カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.


悟り

H:
 私、H・サトルというんですけど、サトルサトルといわれて四十二年間なんですね。最近ちょっと悟りつつあるんですよね。祈りというか瞑想という、これを家で十五分ずつタイマーつけて朝晩やっているんです。
 四日ぐらい前に、ずーっとやってたら'あっ、悟る'と思ったんですよ、いやいやホンマ。なんか感覚がね、`これかなあ〜'と思って。悟るところで十五分でピピピピって鳴ってしまったんですよ、(はははは、残念な)それで悟れなかったんですよ。だけどあのままずーっといってたら、「あっ、この感覚やな」と思ってそこに入ってしまうことってあるんでしょうか。

ありがとうございます:
 ありますよ、惜しいことをされて、あはははは。(やっぱりあります?)ありますね。

H:
 この感覚というのは、'あっ'と思ったんですよ。それで結局しなかったんですよ。あの悟った時ってどうなるんですか。生きたまま悟ってしまうんですか。

ありがとうございます:
 悟りは無限の段階があるんでね、(あっ、第一段階ですか)はい。(それが、僕の?悟りは?)本当の悟りは神さまとの一体感でしょう、神さまが宇宙全体にいろんな段階があるでしょう。その神さまと.体感が浅い感覚、深い感覚まで無限にあるんでね。いろんな形じゃないね、条件じゃないですね、無条件でフッと何か感じるものがね、神さまと一体感が出てくるのね。それも無限の段階がありますよね。残念でしたね、もうちょっと伸ばしたらよかったのに。

H:
 多分、後五分あったら悟ってたかも知れん。

ありがとうございます:
 今度、名前は悟じゃなくて「悟っている」と言うたらいい、はははは。

H:
 悟った時には、意識次元みたいなものがポンと上がるわけですか。感覚的に言うたら、今までの自分とは違うわけですか。

ありがとうございます:
 意識が自由になるのね。

H:
 スコンと?、あ〜、それも実感できるわけですね、そういう感覚みたいなのを。(はい)それが連続してずーっと行けば、一切不安な状態というのがなくなっていくわけですか。

ありがとうございます
 ファンは増えるんですよ、はははは。神さまは絶対心配したりしないでしょう、いつも喜びいっぱいですよね。悟りというのはもう喜びばっかしね、もう心配事や悩みや(無くなって行くわけですか)全然無いです。(ありがとうございます先生は無いんですか)無いです無いです、(不安も無いんですか)ファンはようけいてるじゃない、はははは(笑い)

H:
 僕の場合はやっぱり、不安がいっぱいあるんですね。昨日もお金のこととかね、人間関係(モテるんですね)不安・恐れ・おののきが一杯あるんですね。それはやっぱり一個一個悟ると、段々薄れていくということですか、例えば、徐々に、一気に無くなりますの?

ありがとうございます:
 一気に無くなる時もありますね。(ほお〜)そうでしょう、光をパッと掴んだらね、光を感じたら闇ってスッと消えるでしょう、瞬間にね、そんな感じですよね。(一気に無くなるんですか)一気の時もある、徐々にもあるんですけど。

H:
 はあ〜、それね、瞑想というか、それで僕はちょっと掴みかけたじゃないですか。そのプラスそれと、日常生活の実践で、僕が自分の仕事を通して自分を磨くというのを思っているんですけど。それのバランスというのは、祈りばっかりで百%いっても、そしたら日常生活はこなしていけるわけですか。

ありがとうございます:
 はい。先に心で掴むでしょう、それが時間の経過と共に現実化するんです。先ず掴んだものが現実化してくる、後からね。(後から現実化する)はい、だから、先に掴んだら勝ちなんです。

H:
 そしたら、意識次元を高めるというのは、悟りの祈りが一番で、二番目が実践ということですか。

ありがとうございます:
 後は、もう放っておいても自然に現実化する。

H:
 なんか、わかってきました。

ありがとうございます:
 悟ったんですね。

H:
 いや、悟りつつあります、はあ〜。

ありがとうございます:
 また、教えてください。

H:
 細かい質問してたら、また怒られます。

 身代わり

質問:
 友達が悩んでまして、台風で高速でどしゃぶりで走っていたらワイパーに鳥が来て、挟まったまま死んでたんです。それで「これはどういう意味だろう、車に乗ってはいけないのだろうか」って、(はははは)是非ありがとうございますに闇いてくださいと、かなり落ち込んでいるんです。

ありがとうございます:
 そうですか、もうプラスにプラスに思い返すのがいいですね。(どんな意味か)両方にプラスでしょう、鳥もね、そこへ挟まることによってね、救いとられていく。(別に悪いことじゃないですか)
 マイナスに見ただけ損するんですね、プラスに見るんだったらいろんな見方が沢山出てきますよね。(悩まなくてもいい?)損するでしょう、悩んだら、プラスの解釈一杯あるし、教えてあげてくださいね。

質問:
 例えばどのような? 自分のワイパーに鳥が挟まって死んでいるのを見て。

ありがとうございます:
 もし自分の車がどっかヘドーンと当たって挟まったらどうします? ねえ、大変でしょう。それを身代わりに鳥がね、神さまが鳥の姿に変身してね、身代わりにそれを消して助けてくださった、と思ったらね、もの凄い得したじゃないですか、ラッキー、ラッキー。百ぐらい教えてあげてくださいね、(へえ〜、考えて)考えてください。(※M:鳥だけに、取り越し苦労を取る・・)

 神さまが自分に対して何を与えてくださってるか

質問:
 私は最近結婚して、結婚した相手が台湾の方でして、そのお母さんと喧嘩が絶えなくて、ずっと我慢してたんですけど。自分で、もう感情のコントロールが出来なくて家を飛び出したんですけど、子供を置いてきちゃって、子供を引きとりたいんですが渡してもらえなくて、どうしていいかわからなくて。どうしたらいいか教えていただきたいんですが。

ありがとうございます:
 そうね、いろんな勉強があるのよね〜。でも、根本の一番大事なことというのはね、「神さまが自分に対して何を与えてくださってるか」というのに気付くことね。本当はもう無限に素晴らしいものを一杯プレゼントし続けてくれてるのね、それをみんな本当に受けるのを忘れてるよね。「無限の無限の輝きが一杯」という最高のものを与え続けて、受けてくれるのを神さまの方は待ってるのね。ところがみんなもう古いものばっかしを追いかけてね、「ほんのちょっといいものかな」というのを掴んで離そうとしないね。本当は、もう過去のすべてを離せた方がいいのね、心から離した方が新しいいいものをいつでも受けられるのね。

 だから過去のすべてを、まあ一つね、それぞれに体験として役には立つんですけどね。でも、マイナスの多いつまらんものを掴んでたら勉強もあまり進まないね。本当のプラスを発見する勉強よね、幸せを一杯掴む勉強なのよね。幸せの少ないところで幸せを探し回ってそれを掴むのも一つの勉強だけど。ちょうどゴミの山でね、一個のダイヤモンドを探すのと同じね。古いものというのはもうゴミみたいなものよね。そこで一個のダイアモンドを探そうというのも大変な努力も、褒められていいかもしれないけどね。でも、神さまはダイアモンドばっかしというような無限の輝き一杯のものを与え続けてるね。そこから受ける方がいいのね、本当はね、プラスの勉強という意味ではね。過去のことは全部忘れてね、今神さまから与えてもらってる無限の無限のプラス一杯受けよう、という気持ちになったらね、そしたらもうすべて解決していくけどね。

 感謝の心というのは、いつも新たに受ける心ね、「ありがとうございます」って神さまの最高の素晴らしいプレゼントを受け続けることよね。そうすると過去はもう掴む必要ないのね。過去のどんな姿も「幸せを受け損なった」というだけなの、これから幸せ一杯受け続けたらいいんでしょう。

 いい番組を見て欲しい

質問:
 今、実家に戻っているんですけど、このまま実家に居て、本当は実家に居たいんですけど。嫁ぎ先から離れることが自分は逃げているようにも自分で思うんです。でも、そのまま嫁ぎ先に居たら、多分私は気が狂うと思ったり。

ありがとうございます:
 そうね、これ、例えて言うとね、テレビ番組があるでしょう。神さまは無限の無限のチャンネルのテレビ番組を与えてくるのね、「どれを見てもいい」というふうに自由にさせてくれるでしょう。低い番組はマイナスが一杯なのよね。その一つの番組を見てるとするでしょう、マイナスから逃げようとしたら、自分が弱いんか、卑怯なんか、悪いんか、となるでしょう、そうじゃないよね。神さまはいい番組を一杯与えてるじゃない、一つマイナスは見てもいいけどね、すぐにいい番組に戻って欲しいのが神さまの願いでしょう。その一つの番組から逃げるのはね、逃げてるんじゃないよね、新しいプラスのいい番組へ心を向けるのが大事なんでしょう。

 自分が幸せになれるんだったら、プラスの多い方へ向けてた方がいいね、心をね。だから、勇気要るでしょう、ねっ、逃げじゃないよね、前へ進んでることだから。プラスヘプラスヘ進めばね、神さまの願いと一致して、応援も一杯受けて、早く幸せ一杯にしてもらうんでしょう。ただね、番組の中にね、いろんな配役がいろんな姿で演技するわけでしょう。高い番組ほどいい姿で演技してくれるね、同じ一人の人でもね。自分も本当は無限のチャンネルに出演していろんな演技してるのね、番組毎に必要な演技をするわけね。どの番組を見て欲しい? いい番組を見て欲しいでしょう、低い番組を見て欲しくないね。

質問:
 いい番組というのは、自分が幸せと思えることですか。

ありがとうございます:
 そうよ、幸せな演技の方がいいじゃない。そしたら自分が心をプラスに向けて行ったら、また幸せな番組を見ていけるよね。だから、過去にはもう執着せんでいいよね、「今、新たに新たに」という気持ちでね、気持ちを明るくして行ったら、周りのすべてが変化するね、良いように良いようにプラスに変化するから、大丈夫よ、そしたらね、うんうん。

 光の心を引き出してあげる

質問:
 友人のことですが、十四歳で芸能人になって、その子がなりたくてオーディションを受けてあっと掴んだチャンスだったんですが。学校に行くのも嫌になり、そのうち仕事も、「学校へ行かないと困るから」と言われるようになったかで、その仕事も嫌になったとかで。辞めて水商売のホステスを十四歳だけど'したい'と言ってて、親は心配で止めてたんだけど、言っても聞かないので、これは見守るしかないのでしょうか、ということなんです。何かアドバイスがありましたらお願いします。

ありがとうございます:
 人気商売って恐いね。ある意味ではそうよね、人の思いを一杯背負うからよね。人気が出てきたらね、スターなんて本当は大変な仕事なんよね。いろんな人の思いを被ると、その思いに負ける可能性もあるのね。明るく感謝の心で生きてたら人の思いは全部消し切って、自分の素晴らしさを発揮するだけでいいよね。ところが、心がしっかりまだ出来てない時にスターになったらあかんのね。(というか人気までも行ってない)行ってないの? 途中なのね。

質問:
 学校の方がメインなんだけど、学校へも行かなくなって、という感じで。

ありがとうございます
 思いに負けるとね、やる気がなくなるんでしょう。

質問:
 本人はホステスをやりたいと、(ホステスを、はははは)かなりそういうふうな感じでは大人。今の子は大人の感じで、見ても十四歳とはわからない感じかな。芸能界というのは、その子が初めて前向きに'なんかやろう'とした感じに見えたら、親たちは応援したんですけど。助言をした方がいいのか、ただ見守っていた方がいいのか、どうでしょう。

ありがとうございます:
 まあ、人の自由意志は縛れないよね、親でも子供の自由意志は絶対縛れないね。ただ、助言を願ったら助言は出来るけど、それよりもやっぱり感謝して、光をどんどん与えてあげる方がいいのよね。光を与えるって、光を引き出してあげる方がいいんでしょう。光の心を引き出してあげたら、思いに負けなくなるよね。(それは、どうやって?)「ありがとうございます」ってね、子供に対して拝み続けたらいいね、そうすると中から神さまが現われて光り輝く心に変えてくれたら、思いがスーツと消えていくよね。そうすると自分をしっかり見つめる心になってね…


質問:
 もし、水商売のホステスを選んだことを感謝するとかではなく、応援するのでもなく?

