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 お祈りが何故与える心の極致になるかというと、神さまの宇宙の創造の働きが与えて与えて与え尽くす働きなんですよね、光の放射なんですよね。だから、波長がピタッと合うんですね。与えて与え返されるんじゃないんですよね。

 この世の姿を見ると、与えたものが与え返されるというぐらいの感じですよね。でも、本当は神さまは与え尽くすばっかしですよね、宇宙の創造の働きはね。だから、与えるほど神さまの宇宙の創造の働きとピタッと波長が合って、それで神さまの助けを無限に大きく受けるのね。だから、絶対に幸せになるしかないという、絶対に不幸にはなれないんです、お気の「得・徳(どく)」に。宇宙の繁栄の法則って、永遠に繁栄するための黄金律というのは、神さまに波長を合わすだけなんですね。与える心を起こすだけで神さまの助けが無限に降りてくるのね、降りてくるというより内(なか)から湧き上がると言ったほうがいいかも知れないですね。

 神さまとの縦の交流と、この世だったら横の交流と二つありますね。横の交流は、与えて、また与え返されてという横の交流なんですね、そして循環して融合して一体化するというね。この世だけの交流ですよね。この世も幸せがいっぱいあるんでね、それもいいんですけど。 縦の交流のほうがもっともっと素晴らしいんですね、神さまと自分との縦の交流というのがね。神さまと交流して、そして神様と与え合いの循環になって、そして融合して一体化する。神さまと本当の意味で一体化する。神我一体、神そのものに融け入って、神そのものにしていただくのね。本当の幸せって、そこまでいかないとね、ものをいっぱい与えてもらったって大したことはないですよね。

 例えば、地球一個与えてもらっても、みなさんどうですか、どうされますか、手の平にのります? 困りますね。ものをいっぱい与えてもらっても困るんですね。

 でもね、地球になりきったらいいですよね。地球になりきれたら困らないですね。

 だから、神さまからプレゼントをいっぱいもらうにしても、もらうだけではまだ本当の意味で困るんですね、持ちきれない。でも、神さまのプレゼントと一体化すればいいんですね。神さまの働きと神さまそのものと一体化すれば、ぜんぶ自分のものになる、自分になるんですね。

 だから、先ず縦の交流って一番大事ですね、神さまと自分との縦の交流ね。

 丁度、井戸掘りを例えるとよくわかるんですけどね。

 井戸を掘り下げて、中から水が湧き出るようになったら、汲み出せば汲み出すほど湧く量が増えますよね。どんどんどんどん通りが良くなって無限に噴き出して来るね。本当に泉のように、噴水のように噴き出すんですよね。こうなるともうしめたものですよね。神さまのプレゼントが無限にほとばしり出るような感じですね。丁度、光でいうと光源になったような感じになるんですね。これは、もう永遠の繁栄間違いなしでしょう。

 でも、この世の感覚だと、まだ自分が井戸を掘るのをちょっと怠ってという感じで、水が出ないから外から水を取り込もうとするのね。まわりの井戸に水がいっぱいあるのをもらおうとするのね。でも、まわりからもらった水は溜めておいたら腐ってくるんですね。それで、同時に自分の中から湧き上がるのを押さえ込まれていきますよね。やはり、自分の中を掘り下げて掘り下げて、要らぬものをぜんぶ出してしまって水が湧き出るまで、とことん与え尽くすほうがいいですね。これが本当の正しい生き方なんですね。ただ、そこへ行くまでに、ちょっと勇気がいるんですよね。湧き上がる水が無い間は、ちょっとやっぱり困るときがあるように錯覚するんですよね。でも、本当はそうじゃないですね。出せば出すほど、本当は良くなるんですね。

 そして、神さまとの本当の一体化は、自分の中から神さまからの助けが入ってくるようになって本当の一体化ができますよね。

 普通は、感謝のお祈りをしても、お陰信仰、御利益信仰という外からの助けを求めるんです。「ありがとうございますを唱えたらいいことがいっぱいある」というんですけどね。外からの助けの間は、まだ本物じゃないかも知れないですよ、小さいのね。でも、外からの助けもいっぱいあるんですよね、この世の人からの助けもあるし、いろんな姿の助けがあるんですよね。そしてまたあの世からも守護霊さん、守護神さん、いろんな縁者からの助けもありますよね。でも、まだそれは他の助けなんですよね。これも、まあ一時的にはいいんですね。

