カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.


ar1042001.6.30
 離婚について

質問者:
 今の世の中で離婚がいっぱい増えてますし、何回も離婚する人がいますけどが、あれは別に悪いことではなんですよね?

ありがとうございます:
 悪いことではないんです。結婚の目的って色々な目的がありますよね。でも神さまは人の自由を絶対縛ってないんですよね。どんな人と、どういう目的で結婚して助け合ってもよろしいですね。だから、自分の自由意思に叶わないものだったらまた変えたらいいんですよね。
 この世で仮に100回位(笑)、結婚して、結婚して、結婚してでも、離婚してでもね(笑)100生分生きるような感じです。100回生まれ変わった分を短期間で過ごしたような感じじゃないですかね。特にスピ−ド化してくるとね、そのくらいあっても別にね(笑)したい人はしたらいいですよね。そこまで自由だと思います。だからお互いに我慢してっていうのはあまり必要ないですよね。両方が早く大きい幸せつかめそうもないんでね。助け合いだったら縛り合わずにどんどん助け合って与え合う方がいいですものね。

 だから本当の人の目的というのは、全体に自分の全て与え尽くして、全体から大きく無限の無限のプラスを受け直すことなんですね。だから結婚というのは、特定の人に与え尽くすんですけど、全体に与え尽くす一つの勉強ですよね。練習。そういう意味だったら早く神様に、全体に、大きく自分を与え尽くすためだったら、色々な与え尽くし合いの練習すればいいんですよね。何れは全体に自分を与え尽くしてね、全体から大きな幸せ頂く極楽世界に住む自分になるでしょうね。

 だからもっともっと自由な発想の方がいいでしょうね。過去に縛られ過ぎると本当の自由がないんで苦しいですよね。だから本当は今結婚をされている人でも、今日始めて結婚をしたんだという受け直しをすると新婚気分で、また感動が新たに出来ますよね。同じ人のようでも、人も一瞬にして生まれ変わりますもんね。変化しますから、いつも新しい人と結婚しているという感覚はいいですね、いつも新婚で(笑)。ただ名前が同じ人が続いているんで(笑)。でも、人は変わっていますよね、毎日、毎日ね。

 夫婦喧嘩について

質問者:
 夫婦喧嘩をしてもいいのですか?

ありがとうございます:
 そうですね、鍛え合うという意味では(笑)。
お相撲取りさんていつもバンバンってやられるんで、肌が綺麗ですよね(笑)、叩くと肌が丈夫になって綺麗になるらしいですね、もち肌の艶々した肌になるらしですから、いいかもしれない。喧嘩はちょっとは誰とでもまた仲良く助け合う姿をもう一回見直したい時に幸せ大きくなりますものね。だからいい姿には馴れ過ぎたら感動取れなくなるんですよね。一回マイナスの体験をするとまた、今の状態が大きいプラスに見えて幸せを噛み締めて味わえるようになりますんでね。喧嘩したい人はどうぞ(笑)、でもいつもすると苦しいですから一生に一回位でいいですよ(笑)。

 生まれ変わりと親子関係

質問者:
 生まれ変わりで親子の関係は何代か続きますか?それか一代限りですか?

ありがとうございます:
 何回か続く場合も、一回限りもありますよね。色々ですよね。
只、その親子の関係というのも何かの意味で心の波長、波があるんですよね、全体じゃないんですよね。部分的にしても、波のある所で親子関係が生まれますよね。だからその肉体的な姿形で似通っている親子もありますし、また心の状態で似通っている親子もありますよね。後は色々な能力。芸術かなんかだったらヴァイオリンの名手だったらヴァイオリンという能力で似通って親子関係になる場合もあるんですよね。色々な意味の色の波と同じになるっていう、波の変化によって色々な親子関係生まれますんですけど、ただそれも、何回親子関係になるかというのは皆違うんですよね。かなり自由があるんです、幅がね。

 「ありがとうございます」の意味

質問者:
 「ありがとうございます」という言葉に一語一語全部意味があると聞いたのですがそのことについて教えてください。

ありがとうございます:
 日本の国は言霊のさきはふ国といわれるだけあって、神さまの宇宙創造の働き、これを言霊というんですが言葉になっているんです、それと人の使う言葉との間にかなり似通った近似性のものがあるんですよ。それでその一言一言に言霊の裏付けですね、バックアップ、応援があるんですよ。                            

「あ」というのは、「絶対」とか、「光源」とか、「光」とかね、そういう意味なんです。

「り」は、螺旋状に宇宙全てが組み合わさって生み出されるという「ら行音」なんですね。直線の交わりは一点ですが、螺旋状にどんどん広がっていくと交わりが無限に出来るんですね、それも相似形の姿を取って生まれてくるという宇宙の仕組みが入れ子構造の作り方だね、そういう意味で「り」が使われている。

「が」というのは、「か」をダブらせて「輝きに輝く」という、「無限に無限に輝く」という意味が「が」で現すね。

「とう」というのは数字の十(じゅう)なんですけど「ありがたし」という「た行音」と「さ行音」で、た行音が縦の線でさ行音が横の線という相対形で全てを十字に組合わせる訳なんです。
例えば光と闇とかね。全て縦横十字に合わせてそれを一つに中心にまとめて大地を立てるというのが「とう」なの。「ありがとう」で神様の絶対から生み出された最高表現を「ありがとう」という形で表現しているんですね。これは新たな全徳の無限の無限の輝きが一杯という古神道で言うと「天照大御神様」ですね、宇宙絶対統一神ね。宇宙全体が無限の無限に輝いた最高表現を取っているというこの天照大御神様を指しているんですね。この「ありがとう」という言葉はね。

次の「ご」というのは「こ」がダブって「凝り固まって、凝り固まって」ていく、高いものが低くなって低くなっていく「物質化して物質化して」いくのよね。

「ざ」というのは、「さ」がダブって宇宙の全てが変化無常なのね。さらさら流れている、命が流れている、さわやかな、素晴らしい、美しいものがさらさらと川の流れのように、光の流れのように、命の流れのように流されているんだというこれが「ざ」なんですね。