ありがとうございます:
 水商売のホステスは悪いんじゃないけどね、何のためになるの?お金儲け? そんなんだったらつまらんよ、それじゃあ損するよ、後でね。

質問:
 今、楽しいように見えてるんですよ、十四歳だから、そういう世界を。

ありがとうございます:
 本当に、'人を幸せにするために'というのだったらわかるけどね、お金儲けの為にとかね、お金を儲けて賛沢に着飾ったり出来るからというのだったら、それは間違った生き方になるね。後でまたしんどい目をするでしょう、後悔するのね。人に幸せを与える生き方をしっかり選ばないとね、その方が自分も早く幸せになれるのね。

質問:
 もし、助言するとしたらそういうような感じで。

ありがとうございます
 自分で考えないとね、しっかりとね。「何が一番必要な生き方か」ってね。周りの人がしっかり拝んであげることね、「ありがとうございます」ってね。そうするとそれが一番の力になると思うね。(わかりました、ありがとうございます)ありがとうございます。

 「思い通りに」という気持ちを捨てる

質問:
 私は去年ありがとうございますに出会いまして一年と少しになるんですけども。それから毎日のようにテープを聴かせていただいて、聴いていると心穏やかで素晴らしいお話で、すごく感動して嬉しいんですけれど。ただ、毎日「ありがとうございます」を歩きながらとか、電車に乗りながらとか、掃除をしながらとか、気がついたら言えるようになっているのですけれど。なんかやっぱり過去を掴んでいるというのか、掴みを離せない、「ありがとうございます」を唱えながらも心が晴れないのはどういうわけかな、と。

ありがとうございます:
 
感謝の練習を始めてもね、まだ本当の感謝にはなりにくいのね。それは過去にずーっと思い通りに生きたいという惰性が残ってるでしょう。本当に思い通りに行きたいという生き方を捨てて、「感謝一筋に」という生き方に本当に切り替わった時は楽になるのね。何故かと言うとね、「思い通りに」というと、人の自由意志は神さまは絶対縛らないからね、神さまが引っ込んでしまうのよね、奥へね、邪魔しないのね。

 もし出てきたら思い通りにならんからね、邪魔されたことになるでしょう。思い通りに生きたいという願いが全面に強くそういうふうに出てくる時は、神さまは必ず引っ込んでしまう、奥へね。そうすると、神さまの助けがなくなって、感謝が浅くなるね、同じ「ありがとうございます」を唱えているようでもね。そうすると神さまを感じ取れないんでしょう、だからなんか心がすっきりしないのね。でも、
「思い通りに」という気持ちを本当に捨てようとした時にね、初めて純粋な感謝一筋の心になるでしょう。その時は神さまは喜んで飛び出してくるわね

 「思いを消して欲しい」か「思いを実現したい」か

質問:
 思いが浮かび上がって来た時に「ありがとうございます」を唱えているんですけども。

ありがとうございます:
 その思いが出てきた時にね、自分がどっちを選ぶかよね。「思いを消して欲しい」という側に立つか、「思いを実現したい」という方に立つかなのね。「消して欲しい」という方へ立った方がいいね、「思いのすべてを消してもらう」という立場に立つと感謝一筋の心よね。そうすると神さまが助太刀に入って思いを消してくれたらすっきりした心になってくるね。

質問:
 何か事がありました時に、例えば、自分の事とか、商売の事とかであった時に祈らせていただいた時に、本当に神さまの思いというのは伝わってくるんです、相手が変わって来たりとか。そういう神さまの実感みたいなのは持てるようにはなっているんですけども。

ありがとうございます
 ただ、この世の生活の中で、例えば「良くなりたい」と思うでしょう。それはやっぱり「自分の思い」なのね、自分の願いになってしまうのね。ここがちょっと大事なとこなんだけど。「この世を良くしたい」という願いの方はね、これは「思いの心」なんよね、「この世の姿を良くしたい」というのはね。

 病気でも「治りたい」とかね、お金でも「儲かった方がいい」とかね、「人間関係が良くなりたい」とか、ぜんぶ自分の思いの願いの方なのね。これは感謝一筋の心とちょっと違うのね、正反対になるから。自分の願いを前面に出した時はそういうふうに願ってしまうね。それもスカッと捨てた方がいいね。

質問:
 先生のテープを聞かせていただいている時は頭の中で理解できるんです。この世の中のすべては神さまの掌の中に居てて、過去もぜんぶマイナスのことがあるからプラスに向いた時はものすごい感動がきますよね。

ありがとうございます:
 でもそれはね、低い番組掴んだ状態でしょう、まだね。これが「感謝一筋の神さまの御心を受ける」というのと違うのね。神さまは無限の無限のプラスを与え続けてくれるでしょう、それを受けるのが感謝一筋ね。「無限の無限のプラスばっかし」という生き方を徹底するのがいいね。

 そうすると神さまが喜んで飛び出してくれるのね、飛び出して助け続けられるのね。でも低い番組を掴んでね、マイナスをプラスに思い返してするのはいいことなんだけど、まだまだ小さいつまらん生き方ね。だから、過去のすべてをぜんぶ心から離して、小さいプラスもぜんぶ離してしまって、そして無限の無限のプラスを受けようというのがいいのね。そうするとスカーッとしてくるね、一瞬にスカーッとするのよ。神さまが救いに入った時はスカーッといっぺんに変わるの。

 ところが神さまが出て来れないのよね、やっぱりね、人が思いを出すと、願いを出すとね、「邪魔したくない」というのがあってね。「神さまを受け入れる」というのは、無限の無限のプラスだけを受け入れるということなのね。つまらん思いも願いも要らないのね、「神さまだけを受け入れたい」という気持ちになった時が、本当の助けがスッと入るから。そうすると思いも全部消して、本当に青空に太陽のような心にスカッと変えてくれるのね。その時に本当の感謝が湧き上がるの、喜びが湧き上がるのね。そして現実もプラスぱっかしに変化するのね、奇跡が一杯起こるんだけど。

 そこまで本当に徹底できたら、本物になるのね。その切り替えよね、切り替えの練習なんだけど。もう徹底するのがいいよね、「感謝行」というのはね。そしたら効果がすぐにパッと出てくる。だから、現案を先ず掴まない方がいいよね。現実のすべてぜんぶ神さまにお返しして消してもらうぐらいの気持ちになった方がいいね。それで新しい善いものにぜんぶ置き換えてもらうのね。

 神さまの最高理想だけを言葉にした方がいい

質問:
 娘が去年の12月に亡くなったということで、闘病1年で亡くなったその1年間の中でいろんな思いをしたんですね。今、子供を亡くした親の会とか、そういう会の集いがあって、それにぼちぼちと参加するようになってきたんですけど。
 やっぱり経験したからこそ思う患者側の思い、今現在の日本の医療体制というもののギャップというのがかなりある。それはやっぱり声を出すことによってお医者さんたちにも伝わり、お医者さんたちもまたそれを考えるという中で建設的に良い方向になって行きつつある段階、それでもまだギャップは激しくあるというところにいると思うんです。

 私はそういう体験をしたという中で思いがあるんですね。それを伝えるということは、前向きなことになるのではないかと思ってその会に関わって行こうかなと思っているところなんです。その思いというのは、ありがとうございますの言っている「思いを持たない」というところで言うと、私の思いは思いだから思ってはいけないのかなと思ったりするんです。

 それでどういうふうにとらえたらいいのかと思った時に、私が我を出しての思いではなくて、より良くなくなっていただきたい、原点は「ありがとうございます」という感謝の思い、お医者さんに対しても'こうして欲しい'という要求ではなくて、お医者さんにも、関わってくださった方々にも「ありがとうございます」、その「ありがとうございます」の中から更に'良くなって欲しい'という思いであれば、それは感謝のところから出てくる思いであって、それはいいのかなと思って…。

 それは思いではなくて、自分の中の原点を「ありがとうございます」というところに定めていれば間違わないかなと思ったりするんですけど、どうなんでしょうか。

ありがとうございます:
 現実のマイナスは言葉にしない方がいいのね。過去のことも今のこともね。理想の現実化というのも、神さまの最高理想を現実化するのは、神さまの最高理想だけを言葉にした方がいいね。
 それは感謝一筋で神さまの最高理想だけを言葉にし続けたら、神さまは応援に付いてくれるでしょう。それは自然に形に出て現実化するのはいいのね。その自然な過程で何をしてもいいのね、神さまが中から力を添えてさせてくださることだからね、それは理想の現実化の働きで自然に出てくるものよね。それは自由自在にされたらいいよね。ただ、過去のことを言葉にする場合にね、マイナスの言葉は使わない方がいいね。

質問:
 動く中でマイナスの言葉は一切使わず(使わない方がいいね)前向きな言葉、プラスの言葉を使う中に、それが自然の流れになって(自然の流れにね、はい)神さまの働きも受けられるという。

ありがとうございます:
 そしたらもう大丈夫ね、神さまと一緒に歩めるからね、はい。

 神さまがぶつかって来た

質問:
 今ので、マイナスを言葉にしないというが、さっきの鳥の話しなんですけど、ワイパーに鳥が挟まったことを良いようにとらえるのに、自分が車に挟まったらどうだった? という、それは大きなマイナスの言葉になるのではないんですか。(それ、プラスに変えてるでしょう)いいんですか、そういうふうに出すならいいんですか。

ありがとうございます
 本当は、もっともっと大きいプラスのことが一杯あるわけでしょう。(それを引き合いに出すのは…)「大難を小難に変えてもらった」と言ったらプラスになるでしよう。

質問:
 そういう場合の例えの大難を口にするのはいいのですね。

ありがとうございます:
 それ以上に「無限のプラスが一杯」の方がいいじゃない。本当は現実を相手にしなかった方がいいんでしょう。現実の過去の姿をもう相手にせずに「ああ、もうみんな消してもらった」というぐらいの気持ちでね、過去のマイナスをぜんぶ総ざらいに消してもらったというぐらいに思ってね、今は無限の無限のプラスが一杯というふうに受けた方がいいよね。そしたら、鳥が挟まったなんて思わないよね、「神さまが飛び込んで来た」と言えばいいじゃな.い。

