0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.


 AR122
神さまの願い2002.12.22

☆お正月になると神社へ行ってお参りしますが今までだったら神さまに金運や健康をお願いすると思うんですが逆に神さまの方から人間に対してお願い事というのはあるのでしょうか?

・・・・
 あるでしょうね。人は神さまにいろいろ頼って縋(すが)りますよね・・その縋り方が上手なほど神さまは喜んでくださるんです。どういう縋り方があるかと言うと先ず神さまにピンからキリまであるんです。八百万の神さまと言うと無限の無限の神さまがいらっしゃる、我の強い力の弱い低い神さまもいるし謙虚な力のある高い神さまもいらっしゃるんです。
 だからそのどの神さまに縋るんでも的を絞る方がいいみたいです。高い神さまだから大勢いらっしゃるからと皆に心を向けて助けてちょうだいというんでは、高い神さまは謙虚・・ものすごく謙虚なんです。そうしたら大勢に頼むと、あの神さまにもこの神さまにも頼んでいるんだったら自分はもう出番はなくてもいいだろうという感じでみんなを立てて引っ込んでしまうんです。だから高い神さまは全員が同じように引っ込んでしまうんです。スッと消えてしまうのね。低い神さまはどうかと言うとやっぱり自分を立ててほしいという我の強い神さまばっかりです。自分ひとりに頼んできて欲しいわけで大勢に頼むと自分を信用してくれてないのかと言うわけで、バカにしているのかと腹を立てて去っていく訳で・・だからどっちも去ってしまうんです。

 だから的を絞ると言うのがやっぱり大事で、でも低い神さまに的を絞ってもあまりおかげをもらえないですね。また高い神さま一人じゃちょっと少ないかもしれないし、だからどこへ的を絞るのがいいかと言うと一番いいのは宇宙の大神さまですね。すべての根源である唯一無二の神さまです。だから宇宙の大神さまに的を絞っていくと一番いいんです。それでありがとうございますと感謝ひとすじになると宇宙の大神さまへ心を向けていることになるんです。そうすると必要な助けがどこからでも来る・・みんな宇宙の大神さまの分身だから必要な助けがどこからでもよこしてくれるんです。
 本当の神さまは宇宙の大神さまですね、その神さまの一番の願いは上手に神さまの助けを受けてほしい、たくさん受けてほしい、早く幸せを大きくしてほしいんです。だから神さまには縋ってきて欲しいんです。

 ただその縋り方でもいろんな縋り方があると思うんです。人は心の状態を二通りに分けられると思うんですけど感謝の心の自分と思いの心と自分とこのふたつが入り混じっているんですね。思いのほうは求める心を起こすんです。あれして欲しい、これして欲しい、ああなりたいこうなりたいと求める心になるんです。その心は神さまに縋るといってもありがとうございますと唱えても小さい助けした受けられないです。そしてその自分の思いを消されたくないわけですね。消されると困る、思い通りにならなくなるから願いどおりにならないからと思いや願いを消して欲しくないわけで、小さい光でちょっと助けて欲しいわけです。

 ちょうどこれは自然に例えたら太陽が神さまというふうに見ると太陽から来ている光が感謝の心で空に浮かんでいる雲が思いの心で、黒雲と白雲があるんですが黒雲の方がマイナスの悪い心で白雲がプラスのいい心で、普通思いと言うのはその雲に相当する訳でその雲が黒雲の時みんな苦しいからいい状態に変えて欲しいと言います・・ちょっと光をもらったら白雲に変りますね、そこで満足してしまう人が殆どですね。だからこの世のいろんなマイナスが消えてちょっと調子のいい状態になるでしょう、そうすると白雲の状態ですね。なんでも願いが叶って思い通りになっているという、そこで満足すると光の自分に戻れなくなるんです。