「い」は命の「い」でこの宇宙の全てを生きているんだというこれを強調しているんですね。石ころ一個の命を生きているんだ。神様の命そのものなんだ、鉱物だからっていう、動物だからっていうのではなしにみんな同じなんですよね。みんな命を生きている、神様の命そのものなんですよね。それを「い」という言葉で現すんですね。

「ま」は、「まったき、完全な、完璧な」という言霊なんですね。丸って言うんでも角張っていない円相の姿ですよね、だから「ま」は「完璧な」という意味なんですね。宇宙の全てが最高表現を頂点にして、この現実化された全てなんですね。神様の立場から見て全体像が完璧なんですね。これを別な言葉でいうと神様の放送番組として無限の無限のチャンネルが用意されているということなんですけど。一番上の最高番組から一番下の地獄の番組迄全部番組として揃えてくださっているんですね。だからそれをどれだけ味わっているかは、またちょっと違うんですけど、全部味わえないですよね、ほんの一部しか味わってないんですけど、番組としては完璧に揃っているというそれが「完璧」だと言うんで「ま」なんですね。その神様の最高表現を頂点にした無限の無限のチャンネルの番組は一瞬一瞬また新たに置き換わってくるのね。それが「す」という常に現れたものは絶対に戻って来るというその繰り返しをしているという、ただその繰り返しが常に「ます」、増えるっていうどんどん良くなってくるんですね、増えてくるね。どんどんプラスが増えるんですよね、それが「ます」なんですね。

 だから、神様の作る全てのものは同じものがひとつふたつとないんです。全てが異なっているね。同じとことは二度と繰り返さない方がいいんだという、それでいて働きはどんどん出てきているといるんだという、そういうことが「ありがとうございます」という言葉の神様の働きの全体を指しているんですね。

 今までの信仰だと神様の全体をさす言葉はないですよね。何々の神様といっても全体じゃないですね、その神様の大きい働きの中の一部ですね。ところが「ありがとうございます」は神様の全ての全ての働きをこのひとつの言葉に表現されている。だからその究極の神名なんですね。これは本物の神様なんですね、人の作ったものじゃない、元々ある神様の働きの全体像なんで本物なんですね。だから不思議な言葉なんですよね、人が作った言葉じゃないんですよね。神様が最初から用意してくださった言葉でね、人の誰か作った言葉だったらその人の専売特許なので誰でも自由に使えないかもしれないですよね。また其処まで本当の神様の大きな力がないかも知れないですよね。これは誰でも自由に使えて最初から用意されている言葉なの。

 「ございます」の意味は

質問者:
 「ありがとう」は、このままでもすごく良い言葉だとわかるのですが「ございます」の方にも意味があると教えて頂きました、「ありがとうございます」はそのままでも心に響き渡る言葉ですが、では例えばスチュワ−デスさんに「これなんですか?」と聞いて「これはオレンジジュ−スでございます」と言った時の「ございます」の意味も「いのち」の意味なのでしょうか?

ありがとうございます:
 普通で言う「ございます」は、ここにあるというような感じで軽いものですね。
「ありがとうございます」まで深くなればいいんですが。

質問者:
 でも、何にでも「ございます」とつけたほうが良いですか?

ありがとうございます:
 「ございます」の付け方が丁寧に言っているという意味も色々な意味がありますよね、でもこれは、「ありがとうございます」の言霊はそういうのと意味が違いますね。もっと大きく深いものなんです。

 「ありがとうございます」を一億回以上

質問者:
 ありがとうございます先生は小さいときからずっと「ありがとうございます」をずっと唱えられていたと聞いた事があるのですがその意味が判かられて直感みたいに唱え続けられていたのですか。

ありがとうございます:
 本当に答えが見えたのは、それが神名とわかったのは一億回以上唱えてからですよね。
やはりそれまでは浅いですよね。ありがたいことはありがたい、光を感じることは感じるのね。みんなそれは見える事は見えるのね。ただこれが本当の神様の究極の神名ぐらいに見えてこないのね。中々ね。

 「ありがとうございます」に国境はない

質問者:
 外人さんが「ありがとうございます」と言ってもいいんですか?

ありがとうございます:
 いいんですよね。

質問者:
 意味が解からない人でも言ってもいいんですか?

ありがとうございます:
 いいんですよね。

質問者:
では、日本人だけということはないんですよね。
でもフランス人だとメルシ−というじゃないですか、メルシ−とありがとう、彼らにとってはどちらを使うべきなんでしょうか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」の方がいいんですよね。

質問者:
 そうですか、フランス人でも。

ありがとうございます
 元々は神様から全て生まれているんですよね、人の使う言葉も元々は神様の中から言霊を元にして生まれているのね。だた、言霊のバックアップが多いか少ないかはまたちょっと違うんですよね。

質問者:
 フランスにも言霊はあるのですか。

ありがとうございます:
 全部にあるんです。あるんですが、ただ多いか少ないかですね。バックアップがあるか、ないかの違いなんですけど。国の違い国境というのも神様が作ったか人が作ったかというと人のほうが作っているんですよね。神様の方は、皆其々に個性はあるんですけど一体化しているんですよね。バラバラじゃないですよね。人間の作った国境があるから争いの原因になるんでしょ。これだけは自分の物だと掴んでしまいますよね。一体感がなくなっていきますよね。元々「ありがとうございます」は、地球の人なら地球の人全体に神様が与えてくださった言葉ですよね。だから日本の国だからこの言葉を使ったら良いではないですよね。良い言葉は世界全体の為の言葉ですよね。その為に用意されているのね。だからこれを日本の言葉なんだと決めつける方が私物化しているでしょう。

質問者:
 そうですね。でも外人にとってはどっちを使えばいいのかなぁ。彼らにとってはメルシ−の方が自然ですから…でも、それを捉えていてもあまり意味がないのかなぁ。「ありがとう」の方が言霊的にはレベルが上って事なのですね。

ありがとうございます:
 そうです。

質問者:
 でも、そうなってくるとサンキュ−、メルシ−、ありがとうで言うと、どれが一番下のレベルでどれが一番上のレベルって言うのが出てくる訳ですか?

