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聖地は神人を養成する場


 聖地というのは、神人を養成する為の場です。沢山の高級神霊が結集し、清め(浄め)の光が、大光明燦然と降り注いでいるのです。古い自分と新しい自分との置き換えを、自然にしてもらえる絶好の場なのです。業想念を消し去って(浄め)、感謝の心を引き出して(清め)、神人(本心)の自覚を与えてくれるのです。しかし観光気分や御利益信仰の心では、本当の大きな助けは受けられないのです。




 神さまの本当の大きな助けを受ける為には、『真剣さ』が必要なのです。『真剣』即ち『いのちがけ』即ち『全託』が必要なのです。身も心も命も、すべてを捧げ尽くして、神さまに預け切るということが、古い自分(業想念)を消し去ってもらう為の必須条件なのです。自分の自由意志で、消し去ってほしいと預けた分は、消し去ってもらえるのです。しかし掴んで放さない分、預けなかった分は、神さまも消し去ることはできないのです。高級神霊はどこまでも、人の自由意志を尊重し、真剣さが自然に出て来るように見守っているのです。




 神さまへの感謝と奉仕が、神人養成の為の柱になるのです。奉仕して与えた分に比例した、神さまの助けを受けることになるのです。他に迷惑をかけないように、他のお世話にならないように、極力心掛けることも大事なのです。折角の神さまへの奉仕も、他に迷惑をかけた分、他のお世話になった分は、マイナスされてしまうかもしれないのです。純粋な奉仕になればなるほど、効果は大なのです。




 聖地とは、神さまに奉仕して、本心開発という、大きな助けを受ける為の場なのです。求める心・五欲の心で来れば、邪魔をすることになるのです。本心開発を真剣に願う人だけが、その場を活用すれば良いのです。一日も早く、一人でも多く、神人を生み出し続けてゆくことが、神さまの一番の願いなのです。その為に必要な種々様々なことを、真剣に奉仕して果たしてゆくことが、今最も大切なことなのです。世界を平和にする為に、感謝の真祈りに生きる神人が、本当に必要とされているのです。




 何事にも全力を尽くして、真剣に働くことが、真剣な心を引き出すことになるのです。求める心で祈るのは、奉仕では無いのです。自分のすべてを与え尽くす、真剣な心で祈ることが、奉仕の祈りになるのです。祈りで奉仕したいのであれば、祈りで奉仕する為には、もっともっと真剣にならなければならないのです。身を粉にして働き、寝食を忘れて祈る位の真剣さが、神さまから求められているのです。御利益信仰の百年よりも、本心開発の為の真剣な一日の方が、遙に遙に価値の有るものなのです。大切な命を時間を浪費してはならないのです。悔いを千歳に残してはならないのです。