚になる勉強の為にね。いくら止めても行く人はいます。

☆私は上しか行きたくないんですけど、それでこれは自分の中で浄化しきれないと思うものは見ないようにしているんです。でも、見なかったら力がつかないような上に上れないような気もします。

ありがとうございますー
 プラスを見ることによってプラスが蓄積されて、それが力になるんです。プラスへプラスへ向くだけでいいです。マイナスへいくのはもう卒業したんですね、昔は楽しんだんです。

 肉体は一部

☆人間もある意味ではカケリミなんですか?

ありがとうございますー
 この肉体はそこまでいかないです。神通自在に働ける奥の姿です。その奥の自分がこの肉体を現してくるんです。本当は全部を自分は持っているんです。肉体はその一部です。その一部だけを自分と思うとちょうど爪の先の垢を自分と思うくらいの感じです。みんな自分と思えばいいのに、損しています。

 心の道具

☆脳の働きというのは・・脳に心はないですよね・・?

ありがとうございますー
 道具ですね、心が使う道具です。心からのメッセージを受け取ってそれを全身に伝えて動かすことですね。たまには心だけで何でもする時がありますね。身体を使わないでものを見たり・・あれは心で見ますね。ただ普通は目を使って見るのがいいです。やっぱり心の道具ですね。

 新たに神様からのプレゼント

☆過去を掴まないという事は感謝するということですか?

ありがとうございますー
 そう、新たに新たに神様からのプレゼントという姿で全体を受けたらいいですね。新しい神様からのプレゼントという受け方をすると感動しますね。太陽でも初めて見た太陽は感動します。今まで一度も見てない、今初めて見たというと凄く感動しますね。でもズーッと見続けてきたというなら、当たり前になってしまって感動しないですね、喜ばないです。だから全て初めていま見るというふうにすると感動して感謝が出来るんです。だから一旦全部これが消えてしまって新しく神様からプレゼントされた、とこの宇宙を受けるんです。凄い得したことになりますね。一瞬一瞬そうすると過去を掴まなくなっています。そうしたら神様からのプレゼントを受けやすくなります。大きい幸せになってきます。

☆その全体というもの一人ひとり全体の大きさとか観念が違っていて・・その全体という見方を広げるにはどういう努力をしたらいいでしょうか?

ありがとうございますー
 ありがとうございますと感謝していると、これは神様を呼んでいることになって神様がスッと自分の中に助けに入ってきます。そうすると神様の心が自分の心に置き換わってきます。神様の心は全体をいつも捉えていますので、自然に全体を感じる心に変えてくれるんです。だから、ありがとうございますと神様を呼び続けるといいです。後は神様がちゃんと変えてくれます。みんな自由なんだという感覚に置き換えてくれます。神様の心と同じように変えてきてくれるからみんな素晴らしく感じられます。そしてその過去を掴まない、新しいもの新しいものと受けられるように変えてくれます。

本当の必要性があるかどうか

☆ありがとうございますを続けようと思うのですが三日坊主になってしまいます。どうしたら継続できるでしょうか?

ありがとうございますー
 本当の必要性があるかどうかです。本当に自分が何を真剣に願っているかです。本当に幸せになりたいというなら神様を呼ぶんです。でもまだこのままで大丈夫というとあまり真剣に言わないです。だから本当はいろんな苦労をいっぱい与えてもらう方が呼びやすくなるんです。苦しい時の方が呼べますね。助けて欲しいから真剣に呼べるんです。そうすると呼ぶ練習が出来てそれが癖になるような感じで自然に呼べるように早くなるかもしれないです。だから何でもいいけど、呼ぶ練習が大事ですね。一回呼べば次に呼びやすくなるのは確かです。自分ひとりでは忘れる時があったら友達と一緒にありがとうございますと言うんです。そうしたら相乗効果で何倍も効果が出てきます。一人より二人、二人より三人とありがとうございますと言う仲間を作ることです。それよりももっといいのは、いつも神様が祈り続けてくれているという気持ちが大事です。みんな自分の為にありがとうございますと祈ってくれているというと湧くようにありがとうございますが出て来ます。だから孤立したらいけないですね。できるだけ孤立せずに、みんな自分のために祈ってくれているというのがいいです。そうしたら祈りが湧いてきます。

 みんな一緒

☆全部を一度無にして新しくまた一度に出来たとすると明るくて楽しい感じがしますけど、無の時は真っ暗で寂しい感じがします。無にした時もみんな一緒に自分と考えていいんですか?

ありがとうございますー
 そうです。だから全部消えたとなったら謙虚な心になれるでしょう、自分のものはもう何もないというそこへ最高のプレゼントがパッと現れるんです。だからありがたみがもの凄く大きくなりますね。それを繰り返すとさらに上手に受けやすくなります。

 マリア様の処女懐胎

☆マリア様の処女懐胎というのは本当でしょうか・・イエスは私たちとは違う
肉体の選び方をしたんでしょうか?

ありがとうございますー
 そんなことはないでしょう。みんな同じです。ただ悟りを開いた本当の本心の自分は肉体から出て来るのとは違います。神様から降りてきます。いつも神性受胎と言って一瞬一瞬新たに神様の中から舞い降りてくるのが本当の本心の輝いた自分、悟っている自分です。肉体の中にいるのが悟るという意味じゃないです。そういう意味だったら本当の悟りの姿をそういう話で例えているんです。お釈迦様が脇の下から生まれてきたとか・・生まれそうもないとこから生まれてくるんです。それだったら老子様のような生まれ方がいいかもしれないです。空中からポッと物質化して出てきたという、空気中からパッと出てきたというのがいいですね。昔の日本民族の本当の最初の人というのも物質化現象で生まれてきています。天孫降臨民族という感じで、上から上から物質化して肉体を作って出て来ているんです。お母さんのお腹から生まれてないんです。

☆ありがとうございますはどうやって生まれてきたんですか?

