0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.

神さまと繋がる

 言葉にはプラスの言葉とマイナスの言葉があるんですね。でも、マイナスの言葉を仮に使ったとしても、神さまがバックにつけば全部マイナスも生きるんです。
でもね、プラスの言葉を仮に使っても、業想念の心でいっぱいの人が使ったときは、プラスでもマイナスになってしまうんですね。
 だから、一番大事なのは、先ず自分が神さまとつながることですね。神さまとつながったら、全部プラスにプラスに変化させてくださるね。その神さまとのつながり方も無限の段階がありますよね。

 先ず、守護霊さんにつながることね。そして守護神さんとつながり、宇宙の大神様とつながっていくというふうに。これも、感謝を積み重ねることによって、どんどんどんどん奥とつながっていくわけですよね。
「ありがとうございます」という言葉

 普通、この世で長年生きてきて、本当に感謝し続けたかと反省しますと、やっぱり忘れてる時が多いんですよね。真心から「ありがとうございます」って感謝ができたら、もう最高なんですけど、なかなかそこまでは行き難いかと思うんですけど。でも、それが真心からでなくても「ありがとうございます」という言葉を使いさえすれば、神さまの助けは必要に応じて必ず降り注いでくるんですね。

 一日に何回「ありがとうございます」を言ってるか。一回も言ってない人も世の中には沢山いてるみたいですね。一日に一回でもいいんですよ、一回でも「ありがとうございます」と言える人は幸せなんです。
 その人は、一回の「ありがとうございます」を唱えているときに、神さまがその瞬間をとらえて大きい助けを降ろすんですね。だから十回言えたらすごいことなんですよ。
 本当はそのぐらい神さまのほうは、一人一人の心の動きをズーッと見守り続けてるんですよね。そして、如何にその人を幸せにしようかと待ち構えてるんです。 
神さまは人の自由を縛らない

 神さまというのは、人の自由を絶対縛りたくないんですね、自由が一番幸せの根本の条件になるんですよね。自由がないと幸せが崩れていくんですね。
 だから、神さまは最高の完全な自由をいつも保障しようとされるわけでね。
 本当に神さまが人の自由を縛ったら何でもできるでしょう。そうするとみんなロボットか操り人形ですよね。「いいことしかできない」というふうにしてしまったら、皆さんも神さまの奴隷ですよね。これには人の本当の幸せってないんですよね。神さまは絶対人の自由を縛らないというのが神さまの根本の御心なんですね。
 でも、人が自分の自由意志で神さまに近づいて欲しいですよね。自分の自由意志で神さまと同じ歩み方をして欲しいんですね。それだと人は自由で神さまと同じ大きい幸せを掴める、味わえるんですね。

 そういう意味で、言葉の使い方一つも、最初からいい言葉を使えるように神さまはしようと思ったらできますよね。絶対不幸にならないように、神さまがしようと思ったらできてしまうんですね、簡単にできるんですよね。でもそれは絶対駄目なんですね、奴隷にしてしまうからってね。
 だから、一旦はどんな言葉でもみんなが自由に使ってみることが必要なんですね。どんな苦しみがあっても、仮に地獄に落ちるようなことがあっても、一旦は人間の自由意志でいろんな世界を観てみることも必要なのね。いろんな体験を積むことが大事なんですよね。
その中から「本当に人にとって何が幸せか、何が必要か。どうしたら神さまの助けを受けて、神さまに近づけるのか」とか、いろんな問題を自分自身で解決していかないと駄目だと思うんですね。

神さまの助け

 神さまはいつでも「ありがとうございます」と唱えたときに助太刀に入れるんですね。もう待機しているんですよ、神さまのほうはね。守護霊さんも守護神さんも、宇宙の大神様も全ての神さまがそうなんですね。もう瞬間をとらえて助けようと待機してるんですね。ただ、感謝を忘れているときは、自分の思い通りに生きたいときなんですよね。いろんな願いをたてて、自分の思い通りにしたいというときは、神さまは干渉できないですね。強制力を使うわけにはいかないですね。特に高い神さまほどそうなんですね。高い神さまほど力があるから強制力は使えないね。

 例えば、地球を平和にするぐらい、高い神さまは一人でできるんです。瞬間に平和にしてしまおうと思ったらできるんですね。
人類のマイナスの思いを全部消そうと思ったらできるんですね、高級な神さまだったらね。でも、それをしないのね。
 だから、みんなの自由意志を尊重して、一人一人がプラスの言葉を使えるようになり、神さまとつながって本当の平和な世界をつくりあげてくれるのを何億年以上かけて、忍耐強く護り続けているわけですね。
 そうでないと本当の幸せは味わえないですね、本当の平和じゃないんですね。他から与えられたものは偽物ですよね、自分のものになってないですね。

 だから「神さまの助け」というのは、棚からぼた餅式に天から降ってくるようなものじゃないんです。自分で努力して掴み取るんですね。だから掴み取る努力は要るんですよね。
沢山の中から自分の自由意志で選んで見つけていくのが必要ですよね。そうでないと神さまの御心から外れてしまうんですね。
 だから「宇宙の大道」という、宇宙の大きい道ってありますよね、自由自在にどっちにでも歩けるんですよね。でも「これだけが正しい幸せな道」と一本定められたら、レールに乗ったようなものでしょう。こんなのは幸せじゃないですよ、本当にね。一本道しか歩めないなんてね。
 だから、自由自在にどの方向に進んでも幸せへの道を歩めるようになってないといけないですよね。

用意されている無限の無限のチャンネル

 だから、神さまが根本の働きとして無限の無限のチャンネルという姿で宇宙の全てを与え尽してくるんですよね。この世も一つのチャンネルの番組ですよね。その他に無限のチャンネルの番組もあるんです、ちゃんとね。また、この世も細かく分けたら一つの番組が無限のチャンネルに分かれる。
 だから、一人一人が神さまから与えられてる無限の無限のチャンネルのどの番組かを選んでるんですね。それで、それを自分の世界として眺めて楽しんでるんですけど。それも自分の自由意志で選べるんですよね。

 選んでるんです、確かにね。ただ、その選び方は、過去に自分がどういう言葉を使ってきたか。言葉の使い方によって決まってくるね。
 だから、人の使う言葉通りの番組が全部用意されてるんです。無いものは何もないんですよ。化け物・妖怪と言ったら化け物や妖怪が出てくるんですよ。マイナスの言葉が使ったら、必ずマイナスが出てくるようになってるんですね。波長の合うものを、全部用意された番組から引き出されて、現実化するんですよね。
 過去にどういう言葉を使ってきたかというのを総点検してみたら、今の自分がこういう番組を眺めてるというのがよくわかるのね。
未来に見る番組

 未来は、これから使う言葉がそこに加えられて、その総決算としての番組を見ていくようになるのね。
 だから、今直ぐプラスの言葉を使ったから直ぐにプラスの番組に変わるかって、そうじゃないでしょう。過去の言葉にプラスされた今の言葉が、全体としての働きをするわけね。だから、今プラスの言葉を使ってプラスの番組に、即、合えば一番いいと思うんですけどね。
 その為には、過去に使ってきた言葉を心の中から消し去らないといけないですね。みんな言葉が心の中に蓄積されてるんですね。それが思いになって残ってるのね。

 皆さん、記憶力いいですか? 記憶力が良すぎるといろんな言葉が残ってますよね。大体、思いの心の中核になるのが言葉ですから、いろんな言葉が心に蓄積されてますよね。その言葉の全体が、心の波長合わせになってるんですね。
 また、心に残ってるのは全部「予約」という形で、沢山予約してるでしょう。次から次へと予約された番組が出てきますよね。「ああ、大変」と思うかもしれないですけど、でも、心配要らないんですよ。神さまの助けは無限に大きいのね。そして一言「ありがとうございます」という言葉を使えば、必要に応じて神さまの助けが大きく降りるんです。

 もし過去にマイナスの言葉ばっかし使って、それをいっぱい蓄積してしまったという場合があるでしょう。今、プラスの言葉を少々使っても番組はマイナスばっかし、ということがあるんですね。それでもね「ありがとうございます」を唱えてプラスへ心を向け始めたときは、マイナスの言葉をゴソーッと神さまが消し続けてくださるのね。
 ただ、自由意志をはっきりと表面に出す必要があるんです。自分が、「もうマイナスの言葉を消しきるんだ、プラスの言葉を使って、高い番組へ波長を合わせていくんだ」という、その意志表示をする必要があるんですね。
 
 その意志表示は何かというのね「ありがとうございます」なんですよね。
 「ありがとうございます」って唱えることは、最高番組に波長を合わせる意志表示なんですね。だから、邪魔になるマイナスの言葉を消してくださるね、つまらないプラスの言葉も消してくださるね。どんどん心の中からマイナスの思い、つまらん思いを全部消しきって、光の通りやすい心に変えてくださるね。
 そうすると高い番組に波長が合いはじめるのね。これは、もう簡単にしてくださるのね。
 だから、気持ちをはっきり定めるほうがいいんですよ、同じ「ありがとうございます」を唱えるのでもね。その方が神さまは早く確認して応援につけるんです。
守護霊さん、守護神さんの働き

 普通、守護霊さん、守護神さんを、皆さんは信じていらっしゃると思うんですけどね。信じている人と、「神さまなんかあるもんか」って言ってる人の違いは大きいんですよ。守護霊さんの護りを信じている人は、自分がどんなマイナスの言葉を出しても、どんなマイナスの行いをしても、みんな守護霊さんがカバーするんです。相手に伝わる前に軽くなるね、これは凄いんですね。
 また、心に溜めたものでも、守護霊さんは二十四時間勤務で皆さんの休んでるときに、夢の形で全部マイナスを消しきるのね。皆さんは寝ている間にズーッと夢を見続けているんですよ。起き掛けにちょっと覚えているだけでね。
 守護霊さんの働きってそうでしょう、大きいマイナスを全部肩代わりして消しきってしまうね。でも、ちょっとは残りますけど、それは勉強材料として残るのね。
必要に応じて必要なだけ降りる本当の助け

 「ありがとうございます」を一言唱えることは、守護霊さん、守護神さん以上の宇宙の大神様の働きが直接降りるんです。大きい無限の力が降りるので、少々のマイナスは簡単にスッと消してくださるね。
これが凄いんですね、今まではこういうのが無かったんですね。
 昔「ありがとうございます」を唱える人があったかどうかわからないでしょう。やっぱり、今の時代に合わせて、みんなの心の動きに合わせて、みんなの願いに合わせて、宇宙の大神さまが力を揮いはじめたの。
 だから、何事も必要なときに必要なものが生まれてくる、必要なものが与えられるんですね。

 この「ありがとうございます」も祈り言葉として与えられてるというのは必要だから与えられてくるね。また、この祈り言葉に応えて宇宙の大神さまが直々に大きい力を揮うようになってるのね。神さまの本当の助けというのは必要に応じてなの、必要に応じて必要なだけが降りてくるのね。
 みんながまだ思い通りに生きたいという生き方をしている間は降りないんです。神さまは強制的に「感謝しなさい」とは言えないの。
 。
思い通りに生きるという事

 皆さんは思い通りに生きるのには飽きてきたのね、もう疲れ果てた。本当に思い通りに生きても、本当に幸せじゃないんですよね。自分の思い通りに生きるということは、人を自分の奴隷にすることなんですね。人の自由を縛ってしまう、奪ってしまうことですよね。その分、必ずはね返って自分を縛り、自分を不幸にしてしまうでしょう。
 だから、思い通りに生きて「幸せ」っていうのは無いんですね。ちょっとその時は思い通りになって「よかったな」という自己満足ね。でも、それは幸せでもなんでもないですね。本当の幸せから見ると、本当はマイナスなんです、それ全部ね。みんな借金を積み重ねただけなのね「借りをつくっただけ」という。

 世の中でも、権力を握ってみんなを奴隷のように扱った人ってあるでしょう。権力者ってみんな地獄に落ちるのは何故かというと、大勢の人の自由を縛ったからよね。自分一人のために、自分の思い通りにしたいということのために、大勢の人を奴隷のように扱って、人の自由を奪ってしまったのね。その結果、自分もみんなから自由を奪われるんですよ、そしたら必ず地獄へ行くのは当たり前なのよ。みんなの自由を奪った結果は、自分も奪われるの、自由をね。

 だから、思い通りになったらいけないですよ、本当は。思い通りならないほうがいいんですね。だから、「思い通りに生きよう」というのを止めて「感謝に生きよう」とする人は、もうこれで安心なのね。守護霊さんも一安心ですね。「ありがとうございます」の練習をはじめた途端に、不思議なことが連続して起きる人がありますよね。守護霊さんがご褒美をくださるのね「おお、ようここまできたな」という感じですね。
 自分の努力で何もしてないのに不思議なことが起こるんですね。起こらない人もあるんですよ、偶には。そういう人は、まだ守護霊さんがちょっと厳しく見守ってくれてるね「あっ、こいつは素質がある」とみて「甘やかさなくても大丈夫」と思ってるのね。
「ありがとうございます」を唱える目的

 本当はね、甘やかされずに厳しくしてもらう方が進歩が早いですよね。だから「ありがとうございます」を唱える目的をしっかり定めた方がいいという場合ですね。
 普通、何か願い事を叶えるために唱えるのが多いんですよ。病気でも治して欲しいというような感じで唱え始めるでしょう。これはまだ思いの心の唱え方なんですね。

 でも、たまには神さまはパッと治してくれるでしょう、守護霊さんなんかだったらね。甘いんですね、やっぱりね。でも、唱えても治らない人があるんですね、これは厳しいですけど、この方が正しいんです。
 しっかり「ありがとうございます」を唱えて、病気だったら病気を心から放せたときに、瞬間に消えるんです。病気を治そうと思わない方が消えるんですね。「治そう」というのは思い通りに生きようというときですよね。だから、「神さまの御心のままに」と放せたほうがいいですね。
 
 「神さまの御心のままに」というのは、「無限健康のままに」というんですね。無限健康を感謝の心で受け取る受け方なんです、病気を相手にしないんですね。そうするとね、無限健康がスッと置き換わってくる。
 だから、心で掴んだマイナスを、思いを消してもらえさえすれば、プラスとスッと置き換わるんですね。それが感謝の生き方なんですけどね。

 「感謝に生きる」というのが本当の正しい生き方になればいいんですね。だから、願い事を捨てて「ありがとうございます」って、純粋な「ありがとうございます」という生き方になって、神さまへどんどんどんどん心を向けて近づこうとすればいいのね。これが本当の正しい「ありがとうございます」の唱え方、心構えなんですね。そうすると効果が大きいのね。
神さまがバックにつく

 「生きてる言葉」というのは、神さまがバックについたときですね。神さまが生かす力を持ってる、全てを生かすんですね。どういう言葉も神さまがバックについたら全ての言葉が生かされるのね。自分も幸せになり、周りの人も全部が幸せになるんですね。

