カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
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116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.



AR111 2001.5.10.01
 無限に無限に輝いた先祖

質問者:
 先祖というのは、どのように考えたら良いのでしょうか

ありがとうございます:
 ほとんどの人の先祖は、過去をつかんでの先祖でしょ。ちょっとつかみ方が中途半端なんですよね。本当の先祖というのは、神様の現れとしての無限に無限に輝いた姿で、一瞬一瞬、自分の先祖としてあるわけよね。過去の残像としての先祖は、中途半端なつかみ方の先祖よね。だから、今の自分が、神様の中から生まれ出た無限に無限に輝いた自分だとしたら、この自分を生み出す過程で、無限の過去からの先祖が全部備わるのね。それは無限に無限に輝いた姿で、先祖のすべてがあるのね。同時に無限に無限に輝いた子孫もあるのね。その全体の中心に今の自分が輝いて存在しているのね。だから過去の縛りの中で、この先祖が迷っているから供養しなければならないというのはつまらんのね。ある意味でマイナスをつかみ過ぎて、間違っているつかみ方なのね。だから神様の現れとしての先祖、無限に無限に輝いた姿で、自分を幸せにするために存在しているという先祖、それが一番いいですね。

質問者:
 そういう意味で、仏壇に手を合わせるということですか?

ありがとうございます:
 本当は、仏壇も自分を無限に無限に輝いた姿で、自分を幸せにするために存在しているっていうこと。上から心を調えるための模型としての働きがあるわけでしょ。何もなくても「ありがとうございます」で、先祖を無限に無限に輝いたととらえられれば一番いいわけですよね。そこに行く過程として、模型があれば、そういう心になりやすい。だから仏壇の姿が、本尊を中心に光り輝いた荘厳な姿をとっているわけでしょ。そこにご先祖様がいらっしゃって、自分を守ってくださるっていうことですよね。お供えするのも、みんな自分の方に向けてお供えして、みんなご先祖様からの恵みがあるなと受けるわけでしょ。だから、こんなにも守りに守られているという自覚を呼び覚ますための、模型としての仏壇ですね。仏壇の中に入っているわけではないですよね。あくまでも小さい模型だから、ご先祖様はもっとね、大きく宇宙大に広がって無限に無限に輝いてね、自分を守りに守ってるととらえた方がいいですよね。

 本当のお任せ

質問者:
 自分の努力でするんではなく、みんなお任せするのが一番ということですが、光輝いていても雲がかかる時ってあると思うんですけど、その雲が出ることは自然なことではないでしょうか。

ありがとうございます:
 本当にお任せになったらね、出てくるものみんな、プラスの働きになるのね。お任せにならないときは、自分で勝手にいらないものまで引き寄せたりするのね。

質問者:
 それは自分で作っているということですか?

ありがとうございます:
 それも神様からいただいた姿に使わなければいけないね。刃物を料理に使えばいいのに、人を傷つけたりするのに使ったらおかしいでしょ。使い方が間違っているのね。適材適所に使えるかどうかよね。だから、空に浮かぶ雲がいつも悪いとは限らないよね。太陽が、いつも輝いているからいいのでもないよね。雲が太陽の光を遮って、和らげてくれるのが必要なときもあるものね。だから雨雲が出てくるのもいいよね。必要なときに必要なものとして出てきたらいいんでしょ。天気であってほしいのに雨降ったら困るしね。

 受け方次第で無限の助け

質問者:
 父が亡くなったときは、父の加護を感じ、母が亡くなったときは母親の守りを感じたりすることがあるんです。だから生きている姿のときより、亡くなったときの姿の方が、守る力が強くなるのかなと思ったんですけど、どんなわけでしょうか。