ありがとうございます:
 あります。サンキュ−では「ありがとうございます」の本当の意味が全々ないと言うくらい無いですね。サンキュ−は新たに感謝するという意味でしょ、その程度じゃこの宇宙絶対統一神の最高表現を顕わすような言葉にはならないですよね。

質問者:
 では例えばアメリカ人にして見ればどの言葉を唱えればいいのでしょうか、結局彼らにとって「ありがとう」というのはちょっと別の言葉なので、「私達(アメリカ人)の言葉の日本の中で最高レベルの言葉は何ですか」と聞かれた場合は、どう答えたらいいのでしょうか?

ありがとうございます:
 ないですね。ないから、日本人がこれを日本の言葉といわなかったらいいんでしょ、どうぞお使いくださいってね、自由に世界に投げ出せばいいんでしょ。私達はこの言葉で幸せにして頂きましたし、皆さんもどうぞ、がいいんでしょ。国境を取り払ったらいいですよね。今の時代は特にそうですね、国境が無くならないと世界が平和にならないですよね。

質問者:
 すいません長くなって、でもフランス人にとっては「ア・リ・ガト・ゴザイ・マァシュ」(笑)となってしまうじゃないですか、発音が違ってもいいのですか。

ありがとうございます
 可愛いじゃないですか(笑)発音が違っていてもいいですよ。段々と判かってくるんじゃないですか、日本の言葉でも世界の共通語になっているのあるじゃないですか。柔道で「一本!」とやるじゃないですか。柔道も国際語みたいなものですよね。「一本」って日本の言葉ですよね。だから世界共通語になっても良い言葉一杯あってもいいじゃないですかね。

 神には5つの大きい意味がある

質問者:
 ありがとうございますの他にも言霊の隠された言葉って有りますか。

ありがとうございます:
 あるんじゃないですかね。「明けましておめでとうございます」なんて良い言葉ですよね、「お蔭様で」とかね。神様の働きを色んな意味で現わしていますよね。神という言葉もそうですよね、日本の神という言葉も深い意味を秘めているんですよね。神というのが一番の大きい働きを指す言葉で、五つの大きい意味があるんですよね。

「隠身・かくりみ」、絶対を隠身と言うんですね、これを縮めたら神よね。創造の働きがかごる「仮凝身・かごりみ」を縮めて神ですよね。無限に輝いた最高表現を耀く身で「耀身・かがりみ」、これが縮まって神で、その分身としての無限の無限の神様、八百萬の神様を指して「駆身・かけりみ」というのね。神通時代に宇宙を駆け廻れるという意味で、「駆身・かけりみ」が縮まって神ね。

この世の姿もそうですけど、あの世の色々な物質化された世界の姿全部を愛の心で、自分の自由を限定して色々な姿に変身するんですよね。例えば石ころでもそうですね。宇宙を自由に飛び廻りたい神様が石ころに変身してみんなに踏まれても「ありがとうございます」と囁いてくれるって凄いですよね。愛の塊みたいなものですよね。
そういう愛の変身の姿「限身・かぎりみ」というんです、それが縮まって神ね。神という言葉に五つの大きい神様の働きが全部表現されているでしょ、神ひとことでも全体像つかむんですね。神様の働き全部ね、だから素晴らしいですね、英語じゃゴットだけでしょ。言霊の言ふく言葉という意味で判るんですよね。それでも全体の意味が全部出てないですよね。
だからアラ−の神といってもそうですね、「あ」と「ら行音」は判るんですけど「がとうございます」はないですよね。そういう意味ではちょっと足りないところも多いですよね。

 神と髪、色々な意味のかみ

質問者:
 始めに言葉ありきと聖書でも始まります。言霊と日本では言いますし、母音であらゆるものが生み出される言葉もありますね、そういうことから考えてみると「ありがとうございます」という言葉にも母音が全部含まれてます。そしてまた、ありがとうが天照御神様という宇宙統一神を指し、ございますにも色々な意味があるということが、お話でよく判ったのですが、私達の体の一部である髪の毛もかみと発音しますがその辺はどう関係があるのでしょうか。
 
ありがとうございます:
 字を書く紙もかみですよね。上(うえ)下(した)の上もかみですよね。だから色々な意味のかみがあるんですよね。言霊というのも、「あ」という言霊の解釈も一通りや二通りじゃないんです、沢山の意味があるんですよね。だから言葉というのはちょうどダイヤモンドみたいなもんでね、その面が沢山あるでしょ、どの面を前に出すかなんですよね。だから「あ」というのを前面に出した時はバックが色々な面が付いてるひとつのダイヤモンドですよね。
 だからその角度、動きで全部意味がいっぱい分かれて出てくるんですよね、だから同じ「あ」というのでも単調な言霊じゃないですよね、表面に出てるけどバックに全部持っている「あ」なんです、細かく分類したら「あ」という言霊は本当は無限に分かれるんです、無限の働きをもっているという其処までいくんですね、だから言霊で、言葉で宇宙の全て表現されてくる、創造されてくるというのでも単純な、例えば五十音なら五十音の組み合わせで宇宙のものが生まれるかといったらそうじゃないですよね。「あ」が無限に分かれて、「い」が無限に分かれてといったらもう創造を絶する組み合わせが起るでしょ、そこまでいかないと無限の無限のチャンネルを作ることが出来ないですよね。

