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宇宙の全ては神さまの愛の表現

 宇宙のすべての表現というのは、神さまの愛の表現ですね。神さまが与えてくる無限の無限のチャンネルの番組全部、神さまの愛の表現が無限の無限の段階に現れて表現されてるわけですね。マイナスに見るというのは、神さまに対して申し訳ないですね。愛を拒絶して受け入れてないという状態ですよね。それは、どうして起こるかというと、神さまの愛を忘れ、感謝を忘れて、神さまの愛を受け損なってるんですね。もう一度、神さまとは何か、神さまの愛とはどういうものか、しっかり感謝して受け取って、しっかりと確認していく必要がありますね。

 宇宙には神さまだけが存在しています。神さまの絶対の愛だけが存在するんですね、その他に何も無いんです。神さまの中にすべてがあるんですね。これは絶対の真理ですね。ただ、その全体を把握できなかったらちょっと理解が小さく浅くなります。神さまの愛をしっかりと把握するためには、神さまの全体像をしっかりと理解していく必要があるのね。神さまの絶対の愛というのは、もう無限に大きくて無限に深いものですから、それを如何にして感じ取るか、受け取っていくかというのが大事ですね。

 神さまは元々絶対なんです、対立がないんです。絶対の神さまが、先ず相対に別れるんですね。相対の両極に分かれる。例えば、光と闇があったら、絶対は光だけですね、闇も中に包み込んで光だけですね。その光が分かれるときは、光と闇に分かれるんです。善と悪、生と死、美と醜、全ての要素が相対の両極に振り分けられてきますね。そして、その両極に分かれたものが螺旋状に放射されて組み合わさるんです。全てが入れ子構造ででき上がりますね。直線の交わりって一点で交わるんですけど、螺旋状に放射されたものは、竜巻のようにぐるぐると回るでしょう。そしたら、交わりは無限にできるんですね。宇宙の全ては入れ子構造で生み出されてきます。その絶対の中には中心が無限にあって、全ての要素が無限の中心から螺旋状に放射され、無限の無限の輝きが一杯! という姿で全部表現されるんです。

 神さまの徳性というのはたくさんありますね。愛も、知恵も一つの徳性で、数え上げたらキリがないぐらい出てきます。その全徳はすべて螺旋状に放射され、本当に無限に複雑な組み合わせが起こって、無限の無限のチャンネルとなっています。その一番上が一番輝きが大きい表現、一番下が輝きが少ない表現ですね。全てが神さまの徳性の表現なんです。

 例えば、光と闇の二つの要素が組み合わさってできた光の表現というのは、一番上は本当に無限に無限に輝いた光の姿ですね。一番下はブラックホールのような、光をも吸収するような闇なんです。でも「光一元に」という表現に見ていくときは、ブラックホールの闇も虚の光の表現です。一番下が無限の虚の光、無限に小さい虚の光、そして段々と虚の光も大きくなってくる。そうすると、無限に大きい虚の光になってくる。それを通過すると今度は実の光になるわけね。一番小さい実の光になって、今度は無限に大きい実の光に、というふうにどんどん大きくなってくるね。この世でも、蛍の光でも美しいでしょう、星明りも素晴らしいですよね。でも、それはこの世でいうと、実の光のほうですよね。

 闇も、深い闇と浅い闇とありますね。闇が段々と浅くなってくると、そこに光がありますよね。ただ、闇の深い状態から見ないと光は感じないですね、そこに虚の光があるんです。だから、宇宙の全てが光の表現。一番小さい虚の光から、一番大きい実の光までの、これも無限の無限の段階の光の表現よね。

 神さまはいつもどういうふうに見て欲しいかというと、一番下から一番上を見上げて、すべての光の表現を味わって欲しいのね。小さい光も虚の光も全部味わえるように「無限の無限のチャンネル」という番組でみんなに与えてくるわけですね。だから、神さまの徳性が複雑に組み合わさって、言葉には表現できないぐらいの素晴らしい表現として宇宙の全てを一瞬一瞬新たに生み出し続けてるのね。もの凄いことですよね。人間の頭で考えて、想像できるものじゃないですね。底知れん奥深さがあるのね。