ありがとうございます:
 これもプラスの見方、マイナスの見方があるんですよね。プラスに思える人は、亡くなった人が身近に寄り添って、守りに守ってくれるという実感を持つ場合もあるんです。マイナスに見てる人は、死んだ人のせいで、マイナスの運命ばっかり自分の運命ににふりかかると感じてしまうんですよね。やっぱり、自分の感じ方なんですね。だから、プラスにプラスに感じている方がいいね。最高のプラスの見方というのは、自分の先祖も親も、みんな神様からいっしょに幸せに生まれてきてね、無限に無限に輝いている姿で、いつも自分を守りに守ってくれているという見方だよね。「ありがとうございます」の中に本当の親もいるのね。

質問者:
 先祖といっても、代が遡ると、自分は知らない人ばかりだし、自分の意識の中には存在していないわけです。こちら側の感じ方、思いであるなら、私にとっては、自分を守ってくれる先祖は具体的には父や母であって、でも自分の知らない先祖の守りもあるとすれば、自分の父母の守りと、自分の知らない先祖の守りと二段構えで思っても良いということになるのでしょうか。

ありがとうございます:
 自分を守りに守ってくれているというのは、二段構えではなく、無限構えなんですね。気づかないことばかりだけれど、無限の段階から無限の守りが続いているんですよね。

 神様が用意してくださった中心

 何でも中心がないと調和しないんですね。調和っていうのは、常に中心があって調和するんですね。原子でも原子核が中心にあって、電子が周りを回って調和しているんですね。だから宇宙の全部が、中心があって調和するようになっているんで、たとえば日本でも、地球でも、人類の中心って、いるのね。その中心というのは上に立つものではないのね。一番下でみんなを支える立場ですよね。だから顔を徹底して無くしてしまわないと、中心に立てないのね。我があると上に出ていくのね。
だから我を殺して、死にきって、謙虚に謙虚になって初めて、一番下に立って中心になれるのね。ちょうど台風の目も、真空度が高まれば高まるほど大きな働きがあるようなもんですね。

 日本の場合は、世界の雛形としての使命があるのね。地球を応援するために、地球に、世界に、中心をもってこないとだめなのね。その雛形のモデルとして、日本の国に変わらない中心を置いてくださっているのね。だから外国の君主制とちょっと違うのね。日本の天皇制は、どんな事態になっても崩れないのね。外国の場合はどんどん崩れていっているね。無くなっているね。これはもう神様が用意してくださった中心と、人が造った上に立つ中心とは全然違うのね。神様が用意してくださっている中心は永遠不滅なの。ちょうど太陽が輝くように、どれだけ雲が空を覆って太陽を隠そうが、雲の上には、すでに太陽が輝いているのと同じなのね。でも人間の造ったものは必ず崩れてしまうのね。永遠じゃないのね。だから日本の天皇は永遠なの。神様が日本のために、地球全体のために、最初から用意してくださる中心ですね。ただ中心に立つ天皇陛下が特別な人かというと、そうでもないのよ。みんな平等なんですね。みんなもね、神様が必要だったら、天皇の立場に置かれるかもしれないね。ただ、みんなが謙虚になればなる程ね、自分からなりたいと言う人が一人もいないから、そういう意味では神様が最後に誰かを決めてくるのね。一番謙虚なふさわしい人を選ぶかもしれないし、逆にまだ謙虚になれていない人を選んで、まだ勉強させるかもしれないしね。そのときそのとき、どういう人を選んでくるかは神様次第でしょ。みんなが神様の御心を受け入れて、今、中心が必要だからと受け入れて、この理想的な姿を受け入れているわけよね。だから日本の天皇制というのは、国民一人一人が神様の御心を受け入れた結果なのね。またそれが世界に広がるとしたら、世界のすべての人々が、神様の御心を受け入れないといけないのね。でもまだ、日本の天皇制が最高の姿をとっているかというと、そうでもないのね。国民一人一人の気持ちが、まだね、しっかりと神様の御心を受け入れていない一面があるのね。神様の御心をしっかり受け入れていくというのは、感謝行を、ありがとうございますと神様の御心と一体になると、自然に神様の最高の理想の方向を受け入れるのね。そういう人がある程度増えてくると、もっと理想的な天皇陛下の姿をとってくるよね。