 個性と癖の違い

質問者:
 そのダイヤモンドの色々な面がある一番良い面を出そうとしたらどのような事を心がければいいのですか。言葉を発する時の気持ちですか。

ありがとうございます:
 良さは自然に出てくるのが本当なんですよね。自分の良さを出すには自分の個性がそのまま自然にサッと出てくるのが良いですよね。ただ個性というのは、指あるでしょ、親指、人差し指、中指がありますよね、この指を切り落として並べたら親指、人差し指、中指と言えないですよね、だから全体と繋がっている時だけが個性が生まれるんですよね。
 だから人も神様と本当に一つに一体化している時にその時、個性があるんですよね。神様は宇宙に何ひとつ同じものを作っていないという所が個性なんですね。一人一人独特のその人でないと果たせない宇宙にただ一人の個性有る自分が有るんですよね。そして全体の為に大きい働きをする訳ですよね。だから自分は宇宙全体のいつも中心に置かれるんです、一人一人がね、ダイヤモンドの面と同じでしょ、表面が自分なの、他の面もみんな其々の自分があって中心なんですよね。それでその全体で大きく輝かすというのが神様の願い、目的なんですね。本当の自分の良さが出てくるのは個性をはっきり自覚してそれを自然に出すのが良いですね。神様と一体化しているという自覚をどんどん深める方がいいんですね。

 神様と一体化する方法は自分の方から神様の方に戻って行く生き方と、神様の方から自分の方に一体化して合体して来る方法と両方あるんですよ。だから自分の方から戻っていくのは「ありがとうございます」で感謝して恩返しの気持ちで自分の命を神様にお返していけば良いですね、自分の方から神様に戻れるでしょ。また「ありがとうございます」で神様を呼べば神様の方から自分の方に入ってくるね、両方から合体するんですね。そしていつも心の交流、命の交流は神様と自分の間で起るといつも融合して一体化するんですね、そうすると個性がはっきりと出てくるようになるんですね。

 ところが神様と自分を切り離すと個性が消えて癖だけが残る。個性と癖と違うんですね、私はよく腹たつというのは個性じゃないよね、癖なのね。個性というのは自分にしかない素晴らしい輝いた部分なのね。それがこれから本物の時代というのはみんな個性が発揮されてくるんですね。だからこの個性がわかるのは奥が深く解かってこないと見えないジャンルでしょ、今まではぼんやりしていたのね。人の顔だったら違いがわかるでしょ、だけど猿だったらちょっとわからないでしょ、30匹の猿を捕まえてくるでしょ、どの猿がどれでって中々見分けつきにくいでしょ、すぐごっちゃにして同じように見てしまう、だからその違いがわかる所まで行かないといけないですね、そういう細かい所までね。例えば原子ね、水素とか酸素原子があるでしょ、酸素原子いっぱいあったら、無限にあったら一個一個の顔が違うと言う所まで見ぬかなあかんのね、大変ですけど(笑)。

質問者:
 自分の個性を本当に輝かせてやる為には「ありがとうございます」と感謝しながら神様も降りていらっしゃる、私も(神様を)呼ぶ、その一体化する為の心の持ち方は「ありがとうございます」を沢山、沢山唱えるだけでいいのですか。

ありがとうございます:
 そうです。だから「ありがとうございます」は神様に自分を、命を全てを任せきる全託の心なんですね。それで神様から与えて貰うものを素直にスッと受ける心ね。だから神様との交流になるんですね。「ありがとうございます」だけで助け続けてもらえて神様と一体化するね、そうすると神様の心が自分の心になれば神様全体を全部見通してわかっているんでね、わかる心にしてもらえるのね。

 マイナスも過去も相手にしない、今神様と交流する

質問者:
 日常でトラブルに遭遇した時に「ありがとうございます」の心で受け止めるのは中々難しいところもありますが、色々なこと起っても「ありがとうございます」と言える心を常に持ち続けるということですか。

ありがとうございます:
 普通はマイナスに対して感謝しなさいという教えは今迄ありましたよね。ところがこの「ありがとうございます」と言うのは、もうマイナスを相手にしないんですね。過去も相手にしないのね。今神様と交流するのね。神様の与えてくださる無限の無限のプラスのものを今新たに受け直そうと言うのね、その為に過去の古いものを全部要らないから消して頂きましょうという、交換してくださいという生き方なんですね。だからマイナスがあるからこそマイナスとプラスを置き換えてもらう、交換してもらえるのね、だから「ありがとうございます」と唱えたら神様が交換してくださるでしょ、マイナスと取り組まんでもいいのね。相手にして戦って良くしようなんて思わなくてもいいんですよね。

 全託の表明

質問者:
 お任せすればいいいいのですか。

ありがとうございます:
 そうそう、お任せしているのね、「ありがとうございます」唱えることはお任せしている            
 全託の表明なのね、だから神様が良いものと悪いものを取り替えてくださるのね。だから楽なの。

質問者:
 ということは例えば病気であってもそれ(ありがとうございます)を唱えていれば治ってしまうのですか。

ありがとうございます:
 そうそう。「ありがとうございます」を唱えて色々な病気が短期間に奇跡的に治る人いっぱいいてますよね。それは置き換えてもらうのね。時間の違いがあるのはその人がどれだけマイナスを掴んでいるかだけの問題よね。掴んでいる間は置き換えが遅くなるのね。神様に任せた分だけ早くなるのね。

 病気が起こる仕組み

質問者:
 病気が起こる仕組みを教えてください。自分に気づきを与える為ですか。それとも前世のカルマですか。

ありがとうございます:
 いやいや、そういう小さな意味でなしにね、これは神様の宇宙創造の最初の原点から考えてみるとね、例えば相対に分かれるもので健康と病気という両方に分かれる要素、この組合わせで生れたものは無限の病と無限の健康が両方の頂点に立つ訳ね、その間に無限の病からだんだんと病の少なくなった姿をとりながらゼロまで来る訳よね、それから健康が一つづつ増えて行く無限の健康があるという状態になる、これが神様の健康と病を組み合わせた表現なんですね。