 神さまはその程度で満足して欲しくないです、光の自分に戻ってきて欲しいと出来たら太陽になって欲しいという神さまそのものになりきってほしいというところまで来るんです。そうすると思いを消さないといけないです思いを全部消しきって欲しいというそういう立場に立って欲しいわけです。その思いを消す方法をどうしたらいいか・・強い光を投げかけてもらってバッと消してもらうのもいいけど、ちょうど思いというのは心に貯めたゴミみたいなものだから火をつけられると燃えてしまうんです。自分の心の中が大火事になるんです。そうすると七難八苦が噴出したり燃えカスがいっぱいになって煙がいっぱい出るでしょう、時にはダイオキシンも出るかもしれない・・苦しい状態なんですね。
 その一番極端なのが八熱地獄です、大きいゴミをいっぱい溜めてそこに強い光が降りると八熱地獄の姿をとるんです、苦しいですね。だからそのゴミを思いをどうしたら楽に消してもらえるかと言うと焼却場へ持っていかないと損ですね。神さまに渡すことです。神さまの中へ思いを投げ入れたら神さまの中は完全焼却できるんです。
 それで思いを渡す方法がいろいろあるんですけど先ず自分の命を神さまに捧げますというとそれに引っ付いて思いも全部神さまに飛び込んでいくので自分の思い通りじゃなしに神さまに命を捧げますと先ず言うんです。そして神さまの御用にお使いくださいというふうに・・これは一番の秘訣です。

 そうすると神さまの方は、よしよしというわけで思いも一緒に引き受けて消してくれる、そしてプラスをいっぱいにして返してくるんです。だから凡夫で終わるか悟った神人に生まれ変わるかの違いがそこにあるんです。全託すれば神人に生まれ変わりが出てくる悟った自分が飛び出してくるんです。でも命を捧げなかったらやっぱり凡夫のままで思いをいっぱい持ったままで終わってしまうんです。

 感謝の練習と言っても思いの心でする感謝と本当の感謝の心でする感謝とちょっと違うんです。最初は思いの心がちょっと残っているから思いの心で感謝しているように思う、錯覚するんです。そうすると小さい助けは受けられてもなかなかそこから大きくは進歩できないです。だから早く感謝の心の自分に気付かないといけないんです。光の自分ですね。神さまから出て来ている光の自分に気付いて感謝の心でありがとうございますを唱えるんです。そうすると効果が抜群になるんです。だから先ず命を神さまに捧げるという気持を起して思いを先ず取ってもらうことです。思いが消えると光の自分に気づき易いです。白雲じゃなしに光の自分に気付いた方がいいですね。

 そうすると光の自分が感謝の心の自分が感謝するようになるんです。光と光は波長が合うからお互いに感じ易いでしょう、光の自分は神さまを感じるんです、太陽を感じ取れるんです。そうすると大きい神さまのプレゼントを一瞬一瞬受け直せるようになるんです。神さまの願いはそこにあるんです、早くそうなって欲しいと。だから人も神さまにいろいろ願うんだけど神さまの方の願いはそういうところです。早く思いを託してきて欲しい訳で神さまの中に投げ入れて欲しい、そして神さまの最高のプレゼントを全部受け取って欲しいという・・神さまの願いはそういうところですね。

 言霊は神さまの創造力

☆言霊の意味となぜ言霊に力があるのか教えてください。

ー・・・・ー
 神さまは無限の無限のチャンネルの番組を全部創っているのは言霊で創っているんです。言霊が創造力なんです。それで人の使う言葉の方は波長合せの言葉なんです。だから言霊の通りの言葉が人の世界には生まれてくるんです。人が使う言葉通りの番組を全部神さまは先に創りあげているんです、番組全部です。だから人がどんな言葉を使っても先に用意されているんです。
 だから言霊という時は神さまの創造力なんです。人の言葉はその波長合せ番組合せの言葉です。その両方は本当は一体なんです。だからありがとうございますという言葉は神さまのすべてと波長の合う言葉です。だからどんな言葉もその言葉に相当する言霊が奥にあるんです。その言霊の創造力で表現された番組がすでにあるのでそれはいつでも言葉通りに引き出せるんです。だからどんな言葉を使っても怖いくらいにその通りに出てくるんですね。

 全託できるようのするには

☆思いの心でやっていくと人を頼ったりしますよね・・本当に全託したいと判った人は本心で生きられるんですけど、その人を頼ってくる人に対しては神さまに全託したらいいということを言ってもなかなか理解してもらえませんよね?
そういう時なんと言ったらいいでしょうか?