 マイナスを消す働きをさせて頂く

質問者:
 小泉内閣が誕生して、支持率も高く、時代の流れが変わるのではないかという期待感をもっているのですが、ありがとうございますはどうお考えになるのでしょうか。

ありがとうございます:
 そうですね。新しい世紀になって日本がどんどん良くならないと、世界が良くなるわけがないしね。でも今までの政治の世界でも、足の引っ張り合いでしょ。どんな良いこと言ってもそれでは実現しないね。そういう生き方は、日本の本当の生き方とは正反対なのね。日本のまつりごとというのは、神様の御心と人間の心をつり合わせて、それを具体化して、その姿を生み出す生き方ですね。だからお互いに誉め合わないとだめね。鼎の三脚と同じで、お互いに誉め合って、あなたがいるからこそ、この三脚が成立しているというようにね。自分が偉い偉いと我を出すと、自分の脚が長く伸びて、鼎はひっくり返るわけね。また相手をダメだダメだと言うことは、相手の脚を短くするわけでしょ。それもお互いにバランスを失って崩れますでしょ。今までの政治自体がね、まつりごとではなかったのね。それでもね、この程度で済んでいたのは不思議ね。これからは本来のまつりごとに移っていかないとね。まずは責め合う心をなくしていくんですね。そのなくし方も感謝のお祈りをしてくれる人が増えたら、それで相手のマイナスの心も消されていくんですけど・・・。そういう意味では、お祈りする人はその大きい役目を担っているのね。私もずっと大変だったんやけど。その責める心を消さんならんしね。そういう思いを消すために、いっぱい自分の心に入り込んでくるのね。そうしたら、夜中じゅう、咳き込むでしょう。なんでこんなに咳き込むのかと不思議なくらいね。一分刻みで痰が出てくるでしょ。咳き込むといったら、一分間に何十回と咳き込んでね。一晩中そうですね。ティッシュペーパー3箱か4箱、一晩でなくなるしね。そういう思いを吸い取るように、吸収しては痰が出たりして消してくれるのね。

質問者:
 そういうありがとうございますの祈りが、痰が出るということで、現されているということですか。

ありがとうございます:
 だからそれだけ人類の思いをどんどん消してくれているという一面があるのね。そうすると心は前向きに、一つになれるよね。
 人気が出てくるのも、お互い前向きに心を合わせてという一面もあるのかもしれないね。他の政党も全部ね、仲良く助け合って一つの目的に向かえば、ぽっと良くなるね。
 みんなも同じなのね。体調を崩したりするときがそうですね。お祈りをしているのに、なんで体調が崩れるのかと思うじゃない。風邪気味になったり、咳き込んだりするかもしれないね。でもそれはみんなね、マイナスの思いを、自分にはなくても、周りの人の思いを自分の中に取り込んで、お祈りをする人の側に持ってきて、大きく消せるんでね。そういう意味で使われる可能性は大きいよね。

 やっぱり全体が一つにつながっているのね。お互いに影響し合えないと、変えようがないものね。だからお祈りする場合、そういう人のマイナスの思いを集めて清めてあげれば、周りの人も心が軽くなって、プラス思考になるし、またお祈りできるように早く変わっていくよね。そうするとどんどん理想的なまつりごとになってくると思うのね。でもこれも政治家一人の力でできるかというと、何もできないよね。国民全体の大きい力の変化がないとね。その変化もね、人間にできるかというとできないね。神様が大きく力をふるってこないとね。本当の神様が力をふるわないとね。そのために必要なのは、本物の神様を呼ばないとね。ありがとうございますってね。神様を呼んで、助けを受け入れないといけないですね。そういう意味で、ありがとうございますを唱える人がどんどん増えてきているというのが不思議ですね。そういう神様を呼ぶ人が増えたということが、神様の大きい助けを受け入れて、全体を大きく変えていく力になっていると思うね。