質問:
 鳥が死んじゃったと思わないで、神さまが天国へ行ったと思うんですか。

ありがとうございます:
 そんなん天国も何も無い、「神さまが今ここに」というぐらいがいいじゃない。(死体を見て?)いや、死体が見えないの。(どうするんですかその死体は)光り輝いた鳥だけが居てるっていう感じで、(そうなんですか? そのものを見ても?)生き返るかも知れないよ、あはははは。本当にね、鳥がぶつかって死ぬとは限らないもんね、「神さまがぶつかって来た」と思ったら。

質問:
 現実に死んじゃってても、なんて言っていいのかわからなくなる。

ありがとうございます:
 フェニックスみたいに甦るかも知れない。ただ、マイナスの言葉を先に使ってるじゃない、その言葉を大きいマイナスを小さく見た方がいいじゃない。(使ってしまった時には?)そのマイナスの言葉を更にマイナスが小さい言葉に変えてね、それで最後は大きいプラスの言葉を使う方がいいよね。段階があるでしょう、それを百ぐらい教えてあげたらいいね。

質問:
 わかったようなわからないような、ありがとうございます。

 人生の目的

質問:
 私が子供の頃から「私は何でこの世に生まれてきたんだろう」と子供心に感じながら生きてきました。だけど、現実の世界が私にはピッタリ来なくて、何か不平不満と言ったらおかしいですけど、チャレンジ精神はあるんだけども、でも本当にそれをやり遂げても満足しない。ただ、みんなが喜んだり、そういう奉仕をするとすごく楽しいんです。でも、現実に働いて、家族の面倒をみてとか、あまりそういうことに対しては喜びとか充実感というのを感じないんですよね。
 これはおかしいのかな、私に欲がありすぎるから神さまに「ありがとうございます」の感謝の心が足りないからそんなふうに思うのかなあと思って。53歳になってる自分が、悩んでいるんですけど、それを教えていただきたいと思うのですが。

ありがとうございます:
 若いですよ、まだ、はははは。人生の目的って一番大事でしょう。「本当の人生の目的とは何か」というのがね、もうみんなの最大の命題よね。神さまから与えられた一番大きな問題ね。これは、神さまの心を掴まないとわからないね。神さまが人をこの世に生み出した目的があるでしょう、神さまに本当の大きい目的があるのね。
 神さまの目的と一致すればすっきりするのね。「神さまは何の為にこの世に人を生み出しているか」でしょう。一番根本から神さまの計画を見直さないといけないね。

質問:
 見直すためのアドバイスが「ありがとうございます」を何回も何回も唱えていれば…。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」は、究極の神さまの名前だから、「ありがとうございます」を唱え続けたら必ず神さまが助けに入ってくるね。神さまの心を感じ取れるように変えてくれるのね、そしたら神さまの心がわかれば、目的も何もかもすっきりしてわかってくるでしょう。そうすると気付きが増えて心が納得して目的もしっかりして、そして自分に与えられた役割も果たせるというふうになってくるのね。本当の人生の目的って、私も中学の時から悩んだよね、「何の為に生きるのか」ってね、もう死ぬ思いして悩んだのね。

質問:
 死んでしまおうかなということもありました、わからなくて。賛沢な悩みなんですけどね、他の人から見るとね。

ありがとうございます:
 でもね、本当に悩み出したらね、その答えがわからなかったらいつ死んでも同じことになってしまうでしょう。

質問:
 結局、迷い迷いで、過去を振り返って見たら「何をしたんだろう」と、「何一つ自分は納得してないな」という。その刹那刹那は満足しても、果たして振り返って見て「私は何をしたんだろうか、何の役にたったんだろう、ただ自分の我を出すだけじゃないか」とか。私が居るためにそして子供を育てる、「じゃあ、私はそういう役目があったのかな」とか、そういう‘点'でしかないから。ご本を出されたり、有名な方が一杯いらっしゃいますでしょう、そういう方と比べて私は凡人だから、それはそれで仕方が無いのかな、そういう役目かなと、そういう気もしているんです。
 気学を通じまして、自分のことを最初から話して心を自由にさせる訓練をさせていただいて、それによってある程度執着というものはかなり出来るように変わったとおっしゃってくださるから、おそらく少しは出来るようになったのかと思うのですが。ありがとうございますのサイトを読ませていただいて、輪廻の世界なんていうのはまだまだ低い世界だということで、それが頭に入って、一度おうかがいしなければと思って。

ありがとうございます:
 人生の目的も段階があるのね、最初は低い段階で満足するのね。思いを生きているという時は、思い通りになるのが願いなのね、それで満足できるのね。でも段々とそれで満足できない自分になって来たということは、成長してるのね。小さい人生の目的では納得できなくなるね、満足できなくなるでしょう。それで段々と本物へ近付いて行くのね、だから、人生の目的に付いて悩む方がいいのよね。

質問:
 そうすると現実社会ではぶつかっちゃうんです。私は全体のものを見て「こういうふうにしたら前向きに持って行けるよ、良くなるよ」というと、それを足を引っ張ると言うとおかしいんですが「めんどくさい」とか、そこまで同調してくださらない方の方が多いですよね。そこで葛藤すると「私はちょっと走り過ぎかしら」とか…、

ありがとうございます:
 それもいいのよね、それも途中の過程のいろんな勉強になってるね。だから、本当の正しい目的にどんどん近付けば全体が調和してくる、本物になればなるほどね。

質問:
 じゃあ、私の思いは間違ってないのでしょうか、方向として。

ありがとうございます:
 どんどん本物へ近づけてもらっている過程ね、今ね。今の状態でいいのじゃないよね、まだまだもっともっとすっきりした目的が出てきて気持ちも納得してくると思うのね。それは「ありがとうございます」を唱えているうちにね、段々と自然にそう変えてくれるけど。

H:
 生きる目的というのは、「本物の自分に気付く」ということだと思うんですね。そこで僕は自分の使命というのがまだわからないんですけども。それは今瞑想をやって、「あっ、そうや」というところまで行って、行った時に初めて「自分がこの命を何の為に使うか」という使命が見えてくるわけですか。(はい、そうです)まだ僕は見えてないんですけども、そこに到達することによって、ただ単に本物の自分に気付くというのを生きる目的に持って来て、感謝するために生まれて来るというだけではなく、プラスそこに神から与えられる使命というのが出てくるんですか。

ありがとうございます:
 出てきます、はい。早く気付いたら生き甲斐が湧き上がるのね。

H:
 だから、迷うんですね、使命が見えてないから。見えた時には本物で、また意識次元が高くなっていくと、使命もその意識次元に合わせてまた変わってくるわけですか。

ありがとうございます:
 どんどん変化してきます。

H:
 どんどん変化するんですか、一つじゃなしに? 

ありがとうございます:
 はい、それで最後は自由自在になる。一瞬に変化するかも知れないね。今、一つのことをするでしょう、次の瞬間、別な正反対のことをするかも知れないね。それが自由自在に、全体にとって必要なことを、一番必要なことをさせてもらう自分に変わるのね。最後は神さまの心に一致するだけね。

 神さまを呼ぶのがいい

H:
 それは、具体的に、ありがとうございますのテープを聞<とか、本を読むとか、瞑想、お祈りをするとか、大体その3パターンですか。

ありがとうございます:
 一番いいのは「ありがとうございます」てね、神さまを呼び続けることよね。私のテープなんか聴いても大したことないから。神さまを呼ぶのがいいね、「ありがとうございます」って、呼び続けることよね。「ありがとうございます」が神さまを呼び続けて、神さまに自分をお任せしていることだから。過去の古いのをぜんぶ消してくれて新しいものに置き換えて来るね。

H:
 時間的にはお祈りの時間は24時間あるじゃないですか、思考停止の時間もずーっと「ありがとうございます」を言い続けてたらいいんですか。

ありがとうございます
 ずーっとね、24時間、更にプラスアルファ、アルファの無限時間。

H:
 瞑想時間が15分とか、そんなんじゃなしに?

ありがとうございます:
 もう、ずーっとね。一番いいのが、‘神さまと一緒にお祈りさせていただいている'というのがいい。

H:
 スチュエーションは要らんわけですか、暗いところでやるとか、電車の中であっててもいいわけですか。

ありがとうございます:
 ‘いつも神さまと一緒に'というのがいい、一番楽なのね。

 古くなるほどプラスが減って行く

質問:
 私たち一人一人も神さまが変化した姿なんですか。

ありがとうございます:
 本当は宇宙のすべては神さまの表現でしょう、神さまが変身して現われてるね。無限の無限のチャンネルすべてが神さまの表現ね。ただ一番上の番組が無限に無限に輝いてて、それが「一瞬今新たに出てきた姿」ね、それが「時間の経過と共に番組が下がってくる」のね、「古くなるほどプラスが減って行く」のね。それで長く経つほど地獄絵図になる、古いのね。(だから、過去は掴まない)古いのを追いかけない方がいいね。新しいものを受け続けたら、いつも宇宙大の花火が打ち上がってるのね、それを見る方がいいのね。新しいもの新しいものと受ける方がプラスばっかしになるね。それが感謝行の練習になってくるね。

 無限の無限のプラスの言葉を使う

質問:
 いつも神さまと一緒にいたいという気持ちで発言とか行動をしますね。私はいいと思ったことをします、人に対して、子供に対してとか。それに対して反発をくらったり、反感をくらったりします。それは私に言ってくれてるのだろうということはわかります、「これは、私の姿を見せてもらってるのだな」と。これは私の気持ちにはそぐわないな、プラスにプラスに考えてもそぐわないなと思う時は、やっぱりそれは間違っていると考えてよろしいのですか。

ありがとうございます:
 普通最初に、この現実を先に掴み過ぎてるのね。最高表現と比べると現実はゼロかマイナスに近いものになってしまうね。現実を掴んで言葉にするとマイナスの言葉が出てくるね、沢山ね。「神さまを相手にする」という時はね、無限の無限のプラスの言葉だけ、ねっ。だから、「みんな無限に無限に幸せで一杯」と言わないとね、「みんな無限に無限に素晴らしい」と言うのがいいね。現実を言葉にするんじゃなしに、最初に最高の褒め言葉を使い続けるのね。そうすると、それが現実化してくると自分がすっきりした心で納得できるね。先に、「無限の無限のプラスの言葉を使う」というのが大事ね、そうすると心の照準が神さまの方へ向くから、後、そこから現実化してくる姿を受けたら納得できる。

質問:
 そうすると、私はその人が居てくれるだけで嬉しいと感謝し、「この人にだったら」と思う気持ちだったらよろしいですか。

ありがとうございます:
 ううん、でもそれは現実の姿を見るだけだったらまだつまらん見方じゃない。「無限に無限に輝いている」と見ないもんね、まだね。本当は無限の輝いた姿が見えたら納得できるのね、もう、‘眩しい'というぐらいね「無限に輝いている」というふうに「みんな無限の幸せで一杯」というふうに感じられた自分が幸せなのね。それを先ず感じるためにはプラスの言葉をしっかり使わないと、照準を神さまに合わせないといけない。

 例えば太陽を見るとするでしょう、太陽を見る時は「無限に輝いている」と見るでしょう。でも太陽にまっすぐ目を向けている時はそう言えるけど、ちょっと角度を逸らしてご覧よね、太陽から出てる光を見たぐらいでは無限に輝いていると言えなくなるね。それで次に太陽に背を向けたら闇が見えてくるじゃない、ね。