 だから、この表面の言葉じゃないんですよ、本当はね。
 例えばね、おじいさんが可愛い孫に対して、頭を撫でて「この馬鹿」と言っても強く伝わらないでしょう、マイナスにはね。おじいさんは孫が可愛いんでしょう、やさしい心を持ってるのね。暖かい思いやりの心を持ってるわけでしょう。ちょっといたずらしたぐらいだったら叱るような感じじゃないですね「この馬鹿」というぐらいでも、やさしく伝わる。
 でも、大人同士で「この馬鹿」と言われたら、みんな腹を立てて喧嘩になりますよね。伝わり方って表面の言葉だけじゃ駄目なんですね。奥の心が一番大事なんですね。

 特にバックに神さまがつくかどうかですよね。バックに神さまがついたら、どんな言葉も光となって暖かく伝わるのね。相手を生かすように働いてくださるのね。
 だから、先ず自分の心を光の心に変えてもらうというのがいいですね。思いを消してもらって、神さまの光でいっぱいにしてもらうんですね。

自分が選ぶ

 その思いを消す一番の方法を自分で探さないといけないの、本当は。私がこうして話をして、いろいろこういう方法があると言ったって、やっぱり自分で探さないと身に付かないですよ。「あの人が言ったから正しいのかな」というのは間違いなんですよ。方法は沢山あるんです、無限にあるんですね。その中から自分が選ぶの、一つね。そしたら自分のものですよ。
 「あの人が言ったから」というのは間違いなんですね。いろんな人が言ってくれたら、みんな受けなきゃならないですよ。百人がいろんな方法を説いてくれたら、百の方法を自分が受けてできますか、実行。できないですね。
 だから、人の言いなりになったら駄目よね。どんな神さまが言ってくれても、言いなりになったら駄目なんですよ。無限の中から一つ自分が選べばいいのね。いい方法は無限にあるね、また間違った方法も無限にあるかもしれないね。だから、騙されたら駄目ね、いいものでも全部受けられないですね。自分に合った一つでいいですよね。


 その受け方、一つ選んで受ける生き方が「ありがとうございます」なの。「ありがとうございます」って感謝しながら受け入れたら、自分に合った一つをしっかりと選んで受けられるようになるね。
これも宇宙の大神さまの働きが直々に降りるからなのね。宇宙の大神さまは全部を見通してわかってるね。この人にはこういう方法が一番いいというのがね。他の神さまじゃ全部わからないのよ。
だから「ありがとうございます」を心に持って自分で判断して選んでいくのね。それは、人に言われたからいいんじゃなしに、自分が選んで、それを自分の中から理解してわかって選ぶんですね。あくまでも、自分はそれを、周りの全てを参考にしながら選んだだけね。だから自分のものなのね、自分が中から感じ取って選んだのね、それが本物になるのね。

 「ありがとうございます」一言もそうよ、自分が選んだ人が本物になるのよ。その方が本当はいいのよね、やり甲斐あるでしょう。人に言われて強制されてないからね。人が「止めなさい」と言っても止めないしね。
 人に言われてしたり、止めたりするのだったらおかしいですもんね。誰が反対しても正しかったらすればいいし、間違ってたらみんながすすめてくれても止めたらいいしね。そこが一番大事ですね、自由というのはそこにあるわけでね。
 本当は「幸せになる道」というのは難しくないんです。神さまは最初から一番やさしい方法で幸せになるように、方法をちゃんと用意されてるからね。
ただ「感謝の心」って必要ですね。感謝を忘れたら全部壊れますよね。

恩返しの心を起こす

 丁度、呼吸と同じで、普通、空気は無限にあるように思うでしょう。でも感謝しないですね、忘れてるんですね、呼吸をしながら忘れてるでしょう。
 でも、神さまって宇宙いっぱいなんですね、感謝を忘れたら感じないですよ、神さまをね。でも、感謝し始めたら神さまを思い出すし感じ始めるのね。神さまを感じたときから幸せが甦るんですよね。

 それも呼吸と同じなんで、吸ったら吐かないといけないですね。吸って吐く「吐く」というのは「恩返しの心を起こす」ということよね。「吸う」というのは、求める心を起こしやすいですよね。求めるばっかしだと吸うばっかしでしょう、一杯になったら入らないの、吸おうと思っても入らないですよね、苦しいばっかしになるね。
 だから、思いの心の求める心は、本当はそれを邪魔するんですね、吸うばっかしになるから、吸を止めてしまうのね。感謝して受けても、求める心だとあと吸えなくなるね。そこで必要なのが「恩返しの心」ね。吸ったものを吐き出すことよね。

 吸ったときは酸素がいっぱいで新鮮な空気ですけど、吐き出すときは酸素がなくなって炭酸ガスで汚れてるんですけど。
 でもね、恩返しの心で受けたものを周りに与えるというのがいいんですね。そうすると、また神さまのほうから新しいものをスッと受けられるでしょう。
呼吸のように「ありがとうございます」と受けて、恩返しの心を起こして「ありがとうございます」と与えるのね。それさえできたらいつも神さまを感じ取って、みんなが極楽世界に住める状態になっていくんですよね。

 でも、感謝を忘れると逆になるんですよね。逆の生き方をしてしまうね。だから、感謝を忘れて生きた期間の長い人ほど七難八苦でいっぱいでしょう。
 でも、七難八苦は神様が感謝を思い出させるために与えてくるのね。空気をいっぱい吸って呼吸を止めたら、酸欠で苦しくなるでしょう。みんな一所懸命頑張ってるのね「吐くまい、吐くまい」と思ってね。益々苦しくなるね。どうしても苦しくなったら吐き出すでしょう。だから、吐き出すときにやっと救われるんですよね。全部放すときにね。
 だから、求める心をしっかり生きているとき、思い通りにしようと思うときは駄目なんですね。まだ限界まできてないね、七難八苦がどんどん大きくなるんですけどね。
でも、七難八苦がいっぱいになったときにはじめて、苦しくなって全部放せるね「もう、どうでもいい」という感じになるはずなんです。
 一回、死んだ気持ちになったら全部放せますよね、何でもね。もう全てがそうですね、全部放せたときから、また新しいものが神さまのほうからスッと入ってくるね。

 幸せになる道って難しくないんです、本当はね。不幸になる道が難しいんですよ。呼吸を止めるから。
自然な姿を止めてしまってる、自然な流れを止めてしまってるのね。「ありがとうございます」さえあったら鬼に金棒じゃないですかね、もう。もう絶対不幸になりようがないという生き方なのね。
 いろんなプラスの言葉、マイナスの言葉全部に「ありがとうございます」を加えたら生きてくる。言葉に命が吹き込まれるんですね。だから、できるだけ活用してくださいね「ありがとうございます」という言葉をね。今の時代だから大きい力をもらえるのね。
悟った自分に戻る

 昔は悟りを開くのが大変だったみたいですよ、浅い悟りでも大変よね。何万年、何億年修行をしてもなかなか大変ね。今の時代は早いですよ「ありがとうございます」さえ加えて行ったら、短期間に深い悟りへ導いてもらえるのね。みんな、もうそういう時期になってるよね。皆さんの心の動きがそういうふうになってるわけでね、神さまに本当の助けを与えてもらえるように自分の心を定めてきてるのね。みんな神さまは人の自由意志を尊重して必要な助けを与えてきてるだけなんですけどね。

 この「ありがとうございます」を知って、これを祈り言葉に代えて祈り始めた人は、もう最後の仕上げをしてるみたいですね。悟った自分が一回迷って、もう一回悟りに戻るんですよ。悟った自分が迷ったんですよ。迷った自分が悟るんじゃないですよ。悟った自分がちょっと迷って、悟った自分に戻るだけね。
 悟った自分に戻る一番の方法が「ありがとうございます」というこの一言。それで神さまの助けを受けて上へ引き戻してもらうのね。
 はい、ありがとうございます。








質疑応答




マイナスを背負う役目

質問者:
 楽しい話をありがとうございます。
 社員十名ぐらいの会社を経営しています。三ヶ月ぐらい前に本をはじめて読みまして「言葉が全ての物事をつくる」ということを知りまして。
 売上を千倍にするよとか、喜びも千倍にするよ、ということを唱えながら今までやってきたんですね。
 「ありがとうございます」も、殆どさぼりながらですが、それをやり始めたら逆に眠くてどうしようもなくて、業績はがくんと落ちてしまって、一体どうしたものかなと。
 逆に、社員が「うちの会社に入れて幸せです」とか、売上は落ちたんですけど、そういう言葉が何人かあるんですが。社長である私がボロボロになってしまいまして。これはどうしたものかなというのが知りたいというのがありまして、今日はこさせていただきました。よろしくお願い致します。

ありがとうございます:
 会社の社長って、全体の中心なんですよ、会社のね。マイナスの全てを一身に背負う役割なのね、本当の社長というのはね。上に立ってみんなを支配するのは偽者よね。
 今は感謝してプラスの言葉を使って、社員全部を幸せにするという立場ですからね。逆に言うと、今度は下に立ってみんなを支える役目なんですね。みんなのマイナスを背負う役目ね。だから、みんなのマイナスを逆に肩代わりしてるわけよね。みんなが眠たいのを取って、みんなが元気に働けるようにしてるわけ。
 そこで「ありがとうございます」をちょっとさぼったわけでしょう。「ありがとうございます」を加えると全部消してくれるのね。マイナスは、一旦は背負いますよね。そのマイナスを消してもらう方法なの「ありがとうございます」はね。そしたらもうプラスばっかしに変わりますね、必ずね。
会社を大きくする

質問者:
 会社を大きくしていくということが、ある意味、社員が生活を良くしていくということだと思うのですが。「売上を上げよう」というふうにもっていかないほうがよろしいのでしょうか。

ありがとうございます:
 いいですね。一人一人が喜んで仕事ができるだけがいいんですね。喜んで仕事の量を増やせたらいいね。だから、みんなの能力を活かしてあげて、働きの量を増やしてあげるのがいいね。すると必ず働いた分は戻ってきますから、幸せを大きくしてもらうのでね。
 お金儲けとか、会社の業績とか、そういうのはあんまり問題じゃないですね。一人一人が如何に大きく活かして働かせてもらうかですよね。そういう人が増えたら、会社が大きくなってもいいし。
幻覚を見る人

質問者:
 うちの弟が頭がおかしくなって、幻覚が見えるとか、わけがわからないことを言います。とうとう包丁まで振り回します。何もできないので、どうしたものかと思っています。

ありがとうございます:
 それも同じよね、神さまの助けを受けたらいいだけね。だから「ありがとうございます」って唱えながらみんなを「神さま」と拝んであげることね。心をプラスに変えてあげたらいいだけよね。
 心の状態ってみんな一人一人違うんです、どれだけ心に思いが溜まってるかはね。その思いが番組合わせの波長合わせになってますから、この世だけに波長が合ってるんじゃなしに、あの世にも波長が合うのね。波長の合ったものを感じるの、幻覚であろうが、いろんな霊能的に観るのもそうですけど。
 マイナスにもし波長が合ってるんだったら、そのマイナスの思いを消してあげたらいいだけね。そしたらスッとそういうのは消えていくのね。
 その消す方法よね「ありがとうございます」って、誰でもいいの、縁のある人が唱えてあげたら必ずその人に神さまの助けが行くから、必要ないものは消してくれるのね。
 ただ、それもその人にとったら、ある程度は勉強かもしれないし、いろんな世界があるし、いろんな番組の世界もあるというのがわかって、波長合わせの勉強になるかもしれないし。一時的にはそういうのを体験として必要だったら、それも「よかった」と思うのね。

駄目男に尽くす娘

質問者:
 私の娘ですが、すごい小さい時から信仰心ある子で、結構神さまをお祈りしたんです。
 最初はよかったんですが、私も夫も嫌なタイプで、嘘の多い男の人で、娘はもう籍を入れていました。私はその時にありがとうございますのテープを毎日聞いておりましたので、すごく心が救われました。
 娘は親に少しも迷惑をかけないで、自分で塾の先生をしながら貧しい生活をして旦那との生活を支えながら全部やってます。私はどうしているかと心配するんですが電話に出ないんです。人伝えに、大学を卒業して、予備校の先生をして生活をしていると聞きます。
 先生の本とかテープをお聞きしますと、あまりそういうことに干渉すると、子供の自由を奪って、私がその子の成長を妨げているのではないかというふうに、この頃、気づかされたんです。だから、それは止めて、心配するより、朝から晩まで「ありがとうございます」と。本当は娘のことがあってはじめてこの「ありがとうございます」を真剣に唱えるようになったんです。
 執着を持つということが子供のプラスにならないんじゃないかとこの頃思えるようになりました、それでいいのでしょうか。

ありがとうございます:
 そうね。「思いの心」というのは、自分の思いでしたいというときは、自分の思い通りにならないときはマイナスに見えるでしょう。それが苦しみに変わるのね。
 娘さんは偉いじゃない、立派じゃない。
人にマイナスを与えて迷惑をかけて生きてるのと違うでしょう、逆でしょう。
マイナスの人を助けて立派に変えようとしているんでしょう。
神さまのような働きじゃない、はははは。
 だから、それが浅い小さい幸せで満足せずに、本当の大きい幸せを掴もうとする神さまの愛の働きじゃない。どんどん立派になるじゃない、本当の意味の大きい幸せになるでしょう。
相手の幸せをも大きい幸せに変えようとしてるでしょう。そしたら、もう褒めて褒めて褒めちぎればいいじゃない、はははは。「なんて素晴しい娘なんだ」って。

質問者:
 相手の男性が北海道から九州へ行っても仕事が続かなくて。フラフラしていた男を娘がどうして全ての生活をみて、朝から晩まで働いて生活全部をしてるのか。
 一所懸命何とか相手の男を更正させるって言ってたんですけど。一切だから親には連絡しないんです。

ありがとうございます:
 普通はそこまでできないからね。

質問者:
 不憫やなあと‥‥‥

ありがとうございます:
 いやいや逆よね「なんて立派なんだろう」って。
 やっぱり、マイナスの多い人を助けるって大変よ、一人の人でもね。それを立派に変えることによって世の中全体を大きく変化させるでしょう。だから、見捨てたら世の中も悪くなるじゃない。だから、世界で最低の人でもいいよ、その人を一人変えたら世界がガラッと良くなるよ。

質問者:
 やっぱり、顔を見たいなと思って、どうしてるのかなと思うのですけど、全然音信普通で。

ありがとうございます:
 世界平和の為に頑張ってるんじゃない。大丈夫神さまがいいようにします。



神さまに不可能は無い。
子供に「ありがとうございます」を唱えさせたい

質問者:
 子供がいるのですが、ここには連れて来れないのですが、子供にこの「ありがとうございます」を唱えさせたいと思うのです。年齢制限とかはありますか、四歳、七歳、十歳です。「ありがとうございます」は何故いいかというのは理解できないと思うのです。子供にとって「ありがとうございます」を唱えることはプラスになると思うのです。
 十歳の息子が軽度発達障害で、見た目には普通と変わらないんです。ところが何かにこだわるとか、親が一緒でないと何もやらないとか。例えばそういう障害も「ありがとうございます」を唱えていれば治るものですか。新しいチャンネルに行ってもこの生れ持ったものはなくならずに、ずっと死ぬまでお付き合いしなくてはいけないのか、その辺をお伺いしたいのです。