 無限の無限のありがとうございます

質問者:
 「神様ありがとうございます」と、ただの「ありがとうございます」と、「無限の無限のありがとうございます」と、どう違うのでしょうか。

ありがとうございます:
 「神様」という言葉も、本当の深い意味だったら、「ありがとうございます」といっしょなんですね。「神様、神様」って呼ぶだけで、「ありがとうございます」と同じなんですね。でも普通、みんなの心の中にある神様というのが、ピンからキリまであるよね。だから、ありがとうございますを後に付けないと、究極の神様にまで到達できないですね。小さい神様を思っている人にとっては、ありがとうございますを付けて、大きくなるのね。でも「ありがとうございます」だけでもいいのね。究極の神様に心を向けるんだったら、「ありがとうございます」だけでいいのね。「無限の無限のありがとうございます」も、本当の神様の働きを知れば知るほど、今までとらえてきた神様が、さらに無限に無限に大きくなるのね。そういう風に感じられてくるのね。だからどんどんどんどん、ありがとうございますが大きく進化するんですね。今、無限に無限にありがたいという気持ちで神様をとらえたとしてもね、それがまた無限の無限のありがとうございますと大きくなるんですね。どこまでも神様の本当の姿が、大きく大きく輝いてくるのね。そういう意味でも底が知れないというね、大きさが計り知れないね。だから時々は、「無限の無限のありがとうございます」を加えた方がいいのね。心を大きく広げ、深くするためにね。

質問者:
 「誰々さん、ありがとうございます」と、「誰々さん、幸せでありますように」の違いはどうなんでしょうか。

ありがとうございます
 「誰々さんが幸せでありますように」というのは、どうしても小さいのよね。でも「誰々さん、ありがとうございます」の方はね、ありがとうございますが、究極の神様を呼び出すことになって、無限に無限に輝いた姿でその人が現れてくるという意味で、本当にその人を拝みきる生き方なのね。神様の中から、絶対の中から、今、無限に無限に輝いた姿で出てきた人というふうにとらえるのね。それが「誰々さん、ありがとうございます」なのね。どんな神様に対してでも、ありがとうございますを付け加えると、どの神様も無限に無限に輝いた姿で、新たに出てきた姿ととらえるのね。だからありがとうございますと必ず付け加えるのが一番いいわけね。あの人が幸せでありますようにというのでは、まだそこまでは輝いてこないのね。無限の無限の幸せがいっぱいというふうに本当にとらえて、無限の無限の幸せいっぱいでありますようにと現実化するんだったら、まだちょっとは近くなる可能性はあるのね。でもそれよりも「ありがとうございます」で、究極の神様が現てくださると見ていく方が、すっきりしやすいね。

 助けてもらうしかない

質問者:
 現実にマイナスの状態にいる人に向かって、その今の状態の中で、ありがとうございますと唱えれば良いと、なかなか言えないのですが・・・

ありがとうございます:
 現実にどんなマイナスの姿をとっていてもね、そこにありがとうございますを加えることによって、無限に無限に輝いた神様が現れるでしょ。そしたら、過去のマイナス一切ね、消し去ってくださるよね。それでプラスの姿で現れてくるのね。消してもらう意味で必要なのね。

質問者:
 それは声を出して言えた人だと思うのですが、自分の場合は常識の範囲の中にいるから、なかなかありがとうございますを唱えられないんです。ここに集まっている方は心の中で唱えるという形ですよね。