ー・・・・ー
 全託ってやっぱり難しいでしょう。思いの心では全託できないんですね。だから感謝の心が出て来て初めて全託の気持が出てくるんです。だから思いに負けている人にとったらまだ全託しなさいといってもチンプンカンプンで判らないですね・・だからそれを判った人がお祈りするんです。その人に教えるんじゃなしに自分がその人の為に祈ることです。それで感謝の心を引き出してあげるんです。それと同時に思いも取って消してあげるというのがいいです。

 だからその人を天照御大神さまというふうに拝むんです、無限に無限に輝いているというふうに・・そうすると思いが神さまによって消されて少なくなると感謝の心が徐々に引き出されてきます。それで感謝の心が出てきたときに初めてお祈りがわかるんです。お祈りを始めるんです。また全託しようという決意も出来るようになるんです・・ちょっと時間がかかるかもしれないけどね。だから先ずお祈りできる人が先ず拝んであげるんです。そうするとその人も感謝できるようになります。

 一人一人に合わせて

☆まだ心に蓋がされていて本当に心から感謝の気持でありがとうございますという言葉が出ない時でも言わないより言ったほうがいいに違いないと思って、ちょっとやけくそみたいな感じでありがとうございますと口だけで言う言葉と本当に心から感謝してありがとうございますという言葉にその力の違いはあるんでしょうか?

ー・・・・ー
 最初はありがとうございますといくら唱えても大きい神さまの助けは降りてこないですね。それは神さまの方が一人ひとりに合わせてくるからなんです。思いのいっぱい貯まった時に大きい光を降ろされたら火事になって大きい苦しみを味わいますね。だから、それはちょっと可哀想にと神さまの方が思うのでそういう時は徐々に光を添えてくるんです。やっぱり時間をかけないと苦しみが大きいからまたその縁ある人を使ってその思いを取るように取るようにして光を添えてきてくれます。だからだんだんと感謝の心が湧き出るように変えてきてくれるんです。ちょっと時間をかけてだけど・・そのうちにやっぱり自分の中から湧くように感謝が出て来てその心で感謝するようになって、その時に初めて大きい神さまの光を無限の光が受けられるようになるんです。その時は遠慮なく与えてくるんです。

 意識

☆生まれてから亡くなるまで人間が持っている意識というものがあると思うんですけど、これだけ多くの方が意識を持っていていろいろと成長していくと思うんですが・・宇宙の大神さまが創ったそのシステムは何の為なんでしょうか?

ー・・・・・ー
 意識というのが本当の自分ですね。ただその意識に思いが絡み付いているか感謝の心がそこに湧いてくるように付いているかという・・意識がなくなったら自分がないですね、もう存在できないです。その意識は神さまから来ています。神さまの意識が一人ひとりの意識として出て来ているんです。先ずその神さまは自分ひとりで宇宙を想像して自分ひとりで宇宙を味わうんだったら、ちょっと単調な味わい方ですね。でもその意識を無限に分けて色んな立場から味わってもらうとその喜びが無限に倍化しますね。だからいろんな番組の味わい方をして欲しいでしょう、そうすると変化に富んだ喜びがまたいっぱいになってくるでしょう・・そういう意味です。

 我に七難八苦を与えたまえ

☆思いを取り除くのに時間がかかるということですけど、それを早く取り除く方法は・・?

ー・・・・ー
 昔、七難八苦を与えたまえと言った人がいたでしょう、このくらいの気持だったら神さまは強い光を与えてくるんです。そして思いをさっと消してくれます。ところがなかなか言えないですね「我に七難八苦を与えたまえ」というのはね。苦しいから逃げたくなるんです。この一生が七難八苦でいっぱいも構わないというこの気持が定まったら神さまの方はそれを見て強い光を与えてきて思いをさっと消してくれます。またそのくらいの気持になったら自分の命を神さまに捧げても悔いはないという気持になるんです。そうするとすぐに神さまに自分の持っている思いを全部渡せるんです。そうしたら瞬間に全部消してくれます。でもそれはみんな自分が選ぶんです。神さまには強制がないんです。みんなの気持を大事にしてくれるから、ちょっと大変だなと思ったら神さまの方もちょっと控えめに助けてくるから。ただこの一生は短いからもっと気持を長く持って焦らないでいいと思います。

 御神酒

☆お祈りが進んでくるといつも幸せな状況になるとお聞きしたんですが、今はまだ私はその状況がよく判らないんですがお酒を飲んでいる時にすべての人がいい人に思えて普段はイヤな人のしあわせをも祈れるになっているんですけどお祈りが進んだしあわせな状態というのはちょうどお酒を飲んで酔っ払っているような感じでしょうか?