ありがとうございます:
 小さい子を「ありがとうございます」を唱える意味がわからずに唱えてもいいんです。唱えさせたらいいんです、いろんな方便を使ってね。何かお菓子でも欲しいというときは「そしたら、ありがとうございますを百回唱えてご覧」って。(笑)百回唱えたら「はい、これどうぞ」ってね。もうなんでもそういうふうにね、感謝するということはいいことなんですね。全てに感謝するということはね。
 その感謝の練習を積み重ねたら、必ず神さまの助けが必要なときに入ってきますから、その子を必ず立派に育て上げてくれるね。
 だから、必要な体験を与えながら必ず最短コースで立派に変えてくださるね。小さいときは特にいろんな方便を使えばいいですね、唱えさせるためにね。また「ありがとうございます」を書かせたり、いろいろすればいいのね。それはどういう方法を使ってもいいと思いますね。必ずプラスになるんです。

 また、どういう問題も、大人でも子供でもそうですけど、どんな大きい問題でも、この「ありがとうございます」の一言で解決するんです。神さまに不可能は無いの。本当に神さまの助けを真剣に受け入れようという気持ちで「ありがとうございます」を唱えたら、真剣に唱えたら、どんな問題でも解決します。この一生かからなくてもいいんです。神さまには時間はないね、不可能を可能にするのが神さまね。必ず、病気だったら病気は治ります。

 もし、神さまが死んだ人を甦えさせようと思ったら甦えるんです。寿命は一応決められても、神さまが延ばそうと思ったら延びるんですね。寿命も何段階って決まってますけど、その寿命をも延びるんですね。不可能は無いんです、本当はね。
 だから、無限の無限のチャンネルを創った神さまは、チャンネル合わせで番組を変えるぐらい、なんでもないよね。まあ、それは宇宙の大神様が直々に働かなくても、守護霊さんや守護神さんがちょっと働いてくれるだけで、そんなのは簡単に変わるの。

 ただ、みんなそれぞれに必要な勉強材料として今与えてもらってるのね。その問題は自分が解決しようとするのがいいのね。どんな問題も解決する方法を自分が探してそれを実行して、解決すると力がつくのね。
人に変えてもらっても、その人の力にならないかもしれないでしょう。できるだけ本人にその問題を解決させていくというのが大事よね。

 もし、傍の人がお祈りをしっかりして病気を仮に治してあげても、本人はまた次の勉強で病気になるかもしれないよ。お祈りした人の勉強にはなったけどもというね。
 いろんな問題を、やっぱり本人が解決していくように導いてあげるのが一番いいね。一番いいのは本人が「ありがとうございます」を唱え始めたら、もう的確に必要な助けを受けて、どんどん立派になるように勉強していくと思うね。焦らない方がいいよね、それもね。自分がしっかり「ありがとうございます」を唱えながら「神さまがみんなを護ってる」というふうに信じて「ありがとうございます」を唱えたらいいと思うね。
 そうすると、周りもどんどん変化して良くなっていくね。はい、ありがとうございます。

業想念が一杯の時の言葉

質問者:
 業想念の心の人がプラスの言葉を唱えると、かえってマイナスになるというお話があったんですが。いろんな本で、幸せになる言霊みたいな言葉が出てますけども。それはあまりやらないほうがいいんでしょうか。

ありがとうございます:
 プラスを使えばいいよ、マイナスを使うよりはいいでしょう。業想念がいっぱいのときでも、マイナスの言葉を使ったらもう一つマイナスになるね。だから、プラスの言葉を使うほうがマイナスが軽くなるわけでしょう。
 でも、業想念の心のよりも、感謝の心で唱えた方がもっとプラスが大きくなるね、同じ言葉でも大きく輝いて生きてくるね。そういう意味ね。

受験勉強

質問者:
 高校二年生の子供ですが、今大学入試が近いので、親としては塾に行かせたいと思ってるんですけども。あまり勉強に身が入らなくて適当に勉強しているんです。そういうのを親が励まして行かせたりしないほうがいいんじゃないかという気がしまして、お聞きしたいのですが。

ありがとうございます:
 本当の勉強は「神さまを知る勉強」がいいのよね。知識を身に付けるんじゃ、つまらん勉強よね。神さまを知る勉強だったら、本当に役に立つと思うのね。神さまにより近付いて、神さまの知恵も力をいっぱいもらえるようになるんでね。

 でも、知識として心に一杯溜め込んだら思いを溜めてしまうね。業想念の心で一杯という心になるね。知識をあまり詰め込みすぎると、ノイローゼになりやすいよ。「思いを溜めたら駄目」という気持ちの子は反発するの、勉強をしない。心がやっぱり辛くなってくるね。それだったら働いた方がいいね。人の為に役に立つ仕事をして働いたほうが、心が軽くなるでしょう。中から輝いてきたら、今度はまた勉強したくなるね。
 その時の勉強は生きてくるの。だから、仕事を通じて必要なものを学ぶんだったら生きてくるのね。

 今の学校の勉強は詰め込み勉強でしょう、必要がないのに詰め込むもんね。かなり心に負担が大きいよ。それが合わない子は立派なの、本当はね。
 そういう子にはね、何か自分のできることで、なんでも仕事をちょっと手伝ってもらったほうがいいね。仕事もしながら必要に応じて勉強をするとね。仕事をするほうが本当は偉いのよ。勉強をする間は、まだ人に迷惑ばっかりかけてるでしょう。助けてもらうばっかしだから、まだ借金返しはできないよね。

 でも、ちょっとでもアルバイトしてもいいから、ちょっとでも働いたらいいから、その分、人に迷惑をかける量が少なくなるから、早く世の中の為に役に立つのよね。
 だから、何かアルバイトでもなんでもいいから仕事もしながら勉強もすると楽になってくるわね。本人の自由意志で、何か仕事をさせてあげたらいいじゃない、アルバイトでもなんでもいいからね。そしたらスッと立ち直るよ。また、必要な勉強を必ず自分から一所懸命できると思うし。無駄な勉強はせんほうがいいよ、みんな忘れてしまえばいい、はははは。一生で使わない勉強なんかしても意味ないよ、お金を出してまで。

「ありがとうございます」の唱え方

質問者:
 「ありがとうございます」を唱えるのは心の中でもいいんですよね。

ありがとうございます:
 本当は、基本は心の中なのね。心の中で「ありがとうございます」を唱えるのが一番いいのね。後は言葉に出しても自由自在。


質問者:
 時々涙が溢れてくるのですが、これは私自身の涙なのか、神様が「ああ、よく気が付いてくれたな」という涙なのかなと思って、本当に泣けるんですけど。どっちなんでしょうか。

ありがとうございます:
 いろいろあるの。自分もありがたくて「感涙にむせぶ」というのがあるね。守護霊さんも喜んで涙を流すのね。縁者も救われて涙を流すのね。いっぱい涙を流す原因があるの、全部総合して出てくるわね。みんな喜びの涙よ、涙はね。悲しんで涙が流れるんじゃないよ、本当に悲しい時は絶対涙は流れないよ。
 悲しみの思いを神さまが消してくれたときに始めて涙が流れるの。だから、涙は「浄・清」めの涙ね、喜びの涙ね、全部。だから、輝いてるでしょう、涙を見たら、光ってない?

健康食品を売る仕事に疑問

質問者:
 健康食品と自然食品販売する仕事をしてます。最初のきっかけは、自分の病気が治ったというのがありあました。いろいろ勉強していますと、全てが食品で病気が治るわけではないですし。それが人の為になってるのかどうかという疑問が出てきました。(要約)

ありがとうございます:
 そこへ「ありがとうございます」を加えることで神さまの助け・導きを受けたらいいよね。
 自然に変化するかもしれないし、また今のままでも神さまが光を添えてくれたら、食品に光が入るじゃない。そうすると、それを買った人は光をもらうじゃない。物質的なものから幸せを得るんじゃなしに、神さまの光をもらって幸せになる人もいるよね。
 また、その食品をどうしても必要とする人もあるかもしれないね。その必要なところへ的確に廻ればいいのね。全部に売るんじゃなしに、必要な人に的確に効率よく回って行けばいいでしょう。そういうのも神さまが計らってくれたら、自然に必要な人だけに売れるようになるわね。
 全てをプラスにプラスに変えてくださるもんね。「ありがとうございます」を加えていけば、どんどん良くなると思うよ。はい、ありがとうございます。

経営者の仕事

質問者:
 経営者の仕事というのは、何を大事にすればいいでしょうか。

ありがとうございます:
 根本は「神さまのお手伝い」よね。みんなを幸せにするためにね。
 だから、世界全体を眺めて「何が一番必要か」と、自分に合った必要な仕事をさせてもらうのがいいんでしょう。だから「神さまのお手伝い」という気持ちで、神さまの番頭になればいいね、自分は社長でもね。
 神さまを社長に置いて、自分が番頭になると経営者は一番楽よね。そしたらいろんなアイディアをいっぱいもらえて、みんなから助けてもらってうまく運んでいくと思うね。そういう生き方がいいよね。

質問者:
 大変参考になりました、ありがとうございます。

「ありがとうございます」をボランティアとして唱える

質問者:
 「ありがとうございます」をボランティアとして唱えるということを、何かで読んだのですが。その心構えというのは――

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」を「神さまへの奉仕」という形で唱えると「神さまのお手伝い」でしょう。自分の思いや願いを叶える為の「ありがとうございます」は小さくなるね。
「神さまのお手伝い」だと大きくなるね。そしたら神さまのバックアップが大きくなるから効果が大きいですね。だから「神さまのお手伝い」という気持ちで「ありがとうございます」を唱えると、働きが大きくなるね。
 ありがとうございます。








神さまの助けを受ける秘訣
 
 神さまの無限に大きい助けを受ける秘訣って何だと思われますか、一つ挙げたら。
 難しくないですね「自分を空っぽにする」ことなんですね。その為には、自分の全てを与え尽せばいいんですね。 神さまの助けというのは、いつも無限に無限に降り注いでるんです、いつもね。ただ、受けてくれるのを待ってるだけね。受け取るのは一人一人ですよね、自分なんですね。
受け取るための方法は、今与えられて受けたものを全部放すことね。そうすると、新しい神さまの無限に大きい助けがスッと入ってくるね。

 やはりこれも呼吸と同じですね。吸ったものを吐き出せばいいだけね、必ず無限の大きい助けがスッとまた入ってくるんですね。だから、いつも深呼吸の心で生きたらいいんですね。
 神さまの応援とか助けというのは、別に求めなくてもいいんです、求める必要はないんです「助けて」と言っても入ってこないですよ。求める心では受け取れないのね。
 それで、よく「奉仕が大切」というふうに言うんですけどね。
 「奉仕」というのは、自分を与え尽す練習なんです。古い自分を神さまに預ける練習ですね。そうすると新しい自分に置き換えてもらえる。


六波羅蜜
 
 仏教で、悟りへの道「六波羅蜜」ってあるでしょう、六つの行があるのね。その一番最初に「布施行」が出てきますね。「布施」というのは「与える」という意味で「布施行」ね。
 ただ、悟りへの道・行なので、本当の布施行というのは、自分の一番大事なものを与え尽す・捧げるのね。自分の一番大事なものを与えないと布施行にはならないね。
 大金持ちが、ちょっと余ったお金をポッと出すだけでは布施行じゃないのね。そんなのは布施行にはならないのね。また、自分が要らないからってポッと渡すのは駄目なのよね。これも布施行にはならないね。
 一番大事なものを与えるのが「布施行」ね。
その自分の一番大事なものでも、物質的なものがあるね、物質とか肉体的なものね。また精神的なもの、また霊的なもの、大きく分けると三つに分かれると思うね。

 布施行でも「物施」物を施す「物施」。
「法施」って、真理を与える「法施」。
「無畏施」というのは、無畏というのは畏れなき心なんですけど、無畏の心を与える「無畏施」ってあるのね。     

 「物施」は物質的なもので、自分の持ってる物を与え尽す心、また肉体を使ってしっかり働いて与え尽す心。こういうものを「物施」というよね。
精神的なものは、自分が体得した真理なんかを人に施す心、真理を伝える心ね。
 「無畏施」は、感謝行をズーッとしてると、お祈りをしてると心が安らいできますね、畏れ(恐れ)なき心になるでしょう。畏れる(恐れる)というのは、思いの心、七難八苦の心なのね。だから、思いを消す力のある心よね。感謝のお祈りが、即、無畏施なのね。
 この「物施、法施、無畏施」のうちでも、最高の施しが「無畏施」なのね。お祈りですね、感謝のお祈り、
これが最高の施しになるね。


ありがとうございます護摩
 
 「ありがとうございます護摩」でもそうでしょう。感謝の熱き真を捧げ尽すのね。一人じゃなしに大勢が心を一つにして捧げると、凄い不思議なことがいっぱい起こるでしょう。高い高級な神さまがいっぱい降りてきて、光をいっぱいたずさえてプレゼントしてくださるわね。だから、最高の施しをしてるからなのね。
感謝の熱き誠を捧げ尽してるから、最高のプレゼントが天から降ってくるのね。不思議よね、それはね。
 また、本当に感じてないからわからないかもしれないけど。肉体的に感じる感覚じゃまだ小さいし、写真に写ったって少ないのね、そんなのね。神さまから見たらちっぽけな手品みたいなものだし。本当の助けはもっと大きく入ってるんだけど、まだこの世を掴んでる心じゃちょっとわかりにくいけど。本当は無限に大きい助けが入ってるのよ。そのぐらい凄いことなのね。


与え尽くす練習

 だから、神さまの大きい助けを受ける、天の助けを受ける秘訣は、与え尽す練習をするのね。今、自分が持ってるもの、自分の全てを与える練習をすればいいだけ、空っぽになればいいのね。そうすると次に入ってくるのが自分に必要なだけの、的確な必要なだけの姿で入ってくる、神さまの助けというのがね。必要以上のものが入ったらまた困るのよ。
 今、コップ一杯の飲み水が欲しいという時に、大洪水が来たら大変なんよ。神さまの助けは、必要なものが的確に入ってくるようにしてくれるね。
 だから、自分の心の器が大きくなればなるほど、それに合わせて大きい光がさーっと入ってくるね。
 また、強い光に慣れてくれば慣れてくるほど、強い光がさーっと差し込んでくるの。
 まだ、強い光に慣れてない状態で強い光が入ったら大変なんよ、盲になっちゃうよ、目が見えなくなったり、焼け死ぬかもしれない。その辺の加減はきちっとしてくれるね、必要なだけを与え尽してくる、神さまのほうはね。

 神さまと一体化するための一番の秘訣というのも、与え尽していくことなんよね。
 先ず、神さまと一体化するためには、神さまとの心の交流、命の交流が必要になるのね。感謝して「神さま、ありがとうございます」と言って光を感じてもまだ一体化してないのよ。神さまから来る光を受けただけね、まだ光源にまで自分が一体化して入ってないのね。受けるだけでは足りないね。
神さまに受けたものを全部捧げ尽して与え尽して、神さまの中に飛び込むというのが必要でしょう。そういう意味では、自分を与え尽すという練習が要るのよね。