ありがとうございます:
 どんな状態で唱えてもいいんです。ありがとうございますを加えることによって、まず自分の心でマイナスにつかんだものが、消してもらえるわね。マイナスをつかんだ心を消してもらったら、マイナスをつかまなくなるね。するといつまでも過去にとらわれなくなるね。そしてなおかつ、神様の無限に無限に輝いた姿を心に得やすくなって、感じやすくなって、感じ取った状態になればね、もう一切、過去のマイナスの残像は残ってないよね。本当にみんな輝いているしね。その人が本当に神様の姿をとっていると見えるよね。だからまだみんな、過去の残像に怯えているよね。消しきれないから、いつまでも影響を受けやすいよね。それは自分の力では消しきれないよね。やっぱり、神様の大きい無限の無限の輝いた力を下ろしてもらうほか無いのね。それでありがとうございますをね、どんどん使った方がいいですね。神様をどんどん呼び出してね。無限に無限に輝いているという姿で出てくるから、どんな闇も消してくれるのね。わざわざマイナスをつかんで、そこにプラスを加えるという生き方でなくていいのね。ただ神様の名前さえ呼んだら、マイナスなんていつの間にか知らない間に消してもらえるからね。いちいち、この人のマイナスをつかんで、あの人のマイナスをつかんでいって、そこにありがとうございますを加えないと、ではないのね。そんなもの、もう放っておいていいのね。ただありがとうございますを加えることによって、知らない間に、全部のマイナスを消してプラスに変えてもらえるのよね。ただ、つかんでしまって放せない人にとったら、放すためにもありがとうございますを加えたら、早く放せるんですね。だからマイナスにつかんだものを放すのは大変なのね。心に深くつかんだマイナスって、なかなか放れないですね。消してもらうために、思いの転換というね、ありがとうございますに転換して、それを唱え続けることによって、マイナスを思わなくなる、つかまなくなる、また消してもらえるって、一石三鳥以上の効果が出てくるね。

 マイナスの効能

質問者:
 プラスの極を楽しむ時には、マイナスもあった方がいいのかなあと思ったりもするんですけど。

ありがとうございます:
 そうですね、自分の立場を、下へ下へ謙虚な立場に置き換えたら、そのギャップが大きいだけ、もう一つありがたく感じますよね。(ひもじさを感じるときの満腹感というか・・・)そうですね。お腹が空いたらご馳走もおいしいですよね。

 唱えさえすればいい

質問者:
 自分の意志と、大いなる意志と、何かつき押してくる意志と、それに反発する意志が、心の中に感じるんですけど・・・。それをコントロールすることがむずかしくって・・・。今日参加しようっていうのも、なんか後ろから押されているという感じもしますし、溜まっている仕事から逃げ出したいからなのかなあと思ったりもしますし、なかなかコントロールが難しいです。

ありがとうございます:
 でもすべて自分が選んでいるんですよね。だからプラスを選んだ瞬間に、いろんなところからプラスの応援、助け、後押しがあるのね。神様は強制力はつかわないのね。神様のプラスの助けは、自分がプラスを向いたときに、プラスを選んだときに、必要なところから必要な助けが的確に入ってくるね。でもマイナスを選んだときには、神様はマイナスへの後押しはしないですけどね、自分が勝手にマイナスに向いていくのは自然に任せてくれるのね。だから良いも悪いも知らなくてもね、ありがとうございますという言葉を使い始めたら、神様へのプラスへの意思表示をしていることになるのね。たいていはありがとうございますを唱え始めた人が、大きい助けをいろんなところから、順番に受け続けているのね。大きい変化がどんどん出てくるのね。だからありがとうございますを使った方がいいのね。嘘でも何でもいいのね。疑っていてもいいのね。要はありがとうございますを使えば、神様が動き出せるのね。騙されてもいいと思って、嘘でも何でも、ありがとうございますと言えばいいのよね。

 縦横無尽な神様の現れ

質問者:
 「水からの伝言」の結晶の写真は、すごいですね。

ありがとうございます
 そうですね。でもそのうち、マイナスに、逆に出てくる可能性もないとは限らんわね。お米の発酵実験でも、「ありがとうございます」と貼った方が黒カビになって、「バカヤロー」が白カビになったりね。実験って、反対のものが出てくる可能性ってあるのね。いろんな要素がいっぱい加わるのね。強烈な逆念が加わったらどうなると思う?「ありがとうございます」というシールを貼った方に、大きい逆念が来たらね、逆念の方が高いうちに、水がおかしい結晶写真になるかもしれないものね。いろんな要素がどういうふうに加わっているか、まだ証明しきれないものね。もし「ありがとうございます」という力が、黒カビには働かないと言ったら、黒カビは滅んでしまうもの。黒カビが悪いとは限らないものね。黒カビが本当に人類の幸せにする特効薬を生み出すカビかもしれないでしょ。そうしたら、「ありがとうございます」を貼ってね、黒カビが栄えるように出てきたら、本当はプラスなのにマイナスと見てしまう可能性があるのね。