 だから神様の表現の番組の中に無限の病も、無限の健康も番組としては有るのね。そのどの番組を受けるかはその人がマイナスの言葉を使うとマイナスの病に波長が合うのね。プラスの言葉を使うと健康の番組に波長が合うしね、だから病気の姿を体験するにはマイナスの言葉を使い過ぎているね。マイナスの言葉で心を暗くしてしまって番組をマイナスの病気のある番組に合わせてしまうのね、そうすると体験的に病気をするという姿を取るのね。
 ただそれもちょっとはいいのね。無限の病迄抱えたら大変ですけど、ちょっと病気することに依って健康の有りがたさが浮かび上がってよく判ってくるでしょ、健康って有りがたいと判ってくると感動を新たに健康を受け直せるでしょ。そういう意味だったらマイナスの病気もちょっとは体験的にはいいのね。神様は最初から病気を体験しなさいとは言っていないね、好きにどの番組でも始まってきなさいと言うのだけど程々にしか味わえないよね。無限の無限のチャンネルの中から幾つかだけチャンネルを合わせて見る訳ね、でも神様は早く最高の番組へ波長を合わせて戻ってきてそれを見続けてくださいと言うのが神様の願いですね。
 ちょっと病気の番組を観といて、無限健康の番組に心を合わせてくるといつも健康ってありがたいなといつも感動を新たにずっと受け続けられるでしょ、そういう意味だったら両方プラスの働きをしますよね。健康も無限のプラスの働きだし、病気もそうですね。

質問者:
 結局、病気が起こる原因は言霊の問題だけなのでしょうか。

ありがとうございます:
 根本は言葉なの。マイナスの言葉を使いすぎると病気になるよ。

 マイナスの言葉とプラスの言葉

質問者:
 マイナスの言葉、プラスの言葉と言うのはどういうことなのでしょうか。
例えば人が気持ち良くなる言葉はプラスの言葉なのでしょうか。

ありがとうございます:
 例えばね、人を叱り飛ばしてばかりいると肝臓を痛めるでしょ、心配して暗くなると胃が痛くなって胃を痛めるよね。

 褒め殺しは良い言葉?

質問者:
 褒め殺しという言葉がありますね(笑)心にも思ってないことですごく相手を持ち上げて気持ち良くさせる、ああいうのは良い言葉ですか、悪い言葉ですか。

ありがとうございます:
 言葉はいいんじゃない、言葉はプラスの言葉の方がいいよね。表面の言葉も働くけども心の中の、心で唱えている言葉があるわけでしょ、思いというのがそうですね。表面の言葉はプラスだけど心の中の思いはマイナスの言葉を使っている状態でしょ、どちらが大きいかによってプラスにもマイナスにもなるんですね。それを本当にプラスに受けた人はどんどん幸せを大きくするのね。その逆も言えるのね、愛の心で叱り飛ばすマイナス言葉もどちらが強いかよね。叱り飛ばされてそれを励みに考えて力を発揮して良くなる人もあるのね。だから言葉の使い分けって色々ですよね。

 目は口ほどにものを言う

質問者:
 言葉を話すことが出来ない人の場合はどうなのでしょうか。

ありがとうございます:
 プラスの言葉というのは口に出していう言葉もあるんですよね、ところが心に繋いだ言葉でもあるのね、だから言葉と心と表現の体と三つあるのね、言葉の表現がね、だからニコニコ笑うのもプラスの言葉を発しているのよね、目は口ほどに物を言うというじゃないですか。目に愛の心があると愛の言葉がほとばしり出るのよね。だから言葉というのは幅広い意味があるのね。心に映像として思い浮かべるのも言葉なのね。そういう幅広い意味の言葉よね。それがプラスの言葉であれば良い番組に波長が合い幸せが一杯になるのね。

 文字のパワ−

質問者:
 基本的に心があってその思いのプラスとマイナスをパワ−アップさせる働きが言霊で、言葉に出した時にそういうパワ−があるとわかったのですが文字にもそういったパワ−があるのですか。

ありがとうございます:
 あるのね。全部あるのね。言霊は神様の宇宙創造の働きを力を指しているので、番組を作り上げる力の働きなのね、言霊は。人の言葉はそれに波長をあわす番組にチャンネルを合わせるための言葉なの。人の言葉には何かを作り出す力はないですね、波長を合わせて番組を選んで、それを受けるだけの働きですね。

質問者:
 良い書物を読むとそこから文字のパワ−を受けることが出来ますか。

ありがとうございます:
 そうね、良い番組に波長を合わせていくことですね。

質問者:
 テレビやラジオの影響はどうですか。

ありがとうございます:
 同じですね、それもね、一瞬一瞬を自分がどういう言葉を選んで使い続けるかって大事ですね。だからテレビを観るのでも、良い番組を観るほどプラスの言葉を使っていることになる。マイナスの番組を観ると逆にマイナスの多い言葉を使ったことになるよね。

質問者:
 ニュ−ス等はどうなのでしょうか。

ありがとうございます:
 同じよね。同じになるね。プラスの多いニュ−スはプラスの言葉を自分が使ったと
同じよね。マイナスのニュ−スは観ない方がいいよね、幸せになりたい人はね

質問者:
 殺人事件が起ったと聞くとやはり気持ちが暗くなったりするじゃないですか、あまり聞いたり観たりしない方がいいですか。

ありがとうございます:
 そうですね。

 「ありがとうございます」の唱え方

質問者:
 「ありがとうございます」という言葉が素晴らしい最高の言霊だと言う事が解かったので沢山唱えたいなと思うのですが、時間を決めて真剣に唱える時と、仕事や主婦業をやっていると色々と忙しいので、掃除しながらとか何かしながらとか畑やりながらとか、色々なことをしながら「ありがとうございます」を唱えてもいいのでしょうか。また色々やりながら唱えるのは失礼かなと思ったりするので、やはり一日の内で時間を決めて真剣にそれだけを感謝の心を込めて祈る方が良いのかどうか教えてください。