神さまへの奉仕

 だから、与え尽せば与え返されるね。それが順番に交流された姿でどんどんどんどん交流が大きくなっていく。「神さまに与え尽して、また神さまから受けて」という、この繰り返しによって、どんどん神さまの大きい助けを受け入れるようになってくるでしょう。そうすると段々と、交流しているうちに神さまと融合して融け合うのね、それで一体化していく。それで神さまの中へ飛び込んで行くのね。だから、光源に飛び込むような感じで、交流をしていかないといけないですね。
だから「神さまに捧げ尽す」というのが大事ね、同じ奉仕でも「人に与え尽す」というだけでは足りないね。自分の持ってるものを人に与え尽すだけでは、まだまだ神さまを相手にしてない限りは小さいのね。
同じ人に与え尽す姿をとってても、神さまをバックに置くのね、神さまを目の前に置いて神さまのために与え尽すという姿で、世の為、人の為に尽せばいいね。

 この違いってあるのね。普通、人に何か与える場合でも、みんな自分の思いが与えたものにくっついていくのね。思いのない人は最初からよくわかるのね、神さまとの関係が一体化してる姿もよくわかるけど。
 思いのある間は、それはちょっとわからなくなってるね。
 だから、思いのある心で人に与えたら、必ず思いがついていって、相手に思いをかぶせるのね。もらったほうは思いを消せない、思いをかぶって負担になるのね。そしたら必ず投げ返してくるよね。何倍にも返してくるかもしれないね。また、その思いが自分にかぶさってくる、返ってきたらかぶさってくるね。同じ与えても、一旦は離れてもまた戻ってくる。そういう与え方では、まだ思いは消えないよね。
 だから、神さまに与えるほうがいいね、神さまに与えたら神さまが思いを消してくれるね、そして光に変えて与え返してくる。
 ここがちょっと違うのね「神さまへの奉仕」というのと「人への奉仕」というのがちょっと違うのね。神さまを相手にするのが本物ね。


神様への奉仕には謙虚さが必要

 神さまへの奉仕」という気持ちでする時も、謙虚さが大事ね。「神さまに対してこれだけのことをしてあげた」というんじゃ駄目なのね。これはちょっと傲慢なのね。神さまのお役に立ちたいという気持ちはいいんだけど、「これだけをしてあげた」というのはやっぱり駄目なのね。我が強いね、思いの心でしてるのね。
 神さまから「要らん」と言われたらどうする? 断られたらどうしようもなくなるわね。
 だから、今自分の持ってる全てを「これは神さまに喜ばれるようなものじゃない」というような気持ちね、「マイナスが一杯なんだ、思いが一杯ついてるんだ」というぐらいの謙虚な気持ちになると、神さまは喜んで受けてくれるのね。
 「神さまのお役に立ちたい、お手伝いしたい」という気持ちだと、そのいじらしい心に神さまは心を打たれるわけね。だから、どれだけつまらんものでも、マイナスが多かっても、そんなのは関係なしに喜んで受けてくれるのね。
 そしたら、そのマイナスを消して新しい素晴しいものと置き換えて与え返してくるね。

 だから、神さまに奉仕する時は「謙虚さ」というのが必要になるね。「神さまのために何かしたった」というのはないのね。神さまへの恩返しもそうだけど、神さまから与えられた無限の無限の恩恵というのは、これはもう計り知れないぐらい大きいものよね。それに対して恩返しって何ができるか、何もできないね。万分の一や億分の一と違うね、無限の一すらできないね。神さまからもらったものの一部を返すしかできないね。恩返しどころじゃないよね。
 でも「恩返しの心」というのは必要よね「与える心」っていうんだけど「与える」というのはちょっと高慢になるかもしれないもんね、何も与えようがないもんね。だから、ちょっとでも「恩返し」という、神さまの喜ぶようにしたいというのが必要よね。その方が神さまのほうは与えやすいね。


恩返し

恩返しの心を起こすのは、神さまに古い自分を引き受けてもらうために、与えるための一つの心ね。最初から自分はマイナスでゴミみたいなつまらんものだったら、与えようという気持ちも起せないですね。神さまに迷惑かけるからと思うでしょう、遠慮するでしょう。それじゃ与えようがないから消してもらえないもんね。困るのね、それではね。
 でも、ちょっとはいいことをしてるという気持ちがないと、それは恩返しの心なのね。

 「恩」という字がそうでしょう「因・いん」という「もと」というのね、原因の「因」よね。一番もとを「因」というね、その心ね。だから神さまの心のことを「恩」というのね。
 だから、神さまから受けた心、神さまの心を直ぐにお返しする。神さまは全徳の無限の無限の輝きが一杯!という姿で全大宇宙の全てを与え尽してくるでしょう。それを感謝で受けて即お返しするということよね、本当の恩返しはね。
 無限の無限のチャンネルの番組ってあるでしょう。神さまは全部与えてくるね、一瞬一瞬新たにしてね。
 この世の人はその一つだけを受けて返してないのよ。それすら掴んで握って、そして小さい部分にわれていくのよ。

 「恩返し」というのは、本当は無限の無限のチャンネルの全部を受けて全部をお返しするのよ、本当はね。もう凄いことなんだけどね。そのぐらい神さまは幸せをいっぱい与え続けてくるね。その幸せを新たに新たに受けるためには、大きく受けて大きくお返しするのね。
 だから、一瞬一瞬が本当の「真剣勝負」というぐらいの真剣な心でさせてもらうの、感謝行というのはね。
 宇宙の全部を「ありがとうございます」で受けたら、即お返しするのよ。そしたら、本当は自分のものなんて何もないはずよ。肉体の自分も、心も命もそうだけど、この宇宙全部を、本当は神さまが自分に与えてくれたプレゼントでしょう。宇宙の全部をお返しするのよね。
 「古い宇宙を全部お返しして、新しい宇宙を受け直そう」というのがいいのね。だから、一瞬一瞬が、神さまから受けて預かったものを、即お返しして、また神さまから新たに受けてお返しする姿をとるのね。
 神さまの愛の働きって、無限に無限に大きいでしょう、どれだけ恩返しの心を起こしても足りないよね。「今与えられたプラスのものをお返しするだけでは足りない」と思うのね、誰でもそうよね。


地獄まで降りる

 そしたらどうするか、もう一つ下へ降りるのね。今持ってるプラスだけではお返しにならないからって、マイナスを背負ってプラスを生み出すのね。それが地獄のどん底へ謙虚に降りる姿よね。
 だから「この世の七難八苦なんてへっちゃら、喜んで受け取る」という、それを受けることによってプラスを生み出すのね。それをお返しする。
 また、地獄のどん底の無限の苦痛って大変よね。でもそれすら無限の喜びを持って受け取る。そしたら地獄に降りることによってプラスを生み出せるのね。そのプラスをお返しする。
 だから、「七難八苦も地獄も苦痛も、喜んで受けます」という気持ちがまた恩返しの心になるのよ。
 大きく返したら大きく神さまの助けが入ってくるのね、受け取れるのね。地獄まで降りた人が神さまの最高のプレゼントを受け取るのね、そうすると自分が光の柱になるのよね。全チャンネルを受け取るのよ、無限の無限のチャンネル全部受け取るのよ。それが光の柱になることなんよ。
 それも一番下の謙虚な心で一番下から全部受け取るのね。


神様への奉仕が先

 そこへ行くまで与え尽す練習をするのね。奉仕の練習よね。
 だから「神さまのお手伝い」という形をとらないと、いつも神さまのほうへ心を向けることができないでしょう。「神さまのお手伝い」という気持ちで神さまに心を向け続けるのね。そして自分のできることを全力で全部与え尽すような姿で神さまへ与え返すのね。
 だから、その繰り返しさえできたら、感謝がグーンと深まるのね。与え尽した後に神さまのプレゼントがいっぱい入ってくる、それを感じ取れるようにしてくれるのね。

 だから、奉仕が先なのね、神さまへの奉仕が先にあって、そして感謝して受けて、気づきをいっぱい増やしてもらうのね。

 お話聞いてお祈りしてもなかなか受けられないよ。
 お話も、求めて受けてるだけよね。
 感謝も、求めて受けようとしてるだけよね。まだ与え尽すところまで行ってないかもしれないでしょう。
 本当の感謝だったら与え尽してるんだけど、まだ練習段階で求める心のある間の感謝は、まだ与え尽せてないのね。
 与え尽す練習を先にしたほうがいいんでしょう。
 だから「神さまへの奉仕」「神さまのお手伝い」という形で与え尽すとお祈りがしやすくなるね。感謝がグンと深くなって、そして神さまを感じ取るのね。気づきが増やしてもらえて、神さまを感じやすくなるね。
 神さまを感じたときが、神さまからのプレゼントをいっぱい受けたことになるね。それを繰り返しているうちに神さまと交流が起こって一体化するのね。本当の悟りって、それによって起こるのね。


感謝も神様への奉仕という形でする 

 感謝も「神さまへの奉仕」という形でするのよ。一回一回の「ありがとうございます」を唱えることは、神さまのお手伝いね、神さまへの奉仕なのね「無畏施」なのね。そうすると大きい神さまの助けが入ってくるね。
 下から神さまのほうへのぼるのは大変なの、神さまが上から降りてきたら早いのね。
 みんな、最初は下から修行して立派になって上へあがろうとするのね、これでは永遠に不可能、本当の悟りはこれでは開けないね。
 でも、天の自分が上から舞い降りて肉体に入ってくるのは早いね。天の自分は最初からあるのよ、みんなね。無限の無限の輝きが一杯!という悟った自分は元に存在してるから、その自分をこの肉体へ迎え入れたらいいのね。修行じゃないの、感謝行よね、感謝を捧げ尽していけばいいね。そうすると早いのよね。
 一回一回「ありがとうございます」って捧げ尽す心で、「みんなの代わりに感謝を捧げてるんだ」という大きい心で「ありがとうございます」って一回言えば、凄いプレゼントをしたことになるね。神さまに大きいものを与えたことになるね。するとプレゼントは大きいよ、神さまのプレゼントはそれの何万倍かもしれないよ、本当はね。でも、受け取れないけどね、そこまではね。今の自分に合わせてちょっと大きく受けるのね。
 でも、また次にまた大きくなるから、どんどんどんどん大きくしてくださるから、神さまを感じやすくなってくるね。


本当のお祈り

 これも、大勢の人がいっしょに感謝行をすると、相乗効果で受ける量が多くなるの。だから、時々はみんながいっしょにお祈りするのが大事ね。一人だけでお祈りするのはやっぱり与える量が少ないのよね、やっぱり。
 ただ、自分の気持ちが大きくなったら「いつもみんなのためにお祈りしてる、みんなのお祈りをしているんだ」というふうに大きくなったらまた別よね、もう肉体なんか関係ないからね。
 本当のお祈りは、奥の「命の自分・霊的な自分」がしてるんだからね。肉体の自分や魂の自分じゃない、奥の本当の本心の自分がするのね。それは「みんなと一体」という気持ちで、お祈りをみんなのためのお祈りをするね、みんなに代わってするお祈りよね。だから、大きいお祈りをいつもするのよね。


「助けて」はいらない

 神さまの助けはいつも降ってるよ、無限に無限に降り注いでるね。今更神さまに「助けて」は要らないね、ただ受け取るのが「どう受け取るか」だけね。神さまのほうはみんなに合わせて必要なだけを与えてるのね。
 その姿が、無限の無限のチャンネルという姿でもあるのね。その一つずつのチャンネルの中でいろんな姿が現われるのも、一人一人に合わせての助けなのね。だから、元々助けは既にあるのね、ただ、受け方にいろんな受け方があるというだけね。

 感謝をするようになったときにはじめて必要な助けが的確に受け取れるのよね。それで、与えれば与えるほど大きく受けていけるね。
 だから「奉仕の練習」をするといいよ「神さまへの奉仕」という、この練習をすると自分の心に溜まった思いをゴソッと取ってくれるね。思いが早く消える、消してもらえるね、そして光をいっぱい受けて神さまを感じやすくしてくれるね。


お金儲け
 
 世の中で実際、一所懸命働いてお金を儲けて、欲しいものをいっぱい手に入れても駄目よ、そんなん。思いが全然消えないのよ。
 同じ働くのだったら「神さまへの奉仕」という姿で同じことをすればいいのよ。
だから、お金儲けを目的にせずに、神さまへの奉仕の気持ちで、同じ仕事を同じようにしてたらいいのね。その気持ちの切り替えだけで、神さまの助けを大きく受けるのね。そして思いを消してもらって輝いた心に変えてくるね。それで幸せを大きく感じるのね。
 だから、お金儲けは、逆に言うと「人の思いをかぶる」の。
 神さまを相手にした時は、光だけを受けるのね、思いを取ってもらって光だけを受け取れるのね。
 同じ仕事を一所懸命しているのだったら、やっぱり「徳・得」なほうがいいよ。思いを取ってもらって光をもらえるほうがいいのね。
 だから「奉仕の心・ボランティアの心」で働く方がいいのよね。それをしたらお金が入ってくるのが少なくなるかというと、そんなことはないのよ、同じ額が入ってくるのよ。気持ちだけの違いなのね。


本1冊にも感謝

 皆さんね、例えばこんな本を一冊買う時に、お金を出して買った時に、神さまに感謝を忘れてるでしょう。それでこういう本を作って、用意してくださった人への感謝を忘れてるでしょう。自分がお金で買ったと思うでしょう。そしたら感謝ができなよね。それだけでも神さまの助けがなくなるわね、受け取ってないのね。
「自分がお金を出して買ったんだから」って、恩返しの心も起こらんわね。そしたら奉仕もできないね。
でも、最初に「これは神さまからのプレゼントなんだ」というふうに受けたら、真理の言葉って神さまからの無償のプレゼントよね、無限の価値のあるものをパッともらうのでしょう、真理の理解が早いのね。感謝できてるからね。

 また、この本を作ってくださったいろんな人への感謝があるでしょう。紙一枚にも感謝が、インクにも感謝できるね。全部感謝してタダでもらったらいいのよ。そしたら、神さまの助けをいっぱい受けるのね、感謝してね。次に恩返しの心が自然に湧き出てるね。そしたら、本を買うだけのお金を恩返しで「神さまの御用にお役立てください」って投げ出せばいいでしょう。恩返しの心で投げ出した分には、自分の思いがついていって全部消し取ってくれる。
 ちょっとの気持ちの切り替えだけで、同じことをしてて大きな「徳・得」をするのよ。無理は要らないね、自然な中で、気持ちの切り替えだけで、感謝も深まるし、神さまへの恩返しの奉仕もできるのね。
自然に神さまとの交流が図られて、みんなが早く幸せになれるのね。


自然な中で与え尽くしあう。

 難しいことを考えるのは全然要らないね。自分が一所懸命働いて何も食べずに神さまのために奉仕してって、そこまでせんでもいいのよ。
してもいいけど、はははは。した人はもっと「徳・得」するんだけどね、はははは。
 でも、そこまでみんながしたら大変よね、みんなが断食しだしたら、する仕事がなくなってしまうから。
 やっぱり、みんな平等にしたほうがいいよ、それだったらもう自然がいいよね。一人特別なことはなにもせんでいいよね。自然な中で与え尽し合いが起こるのね。
 ただ、中心に神さまが立って、神さまを通して与え尽し合うわけね。与える時も感謝して与える、受ける時も感謝して受けるのね。神さまを間にはさめばいいだけよね。