 これと例えたら同じね、神さまに心を向けるというのはね、「無限の無限のプラスが一杯」と言わないといけないの。言葉で心の向きを変えるのね、照準を定めるのね。そうすると無限の無限のプラスの言葉を使うと、神さまに心がすっきりとスッと向くのね、その時に神さまを感じるの。

 現実は無視よ、本当はね。現実を無視して「無限の無限のプラスが一杯」と言うのが本当の感謝行になるの。病気をしてても「無限の無限の健康で一杯」と言わないとね。不幸な人を見ても「みんな無限の無限の幸せで一杯」と言わないといけないね、その言葉を使い続けたら、その言葉に神さまが感応して波長を合わせて降りてきてくれるから、幸せな姿をとり続けてくれるね。

 無限に素敵

質問:
 また友人のことですが。結婚して8年になって愛が冷めてしまった旦那さんと、子供も作りたいと思えないけれど、愛している振りをしているのがいいのか。というのは、経済的にも自分の両親のことを考えると不安が一杯だし、それでごまかしているけれど、それでは旦那さんの未来をつぶしてしまうのではないかという心配とかでストレスが溜まっているんです。演技というか、愛している振りをしていると、そのうち本当にその振りが本当になってくるのか、このまま行っていていいのかどうかということなんですが。

ありがとうございます:
 このまま行ってもいいし、行かなくてもいいし、本当は自由自在でしょう。ただ、プラスの言葉を一杯使う方がいいね。まだ現実を見てマイナスの言葉に変えてしまってるでしょう、これをプラスにプラスに変えたらね、言葉だけでも先にね。だから「愛してる」と言えばいいよね、「大好き」と言えばいいじゃない、「無限に素敵」と言えばいいじゃない。

 (気持ちがついて行ってなくても言いまくるんですか)そう、
言葉が心を作るのね、言葉が先よね、言葉通りに心が定まってくるからね。それが信念になったら環境がガラッと変わるね。だから、いい言葉を使い続けたら必ず心が大きく変化するじゃない、そしたら周りも変わるの、波長が、番組が変わってくる。

 (愛情が無くなった、って言わないで)そういう言葉を使うから愛情がなくなるのよ。(愛情が一杯って)「無限に愛してる」と言えばいいじゃない、「無限に愛されている」ってね。そうするとそういうプラスの番組が現実化して出てくるから、その時は相手が変わるかも知れないけど、別に構わんよ。

質問:
 今は、自分のエゴで経済的にとか、そういう離婚はどうかなという執着で一緒にいてるけど。相手にとってそれが害になってないかと気になっているようで。

 マイナスが出たらプラスを10倍言えばいい

ありがとうございます:
 すべてにおいてマイナスの言葉が多すぎるじゃない、それ。少しでもプラスにプラスに変えたら、その分だけでも変わってくるね。マイナスの言葉を翻訳する‘翻訳家'になればいいと言うてあげて。もうすべての言葉を、マイナスの言葉をプラスに変えてくれたらいいね、先ずね。

質問:
 そしたら、もう現実化して行くんですね。

ありがとうございます:
 先ず新聞を見て'ぜんぶプラスに変えて’と言うておいて。(新聞のニュースを見て?)うん、(練習ですね)練習に。1回マイナスの言葉を見たらね、10回プラスの言葉を繰り返して、というふうにね。(声に出す方がいいですか)心でいい、プラスの言葉を沢山使うのがいいね、そうすると世界を変える力が付く。

質問:
 それで生き甲斐も無いと言う。

ありがとうございます:
 無限の生き甲斐で一杯と言えばいいのにね。損してるじゃない、ねえ。プラスに使った方がいいね、言葉はね。(はい、ありがとうございます)

H:
 僕は会社を経営しているんですけど、そこには社員がいます。価値観が僕とは合わないという人が何人か居る中で、自分は前向きに変えよう変えようと努力するんですけど、なかなか人というのは変わってくれないじゃない。やっぱり指摘したいことが沢山あるんです、どうこう言い出すときりがないんですが。そういうのはそのまま否定的なことを言うたとしても、あくまで否定的なことを受け入れて自分がその人を見て、その人が砥石となって鍛えられているんだなと見る見方で、自分が変わっていくというスタンスでいいんですか。

ありがとうございます:
 
もう一つ根本から言うと、自分の心にある言葉・思い、その全体で信念を作るでしょう。その信念が番組合わせの・波長合わせになってるのね。自分に合わせて神さまがピッタリの姿になって出てきてくれているのね。その信念の中にはプラスとマイナスの両方があるのね、普通ね。マイナスの信念にはマイナスを持って現れるのね、プラスにはプラスが現れるでしょう。だから、周りに見えるのはぜんぶ自分の心にあるものなのよ。そうすると、プラスに変えようという時は、マイナスをプラスに言葉に変えて思い返すだけでいいね。マイナスが出たらプラスを10倍言えばいいね。



 みんな悟っている

H:
 僕は社員を見て‘甘いな、こいつ'と見ているのは、自分の甘さを見てるわけですか。

ありがとうございます:
 そうそう、心に甘さの部分があるのね。(あるからそういうふうに見る?)そう、見せてくれてるね。(僕はそこで、もっと厳しくする?)変えたいわけでしょう、甘さを変えたかったら「無限に真剣」というふうにね、言葉をプラスに変えるといいね。

H:
 ああ、そうか、僕を見てるわけか…。もっと自分に真剣にならないとあかんのだ。(そうです)

質問:
 人やない、自分や。

H:
 あ〜、そういうことですか。

ありがとうございます:
 楽しいでしょう、そしたら、ねえ。自分で変えるんだったら変わるのよね、人を変わるのを待ったら永遠に変わらないのね。「悟りたい」という時はね、「みんな悟っている」と言えばいいのよ。「みんな悟ってる」と言うと、すぐに悟れる。

 血は濃いと言うてもね、命はもっと濃い

H:
 僕はずーっと人から「悟、悟」と言われてますから、「そんなことないねん」と言うてしまうんですよ。これは、肉親と他人とあるじゃないですか、肉親は兄弟だったり、他人は社員さんだったり関連する身近なんその辺は区別をしない方がいいんですかね、神さまの目から見ると。ぜんぶフラットですか、(はい)そこでこだわる必要はないわけですね。血とか遺伝とか、血は濃いと言うじゃないですか。

ありがとうございます:
 血は濃いと言うてもね、命はもっと濃い。

 みんな自分

H:
 つい肉親や弟なんかに甘〜くしてしまうところがありますけど。それは区別しない方がいいんですね。

ありがとうございます
 本当ね、神さまにとったらみんな一つだからね、神さま側に立って見た方がいいよね。「みんな自分」というぐらいな気持ちで見た方が一体感が深くなって正しく見れるね。「みんな自分」ですよ、はははは。

 遺伝

H:
 遺伝というのがあるじゃないですか、母親から僕や弟が生まれているんですけど、その遺伝子を含んできているわけですね。顔は似ていないですけど性格的にはやっぱり似ているところとか似てないところはあるんですけど。それも遺伝というのにはこだわらなくてもいいわけですか。

ありがとうございます:
 今の科学でいう遺伝子の段階はね、神さまの宇宙創造から見ると末端の部分的なとらえ方なのね。本当の神さまの宇宙創造はもっと、もっと凄いね、最高のものを生み出す働きが、これも遺伝と言うたら遺伝よね。どんどん新しい善いものを生み出してくるでしょう。人間の方は途中の低い段階でちょっと部分的にとらえて‘遺伝'と言うのね。それは今の段階だったら、思いだけでも神さまの創造を歪めてゆくでしよう。そしたら遺伝子が歪むのね、働きが歪むのね。遺伝子操作でも途中でちょっとするだけだから大したことないのね、本当はね。根本の神さまの宇宙創造の働きをそのままスーっと現したら、この世の遺伝子の働きも一番正常な調和した姿をとり続けるのね。思いの干渉がなかったら遺伝子が歪んだりしないからね。

H:
 絶えずそこで苦しむわけじゃないですか、遺伝とか、環境とか、業とか、カルマとか、その思いの中で、そこを突破できない人が絶えずそこで迷ったり不安になったり。そこの神のレベルに行き着く方法というのは、なかなかそこまで行けないからみんな苦しむんですよね。

ありがとうございます:
 それは過去の部分を掴むからでしょう。

H:
 過去の遺伝子を引きずって、この世に生まれて、1歳から12歳までですか、この環境で今の性格が出来上がって、そこで苦しむわけじゃないですか。それはなかなか…

ありがとうございます:
 つまらんね、損してるじゃないみんな、過去のつまらん…

H:
 過去を吹っ切ると言っても、記憶として残ってますから。

ありがとうございます:
 それで大事なのは、神さまから新しいものを受けるのね。

H:
 それは絶えず「ありがとうございます、ありがとうございます」を24時間言ってたら吹っ切れるわけですか。

ありがとうございます:
 吹っ切れるね。もう過去を相手にしなくなるでしょう。そうすると新しい善いものばっかしが自然にスッと出てくるの。そしたら過去の遺伝なんて無関係よね、影響を受けな〈なるね。

H:
 でもね、今この方が言われたことは、引き合いに出して申し訳ないけど。お子さんが居られて、<ご主人側の親に引き取られて、引き裂かれた形になっておられる>僕だったら絶対引きずるんですよね。過去のことは忘れろと言うても、人間なんだからね。お子さんに死なれたということも、絶対引きずりますよ、それを「ありがとうございます」と言うてても絶対過去のことを一切ズバッと断ち切れるんだったら、僕は本当にすごいことだと思う。

ありがとうございます:
 それは感謝の心でないとねえ、それは断ち切れないでしょう、思いの心は引きずられて行くよね。思いの心が消されて感謝の心になった時にはじめて神さまから最高のプレゼントを受け続けられるでしょう。その時は一切の過去を相手にしなくなる。

H:
 相手にしなくなるんですか、24時間「ありがとうございます」

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」で、いいものを受け続けるだけになる。それが忙しいから、過去を振り返る暇がなくなる。

 感謝すると神さまを感じる


質問:
 私は一年生の時に母親がいなくなって、それこそさっきの話ですと、置いて行かれた子供の立場なんです。それでずーっと同じように過去を引きずって生きてきたんですけど。自分が子供を生んで、その時に、ずーっと恨んでたんだと思うんですよ、それがすっと消えたんですけど、それでずーっと来てたんですけど、でもやっぱり母が恋しいという思いがずーっとあってモヤモヤしていたんですが。
 この間ここに来させていただいて気付いたんですけれど、生んでくれただけですごい‘感謝だな'と思って、それだけで'幸せだな'と気付かせていただいたんですよ。すると、今までの思いが不思議とすーっとぜんぶ消えて軽くなって、すごく幸せだな、生んでもらって良かったなって。母親は一年生の時に別れたきりなんですけど、顔もわからないし、写真もないし、生まれた時の写真も何もないんだけど、でも身近に母を感じて、すごい幸せだなあと感じたんです。こちらに来るまで「ありがとうございます」ということを唱えさせていただいて、それからずーっとそうなんですけど。そういう意味で実感したんです。