質問者:
 朝起きて、自分の体に「ありがとうございます」と言った方が良いのでしょうか。「五臓六腑、おお、がんばってくれてるなあ」と思って。

ありがとうございます:
 そうですね、一瞬一瞬、神様がこの体と現れてくださっているという、そういう意味なら、ありがとうございますを全身の細胞に投げかけるのがいいですね。全身の細胞が神様の現れで、無限に無限に輝いているっていうようにね。そしたら、自分はいつも神様の光輝いているという意識が強くなるのね。

質問者:
 我が家の犬が18年生きたんです。ありがとうございますのテープをダビングしているときに、いつもその犬も横にいたんですよ。ずっと聞いているんですね。家の犬は自分を犬と思っていないで人間と思っているようなんです。亡くなる前、二日間だけ鳴いて天国に行ったんです。その前にはずっとテープを聞いて、幸せに天国に行きました。良かったなあと思っているんです。去年病院に行って、血液検査したら、「この犬は血液がさらさらだから、まだ長生きしますよ」って言われたんです。ふつうはダニとか蚊に食われて血液が濁って病気を起こすらしいんですけど、そういうことがなかったんですね。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」ってすごいですね。普通は動物と人間とどっちが上かって思うんですけど、また人間は万物の霊長なんていうと、人間の方が上とみんな錯覚するんですけど、でも本当はみんな神様の現れでしょ。神様の現れだったら、みんな平等ですよね。犬も人間も、同じ神様の無限の無限の輝きがそこにあるはずね。命の兄弟っていう感じですね。だから犬だからっていってバカにしたらだめね。自分と同じか、自分よりも無限に尊い価値のあるものとして拝むくらいがいいんでしょうね。犬神さまってね(笑)。石だったら石神様ってね(笑)。

質問者:
 石もよく言われますよね。石は意志をもっているって・・・。

ありがとうございます:
 だから神様が石になって現れたら、「悔しかったら石になってごらん」って言うてくるかもしれない。石になれる神様ってすごいよね。

質問者:
 前世の記憶というのがありますよね。

ありがとうございます:
 でもね、人類の記憶も過去の記憶も、たいしたことないよね。神様の意志をもって現れている石のほうが最高よね。悟りを開いた石ってすごいよね。石ころ一個の中に、大宇宙があるって言うかもしれないですね。

 本当の神様からの見方と、いろいろな人の立場からの見方と違うでしょうね。人間の側から見ると、人間が一番いいように見えてしまうよね。でも犬の側から見ると、犬が最高という見方をするかもしれないね。だから神様の側から見れば、みんな平等よね。同じ価値があるね。尊いね。人間がいろいろな思いを発するから偉いのでもないでしょ。犬が思いなんか出さないからっていって、ダメだって言われたら困るね。思いがない方がいいんだって偉ぶるかもしれんわね。

質問者:
 イルカとかは考えると聞きますけど・・・

ありがとうございます:
 人間に近いような思い方、考え方、感じ方があったら、偉いように錯覚するのね。でも人間にわからないことはいっぱいあるでしょ。小さい虫一匹でも、神様の心を感じる虫だったら、未来も全部見通せるしね。周りをすべて輝いて見るしね。人間にできないことをいっぱいできるものね。