給料は神様から受け直す

 会社で働いてお給料をもらって、会社からもらったと思う人は損をしてるのよ。会社の「思い・業」をいっぱいもらうの。会社には世間の思いがいっぱい入ってくるのね、大儲けしてる会社ほど思いがいっぱい溜まってくるよ。だから、もらったお給料を一旦神棚へお供えするのよ、みんなね。
 昔からそうよね、神さまへお供えして神さまから受け直してたのね、みんなね。それは別に形にしなくてもいいけど、感謝して受け直したらいいのね。
 「このお給料は神さまから必要なものとして与えられたもの」というふうに感謝して受けると、全部の思いを消してくれるね。その思いの無いお金は輝いてくるね。

 銀行に勤めている人がお祈りしてくれるとお金がきれいになるんだけど、なかなかね、そういう人は少ないの、銀行に勤めだすと。先に思いをかぶってしまうでしょう、お祈りしにくいのよね。
銀行に勤めてお祈りできたら大したものよね。お金もきれいにしていかないと駄目よね。
そうするとお金も生きてくるね。







質疑応答

結婚して家族を持つ心構え

質問者:
 これから結婚して子供を持ちたいと思うのですが。家族を持つことの心構えを教えてください。

ありがとうございます:
 本当はみんな「神さまから必要な姿をとって、与えてもらう」というのがいいのね。子供でも「自分の子供」と思っただけで損するよ。古いものを掴んでしまうね、縛られてしまうのね。
「神さまが必要あって、子供の姿で現われて、自分の幸せを大きくしてくださる」というのがいいよね。
 だから、一瞬一瞬感謝して受け直すのがいいね。本当に子供を欲しかったら、子供を見て自分が幸せになるのだったら、小さく見ないほうがいいね。世の中の子供は全部自分の子供と見たらいいね。
 神さまがいっぱいの子供になって現われて、自分を幸せにしてくれているというぐらいの気持ち、大きい気持ちで子供に対してみてたら、幸せは大きくなるね。「自分の所有物」は必要ないね。
 所有物として掴むのは思いの心の方ね、思いの心は必ず子供が生まれて子供を持っても「自分の子供」って、子供を縛ってしまうでしょう。それだけで子供の自由を奪ってるから、必ず反動がくるね。今度は自分が縛られるのよ。それで苦しくなるのね。

 「子供を育ててる」というけど逆よね
 「子供に育ててもらってる」本当はそうなんよ。
 神さまが子供の姿に現われて、親を育ててくれてるの、親の幸せを護ってくれるのね。高いプラスのいい番組はそうなのね。

 昔、私の家の近くに、貧しいお店があったのね。小さい田舎のお店だから貧しいお店よね。店も繁盛してないし、売れないお店だけど。そこに小児麻痺の子供が生れたのね。貧しいところに小児麻痺の子供が生れたのよ。普通は「大変だ」と思うでしょう。
ところが、その小児麻痺の子供は、魂のすごく高い子だったのね。近所の人は「ああ、あそこは、また大変やなあ」と言うてたのね。
 私の後ろの神さまは言うのね「あの子が生まれたから、あそこは大繁盛して幸せいっぱいになるよ」と言うたのね。
 そうなの、その子が生れたら店がどんどん繁盛し始めて、みんな幸せになってしまった。
 本当はそうなのね、神さまが子供の姿をとって現われて、周りの人を全部幸せにしてくれるのね。これが本当の姿ね。それをマイナスに見てしまったら思いの心のほうよね。
だから、感謝の心で受けてると全部プラスになるね。子供からもいろんなことを学べるのね。親が子供に教えることは何もないよ。子供から教えてもらうのが本当なのね、これが感謝の生き方ね。

 だから、自分の周りの全てが「神さま」というふう見て、みんな自分に必要なことを教えてくれる先生なんだと見たら、一番「徳・得」をするのは自分よね。
 でも、思いの心に陥ったときは「自分が偉い」と思うのね、親だから子供より偉いと思うのね。大人だから子供より偉いと思うでしょう。これだけで高慢な心におちいるよね。そうすると上から下を見てマイナスに見てしまうのね。
 本当は、これは神さまに対しては無礼千万よね、万死に値することかもしれない「無礼者め!」と言われるかもしれない。そうすると子供が親不孝するのよ「まだ反省せんか」って。そういう姿も、番組の中にはそういうのもあるよね。
 全てがそうじゃないけど、いろんな番組は全部一人一人を幸せにするための神さまのプレゼントだから、どの番組を見ててもプラスにプラスに受けていけたらいいね。
 プラスに受けるというのは「神さまの現われ」と見ることよね、みんな「神さまの現われ」と見えたら神さまから受けてるからみんなプラスになるのね。
 だから、子供さんも「神さまの現われ」と見るのがいいね、幸せいっぱいになるよ。


ボランティア

質問者:
 ボランティアということについて、普通の生活をしていて、近所の道路を掃いたりするのはボランティアになるのでしょうか。それともここへ来てボランティアをすることが素晴しいことで、自分の周りでできることというのは、先ほどのお話のように「神のために」と思えればよろしいのでしょうか。

ありがとうございます:
 ここへ来てしてもらう目的は「神さまへの奉仕」という姿をとれるように、その練習なのね。
 世間でいうボランティアは人の為にしてるでしょう。自分の仕事は別にしてて、余った力で人の為にボランティアをするのね。これでは神さまを間に置いてないから駄目よね。
 本当に「神さまへの奉仕」という姿をとれるんだったら、自分の家に帰っても、仕事も奉仕、何もかも奉仕でないといけないね。それでないと本物とは言えないのね。
 「自分の全てが神さまへの奉仕」という姿をとったら本物ね。ここは練習の場所よ、いろんなことをさせてもらうけどね。

質問者:
 ここに来れる人は少ないじゃないですか。

ありがとうございます:
 ここへ大勢来たら困るよ、仕事がなくなっちゃうじゃない、今でも仕事を作るのに忙しいのに。
 練習よ「神さまへの奉仕」という気持ちになるための練習ね。

質問者:
 偶には練習に来てもいいんですか。

ありがとうございます:
 いいです、はははは。


お金

質問者:
 お金のことなんですけど。日本一の大金持ちと言われる方が書いた本ですが。世間の人はお金に対する感謝の念が足らない。拝金主義という言葉もあったりして、お金を馬鹿にしているけど、お金というのは神さまが創った最高の知恵であるから、お金自体にもっと感謝しなきゃいけないということを書いておられます。お金に感謝するということに抵抗する心が自分自身にもあります。それぞれの役割自体に感謝するべきなんでしょうか。

ありがとうございます:
 本当は、神さまの世界はお金が要らないのね。与え尽す極楽世界にはお金が無いの、お金を間に挟まなくても必要ないわけね。
 この世の中にはお金があるけど、お金というのは、人と人との約束事よね。これだけ働いたから、これをお金に代えて持ってて、必要な時にそのお金を別なものに変えていくという約束事なんよね、お金はね。
 最初から与え尽し合う心になってたら、お金は必要ないよね、みんなタダでいいのね。そんな無駄なものを使わなくてもいいのね。みんなを信じて与え尽すだけでいいでしょう。それで必要なものをみんなから与え返してもらうから、みんなが幸せいっぱいになるはずよね。

 ただ、この世でも、感謝を深める意味ではお金に対してだけじゃなしに、全てに対して感謝をしたほうがいいよね。感謝すればするほどお金も汚れがついたら清らかになって輝くし、必要がなくなったら消してもらえるから。そしたらお金なんか無いほうがいいじゃない、無いほうが必要なものがそのまま入ってくるほうがいいじゃない。お金を使わないと必要なものが入ってこないんだったら、ちょっとスピード化からみると困るじゃない、遅いじゃない。本当に必要なものがサッと入ってくるのがいいじゃない。
 ご飯が食べたいと思ったらご飯がサッと出てくるのがいいでしょう。お金を持って米屋へ買いに行って、それからまた作ってというと大変じゃない。だから、お金は本当は無いほうがいいのよ。
 本当に助け合える人同士だったらお金を間に挟まないね、家族同士でお金のやり取りはしないでしょう、友達同士もお金のやり取りはないよね。いいものを与え合うだけだから。
 でも、お金のある間は感謝してもいいよ、感謝すればするほど良くなるからね。


怠け心には友達を活用

質問者:
 怠け心がすぐに出て、大きな気持ちになりたいなと思います。そういう時はどのようにすればいいのですか。

ありがとうございます:
 そういう時はね、こういう与え尽す心の練習をしてる場へ入ると、それがスッと出てくるのね。やっぱり相乗効果というのが起こって助けてもらうのね。自分一人だと、そういうふうになったときはちょっと時間がかかるでしょう。
 朝でも、早く起きてお祈りをした方がいいと思っても、ちょっとよけいに寝るとお祈りがしにくくなるでしょう。前にサッと進めばいいのに、ちょっと前へ進んだらいいのに、そのほうが楽にスッと行くのに、ほんのちょっと後ろに下がるだけで駄目なのね。そんなものなんよね。
 だから「仲間」というのがいいのね「仲間がいる」というのがね。誘い合える仲間、いいことをしようという仲間がいてると一緒にすればいいのね。

 お祈りもそうよね、一緒にお祈りをしようとしたら眠たかっても起きて行くよ。何か奉仕作業をしようと言うと、誘いあって行けたら、それで前向きになったら全部そういうマイナスも消してもらうから楽になるわね。そういう時のために、みんな友達や仲間がいるのね。そういうのは友達を活用することよ。


選択に迷った時

質問者:
 自分にとって必要な人間とか、そうじゃない人間は、選りすぐるには「ありがとうございます」でよろしいのですか。

ありがとうございます:
 迷う時は「ありがとうございます」と唱えて、神さまの助けを受けるのね。神さまに「本当に必要なものは何か」と決めてもらうほうがいいよね。神さまの助けが入ったら、自然に一つに定まってくるね。
 そうすると楽にスッといいほうを選べるね。


神様の助けでボランティアができた

質問者:
 今日、ボランティアをさせてもらって、昨日は二時間ぐらいしか寝てませんでしたので、ありがとうございますのお話を聞こうと思ってましたら、ある人から「行くで」と言われて、やってきたんですけど。
 前回の台風の時に、ありがとうございますのほうから「ボランティアというのは、全責任をかぶる気持ちでやらないといけない」と言われ、現場責任者のように、じゃないですけど、丸太運びがきつくて、ありがとうございますの言われたこと「自分は現場責任者だから」と我慢してやらなきゃと思ったんですが、一人前ぐらいしかできなくて、他の人のほうが凄いなと思ったんですけど。それは自分がまだ神さまに全託してないからかなと思ったのですが、やっぱりそういうことなんでしょうか。

ありがとうございます:
 今まで丸太運びをしてないでしょう、はじめて今日するわけでしょう。はじめて責任者をするって、はじめての割にはすごい力を出してるのよ。次したらもっとすごいよ、すごい力が出てるよ、今度はね。それを繰り返すうちにものすごい力が出してもらえる、神さまの力が降りてくるね。
 今日はすごい進歩をしたんじゃない、それで。ほんと、すごいと思うよ、それってね。
 普通、感謝して、奉仕の心を起こさずにしたら、みんな嫌ですぐに辞めてしまうよ。やり通せたということは、すごい神さまの助けがあったんじゃない、それね。

質問者:
 本当はちょっとやりたくなかったんですけど「行くで」という声が聞こえたので、その方に感謝しなくては。

ありがとうございます:
 普通は、もうクタクタでこんなところへ座ってないよ。疲れはないでしょう、もう全然。不思議よね、これもね。

質問者:
 昨日、50kgぐらいのものを持って肩がパンパンになってたんですが‥‥

ありがとうございます:
 消えてしまったでしょう、それね。(Q:そうです)50kg以上持ったよね、今日はね。50kgで疲れた体が全部きれいに癒されてしまうのね。、

質問者:
 水があんなに美味しいのかなと。

ありがとうございます:
 梨も美味しかったしょう。


人の為にお金儲け

ありがとうございます:
 これね「お金儲け」という気持ちで仕事をしなくても「人の為に」と尽してたら、働けば働くほどお金は入ってくるよ。入ってきたお金を毛嫌いして拒絶して断らなくていいよね。必ず必要なお金は入れてくれるから「ありがとうございます」って受けたらいいのよ。
 働きをどんどん大きくしていくと、お金は沢山入ってくるはず。お礼で入ってくるはずよね、だからもらったらいいよ、沢山ね。

質問者:
 それを期待したら‥‥

ありがとうございます:
 期待せんでいいよ、期待せんと働いていてごらんよ、人のために尽しててごらん、必ず必要なお金が必ず入ってくるから、心配ないよ。金欠病には絶対ならんからね


鬱病

質問者:
 職場でのストレスなんですが。鬱病にかかって、十ヶ月ほど休んでいるのですが、十月から復帰するつもりなんです。ただ、今の自分では戻ってもまた前と同じようになってしまうのではないか。自分が変わらないと同じことになってしまうという思いが強くて不安で仕方がないんです。
 どうすれば職場や家庭で、良いように過ごせるようになるのでしょうか。男性

ありがとうございます:
 会社へ行って働いてお給料を目的にすると、いろんな思いをいっぱい背負ってしまうね。
 その思いを背負うだけでも大変なのね。鬱病になるのもそういうのが原因があるのね。
 会社で働く時に「会社への恩返し、みんなへの恩返し」という気持ちだけで働くのね。そしたら思いをかぶらなくなるね。そして働きも良くなって大きくなって、みんなを喜ばせるのよね、すると感謝が返ってくるね。どんどん思いも消してもらえるのね。そして、後、お給料をもらっても、これも感謝で受けたら思いは全然かぶらないね。そしたら心がスッキリするのね。
 だから、ボランティアの心で会社へ行けばいい。お金儲けじゃなしに、お金をもらうためじゃなしに、みんなへの恩返しの気持ちだけで会社勤めをしてると、そのうちに気持ちが晴れて、もう全部プラスに受けられるようになるね。そしたら周りの人はみんな喜んで感謝してくれるよね。


家事をしたくない

質問者:
 いつも洗濯や掃除を先にしたらいいと思うのですが、いつも疲れてやる気がなくなって、あまり主婦に向いてないなと思ってるんですけど。なんか体がいつもしんどくてダラッとして、テレビを観てしまって。ありがとうございますの本を読んだら、身を粉にして働いたら極楽に行けると書いてたし、働かないといかんと思いながらも体がしんどくてダラーとして、家の中の整理整頓もできなくて。それでいつも悩んでいるんです。どうしたら生活態度がよくなるのでしょうか。

ありがとうございます:
 思いの心で仕事をすると義務的にするのよね、それで自分を縛ろうとしてしまうね。
 そうじゃなしに、一瞬だけご飯を作るお手伝いをさせてもらったというと嬉しいよね、楽しいでしょう、それで疲れないよね。
 「神さまのお手伝い」という形で一瞬ままごと遊びをさせてもらう。それを一瞬一瞬続けるのね「ああ、嬉しいな、楽しいな」ということでね。そしたら全然疲れなくなるのね、そして楽しくなってくるね。必ず神さまが応援に入ってくるから、それが楽しいの、湧きあがるような楽しさが出てくる。そうすると時間の経つのを忘れる。
 だから、「一瞬一瞬を生きる」というのが大事よ、何をするのでもね。掃除も同じね、何もかもそうなんだけど。一瞬一瞬を神さまにさせていただいて「ありがとうございます」って「ああ、嬉しいな、幸せだな」というふうにしていくと、時の経つのを忘れて、もう楽しいばっかしになってくるね。