ありがとうございます:
 感謝すると神さまを感じるのね、神さまの愛を感じてぜんぶ問題解消よね。

 人の思うことと神さまの思うこと

質問:
 子供が3人いますが、上の2人の子が学校へ行けない時期があったんです。私の努力ではなく、子供が自分で解決して済んだんですが。近所に友達で、素晴らしい方なんですけど、そういう方がいらっしゃるんですが、私にはわからないし、その人の問題だから、心が痛むんですけど…。

ありがとうございます:
 痛める必要ないですよ。人の思うことと神さまの思うこととぜんぜん正反対の場合があるのね。どんな子も普通に学校へ行って成長したらいいと思うんですけどね、そうじゃないね。その子にとって何が必要かというのが、背後の守護霊さん守護神さんを含めて神さまがよく知っててね、一番必要な勉強材料を与えて行くから学校へ行かなくても大丈夫なの。(そうですか、ありがとうございます)人の願うことと、神さまが本当に願ってくれることとぜんぜん違う場合が多いから、神さまにお任せの方がいいのね。だから、すべてプラスに変わっていくね、‘善し、善し,でいいの。

 病気の原因

質問:
 私は昔すごいアトピーで、食事療法やいろいろやって改善できたんですけど。今はすっかり治ったと思ってたんですけど、自分の心の持ち方で病気が出来たりするんでしょうか。

ありがとうございます:
 病気の原因は沢山あるよね、一つや二つじゃないからね、心の持ち方でも変わるよね。
 一番大事なのは、神さまから無限健康をいつも受け続けられたら一番いいよね。無限健康を受ける心は、いつも明るい心よね。無限に明るい、無限に安らかな、もう絶対イライラしない心でしょう。感謝一筋の心よね。そうすると心もしっかりしてるしね、悪いことが何も起こらない状態ね。

 
アトピーって普通、人間関係でイライラするとね、そういう心の原因でなる場合があるよね。ただ、アトピーになった時は、その心を浄めてくれる時の働きね。先に心に原因があって、その心を浄めてくれる時に形に現れてくるね。だからアトピーになって心が浄まるのね、それで心を正しく変えてくれるね、清らかにしてくれる。後、心がすっきりして楽になるよね。(浄化してくれる?)浄化の働きね、どんな病気もね。病気するほど喜べば本当は得するんだけどね、それで悩んだらちょっと悩みが心に溜まるじゃない、その分損するだけで、はい。

 閃きが必ず来る

質問:
 22年間働きまして「辞めようかな」という思いがありまして。長く勤めて感謝の気持ちがありますので、そのまま感謝の気持ちを表しながら働こうかなという思いと、辞めようという気持ちが湧いてきています。じゃあ何をしようかというのも無くて、違う働きがあるのかなと思ったりしているんです。「ありがとうございます」とお祈りをしていれば選択が出来るのかと思いながら今過ごしています。そういうのは思いなんでしょうか、その辺がよくわからないんです。辞めようという気持ちを今選択しているんですけど。

ありがとうございます:
 心の中からね、どういう閃きが来るかというのもいろいろあるんですよね。感謝してると本当の神さまからの閃きが必ず来るよね。良いように良いように変えてくるから、別にこの世で一生一つの会社で縛られる必要は全然ないね。いろんな体験を積んで幸せを発見するのも必要だったらどんどん変化してもいいんでね。あまり捕らわれずに自然体で「ありがとうございます」を唱えてると変化する時は自然に変化するしね、今のままで良かったら今のままで幸せを発見していくだけでいいし。形を変えるよりも先ず心の方が先よね、心で神さまを感じる勉強が一番だしね。そしたら後は自然に形の方は付いてくるから、大丈夫よね。

 神さまに戻る

H:
 この感謝行をさせていただくことによって、悟りの境地まで行くじゃないですか。そこをやることによって、神さまそのものになれるんですか。

ありがとうございます:
 なれるって、元に戻るのね、神さまに戻るのね、神なる自分に戻っていく為よね。元々神なる自分があって、その自分が自由自在に一つのチャンネルを選んで楽しんでたのね、執われてしまったのね、執われると思いが古い心となって溜まっていくわけでしょう。そして思いの奴隷になると、今度は番組から抜け出せなくなるね、それで本当の自分を見失うのね。それでもう一回感謝行をさせてもらって、感謝行は神さまの助け舟みたいなものよね。神さまの方から助けに来てくれて引き出してくれるね、番組の中からね。そしてもっと奥の自分へ戻れば、自由自在な心に戻って行くのね。それでまた最初の原点に戻って、もう一回自由な立場で好きな番組を選べばいいよね。戻るのよね、神なる自分に戻してもらうのね、感謝行ってね。

H:
 ということは、この人間の脳みそで考えたら駄目ということですか。

ありがとうございます:
 うん、考える必要ないのね。

H:
 ついつい考えるじゃないですか、こうやったらいい生活が出来るとか、問題・障害が出てきたら乗り越えるためにどうするとか、いろんな方法を考えるでしょう。それも考えないほうがいいわけですか、もう。

ありがとうございます:
 ね、それも奴隷状態ね、自由がないのね、考えさせられてしまってるでしょう。

H:
 ということは、自分の力って何もないわけですね。

ありがとうございます:
 そういう考える自分には、本当に何の力もない無力そのものよね。だから、力のある自分に戻ることよね。

H:
 それはある意味で他力本願という意味ということですか。

ありがとうございます:
 絶対力本願よ。

H:
 絶対力本願。

ありがとうございます:
 小さい自分の自力なんて、本当に無力そのものでしょう、ねえ、他力もつまらん他力じやね、根源まで戻れないよね。だから、‘絶対力’よね、絶対神へすがりつくのね、そして‘絶対力’で一番奥の自分へ戻って行くのね。

H:
 その元に戻るって、子供の頃に帰る自分、自分に要するに戻って行くわけですよね。

ありがとうございます:
 子供の時の自分に戻るのと違うよ、神なる自分に戻るのよ。

H:
 その辺は、大人の自分が元に戻るということなんですけど、その辺のアダルトの部分は、残すということは思考が考えてしまうじゃないですか、どうしても。

ありがとうございます:
 古い残像・足跡に惑わされてるんでしょう、それがなくなった方が新しい自分をいつも発見できるじゃない。新しい自分をとらえるのが大事ね、神さまから現れてくる‘新しい自分、新しい自分’ととらえたら、無限に輝いた自分よね。

H:
 ということは、今までずっと積み上げてきた知識とかアダルトの部分は(要らない)ぜんぶ捨てないと。

ありがとうございます:
 消し切ってもらわないと邪魔するね。

 迷路遊びを楽しむためにある

H:
 ということは、本を読んで勉強するということはあまり意味がないんですね、伝記とか、啓発とか、そういうのも。

ありがとうございます:
 本当はね、要らないんだけどね。

H:
 なんで図書館に何十万冊ってあるんですか。

ありがとうございます:
 本当ね、迷うためにあるのね、あっはははは。

H:
 迷うためにあるんですか。

ありがとうございます:
 そうじゃない、迷路遊びを楽しむためにあるんじゃない。みんな言葉の縛りの中へはまって行くじゃない、楽しんでるんじゃない、それでね。でも、感謝行をしたら心が自由になるよ、すべての縛りを解いてくれて、選択肢が無限に広がって、自由な立場で何でも素晴らしいものを感じ取れるから、考える必要は全然ないね。感謝行だけがいいよね。

H:
 そしたらあの膨大な知識というのはぜんぶ無駄なわけですか。

ありがとうございます:
 そうね、大したことないね。神さまから見たら、もう古い古いゴミみたいなもんよね。新しい書いものが一杯あるのにね、古いゴミをかき集めて大事にして、というような感覚よね。

H:
 逆にありがとうございますの書かれた本だったら、それはいいということでしょう。

ありがとうございます:
 そんなん役に立たん、そんなん。つまらんじゃないそんなんも。そんなん本に書かれたものなんてつまらんものばっかしじゃない。
どんな真理の教えでもね、教えになったらもうつまらんのよね。

H:
 ありがとうございますの教えでも?

ありがとうございます
 そんなんはもう最低よ。あっはははは。神さまの働きが無限に無限に偉大なんよね、そっちへ心を向けて受ける方が大事でね。だから、人の教えとか言葉に振り回されたら損するね。

H:
 やっぱり究極は、自分の内なる神に、内なる自分から答えを導き出すということですか。

ありがとうございます:
 そう、神さまを呼んで、神さまに中に入ってもらって気付かせてもらうのが大事ね。

H:
 入ってもらうという実感はあるんですか。

ありがとうございます:
 出てくるの、「ありがとうございます」って呼べば入ってくるの神さまが。

H:
 入ってくるんですか、出てくるんですか。

ありがとうございます:
 入ってくるし、中から湧き上がるしね、両方から神さまの助けが入ってくるから。(入ってきてない)それで気付くのよね。(ありがとうございます)ありがとうございます、それが一番よ、はははは。悟ってるのに悟ってない振りして…

自然に対処できる

質問:
 私は20ほどある宗教にご縁がございまして、3年ぐらい前から何か違うということを感じてきて、今はほとんどご縁がなくなってきてるんですが。お墓には誰も入ってないんですけど、購入したので、それをどういう処置をしたらいいのか。ある霊能者の方が、ちゃんとしてあげるからということでアドバイスをいただいたんですが。

ありがとうございます:
 自分に必要なかったら神さまにお任せしておいたら自然に消えて行くじゃない。神さまにお任せすれば必要なものだけを残して必要のないものを消し切ってくれるよね、どんどんプラスに変えてくださるから、「ありがとうございます」と感謝してたら、自然にその善し悪しがわかってね、自然に対処できるよね。
(やっぱり)はい。(わかりました、ありがとうございます)

 模型

質問:
 お仏壇とかお墓、今あるものは必要ないと思うんですけども。どのようにしておいたらいいのですか。

ありがとうございます:
 そんなん自分の心の勉強の模型みたいなもんでしょう、ねえ。感謝したら本物をとらえて行くのね、偽者なんて要らない、本当は要らないよね。ただ、別に無理に壊す必要もないね、本当に必要がなくなって、壊した方がいいんだったら壊せばいいけどね。そこまでしなくても、学校の勉強でもそうじゃない、勉強した教材をぜんぶ捨てて燃やしてしまうかというとそうじゃないじゃない、ちょっと記念に残しておいても別に構わんけど。その辺も自由自在に必要なだけを残していけばいいだけね。後、欲しい人があったらあげてもいいのよ、あはははは、リサイクルよね。

 組織化して

H:
 先ほど、知識とかは必要ないと言われたじゃないですか。実生活の中では組織というのがありますね、会社とか上場企業の松下とかソニーとか。ああいった一つの組織があって、人々の役に立つものというのを配給しているじゃないですか。その知識が必要ないということは、実生活の中で組織化するというのは意味はないのですか。

ありがとうございます:
 組織化してよくなる場合があると思う?