ー・・・・ー
 そうですね・・それはお酒じゃなく御神酒を飲んでるんですね。神さまの光をいっぱい浴びているんですね。神さまの心が自分の中に出てきたらしあわせいっぱいの心になるんです。お祈りというのは神さまとの出会い・対面です。神さまの心を自分が受け入れるのがお祈りです。だからそれがお酒を飲んで自然なリラックスした状態になって神さまの心を受け入れたとしたらしあわせな心になるでしょう・・その方法はいろいろありますね。ありがとうございますを唱えるのも神さまを呼んでいる訳です。一生懸命神さまを呼んで自分の中に迎え入れようとしているんです。それを唱え続けるうちにだんだんと神さまが中へ入ってきてくれたら喜びが湧き上がってくる、しあわせだなぁというのも湧いてくるんです。そうするとお酒を飲まなくってもいつもしあわせいっぱいなんです。

 願掛け

☆34年間飲んでいたお酒を8月8日にやめました。大願を成就したいと思って止めたんですが、動機が不純でそういうのはあまりよくないでしょうか?成就した暁にはその日だけ飲もうと思っています。そしてまた次の欲望を達成した時まで止めようと思いますけど・・・そういう止め方はよくないですか?

ー・・・・ー
 別にいいですよ。普通、神さまにいろんな願いをかけて願掛けってするじゃないですか、その時に願掛けで一番効果があるのは自分の一番大事なものを神さまに捧げて約束するんですね。お酒が一番好きな人はお酒をやめるというと一番大事なものを神さまに捧げて約束することになるんです。その真剣な心に神さまは感応して助けてくれます・・悪くないですよ。

☆その欲望が月収何百万とかいうそういう欲望でもいいということですか?

ー・・・・ー
 それはお金が余計に入って得するとは限らないんですけどね。それは新たな借金なんですよ。普通は世の中お金儲けを目的にする人が多いんですけど本当は過去の借金の借金返しも神さまへの恩返しも本当はただで働くのが正しいんですね。神さまから無限の恩恵をずっと受け続けているでしょう、今日一日くらいは神さまへの恩返し・ただ働きというのが本当の正しい生き方です。またみんなにお世話になった分の借金返しも必要ですよね。それも一日だけはただ働きというくらいで・・お金がなくても出来るんですね。お金を儲けるとまた新たな借金になっているんです。ただでお返ししないといけない所を働いたからとお金をもらうのはまた新たな借金です。

 だからその働く以上にもらったら大きい借金です。不労所得はもっと大きな借金で、高利の利息のついた借金になるんです。だからお金をあまり目的にしない方がいいですね。その人が本当にお金を返してほしいと言っているのでなければお祈りで返すのが一番です。本当のしあわせをお返しするんです。だからその人を拝み続けてあげると感謝のできる心に変わった途端に、もう返していらないよと言うんです。私はお金なんか必要ないからといってくれるんです。感謝できる人はお金に頼らないですね、もう神さまだけに頼るから。お金があってもなくても別に関係ないけど、なくても大丈夫だからお金は要らないと言うんです。その方が早く返せるかもしれないです。

 神さまからの最高のプレゼント

☆ありがとうございますを続けて最近気付いたのは自分が一番嫌だったことが神さまからの最高のプレゼントだったんだなぁと・・・そう受け取っていたらあんなに苦しまなくて済んだのにと・・そういう受け取り方でいいでしょうか?

ー・・・・ー
 はい。思いの心はせっかくのプラスの神さまのプレゼントでもマイナスに見るんです。感謝を一生懸命練習して感謝の心が引き出されてくると感謝の心は神さまのプレゼントを全部プラスに受けられるんです。そうするとそういうふうにありがたいなというふうになっていくでしょう。
 一番大きいマイナスの姿は地獄の姿でしょう、地獄の世界を自分が眺める時に思いの心だったら、ああみんな苦しんでいると見るんです。ああ大変と自分はそういうところへ行きたくないと逃げるばっかりです。
 でも感謝の心で見るときはその正反対なんです。自分の過去の無限の借金をみんなが身代わりに振り替えて背負ってくれていると見るんです。無限の借金というのは利息が付いて無限に無限に大きくなります。無限の借金を無限の人が背負ってくれてやっとピタッと合うわけです。だから一人の人が無限の借金を背負ってくれるだけでもああ何てありがたいと・・大犠牲精神のものすごい深い愛なんです。本当にありがとうございますと涙を流して喜ぶんですね。それが一人じゃない無限の人がいたら一人ひとりに一回は感謝したいでしょう。ところがなかなか言えないです、一年でどれだけ感謝できます?一回ずつしたってそうですね。だから何億人に感謝しようと思ったら相当年月がかかるでしょう。それを無限の人にといったら一回するだけでも大変なんです。