神様の通知簿

質問者:
 私は自分はできが悪いと思ってるんですけども。ありがとうございますを知ってから、私って捨てたものではないなと思えるようになったんです。
 実は、学校の成績でも姉なんかは「優秀」と書かれるのに、私は「素直と明るい」だけしか書かれたことがないんです。ズーッと小学校からそればっかりなんです。そしていつも劣等感を持ってたんです。
 「あんたは、素直と明るいだけやね、私は褒められることばっかり」本当に成績はこんなに違うんです。いつも家では卑屈な感じだったんです。でも、人との出会いが、ここにいる主人もビックリするんです、すごくいいんです。勤めに行っても、ものすごく同僚にいじめられるんですけど、上の人がポンと助けてくださるんです。今まで順調に行ってたんですが、期待してた娘が家出をしてしまって凄い悲しいんです。
 それが今ここへきてありがとうございますのお話を伺って、これは私や娘を高めるために、神さまがステップアップしてくださったんだなと、すごい感謝をできるようになったんです。

ありがとうございます:
 そうよね、家から出たのと違って、自分の家が広がったのね。庭が広がったみたいよね。
 それは素直さと明るさのお蔭よね。神さまの通知簿は最高だったのよ。

質問者:
 「すごい幸せな能天気」と言われて、私はやっぱり幸せだったんだなって、すごい感謝できました。
 ありがとうございます。


仕事の選択肢

質問者:
 仕事のことですが。別の道を考えて探さなきゃならない時。それまでの状況は自分がつくってきたと考えた時に。神様が教えてくれて見つける道があると思うのですが。そういうのは一つの気づきみたいに考えてやっていいのでしょうか。

ありがとうございます:
 どんな場合も「ありがとうございます」をもっとしっかり唱えてから決めると、心がグーンと広がるのね。今「仕事、仕事」って縛られてるでしょう。それよりもっと大きく「本当は神さまの仕事ってどんなものか」が気づいたら、もっと自由な心で選びやすくなるのね。

質問者:
 いつも一つしか出てこないのです。

ありがとうございます:
 本当は無限の選択肢がいつもあるんだけどね。どれを選んでもいいように無限のものが受けてくれるのを待ってるんだけど。それを感謝してると、神さまのほうが一番いいものを選ばせてくるよ。
 そうすると道がスッと開けるけど。それも一瞬一瞬変えてもいいぐらいなんよ。
 だから、ちょっと感謝行をしてから、閃いてくるように動かれたら、同じ一つのことをしてても、また新たに受け直して道が開けるのね。
 感謝を忘れるとのめり込んでいく、そこにはまり込んでいくと、選択肢がなくなって暗く落ちていくのね。
 感謝を加えたら必ず道が開ける。他のを選ばなくてもそうよ、それをずっと持ってても。それを新たに新たに受け直すことによって、古いものを新たに置き換えるだけで道が開けるんですね。
 だから、古いものにあまりこだわらないほうがいいよね。行き詰ったら過去を掴んでいるだけでね。
 新たに出でてくるものは、みんな未来がもういっぱいなのよ、揚々としてるよ。
 感謝を加えたら逆になるのよ。一つのことを今しようとしてるのが、それが無限に広がるよ。枝葉に分かれていくと無限になるね。


親より先に子が亡くなった時

質問者:
 「世の中で起こる全ての責任は自分にある」ということですが。親より先に子供が亡くなる。その時に、やっぱりあんなに可愛い子供を亡くしたら、感謝と言われても、やっぱり悲しい。それはどういうふうに考えたらいいのですか。

ありがとうございます:
 「みんな自分の過去に積んだマイナスを身代わりに背負って助けてる姿」と受けるのが、自分に責任を持ってくることよね。「みんな自分の身代わりに、加害者も被害者もいろんな姿で自分を助け続けてくれた」というふうにみたら、もうありがたいばっかしね、感謝だけでしょう。
 自分が悪役になっても大変だし、被害者になっても大変でしょう。因縁因果って、厳然と働く番組があるから。悪いことをしたら悪いことが返ってくるし、人を殺したら殺されるね。必ずそういう因縁因果で動くからね。それをみんなが身代わりに、自分のマイナスを背負って消してくれたと観たらいいわけね。そういう番組ではそうよね。
 だから「ありがとうございます」というのが、全責任を取ることになるね。
 ありがとうございます。











ar83宗教の必要性2000.7.1

【これからの時代、宗教というのは必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 どうでしょうか。宗教という言葉は、逆に見ると「教えの元」というんですね、教えの元というのは神様ですよ。そういう意味だったら本物の神様が必要です。絶対必要なんですよね。ただ、教えというのは、直接神様から来ているというわけじゃなく、ピンからキリまであるの、いろんな教えがあるんです。

本物の神様の教えと、本物から外れた教えと、いろいろあります。本物の時代になると、本物の神様の教えは必要なんです。それは教えというよりは、元の神様の働きなんです。教えを越えて、みんなを本当に幸せにしてくださる。本当の神様の働きが必要になってくるわけね。だから、今までのような人を縛る教えは、どんどん必要がなくなって消えていくと思うんです。そして、中から湧き上がるような本当の神様の助けが、これから必要になってくる。教えじゃなしに、神様の本当の働きというのが、これからの宗教の姿になって出てくると思うね。

 それともう一つは、今までは、模型的に神社とか仏閣、仏像なんかもそうですけど、本物の模型として、今現れでる姿がいっぱいあるんです。その模型を本物と見間違うと、間違った偶像崇拝になるんですね。本当の神様はどこにいるかというと、宇宙全体にどこにでも満ち渡ってるわけだから、小さく模型を作っても、その模型は本物の神様じゃないのね。模型はあくまでも模型です。ただ、その模型を必要とする時は、例えば、地球の勉強をするのに地球儀があるように、「地球儀があった方が勉強しやすい」という人には、模型も必要なの。本物を見るようになった人は、もう模型は要らないです。そういう意味だったら模型的なものは、どんどん必要なくなって消えて行く。本当に必要なものだけが、本当の神様だけがさん然と輝いてみんなの前に出てくるとのです。

 これからそういうふうになって行くと思うね。だから、一切の縛りのない本物を輝かせた姿で神様がみんなの前に出てくる、そういう宗教は必要ですよね。だから、もう「宗教」という言葉は、今までの概念だとちょっとマイナス的なエネルギーもあるんで、縛る教えじゃなしに、本当に「自由に開放するような神様の働き」というふうに捉えたら宗教の中身が変わってくるかも知れないですね。



供養


【人が亡くなった時に、ひと七日、ふた七日、四十九日、百か日とかいろいろ供養しますよね。それはどういうふうに思われますか?結局、縛られる・囚われるという思いになるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうですよね。これはお釈迦さんの教えとはちょっと違うんです。お釈迦さんは「悟りを開く為にはどういう生き方がいいか」って、悟りを教えているのね。肉体が死んで魂が抜けてどうのこうのじゃないの。本当の元の根本を、しっかり見定めて、悟りを開くにはどうしたらいいかってね。本当は「みんなは悟ってるんだ」っていう見方の方が正しいです。だから、迷いの姿を先に掴んでしまうから、そして「亡くなった人が迷っているから、救ってあげんなん、いろんな供養をせんなん」とかいうふうに、迷いを前提にして掴んでしまうと、本当は亡くなった人というより、本当の人に対して失礼なんです。「みんな神様と一体で、みんな既に悟っているんだ、無限に輝いているんだ」というふうに拝んで受ける生き方の方が、正しい受け方です。



お仏壇へのお参り・お花の向き


【という事は、もし仏壇にお参りする時は、「いろいろ力添えをくださいましてありがとうございます」というような感謝の述べ方のほうが、御先祖様も、いろんな方たちの魂も喜んでくださるのでしょうか? またその方に、例えば「・・さんありがとうございます」というのが最高の言葉になるんでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね。みんな「ありがとうございます」という神様と一体なのです。本物の神様の現われと見るんだったら「みんな天照大御神様」というふうに見た方がいいね。無限に輝いているというふうにね。「ありがとうございます」というのはそういう事なの。だから、その仏壇も模型なんです。本物の世界の模型になっているわけよね、中心にご本尊さまがあって、その回りを御先祖様が悟った姿で輝いて「自分を護りに譲ってくださっている」という見方の模型なんです。模型であっても、荘厳な姿をとっているでしょう。お供え物でも全部向こうへ向けてないのね、みなこちらへ向いているでしょう。全部向こうから自分に対して与えて頂いているという意味の模型なんです。



【お花なんかも確かに私たちのほうへ向いてますよね、何故何だろうと思っていました。「死者に手向けるのであれば向こうへ向けるはずなのに」と思ったことがあったんです。】

ありがとうございます:
 全部自分の方へ向けてもらっているのね。だから神様、仏様から「一瞬一瞬最高の素晴らしいものを与え続けてもらっている」いうのを確認する模型なんです。ただ、誰も仏壇の中には入ってないんです。そういう小さい中に入ってないの、本当の力ある宇宙大の大きい神様が入れるわけがないよね。模型を通して、本当の姿を思い浮かべる意味で、手助けになるのね。そういう意味で模型を使うわけ、だから「ありがとうございます」が本当の意味で正しい、ご先祖様への心の向け方よね。「ありがとうございます」と言ったら、「ご先祖様のすべてがみんな悟っている・無限に輝いている」という受け方になるのです。ただ、模型は別に必要だったら使うんですけど、必要なくても破壊する必要はないですね。後から必要な人が出てくるかもしれないし、本当に必要がなくなったら、世の中全体から必要なくなったら、自然に消えるかもしれない。それまでは大事に残しておくのもいいですね。



【やはり、社会通念上、破壊というのは出来ませんしね。】
ありがとうございます:

 そうね。はい。


【古神道も神棚は必要なんでしょうか?】



ありがとうございます:
 うん、まあ模型としてですからね。だから必要な人はそれを使っていいと思うんです。何もないよりあった方が思い出しやすいでしょう。ただ、どの神社・どの神棚でも、本当の対象は本当の神様でないといけないでしょう。いろんな神名が出てくるんですけど、神社でも神名がそうでしょう。その神名の奥に本当の神様が働いている、本当の神様のいわば分身として、すべての神様が助けてくださっているんです。だから、どの神社にお参りしても、神棚にお参りしても「ありがとうございます」でいいのです。「ありがとうございます」で全部に通じるのね。



何故「ありがとうございますの話」が聞けるようになったの?



【二年ほど前から「先生のお話を一般の我々に教えをいただけるようになった」ということなんですけれど、ずっと最初からではなく、何で、最近に表現されたのか、何かの動機があったと思うのですが、その理由をお伺いしたのですが?】



ありがとうございます:
 昔は全国を飛び歩いて、お話しに回っていたのね。でもやっぱり「お祈りが一番大事」ということで、どんどんそういうのを減らして、お祈りだけに専念してきたのです。深く深く祈る為にね。また、みんなが本当に感謝の心を起こせるように、本心を引っ張り出す意味でのお祈りを、ずっとお祈りだけに専念してきたのです。
いろいろお話するのもいいんですけど、やっぱりお祈りの方が力があるんです。深く祈るお祈りというのが大きい力があるのね。そういう意味でお祈りだけを選んで、他のことを一切何もしないという気持ちでしばらく続けてきたの。でも、私一人が祈るよりも、大勢の人がお祈りしてくださる方が、力が増えてくるでしょう。

 そういう意味でお祈りができるように、本当のお祈りを、神様に力を引っ張り出してもらっている人が増えてきたという段階です。また、みんなに再確認して、一生懸命祈ってもらう意味で、神さんが必要と認めてもらえるのね。私をみんなと出会う働きに使ってくださると思うのです。でも私は、やっぱりお祈りが一番大事と思っているの。みんなが大きい本当のお祈りをしてくださるのも大事なことなんで、お祈りの時間を割いてでも、こういう話しの場を神さんが与えてくださったということなのね。私もみなさんと出会うのは一番嬉しいです。「あっ、こんな立派な方が沢山いらっしゃるんだ」と心強いですからね。



何故?断食を・断食の様子

【三週間の断食をされたということですけど、どんな様子なんでしょうか。】



ありがとうございます:
 そうね私は小さい時から、いろいろ耐乏生活を体験させられて、一日一食を、食べられるかどうかだったの、それも粗末な食べ物です。だから食べることに関して余り「あれ食べたい、これ食べたい」なんてないんです。それで二十歳過ぎから「命を神さんに捧げて、平和運動を一生懸命しよう」というふうに考えてお祈り一筋になってたんです。そうすると「人の病気治しを一杯頼まれるでしょう」もう寝る時間がないくらい忙しいのね。夜中まで電話で叩き起こされたり、もう一杯電話かかってきます。祈る時間が一分一秒惜しいので、寝食忘れてお祈りする方を、人助けの方を選んだのです。中途半端に食べるとなると、食べる時間がなくなってしまうんです。この時間に食べようと言ってもお客さんがきたら、いつの間にか食べられなくなる。食べるのが億劫になってしもうて、面倒くさくなり、「丸薬一つで一年ぐらい持てばいいのに」と思うくらい、そんな気持ちになってしまうのね。



【四週間の内に三週間は断食されて、一週間は思いっきり食べてと、伺ったんですが。】

ありがとうございます:
 思いっきりでもないですけど、はははは。



【それを繰りかしえて、一番長いのは、百日も続けられたと。それが出来るものなのかというのが不思議なんですけど。】

ありがとうございます:
 不思議なのね。出来るんです。それだけ力を与えてもらって、助けてもらっているのね。それも私は何もしてないんじゃなく、ジーッと座ってるわけでもなく、人の三倍ぐらい力仕事を一杯してるのよね。朝・昼・晩と、いろんなアルバイトしては、寸暇を惜しんで、もう祈って祈って、睡眠時間を殆どないぐらい削って、頑張ってたのね。普通だったら死んでもおかしくないぐらいなんだけど。それでも、「ちゃんと譲ってもらえて、力を添えてもらった」って感じだったのです。そういう意味でも「ありがとうございます」の力って凄いなあと思うの。限界をいくらでも破ってもらえるのです。



【百日やって、神様を試されたんですか?】

ありがとうございます:
 神さんの助けがどんだけあるかって。断食するのは、神さんの恵みを拒絶することなんですね、よくないです。いつも注意されていたのね。与えられたものを感謝して受けるのがいいんです。私の場合は、我が強かったんだと思うの。とことんやり抜かないと気が済まないところがあるし、また神さんの護りはどんなもんか試したいところもあるし、いろんな意味合いがあったのね。これも私だけじゃなく、人類一般が「何か修行しないと悟れないという我がある」じゃないですか、そういう我を消す意味もあっての事ですね。神さんに、「修行しなくても悟らせてもらえる」という、本当の意味のやさしい救われの方法を与えてもらう意味でも、「我を消すこと」が、ある一面で必要だったと思うのです。それで断食を無理矢理「させられた」のじゃなくて、自分が「してしまった」のね。断食や、またいろんな行的な修行なんか必要ないと思うね。何もしない方が、神様の救いの働きを邪魔しないのです。本当は何もせん方がいいのね。