ありがとうございます:
 元々「ありがとうございます」と言うのは神様の助けを受けた時に自然に神様の働きに対して「ありがとうございます」という言葉であって、「ああ、助けてあげたよ」という確認の意味で出てくる言葉なのね。だから元々は神様の方から一人一人の心を見貫いて今神様の助けを必要とする心に成っているという、それまでは神様の助けを拒絶する場合が多いね、自分が勝手に生きたい時に、神様の助けを受け入れた時は邪魔されているのね、自分の好き勝手に出来なくなっているのね、それで神様がちょっと遠慮するでしょ、だから自分の好き勝手に生きたい時は中々「ありがとうございます」が出てこないのね、だから好き勝手な事をするよりも神様の御心のままに素直に生きたい、神様の助けを受け入れて幸せになりたいという時を神様の方は見貫いているのね、先に心をね。、それで先に助けに来てるのね、そうすると「ありがとうございます」という言葉が出てくるようになるんですね。そうすると益々人も神様に助けて貰うとありがたいでしょ、「ありがとうございます」とお礼も言うようになるよね、神様の方と人の方と両方が「ありがとうございます」を言う訳よね、だから自分が言うだけで「ありがとうございます」の助けを受けているんじゃないよね。

 最初は、元々は神様の助け大きいよね、神様の方から言わせてくれているからもっと気楽な自然な方がいいよね。神様の助け恩に、プラス人の「ありがとうございます」が加わっている程度の方がいいよね。だからいつも助けてくださってありがとうございますと言うぐらいのね、逆に恩返しのような気持ちだけで「ありがとうございます」って言うだけでいいのよね。

質問者:
 そのような気持ちで毎日を暮らしていけばいいんですね。

ありがとうございます:
 そうですね、はい。そうしたらもう無理なく自然に、自然に唱えさせてもらっているという確認だけになるんですね。

 神様と仏様

質問者:
 神様と仏様というのは本質的に異なるものなのでしょうか。

ありがとうございます:
 仏と言う言葉ね、これどう言う意味があるかというと、ほどけるって自由になるという意味でしょ、神様の駈身(かけりみ)な自由自在な働きという言霊の響きよね。仏だけでは自由になるだけという神様の五つの意味を持っていないのね、一つの意味だけなのね。自由自在になるという意味では判るんですね。だから人の使う言葉というのは色々よね、だから悟りを開きたいと言うのも本当は自由な心になるという意味ですよね。神様と一体化するというのも、神様は元々自由自在なんでね、自由自在になったら悟り開いたと、神様と一体化したと言うんですけどね、仏になったとも言うんですけどね。でも仏になると言うだけではちょっとね、神様の全体像を捉える上ではちょっと足りない感じがするんですよね。でも本質は全部同じなんです。だから人の言葉は色々に使われ方が違っていて相殺する内容が違うんですよね。

質問者:
 気持ちは同じですか。

ありがとうございます:
 本当は同じ事を指そうとしているかも知れないんですけどね。

 「ありがとうございました」と「ありがとうございます」の違いについて

質問者:
 「ありがとうございます」と「ありがとうございました」の違いを教えてください。

ありがとうございます:
 ありがうございましたと言うのは過去のひとつに対しての感謝ですよね、それも悪い事ではないんですが、「ありがとうございます」は無限の循環を顕わすんですね、無限に受け続けると言う、また神名を呼ぶということは神様の全体を無限に永遠に受け続ける働きなんですよね、だから「ありがとございます」という常に絶対戻って繰り返すという働きの方がいいんですよね。

 「ありがとうございます」と宗派

質問者:
 母が丁度三年前の七夕様の時に亡くなりましてね、母との暮らしが長かったものですから 未だに寂しさが抜けないのです。そういう時に、家は浄土真宗ですけどもそういう祈り(ありがとうございます)を唱えてみようかなと思っているのですが。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」は神様と本物の神様とね、全体と一体化する心でしょ、だから「ありがとうございます」を唱えている内に亡くなったお母さんとも本当の心の一体感が生まれてくるのね、いつも側に居てるというね、だから階段がちょっとぐらい変わったってね、大きい全体から見たら同じ所なのよね、その実感がどんどん深まってきますからね、 いつも一緒に居てるという感覚になってきますよね。

 生まれ変わりの番組と過去に使った言葉

質問者:
 先ほど病気の話が出ていましたが、生まれつき病気を持ってきている子供や小さくして病気になった子供はどのように捉えたらいいのですか。

ありがとうございます:
 ひとつには何回も生まれ変わるという生まれ変わりの番組がありますよね。それで過去にどういう言葉を使って来たかによってそれをずっと持ち続けているのね。

質問者:
 過去に悪い言葉を使って来た結果ですか、ではそれをばん回する場はあるのですか。

ありがとうございます:
 あるんですよ、あるんですが、ただ今顕れているのは過去に使われた言葉が働いているのね、予約よねテレビの番組の予約みたいなものですね。今良い言葉を使ったからといってすぐ出てこないのは過去の予約の方が優先されているの、ちょっと時間のずれがあるでしょ、だから過去のマイナス予約は早く取り消した方がいいのね、良い番組だったら予約のしつづけでもいいんだけど、マイナスの番組はもう観たくなかったらそれだけは取り消した方がいいね。そしたらプラスの言葉を使っている限りは絶対マイナスの番組には出会わないよね。ただその予約を取り消す方法よね、自分が過去にさかのぼってずーと心の中見て探すの難しいよね、出来ないねちょっとね、だから「ありがとうございます」を唱えていたら神様の方が先に優先的にしてくれるからね、マイナスの番組の取り消しを順番に先にしてくれるね、ただちょっと時間的な要素は必要でしょう、一変にぱっと出してくれないのね。でもしてもらえる人もいるんですよ、余程、自分の全部を神様に渡してしまわないとね、渡し方の違いなのね、最初「ありがとうございます」と言っても自分の命まで与えているかと言うと与えていないよね。ちょっとだけ預けたらちょっとだけ先に悪いものを消して優先的に取り消してくれるのね。