ありがとうございますー
 ありがとうございますは・・普通です。ただ、感謝の出来てる自分は肉体の中から出てきたんじゃないです。神様の中から降りて来ています。どのありがとうございますを捉えているかですね。

☆生まれもって違うというわけでは・・・?

ありがとうございますー
 そんなことはない、みんな同じなんです。みんな平等、神様の前に立ったらみんな平等です。ただいろんな・・出てくる出かたがいろいろあります。自由自在に、好きなのを選べばいいんです。本当はもともと全部物質化現象が基本なんですけど、それは本当に自由自在な心でないと出来ないんです。出来ない人にそれをするようにと言っても無理だからある程度先に無理のない原型を作るんです。無理のない子孫を伝える方法、それを今踏襲しているんです。でももっと進化したらみんな空中からパッと出てくるようになるかもしれないです。
性別も瞬間に変身するかも知れない、今男で今女になってと瞬間に変身するかも知れないです・・どうしましょう?

☆将来そういうふうになる可能性はあるんですか?

ありがとうございますー
 あるでしょうね。ちょっと高い世界の番組ではみんな自由自在に変身しますからね。お爺さんの姿がいっぺんに赤ん坊になったり、男になったり女になったり、人間だけじゃないですね・・他の姿にも変身するから、上手になって何にでも化けるんです。そうすると全部自分という感覚が甦るでしょう。何にでも変身できたらね・・本当はそれが正しいんですね。自由自在に何にでもなれて変身できるというのが。それが出来ない時にある程度枠の中で護られた姿でズーッと来ているんですね。

☆魂の入れ替えというのを聞いたことがあるんですけど、ありがとうございますを実践していると魂が入れ替わるということはあるんでしょうか?

ありがとうございますー
 必要ないでしょう?神様がどんどん降りてきたら魂の入れ替えどころじゃないです。神様が入ってくるんだから凄いことです。詰らないものを入れ替えてもらわなくても、神様の中には何でもあるんですから・・ね。

 本当の自由

☆ふだん自分が意識している自由意志と、本当の奥の神様の意志との違いを説明していただけますか?

ありがとうございますー
 本当の自由というのは神様が持っているんです。神様は何にでもなれるから自由なんですね。でもひとつにしかなれないというとかなり狭められて自由が少なくなってきます。この世の人がいくら自由だといったって神様の自由とは比較にならないです。小さい枠の中の自由です。選択肢を無限に持たないと自由自在じゃないです。だから神様から最高のものをすべて受け取った時に神様の自由な心に近づけるんです。それが本当の自由です。でも選択肢を狭めてきたらその分だけ自由がなくなって小さい枠の中でちょっとした自由を楽しんでいるんです。この世の職業の選択の自由なんてかなり狭められていますね。結婚の相手を選ぶのもそうですね。

☆神様の中に自分を溶け込いらせる時に自分の自由意志というか自分の意識が失われるような恐怖心が出たりとかを感じるような気がするんですが・・。

ありがとうございますー
 それは違います。自分を溶け入らせるといっても一番不自由な自分を溶け入らせているんです。最初から自由な自分が神様に溶け込むのと違いますね。がんじがらめに縛られた一番不自由な自分が神様の中に入ることによってその縛りを解いて自由な自分に変えてもらうんです。自由は増えるんで絶対に減らないです。自由自在になっていくんです。一本の道をずっと行っている人にとっては囲いがあって真っ直ぐ行っていたら安心ですけど、囲いを取られたら本当はどこを歩いても自由なのに、危ないように錯覚したら怖いんです。宇宙の大道はどこを歩いても幸せいっぱいなのに。だから神様の中へ入れば入るほど自由になるんです。幸せばっかりという感覚です。入ってみると判るんです。飛び込んでみるといいです。幸せの中に飛び込むんです。絶対悪くなりません。

 軍備に頼るか神様に頼るか

☆(・・聞き取れず・・)

ありがとうございますー
 どの番組を一人ひとりが引っ張り出すかです。敵を認めてというのは低い番組ですね。高い番組は敵じゃないです、みんな味方です。みんな家族と同じくらい一体化した姿をとっているから絶対マイナスはないんです。感謝する人は高い番組を引っ張り出すから絶対人から責められたりしないです。やっつけられないです。外国が攻めてくるかといったらそんなことはないです。感謝する人がいたら攻められないんです。この国は絶対に攻められないとなるんです。
 だから感謝する人が増えたら軍備なんて何も要らないんです。神様がバックに付いたら争いの思いを全部消してくれます。そうしたらみんな平和な心に即変ってしまう、仲良しになってしまいます。軍備に頼るか神様に頼るかの違いなんだけど、軍備に頼ったら戦争に入って両方傷つくんです。でも神様に頼ったら絶対大丈夫です。何があっても護り抜いてくれます。神風が吹くくらいじゃなくて、相手の気持ちまで変えて仲良しに変えてくれるから。ありがとうございますと言ったらその通りになります。

0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.