本当の祈りとは




【「本当の祈り」と先程おっしゃいましたよね。私は「ありがとうございます」を、ただなんとなく言っているだけですが、「本当の祈り」とは、呼吸の部分の心の奥まで染み入るような感じの祈り、そういうような感じなのでしょうか?】

ありがとうございます:
 祈りというのは、神様の命の宇宙創造の働きを指しているんです。本当の祈りというのは、神様の宇宙創造です。最高の宇宙を創り出す神さんの働きが祈りなんですね。「本当の祈りをする」というのは「それと一つに同化して一体化する」ということ。だから、それを受けないといけないね。「受けて一体化する」というのが本当です。



【受ける為にはどうすればいいんですか?】

ありがとうございます:
 だから「ありがとうございます」と唱えて、「神様の働きと一つに一体化させていただく」のね。「ありがとうございます」を唱え続けていると「無限に無限に輝いた宇宙が感じられてくる」のです。



【そこまで「ありがとうございます」を言い続けなくてはいけない?】

ありがとうございます:
 その「最高の宇宙の姿を感じ取ること」なのね。だから、一心に、「ありがとうございます」を唱え続けた方が、早く感じられるようにしてもらえるんです。


周囲の人もチャンネルが上がる




【この間の話で「ありがとうございます」と言っているのが、チャンネルの段階を上げるのに、一番の最短コースだというお話をされてたんですけど。周囲の人間が上がって行くと、その間にいる人間も自動的に上がっていくものなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですね。本当は一人一人の自由な意志があるんです。回りの人は「上がりたい」と言っても、自分は絶対「上がりたくない」という人もいますよね。ただ、回りにお祈りで「上がりたい」言う人がネットワークを作ってしまうと、その網から下へ下りられなくなるときがあるの。網で救い上げてもらうような感じで、上がってしまうのね。昔はみんな一本釣りなのです。本当に「神様に助けてもらいたい、救われたいという人は」一心に神さんにすがって神様から命綱をスッと下ろして、引っ張り上げてもらっていたの、一対一よね。それは本人の真剣な自由意志を尊重して神さんが助けるんですけど、数が少なかったんです。

 今の時代は、特に『神様の本当の助けを受けて、悟りを開いて、自由自在な生き方で、最高の番組を味わいたい』という人が増えてきているのね。だから、「大勢向上したい」という気持の人が増えてくると、もう一本釣りじゃあ間にあわない。特に、先にお祈りをし始めた人が、心のつながりを持って、祈りのネットワークを作ってしまうと、ちょっと「救われたい」と思うだけで、そのネットワークに乗ってしまえばいいのです。その中には「下へおりたい」という人も混じっていても、一緒に上がってしまうと、「やっぱりマイナスよりプラスの方がいいな」という気持ちに変化するのね。その内お祈りの方へが向いてくると、みんな一緒にスーツと救われるのです。



【会を作って、みんな一斉に「ありがとうございます」を言ったら、何百倍何千倍になりますよね。そうするとこの中の人達が「ありがとうございます」ってここで三十回ずつ唱えようとしたら、五十人の五十倍で二千五百倍になるんじゃないかと思うのですが。】

ありがとうございます:
 そうですよね、祈りは必ず相乗効果が起こすんです。二人だったら2x2で4倍ね、3人だったら3x3が9倍にね、もの凄い力やね。



【だから、ここで一斉にみなさんで言ったら、いいかなあ、と今フッと思ったんですけど。】

ありがとうございます:
 それはそうです。またみなさんも地元へ帰られて、お祈りで一緒にやる人があったら、ちょっと時間を決めて一緒に「ありがとうございます」を唱えられたら、凄い力を発揮しますよ。




大勢の人との祈りの時間・場所・仕方・回数

【同じ場所にいることが大事なんですか、各自家にいて時間を決めてやるのか。】



ありがとうございます:
 それでもいいんです。ただお祈りは、時間、空間を越えるんです。時間が違っても心がつながっていたら、いつでも祈っていると、ネットワークが生まれて、助け合いの相乗効果が起こるんです。どの場所でも一つにつながるんで、場所は関係ないのです。だから、自分一人で祈っているのではなく、仲間が一杯いてるんです。だから、自分が祈れない時は、みんなが代わりに祈っていて、神さんの光どんどん流してくれているのね。



【例えば、もし私が病気しているとすると、みんな仲間がただ何となく言うのか、それとも私に対してどこが悪いから、よろしくお願いしますという「ありがとうございます」をたくさん言うのか。何も考えなくて、ただ、ただ、もう自分で祈ればいいということですか?】

ありがとうございます:
 いやいや、何も思わなくて、ただ神さんの働きがみんなを通して働くのね。だから病気をしている人に対してでも、その病気が本当に消えた方がいいんだったらスッと消してくれるね。でも、その病気が何かの意味で必要だったら、ちょっと残してくれるのね。その病気の必要性もいろんな意味があるの。心の勉強でもあるんですけど、いろんな勉強です。

 また、自分が病気をすることによって、例えば、自分の子供が働き者になるでしょう、親孝行のね。母親なんて特にそうやね、自分が全部仕事をしてしまうと、子供に何もさせないで終わるじゃないですか、その時は神さんがわざわざ病気にさせて、動けんようにしといて、子供に親孝行させる意味もあって、いろんな能力付ける意味もあって、家事手伝い全部させるのよね。そうすると子供にとったら大きいプラスになるの。そこまで仮病使って芝居できないでしょう。それが出来るようだったら別に本当の病気をしなくもいいんだけど。だから、いろんな必要性がある場合があるのです。やっぱり病気が必要だったら残してくれるし、なかったら病気はすぐ消してくれるしね。それは自分の方で願わなくても、神様の方で必要なものを的確に与えてくださる、助けてくださるんです、大丈夫ですよ。



【神様は微に入り細に入り、全てを与えて頂けるですね。】

ありがとうございます
 そうですね、本当に必要なこと、幸せに必要なことを与えてくださるのね。



【私の経験でも今のようなことがありました。母が重態で危篤で一歩手前、あと四・五日で命が危ない時、それを聞いた夜に仏壇にお祈りをしました。その時私は「このまま死んじゃってもいいけれど、それが最善であればそうしてください」「まだこの世にやることがあるのだったら、もう少し生かせてください」と、生き返れとは強く思わなかったんです。もうお任せしました。そうしましたら今はピンピンです。あの時は、赤ちゃんのように「ここ何処?」ってとても素直に、生まれ変わったと思います。その時僕は、祈りというのは素晴らしいんだなあと感じました。】

ありがとうございます:
 そうねえ…。祈って「・・してください」と願った時でも我を出さない方がいいんです。自分の願いと神様の願いは、ちょっと違うの、ズレることがあるのね、だからお任せの方がいいんです。お任せが一番いい状態になりますね。



【「ありがとうございます」の数は一億回とおっしゃいましたけど、数えるのが出来ないですけど、やっぱりカウントしなくちゃいけないですか?】



ありがとうございます:
 いや、自分の祈るぺースというのは大体わかるじゃないですか。ある時期、ちょっと数えるでしょう、それと同しペースだったら大体ね。



【それが解ればもうね、はい、わかりました。】

「お任せ」と「プラスのイメージトレーニング」

【自分がプラス思考、自分でイメージを持って、とか言われていますが。自分で持ったイメージというのは、もしかしたらマイナスに働くことがあるという事を考えたときに、神様への全託ということになる「お任せ」というのは、自分ではプラスのイメージを持たなくても、自分にとって一番プラスの状態を与えてくださるのですか?】

ありがとうございます:

 そうですよ。イメージトレーニングというのが流行ってますよね。人の描く「思い」というのは、それは「雲」のようなんです。プラスに思うのは「白雲」、マイナスに思うのは「黒雲」。でも、それは太陽から射し込んでくる光とは違うのね。だから、思いの力がないと崩れるのです。太陽から来る光は、無限に新しいものがどんどん出てくるでしょう、絶対なくならないよね。

 「神様にお任せ」というのは、太陽から来る光を浴びること。だから永遠に幸せが崩れないし、そして最高のものが降りてくるでしょう。でも「空の雲」は光と比較しても大したことはないよね。なんぼ「白雲で明るい」と言ったって、光と比較できないし、本当の幸せ、という所まで行かないよね。

 だからイメージトレーニングでその思いを実現しても、もう感謝に生きる人から見たら馬鹿らしくなるわね。だから無限に素晴らしいものを感謝の心で受ける方がいいですね。一つのことを自分の思いで実現したって、ちっぽけなもんだから。だからプラスに思うのもいいんですけど、マイナスに思うよりいいわけですが、それよりもその思いも消してもらって、感謝の心を深めてもらって、無限の光を浴びる方がいいよね。そういう意味だったら感謝に生きるだけの方がいいですね。イメージトレーニングもプラスに思うこともいらないよね。感謝だけで最高の神様の光を浴びられるのです。



【そうしたら「こうしたい」「ああしたい」「こうなりたい」じゃなくて、「この仕事をしたらどう」と流れてきた場合、もうすべてお任せコースで淡々と「はい、ありがとうございます」と受ける。例えば受験に失敗しても、「ありがとうございます」、また次に受けたときに、受かって「ありがとうございます」という感じでやっていくということなんですか?】

ありがとうございます:
 そうよ、それが一番の幸せの最短コースよね。神さんの新しい働きをズーッと受け続けて、一番いいようにしてもらえるね。



【受験でも具体的に願いを持たないでいい?】



ありがとうございます:
 もうすっかりお任せがいいですね。だから「ここへ入りたい」じゃなしに、入れなかったら入らない方がいいのね。入れるのと、幸せとは関係ないのです。入らないのが幸せになるのだったら、絶対入れてくれないよね。それが全て神様の譲ってくださった姿ですね。



【やっぱり落ちた時はどっと落ち込みますし、そこを「ありがごうございます」で全てを受け入れる。回りから見たら負のことでも、「ありがとうございます」と受け入れる心になればいいなと、思いながら今聞いてました…。】

ありがとうございます:
 だから感謝を練習して感謝が深まると、マイナスもプラスに見えてくる。万病をかかえても「ありがたい」となってくる。それはもう一切のマイナスは見なくなってくるのね。だから幸せな心は何があっても幸せなの、絶対崩れない。神さんの与えて来る本当の無限の無限の幸せというのは、心の幸せなんです。その本当の幸せな心は、もう地獄に落ちても幸せそのものなの、無条件で幸せが出てくるの、幸せな心が湧いて出てくるのです。

 

「池田小学校の事件」の受け入れ方




【池田小学校の事件を思うと、自分の中でどう考えたらいいかという時に、犯人に対しても、犠牲になられた人に対しても、いくら「ありがとうございます」でと思ってもやりきれない自分があのですが、先生はどのようにお考えですか?】

ありがとうございます:
 人ってね、過去にやっぱりマイナスの言葉を一杯使い過ぎています。だからマイナスの言葉はマイナスの放送番組と波長が合って、マイナスの面を味わうようになっているんですね。だからどれだけマイナスの言葉を過去に積み重ねてきたか、心にどれだけマイナスの心があるかって、これはもう無限に近いよね。そうすると、本当はマイナスの言葉に波長の合う世界って、地獄のどん底かもしれない。そしたら、この世のいろんなマイナス、いろんな姿を見ても、地獄と比べると万分の一の軽さよね。

 本当は、自分は犯人のような姿をとる可能性もあるかもしれないでしょう。また被害者の姿をとるかもしれない。でも今の自分は、それをせずに済ませてもらっている。だから大難を小難にして、さらに小難を無難にして、「護りに護って頂いている」というような受け方の方がいいですね。「みんな自分の身代わりなんだ」、「犯人も被害者も、どちらも自分の身代わりで、助けてくださっている神様の愛の姿なんだ」というふうに見た方が、「ありがとうございます」で全部に感謝できます。

 そうすると、自分の心の中のマイナスも「この事件を通して大きく表面に浮かび上がらせて消して頂いた」というふうに受け止められるよね。そしてプラスヘブラスへ自分の心を向け続けてもらって「神様の最高番組を味わえるように早くしてもらえるんだ」とね。もう全てが感謝につながってくるね。感謝で受け止めて行くのが一番いいです。それをマイナスに使ったら、自分もマイナスの番組に波長を合わせて行くんだし、また犯人を責めても、犯人を幸せにすることは出来ないね。被害者に「可哀相に」って言ったって幸せになれない。みんなが幸せになる生き方というのは、やっぱり、そこへ神様の大きい助けが降りて来ないとね。「ありがとうございます」で全部締めくくるのがいいです。そうしたら全部が幸せになるように、助け続けてもらえるんですね。



【池田の事件で、身代わりという事ですが。当事者になった場合はどうしたらいいんでしょうか?】

ありがとうございます:
 当事者になったら、過去世の因縁を、本当は地獄に落ちて苦しんでなければならないところを、こんなに軽く軽く済ませてもらえたというふうにね。本当に地獄のどん底って、無間地獄に落ちたら、殺されては生き返り、殺されては生き返りでしょう。瞬間の一瞬も、間がないくらい、もう殺され続ける姿をとるんでしょう。一回殺されるぐらいじゃ済まないもんね。それも永遠に続くぐらいの殺され方をするのね。だから地獄のどん底に落ちても、文句を言えない自分より、「ああ、こんなに軽く済ませてもらって、マイナスを消してもらえた」と思うと、感謝につながって行くよね。そしたら幸せがどんどん大きくなるのね。



世界の中心は誰か

【皇太子殿下は世界の中心となられますでしょうか?】



ありがとうございます:
 そうね、なられるんでしょうね。中心というのは本当はね、みんなも中心なんです。だから神さんと一体の自覚を深めて行けば、みんな世界の宇宙の中心なんです。でも本当の自分を失うと、中心でなくなっていくんです。

 天皇陛下というのは、役割として、神様の絶対の愛の心を体現して、そして一番下からみんなを支えるような形で、全責任を自分の上に持ってくるのね。だから「我」が一切ないの、「我」がないから中心になるのね。「我」があると上に行きたいでしょう、それはもう中心じゃなくなるんです。「我」をなくした自分が、常に世界の中心に立っているのね。その中心は無限にあってもいいんです。みんなが中心に立たないと、本当の意味の大きい働きの姿が出てこないです。

 中心にもいろんな意味の中心があるんです。この体を見ても、中心って何処ですか?心臓が中心という人もあるし、丹田が中心という人もあるでしょう、頭が中心という人も、顔が中心と、顔の中の鼻が中心ってね。でも指を一本こう前に出したら、指が中心ですよね、足の裏を前に出したら足の裏が中心になるでしょう。その時その時で、中心が自由自在に変化してもいいんでしょう。だから、どの部分でも一番前に出した時が中心になるのね。その宇宙全体から眺めてもそうです。一人一人どの部分の人でも、それを前面に出してもらったらそれが中心だし、いろんな意味の中心があっていいのよね。固定された中心はないのです。もう常に、神様は全ての人を中心に置いてくださっているのです、宇宙の中心にね。