質問者:
 例えば突然小学校に殺人者が現れて多勢の生徒の中で殺されてしまう子と助かる子供がいますがそれは何か関係があるのですか。

ありがとうございます:
 あるのよね。ひとりひとり全部自分の選んだ番組を観るという、だからひとりひとりに責任があるのよね。被害者も加害者も両方そうよね、マイナスの番組に波あわない言葉を使い続けた人は、そういう場に遭遇しても絶対にマイナスには出会わないですね。どこかで違うね、一秒ちがったら全然違う世界になってしまうね。また本当の良い番組を見続ける人にとったらそういう場には近寄れないね、だから一人一人にどういう運命を味わうかは責任があると思うね、人のせいには絶対出来ないよね。

 寿命

質問者:
 寿命は決まってますか。

ありがとうございます:
 ひとつの番組としてはその番組の中の寿命は決まるわね、それも絶対変わらないというのではないよね、可能性はあるのね、第一、第ニ、第三と決まっていたり色々な決まり方があるのね、それも番組ごとに違うね、低い番組ほど短い寿命かもしれないね、高い番組ほど千年ぐらい生きる番組かもしれないでしょ、そういう番組もあるものね、実際ね、この世は別にしてよ。色々な世界があるね、運命の番組としては。もっと高い世界、生まれ変わりも同じね、延々に生き続ける番組もあるね。地獄なんかそうでしょ、殺され続けるんでしょ、今生きかえったと思ったらぱっと殺されるんでしょ、また生きかえった、また殺されるんでしょ、寿命短いよね、数秒かもしれないよね、だから番組ごとに寿命が変わるのよね。だから自分が今低い番組を見ていて預言的に貴方の寿命はこれだけと言われたとしても、言葉を変え、心境を変えて番組をプラスに変えてしまったら、その変えた番組では寿命が長いかもしれないよね。

 ありがとうございますを知らずに亡くなった赤ちゃんはどう意識を変えるの

質問者:
 生まれたばかりの赤ちゃんがすぐに亡くなったり、先ほどの何かの事件に巻き込まれた子供たちというのは、そういったことも何も知らないで死んでしまいますよね、それはどうやり直したらいいのでしょうか、どうやって自分の意識を変えたらいいのでしょうか、「ありがとう」という言葉も知らないで死んでしまう赤ちゃんたちもいますよね。

ありがとうございます:
 それはもう過去の連続だから、知らないではなしに心ではちゃんと知っているのね、知っていてそういう場に生まれてくるでしょ、それも早死するという運命の番組に合わせて生まれて来てたら赤ちゃんが知らないとは言えないね。そういう波長を合わせた番組を自分で選んできたという責任があるのね。

質問者:
 親としたらどうしてあげることも出来ないのですか。

ありがとうございます:
 親の立場から子供が色々な姿をとるでしょ、でもそれは親がそういう番組に波長を合わせて観ていると言わないといけないよね、自分がそういう番組を観てるんだとね。もし自分がマイナスのないプラスの番組を観たかったら言葉をプラスに変えて、心をプラスの状態に持っていけばプラスの姿の子供ばかりの世界になるでしょ、番組さえ変わればいいのよね。だから今観ている番組のマイナスを掴んで変えようとしても番組は変わらないよね。いつまでも続くね、ところが自分の心をプラスに変えたら番組は変わるでしょ、必ず子供がマイナスの姿からプラスの姿に変化したのが見えてくるね。それだったら自分の責任でいつでも自由に変えられるよね。

 殺人犯の来世

質問者: 
 先程の殺人の話の犯人の方の事を考えると犯人はかなりマイナスの選択をこの現世でしたと思うのですが、来世生まれてきた時にすぐに死んでしまうような事になってしまうのですか。

ありがとうございます:
 そうねえ、だからその人がどういう生き方するかでしょ、過去の傾向をずーっと維持するような波長合わせをしたらマイナスを積み重ねていく訳でしょ、そしたら悪い番組を順番に辿って行くかもしれないよね。でもある瞬間に心変わりするかもしれないよね。今迄のマイナスの姿にこういうのではだめだと反省して心から変わりたいという気持ちになったときに誰でも神様が助けに降りるからね、すーっと助けに来たらプラスに変化するね、神様は人を悪い事をしたから地獄に落としたいではないね、そういう番組でいつまでも苦しんでほしくないよね。早く最高の番組で幸せ味わってほしいだけなの、そのための手助けをいつでもしようと待機してるわね。ただ自分勝手に自由に生きたい時は神様はちょっと遠慮するだけなんで、少しでも反省の気持ちを起こせたらすぐ助けてくれるからどんな極悪人の犯人でも神様にとったらかわいい愛しい互角なんですね。だから絶対に助け上げるね。だから人がマイナスの番組観て囚われてあの人は犯人だから永遠に憎しみ続けてこうにしてやろうというのであればその人が悪いね。番組に囚われて自分がマイナスの言葉を使い過ぎていることになるから低い番組を自分が勝手に観ている事になるよね。

 神様に命を預けるとは

質問者:
 神様に命を預けるとはどういうことですか。

ありがとうございます:
 命預けるといっても「ありがとうございます」というのは受けたものをお返ししないと新しいのを頂けないので、古いのを消してもらう為に預けるんですね。

質問者:
 その預けるというのがまだ判らないのですが。

ありがとうございます:
 自分の物としてしっかり握っていたら神様どうしようもないよね。

質問者:
 お金とか物という意味ですか。

ありがとうございます: 
 お金や物はまだ小さいですよね、自分の観てる世界ですね、自分の観てる世界全部、ひとつの番組を全部ね、神様にお返しすると新しい良い番組に置き換えてもらい易いでしょ。
だから大きい意味のお返しの方が良いですよね。マイナスの番組をお返ししてプラスの番組に置き換えて貰うというような事ですね。だから感謝の心が大切ですね、命だけではなく自分の観ている番組全部お返しして、新しい最高番組迄頂けるように変えてもらうという生き方よね。