 またどんな苦しみでもそうですが無限の苦しみでも自分が一回味わった方が本当の価値がわかるんです。どれだけの大変さかというのをわかるほど感謝が深くなるんです。またその苦しみを和らげてもらったときにどれだけそこにしあわせが喜びが感じられるかというのもそれも体験するとまたまた喜びが感謝が深くなるんです。
 そういう意味で本当はマイナスはないんですけど、神さまの大きい愛の姿ばかりなんですけどそれに気付き始めたらしあわせがどんどんどんどん積み重なってくるでしょう。本当の感謝というのは地獄のどん底から積み重ねた感謝が本物なんです。地獄だけじゃないです、餓鬼道を見てもみんな自分の身代わりにマイナスを軽く軽く済ませてくれているという、だからどんなマイナスも無限分の一に軽く済ませてもらった姿ばっかりというふうに見えるんです。そうするとマイナスへの感謝が底辺から順番にずーっと積み重ねると無限の無限の感謝になってきます。その上にプラスの感謝が積み重ねられていくでしょう、だから本当の神さまへの感謝というのは無限の無限の感謝ではまだ足りないですね。無限の無限の感謝にまた無限の無限の感謝を積み重ねないといけないです。

 そういう感謝を神さまに向け続けると本当に神さまに心を向け続けて神さまに的を絞りきった状態です。そういうのが本当の感謝一筋という・・だんだんみんなそういうふうになるんです。もう自然にそういう常態に変えてきてくれます。最初はもうただありがとうございますと唱えていたらいいんです。それだけで神さまのほうから力を添えてきてくれて変えてくれるんです。はやいですね、よかったですね。

 縁ある人を大勢を救う

☆・・・・のことを聞いてから4ヶ月くらいになります。お話をきいていると五井先生と同じようなことをいわれている気がします。40年程前に母に連れられて五井先生のところへ行きました。まだ結婚もしていなくて結婚についてこういう人とお付き合いしているんですがとお聞きしたら「この方はいい、あなたはとても素晴らしい所へいかれるから行きなさい」と言われたのでその人のところへいったんですけど大変に苦労させられて・・・五井先生は何を見てくださったんだろうと思いました。
 主人の父が本当に厳しい人で毎日が座敷牢にいるみたいだったんですが、その父を見送りまして私にやっと自由が来ました。暫くはあれもこれもあのおじいさんが意地悪をしたといつも思っていたんですけど今になったらあのおじいさんがくださったいろんなことが本当にありがたいと思いまして・・ありがたくてしようがなくなったんです。例えば隣の部屋で時計が鳴る音を聞いても「ああ、なんてうれしいんだろう」と。どこを見ても雨が降っても風が吹いてもうれしくてしようがない毎日なんです。
 そのうちに私はこんなにありがたいんだからこのしあわせを独り占めしちゃいけないから何かきっと人の為に役立つことがあるんじゃないかと探していた矢先に・・・・の話を伺ったのでこれもきっと何かのご縁と思います。私はまだどういうふうに人の為に祈ったらいいのかその祈り方も判らないんです。五井先生はその方の守護霊さん守護神さんに祈ってあげたらその方が神さまのほうへ耳を傾けるようになるからとおっしゃっていたんですけど・・・それとひどい頭痛持ちで昨日も吐くくらいの痛みがありました。どうしたらよろしいでしょうか?