H:
 だから、今言ったように、松下電器はクーラーをつけたり、便利な生活をしてくれてるじゃないですか、こんなカセットテープでも。このありがとうございますの声を聴いてみんな「あっ、そうか」つて気付くわけでしょう、それはいいことじゃないですか、そういう組織って。

ありがとうございます
 別に会社作らんでも出来るでしょう。個人でいいものを作ってみんなにばら撒いてくれたらいいんじゃない。

H:
 個人ではなかなか出来んでしょう。組織化して知識を勉強して、知識の中でこういうのが出てきてるわけですから。

ありがとうございます:
 それでも組織と言っても個人の集まりじゃない。能力のある人が助け合っていいものを作ればいいんでしょう。別に組織の中で縛りに合わんでもいいんでしょう。

H:
 でも、その組織にはリーダーが一人居るわけですよ、やっぱり社長というのがね。社長がリーダーシップとって組織というのが出来る。社長がいてなかったら組織が出来ないですから。そのリーダーというのが必要なわけですから、そのリーダーに知識がなかったら、その組織化できないです。

ありがとうございます:
 それもリーダーがつまらんかったらおかしくなってしまうじゃない。

 神さまが本当のリーダー

H:
 おかしくなったらね、でも、松下電器は松下幸之助というちゃんとした立派なリーダーが知識のいろんな勉強で持ってあそこまであったわけですから。

ありがとうございます:
 でも、本当の立派なリーダーというのは、神さまの心を受けようとする人が本当のリーダー的な働きをするでしょう。その人は自分がリーダーとは思わんねえ、神さまをリーダーにしてるね。神さまの知恵を受けて、その神さまの知恵を受けて神さまの心を現そうとするわけね。神さまが本当のリーダー、中心者よね。一人一人が神さまの心を汲んで動けば、全体が調和してよくなるね。

H:
 松下幸之助もわかってて、ああいう巨大組織ができたわけですか。

ありがとうございます:
 本当は、巨大組織を作らんかった方が良かったのよ。組織を作った後は大変よ、弊害もまた一杯残るよ。先ず大きい会社を作ったらね、他との競争で他をつぶしていく場合があるじゃない。

 競争原理

H:
 競争原理で良いものというのは出来ていくわけですから。

ありがとうございます:
 そんなことない、そんなことない。

H:
 ソニーがこれ出したら、今度松下がこうなって、こうなって、それでお互いの競争でもって価格を下げたりとか・‥。

ありがとうございます:
 それは違う。番組の中でもね、競争して良くなる番組って低い番組の方よね。修羅の世界よね、それはね、競争・争いの世界よね。高い番組はそんなんしないね。

H:
 競争したお蔭で消費者は喜びますよね。

ありがとうございます:
 損する時もあるよ。競争じゃなしに、神さまの知恵を受けてお互いが助け合っていいものを生み出せば、もっと効率よくいいものが一杯出来るよね、必要なものが一杯生み出されてくるね。でも、競争だと無駄な働きが一杯あるでしょう、無駄なことをしてしまうからね、効率は本当は悪くなるね。

 だから、会社でも大きくしたらいいことないね、癌細胞のはびこりみたいなものよね。巨大な癌細胞が出来たというような感じよ。そういうのは後で全体にとってマイナスになることが多いね。最初から正常な細胞というのは、神さまの知恵に尊かれたら正常な働きをするね。全細胞が神さまの御心のままに動けばね、全体が常に幸せが一杯という姿をとるね、でもね、一人のリーダーが現れておかしくなるのは、みんな今までの歴史がそうじゃない。国でもおかしいりーダーが現れた途端に癌細胞になるのね。そしたら全体を破壊するような働きをするかも知れないね。

 先ず一人一人が大事でしょう、感謝して神さまの知恵を受けて動くといいね。リーダーは要らない、そしたらね。神さまがリーダーでいいじゃない。これからの時代がそうよね、神さまだけがリーダーになるね、みんなが神さまの知恵を受けたらいいだけよね。神さまの知恵が一番全体を見通してるよね、そして必要なことがあったらみんなに「必要なことはこれだよ」と伝えてくれるね。みんながそれに対してサッと対応できたらね、どんな問題でも瞬間に解決するよ。



 気付き

H:
 そこに気付かん人間はどうなるんですか。

ありがとうございます:
 気付く人がちょっと増えたらいいだけよ。

H:
 でもまあ、ここに居るメンバーが仮に気付いてたとして、気付かん人間を気付かせようとするのは、あくまで倣慢になってしまうわけでしょう。

ありがとうございます:
 そんなん人の自由だからいいじゃない、ねっ。気付いた人が早く幸せになってみんなも幸せに出来るんだから。

H:
 身内で、夫婦で来てて、片一方は気付いて、片一方は気付いてないと、そしたら何とか気付かしてあげよう、こうしたら幸せになるぞ、ということ自体も倣慢になるわけですか。

ありがとうございます:
 それはもう人の自由を縛ったらね、やっぱりね、駄目なんでね。先ず自分が幸せになって、その幸せな姿を見せたらね、幸せになりたい時は真似するじゃない。それでも幸せになりたくないという時があるじゃない、ちょっと一時的にはね。

H:
 こんだけ私は幸せになってるのに、あなたはまだわからないの、というふうな。

ありがとうございます:
 あっははは、それでも‘苦しみたい’という時があるじゃない。

H:
 ‘苦しみたい’って、あるわけですか。

ありがとうございます:
 あるんです、番組選びよね、どの番組を選ぶかの問題だからね。だから、低い番組を選びたいという時はあるよね。一回それを見ておきたいという時があるじゃない、その時はストップかけるわけにはいかないでしょう。‘どうぞ、どうぞ と進めなあかんじゃない、はははは。

H:
 偶に本人もそこまで下りて行って、チャンネルを変えてもいいわけですよね、そこまで行ってたら。それがおじさんの言われる自由自在ってそういうことですね。

ありがとうございます:
 自由自在になったらね、そうでしょう。

H:
 低い番組も偶に見たり、高い番組も見れるけど、低いチャンネルしか見られなかったら、高いチャンネルは見れないわけですよね、要は。

ありがとうございます:
 だから、自由な心になったらね、いつも幸せになれるのね。

H:
 高いチャンネルをずーつと見てて、低いチャンネルをバッと見ると、チャンネルが壊れるなんてことはないわけですか、戻れないということはないわけですか。

ありがとうございます:
 (笑い)それは絶対にないね、大丈夫、大丈夫、はははは、そんなこと絶対心配ないよ。

H:
 いやいや、一応降りたはねえ、戻られへんかったらねえ、それは大丈夫ですか。

質問:
 見るだけなんですよね、番組に入り込んだら帰って来れないじゃないですか。入り込んでしまわない自分という自分というものを置いておく必要があるんじゃないですか。

ありがとうございます:
 そう、この心が感謝の心の自由自在な心の自分ね。感謝の心がはまり込まないのね。

質問:
 入ってしまったら見えなくなってしまうから、その番組を演じる一人になってしまうということですね。

ありがとうございます
 なってしまうね。感謝を忘れると、思いの心になったらはまりこみやすいね。(そしたら帰れない)帰りたくない時よ、その時は。頑固にしがみつく時もあるよね。でも、苦しくなったらね、すぐ戻ってしまうね。神さま!って呼ぶよね、そして「ありがとうございます」という言葉になって出てくるね。大分苦しんだんでしょう?

H:
 苦しみましたよ。(はははは)今、ちょっと「ありがとうございます」で心が軽くなっていってます。苦しんだ人じゃないとここへは来ないじゃないですか、(本当にね)ある意味では。僕はそう思いまうすけどね。

ありがとうございます:
 よかったじゃない。(そうです、ありがとうございます)あっははははは。

 みんな自由に選ぶ

質問:
 人の思ったことは宇宙を駆け巡るということなんですが。サッカーですごく熱狂的に盛り上がっているのを見て、負けた時に暴れている人、勝って揚々としている人たち、そういうのを見るとやっぱり恐いなと思ってしまうんです。一度に沢山の人たちが同じ思いで騒ぐというのはどういうものなのかなと思います。

ありがとうございます:
 そうね、この世の番組でもね、あの世の無限の無限のチャンネルの縮図として出てくるでしょう。いろんな心の状態の人がこの世にぜんぶ頼ってるのね、だからサッカーで騒ぐ人ばっかりじゃないよね。一部よ、あれね、騒いでいるように見えるのは一部よね。他にも静かに生きている人が大勢居てるね。だから、いろんな勉強をさせてもらうのね。自分はああいう真似をしたいか、したくないという人は別な生き方を選ぶしね、それほど心配すもことはないよね。
 「ありがとうございます」で騒ぐ人もいてる、あっははは。最近なんか恐いぐらい増えてるらしい、あっはははは。みんな自由に選ぶのね、なんでもね。ただ、選び方もどんどん良いように良いように変わっていくけど。幸せを大きくするために選んで行くからね、誰でもね。喜んであげないとね、騒ぐ時も必要なのね。

 ありがとうございますセール

質問:
 商店街の上の方の役員を受けることになって、景気も低迷していて廃業していく方もありまして。主人なんかもいろんな案を出しているんですが、私はその中で何が出来るかということなんですが。やっぱりお祈りを一生懸命やらせていただくことが一番なのでしょうか。

ありがとうございます:
 みんな‘不景気、不景気’という、そういう言葉を沢山使いすぎるでしょう。でも「ありがとうございます」つて、ありがとうございますセールをしたところはどんどん繁盛するのよね、不思議と。

質問:
 そういうことを私はよう言わんのです。

ありがとうございます:
 はははは、それはもう蔭で「ありがとうございます」つて祈ってるだけでいいじゃない。そのうちみんながそれに力をもらって、表面的にも‘ありがとうございますセール’をしたりいろいろしてくるね。
 神さまの力はみんなのためにどんどん振り撒かれるようになってくるから。別にここへ来なかってもありがとうございますセールを思い付いてする人は一杯増えてるよ。そういうところはどんどん栄えているし、お客さんも増えているしね。(ありがとうございますって書いて?)うんうん、最近増えてるじゃない‘ありがとうございますセール’という名をつけてるのが多いじゃない。どっから聞いたのか知らないけどねえ。やっぱりお客さんも増えて店の人も感謝が深まってというような感じでね、どんどん良くなって行くから。それも自然にそうなって行くじゃない、
だから、マイナスの言葉を相手にせずにね「ありがとうございます」という言葉をしっかり使ってあげたらね、みんなの力になるね。

質問:
 今のお話と先程のサッカーのお話を合わせたような話なんですが。各地に感謝祭とか、五穀豊穣を感謝するお祭りがあります。日本の中にもいろんなお祭りがありますが、静かに感謝をするお祭りは中にはあるんでしょうが、大体は賑やかに、時には喧嘩もするような。そうなってくると先ほど先生がおっしあったように、いろいろな人間の思いのチャンネル、いろんな要素がそこに現れているという、そんな感じになるんでしょうか。(そうですね、はい)元々は感謝をする、ありがとうございます祭りのようなものだったのに、それを中心にいろんな要素が入ってきてしまって肥大化して、喧嘩もはじまるような勇壮な祭りもあったり、度胸比べのようなものがあったりとか、そのバリエーションは様々、人の思いが繁栄されて。

ありがとうございます:
 自由自在でいいよね。それがまたより良く変えて行けたらね、一応いろんなことをしてみていいのよね。ただ、みんな‘過去の伝統に縛られて振り回されている’という場合が多いでしょう。本当は一瞬一瞬新たにという気持ちで「何をしてもいい」というのが自由になるんだけど。そうするともっといいものを、楽しみも生み出せるのよね。

 惟喬親王祭

質問:
 来週ですかね、惟喬親王祭というのがあります。私たちもちょっとお手伝いさせてもらうことになっているのですが。もう既に何年かされているということですが、これからありがとうございます先生が親王祭をされていくにあたって、こういうふうなお祭りになればいいなということは