 でも、宇宙の大神様の中からの助けというのが本物なんでね。そのためには、外からの助けを断るぐらいがいいんです。「助けてあげようか」と言っても「まだまだいいです」というぐらいがいいですね。そして助ける側に立つことですね。助けて助けて助ける側に立つことね、それも、与えて与えて与え尽くす側に立つことね。

 人の苦労でも重荷でもなんでも、自分が身代わりに背負って背負って背負ってあげること、そのほうがいいんですよね。そうすると神さまは本当の神さね、宇宙の大神様は「放っておけない」というのね。中から力を添えてきてくださるね。早く神さまの本当の助けを受けやすくなるんですね。

 だから、これは、感謝の心と思いの心の感じ方の違いなんです。思いの心がちょっとでも残っている間は、助けてもらったほうを喜ぶのね。ちょっと楽している感じのほうがいいように思うんですよね、錯覚なんですけどね。

 でも、感謝の心のほうは助けることに喜びを見出すのね。これは何故かというと、助けてもらって喜ぶのは小さい喜びですね、自分一人だけの喜びなんですね。

 でも、助けて喜ぶのは喜びが大きく広がるんですね。自分の小さい喜びだけじゃないですね、人の喜びも自分の喜びに取り込めるんですね。だから、助けた人の喜びが、ぜんぶ自分のものになりますよね。喜びが無限に広がって大きくなりますね。これが本物の神さまの助けなんですね。

 だから、御利益信仰と本心開発という言葉がありますけどね。本心開発は、自分の中の本源の心を引っ張り出すんですね。神さまの心を引っ張り出して、神さまの助けをいっぱい受けることですよね、中から中からってね。だから、与えて与えて与え尽くすのが幸せなんですね。求める心を起こさないほうがいいんです。

 まず、与える心と求める心というのは交流できないですよね。一方が与える心ね、一方が求める心とするとね、求める心のほうが与えてもらっていっぱいになったら、もうこれで終わりなんですね。お互いに循環、交流って起こらないですね。

 求める心と求める心同士は奪い合うんですね、循環は起こるんですよ、奪い合いの循環がね。そうするとやっぱり地獄絵図になりますね。命まで取り合うんですからね。

 でも、極楽世界は逆ですよね、与え合うんですよね。与えて与えて与え尽くして、全体のために与えたら、全体から大きく与え返されるんでしょう。だから、自分が一(いち)与えたら極楽から無限に与え返されるのね。

 だから「与えないと損」というのは、極楽の人はよくわかりますよね。でも、損得でしてないみたいですね。与えることが喜びだから与えるんですよね。そうするとまたそれが無限の喜びに代わって与え返されてくるのね。

 みなさんも感謝が深いですからね、よくご存知なの。この本当の原理がわかればボランティアに生きるんですね。ボランティアをすると損するという感覚は、まだ思いの心を持ってる人の場合ですね。ボランティアが一番幸せですよね。神さまの大きい助けをいつも受けるんですね。バックが神さまになるのね。

 だから、極端に言うと「与える」というのでも、神さまへの恩返しのボランティアですね。神さまに無限の無限の幸せをいっぱい与えてもらったという、その感謝の心から恩返しの心が湧いてくるんですよね。そして、少しでも神さまへの恩返しができたらという気持ちで奉仕をする、ボランティアをするんですね。だから、全体への奉仕ですけどね。でも、どのぐらいできるかって、万分の一も億分の一もできないですよ、とてもね。無限分の一ができたらいいとこなんです。それでもまた無限倍にして与え返されてくるのね、その繰り返し、循環が起こるんですよね。

 でも「求める心」っていいように思うんですけどね、もの凄い損するんですね。人に与えても求める心をちょっと加えるだけで、みなさん損してません? だいぶ。いろいろ体験されたことがあると思うんですけどね。人にどれだけ親切にいいことをしてあげても、またいいものを与えてもね、ちょっと求める心を起こすとね、マイナスが跳ね返ってくるでしょう。やっぱり求める心がマイナスなんですよね。どれだけいいものを与えてもマイナスを与えたのと同じになるんですね。求める心って人の自由を縛りますよね。「こうして欲しい、こうあって欲しい、これが欲しい」と必ず人の自由を縛るんですよね。人の自由を縛るのが一番よくないみたいですね。幸せを奪い取るんですね、人の自由を縛るということはね。