ーありがとうございますー
 五井先生と私とはものすごく深い縁があるんです。いつもここにいらっしゃるので私の声もビックリするくらい五井先生そっくりになる時があるんです。それで五井先生は嘘は絶対つかないですね。だからその導き方がいろいろだけど本当のしあわせを与えるための導き方をするんです。

 神さまの本当の導きというのはある意味では厳しいですね。借金返しを先にさせるんです。それで普通はサラ金業者に借金してその時だけ楽にというのが人の思いの心の願うところだけど神さまの方はそうじゃない・・出来るだけ借金させないようにするんです。それで借金返しのほうを先に済ませようとする。それが早くしあわせになる道だからと。最初はマイナスの姿が周りにいっぱい見えてくるんです。それが過去世の大きな借金返しでそれをある程度耐えることによって借金がスーッと消えていくんです。

 その後で感謝の自分が湧きあがるように出てくるんです。だから一番幸せへの最短コースをちゃんと示してくれたんです。だからマイナスの姿というのは本当はマイナスじゃないんですね。借金をさせてくれた人が借金取りになって出てくるんでしょう、だから最高の大恩人なんですね。それで頭痛もどんな痛みでもいいんだけど・・耐えられない痛みは絶対与えてこないから痛むほど心が淨まるんです。地獄の苦しみと較べたら億分の一くらいです。
 だから地獄に落ちるだけの大きいマイナスをそういう軽い痛みで消してくれるんです。これが自分を含めて縁者の大きい救いの働きなんです。自分だけがしあわせになるんじゃなくて縁ある人大勢を救う為に時々あった方がいいですね。それだと喜べますね。

 マイナスを神さまに預ける

☆普段の生活の中で自分で猫を被っているような行動があってそれは本当の自分じゃないと思うんですが、いつでも自分らしいものを出せるような何かポイントのようなものがあるんでしょうか? 
 
ーありがとうございますー
 思いの心が溜まってくると思いに負けやすいでしょう、思いの奴隷になってしまう時がある・・ただ今その区別がついているから感謝の自分が出て来ていますね。その違いが判れば思いのマイナスのほうを神さまに預けたらいいです。預ける方法がありがとうございますと感謝し続けることです。そうすると神さまのほうへマイナスをどんどん渡していけて消してもらうから今度はその思いの影響を受けなくなります。感謝の心は自然に自分の持っているいいものをスーッと顕してきますね。あとは自然に出やすくなったらそれはもう一人前、本物です。だからありがとうございますを唱え続けたら大丈夫です。

 寝しなに唱える

☆私は人より睡眠時間が長いんです。そうするとありがとうございますという時間も短くなるんです。浅い眠りの時や寝返りをうつ時は自分でありがとうございますをいっているんですが深い眠りの時にありがとうございますをいう方法はありますか?

ーありがとうございますー
 眠るのは魂が肉体から抜けて神さまの大きいエネルギーを受けるために高い次元へ上っていく為に眠るんですね。その寝しなにありがとうございますをしっかり唱えて寝るといいです。そうすると高い世界へスッと上るんです。高い世界へ上がるということはありがとうございますを唱えて上っているんです。それで大きい光を受けていることになります。だから寝しなにありがとうございますを一生懸命唱えて寝ると寝てる間ずーっと唱えているんです。自分が気付かないだけです。表面の意識で気付かないだけで奥の意識ではハッキリ判るんだけどズーッと祈っているんです。

 戦争にどう対処するか

☆自分の中に社会の・・戦争が起こるかもしれないとかそういう気持がザワザワとあがってきた時どういう祈り方をしたらいいのかどういうふうな対処をしたらいいのか教えてください。

ーありがとうございますー
 現実に戦争とかいろんなマイナスがあったとしたら現実を見ないほうがいいんですね。またマイナスの言葉を使わない方がいいです。マイナスを見てマイナスの言葉を使うといつまでもそれを引っ張り出すからズーッと続くような感じになるんです。
 だから正反対に今ここが神さまの完全平和の世界という方がいいですね。今ここに平和があると断定的に言葉を使う方がいいです。そうするとそういう番組が引き出されたらこの世も平和と置き換わってきます。ただ自分ひとりだけの力では他の人の戦争を思う力を打ち消すまでいかないかもしれないけど、かなり影響力が大きくなって出てきますね。争いの心を平和の心で打ち消していけるから。この世はみんなの合作だから平和を願う人の心が増えてくればいいだけなんだけど、ただ神さまの方はプラスの心だからプラスの方が力があるんです。だから今ここが神さまの完全平和の世界というふうにありがとうございますと言えば大勢の人のマイナスを消していけます。そのうちにみんなが平和を願うようになってこの世に平和をもってくるようになってくると思います。