ありがとうございます:
 これで九回目になるんですかね、地元の人が細々とね、伝統的なものを守りたいという気持ちで始まってるのよね。ところがこれからは伝統を守るんじゃなしに、神さまの御心を現すという方が大事よね。新たに新たに神さまの御心を大きく現すという、それは伝統を超えていいものが一杯降りてくるでしょう。
 だから、自由自在な形で毎年変化すればいいよね。その時出来ることを精一杯、喜んで・楽しんで一杯、というところへ立てばいいよね、それが本当の意味のお祭りみたいなものよね。神さまの御心と一体化するのね。形も自由自在に変化した方がいいし、毎年そういうふうにどんどん変化する方が楽しいじゃない。今年もよろしくお願いいたします、あっはははは。みんな楽しみにしてますから。

質問:
 惟喬親王御陵の祭典っていうんですか、今日は大きな立派な建築が出来上がっていてびっくりしたんですけど。それを作られたお考えは何かあるのですか。

ありがとうございます:
 作っておくと、雨が降っても大丈夫でしょう、雨が降った時も楽しめるもんね。雨を天気に変えるのも出来るけどねえ、そういうのばっかしに頼るのも良くないよね。雨でも何でも楽しめる、という場を作っておくのも必要だから。ああいうのも神さまが必要だからサッと創ってくれるのね。早いでしょう、あっという間に出来上がるもんね。必要な材料もちゃんと神さまが用意して集めてくれるからね、不思議よね。
 本当に思いついたらサツと出来上がるもんね。ちゃんと間に合います、はははは、ちゃんと舞台が出来た方がいいでしょう。200人ぐらい観客を置いて楽しめるよね、あそこでね。

 神さまが創ってくれた

H:
 今、ありがとうございますは「神さまが創ってくれた」とか言われたじゃないですか。僕もさっき見てきたんですね。実際「神さんが創られた」と言われているんですけど、実際はありがとうございますが行って自分のこの腕でもって自分の意志でやられるわけですよね、現実に動かれるのは。

ありがとうございます:
 神さんが大きく働いてなかったらね、必要な材料一つ集まらんのよね。先ず、神さまが計画を立ててくれるでしょう、それで必要な材料を手配して集めてくれて、それで必要な人も集めてくれて、神さまがみんなの中に現われてみんなを通して力を揮ってくれるわけでしょう。結構大勢の人が神さまの御用に参加しないと短期間には出来ないもんね。

H:
 木の梁とか、金具とか、コンクリートをうったりとか、やっぱりおじさんのいろいろ知識とか技量とかなかなかあんなん出来ない。

ありがとうございます:
 あんなん勝手に出来上がる、いつの間にか出来上がってるじゃない。みんな好き勝手にあってる。私がした方がちょっとは良くなるかも知れないけど。みんな好き勝手に素人大工でしてくれたんよ、ほとんどね。ちょっとはプロの力もあるかも知れないけどね。

H:
 その辺100パーセント神頼みであんなん出来ますかねえ。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」は、頼むだけ違うてね、神さまが中に入って動いてくれるから出来上がるの。今度は頼みますよ、はははは。まだ奥へずーつといろんなのを創っていくからね。遊び場を創る…

H:
 神さんが創ってくれたからって、ありがとうございますが創ったから神さんが創ってくれたということですか。

ありがとうございます:
 いや、いや違うよ、誰が創っても神さまが創ってくれる。

質問:
 創ろうと思っても神さまの働きが降りてこなかったら創れないということですか。

ありがとうございます:
 何も出来ないですね。

質問:
 ちょっとお手伝いにこさせてもらったんですけど。ここの裏の方たちは、女の方たちもものすごく仕事が早くて驚かされて、本当にビックリしたんですけど。ああいうのも、ずーつと長年ありがとうございますと一緒に暮らしてくる中で、どんどん神さまが降りてきてどんどん仕事が早くなる。腕力とか力とかが備わってきたというとらえ方でいいんですか。

ありがとうございます:
 そうね、神さんに力を添えてもらったらね、神さんが働いてくれたら何でも出来るように変えてくるでしょう。それも不思議とその時に力が出るようになるのね。

H:
 それは人間の意志の力と違うんですか。

ありがとうございます:
 神さまの意志の力ね。

H:
 ありがとうございますとか周りの人が‘この祭りをしたい’という人間の意志の力で持って出来たのと違うのですか。

ありがとうございます:
 違う、「神さまはみんなを幸せにしたい」という神さまの意志が先に働いてるね。もうすべてお膳立てしてくれる、神さまの方がね。それで「幸せを受けなさいよ」というの。とことん神さまのお膳立てで始まるわけよ。

H:
 「神さまお願いします!」とやってても…

ありがとうございます:
 お願いしますじや出来ないよ、「ありがとうございます」で出来上がってくるの。

H:
 「ありがとうございます」って、結局人間の労力と資材、意志でもってそこに要するに知識の集合ですよね。

ありがとうございます:
 違うよ。神さまの力が降りて、資材も集まってね、人も動いて、ちゃんと出来上がる。神さまがストップかけたら一瞬にして消えるの、あれね、何も出来ないね。でも、神さまが動いたらあっという間に出来上がる。

H:
 そしたら人間の意志というのは無力ですか。

ありがとうございます:
 うん、人間の意志は大して力がないよね、神さまの意志が大きい力やね。神さまの意志が働くからね、大勢の人でもあっという間に集まるんじゃない。

H:
 でも、今全国不況で中小企業で、僕も中小企業の経営者ですけど。中小企業の経営者はもうそれで苦しいて、なんとか意志でもってこの不況を乗り切ろうと、必死のばっちでやってるわけじゃないですか。

ありがとうございます:
 ちゃんといい例があるじゃないですか、ねえ、上手く行かないという実例じゃない。はははは。

H:
 まあ、確かにね。

ありがとうございます:
 沢山あるじゃない、ねえ。でも神さまがね、神さまが動いたらあっという間にいい姿をとるじゃない。みんながタダで働くじゃない、喜んで働くじゃない、嫌々働くんじゃないでしょう。

 神さまを社長に迎えたらいい

H:
 赤字会社でですよ、社員が明日の給料を貰われへんというのに、社長が一人ね「神さまありがとうございます、神さまありがとうございます」と一人で社長室で拝んでたら、その赤字で苦しんでいる社員はそれを見てどう思いますかね。大丈夫かなこの社長は…。

ありがとうございます:
 「ありがとうございます」言うたらね、自然に必要な動きになって出てくるからね、みんな…

H:
 そんなんやってる間に営業回れ、と思われませんか、社員から。(あっはははは)仕事の一件でも取って来い言うて、社長室でずーつと「ありがとうございます」言うてないで。

ありがとうございます
 私もずーっと「ありがとうございます」言うてるんですけどね、誰も仕事をしなさいとは言うてくれへんのよ。「何もせんといてくれ、お祈りだけしておいてくれ」と言われるの、どうしよう。

H:
 ‘どうしよう’と言われても…。(笑い)そういう中小企業の会社でも、やっぱりずっと拝んでいた方が、その会社は発展していきますか、自然に。

ありがとうございます:
 そうねえ、中小企業は中小企業で終わるやろうね。神さまの企業は大きく変化する。神さましか力はないと思うね。中小企業の社長の力じゃあ大したこと出来ないよね。

H:
 でも、ほとんど90何%は中小企業じゃないですか、日本の企業というのは。

ありがとうございます:
 ねえ、だから神さまを社長に迎えたらいいのよ、ねえ。日本の企業もね神さまを社長に据えたらね、神さまを中心に置けばみんな栄えるよ。

今までの世界中の思いというのが我欲に走ってきたから、そこには神がまったく存在せずに、自分たちの合理性だとか、効率性だとか、お金であるとか、そういうところを求めてどんどんどんどん大きくして、一部の人たちが富を得てきた、という構造で来たから、今とてもしんどい状況に陥っているというところですよね。それが違ってたんだよ、というのを見せてもららっている、今はそういう時期。だから、ありがとうございますが言っているように、神さまを社長にしたらいいんだよというのは、私たちの今までの既成概念の中には無いものであったから、なかなかそれは受け入れられない。けれども、実はそうなんだという、それを思い出すことなんだという。

ありがとうございます:
 今までは神さまを拒絶したのよね、神さまの助けを拒絶し続けたのね。それで行き詰って上手く行かなくなったのね。そしたら神さまの助けを受け入れたらスッと善くなるね。それが神さまを自分の会社の社長に据えたらいいのね。その神さまの知恵を受けて、神さまの助けを受けて動けば・働けば、もうどんどん善くなるね。絶対間違いないのねそれはね。

H:
 横線のグラフ、売り上げの目標。これは一切無視ですね。ただ意識次元をずーつとあげて、感謝、感謝、感謝「ありがとうございます、ありがとうございます」これだけ言ってたらいいわけですか。

ありがとうございます
 そうですよ、そしたら結果がサッと降ってくるじゃない。途中は要らない、抜きでいい、善い結果だけが出てくる。

H:
 人生の目標計画も何も要らんわけですか、それだけ言うてたら。

ありがとうございます
 もう、最高理想の結果だけがサッサッと出てくるから、天から降ってくるように出て来るね。途中は喜んで動いているだけよね、結果を見たら‘善かった’というようになるね。

H:
 でもそんなんね、100人ぐらいの社員がいてるところで、社長がね、そんなことをバーッと言うたらね、辞めていきませんか。

ありがとうございます
 最近、そういう「ありがとうございます」ってね、社員に教えている会社が増えてますよね。もう喜んでいそいそと働くのね、「生き甲斐が出てきた」と喜んでる会社の人も大勢増えてますよね。
 偶には反発して逃げていく人もあるみたいね。それは押し付けた時はそうよね。だから、控えめに控えめに進めたら付いてくるよね。「あなたはまだ早いからちょっと後で」って、押し付けなかったらいいのよね。そうすると損したように思うから付いてくるよ、先にね。「十年先に教えてあげるね」と言うとくのよ、はははは。

 ありがとうございますシール

質問:
 ありがとうございますシールなんですが、子供たちも喜んで、学校にももって行って、意味もわからないのにあっちこっちに貼って、学校の先生にあげたり。私も説明はしないけど、子供が野球部のみなさんにもあげて、みんなが野球のバットに貼ったり、道具に貼ったりとか、いろんなところに貼ったりとか、野球部がみんなありがとうシールだらけになって、それでみんな喜んでくれて楽しい状態なんですね。ただそこで意味を言わなきゃ行けないのかなと思いながらもしていないんです。さっきの話で押し付けずに、その状態を楽しんで‘欲しい’と言われる方だけで、ポストに貼っていたら「いいね」と言われるので「じゃあどうぞ」という感じで何も言わずに差し上げている状態なんですが、そういうのでいいのでしょうか。(いいよ)それで私も嬉しいし、もらった方も喜んでくれますので。

ありがとうございます:
 もう、自然〜にね、喜んでくれる人に差し上げたらね、それは神さまの大きいお手伝いになるね。それで必要になったらいろんな形で気付きを与えてくれるしね、また必要だったらこういうところにも来れたりね、また人からいろんなお話を聞いたり、チャンスを必ず神さまの方から与えて行くから、もう自然〜に任せる方がいいね。

質問:
 こうだよと言わなくても?(言わなくていいね)時々言いたくなっても言ってないのですが。

ありがとうございます:
 喜んで言いたくなる時があったら言ってもいいけどね、それも自然になると思うね。

質問:
 シールを道に貼りたくなるのですが、貼ってはいけない場所はあるんでしょうか。暗い場所、地下街とかに貼りたいと思いながら、貼って怒られたりするんですか。

ありがとうございます:
 暗いところを明るくするのにいいかも知れん。光がボーッと出るかも知れん。

質問:
 浮浪者の人がゴロゴロ寝ている辺りとかに貼りたいなと思う。

ありがとうございます:
 浮浪者は心が自由自在だからね、悟ってるの。

質問:
 ああそうですか、電信柱とかに貼っても駄目なんですか。

ありがとうございます
 人のものに、公共物にはあまり勝手に貼れないね。許可をもらわいとね、断ればいいけどね。

質問:
 そうっと、ちっちゃくだったら?