古くからの因習

【古くからの因習には縛りがある、言葉で人を突き刺すのも暴力と同じ。】



ありがとうございます:
 善悪含めて人の自由を縛るのは縛りなんですよね。感謝というのは、一人一人の自由な生き方を尊重するのです。それで「本当の個性のある素晴らしいものが、自然に中から湧き出てくるようにお手伝いしよう」とするのが感謝なんです。古い生き方には、型にはめて、縛ろうというのがあったんです。これが正いというと、それから外れたものをぜんぶそこへ縛って、ここへ持ってこようとするの、そして「悪い、悪い」って責めるんでしょう。マイナスに見ることも大きい責め言葉ですよね。言葉の槍で突き刺すような感じになるんです。だから人を責め裁く人は、逆に暴力をふるわなくても、やっぱり言葉の槍で相手を突き刺しているの、お返しを受ける可能性が大きいですね。


 どんなマイナスの姿でもマイナスに見えても、「ありがとうございます」で神さんの助けを、そこへ下ろしてもらうということは、そこへ無限のプラスをどんと加えてもらうわけ。そうしたら中から自然に、いい姿になるしかないように、みんながなればいいし、「ありがとうございます」って感謝すればいいですね。やっぱり、マイナスの姿に感謝するんじゃなしに「無限のプラスを神様から加えてもらう」という意味で感謝するのです。「ありがとうございます」で無限のプラスを神様に加えてもらうのね。

神の怒り・悲しみ




【神様は「人間が可愛い、可愛いだけ」と先生はおっしゃいますが。でも神の怒り、と人はよく言いますけど、本当にあるんでしょうか?】

ありがとうございます:
 番組毎に違うのね。地獄の番組では、閻魔大王様が出てきて、厳しく間違いを正して、くれるの、高い方には怒りはないね、だから感謝に生きる人は神様のプラスを受け入れようとするんでしょう。喜んでプラスのいい姿ばっし与えてくださるし、優しいプラスばっかりやね、怒りなんか全然ないです。でもね、神様の助けを無視して、悪いことばっかりする人に対しては、それを止めてあげないと、どこまでもマイナスを大きくするじゃない。そういう場合は、閻魔大王になったり、不動明王になって、光の姿でそれにストップかけてくれるわね。それも神様の深い愛の働きです。でも優しい方がいいわね。



【怒りの次に、悲しみなんですけと、神様は戦争なんかを見られて悲しんでおられるのでしょうか?】

ありがとうございます:
 神様は放送番組としてしか見てないです。それを眺めて、仮に巻き込まれて悲しんでいても、本当の人は悲しんでないってね。ただ「番組に巻き込まれて一緒に悲しい真似をしている」というように見てるのね。「だから早く番組から抜け出しなさい」というぐらいね、パッと背中叩いてパッと気づかせてくださる、はははは。



【悲しみもないんでしょうか?】

ありがとうございます:
 うん。神さんの方は悲しみと対局の無限の無限の喜びの方やね。神さんは「何でも与えている」けど、「マイナスも与えている」と見るのは間違いなの、神様を悪者にしてしまうね。「神様の御心のままに」というのは「無限の無限のプラスのままに」ね。
だからこの世の運命のストーリーがあるでしょう。これが全部「神さんの御心のままに」と言うと間違いなの。「本当の神様の御心のままに」というのは、最高の番組を受けて、それを「御心のままに」というのね。まだ低い番組だったら、神様の御心のままにとは言えないのね。何%かの神様の御心のままにやね、百%じゃないのね。だから「百%神様の御心のままに」といのは「最高の番組の無限の無限のプラスばっかりの番組」を味わえるようになったら、すべて神さんの御心のままにと言えるのです。悪いのは神さんのせいじゃないの。良いものだけは神様のお蔭なのね



台風の意味




【寝台車で来たんですけども、漁業組合の方が「台風が来るのはとても大事なことだ」と言われたんです。諌早湾の海苔が取れなくなったのも、台風が来ないことで海の水を中まで混ぜ返せない。また年々降水量が少なくなって不漁になっているから、鯵や鯖や鰯とかが取れなくなったと。雨が降ることによって魚がその降った水に卵を産みつけるんだそうです。「雨が降った水にですか」と言ったら、流れてきたその水は何か違うみたいで、それが自然の営みで、台風も大事雨も大事だと教えてもらって一緒に電車の中で話をしてきたんです。私たちにとって、大雨は確かにマイナスだし、台風も確かにマイナスなんですけれども、やっぱり自然の流れからすれば、非常にプラスになっている部分もあるんだなあと思ったんです。これも、ありがとう村に私が来るというときに、凄い人と話をしながら来るんだと思いながら、こちらに向かったんですけれど。本当に私たちは台風とか大雨とかというのは、マイナスだけしか思わないですけれど、自然にとっては凄くプラスになってるんだなと、そこで本当に感謝いたしました。】

ありがとうございます:

 台風というのは神さんの、まあ龍神さんのお清めの働きなんです。風というのも、風が吹く所は文化が栄えるのね。滞ったマイナスの業想念、思いを全部吹き飛ばして消してくれるの。だから、風が吹かないとみんな死んでしまう。空気が動かなかったら酸欠で死ぬのね。知らん間に空気は動いているのです。それで強く流れるほど、澱んだものを全部消してもらえる、大きくたまったマイナスを、すっかり消し切ってくださる働きなんです。その中でも台風が一番大きいものね。その神さんの大きい働きを感謝で受けて、自分達が傷つかないように準備しないといけないよね。台風の風が吹いても家が倒れないように、ちゃんとしておかないと。それでまた大水が出ても被害を受けないように、人の方がそういう場へ行かないようにしないと。だからその神さんの働きに合わせて、逆にそれをプラスに受けられる立場に置かないといけないですね。


 「台風の大水が出たから」と言うてそこへ飛び込んだら、みんな死んでしまうわね。やっぱりそういう時は行かないように、また近寄らないように、そういう場所へ家を建てたりしない方がいいでしょう。日本人って昔から自然と調和する生き方をとろうとしてきたのです。川でもコンクリで要壁を作って、一定の形で堤防を作ってしまうと、それを越えた時に堤防を越えて水で大被害を受けるんでしょう。昔の人は、普段流れる川幅の低い所と、もう一つ外に広く大きい堤防を作って、普段自由に使える場所と二つに分けているのね。だから、大水出た時は広く緩やかに流れる川の流れを作るわけ。そうすると被害は殆どないというぐらい影響を受けないね。今は土地が私有財産になってしまって、そういう余裕のある場所は取れないですね。本当はみんな神様のもので共有財産で、大自然と調和する生き方がとれるようにというふうに、一番理想的なそういう川の姿を作ればいいのだけど、そうしたら自然と調和した姿で、台風が来ても「ありがとうございます」と、喜んで迎えられる。そのくらい科学も今は発達しているのに、その力がなかったらおかしいですよね。


超能力

【最近超能力を持っておられる方が出てきておられますが、何かお役を持っておられるのですか?】



ありがとうございます:

 超能力もピンからキリまであるのよね。



【知る限りでは、ゆで卵を生卵に戻す、炒ったピーナッツから茅を出すとかという方もおられます。】

ありがとうございます:
 これね、一瞬一瞬の置き換えだったら何でも可能でしょう。だからそのチャンネルを自由に切り替えられたら、死んだものでも瞬間生き返るのね。マイナスがすぐにプラスに変化するわね。本当はみんなそれが出来るんです。チャンネルの切り替えさえ上手になれば、必要だったらそれが出来るんです。そこまで自由自在になんでも変化するという意味では、そういう能力を見せてくださる人もみんなの勉強になります。ただ、そういうふうに手品的にするのは小さいもんよ。本当は大きく全体をどんどん変化して置き換えてもらうので、良いものへ、良いものへと、大きく全体を置き換えてもらえる生き方の方がいいですね。




子育てのポイント

【子育てのポイントを教えて下さい。】



ありがとうございます:
 子育でも、「親が無くても子は育つ」と言う言葉があるようにね、子供を育てるのは神様やね、特に守護霊さん、守護神さんが専属に譲って育てているのです。神様へのお任せよね、だから「いつも譲って頂いて、ありがとうございます」と感謝していたら、完璧に育ててくださるわね。

ただ肉体の親というのは、守護霊さんの考えと反対のことをして邪魔する時があるの。「甘やかしすぎる」必要のないものまで与えてしまうでしょう。守護霊さんの方は、子供を立派に育てて幸せにしたいでしょう。能力一杯引き出して、世の中のために尽くせるように変えたいわけでしょう。ちょっと肉体の親より厳しいね。「本当に必要なことは何かと考えて、守護霊さんのお手伝いをするような気持ち」でさせてもらうと、一番理想的な子育てやね。

 本当に必要なものを与えるのがいいです。子供さんが「甘いものを欲しい」「お菓子欲しい」と言うでしょう、必要かどうか考えたら、あんまり必要ない時があるのね。そういう時は断固として拒絶するぐらいの気持ちで接してあげないと。やっぱり甘える心を起こさせると、本当の自分が出てきにくくなって、子供さんにとってはマイナスですね。だから我慢する時は我慢させた方がいいね。それで「何が必要か」というのをはっきりわからせるのがいいですね。



チャンネル選びの自由




【アガスティアの葉には、「前世からすべての小さいことまで決まっている」というのは実際そうなんでしょうか?】

ありがとうございます:
 そうですよ。神様が創る放送番組は、ピタッと細かいとこまでぜんぶ決まってるの。はい。ただ、それは人の自由を縛るものじゃなく、神様が作った放送番組として決まっていて、人は自由意志で何でも選べるでしょう。



【だって、選ぶことでさえもこう…。】

ありがとうございます:
 決まってないんです。放送番組を選ぶ自由は人間にあるんですよね。だから、どんな番組でも選べるから、その人の受ける番組の運命は自由に変るんです。



【自由に変わるんですか?】



ありがとうございます:

 一つの番組を見続けている限りは、その番組のストーリー通りに決まっています。もう細かいことまで全部決まっていますね。



【なら、発想の転換をしてパッとてチャンネルを変える…】

ありがとうございます:
 番組を変えたら必ず別な運命をたどるんです。



【それはいつでも可能なんですか?】



ありがとうございます:
 いつでも可能なんです。だから人はね、運命の奴隷じゃないですね。運命を支配する支配者なんです。



【それを聞いて安心しました。細かい所まで決まってたら、なんか、面白くないんじゃないかと思って。】

【チャンネルは幾つぐらいあるんですか?】

ありがとうございます:
 無限の無限。無限って言っても数字にあらわせないくらい無限なんですね。人の願う、考え付くどんな運命でも、神さんは番組として用意していますから、何を願っても大丈夫なの、そこまで自由を護ってもらえるのね。ただ一つの番組にはまり込んで、そこから抜けられない状態の時に一番恐いね、それは「運命の奴隷」です。ただ感謝の心を起こせたら、番組からスッと抜け出させてもらえるので、番組選びは自由になるんです。そうしたら運命を支配するんですね。



【チャンネルの中にいる間は細かいことも決まっているんですね。チャンネルが変ったら、そのチャンネルでも、また決まっているんですか? それとも上がることだけが決まっているのか、上がったらその変わったチャンネルの中では、全く自分で作れるんですか?】



ありがとうございます:
 違うチャンネルは、違うチャンネルでストーリーは決まっているの。



【じゃあ、上がるか、上がらないかは、自分で決められるの?(そうです)
上がった場所でのストーリーは決まっている。 (はい) 

 ひとりづつ別々に?】

ありがとうございます:

 そうです。はい、どんなストーリーでも用意されているんです。だから人の思いつくストーリーの無限倍ですよね、そこまで神さんの宇宙創造の働きは凄いんです。

【そんなに沢山あったら自由と一緒ですね。】

ありがとうございます:

 自由なんです、「何でも選べる」という自由があるんです。



チャンネルを選ぶ時の守護霊・守護神との関わり




【チャンネルの選び方としては、守護霊、守護神との関わりはどのようになっているのでしょうか?】

ありがとうございます:
 心にマイナスの言葉をズーッとズーッと貯めすぎると、貯まってしまって番組の予約をしてしまうのね。マイナスの言葉はマイナスの番組の予約なんです。それをどんどん貯めすぎると、マイナスの番組の予約がズーッと続くでしょう。そうすると、なかなかマイナスの番組から抜け出せないです。そういう場合は助太刀が要るんですね。

 守護霊さんの働きは、心の中のマイナスを、自分が身代わりに引き受けて消してくれる役目なんです。だから本当は自分の自由意志で言葉を選んで、番組選びをする必要があるんですけど、落ち込んだらもうどうしようもないです。そんな時は一旦棚上げにしてくださるのね、特に、この世がそうなんです。過去のマイナスを全部守護霊さんが一時預かり、棚上げにしといて、それでちょっとだけ勉強材料を与えといて、マイナスからプラスに向け換える練習させてくれるのね。全くプラスばかりだと勉強にならんので、ほんの一部だけマイナスを残しておいて、「どっちを選ぶか」という自由意志をはっきりさせる意味で、勉強をさせてくださる。それでプラスの方へ心を向け出したら、守護霊さんも喜んで一生懸命力を振るって助けてくれるのね。

 その過去の棚上げした自分の預かっている分も、プラスに向き出したらその人の自由意志で、「マイナスを消して欲しい」というのがはっきりしますから、その時に預かっているものを消せるのです。そしたらマイナスの予約が消えてしまい、今度、プラスの言葉を使ったら、すぐプラスの番組に波長が合うようになってくるし、瞬間、瞬間、波長合わせが楽になって出来るようになるんです。そうなったらもっと自由な番組選びの出来る自分に変ってくるのね。そうなったらもう心配ないんです。そういう意味で守護霊さんがいつも働いてくれるのね。



【守護霊さんと守護神さんとの役割の違いはあるんですか?】

ありがとうございます:
 そうね、力の違いと言ったら力の大きさの違いがあるんです。またこの番組にどれだけ身近に寄り添って護るかでしょう。なかなか、低い番組には高い守護神さんは降りられへんの、波動の違いが大きいからね。だから梯子的につないで、いくらでも根元から光を流せるようにしておいて、それで守護霊さんが直に寄り添って、人の自由意思を尊重しながら護るんです。



【何人ぐらい、三人ぐらいいるんですか?】

ありがとうございます:
 ううん。もっと付くんですよね。必要だったら何百体って付いてくださるんですけど、ただ必要にならないと、じっと待っているだけでは他の仕事をしますから、守護霊さんも何もできないの。大勢の守護霊さん、守護神さんも付いてくださって、護ってくださるから、忙しいぐらい仕事を与えなあかん。



【威張っていいんですね。】

ありがとうございます
 はい。あっはははは。



【番組を選ぶと、どれくらいで見れるんですか?】

ありがとうございます:
 人によって全部運いますね。予約を沢山し続けた人は、やっぱりそれが終わるまで、次の番組が出てこないですね。あまり予約してない人はすぐ出てくるんですけど、テレビでも、何週間も先の分まで、10ぐらい予約している人もいるでしょう。そういう予約を取り消さないと、今見たいものは見れないです。