 ただみんな自由だからどの番組でも言葉通りに引っ張り出せます。戦争ごっこの好きな人がまだいるんですね。それはもう強制的に変える訳にいかないけど平和を願う人が多くなってそれがしあわせというふうになってきたらそういうのが自然に和らいで消えていって平和を願うようになってくれます。だからありがとうございますを唱える人が増えてきたらどんどん変化するんだけどまだちょっと少ないですね。

 思いの自分は偽物

☆自分に溜まったマイナスの部分というのは自分ではよく判らないし自分ではそんなにないと思っているんですけど・・借金があるのかもしれないけどそれとか変わり目とかが判る方法をしりたいんです。それと想念と業想念の違いについてと、やっぱり思いの心を持たないとダメなんじゃないかと思うんですけど・・・?

ーありがとうございますー
 業想念の業というのは過去を掴む心です。過去を掴んで放さないと業想念になっていきます。遠い過去も新しい過去もそうだけど過去を掴むと古いものを掴んだ状態です。だからマイナスが大きくなっていく姿をとるんです。感謝というのは今の一瞬に神さまから輝いたものを受けて一瞬に神さまにお返ししてまた新しいを受け直すんです。だから感謝の心で受けるというのは常に無限に無限に輝いたものを受け続けるんです。古いものはやっぱりマイナスが出てくるんですね、新しいものの方がプラスが大きいです。

 そういう意味で思いは本当は必要ないんです。感謝し続けた方が神さまから無限の無限のプラスをズーッと受けられます。マイナスは一切ないという状態になれるんです。そういう意味でやっぱり思いは消してもらえる方が楽ですね。最初はみんな思いの心の奴隷に陥って思いが自分というふうに錯覚するからそうすると思いが消されると自分が消されるような恐怖心を起すんですね。

 でも本当はそうじゃないです、表面の垢が取れるだけなんです。そうしたら本当の輝いたきれいな自分が出てくるんですね。それにちょっと気付いたら怖くないんだけどそれもありがとうございますを唱えているうちに光の自分に気付くからそっちが本物と判ったらもう思いを相手にしなくなるんです。

 的を絞ると迷わない

☆友人とありがとうございますの話をしている時に自分の心を誤魔化しているような気がして唱えにくくなってきたとかいう話を聞いて・・うまくアドバイスをしてあげられなかったんですけど・・・。

ーありがとうございますー
 ありがとうございますを唱える心を感謝の心で唱え出したら本物なんだけどまだ思いの心で唱えようとしている一面がありますね。感謝の心の方は謙虚な素直な真剣な心です。だからその真剣さが出せるかどうかという・・やっぱりありがとうございますに絞り込むという、そこまで出来たら本物なんだけど・ちょうど法然さんや道元さんがそうだったけど、法然さんは日本一というくらい碩学で何でも判っていたんです。どんなことでも判ってどんな立派な行ないを出来るような人だったんだけど、それでも自分には悟れないというふうに謙虚に反省して南無阿弥陀仏に絞り込んだんです。
 それで南無阿弥陀仏だけを一日、五,六万遍唱え続けているでしょう、他のこと何でも判るのに判らないと全部捨ててしまっているでしょう・・人から質問されても何をいわれても南無阿弥陀仏しか判らないと言ってしまうんですね。そこまで絞り込めたから早く悟ったんです。

 道元さんもよく似ています。止観只坐とただ坐れというんでしょう、それでいろんな習い事を始めようとした人を全部叱り飛ばすんですね。全部やめなさいとひとつに絞りなさいと言うでしょう、どんなことを出来てもそれをしたらダメと言います。座禅だけしなさいと言うんです。

 ありがとうございますも本当はそうかもしれないです。宇宙の大神さまへ心を向け続けるという本当の光源をズーッと見続けるというのが本当はいちばんいいんですね。そういう意味ではひとつに絞り込むという一点に絞り込むくらいの気持で他は全部捨てきってもいいと思います。
 ありがとうございますの中に全部あるから、だから枝葉の事なんか気にしなくても一番根本を掴んでしまったら全部自分のものになるんですね。それがありがとうございますの感謝の道だから、そういう意味で的を絞るというのが判ったら真剣になれると思うんだけど・・だから真剣にしたら迷わなくなるしそれがどんどん深くなっていくから自分の中からも納得するものが出てくると思います。