 この世の宇宙だけでも凄いものでしょう、どこが終わりかわからないね。また、この細胞一個みても、素晴らしい構成をしてますよね。またその中にいろんな原始があって、まだまだ細かく細かくみていくと、無限に小さいものまで素晴らしい表現をとってるわけですね。どこまでもどこまでも無限に小さくなって行くね。またどこまでもどこまでも無限に大きくなって行くんです。全てが入れ子構造の姿をとりながらね。
 この世だけでもそうですよね。この世は、無限の無限のチャンネルの中の一つです。私たちの見ているこの世界、宇宙というのはね。その他にいろんな世界がいっぱいありますね。妖怪ばっかしの世界もあるし、化け物ばっかしの世界もある。神さまだけの世界があるんですね。全部神さまは用意して取り揃えてるの、神さまの御心の表現としてね。だから、人がどんな言葉を使っても、その言葉通りの番組が引っ張り出されてくるんですね。

 だから、言葉というのは大事なんです。どんな言葉を使っても、必ずその言葉通りになっていくの、そういう番組を引っ張り出して、それを受けて体験するようになってるのね。だから、プラスの番組を味わいたかったら、プラスの言葉が必要なの。でも、プラスだけでは幸せが浅いから、一度はマイナスの番組も味わっておく必要があるよね。そういう意味では、マイナスの言葉も必要になるのね。

 最初はみんな、絶対の神さまの中から一人一人生まれ出てきてるよね。そして意識の中心として、自由と平等を与えてもらって、神さまの表現をどう味わっていくかでしょう。無限の無限のチャンネルの番組を与えられた時に、みんな選び方が違うんです。何を最初に選ぶかでしょう。みんな自由だから同じ選び方は絶対ないですね。最初はちょっと一番上にいてる自分だから、ちょっと一番下まで降りにくいですよね、だからプラスのほうから味わってくるね。プラスだけでは駄目なんで、必ずマイナスにも番組合わせをしてくるのよね。これは、全部自分がしてくるんですね。誰かが強制的にしてこない、みんな自分が選ぶんですね、自分が言葉を使って選んでくるのね。それで順番に番組を変えて、学びながら幸せを大きくしているんですね。だから、「あの人はマイナスの番組を見てる、可哀想に」というのはおかしいですよ、それは。そうじゃないですね。

 本当は、肉体人間として現れている場合は、自分と他人って別個に思いがちなんです。でもそうじゃないね。自分の見ている番組は自分一人の番組ね、他の人の見ている見方は違うのね。同じこの世に生きているように見えてもね。自分が過去に使ってきたいろんな言葉の全体の総決算としての表現を、この自分の見てる世界に表現してもらってるわけね。自分一人だけが自分の見てる世界を体験してるんですよ。他の人はちょっと違うのよ、ちょっとは違うのよ、そっくり同じということは絶対ないね。同じ言葉を使ってきてないからね。

 例えば、ここに五十人近くいらっしゃったとしてね、みんな同じように見ないですよ、私に対してみんな違う見方をしますよね。そしたら、私の話してることは、みんな違う聞き方をするんです、絶対同じ聞き方はないのね。それは、やっぱり自分の見てる番組は違うということなんですね。
 だから、周りの人のいろんな姿は、全部自分の番組の中の姿ね。これが本当なんよね。自分さえ言葉を変えて番組を変えたら、自分の番組が自由自在に変わるんです。人のせいじゃないのね。自分が言葉を使って選んでるだけね。神さまから与えてもらった無限の無限のチャンネルの中から一つ選ぶだけなのね。だから、どうにでも変わるのよ、番組はすでに用意されてるからね。一瞬に変わる、と言ったらそうよね。

 一回使った言葉というのは宇宙を駆け巡って、また自分に戻ってくるね。宇宙全体に大きく駆け巡って働くのよね。一旦自分が口にして心に思った言葉というのは、消さない限りいつまでも働くのよ。

 皆さん消し方はわかります? 言葉の消し方。勝手には消えないね、使えば使うほど増えてくるのよね。過去の古い言葉を消してもらう方法は、神さまに預けないといけないね。神さまに預けなかったら消えない。思いというのはどんどん膨らんで溜まっていくのよ。神さまに預けて消してもらう方法、それは「ありがとうございます」ということよね。