ありがとうございます:
 犯人は誰だ?つて。本当は喜んでくれる人は、自分が必要なところへ貼ればいいんだけどね。人の自由を強制するのは良くないでしょう、まだ受け入れてくれないところに無理に貼ることはないよね。

質問:
 あんまり道とかには貼らないほうが…。

ありがとうございます:
 必要になったら‘貼ってください’と言ってくるよね道がね、(笑い)はははは。大きい石ころが‘ここへ貼ってください’うて頼むかも知れないじゃない、その時にペタッと貼ってあげたらいいよ。

 浮浪者は悟ってる

H:
 今ありがとうございますね、浮浪者は悟ってると言われたじゃないですか。(みんな悟ってるよ)それは浮浪者はとらわれてないということですか。

ありがとうございます
 かなり心の自由な人が多いじゃない、ルンペンと言ってね、何も物質欲もなくなってね。ただそれが本当の悟りかどうかは別にしてね、かなり心が自由になった人があるわね。尊敬すべき人かもしれないじゃない。

H:
 僕は見てたら、一生懸命、問題や障害があっても、苦しみながらなんとか自分の力で頑張っている人を見たらものすごいものがありますが、ルンペンとかを見てたら、ただの逃げてるだけじゃないですか。

ありがとうございます:
 そういう人はね、あんまり頑張りすぎてね、そこに本当の目的も生き甲斐も感じられなくなった人はね、一旦ぜんぶ捨ててしまうのよね。

H:
 頑張り過ぎって…、それをまたもう一つ乗越えたところにあるんでしょう。

ありがとうございます:
 頑張り過ぎてね、無駄な抵抗を止めてね、それで神さまを見出した人は本物になるじゃない。だから、いろんな過程があるじゃない、神さまを発見する過程としてね、いろんな発見の仕方がいいじゃない。頑張り過ぎた為によくないというんだったら、一回ぜんぶ捨てるのもいいよね。そうすると神さまをスッと感じるかも知れないね。

H:
 見た感じは汚らしいじゃないですか、汚れて。ホンマの人間の姿であれば、神であれば光り輝いて明る
く楽しく幸せ、如何にも幸せというのが神でしょう。ルンペンというのはもうなんか薄汚れた感じで、誰が見ても神という感じはしないじゃないですか。まあ貧乏神だったらわかりますけど。(笑い)神というのは輝いているものでしょう。

ありがとうございます:
 心から輝くのがいいからね、謙虚な心は大きく輝いてくるね。でもね、虚栄心の思いの心じゃ表面テカテカと輝いたようでも中が曇ってくるよね。

H:
 そういう人は別としてね、見た感じがね、そういう人は沢山いてますよ、キラキラキラキラやってぜんぜん中身のない人間、成金とか、そんなん沢山いてますけど。

ありがとうございます
 ルンペンの姿をね、仕事と見てご覧よ、汚い仕事を一生懸命やってるんじゃない。あっはははは。

H:
 ルンペンですよ、一日中何もせんで、(一日中仕事してるんよ、あれは)ゴロゴロしてるのが? あれが仕事なんですか?

ありがとうございます:
 汚い服を着てね、一生懸命頑張ってるわけよ。

H:
 何を頑張ってるんですか、寝てるんですよ。寝てるだけと違うんですか。

ありがとうございます:
 そういう仕事もあるんじゃない?

H:
 寝てる仕事?

ありがとうございます
 真似できる?(出来ない)出来ない、(やりたくもないし)大変な仕事なんよ、あれは。

質問:
 大阪のほうだったらリヤカーにすごいダンボールを積んで。

H:
 ああいう人は感動しますよ、頑張ってはるなあと思って。ただ僕が言うてるのはね、一日寝転んでグーたらにしている人がいるでしょう、汚れて、そういうのを言ってるんです。ああいう人は僕はすごいなあと思って、ある意味で尊敬しますよ。

ありがとうございます:
 昔の哲学者でもねえ、樽の中に入って昼寝してる哲学者が立派な人がいてたらしいですよ。(汚らしい)どんな姿をとってもいいじゃない、そんなん賛沢に生きるよりね、太陽の光を浴びて「ああ、幸せ」と感じる生き方の方がいいんじゃない。いろんな生き方を教えてくれるじゃない、「これが幸せ」と言えたら大したもんじゃない。乞食をしたら一生止められないというぐらい幸せを感じる人もあるじゃない。

H:
 僕は愛隣地区でボランティアの炊き出しとかにたまに行くでしょう。1500人ぐらいのカレーを作るんです、一杯来てるんですけど。やっぱりね、汚れてますわ、ホンマに、身も心もという感じがするんですね。やっぱり人間って神というのであれば、やっぱりどんな問題・障害があっても、それを乗り越えて頑張ってあっている姿がホンマに輝き出しているんじゃないかなと僕は思いますよね。ルンペンは悟ってるなんかね、僕は思わない。

ありがとうございます
 外見では判断できないよ。

H:
 外見では判断出来ないけど、内面が輝いてたら外面へ出てくるじゃないですか、例えそういうルンペンの人でも。

ありがとうございます
 そんなことないよ、「能ある鷹は爪隠す」というじゃない、はははは、悟った人は悟りを現さないじゃない、隠してるじゃない。

H:隠したままで行くんですか。

ありがとうございます:
 必要だったら現すけどね、必要なかったら隠しておくよね。だから、ルンペンでも悟ってるかもわからないじゃない。深い悟りになってるかも知れない。

H:
 まあ、そういう人もいてますけど、ホンマに腐ってしまう人間もいてるわけでしょう。

ありがとうございます:
 1人、そういう人がいてたらね、大したものじゃない。

H:
 100人おって1人おったら、大したもんで、99人はそういう人もいてるということはありがとうございますは認めるわけですか。

ありがとうございます:
 可能性はあるでしょうけど、両方の可能性はあるじゃない。だからどちらもプラスに見えた方がいいじゃない。マイナスに見て損するのは自分だけでしょ。

H:
 だから、そういう人を見て、ありがとうございますは悟ってると言われたから。

ありがとうございます
 私はぜんぶプラスに見ていくからね。(ああ、なるほど)上手な演技だなと思う、ねっ、でも、「本当は悟ってるんだ」というね。みんな上手な演技をしてるじゃない、悟ってない振りをして。これは人間だけじゃないもんね、みんな動物も植物も鉱物も「ぜんぶ悟ってる」と見る方がいいね。そうすると神さまを感じやすいでしょう。「みんな神さま」と言えばいいよね。

 「みんなを神さま」と感じる

H:
 ‘悟る’って気付くという意味でしょう。

ありがとうございます
 神さまを感じ取ることよね、「みんなを神さま」つて感じたらいいね、悟りよね。そしたら「自分も神さま」と感じないと駄目よね。

質問:
 そんなん感じてる人って少ないんじゃないですか。

ありがとうございます
 ‘少ない’って言うと少なくなるからね、「みんなが悟ってる」と言えばいいじゃない。(悟ってるのかなあ)疑ったら疑ったようになるじゃない、信じたら信じたようになるしね。

H:
 悟りたいがためにこういう遠いところへ来て、いろいろするわけですから。悟るためにはそれなりの努力をしないと悟れんでしょう。修行僧もいてるわけですし、逆に言えば「ありがとうございます、ありがとうございます」と言うことによって、それを唱えて悟りたいがためにやるわけですし。悟ってる人と悟ってない人とは別れるでしょう。

ありがとうございます:
 一番悟りやすい方法が「みんな悟っている」ってね、心に定めて「ありがとうございます」って言えばいいの。それが一番早くみんなが悟ってる姿に感じるじゃない。いいじゃない、それで。みんなに名前を「悟」って付ければいいじゃない。(笑い)

H:
 名前が僕が悟だから、その辺にこだわってしまうのかなあ。とらわれてしまうんやね。

ありがとうございます
 自分だけが悟ってると言うたらね、神さまはエコヒイキしてるよ。
M: 
 悟(ご)にしましょう。

 自由意志とエゴの違い

質問:
 自由意志とエゴの違いが今一つやっぱりわからないんですが。

ありがとうございます
 神さまが自由自在の心を持ってるでしょう、神さまの心が降りたら自由自在に自由意志が降りてくるね。

質問:
 エゴの心で何かしようと思っても…。

ありがとうございます:
 エゴの心は不自由な心ね、奴隷の心よね、思いの奴隷になってるからね、自由がないのね。だから、縛られたままでがんじがらめになって動いてしまうね。

質問:
 がんじがらめでも動くことは動く?

ありがとうございます
 操り人形みたいなものでしょう、奴隷でしょう。喜びがないね、自由がないところにはね。

質問:
 もしエゴでも喜びを持ってあったらそれは…。

ありがとうございます
 エゴの時は喜べないよね。

質問:
 どっちかわからないから。

ありがとうございます
 本当に喜べる時は、神さまの心を受けて自由に動く時ね。縛られた状態では絶対喜びは湧いて来ないね。感謝をすれば神さまの心がスッと入って、自由な心で動けるね。その時は喜びが湧いてくるね、縛られてないから喜べるね。

質問:
 でも考えすぎて不安なる。

ありがとうございます
 考えたら縛られていくのよね、感謝したら縛りを解いてくれるね、思いを消してくれるから縛りが解けて行くけど。考え出すと縛られて行くね、どんどん縛られて行くね。

質問:
 こうしようと思って閃いて‘わ〜い’と思って動こうと思うんだけど、段々考えが入ってきて迷いが出てきたら、段々エゴかなあ〜とか、

ありがとうございます
 エゴが勝って来ると動けなくなるね、縛られてるからね。

質問:
 やっぱり閃いて喜べたら…

ありがとうございます
 その時はもう一つ感謝して喜ぶのね、そしたらサッと結果が出てくる。(感謝で)感謝だけがいいね。
(ありがとうございます)はい、ありがとうございます。

カウンター
0.1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.32.33.34.35.36.37.38.39.
40.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.76.77.78.79.
80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.96.97.98.99.100.101.102.103.104.105.106.107.108.109.110.112.113.114.115.
116.117.118.119.110.111.112.113.114.115.116.117.118.119.120.121.122.123.124.125.126.127.128.129.130.131.132.133.134.135
.136.137.138.139.140.141142.143.144.145.146147.148.149.150.151.152.153.154.155.156.157.158.159.160.161.162.163.164.165.166.