質問者:
 進歩する、進化するという考え方はどうでしょうか

ありがとうございます:
 一番幸せな生き方って、みんな神様の現れって拝める心でね、まわりを神様って、無限に輝いているというように受ける心ですね。だから自分が偉いなんて思ったら大間違いですね。それだったら、まわりを神様って見えなくなってしまうのね。だからね、絨毯に座らせてもらっても、絨毯が神様の現れで、無限に輝いているって思えた方が幸せよね。自分が偉いから絨毯に座っているなんて思ったら、絨毯は単なる物でしょ。そこに何の輝きも感じられなかったら、幸せなんてどこにもないものね。絨毯になって、自分の目の前に現れてくれるといったら、自分より上だよね。自分より偉い神様が、この絨毯の姿を取って現れてくれているのね。謙虚な、謙虚な神様よね。そういう謙虚な神様に、まわりいっぱいに包まれて、自分が幸せにしてもらっているんだからってね。自分が進歩向上し、進化するという見方よりも、最初から自分はもう神様の中に置かれて、感謝一筋というのがいいのよね。進化向上して、進歩していると言ったら、自分が偉くなっているかというと、そうではないよね。本当は周りがみんな神様で、神様に生かされて愛されて、幸せにしてもらっているという感謝だけの生き方が一番いいですね。一番最低でいいじゃない。一番最低だから、神様に守り守られて愛されて幸せにしてもらっているんですよね。

 既に全てが与えられている

質問者:
 今こうしてお話を聞かせていただいているというのは、私にとって特別なのか、それとも大きな宇宙から言ったら、ただ単に流れの中の一つなのか、私にとってはここに来られて、すごくよかったと思うんですが、これって特別ということでもないのでしょうか。

ありがとうございます:
 いつも、神様のプレゼントは、無限に無限に輝いて満ち渡っているのね。その中にすべてがすでにあるのね。ただ自分が、今まで気づかなかったというだけね。やっとそれに気づき始めて、気づきがどんどん大きくなってくるのね。気づけば気づくほど、今の中に、もうすべてが備わって与え続けていただいていると解ってくるのね。気づいて来ただけよね。今更、神様の流れで与えてもらったというのでは、そんなではないよね。もう全部、与えられ済みなのね。まだまだもっともっと気づいて行くのね。

 必要なだけの助け

質問者:
 人間の感情の中で、怒り、妬み、嫉妬、執着心などの煩悩を、煩悩は煩悩でそのままでいいとも仰るんですけど、できたらそういう煩悩に左右されないようにしないと、煩悩の番組の中に落ちてしまうものですから、それを離れるということの助けとして、食事を気を付けて血をきれいにするとか、究極的にはありがとうございますと唱えるということなのでしょうけど、何か他に補助的なものがあるのでしょうか。

ありがとうございます:
 補助的なものなんて何にもいらないですよね。今、ありがとうございますを選んでつかめばね、神様の無限に輝いた心が自分の心にすっと入ってくるでしょ。そうしたら、煩悩の心なんてもう自分のものじゃないですよね。相手にしなくても、放っといたら消えていくものですよね。でもありがとうございますを唱えずに、煩悩の心ってしっかりつかみだしたら、煩悩の心はより大きくなるでしょうね。だから、今の一瞬ですよね。今の一瞬、ありがとうございますと言えばいいですね。煩悩なんて相手にしなくてもいいのね。

質問者:
 あの世でも「ありがとうございます」が・・・

ありがとうございます:
 あの世だけでなく、この世でも同じですよね。ありがとうございますってね、本当の神様の助けがすっとおりるから、必要だったらどんな働きでもおりてくるんですね。必要だったら、地獄が一瞬に極楽に変貌するんですね。

質問者:
 必要だったらということがすごく・・・・

ありがとうございます:
 う〜ん、本当、必要だったらなのね。その人が本当に必要としないとね。一番最高の神様の表現を、本当に楽しみたいんだったら、それが必要となって最高の姿となって、さっと出てくるね。でもね、まだ恐いもの見たさで、ホラービデオでもちょっと覗いてみようかという気持ちがあるとね、ありがとうございますを唱えたら、それを見るかもしれないね。ちょっとは軽くなって見えるのかもしれないけど。楽しめる心でね。やっぱり人の自由意志って、最優先されるんですよね。