 今までは、地球人類全部「人間とはどういうものか」って「人間は考える葦だ」と「思うのが人間」という感じね。「我思う故に我あり」というような有名な言葉がありますね。思うことが人間の条件のような感じでみてたでしょう。思いがどんどん膨らんでしまって、思いを自分と錯覚したのね。でも、本当の自分は、思いを消しきって感謝の心に戻った時の自分よね。感謝の心の自分は、神さまの全てを感じ取る自分ね。自由自在の、自由な心で神さまの全てを感じ取れる自分ね。これが感謝の心の自分ね。

 本当の自分に戻るためには、思いを消さないといけないね。過去の言葉を、言葉の縛りを全部消し切らないと、本当の自分には戻れない。今までは、言葉に縛られて、思いに縛られて、がんじがらめで不自由だったのね。でも、そういう悩み苦しみを一旦は通過する必要があるんですね。そして、もう一回自由な感謝の心に戻ればいいだけよね。今までマイナスの勉強を、皆さんしっかりしてきてるでしょう。まだ、やり足らない人はまだマイナスに向くんですよ、どんどんどんどんマイナスの勉強をしていくんです。ある程度マイナスの勉強をした人は、今度はプラスに戻って自由自在にいろんな神さまの表現を味わう自分に変わっていくわけですね。
 神さまのほうは一人一人の生き方、歩み方全部見通して見守ってるね。一人一人に合わせて護ってるのね。だから、的確に一人一人に必要なことを与えてくるんです。その為に、守護霊さん守護神さんって、専属の護り神もつけて、その上に宇宙の大神さまが控えてるわけでしょう。その護り方・導き方は完璧なんよ、絶対失敗はないの。一人一人の自由意志を尊重しながら必要な勉強を的確にさせて、みんなの成長の過程をずっと見守りながら、如何にしたら早く大きい本当の幸せに到達できるか、幸せへの最短コースを歩むように護り導いてきてるのね。

 同じマイナスの番組を見るのでも、全部見てからでは大変でしょう。ポンポンポンってちょっと選んで見たらいいだけよね。無限のチャンネルのマイナス番組なんて見れないよね、絶対ね。そういう意味では最短コースを歩めるように神さまは導いてるのね。だから、どんな生き方をしてる人もみんな神さまに護られてるよ。みんな違わないとおかしいね。同じ生き方をとるのだったら二人と要らないのね。

 宇宙に無限の人が生まれてみんな違う生き方をとるからこそ価値があるのね。自分と同じ生き方をとる人は一人もいない、宇宙でただ一人自分だけが自分の生き方をとるのよ。そこに価値があるわけでしょう。神さまの願いは、みんなが自由自在に神さまの表現を味わって、神さまの愛を感じて幸せいっぱいになって欲しいわけですね。
 皆さんも、だいぶ神さまの愛を深く感じてるでしょう。特に「ありがとうございます」って唱え始めたら、神さまの愛を感じられてくるね。
 神さまの全徳の無限の無限の輝きが一杯!という、その姿が感じられたら、本当の感謝の第一歩ぐらいよ。その奥にまだあるのよ、無限に無限にね。

 神さまの、「無限の無限の輝きが一杯!」という最高のプレゼントを、一瞬一瞬、新たに受け直さないと「まだ、神さまを受け入れてない」「神さまの愛をちょっとも受けてくれない」と言われるのね。過去を掴む思いの心はもう必要ないよね。

 丁度、空に雲がかかったら太陽の光はさえぎられて感じないけど、空に浮かぶ雲を全部消し切ったら、いつも太陽が光り輝いてるのがわかってくるのと同じね。人間の心に思いが消えてしまったら、神さまの愛の光がいつも心に差し込んでくるから、いつも神さまを感じるのよね。

 今の時代は、思いを完全に消し切る時代ね。すべての過去の思いを全部消し切ってもらったらいいよね。思いの心では自分の思いは消せない、煙で煙を払うようなものだから、駄目よね。神さまの光が入ってきたら思いを全部消してくれる。「ありがとうございます」は宇宙の大神さまの究極の名前ね。「ありがとうございます」は誰でも唱えられるよね。だから「ありがとうございます」って呼べば、神さまが入ってきて、思いを消してくれる。そうすると心が軽くなるでしょう。