 本当に楽しい、幸せというのはね、自由があることなんですね。楽しいという言葉が「た」とか「て」という意味ですね。伸ばすという意味なんですね、伸び伸びと自由自在に伸ばすという意味なんですね。

 楽しいというのは、自由が最高の状態にある状態なんですね。その時が一番幸せに感じるんですね。だから、どんないいものでも縛りになったら不自由で苦しみに変わるのね。

 
「宇宙の大道」という言葉がありますけどね。自由に歩めてこそ宇宙の大道ですよね。でも、一本道、正しい道だというふうに示されて「この一本道を行きなさい」と言われたら、もう不自由極まりないですね。どれだけいいものでも縛りになると苦しみに変化するのね。だから、自由を本当に侵害しないというのがいいんですね。だから、求める心を起こさないというだけで人の幸せを保障しているんですね。そしたら、後は与えるだけでいいんですね、与えるほど無限倍になって返ってくる。またその循環が早くなるほどいいみたいですね。入ってきたものは直ぐに与えるという、溜めておかないほうがいいみたいですよ。

 これは、神さまの無限の無限のチャンネルの番組ぜんぶね、スピードが違うんですよね。一番高い番組が一番スピードが速いんですね、一番低いところがスピードが遅くなるのね。

 神さまの働きの区別をするのでも「千早振(ちはやぶ)る神さま」というと高級神霊の働きなのね。「荒ぶる」というと低級霊の神さまなのね。スピードが違うんですね。スピードを速くするほど高い番組にまた波長が合いだすんですね。

 だから、人に何かを頼むのでも、買い物をするのでも先銭を払うといい。遅れてないでしょう、先に払ったら速いでしょう。先銭を払うと、ものでもいいものを安く与え返してくれるでしょう。

 仕事を頼むのでも、先銭を払うと、またいい仕事をしっかりしてくれますよね。まず、番組が上がるんですよ。先に払うほうがいいんですね、お金でもね。

 でも、ものを買うのでも、仕事を頼むのでも、後にするほど損するんですよ。いい品物は入ってこないですよ、いい仕事をしてくれないね。また、次に頼んだときにはもう一つ悪くなる。今度は利息をつけて儲かるようにするでしょう、みんなね。お金を払ってくれない期間の利息をプラスしますよね。品物を買っても高くなるし、仕事もあまりしてくれないね、「損するから」ってね。だから、なんでも早く出したほうがいいんですよね。一年ぐらい先に払っておくといいって。

 これが、本当はボランティア精神なんですね。報いを求めずに、先に先に人の幸せのために与え尽くすことは、本当のボランティア精神なんですね。それをすると、幸せがいつも降り注ぐんです。求める心が一切ないでしょう、ここが一番の徳をするところなんですね。

 ただ、これは、別にものとかお金じゃないんですね、本当の与えるのはね「ありがとうございます」を与えるほうがいいんですね。働いてお金を儲けて、そのお金で何かを人に与え尽くそうというのもいいんですけど。一番いいのは「ありがとうございます」をたくさん唱えることですね。それも、与える心で唱えるほうがいいんですね。

 何か願いを叶えるための求める心だとちょっと損するのね。まあ、それでも効果はあるんです、与えることには違いはないんですけど。純粋に与える心でお祈りをすると「ありがとうございます」を唱えると、本当に無限の効果があるんですね。一回でも多く与える心で唱えるのがいいですね。

 一回「ありがとうございます」を唱えることは、一億円以上の価値があるの。求める心でも一万円の価値があるって、はははは。一万円と一億円はだいぶ違いますよ、万倍早く幸せになるんですね。

 皆さんも笑顔が素敵でしょう、この笑顔というのは幸せを与えているんですよね。笑うほどいいみたいですね、幸せをいっぱい与えているんですもんね。それも報いを求めないでね。「ニコッと笑ったのに、あの人は笑ってくれない」と言うて。

 自分が好きで笑えばいいですね。(笑い)なんか熱くなってきましたね、神さまの光をいっぱいいただいているんですね、これ。皆さんに幸せを与えてるんですね、笑って、そうすると神さまの光がいっぱい入ってくるんだと思いますけど。もの凄い熱いですね。