質問者:
 ということは、ありがとうございますということは、必要だったら、必要なことを促進するということですか。

ありがとうございます:
 そうね。だから必要なものを的確に与えて、受けさせてくれるんですよね。必要以上のものは与えてこないね。神様って、思いやりの心で与えるのよね。必要なときに、必要なものを、必要なだけ与えるのが思いやりなのね。余分なものを与えたら、思いやりではないのね。過保護になるのね。逆に相手をだめにして、マイナスを与えることになってしまうね。喉が渇いたからお水が欲しいと言ったら、コップに一杯がいいですね。大洪水になって押し寄せたら大変な目に遭うものね。本当に必要なだけがいいですね。お金が欲しいっていうね。それも本当に必要だったら、必要なだけのお金が入ってくるはずよね。でもお金が欲しいって、何億円ももらって、使い道なかったらね、それを使ってあげようという強盗がいっぱい入って来るかもしれないね。そういうのは幸せになれんわね。だからありがとうございますだけ唱えていたら、今の自分に一番必要なことが常に与え続けてもらって、幸せをどんどん拡大してもらっているということがよくわかるのね。神様の方が本当に必要なものがわかっているのね。で、与え続けようと一生懸命になっているのね。それに気づけばいいのね、ありがとうございますと唱えることによってね。そしたら今の自分は必要なものをいただいて幸せいっぱい。その幸せがどんどん大きく変化するように、情勢がどんどん変化して与え続けてもらえるのね。だから神様のすることに絶対間違いはないというのがよくわかってくるのね。(ありがとうございますの結果、ありがとうございますと)そう、そうなるんですよね。さらにありがとうございます・・・ね。連鎖反応をおこすのね。

 楽天ネットワーク

質問者:
 大きな神様の目から見れば、すべては計画通りに進んでいるということだと思うのですが、瞬間瞬間に受け直しているということからしたならば、人類の進み方というのは、人類の平均的に思っている、選んでいるものが現れてくるということだと思うのですが、この数年間、あるいはその先を見られたとき、今のこの人類の進み方で良いのでしょうか。

ありがとうございます:
 私はもうね、楽天主義も楽天主義ね、最高の楽天主義を生きようとしているので、マイナスに読まないですね。二十歳代はね、まだちょっと、地球を救わんならんていう使命感、というより悲壮感が強かったんですけど、でもお祈りがどんどん深くなって、神様の与えてくる無限の無限の大光明が、どんどん押し寄せてくるでしょ。なんで、どうして不幸になるわけがあるかという感じですよね。不幸になりようがないのに、なんで不幸があるの?って感じね。神様がプラス、プラスに置き換えてきているんですね。なんで過去のマイナスをつかんでしがみついて、マイナスがあるって言わないといけないの?という感じね。もう、すぐ放してしまえばいいのね、マイナスの過去をね。最近はみんな放すのが上手になって、プラスに置きやすくなっているって感じですね。全然心配ないですね。どんどんプラスにプラスに変化していくようですね。

質問者:
 それは気づいている人が増えてきたということですか。

ありがとうございます:
 そうそう、気づく人がどんどん増えた、気づきたい人が増えているのよね。だから本当の神様の元に戻っていきたい、戻っているという実感の人がいてるようになったものね。一人増えると、二人目増えやすいし、二人増えたら、三人目四人目が増えてくるっていう、これも連鎖反応、ネットワークですね。味方が急速に増えてくるのね。

質問者:
 自分では気が付かないのですが、周りの人が、「この頃輝いているね」とか言ってくれるんです。私はただ一生懸命なだけなんですが、その人には輝いていると見えるんだと、気付かせてもらったんです。本当に、ありがとうございますという言葉は、素直に受け取れば良い言葉なんですね。

ありがとうございます:
 自分のことを気づくというのは難しいでしょ。だから周りの鏡が、いろいろな姿で教え続けてくれてるんですね。

質問者:
 質問ではないのですが、私たちに何かお言葉を頂きたいのですが・・・

ありがとうございます:
 言葉ですか。「無限の無限のありがとうございます」(笑)。「感謝しております」(笑)。ねえ、わざわざ遠いところから来てくださって。また来てくださいね(笑)。


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80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.