 腹が立ってても「ありがとうございます」と言ったら、腹立つ思いを消してくれるから腹立たなくなるのね。不思議よ、これはね。全ての思いを神さまは消し切ってくるね。これが「ありがとうございます」という言葉、神さまの名前よね、凄い働きがあるね。思いが消されたら、その消される度に番組が上がるのよ。思いで番組合わせをしてるでしょう、言葉の集積だからね。思いの中にはつまらんマイナスがいっぱいで、番組がどんどん低くなってたのね。思いを消されただけで番組がどんどん上へ上がる、プラスの番組に変化するのね。凄い不思議な力を持ってるの「ありがとうございます」という言葉はね。

 最初は思いを全部消すための神さまの働きだけど、今度思いが消えてしまった後どうなるかでしょう。その後のほうが凄いのよ。神さまの輝きがどんどん大きくなって出てくるの。本当に神さまを輝いた姿に感じるの。もう全部輝いて見えてこないと嘘よ、石ころも輝かないとね、ダイヤモンド以上に輝くのよね。もう、全てが輝いて見えてきて、中身がどんどんどんどん強い光を放つようになってくるね。それも、新たに新たにと、受け直しをすればするほど輝きが大きくなってくるね。過去なんてとても掴んでられない、もう馬鹿らしくなってくるよね。常に新たに新たにって神さまの与えてくるプレゼントを受けさえすればいいという感じよね。

 だから「自分のもの、自分」というのも消えるのね。「肉体が自分」って掴むのも「魂を自分」と掴むのも、過去を掴んでるから「自分」となるのね。「これが自分のもの」というのもそうよね、小さい部分を掴んでるからよね。掴んだ心では絶対幸せじゃないよね、あまりにも小さすぎるからね。

 「これが自分の財産」と言って掴んでいる人を見たらわかるでしょう。ちっぽけなものしか掴んでないじゃない、地球一個掴んでないのよ。「これが自分のもの」と掴んだら、宇宙でも古いもので終わるのよ。新しいものは、後、受け損なうでしょう。一瞬一瞬新たに受け直す宇宙がいいでしょう。だから何も持たないのがいいのよ、何も自分のものとして掴まないのがいいの。神さまだけを、神さまのプレゼントだけを一瞬一瞬新たに感じ続けるのがいいのね。それが最高の幸せに通じていくのよね。お金なんか要らないよ、あっても構わんけど。

 先ず自分を小さく見ないことよね。同じ掴むんだったら「今見てる番組の全体が自分」と掴んだらいいね。だから「私は宇宙」と掴むのね「すべてが私」とね。それも「新たな宇宙が私」というふうにね。

 「私・わたし」という言葉も不思議だけど「神さまに渡す」という意味よね「受けたら直ぐ渡す」のが「わたし」なのよ。「宇宙が私」と受けたら、直ぐに神さまに渡してしまうのね。また「宇宙が私」と受けるでしょう。そうするとそこに神さまだけが現れ続けてるね。だから、宇宙には神さまだけしかいないのね、本当はね。「神さまだけが現れ続けて存在するだけ」というのが本当よね。それで「ありがとうございます」という言葉で、神さまを褒め称えてるの。「全徳の無限の無限の輝きが一杯!」というふうに、神さまを褒め称えてるのが「ありがとうございます」ね。

 だから「ありがとうございます」は無限に奥深いよ。何かをもらって「ありがとうございます」じゃないの、もらうんじゃないね。「ありがとうございます」の奥深さは、言葉では表現できない。どこまでもどこまでも奥深くなって行くからね。この世で何億回「ありがとうございます」を唱えたぐらいじゃ、最初の初歩の第一歩ぐらいかもしれない。
 どこまで行っても奥深いのが、神さまの本当の姿だから、感謝もどこまでも深く大きくなるよね。そして、神さまの感じ方もどこまでもどこまでも大きく深くなって行くから幸せね。

 プラスの言葉もマイナスの言葉も、自由自在に使いこなせて、神さまを感じる勉強をしてるのね。神さまの表現をいろんな角度から味わってるのね。だから、マイナスの言葉も必要だし、プラスの言葉も必要だし、もう一つ感謝の心を深くするのも必要なのね。感謝の心さえ深くなったら全部プラスにプラスに受けていけるの。

 「全て天照大御神さま」というのが本当ね。