 謙虚な姿とは

質問者:
 本当に謙虚な姿とはどういう姿でしょうか。

ありがとうございます: 
 一番下から一番上を仰ぎ見る心なのですね。謙虚というのは全てをプラスに受け直せる心なのですね。地獄のどん底から眺めたらどんなものもプラスに見えるでしょ、八大地獄の姿が全部プラスに見えたら地獄のもっと下のどん底に自分を置いているよね。そういう立場が一番謙虚なのね。
 そこからだともう上しか見ることがないのね。下を見ないですね。神様の方へ心を向け続けるだけでしょう、その時に神様の最高表現を受け直しているね。最高のものをいつも受け直せる心よね、それが謙虚よね。だから謙虚というのは全てをプラスに見る心ね。普通はマイナスの体験をしてどんどんマイナスを繰り返している内に謙虚になれるかと思うのですけどね、でもまだ下があるからね。
 何処までいっても下があるから地獄のどん底でもまだ下があるからね、心の向きをマイナスに向けている限り謙虚になれないね。謙虚は常に無限のプラスを受け直せる神様の御心だから、本当の謙虚さは感謝をしている内に、「ありがとうございます」を言っている内に神様の無限の無限の謙虚さを頂くのよね。「ありがとうございます」の中に無限の無限の謙虚が含まれているのね。そしたら苦労せずに謙虚さをもらって地獄のどん底を見てもプラスに見えるようになるのね。そこまで変えてもらえるね。

 「ありがとうございます」の使い方

質問者:
 相手にした悪いことは、自分に返ってくるというカルマの法則を回避したいために「ありがとうございます」を唱えることはマイナスですよね、だから全てをプラスに見る「ありがとうございます」を唱えていけばいいですか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」を唱えたらそれだけの力(カルマの法則を回避するような)があるよね、神様すぐに降りてくるね、ただ単に付随的に色々な心の状態って違いがあるんですね、それはそれだけの働きはあるけども、ただ「ありがとうございます」さえ唱えていたら必ずその時に必要な助けが降りてくるのね、自分の心境に合わせて必要な助けを的確に与え続けて貰えるのね、ぱっと一足飛びでなくてもね。低ければ低いなりにね傷つかないように必要なだけの助けを与え続けて助けてくれるから。心境の良い時は大きい助けをぱっと受けられるでしょう、だけど心境が低かったら一遍に受けたらしんどいのよね、そういう時は助けを加減して与えてくれるね。だから「ありがとうございます」はどういう状態で使っても大丈夫ね、必ず神様の助けは降りてくるのね。

 神様の存在を確認したい

質問者:
 神様と自分が一体であるということは、願いが叶ったりした時にやはり神様は願いを聞いてくれたのだなと感じることは出来るのですが、また一方で偶然かもしれないと否定する思いもあるので、神様がいるという本当の確信がないですね。おじさんが神様の存在に確信を持たれたのはどのようなきっかけがあったのですか。それとも凄い事があったのでしょうか。

ありがとうございます:
 何もないけどね、(笑)普通は思いに生きているでしょう、大抵最初は思いどおりに生きたいんでしょう、思い通りになって喜ぶんでしょ、私の場合は「ありがとうございます」を優先させていると思いが全部消えてなくなっているのね。だから自分の思いも何もないのね。「ありがとうございます」の心しかないのね。そうすると神様の心がすっと入ってくるでしょ、神様の心が入ってきたら神様の心が自分のものになったと全部判ってしまうの。

質問者:
 では、神様の姿が目の前にぼわぁんと現れて出てきたとかではないのですね(笑)

ありがとうございます:
 神様の姿が出てきて見えた位ではそれは神様の全体像ではないものね。無限の中の小さいひとつぐらいですよね。

質問者:
 でも世間にはよく奇跡として神様の姿が見えた、とかありますよね。

ありがとうございます:
 それは無限の無限のチャンネルがあったらその番組を全部観れたら一杯観れるじゃないですか。どの番組か波長があったものをぱっと観てね神様が見えたというでしょ、そんなんたいしたことないね、つまらんわね。神様の全体像は全部チャンネルを見通せなあかんしね、そして本当の番組越えた所に本当の神様が居てるのね。

質問者:
 でも神様がいつも居られるという確信が欲しいんですわ。どうしたら確信がもてますか。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」を一億。一億回以上唱えたら神様と一体という実感が与えてもらえるね。だからね、この肉体がずたずたに切り裂かれて殺されも、地球が滅ぼうが、そんなんは自分の幸せ無関係、絶対幸せ崩れないよね。本当の幸せは神様との一体の自覚なのよね、その自覚は「ありがとうございます」を唱えている内に中から湧いてくるの、湧いてくるのね、外からではなくて中から湧き上がってくるからね。楽しい時は何しても楽しいでしょ、幸せなときは何が起っても幸せなのよね。

 人は神様の分身

質問者:
神様は人間をどのような目的でお作りになられたのですか。

ありがとうございます:
 神様は人を作ったのではなしに、人は神様の分身よね。神様そのものなんですね。
それで神様が色々な番組を作ったのは表現を楽しむ為よね、それもマイナスの番組はプラスを浮かび上がらす意味でね、更に深く感動の心を味わえるようにマイナスも用意してるのね。だから楽しむ為よね、幸せを大きくする為なのね。人は最高の番組を味わい続けて神様と一緒に楽しむ訳よね、人の楽しみが神様の楽しみなのね。

 神様との一体化

質問者:
 生まれ変わって亡くなって、生まれ変わって、最終的に神と融合するというか一体化するということですか。

ありがとうございます:
 そうそう、神さまと一体化するのは楽しむ自分の側に立つ事なのよね。番組を楽しめる側に立てるの。神様と離れていると番組の中に巻き込まれているんですね。楽しむ自分じゃ無しに番組の中で何かを演じている自分なんですね。番組の中から抜け出す事が神様と一体化することなんですね。そうすると楽しめる自分になるでしょ。だから楽しめば楽しむほど神様の楽しみが大きくなるのね。それが神様との一体の自分のひとつの役目なんですね。

質問者:
 我々が喜んでいると神様も喜んでいるということですか。

ありがとうございます:
 そうそう、人の幸せが大きくなれば成るほど神さまの幸せも大きくなるのね。


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